【完結】前世の推しのために悪女を演じます、聖女として転生しましたが

チャビューヘ

文字の大きさ
4 / 20

第4話「舞踏会の策略」

 深紅のドレスが、鏡の中で揺れていた。

 肩を露出したデザイン。ウエストを絞ったシルエット。

 スカートの裾には、金糸の刺繍。

 聖女らしい白ではなく、挑発的な赤。

「お嬢様、本当にこれで?」

 侍女が不安そうに尋ねる。

「ええ」

 私は髪を結い上げる。

 首元に、小さなルビーのネックレス。

 今夜は、王宮主催の大舞踏会だ。

 貴族たちが集まる社交の場。

 そして——政治の場でもある。

 私は悪女を演じる。

 ならば、服装も悪女らしく。

 馬車が王宮に到着する。

 降りると、周囲の視線が集まった。

「あれが聖女?」

「なんという色を」

 囁き声が聞こえる。

 気にしない。

 これでいい。

 大広間に入ると、シャンデリアの光が眩しかった。

 オーケストラの優雅な音楽。

 ダンスを楽しむ貴族たち。

 テーブルには豪華な料理。

 私が入ると、音楽が一瞬止まった。

 全員の視線が、私に集中する。

 深紅のドレスを着た聖女。

 前代未聞だ。

 貴族令嬢たちが、顔を見合わせる。

「聖女様、赤だわ」

「挑発的ね」

「第一王子派閥への当てつけかしら」

 第一王子エドウィンが、私に近づいてくる。

 白い礼服。

 穏やかな笑顔。

 でも、その目は笑っていない。

「聖女殿」

 彼が一礼する。

「お美しい」

「ありがとうございます」

 私は冷たく返す。

「一曲、踊っていただけませんか」

 エドウィンが手を差し伸べる。

 周囲の貴族たちが、固唾を呑んで見守る。

 私は微笑んだ。

 でも、冷たい笑顔で。

「申し訳ございません、殿下」

「今夜は既に予定が」

 エドウィンの手が、宙で止まる。

 だが今度は——彼の表情が変わった。

 苦笑ではなく、冷たい笑みを浮かべる。

「そうですか」

 その声には、諦めではなく——確信が含まれていた。

「あなたの『予定』

 、興味深いですね」

 周囲がざわつく。

「聖女が王子を断った!」

「二度目だ……」

 エドウィンは優雅に一礼し、去っていく。

 その背中に——冷たい空気が漂っていた。

 私は人混みを掻き分けて進む。

 目的地は決まっている。

 大広間の隅。

 壁際に、一人の男性が立っていた。

 黒い礼服。

 シャンパングラスを持って、一人で佇んでいる。

 アルセイン・セイヴラン。

 推し。

 彼は舞踏会に興味がなさそうだ。

 人混みを避け、静かにグラスを傾けている。

 その孤独な姿が、切ない。

 私は近づいた。

 心臓がドキドキする。

 推しに話しかける。

 ダンスを申し込む。

「公爵」

 声をかけると、アルセインが振り向いた。

 銀色の瞳が、私を見る。

 一瞬、驚きの色が浮かぶ。

「聖女殿」

 彼が一礼する。

 相変わらず、冷たい態度だ。

「私と踊って頂けますか?」

 私は手を差し伸べた。

 アルセインの眉が、わずかにひそめられる。

 その目が、私を見つめる。

 鋭く。

 探るように。

「……聖女殿」

 彼の声が低くなる。

「これは政治的な示威行動ですか?」

 心臓が跳ねる。

 やっぱり、彼は鋭い。

 私の意図を見抜いている。

「いいえ」

 私は微笑む。

「単にあなたと踊りたいだけです」

 アルセインは、長い沈黙の後——

「……分かりました」

「お受けしましょう」

 彼がグラスを置く。

 手を取る。

 推しの手。

 大きくて、温かい。

 心臓がバクバクする。

 二人、ダンスフロアへ。

 周囲の貴族たちが、息を呑む。

「聖女が第一王子を断って」

「第二王子派閥の公爵と!」

「これは……」

 オーケストラが、優雅なワルツを奏でる。

 アルセインの手が、私の腰に添えられる。

 もう一方の手が、私の手を包む。

 ダンスが始まる。

 ステップを踏む。

 アルセインのリードは完璧だ。

 優雅で、力強い。

 私は推しと踊っている。

 夢みたい。

 ゲームの画面越しにしか見られなかった彼と。

 今、こうして。

「聖女殿」

 アルセインの声が、静かに響く。

「率直にお聞きします」

「あなたの真の目的は何ですか?」

 真剣な目で、私を見つめる。

 警戒している。

 疑っている。

「……真の目的?」

「第一王子を断り、私と踊る」

「これは明確な政治的メッセージです」

「第二王子派閥に接近する意図があるのでしょう?」

 彼は何でもお見通しだ。

 さすが、軍師。

「もしそうだとしたら?」

 私は問い返す。

「ならば」

 アルセインの声が低くなる。

「あなたは危険な賭けをしている」

「第一王子派閥は容赦しません」

 ステップを踏みながら、私を見つめる。

「あなたは私を心配してくれているのですか?」

 私は少し微笑んだ。

 アルセインの目が、わずかに揺れる。

「……警告しているだけです」

 曲が終わりに近づく。

 最後のステップ。

 そして——

 音楽が止まる。

 二人、離れる。

 アルセインが一礼する。

「ありがとうございました」

 その表情は、相変わらず冷たい。

 でも——

 その目の奥に、何かがあった。

 興味?

 それとも、困惑?

「こちらこそ」

 私も一礼する。

 アルセインは去っていく。

 壁際に戻り、再びシャンパンを手に取る。

 私から目を逸らす。

 胸が少し痛い。

 もっと踊りたかった。

 もっと話したかった。

 でも——

 彼はまだ、私を警戒している。

 仕方ない。

 信頼を得るには、時間がかかる。

 周囲の貴族たちが、大騒ぎしていた。

「聖女が第一王子を断って」

「第二王子派閥の公爵と踊った!」

「これは、第二王子派閥への接近か!」

「政治的な転換だ!」

 令嬢たちも噂話に花を咲かせる。

「聖女様、大胆ね」

「公爵様、素敵だったわ」

「でも、第一王子派閥が黙っていないでしょう」

 第二王子ヴィクターが、私に近づいてきた。

 茶色の髪。緑色の瞳。

 兄とは対照的な、野性的な雰囲気。

「聖女殿」

 彼が笑顔で言う。

「素晴らしいダンスでした」

「ありがとうございます」

「アルセインと踊るとは」

 ヴィクターが意味深に笑う。

「興味深い選択です」

「あなたは、我が派閥に協力してくれるのですか?」

「協力……ではありません」

 私は冷静に答える。

「ただ、私は正しいと思うことを支持するだけです」

 ヴィクターの目が、鋭くなる。

「なるほど」

「あなたは中立を保つと」

「賢い選択です」

 彼は去っていく。

 私は一人、テラスに出た。

 夜風が心地いい。

 月が美しい。

 今夜は、大胆な行動をした。

 第一王子を断り、アルセインと踊る。

 これで、第二王子派閥への接近は明確になった。

 でも——

 アルセインは、まだ信用してくれない。

 その時、背後に気配を感じた。

 振り返ると——

 リリアナが立っていた。

 白いドレス。

 優しそうな笑顔。

 でも——

 その目が、冷たい。

「聖女様」

 リリアナが近づいてくる。

「素敵なドレスですね」

「ありがとう」

 私は短く答える。

「公爵様と踊られて」

 リリアナの声が、少し低くなる。

「皆さん、驚いていました」

「そう」

 リリアナが微笑む。

 でも、その笑顔が——怖い。

 何かが、違う。

「お気をつけくださいね」

 リリアナが囁く。

「公爵様は、冷酷な方だと聞きます」

「……忠告、ありがとう」

 リリアナは去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、私は考える。

 彼女、何か隠している。

 あの目は——

 いや、気のせいかもしれない。

 月を見上げる。

 今夜は、一歩前進した。

 推しと踊れた。

 話せた。

 まだ、信用されていない。

 でも——

 いつか、必ず。

 その時、遠くから咳き込む声が聞こえた。

 舞踏会の使用人が、廊下で苦しそうに咳をしている。

 侍女たちが慌てて駆け寄る。

「貧民街で病が流行っているそうですよ」

「王宮にも広がるかもしれません」

 不穏な予感が、胸をよぎる。

 私は拳を握った。

 頑張る。

 推しを救うために。

あなたにおすすめの小説

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

聖女の力に目覚めた私の、八年越しのただいま

藤 ゆみ子
恋愛
ある日、聖女の力に目覚めたローズは、勇者パーティーの一員として魔王討伐に行くことが決まる。 婚約者のエリオットからお守りにとペンダントを貰い、待っているからと言われるが、出発の前日に婚約を破棄するという書簡が届く。 エリオットへの想いに蓋をして魔王討伐へ行くが、ペンダントには秘密があった。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~

スカッと文庫
ファンタジー
聖女アリシアは、百年に一度の大氾濫から国を守るため、禁忌の魔力全解放を行い、単身で数万の魔物を殲滅した。その代償として、彼女の美しい金髪は真っ白な「白雪色」に染まり、魔力は一時的に枯渇してしまう。 しかし、その功績はすべて現場にいなかった「偽聖女セシリア」に奪われ、アリシアは「結界を一部損壊させた戦犯」「魔力を失った役立たず」として、婚約者の王太子ギルバートから国外追放を言い渡される。 「失敗したゴミに、この国の空気は吸わせない」 泥の中に捨てられたアリシア。しかし、彼女を拾ったのは、敵対国として恐れられていた帝国の「武徳皇帝」ラグナールだった。彼はアリシアの白髪が「高純度の神聖魔力による変質」であることを瞬時に見抜き、彼女を帝国の宝として迎える。 数ヶ月後。アリシアが帝国の守護聖女として輝きを取り戻した頃、王国では「一度きりの奇跡」だったセシリアの魔力が尽き、本当の滅亡が始まっていた。 「今さら結界が解けたと泣きつかれても、もう私の魔力は一滴も残っていません」

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます

あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。 腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。 お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。 うんうんと頭を悩ませた結果、 この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。 聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。 だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。 早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ――――――――――――――――――――――――― ※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。 ※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。 ※基本21時更新(50話完結)