雨音の向こう側

三森まり

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久利須は誰にでも敬語を使う…それはもう癖のようなものらしく中学に入ってから知りた合ったので長くもないが短くもない付き合いの中で彼が誰かにむかってこんな親しげな「ことば」を投げかけているのを俺は1度も耳にした事はなかった。

 「のり」という単語で呼ばれる人物で自分が知っているのは 同じクラスの「高梨典人」くらいだが、たぶん違うだろう。
高梨にとって久利須はちょっと親しい級友であり、久利須にとってもそれは同じだ。
1年の時は倉間と久利須はクラスメートで、俺は別のクラスだった。
だから、同じクラブという事もあり久利須と親しくなったのは高梨の方が先だったのだけれど、時々要らない所まで気を回し杞憂を漏らす久利須が鬱陶しいと高梨ははっきり言い放つし、容姿は好みだけれど自分の頭ひとつ背の高い所が気にくわないとどうしよもない部分に文句を言う高梨を久利須は時々持て余してるようで進級して同じクラスになってからは俺の側にいる事の方が多くなっていた。
と、いうか、俺が久利須を側に置いて放さないなよう気をつけているのだ。

俺は久利須が好きだ、皆があれさえなかればという、妙に後ろ向きな思考も歳下の者にまで使う敬語も毒舌すらも面白くて可愛いと思う。

だから、新しい久利須を見つけるたび喜んで観察していたのだが…今回の事は面白く感じられなかった…と、いうか、胸の奥が軋んで「酷い気持ち」が沸き上がってくる。

その「気持」のままにから机の下這い出し久利須の両腕を自分の両腕で畳に縫い付け口付けた。
甘くて小さい下唇を甘噛みしたら苦しそうに喘ぎ久利須が薄く唇を開くのに、自身の舌を久利須の口の中に侵入させる。
綺麗な歯列を探り、逃げ惑う久利須の熱くて蕩けてしまいそうに柔らかな舌に自分の舌先で触れる。
息事吸われているのが苦しいのだろう身体をひねる久利須はしかし、上から体重をかけている俺から逃げられない。
秋だというのに暑い日続きで薄いTシャツ1枚を羽織っただけの久利須と自分の重なる胸から早い動悸が伝わってくる。
長い長い口付けに、大人しくなった久利須の顔が見たくて瞳を開けるが、さすがに近すぎて表情が見えない。
すいと顔を上げると下になる久利須のひときわ赤い口元からどっちのものだかわからない唾液が細くこぼれ落ちた。

「…なんで…こんな事するんですか?」

塞がれていた口を開放された久利須が泣きそうに瞳を眇め、口付けに濡れた唇で荒い息をつきながら俺を責める。

「…好き…だから…」

俺の告白に、久利須の黒目がちの瞳が大きく開かれ次の瞬間ぱぁぁと頬から耳から、項まで朱に染まった。

「向井くん…じゅ…順番が変ですよ…」

「男同士だ」とか「世間がどう」とかそんなことばが立て続けに投げつけられるかと覚悟していたのだが、どうやら久利須的にはそこより「順番」の方が気になる程には俺の事を好いていてくれているらしい。
もっとも、そこらへんの事は今はパニクって気が回っていないだけで気が付かせたら泥の輪になるのは目に見えているのだけれど…だから、考える暇なんか与えてやらない。

「好き…大好き…大大大好き…」

好きと囁くたびに、啄むようなキスを落とす。
おでこに、頬に、顎に…その度に小さく震える久利須が可愛くて他の部分も触りたくなるのだけれど、そこはぐっと我慢した。
怖がらせて逃げられたら大変面倒な事になる、久利須は本当に逃げ足だけは超一流だから…

「久利須は…俺が嫌い?」

問う俺のことばにフルフルと久利須が顔を横に振る。

「じゃ、好きだよね?」

重ねて問う俺の下で、更に赤みを増した頬を細い指で隠しながら久利須がゆるゆると頷いたのだった。





許可を得ての2度めの口付けは本当に甘くて気持ち好かったけれど、理性の箍が怪しく揺らぐ。
久利須は基本お強請りと俺自身に物凄く甘いので、陥落させる手立てはいくらでも思いつくがその前に聞いておきたい事を問いただした。

「『のり』って誰?」

軽い酸欠に朦朧としてる久利須が小首を傾げた後、人差し指をゆっくりと机に向ける。

「あのこ…」

写真立の中、小さな久利須と大きなわんこがこちらを見返していた。

「「のりすけ」って名前で3年前に亡くなったんですけど…
俺が物心ついた頃からずっと側にいて、守ってくれていたんです…いじめっ子からとか、後、沢山お昼寝してると夜眠れなくなるよって起してくれたり
あの…その…向井くんにはもしかして失礼かもしれないけれど…向井くんの近くってお日様の匂いがして…のりといるようで…上手く言えないんですけど…安心できて…向井くんの側にいるのスキなんです…」

「わんこと同じくらい?」

「え、そんな のりは犬だから、のりと向井くんの「スキ」は種類が違いますよ…」

ぶんぶんと顔を横に振り慌てて否定する久利須が物凄く可愛い。
きっかけは何であれ人見知りの久利須が比較的早くに俺に懐いたのに、わんこの事があるなら「のり」の事を有りがたいと思いこそすれ「犬」と同列にされたとかで怒ったりはしないのだが…

「どんな風に俺ん事がスキなの?」

考えこむ久利須が久利須が俺の片手を両手で包込むようにしながら自らの胸に重ねた。

「のりと居る時と同じくらい安心するけど、のりと居る時はこんな風にドキドキしたりはした事ないです…心臓が口から飛び出してしまいそう…」

消えてしまいそうな細い声で俺に囁く久利須が、羞恥に赤い頬にかかる中半閉じていた瞳を隠す長い赤茶色の睫毛をゆっくり開き、闇色の瞳で俺を見上げる。
ただでさえ薄い自分の理性の箍が外れる音を降りしきる雨音の向こう側に聞き取りながら、俺はさらにもう1度大切な久利須の心臓が唇から零れてしまわないよう自らの唇で彼の唇を塞いだのだった…

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