義姉の身代わりだった私

雨雲レーダー

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庭園での二人の時間

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 王宮の奥、ひっそりと薔薇のアーチの奥に広がる庭園。
 色とりどりの花が咲き誇る中、ちょうど全体が見渡せる場所に、日差しを避ける天蓋つきの小さな食卓が用意されていた。

「……本当に、ここで?」

 そっと立ち止まったエレナの肩越しを風が通り抜けて、後毛がふわりと揺れた。
 そのさまを静かに見つめていたヴィクトルは、目を細めながらふと口を開いた。

「誰にも邪魔されない場所がいいと思ってな」

 ヴィクトルはすでにそこにいて、彼女が来たのを確認すると静かに手を差し伸べた。
 迷いながらも、その手を取る。指先が触れた瞬間、エレナの胸がすこしだけ高鳴った。

「料理は特別なものではない。だが、君の好みをいくつか聞いておいた」

「あの、どうして……」

 問いかけかけたエレナに、ヴィクトルは照れたように目を細める。

「今朝、たまたま文書室の前を通りかかったら君が熱心に報告書を書いているのを見かけて……ゆっくり食事もしていないんじゃないかと思ったんだ」

 彼の言葉に、エレナは少しだけ目を丸くする。

「わざわざ……?」

「君のことを気にするのは、わざわざなんかじゃない。エレナはもう俺の中心にいる」

 並べられていたのは、奇をてらわないが丁寧に調理された料理ばかり。香草の使い方も控えめで、確かに彼女の好みに寄せられていた。

「基本的に何でも食べるが香りが強いものは苦手だと聞いて……好みに合っているだろうか?」

「ええ……ありがとうございます」

「喜んでもらえたのなら良かった」

 そんな一言さえも自然に出てくるのが、彼だった。

 ナイフとフォークを手に取りながら、エレナはふと彼の横顔に目をやった。高く通った鼻梁と、引き締まった顎の輪郭。整いすぎているその顔立ちはどこか隙がなくて、けれど自分を見つめるときだけ違って見える。
 肉食獣のように鋭く光る金の瞳が、自分に向くときだけふわりと和らぐ。
 その変化が、エレナはとても好きだった。

「……こうして殿下と向かい合うのは、まだ少し緊張します」

「なぜ?」

「あなたは……ずっと、遠い人でしたから」

 その言葉に、ヴィクトルは小さく首を振った。

「君が遠くにいたのは、君の意思じゃない。周囲が勝手に距離を決めていただけだ」

「……それでも、私はそこに甘んじていました」

「違う。君は見ていた。耐えて、考えて、時が来るのを選んだ。だからこそ、俺は君を見つけた」

 エレナはふと、フォークを持つ手を止めた。

「ヴィクトル様……」

 その呼び方に、彼の眉がかすかに動いた。

「ヴィクトルでいい。ここでは、誰も見ていない」

「でも……」

 ヴィクトルは立ち上がり、エレナの隣にゆっくりと歩み寄る。そして椅子に腰を下ろすことなく、彼女の背後からそっと髪に手を伸ばした。

「誰かに触れることに、こんなにも気を使うのは初めてだ。君が驚かないように、拒まれないように」

 指先が髪をすくい、頬にかかる一筋をそっと耳元へ流した。

「もし、もう一歩近づいたら、君は拒むか?」

 その声は小さく、風に紛れてしまいそうなほどの頼りなさだった。
 けれど、エレナの耳にははっきりと届いた。

「……拒みません」

 その言葉を聞いた瞬間、彼の指がもう一度、今度は迷いなく彼女の頬に触れた。
 エレナは目を伏せたまま、そっとその手のひらに頬を寄せる。
 ただもっと彼に触れていたかった。温もりを確かめるようにゆっくりと目を閉じる。

 ヴィクトルの指先がわずかに震えた。その一瞬だけで、彼の心が揺れたのがわかった。

「明日もまた、君に会いたい」

「……はい」

 二人の距離は、ほんのわずか。けれど、そのわずかが、確かに満たされていく。

 空の色が、ゆっくりと午後の光を帯びていく中、薔薇の庭に時間が静かに流れていた。
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