星降る極貧寮、ルームメイトはハンドメイドヤンキー

瀬名那奈世

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第一話 さわらぬ神に祟りなし

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 相良結斗を初めて見たのは、僕が『めんだこ寮』に引っ越してきた日の午後だった。
「ほら昨日、雨が酷かったでしょう。それでね、元々古い建物なものだから、夜からじわじわ雨もりしちゃってえ」
 三月下旬、受付の小さな窓の向こうで、管理人である六十過ぎくらいの女性が困り顔でため息をつく。その日僕は実家の青森からはるばる移動してきた直後だったため、疲れでしょぼしょぼする目を必死にこすりながら、彼女の話を聞いていた。
「もうねえ、一棟丸々びしょ濡れなの。天井のね、あっちこっちからボタボタ水が染み出してきちゃって、一箇所特に酷い場所ができたと思ったら、どんどん他のところも駄目になって、部屋も廊下も水浸しでね」
 女性が話しているのは、僕が今日これから入居する予定の『めんだこ寮』についてである。
 めんだこ寮とは、東京郊外にある学生向けの共同寄宿舎の通称だ。親元を離れて周辺の高校や大学に通う学生が複数入居している、その名の通り寮のような物件である。
 僕は今日、四月からの高校生活に向けて、このめんだこ寮に引っ越してきた。
 荷物は事前に送ってあって、あとは段ボール箱を部屋に運び入れて荷解きをするだけのつもりだった。しかしいざ現地について管理人室に声をかけたら、「入居予定の棟が雨もりで丸々使えない」と言われてしまった。
「とてもじゃないけど住めるような感じじゃなくて。今朝ようやく業者を呼んで、色々見てもらってるんだけどねえ。あ、お父さまもお母さまもお電話つながらないんだけど、大丈夫?」
「ああ……そこは多分大丈夫です。すみません。ええっと、雨もりしちゃったことはわかりました。それで、他の入居者は今どうしてるんですか?」
「イベント用に残してたプレハブ校舎があるから、他の入居者はそっちに移動中。だからあなたも、当面はそこに住んでもらうことになりそう」
 両親と連絡が取れないのは恐らく、今日が法事だからだ。めんだこ寮は廃校になった公立高校の一部を再利用して運営されているというから、プレハブ校舎というのは、公立高校時代の名残を指すに違いない。
「まあでも、ねえ」
 どういう反応をしていいかわからず呆然とする僕の前で、女性はすっと手元に視線を落とした。事前に送付済みの書類を確認しているのだろう、ぱらぱらと紙をめくる音が、風の音に混じって僕の鼓膜を震わせる。
「ええっと……そう、畠山はたけやまくん。畠山くんって、お向かいの免田高校に入学予定なんでしょ。だったら、ねえ。今からでも親御さんと相談して、入居を取り消して他に部屋を借りた方が、きっと快適に」
「それは無理です」
 咄嗟に遮ると、女性は目を丸くして驚いた。僕はその顔を見て我に返り、慌てて「すみません」と謝罪する。
「その、うちはお金がないんです。だからとりあえず予定通り、プレハブ校舎の方の部屋番号と鍵をいただいてもいいですか?」
 僕の返答に、女性は一瞬、キツネにつままれたような顔をした。しかしすぐに管理人室の奥に向かうと、ごそごそと棚をいじった後、部屋の鍵とパンフレットを渡してくれた。
「そこの小道をまっすぐ行って、三つ目の棟の一階、一番奥の部屋になるからね」
「わかりました。ありがとうございます」
 僕は女性に頭を下げて、教えられた方向に歩き出す。しかし三歩ほど歩いたところで「あ、ちょっと待って」と再び呼び止められ、仕方なく足を止める。
「あのね、相部屋になっちゃったの」
 管理人の女性は小窓から身を乗り出して、振り返った僕に向かってすまなそうに口を開いた。
「部屋数の関係で、一人一部屋ってわけには、どうしてもいかなくて。だけど大丈夫、相良結斗くんっていう、畠山くんと同じ高校の新一年生だから!」
 ……相部屋? 相良? 同じ高校?
 畳みかけられた内容を、移動で疲れた頭を必死に回転させて噛み砕く。
 やがてじわじわとその意味を理解し、僕は内心大きく首を傾げた。それは本当に、大丈夫なのだろうか?
 ――結論を言おう。全然大丈夫じゃなかった。
 教えてもらった通りに歩き、僕はやがて、入居先のプレハブ校舎にたどり着いた。
 プレハブ校舎は、本当にプレハブ校舎だった。学校によくある廊下の水道や大きな窓、黒板がそのまま残っていて、今までは共有スペースとして、入居者全員で歓迎会をしたり話し合いをしたりする際に使われていたらしい。
 僕が部屋(という名の教室)についた時、中には既に人の気配があった。控えめにノックして前扉を開けた僕は、視界の先に固め置かれていた荷物を見て、自分の頭がおかしくなったのかと思った。
 床の上、半透明のケースから透けているのは、どこからどう見ても女の子が好むようなカラフルでキラキラのビーズだ。でも奥で荷物整理をする人間は、明らかに男。
「あ?」
 振り返りざまにじろりと睨まれて、ヤンキーだ、と咄嗟に思った。
 ヤンキーだ。しかも顔が、驚くほどに怖い。
 造形は整っているけれど、その整い方というのが、よく研いだナイフや野生動物みたい。シュッとして無駄がなくて冷たげ、触れたとたんに大怪我をしそうなその雰囲気は、よくて柴犬を若干崩した感じ、ちょっと悪くて狸に似てるって言われる僕とは大違いである。
「あんた、誰?」
 低い声で問われて、寿命が三年分くらい縮まった。
 なにも聞くまい――それが、「ファンシーでキラキラなビーズを大量に所持している犯罪者ヅラのヤンキーが自分を睨みつけてくる」というカオスな状況に対する、その時の僕の結論である。
「えっと、畠山岳はたけやまがく。今日から多分、君とルームメイトになるみたい、っていうか……」
 僕は恐怖心を必死に抑えつけながら、相良に向かってへらりと笑ってみせた。
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