26 / 34
第二十五話 本当だよ
しおりを挟む
廊下に出て人が減ったところで端に寄り、スポーツドリンクを飲みがてら少し休むと、頭がだいぶしゃっきりする感覚があった。もちろん泣いてしまいそうだからというのが一番だったけれど、やはり熱中症気味だったのかもしれない。
はしゃいだ様子で歩く生徒や一般参加者たちをぼんやりと眺めながら、保健室に行くかどうか迷う。体的には涼しい場所でゆっくりできれば問題なさそうだが、メンタルの方が周りのお祭りムードについていかない。
いっそのことめんだこ寮に帰ってしまおうか。今日なら相良も一日中学校にいるだろう――午後は川崎さんと色々回るだろうし。
そう結論づけて足を踏み出した瞬間、「岳」と肩を叩かれた。反射的に振り向けば、エプロンをつけたままの相良が心配そうな顔でこちらを見下ろしていた。
「……具合悪いのか?」
久しぶりに話すせいだろうか、ぎこちなさが透ける感じで、相良が問いかけてくる。その顔を見て、そういえばこの前もこうやって名前を呼ばれて、声をかけられたなと思い出した。
この人は、どうしてこんなに優しいんだろう。
そういうところを好きになったけど、手に入らないなら虚しいだけだ。
「ちょっと熱中症っぽかっただけ」
無視することもできず、うつむいて目を逸らしながら僕は答えた。相良と同じく、ぎこちなさ全開だ。
「今日はもう帰って休むから、大丈夫だよ」
「だったら俺も一緒に」
「いいよ。一人で帰れる」
「でも」
「いい。ほんとに」
「だけど倒れたりしたら」
「だから、いいってば……!」
相良がしつこいから、つい荒っぽい口調になってしまう。はっと気づいて、慌てて下唇を噛み締めた。これ以上喋ったら、また言ってはいけないことを言ってしまいそうだ。
僕は相良を傷つけたいわけじゃない。ただまだ気持ちの整理がつかなくて、優しくされたらまた、変な勘違いをしてしまいそうで、とにかくそれが嫌なだけ。
かといって、恋心を上手く隠す余裕もまだない。だから今は放っておいてほしい。
「俺さ、お前になんかした?」
やがて、相良が絞り出すようにつぶやく。
ぎゅっと眉根を寄せた、初めて見る苦しそうな顔だ。
「嘘とかも、ついた覚え全くないんだけど。俺は、お前とは仲良くできてると思ってた。なのに急にこんな、泣かれて、拒絶されて、正直かなり……きっつい」
相良の黒い瞳が僕を見据える。
答えを求めるその視線を、僕は正面から受け止めることができない。
――だってそれは、僕がお前を好きだから。
だけどそんなこと、口が裂けたって言えるわけがないじゃないか。
相良の言う「仲良く」と僕がほしい「仲良く」は全然違う。僕以外の人と付き合っている相良と今までみたいに「仲良く」するなんて、僕には到底無理な話だ。
相良に心当たりがないのなら、ある意味それが全ての答えなのだ。相良は自分に彼女ができても、今まで通りに僕と話せる。相良にとって僕は、恋愛対象ではないただの友人だから。
「なあ、俺と同室になるくらいなら寮に入らなきゃよかったって、あれ本当?」
低い響きに、ああこれは最終通告なんだって悟った。もしここでうなずいたら、相良は多分、今後一切僕に関わってこない。
三月に相良を知ってから今日までの、様々な記憶が脳裏をよぎる。
初めは顔の怖い相良に怯えていた。MEN-DAKOの動画を観て叫び声を上げると怒られて、三日に一回はビーズ拾いを手伝わされた。
だけど僕が両親に土下座した話をしたら、いつの間にか食事を一緒に食べるようになった。めんちゃんキーホルダープレミアムの開封に付き合ってくれた。僕の体調が悪いのを気にしてくれて、代わりのキーホルダーをくれて、ハンドメイドイベントを手伝って……。
全部全部楽しかった。
だけど。
「本当だよ」
できるだけそっけなく、冷たく、迷いなく見えるように、僕は答えた。
ぐちゃぐちゃの気持ちを、これ以上悟らせるわけにはいかないから。
「もしやり直せるなら、僕はめんだこ寮には入らない。免田高校にも入学しない」
相良は一瞬、なにか言いたげに口を開いたが、やがてぐっと歯を食いしばって僕を睨みつけてきた。長い長い沈黙の後、「そうかよ」とひと言だけ応じて、踵を返して去っていく。
その背中を見送ってから、僕は昇降口に向かって再び歩き出した。人とすれ違うたびに、僕の顔には怪訝な視線が注がれる。
目に映る景色の全てが、涙で歪んでぼやけている。
はしゃいだ様子で歩く生徒や一般参加者たちをぼんやりと眺めながら、保健室に行くかどうか迷う。体的には涼しい場所でゆっくりできれば問題なさそうだが、メンタルの方が周りのお祭りムードについていかない。
いっそのことめんだこ寮に帰ってしまおうか。今日なら相良も一日中学校にいるだろう――午後は川崎さんと色々回るだろうし。
そう結論づけて足を踏み出した瞬間、「岳」と肩を叩かれた。反射的に振り向けば、エプロンをつけたままの相良が心配そうな顔でこちらを見下ろしていた。
「……具合悪いのか?」
久しぶりに話すせいだろうか、ぎこちなさが透ける感じで、相良が問いかけてくる。その顔を見て、そういえばこの前もこうやって名前を呼ばれて、声をかけられたなと思い出した。
この人は、どうしてこんなに優しいんだろう。
そういうところを好きになったけど、手に入らないなら虚しいだけだ。
「ちょっと熱中症っぽかっただけ」
無視することもできず、うつむいて目を逸らしながら僕は答えた。相良と同じく、ぎこちなさ全開だ。
「今日はもう帰って休むから、大丈夫だよ」
「だったら俺も一緒に」
「いいよ。一人で帰れる」
「でも」
「いい。ほんとに」
「だけど倒れたりしたら」
「だから、いいってば……!」
相良がしつこいから、つい荒っぽい口調になってしまう。はっと気づいて、慌てて下唇を噛み締めた。これ以上喋ったら、また言ってはいけないことを言ってしまいそうだ。
僕は相良を傷つけたいわけじゃない。ただまだ気持ちの整理がつかなくて、優しくされたらまた、変な勘違いをしてしまいそうで、とにかくそれが嫌なだけ。
かといって、恋心を上手く隠す余裕もまだない。だから今は放っておいてほしい。
「俺さ、お前になんかした?」
やがて、相良が絞り出すようにつぶやく。
ぎゅっと眉根を寄せた、初めて見る苦しそうな顔だ。
「嘘とかも、ついた覚え全くないんだけど。俺は、お前とは仲良くできてると思ってた。なのに急にこんな、泣かれて、拒絶されて、正直かなり……きっつい」
相良の黒い瞳が僕を見据える。
答えを求めるその視線を、僕は正面から受け止めることができない。
――だってそれは、僕がお前を好きだから。
だけどそんなこと、口が裂けたって言えるわけがないじゃないか。
相良の言う「仲良く」と僕がほしい「仲良く」は全然違う。僕以外の人と付き合っている相良と今までみたいに「仲良く」するなんて、僕には到底無理な話だ。
相良に心当たりがないのなら、ある意味それが全ての答えなのだ。相良は自分に彼女ができても、今まで通りに僕と話せる。相良にとって僕は、恋愛対象ではないただの友人だから。
「なあ、俺と同室になるくらいなら寮に入らなきゃよかったって、あれ本当?」
低い響きに、ああこれは最終通告なんだって悟った。もしここでうなずいたら、相良は多分、今後一切僕に関わってこない。
三月に相良を知ってから今日までの、様々な記憶が脳裏をよぎる。
初めは顔の怖い相良に怯えていた。MEN-DAKOの動画を観て叫び声を上げると怒られて、三日に一回はビーズ拾いを手伝わされた。
だけど僕が両親に土下座した話をしたら、いつの間にか食事を一緒に食べるようになった。めんちゃんキーホルダープレミアムの開封に付き合ってくれた。僕の体調が悪いのを気にしてくれて、代わりのキーホルダーをくれて、ハンドメイドイベントを手伝って……。
全部全部楽しかった。
だけど。
「本当だよ」
できるだけそっけなく、冷たく、迷いなく見えるように、僕は答えた。
ぐちゃぐちゃの気持ちを、これ以上悟らせるわけにはいかないから。
「もしやり直せるなら、僕はめんだこ寮には入らない。免田高校にも入学しない」
相良は一瞬、なにか言いたげに口を開いたが、やがてぐっと歯を食いしばって僕を睨みつけてきた。長い長い沈黙の後、「そうかよ」とひと言だけ応じて、踵を返して去っていく。
その背中を見送ってから、僕は昇降口に向かって再び歩き出した。人とすれ違うたびに、僕の顔には怪訝な視線が注がれる。
目に映る景色の全てが、涙で歪んでぼやけている。
10
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【完結】勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話
バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん<山野 石郎>改め【イシ】
世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中……俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない<覗く>という能力だけ。
これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
坂木兄弟が家にやってきました。
風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。
ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる