【完結】前世の推しのために悪女を演じます、聖女として転生しましたが

チャビューヘ

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第3話「氷の軍師」

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 王宮の戦略会議室は、重厚な空気に満ちていた。

 長い木製のテーブル。壁に掛けられた地図。窓から差し込む朝日。

 既に多くの貴族が席についている。

 第一王子派閥の重鎮たち。軍の将軍たち。

 私は末席に座った。

 本来、聖女は上席に座るべきだ。

 でも、そんな謙虚さは見せない。

 悪女を演じる。

 貴族たちの視線が痛い。

 昨日の謁見での拒否が、もう噂になっている。

「あれが例の聖女か」

「傲慢だと聞いたが」

 小声での会話が聞こえる。

 気にしない。

 これでいい。

 第一王子エドウィンが入室する。

 全員が立ち上がる。

 私も立つ。

「着席を」

 エドウィンの声。

 みんなが座る。

「では、会議を始める」

 エドウィンが地図を指す。

「北方国境で動きがある」

「隣国が兵を集めている」

「防衛策を検討したい」

 将軍の一人が発言する。

「国境に兵を増やすべきです」

 別の貴族が頷く。

「防衛線を固めましょう」

 その時——

 扉が開いた。

 私の心臓が、止まった。

 黒髪。銀色の瞳。整った顔立ち。

 黒い軍服。腰に下げた剣。

 冷たい雰囲気を纏った男性。

 アルセイン・セイヴラン。

 推し。

 目の前にいる。

「遅れて申し訳ございません」

 淡々とした声。

 低く、落ち着いている。

 その声だけで、鳥肌が立つ。

 アルセインがテーブルの反対側に座る。

 エドウィンの向かい。

 第二王子派閥の席だ。

「公爵、ようこそ」

 エドウィンが微笑む。

 だが、その笑顔は固い。

 二つの派閥の緊張感が、空気を重くする。

 アルセインの視線が、会議室を巡る。

 そして——

 私と目が合った。

 銀色の瞳。

 鋭く、冷たく、全てを見透かすような。

 心臓がドキドキする。

 推しと目が合った。

 推しが、私を見ている。

 でも、その目は——冷たかった。

 興味なさげに、視線を外す。

 胸が少し痛む。

 でも、当然だ。

 彼は私を知らない。

 初対面なのだから。

「では、続けましょう」

 エドウィンが会議を再開する。

「北方の防衛についてですが」

「防衛線を固めるのは愚策です」

 アルセインの声が響く。

 会議室が静まる。

「公爵?」

 エドウィンが眉をひそめる。

「どういうことです?」

 アルセインが地図を指す。

「敵は兵を集めていますが、本気で攻めるつもりはない」

「これは陽動です」

「本当の狙いは東側にある」

 将軍の一人が反論する。

「根拠は?」

「推測に過ぎないのでは」

 アルセインは冷たく答える。

「東側の食糧備蓄庫が狙いです」

「北方に我が軍が集中すれば、東は手薄になる」

「その隙を突くつもりでしょう」

 貴族たちがざわつく。

「しかし、それは憶測では」

「危険すぎる」

 アルセインが提案する。

「北方には少数の陽動部隊を」

「本隊は東側に配置し、奇襲に備える」

「これが最善です」

 第一王子派閥の貴族たちが反対の声を上げる。

「リスクが大きすぎる!」

「もし読みが外れたら!」

「公爵の案は却下すべきです!」

 私は手を挙げた。

 視線が一斉に集まる。

「聖女殿?」

 エドウィンが驚いた顔をする。

 私は立ち上がった。

「公爵の案は、理にかなっています」

「私も支持します」

 会議室が凍りつく。

 誰も声を出さない。

 聖女が——第一王子派閥を拒否し、第二王子派閥の提案を支持した。

 アルセインの視線が、私に向けられた。

 銀色の瞳が、私を見つめる。

 冷たい。

 探るような。

 そして——警戒を含んだ目。

 心臓が跳ねる。

 推しが私を見ている。

 でも、その目は優しくない。

 疑っている。

 警戒している。

「聖女殿」

 エドウィンの声が硬い。

「あなたは……第二王子派閥の案を?」

「派閥ではありません」

 私は冷静に答える。

「正しいと思う案を支持しているだけです」

「公爵の分析は論理的です」

「感情ではなく、戦略で判断すべきでは?」

 貴族たちが怒りの声を上げる。

「聖女が政治に口を!」

「第一王子派閥を裏切るのか!」

 私は座った。

 もう何も言わない。

 言いたいことは言った。

 エドウィンが額に手を当てる。

「……分かりました」

「公爵の案を、検討しましょう」

 会議が終わる。

 貴族たちが険しい顔で退室していく。

 誰も私に話しかけない。

 完全に孤立した。

 でも、いい。

 これで第二王子派閥に近づけた。

 私も席を立とうとした時——

「聖女殿」

 低い声が、背後から聞こえた。

 振り返ると、アルセインが立っていた。

 至近距離。

 推しが、目の前にいる。

 心臓がバクバクする。

 近い。

 推しが近い。

 めちゃくちゃイケメン。

 写真集より実物の方が百倍かっこいい。

 落ち着け、私。

 悪女を演じるんだ。

「はい」

 冷静に。

 表情を変えずに。

 アルセインは私を見つめる。

 その目は、まだ冷たい。

「お話があります」

「少し、よろしいですか?」

 私は頷いた。

 二人、人気のない廊下へ移動する。

 壁際に立つアルセイン。

 その隣に立つ私。

 沈黙が流れる。

「聖女殿は、第一王子派閥ではないのですか?」

 アルセインの声は、感情を含まない。

 まるで事実を確認するように。

「聖女だからといって、一つの派閥に縛られる理由はありません」

 私も冷静に答える。

「私は、正しいと思うことを支持するだけです」

 アルセインの眉が、わずかに動く。

「……興味深い」

 その言葉には、好奇心がある。

 でも同時に——深い疑念も。

「しかし」

 アルセインが続ける。

「聖女が政治に関わるのは危険です」

「第一王子派閥を敵に回すことになりますが」

「その覚悟はおありですか?」

 彼の目が、私を見つめる。

 試すような。

 警戒するような。

「覚悟の上です」

 私は迷わず答えた。

 アルセインは、長い沈黙の後——

「……では、失礼します」

 冷たく去っていく。

 背中を見送る。

 黒い軍服。

 凛とした姿勢。

 遠ざかっていく。

 推しと話した。

 初めて、推しと話した。

 彼の銀色の瞳が、私を見ていた。

 警戒の色を含んでいたが——それでいい。

 信用は、これから得る。

 時間をかけて。

 廊下の向こうで、誰かが私を見ていた。

 中年の男性。

 マーカス伯爵。

 第一王子派閥の重鎮だ。

 彼の目が、鋭く私を睨んでいる。

 敵意を感じる。

 彼は——危険だ。

 でも、今は気にしない。

 推しと話せた。

 それだけで、今日は最高の日だった。

 館に戻ると、日記を開いた。

『今日、アルセインと会った』

『初めて話した』

『彼の声、低くて素敵』

『目が、銀色で綺麗』

『でも、冷たかった』

『私を警戒している』

『当然だけど……ちょっと寂しい』

 羽根ペンを置く。

 窓の外を見ると、夕日が沈んでいく。

 これから、もっと彼に近づく。

 信じてもらえるように。

 そして——

 絶対に、推しを救う。
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