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三森まり

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昼間は暖かくなってきたとはいえ、春の夜に降る雨は刺すように冷たい。
広さだけで選んだという風祭の借りの住まいのある場所は人影なく閑散としていた。

昔はけっこう学生が借りていたというそこは、隣に大きなビルが出来たせいで日当たりが悪く殆どの部屋は、事務所や倉庫として使われているらしい。

…風祭…帰ってないのか…

パーティーの会場を抜ける時貸してもらったビニール傘を閉じ風祭の部屋の前に立つ祠堂がそぼ降る雨に暗い街並みをぼんやりと見つめた。

霞む街の光が頼りなくて、世界で一人きりのような心細さを誘う。

…早く帰ってこいよ 風祭 
逢いたい
逢いたい
逢いたい…

願う祠堂は2階から見下ろせる駐車場に、明るい二つの光が近づくき滑るように止まるのを見付けた。
目を凝らすと高級そうな黒塗りの車から降りる人影が細い銀糸の雨を通して見とれる。

胸に何か小さな物を大事そうに抱え走ってきた人が金属でできた階段をカツカツと音を立て登ってくる。
足早に近づく風祭は祠堂を見つけたとたん驚いたようにその琥珀の瞳を大きく見開いた。

「祠堂?」

数ヶ月ぶりに会う彼の声はそのままだったが、自分の大好きだった艷やかな長い髪はバッサリと切られその見慣れない姿に祠堂は声を無くした。

「何時から待ってたんだ?濡れてるじゃないか、早く部屋に入ってシャワー浴びろよ」

慌てて祠堂の横をすり抜け鍵を開ける風祭から微かに甘い薫りが匂いたつ。

…… 彼女とイタシ後の残り香じゃないかと思うんだよね ……

先ほど聞いた松野の声が脳裏に蘇り…自分の中の血が沸騰するのに祠堂は軽い目眩と共に感じた。

握った拳の震えが止まらない。

「祠堂?」

部屋に入り慌ててヒーターを入れる風祭が不思議そうに祠堂を伺う。

その声に、何でも無いと答えた祠堂は、大きく1度呼吸すると風祭の待つ部屋へと歩みを進めた。





家具の少ない風祭の部屋は、思いの他広くみえる。

玄関を入って右側にユニットバス、突き当たりは8畳のフローリングの居間と小さなキッチン、今は閉じられてるいる隣の4畳の部屋に簡素なベッドが置かれている。
明るい色のカーテンも、置かれたクッションの数も全部自分の中の記憶と変わらないのに、中心にいる人だけが変わっていた。

姿だけなく、今まで風祭が纏っていた清冷な空気が消え、穏やかで優しいものにとって変わっている。

自分だけに優しかった彼の変化に祠堂の苛立ちが募った。

「タオルはこれ使って、この前置いていったジャージがどこかにあった筈なんだが」

楽しげに部屋に造り付けられたクローゼットから衣類を取り出し俯く風祭の白い項に見える朱に、自分の中の抑えつけてきた獣が起きだす気配に喉が鳴る。


飲み下した唾は自分を潤すどころか苦く、焼けつくような乾きをさらに強めただけだった…。





突然、後から抱き締められた人に項に歯を立てられた。
噛まれた箇所から感じる痛みに身体を遠ざけようともがいたけれど、その力強い腕はびくともしない。

「離せ…祠堂っ…」

それでも力をこめて足掻く風祭の耳に、何時になく冷酷な響きを持つ「友」の低い声が響く

「俺から逃げるな…」

後から抱きつき呻くように自分に厳命する祠堂の表情は見えなかったけれど…人を自分に従わせる事に慣れた男の声に彼の中に住まう獣を知る。

「お願いだから、逃げないでくれ…」

祠堂の懇願に似た命令に、風祭の全身の力が抜け落ちた…

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