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冷たい金色の瞳
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午後の回廊は静かで、陽の傾きとともに、窓から差し込む光が長い影をつくっている。
エレナは書庫からの帰り道、誰ともすれ違うことなく歩いていた。
足音だけが石の床に響く。けれど、その静けさを破る気配が背後から近づいてくる。
「君、また書庫か?」
その声に振り返ると、回廊の向こうから第一王子ヴィクトルが歩いてきた。
ゆるやかな足取りながらも、姿勢は隙がなく、近づくほどに周囲の空気が引き締まっていく。
昼下がりの光を背に受けて立つ姿は、まるで舞台に上がった騎士のようだった。
「ええ。文字を読む方が、会話より楽なので」
エレナは振り返りながら、わずかに口元を緩めた。
それは微笑と取れなくもない、けれど挑発にも見える笑顔だった。
「ずいぶん棘のある言い方だな。誰に似た?」
「……お義姉様ではないことは、確かです」
ヴィクトルの口元がわずかに動いた。
笑ったのか、呆れたのか、わからない。
「君はよく人を見ている。でも言葉の選び方が鋭いな。誰かに気に入られようなんて、まるで思ってないようだ」
「ええ。王宮では、余計な言葉より黙っていた方が身のためですから」
短いやりとりのあいだに、数人の令嬢たちが通りすぎる。
誰もが目を見開き、エレナとヴィクトルを見比べながら噂を口にし始めた。
「面白いな、君は」
ヴィクトルが呟くように言い、エレナに視線を落とす。
「姉とは……ずいぶん違う」
「それは、良い意味でしょうか?」
「まだわからない。ただ、無害なふりはしていないな。そこが違う」
エレナは返事をせず、そのまま一礼した。
言葉の奥にある探るような視線。それに気づかないふりをするのは、少しだけ面白かった。
勝手に見ていればいいわ。
少しして、背後からくすくすと笑い声が聞こえる。
「今の見た?ヴィクトル殿下があんな子に話しかけるなんて」
「セシリア様と違って、まるで影みたいな子じゃない」
「殿下が相手にするはずないのに。どうせ一時の気まぐれよ」
少し離れた柱の陰に、セシリアの取り巻きたちが立っていた。
誰もが扇を口元に当てながら、わざと聞こえる声で言葉を投げてくる。
エレナはそれを無言で聞き流し、ただ一歩、前に進んだ。
くすくすと笑い合う令嬢たちの輪。その中心にいるのは、いつも同じ顔ぶれだった。
セシリアの身の回りを取り仕切っていた、名前も立場もそれなりの娘たち。
ひとりは、ヴィクトルが通るたびにわざとらしく視線を送り、もうひとりはうっかりぶつかる偶然を装って回廊を歩き回る。
扇を揺らし、慎ましげに笑いながら、さりげなく見せようとする仕草。
けれど、エレナの目にはそれがどこまでも滑稽に映った。
あれが、本気の努力なら……少し同情するかも。
エレナは彼女たちを一人ずつ眺めた。
同情でも、羨望でもない。ただの観察者として。
彼女の足取りは止まることなく、まっすぐに王宮の奥へと向かっていった。
エレナは書庫からの帰り道、誰ともすれ違うことなく歩いていた。
足音だけが石の床に響く。けれど、その静けさを破る気配が背後から近づいてくる。
「君、また書庫か?」
その声に振り返ると、回廊の向こうから第一王子ヴィクトルが歩いてきた。
ゆるやかな足取りながらも、姿勢は隙がなく、近づくほどに周囲の空気が引き締まっていく。
昼下がりの光を背に受けて立つ姿は、まるで舞台に上がった騎士のようだった。
「ええ。文字を読む方が、会話より楽なので」
エレナは振り返りながら、わずかに口元を緩めた。
それは微笑と取れなくもない、けれど挑発にも見える笑顔だった。
「ずいぶん棘のある言い方だな。誰に似た?」
「……お義姉様ではないことは、確かです」
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笑ったのか、呆れたのか、わからない。
「君はよく人を見ている。でも言葉の選び方が鋭いな。誰かに気に入られようなんて、まるで思ってないようだ」
「ええ。王宮では、余計な言葉より黙っていた方が身のためですから」
短いやりとりのあいだに、数人の令嬢たちが通りすぎる。
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「面白いな、君は」
ヴィクトルが呟くように言い、エレナに視線を落とす。
「姉とは……ずいぶん違う」
「それは、良い意味でしょうか?」
「まだわからない。ただ、無害なふりはしていないな。そこが違う」
エレナは返事をせず、そのまま一礼した。
言葉の奥にある探るような視線。それに気づかないふりをするのは、少しだけ面白かった。
勝手に見ていればいいわ。
少しして、背後からくすくすと笑い声が聞こえる。
「今の見た?ヴィクトル殿下があんな子に話しかけるなんて」
「セシリア様と違って、まるで影みたいな子じゃない」
「殿下が相手にするはずないのに。どうせ一時の気まぐれよ」
少し離れた柱の陰に、セシリアの取り巻きたちが立っていた。
誰もが扇を口元に当てながら、わざと聞こえる声で言葉を投げてくる。
エレナはそれを無言で聞き流し、ただ一歩、前に進んだ。
くすくすと笑い合う令嬢たちの輪。その中心にいるのは、いつも同じ顔ぶれだった。
セシリアの身の回りを取り仕切っていた、名前も立場もそれなりの娘たち。
ひとりは、ヴィクトルが通るたびにわざとらしく視線を送り、もうひとりはうっかりぶつかる偶然を装って回廊を歩き回る。
扇を揺らし、慎ましげに笑いながら、さりげなく見せようとする仕草。
けれど、エレナの目にはそれがどこまでも滑稽に映った。
あれが、本気の努力なら……少し同情するかも。
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同情でも、羨望でもない。ただの観察者として。
彼女の足取りは止まることなく、まっすぐに王宮の奥へと向かっていった。
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