義姉の身代わりだった私

雨雲レーダー

文字の大きさ
8 / 62

冷たい金色の瞳

しおりを挟む
 午後の回廊は静かで、陽の傾きとともに、窓から差し込む光が長い影をつくっている。

 エレナは書庫からの帰り道、誰ともすれ違うことなく歩いていた。
 足音だけが石の床に響く。けれど、その静けさを破る気配が背後から近づいてくる。

「君、また書庫か?」

 その声に振り返ると、回廊の向こうから第一王子ヴィクトルが歩いてきた。
 ゆるやかな足取りながらも、姿勢は隙がなく、近づくほどに周囲の空気が引き締まっていく。

 昼下がりの光を背に受けて立つ姿は、まるで舞台に上がった騎士のようだった。

「ええ。文字を読む方が、会話より楽なので」

 エレナは振り返りながら、わずかに口元を緩めた。
 それは微笑と取れなくもない、けれど挑発にも見える笑顔だった。

「ずいぶん棘のある言い方だな。誰に似た?」

「……お義姉様ではないことは、確かです」

 ヴィクトルの口元がわずかに動いた。
 笑ったのか、呆れたのか、わからない。

「君はよく人を見ている。でも言葉の選び方が鋭いな。誰かに気に入られようなんて、まるで思ってないようだ」

「ええ。王宮では、余計な言葉より黙っていた方が身のためですから」

 短いやりとりのあいだに、数人の令嬢たちが通りすぎる。
 誰もが目を見開き、エレナとヴィクトルを見比べながら噂を口にし始めた。

「面白いな、君は」

 ヴィクトルが呟くように言い、エレナに視線を落とす。

「姉とは……ずいぶん違う」

「それは、良い意味でしょうか?」

「まだわからない。ただ、無害なふりはしていないな。そこが違う」

 エレナは返事をせず、そのまま一礼した。
 言葉の奥にある探るような視線。それに気づかないふりをするのは、少しだけ面白かった。

 勝手に見ていればいいわ。

 少しして、背後からくすくすと笑い声が聞こえる。

「今の見た?ヴィクトル殿下があんな子に話しかけるなんて」

「セシリア様と違って、まるで影みたいな子じゃない」

「殿下が相手にするはずないのに。どうせ一時の気まぐれよ」

 少し離れた柱の陰に、セシリアの取り巻きたちが立っていた。
 誰もが扇を口元に当てながら、わざと聞こえる声で言葉を投げてくる。

 エレナはそれを無言で聞き流し、ただ一歩、前に進んだ。

 くすくすと笑い合う令嬢たちの輪。その中心にいるのは、いつも同じ顔ぶれだった。
 セシリアの身の回りを取り仕切っていた、名前も立場もそれなりの娘たち。

 ひとりは、ヴィクトルが通るたびにわざとらしく視線を送り、もうひとりはうっかりぶつかる偶然を装って回廊を歩き回る。

 扇を揺らし、慎ましげに笑いながら、さりげなく見せようとする仕草。
 けれど、エレナの目にはそれがどこまでも滑稽に映った。

 あれが、本気の努力なら……少し同情するかも。

 エレナは彼女たちを一人ずつ眺めた。
 同情でも、羨望でもない。ただの観察者として。
 彼女の足取りは止まることなく、まっすぐに王宮の奥へと向かっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の婚約者とキスする妹を見た時、婚約破棄されるのだと分かっていました

あねもね
恋愛
妹は私と違って美貌の持ち主で、親の愛情をふんだんに受けて育った結果、傲慢になりました。 自分には手に入らないものは何もないくせに、私のものを欲しがり、果てには私の婚約者まで奪いました。 その時分かりました。婚約破棄されるのだと……。

ほんの少しの仕返し

turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。 アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。 アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。 皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。 ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。 もうすぐです。 さようなら、イディオン たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

【完結済】25年目の厄災

恋愛
生まれてこの方、ずっと陽もささない地下牢に繋がれて、魔力を吸い出されている。どうやら生まれながらの罪人らしいが、自分に罪の記憶はない。 だが、明日……25歳の誕生日の朝には斬首されるのだそうだ。もう何もかもに疲れ果てた彼女に届いたのは…… 25周年記念に、サクッと思い付きで書いた短編なので、これまで以上に拙いものですが、お暇潰しにでも読んで頂けたら嬉しいです。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

【完結】お姉様ごめんなさい。幸せになったのは私でした

風見ゆうみ
恋愛
「もう離婚よ!」 伯爵令嬢であるファリアーナが若き侯爵ロヴァンス・ニーカと結婚した当日の夜。数日前に公爵令息であるアシュ・レインに嫁いだ姉、シルフィーナが泣きながら侯爵邸に押しかけてきた。舅や姑だけでなく、夫も意地悪をしてくると泣く姉。 何を言っても夫の元にも実家にも戻らないシルフィーナと暮らしていくうちに心を奪われていったロヴァンスは、シルフィーナを迎えに来たアシュに、ファリアーナと離婚しシルフィーナを妻にしたいと告げ、アシュもシルフィーナとの離婚を受け入れる。 両親と血の繋がらない兄は姉のシルフィーナだけを可愛がっている。自分が実家に帰ることを拒むだろうと途方に暮れるファリアーナに、アシュは「行く場所がないならうちに来い」と提案する。 辛い目に遭うのかと思いながらも行き場もないため、レイン家に足を踏み入れたファリアーナだったが、屋敷にいる人間は、みなファリアーナに優しい。聞いていた話と違った理由は、シルフィーナの自分勝手な性格のせいだった。 心を通わせていくファリアーナとアシュ。その頃、ロヴァンスとシルフィーナはお互いの本性を知り、離婚したことを悔やみ始めていた――

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

処理中です...