アリス☆ランチ

三森まり

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春の嵐

春の嵐

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物心ついた時には何時も側にいた、お隣りの可愛い可愛い女の子

 舌っ足らずな甘い声で 「かずちゃん」と呼ばれると、どんな時でも嬉しくて口元が緩んでしまう。

 「りんちゃん、大きくなったらオレのお嫁さんになってね」

 とお願いしたら大きな瞳をさらに大きくして…その後薄い色の頬を赤くして頷いてくれて、その時は本当には胸がフワフワして嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

だが、小学校に上がたら 祠堂の大事な「りんちゃん」は 「凛くん」になっていた…

「晴天の霹靂」

と、いう言葉はその時知らなかったし、女の子の風祭も、男の子の風祭も祠堂にはとても優しかったので最初はそう大きな問題でもなかった、しかし、… 大きくなるにつれその事実は祠堂に大きく伸し掛ってくるようになっていた。




「風祭は社家の者なのか」

 忙しくキーを叩いていた手を止め、如月が言い放った言葉に祠堂が首を傾げる。

「神職、つまり、神社かなんかの跡取りかと聞いている」

 その横で大量の領収書の束を手際良く仕分けしていた一宮が祠堂にわかるように噛み砕いて問いかけてくれた。

「えっと、神社関係とかは知らないけど、家は物凄く大きい、ここら辺では有名な旧家だよ」

 答えるその声に「あぁ、成程」と納得する二人を見つめ返し祠堂はその大きな瞳を瞬かせた。

「男の子を小さい頃、女の子として育てるのは「護法」の一種だ」

 一宮の手から渡された紙の束を手にした如月の声に、再び祠堂が首を傾げる。

「護法???」

「大昔はな、男児のみに病を得さす荒神がいるのだと考えられていたため、その神から守るために女児の姿で数え七つまで育てるという迷信めいた事が行なわれていた。あれだ昔は今のように医学が発達してなかったからな、耐久力の無い子供の病死が多かった、特に男の子は女の子より育ち難かったからな。今も社家ではその古い仕来りを守っている家もあるという事だ」

 わかったか?と、如月に問われて祠堂はコクンと頷いた。


小学校に上がる歳、七歳という年齢で「りんちゃん」が「凛くん」に変わった理由をこの時祠堂は初めて「理屈」として理解した。

風祭が女の子の姿をしているのを最後に見たのは 七五三の時だ。
「あの時」の風祭を思い出すと今でも祠堂の頬に血が上る。


 七歳の風祭はその日七五三に行った土産だと色鮮やかな着物姿で祠堂の家に千歳飴を抱えてやって来た。
結い上げられた艶やかな黒い髪と白い肌、少し色素の薄い綺麗な瞳と薄く紅を刺した紅い唇が本当に可愛くてちょっとだけ色っぽかった。

 その時一緒に撮った写真は今でも祠堂の大切な宝物だ。
 
「で、相談とやらとその話に繋がりはあるのか?」

まだ仕分けてない紙束を手に問かける一宮の言葉に祠堂が意を決したように口を開く。

「俺、風祭が好きなんだ…」

祠堂の「告白」に、如月と一宮が気が抜けた溜息をついた後、呆れたように答えを返してくる。

「そんなの見てればわかるさ」

重なる二人の言葉に祠堂が赤くなって机を叩きながら座っていた椅子から立ち上がった。

「わかる!本当に?何で!!チョーノウリョク?他の皆にもバレてるのか?!」

 その勢いに大きく揺らぐ机、一宮は素早く机にある紙をかき集め如月はPCを持ち上げた。
落ち着けと声をかけてくれた一宮に、椅子に座り直した祠堂を確かめPCを元の位置に戻しながら如月が答えを返した。

「ここの皆は知ってるというより、自分で将来風祭と結婚すると豪語してたんだろう?既に口に出す出さないのレベルではなく「公認」だよおまえ達の仲は。
 まぁ、それにしても、いくら小さい時限定とはいえ大胆な発言をするものだとか、男と女の区別や結婚できるのは異性とだけだと小学生に上がるまで理解出来ないという事は、頭が相当悪いのか観察力が無いのか、常識が無いのは生来のものだったのか、とか、このままサッカー仲間とはしてはともかく、友人として付き合って良いのかとか思っていたから、今日風祭の事を聞かせてもらって良かったと思う」

さらに続きそうな少し毒を含ませた如月の弾丸トークを遮るように一宮が短くその名を呼んだ。

「で、相談とは何だ?」

二人だけにしておいたら果てしなくズレて行きそうな会話を、一宮が最初に戻す。

「えっと、だから、改めて好きだって風祭に言ったら風祭も俺の事を好きだって言ってくれて」

テレテレと蕩けそうな顔で告白する祠堂に、「ノロケか…」と小さく呟く如月は再び一宮に睨まれた。

「凄く凄く嬉しかったんだけど、この先をどうしたら良いのかわかんないんだ…、キスして抱きしめて、最初はそれで良かったんだけど、最近なんかこう、腹の底から変な熱が湧き上がってきてモヤモヤして…困る…時々、こう何か、風祭をめちゃくちゃにしてやりたくなって…」

相談を持ちかけた二人から視線を外し俯いた祠堂が「困る…」ともう1度口の中で苦しげに繰り返した。

「…、その先まで行けば良い、風祭ならおまえが頼めば最後まで付き合ってくれるだろうさ」

苦笑しながら答える如月に、祠堂が聞き返した。

「先ってどういう事?」

「セックスしたいんだろ?風祭と」

 違うのか?と言われた祠堂は顔を上げ訝しげに自分を見守る二人の顔を交互に見やる…
最初は音としてしか届いて居なかった如月の言葉を何度か頭の中で繰り返した祠堂は意味を理解した途端強烈な熱を自分の顔に感じ机に顔を俯せた。

「セックス」という単語は知っているし、やり方も学校で習った覚えがある、が、それは異性とのやり方だ。
記号のような図で示された受精の過程を思い出すに、男相手にどうそれを実行するのか祠堂には皆目わからなかった。

「男同士でもできんの?」

火照った頬を冷たい机に押し付けつつ問う祠堂に、如月が事もなげに言ってのける。

「異性同士でも同性でもやり方はそうかわらない、入れる箇所が一つか二つか入れるものが無いかあるかそれだけの違いだな」

 如月の放った単語を、少ない知識から拾い上げながら熱に溶かされた思考の中でパズルのように祠堂は組み立て理解しようとした。
下半身にある「穴」とか入れる「物」とか何とかかんとか…、そして自身で導き出した答えに祠堂がガバリと机から身を起こし叫んだ。

「え…えぇっと、って!!そんな、事できるのか!!無理だろう、無理じゃないのか!!!!!!!!!」

既に話は済んだと部費として使った領収書のまとめの続きを再開し始めていた如月と一宮が、驚いたように祠堂を見返した。

「そりゃまぁ、ちょっと常識からは外れてはいるが、物凄く珍しいわけでもないぞ 男女でも やる奴はやるし」

肩を竦める如月と軽くパニックに陥ってる祠堂を交互に見やる一宮が軽く溜息をつく。

「互いに満足すれば最後までやらなくて良いんだが…中途半端な知識で風祭を傷つけられたら困るから教えてやる
質問があれば答えられる範囲で答えてやるがこちらも経験があるわけじゃない、だから、その先は二人で乗り越えてくれ」

茶化しのない真摯な一宮の声色に、祠堂は大きく頷いたのだった。




++++

パタンと閉まったドアの向こうに、肩を少し強ばらせた祠堂の姿が消える。

「… あれで、良かったのか?」

一宮と祠堂の猥談というより、講義を行う生徒と教師のような談話に一切口を出さなかった如月が声をかけてきた。

「極端に性に対しての知識を子供達に隠していた時代、ある少年が仲が良かった少女を殺した事例がある。少年は自分の中の性の衝動をどうすれば良いのかわからなかった。知っていれば起こらなかった悲劇というやつだ」

視線を天井に向けた如月が一二度机の上を指で叩く。

「コリン・ウィルソンか変な本を読んでるなお前」

チラリと如月に視線を流す一宮は肩を竦めるとゆっくりと椅子から立ち上がった。

「明日は雨らしい、豪雨に注意報まで発令されていた」

言いながらノートPCの蓋を閉じSDとランカードを抜く如月も伸び上がりながら席を立つ、その声に一宮の目が細められる。

「春の嵐か…」

呟く一宮の声を掻き消すように狭い部室に遠い雷鳴が響きわたった。

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