義姉の身代わりだった私

雨雲レーダー

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父からの手紙

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 朝の光が差し込む王宮の回廊を、エレナは王妃から託された書類を手に歩いていた。今日一日の予定を思い浮かべながら、文官棟へと向かう。

 文官の一人が彼女に頭を下げ、手元の書状を差し出す。

「グリセリア嬢、こちらもご確認いただけますか」

「はい、拝見します」

 最近では、王妃の使いとして確かな信頼を得ていた。華やかな場に出ることは少ないが、その働きぶりは確実に評価され、王宮の中に居場所ができつつあると感じていた。

 だが、その穏やかな空気を断ち切るように、廊下の向こうから高いヒールの音が響いた。

「まあ、こんなところでお仕事中?」

 セシリアが笑顔で現れる。取り巻きの令嬢たちは減っていたが、彼女は相変わらず自信に満ちた笑顔を浮かべ歩いてくる。

「王子妃教育、また始めることになったの。やっぱり私しかいないものね」

 あえて聞かせるように言うその声に、何人かが視線を向ける。だが、その反応は思ったほど大きくはなかった。

「……そうですか」

 エレナは静かに頭を下げ、すぐに視線を戻した。
 その反応の薄さに、セシリアがわざと軽い口調で声を重ねる。

「最近、あなたって本当に忙しそうよね。お父様も、あまりよく思っていないみたい」

 手元の扇子を弄びながら、エレナの反応を窺う。

「父が……?」

「ふふっ、何でもないの。ただの家族の話」

 セシリアの笑みにはどこか余裕があり、その言葉の奥には棘が隠されていた。

「……でも、きっと近いうちに何かお知らせが届くんじゃないかしら。家のために、あなたがどう振る舞うべきかって、ね」

 エレナは黙ってセシリアを見つめた。何も言わず、表情も変えない。けれど、目だけははっきりとした意志を湛えている。

「そんな怖い顔しないで。私は、あなたのためを思って言ってるのよ?結局エレナに決定権なんてないんだから」

 そう言い残し、セシリアは優雅に立ち上がると、何事もなかったかのように踵を返した。
 エレナはその背中を見送ったまま、ゆっくりと息を吐く。胸の奥に、微かなざらつきが残っていた。

 数時間後、執務室に戻ったエレナに文書が届けられた。

 封蝋はグリセリア家のもので、押された紋章が鮮やかに目に残る。文面は簡潔で、しかし一読して、すぐに父の怒りが伝わってきた。


 ーーお前の王宮での振る舞いが最近目に余る。お前が代役として王宮に送られた本来の意味を、見失っているようだ。
 セシリアが王子妃教育に戻ることとなった。お前はセシリアの補佐に徹しろ。
 勘違いを続けるのであれば、こちらにも考えがある。
 家の名を穢すことだけは、決して許さない。ーー


 言葉を失ったまま、手紙を机に置いた。指先がかすかに震えている。
 内容に驚いたわけではない。それは予想の範囲内だった。
 この震えは恐怖からではなく怒りからだ。

 自分には価値がない。そう思い込んでいた過去に、ようやく区切りをつけようとしていた。
 ほんの少しだけ、自分の足で立てた気がしていた。

 けれど父からの手紙は、お前は何も変わっていないと言わんばかりに悪意を突きつけてくる。胸の奥がすっと冷えていく感覚だ。

「……考えがある、ね」

 小さく呟いた声に、苦笑のような色がにじんだ。
 何度聞かされた言葉だろう。従わなければ、冷遇され、存在をなかったことにされる。それが、グリセリア家のしつけだ。
 もっともそれはエレナに限っての話だが。

 考えがまとまらないまま、エレナはじっと机の上を見つめていた。
 けれど、扉をノックする音がその沈黙を破る。

「第一王子殿下がお越しです」

 扉越しに響いた侍女の声に、胸がわずかに波立った。

「……お通しして」

 エレナはまるで何事もなかったかのように手紙をそっと引き出しにしまうと、軽く鏡の前で髪を整えた。
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