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初めて自分から
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中庭に面した小道を一人で歩いていたヴィクトルの前方に、軽やかな足音が重なる。
顔を上げるまでもなく、誰なのかはわかっていた。
「俺に会いに来たのか?」
その揶揄うような低い声に、エレナは少し笑みを浮かべて返す。
「はい。たまには、私の方から殿下に話しかけてもいいかと思いまして」
ヴィクトルはほんの一瞬だけ驚いたように目を見開いて、けれどすぐに柔らかく目を細めた。その表情には確かな喜びが滲んでいた。
「それは、珍しいな。……歓迎する」
そう言って、芝居がかった仕草で隣を指し示す。
エレナはくすりと笑って、同じように大仰に一礼してから、そのまま隣に並んで歩き出した。
新緑の葉が、午後の日差しを柔らかく遮ってくれている。
「この道、いつも殿下が通られるのを知っていました。けれど、これまで私は何も言わずに通り過ぎていました」
「気づいていたよ。……君はいつも、遠くから見つめている側だった」
「でも今日は、違う側になりたかったんです」
ヴィクトルの足が、ふと止まった。エレナも立ち止まり、顔を上げる。
「私は、今日、自分の意思でここに立っています」
「それは……なぜ?」
問いかける声に、エレナはほんの一瞬、言葉を探した。
けれど、嘘を並べる必要はないと悟っていた。
「私、自分が誰かの代わりであることに慣れすぎていました。けれどあの日、殿下が私を個人として見てくださった時、ようやく気づいたんです」
息を吸い、真っ直ぐに見上げる。
「これまで誰かに選ばれるなんて、縁のないことだと思っていました。でも……本当は私もどこかで、誰かの一番になりたいって思っていたんです」
ヴィクトルは、その目の奥をじっと見つめた。
そのまま手を伸ばし、風に揺れるエレナの髪を、そっと耳元にかける。
「いつも静かなのに、今日はよく話すな。そんな君も愛しいと思っている」
「静かなのは……怖いからです。踏み出すたびに、傷つくのではないかと」
「それでも、今日こうして来た」
「ええ」
その瞬間、ヴィクトルの手がゆっくりと彼女の手に重なる。無理な力は込められていない。ただ、そこにエレナがいることを確かめるような優しい仕草だった。
「なら、今度は俺から近づこう。君がもう一歩、踏み出しやすくなるように」
エレナはその言葉に、心の奥からふっと力が抜けていくのを感じた。
「……それは、少しずるい言い方ですね」
「君には、これくらいがちょうどいい」
二人は再び歩き出した。けれど、数歩進んだところで、ヴィクトルの歩みがふと緩む。
「エレナ」
名を呼ばれて顔を向けた瞬間、彼の手がそっと差し出された。
「こうして、隣を歩いてもいいか?」
一瞬、意味がわからなかった。けれど、視線を落とせば、その手は自分のために開かれている。
エレナは静かに頷いて、その手を取った。
指先が絡まって、温もりがじわりと伝わる。
それは決して強引ではないけれど、離れることのない確かな力だった。
思わず見上げた先、ヴィクトルが照れたような表情を隠すように、そっと視線を逸らした。
「これで、もう一歩踏み出しやすくなったか?」
その言葉に、エレナもつい声を上げて笑ってしまう。
こんな風に、何も考えず笑うことなんて今までなかった。
心の中で、何かがふわりとほどけていくようだった。
顔を上げるまでもなく、誰なのかはわかっていた。
「俺に会いに来たのか?」
その揶揄うような低い声に、エレナは少し笑みを浮かべて返す。
「はい。たまには、私の方から殿下に話しかけてもいいかと思いまして」
ヴィクトルはほんの一瞬だけ驚いたように目を見開いて、けれどすぐに柔らかく目を細めた。その表情には確かな喜びが滲んでいた。
「それは、珍しいな。……歓迎する」
そう言って、芝居がかった仕草で隣を指し示す。
エレナはくすりと笑って、同じように大仰に一礼してから、そのまま隣に並んで歩き出した。
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「この道、いつも殿下が通られるのを知っていました。けれど、これまで私は何も言わずに通り過ぎていました」
「気づいていたよ。……君はいつも、遠くから見つめている側だった」
「でも今日は、違う側になりたかったんです」
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「私は、今日、自分の意思でここに立っています」
「それは……なぜ?」
問いかける声に、エレナはほんの一瞬、言葉を探した。
けれど、嘘を並べる必要はないと悟っていた。
「私、自分が誰かの代わりであることに慣れすぎていました。けれどあの日、殿下が私を個人として見てくださった時、ようやく気づいたんです」
息を吸い、真っ直ぐに見上げる。
「これまで誰かに選ばれるなんて、縁のないことだと思っていました。でも……本当は私もどこかで、誰かの一番になりたいって思っていたんです」
ヴィクトルは、その目の奥をじっと見つめた。
そのまま手を伸ばし、風に揺れるエレナの髪を、そっと耳元にかける。
「いつも静かなのに、今日はよく話すな。そんな君も愛しいと思っている」
「静かなのは……怖いからです。踏み出すたびに、傷つくのではないかと」
「それでも、今日こうして来た」
「ええ」
その瞬間、ヴィクトルの手がゆっくりと彼女の手に重なる。無理な力は込められていない。ただ、そこにエレナがいることを確かめるような優しい仕草だった。
「なら、今度は俺から近づこう。君がもう一歩、踏み出しやすくなるように」
エレナはその言葉に、心の奥からふっと力が抜けていくのを感じた。
「……それは、少しずるい言い方ですね」
「君には、これくらいがちょうどいい」
二人は再び歩き出した。けれど、数歩進んだところで、ヴィクトルの歩みがふと緩む。
「エレナ」
名を呼ばれて顔を向けた瞬間、彼の手がそっと差し出された。
「こうして、隣を歩いてもいいか?」
一瞬、意味がわからなかった。けれど、視線を落とせば、その手は自分のために開かれている。
エレナは静かに頷いて、その手を取った。
指先が絡まって、温もりがじわりと伝わる。
それは決して強引ではないけれど、離れることのない確かな力だった。
思わず見上げた先、ヴィクトルが照れたような表情を隠すように、そっと視線を逸らした。
「これで、もう一歩踏み出しやすくなったか?」
その言葉に、エレナもつい声を上げて笑ってしまう。
こんな風に、何も考えず笑うことなんて今までなかった。
心の中で、何かがふわりとほどけていくようだった。
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