星降る極貧寮、ルームメイトはハンドメイドヤンキー

瀬名那奈世

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プロローグ ルームメイトはハンドメイドヤンキー

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 僕の部屋の東側の壁には、黒板がある。
 少し小さくて、授業内容ではなくちょっとした共有事項を書きつける用の黒板である。
 その下には、腰上くらいの高さの、横長のロッカーがある。小学生だったらきっと、ここにランドセルを入れるだろう。中学の頃は学校指定のカバンを入れていた。高校生になった今は、持ち帰るには重たい資料集や辞典、実技科目の教科書や道具を入れている。
 しかしここは、あくまで僕の部屋だ。だからこの部屋のロッカーには、なにも入っていない。
 そのなにも入っていないロッカーに背を預けてしゃがみ、僕は膝上に乗せたスマートフォンを凝視していた。
 画面の中では、僕が推している女性アイドルグループ・MEN-DAKOめんだこのメンバーが華やかなロングスカートをなびかせて踊っている。今月初めにミュージックビデオが公開されたばかりの新曲である。
 最近の僕は、この動画を毎晩十回観ることを日課としている。SNS戦略が過激化している昨今、無料動画投稿サイトの再生回数は非常に重要なのだ。
 四分弱の動画を十回分。一日約四十分。一週間でおよそ四時間半。
 誰かに話したら、無駄な時間だと笑われるだろうか。でも本当に好きなものなら、何億回観たって飽きないものだ。
 現に今も、僕は生唾を飲んでその時を待っている。
 僕が一番好きな、ラスサビ前のあのセリフを。
【ずっとずっと、大好きだよ!】
「ひゃーーーーーーーっ!!! 僕も大好きっっっ!!!!!」
 最推し・荒川ナミのセリフとウィンクに心臓を射抜かれた僕は、部屋中の空気が震えるような声で叫んだ。ひゃあ、ひゃあ……! と過呼吸気味にあえぎ、胸に手をあてて鼓動をなだめ、なんとか気持ちを落ち着かせてから、うっかり取り落としてしまったスマートフォンを拾い上げる。
 観ている動画がいつもと同じでも、その時の僕側のコンディションで、感じ方は自在に変わる。本日一回目に再生した時も思っていたのだが、今日はすこぶる調子がいい。推しの尊さを全身全霊で味わうことができる日だ。
 半ばむせび泣きながら、僕は最後まで動画を観きった。そして「この感動を忘れないうちに五回目を……」と再生バーに指先を伸ばす。
 が。
「おい」
 瞬間、パーテーションで区切られた隣室から声をかけられて、僕は大きく肩を震わせた。
 怒りをはらんだ、地獄の底から這い上がってくるようなその響きに、背中にはみるみるうちに冷や汗がにじんだ。
「急に大声で叫ぶなって、何回も言ってるだろうがっ!」
「ごっ、ごめんっ……!」
 僕は慌ててスマートフォンの画面を消し、声の主を見上げた。
 ぐいっとずらしたパーテーションの奥からこちらを睨みつけているのは、ルームメイトの相良結斗さがらゆいとだ。
 相良は痩せ型でひょろりと背が高く、少し広めの額の下には、細めのツリ眉が神経質な感じで並んでいる。黒い短髪はツンツンと癖がついていて、高い鼻筋と薄い唇は、ただでさえ近寄りがたいことこの上ない。
 その顔が敵意をむき出しにしてこちらを見下ろしているのだから、怖くて怖くてたまらない――推しへのトキメキとは別の理由でバクバクする心臓の音を聞きながら、僕は相良の顔を覗き込んで慎重に尋ねる。
「もしかして、またなにか落とした……?」
「ああ、落とした。なんだと思う?」
 僕が首を傾げると、相良は大きくため息をついた後、ガシガシと頭をかきながらパーテーションの隙間を広げた。
「ビーズだよビーズ! 直径三ミリの超ちっちゃいビーズ赤青緑黄色の四色!」
「四色も?! なんで!」
「補充しようとしてたんだよ! でもケース持ち上げた瞬間に、お前が馬鹿みたいにデカい声で叫ぶから!!」
 立ち上がって相良側のスペースを覗き込めば、丸くてキラキラ光る色とりどりの小さな粒が、海辺の砂粒みたいにあたり一面に散らばっていた。
 これから命じられるであろう作業を想像して、僕の顔は自然と険しくなる。
「拾え。そんで洗え」
「……うげえ」
「うげえじゃねえ。お前のせいだろ」
 さっさとやれ、と顎で促され、僕は観念して相良の部屋の床に両膝を突いた。右手でひたすらビーズを拾い、器の形にした左の手のひらに集めていく。
「くそっ、めんどくせえ。ふざけんなよ全く」
 背後からは、同じくビーズ拾いを始めた相良のつぶやきが聞こえてくる。
 確かにこの状況は僕が悪い。僕が急に叫んだから、隣室の相良は驚いてビーズの入ったケースを落とし、床に中身をぶちまけてしまったのだ。
 だから申し訳ないと思いつつ、でも僕だって、本当はこんなはずじゃなかったのにと文句を言いたくなる。
 黙々と手を動かしながら、僕は思い出す――一ヶ月前、三月初め、高校の合格発表の日。
 僕は両親に土下座した。もちろん、人生で初めての土下座だった。
 ――お願いします。私立免田めんだ高等学校の学費を出してください。
 そう、僕はどうしても、土下座してでも、東京郊外にある私立免田高等学校に通いたかったのだ。
 そこにはもちろん、深い深いわけがあるんだけど……話すと長くなるから、それはまた今度。
 だけど一つだけ、今どうしても言っておきたいことがある。

 あの日僕が土下座をしたのは、ハンドメイドが趣味の犯罪者ヅラヤンキーと同室になるためなんかじゃ、絶対にない。
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