25 / 33
偽りの神罰 ※アレク
しおりを挟む
王宮の正門前に、民衆が集まり始めたのは昼過ぎだった。
はじめは陳情だった。だがすぐに怒号が混じり、拳を振り上げる者が現れた。衛兵が制止しても、引く様子はない。
「聖女のせいで神が怒ってるんだ!」
「偽物を退けろ!本物の聖女を返せ!」
「紗月様を返せ!」
アレクは城のバルコニーから群衆を見下ろしながら、唇を固く結んだ。
「陛下、状況が悪化しています。民の一部が城門を押し始めました」
報告を受け、アレクは顔をしかめた。
「天音を呼べ」
そう命じて数分後、天音が姿を現す。淡い礼服に身を包み、民の前に立つと、表情を変えずに言い放った。
「無礼者には神罰を!」
次の瞬間、天音の手から放たれた魔力が空気を裂き、爆風となって群衆を吹き飛ばした。
石畳が砕け、悲鳴と怒号が入り混じる。
「やめろ、天音!やりすぎだ」
アレクが慌てて駆け寄ると、天音は彼を見据えた。
「アレク様も、私を裏切るんですか?」
その目は涙に濡れていたが、怯えよりも怒りが勝っていた。
広場には、身動きの取れない老人や、震える子供を抱える母親の姿があった。
アレクは天音の肩に手を置いたが、その細い肩は小刻みに震えているだけだった。
その後すぐ、王城の会議室では神官や将軍たちが詰め寄った。
「陛下、これ以上は看過できません。あの方は制御不能です」
「聖女を退けるべきです。国が持ちません」
アレクは机に手をついたまま、低く言い放った。
「聖女を見捨てれば、神の加護を失う。断じて許さん」
だが、返事は誰からも返ってこなかった。会議室には沈黙が落ちた。
その夜、アレクは神殿からの帰路、一人で馬を走らせた。
王都の高台に立ち、見下ろしたその景色はひどく荒れていた。
瓦礫の散らばる広場。倒れた屋根。煙を上げる民家。
灯の消えた道を逃げ惑う市民の群れ。
「……これが、我が王都の姿か」
しばらく黙っていたアレクのもとに、側近が駆け寄ってきた。
「陛下、報告がございます。隣国グランツ帝国にて、紗月様が聖女として人々の信頼を集めていると」
アレクの表情がわずかに揺れた。
「……あいつが?」
「はい。詳細は不明ですが、グランツ帝国内で安寧をもたらす祈りを行っているとのこと。被害のあった村々が癒やされ、民が集まり始めていると」
アレクは視線を落とし、唇を噛みしめた。
天音ではなく、紗月が今、聖女として崇められているという現実に胸の奥が不快にざわつく。
再び視線を上げた先に広がるのは、炎と混乱の街だった。
そこに栄光の面影はなかった。
ただ、破滅の音が静かに響いていた。
「グランツ帝国に使者を出せ」
静かに命じた。側近が一瞬、動きを止めたのを感じた。
「……今さらだが、あいつは使える」
アレクは丘の上から廃れた王都を見下ろし、静かに吐き捨てた。
崩れた屋根、燃え跡、逃げた民。すべてが自分の選択の結果だ。
間違っていた。だが、認める気はない。
優しくして戻らせればいい。信じさせて、利用する。それで十分だ。
「王自ら頼みたいことがあると、伝えろ」
そう言い残し、アレクは背を向けた。
はじめは陳情だった。だがすぐに怒号が混じり、拳を振り上げる者が現れた。衛兵が制止しても、引く様子はない。
「聖女のせいで神が怒ってるんだ!」
「偽物を退けろ!本物の聖女を返せ!」
「紗月様を返せ!」
アレクは城のバルコニーから群衆を見下ろしながら、唇を固く結んだ。
「陛下、状況が悪化しています。民の一部が城門を押し始めました」
報告を受け、アレクは顔をしかめた。
「天音を呼べ」
そう命じて数分後、天音が姿を現す。淡い礼服に身を包み、民の前に立つと、表情を変えずに言い放った。
「無礼者には神罰を!」
次の瞬間、天音の手から放たれた魔力が空気を裂き、爆風となって群衆を吹き飛ばした。
石畳が砕け、悲鳴と怒号が入り混じる。
「やめろ、天音!やりすぎだ」
アレクが慌てて駆け寄ると、天音は彼を見据えた。
「アレク様も、私を裏切るんですか?」
その目は涙に濡れていたが、怯えよりも怒りが勝っていた。
広場には、身動きの取れない老人や、震える子供を抱える母親の姿があった。
アレクは天音の肩に手を置いたが、その細い肩は小刻みに震えているだけだった。
その後すぐ、王城の会議室では神官や将軍たちが詰め寄った。
「陛下、これ以上は看過できません。あの方は制御不能です」
「聖女を退けるべきです。国が持ちません」
アレクは机に手をついたまま、低く言い放った。
「聖女を見捨てれば、神の加護を失う。断じて許さん」
だが、返事は誰からも返ってこなかった。会議室には沈黙が落ちた。
その夜、アレクは神殿からの帰路、一人で馬を走らせた。
王都の高台に立ち、見下ろしたその景色はひどく荒れていた。
瓦礫の散らばる広場。倒れた屋根。煙を上げる民家。
灯の消えた道を逃げ惑う市民の群れ。
「……これが、我が王都の姿か」
しばらく黙っていたアレクのもとに、側近が駆け寄ってきた。
「陛下、報告がございます。隣国グランツ帝国にて、紗月様が聖女として人々の信頼を集めていると」
アレクの表情がわずかに揺れた。
「……あいつが?」
「はい。詳細は不明ですが、グランツ帝国内で安寧をもたらす祈りを行っているとのこと。被害のあった村々が癒やされ、民が集まり始めていると」
アレクは視線を落とし、唇を噛みしめた。
天音ではなく、紗月が今、聖女として崇められているという現実に胸の奥が不快にざわつく。
再び視線を上げた先に広がるのは、炎と混乱の街だった。
そこに栄光の面影はなかった。
ただ、破滅の音が静かに響いていた。
「グランツ帝国に使者を出せ」
静かに命じた。側近が一瞬、動きを止めたのを感じた。
「……今さらだが、あいつは使える」
アレクは丘の上から廃れた王都を見下ろし、静かに吐き捨てた。
崩れた屋根、燃え跡、逃げた民。すべてが自分の選択の結果だ。
間違っていた。だが、認める気はない。
優しくして戻らせればいい。信じさせて、利用する。それで十分だ。
「王自ら頼みたいことがあると、伝えろ」
そう言い残し、アレクは背を向けた。
1,150
あなたにおすすめの小説
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
私を陥れたつもりのようですが、責任を取らされるのは上司である聖女様ですよ。本当に大丈夫なんですか?
木山楽斗
恋愛
平民であるため、類稀なる魔法の才を持つアルエリアは聖女になれなかった。
しかしその実力は多くの者達に伝わっており、聖女の部下となってからも一目置かれていた。
その事実は、聖女に選ばれた伯爵令嬢エムリーナにとって気に入らないものだった。
彼女は、アルエリアを排除する計画を立てた。王都を守る結界をアルエリアが崩壊させるように仕向けたのだ。
だが、エムリーナは理解していなかった。
部下であるアルエリアの失敗の責任を取るのは、自分自身であるということを。
ある時、アルエリアはエムリーナにそれを指摘した。
それに彼女は、ただただ狼狽えるのだった。
さらにエムリーナの計画は、第二王子ゼルフォンに見抜かれていた。
こうして彼女の歪んだ計画は、打ち砕かれたのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる