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最終話 きらり
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昼休み、食堂前に行くと相良がいた。ひらっと胸の前で手を上げる姿を見て、僕の足は自然と小走りになった。
「お疲れ」
「おう」
目の前までたどり着いた瞬間、ぽんと優しく、当たり前のように手のひらが降ってきた。微かに笑んだ口元に視線を縫い止められる。僕の恋人、ちょっとカッコ良すぎない?
前から整った顔立ちだと思ってはいたけど、付き合い始めたらよけいに綺麗に見えて困る。ツンと高い鼻筋と薄い唇が、僕的には一番のお気に入りポイントだ。
「なに見てんの?」
「んー? べつにー」
ついにやにやと笑いながら、相良の顔を見上げてしまう。それがなんだか、我ながら漫画で見るバカップルそのものの反応で、ずいぶん浮かれてるなと他人事のように思う。
「今日はなにかな。ホッケかな」
「お前ホッケ好きすぎじゃね」
「まあね」
――本当は、ホッケを食べる相良を見るのが好きなんだけど。
そこまで言ったらさすがに、バカップルがすぎる。胸のうちに言葉をしまいながら、幸せだなってふと思う。
好きな人と食べるご飯は、最低価格の節約メニューでも全く気にならない。小鉢がなくても、これ以上ないってほど胸が満たされて苦しい。
僕は免田高校に進学して、めんだこ寮に入居して本当によかった。だって相良に会えたから。
ついつい浮かれて足取り軽く進む僕の後ろを、スラックスに手を突っ込んだ相良がゆったりと着いてくる。
くるりと振り返れば必ず目が合う。そういう時、僕はこの人のことを、とても好きだと思う。
そのまま二人で食事をし、午後の授業の開始十分前に食堂を出た。出入口の扉を抜けた瞬間、相良は「詐欺だ」とゲンナリつぶやいて眉根を寄せた。
「ミートボールにピーマンが入ってるなんて聞いてねえ……」
ドンマイと笑って、僕は相良の背を叩く。相良は依然嫌そうな顔をして、舌をもごもご動かしている。
今日のメニューは、A定食がサバの味噌煮で、B定食がケチャップソースのミートボールだった。
相良はもちろん、ボリュームたっぷりのミートボールを選んだわけなんだけど――相良の嫌いなピーマンが、外から見えないように細かく切り刻まれて中に入っていたらしい。
「卑怯だろマジで。やり口が汚い」
「相良の言ってること、野菜嫌いの幼稚園児と同じだぞ」
子どもっぽいセリフに癒されながら、僕は相良と並んで歩く。教室棟へと向かう渡り廊下に差し掛かってもなお、相良はちろちろと舌先を覗かせては、ピーマンの苦味を追い払おうと四苦八苦している。
あんまりやられると、目のやり場に困るんだよな……。
僕はドギマギしながら、さりげなく相良の顔から目を背けた。考えないようにと念じれば念じるほど、その唇に触れたくてたまらなくなる。
目の前には渡り廊下――相良と川崎さんが、キス未遂を起こした場所。一度は落ち着いていたもやもやが、再びわき上がってチクリと胸を刺す。
ちょっと困らせてやりたい気持ちにそそのかされて、僕は相良の右腕を引いた。
「相良、ちょっと」
「ん? なんだよ」
首を傾げる相良に「いいから来て」と応えて、僕はそのまま渡り廊下の奥へ進む。あの日川崎さんがいたあたりにたどり着いたところで、おもむろに相良の方を振り向き、予備動作なしでネクタイを引っ張る。
呆気なく降ってきた唇に、僕の方が驚いてしまった。
ぱちぱちとまばたきをして何も言えずにいると、顔を離した相良が不思議そうな顔で「なに?」とつぶやいた。
「お前、自分からしといてなに驚いてんの?」
「いや……その……」
キスしたばかりの唇をなぞりながら、どう言葉を続けるべきか迷ってしまう。
僕が川崎さんと同じようにネクタイを引っ張ったら、相良がどういう反応をするのか知りたかった。口元を覆われたら「ひどい」と拗ねてみせるつもりだったのに、あまりにも呆気なくキスできたので拍子抜けしてしまう。
「ふっ、防がなくていいんだーって思って」
「防ぐ?」
初めはきょとんとしていた相良だが、だんだん事情を察したのだろう。やがて薄い唇がにやりと歪んで、鋭い三白眼の目尻が、呆れ混じりに緩められる。
「防ぐわけないだろ。防ぐ必要なんか、全くないんだから」
瞬間、大きな手のひらに後頭部を引き寄せられた。無理やり上を向かされて、さっきよりもずっと深く、柔い感触が僕の唇を塞いでくる。
「――っ、――! ――!!」
ジタバタともがくが、腰を強く引き寄せられていて身動きが取れない。学校なのにという焦りがよけいに鼓動を急かして、ずいぶんと早く息が上がってしまう。
もう無理、という意味を込めて胸を叩いた時、するっと舌を差し込まれた。かっと体が熱くなって、僕は今度こそ思い切り、相良の体を突っぱねる。
「な……! ななな、なに、なにをっ……!」
「なにって、なあ。キスだけど」
「ここ! 学校!」
「知ってるって。だけど不安になるくらいなら、見せつけた方がいいだろ」
ふふんと不敵に笑って、相良は一人校舎に向かっていく。その鋭い流し目に反射的にときめいてしまって、すぐに我に返って首を左右に振った――恋心ってほんと、油断ならない。
ちょっと待てと長身を追いかけ始めた僕の頭上で、授業開始のチャイムが鳴り響く。
相良が校舎に入る直前、たっぷりと降り注いだ陽光に黒い短髪が透けて、きらりと眩しく輝いた。
<『星降る極貧寮、ルームメイトはハンドメイドヤンキー』 了>
「お疲れ」
「おう」
目の前までたどり着いた瞬間、ぽんと優しく、当たり前のように手のひらが降ってきた。微かに笑んだ口元に視線を縫い止められる。僕の恋人、ちょっとカッコ良すぎない?
前から整った顔立ちだと思ってはいたけど、付き合い始めたらよけいに綺麗に見えて困る。ツンと高い鼻筋と薄い唇が、僕的には一番のお気に入りポイントだ。
「なに見てんの?」
「んー? べつにー」
ついにやにやと笑いながら、相良の顔を見上げてしまう。それがなんだか、我ながら漫画で見るバカップルそのものの反応で、ずいぶん浮かれてるなと他人事のように思う。
「今日はなにかな。ホッケかな」
「お前ホッケ好きすぎじゃね」
「まあね」
――本当は、ホッケを食べる相良を見るのが好きなんだけど。
そこまで言ったらさすがに、バカップルがすぎる。胸のうちに言葉をしまいながら、幸せだなってふと思う。
好きな人と食べるご飯は、最低価格の節約メニューでも全く気にならない。小鉢がなくても、これ以上ないってほど胸が満たされて苦しい。
僕は免田高校に進学して、めんだこ寮に入居して本当によかった。だって相良に会えたから。
ついつい浮かれて足取り軽く進む僕の後ろを、スラックスに手を突っ込んだ相良がゆったりと着いてくる。
くるりと振り返れば必ず目が合う。そういう時、僕はこの人のことを、とても好きだと思う。
そのまま二人で食事をし、午後の授業の開始十分前に食堂を出た。出入口の扉を抜けた瞬間、相良は「詐欺だ」とゲンナリつぶやいて眉根を寄せた。
「ミートボールにピーマンが入ってるなんて聞いてねえ……」
ドンマイと笑って、僕は相良の背を叩く。相良は依然嫌そうな顔をして、舌をもごもご動かしている。
今日のメニューは、A定食がサバの味噌煮で、B定食がケチャップソースのミートボールだった。
相良はもちろん、ボリュームたっぷりのミートボールを選んだわけなんだけど――相良の嫌いなピーマンが、外から見えないように細かく切り刻まれて中に入っていたらしい。
「卑怯だろマジで。やり口が汚い」
「相良の言ってること、野菜嫌いの幼稚園児と同じだぞ」
子どもっぽいセリフに癒されながら、僕は相良と並んで歩く。教室棟へと向かう渡り廊下に差し掛かってもなお、相良はちろちろと舌先を覗かせては、ピーマンの苦味を追い払おうと四苦八苦している。
あんまりやられると、目のやり場に困るんだよな……。
僕はドギマギしながら、さりげなく相良の顔から目を背けた。考えないようにと念じれば念じるほど、その唇に触れたくてたまらなくなる。
目の前には渡り廊下――相良と川崎さんが、キス未遂を起こした場所。一度は落ち着いていたもやもやが、再びわき上がってチクリと胸を刺す。
ちょっと困らせてやりたい気持ちにそそのかされて、僕は相良の右腕を引いた。
「相良、ちょっと」
「ん? なんだよ」
首を傾げる相良に「いいから来て」と応えて、僕はそのまま渡り廊下の奥へ進む。あの日川崎さんがいたあたりにたどり着いたところで、おもむろに相良の方を振り向き、予備動作なしでネクタイを引っ張る。
呆気なく降ってきた唇に、僕の方が驚いてしまった。
ぱちぱちとまばたきをして何も言えずにいると、顔を離した相良が不思議そうな顔で「なに?」とつぶやいた。
「お前、自分からしといてなに驚いてんの?」
「いや……その……」
キスしたばかりの唇をなぞりながら、どう言葉を続けるべきか迷ってしまう。
僕が川崎さんと同じようにネクタイを引っ張ったら、相良がどういう反応をするのか知りたかった。口元を覆われたら「ひどい」と拗ねてみせるつもりだったのに、あまりにも呆気なくキスできたので拍子抜けしてしまう。
「ふっ、防がなくていいんだーって思って」
「防ぐ?」
初めはきょとんとしていた相良だが、だんだん事情を察したのだろう。やがて薄い唇がにやりと歪んで、鋭い三白眼の目尻が、呆れ混じりに緩められる。
「防ぐわけないだろ。防ぐ必要なんか、全くないんだから」
瞬間、大きな手のひらに後頭部を引き寄せられた。無理やり上を向かされて、さっきよりもずっと深く、柔い感触が僕の唇を塞いでくる。
「――っ、――! ――!!」
ジタバタともがくが、腰を強く引き寄せられていて身動きが取れない。学校なのにという焦りがよけいに鼓動を急かして、ずいぶんと早く息が上がってしまう。
もう無理、という意味を込めて胸を叩いた時、するっと舌を差し込まれた。かっと体が熱くなって、僕は今度こそ思い切り、相良の体を突っぱねる。
「な……! ななな、なに、なにをっ……!」
「なにって、なあ。キスだけど」
「ここ! 学校!」
「知ってるって。だけど不安になるくらいなら、見せつけた方がいいだろ」
ふふんと不敵に笑って、相良は一人校舎に向かっていく。その鋭い流し目に反射的にときめいてしまって、すぐに我に返って首を左右に振った――恋心ってほんと、油断ならない。
ちょっと待てと長身を追いかけ始めた僕の頭上で、授業開始のチャイムが鳴り響く。
相良が校舎に入る直前、たっぷりと降り注いだ陽光に黒い短髪が透けて、きらりと眩しく輝いた。
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