【完結】前世の推しのために悪女を演じます、聖女として転生しましたが

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第7話「影の追跡者」

 王宮の廊下は、朝日に照らされていた。

 大理石の床が、輝いている。

 私は書類を抱えて歩いていた。

 今日も、悪女を演じる。

 冷たく。

 徹底的に。

 その時──

「聖女殿!」

 声が響いた。

 振り返ると、第一王子派閥の貴族。

 三人。

 慌てた様子で近づいてくる。

 面倒だ。

 でも、これも演技の一部。

「何か?」

 冷たく問う。

 貴族の一人が、息を整えて言う。

「第一王子殿下が」

「会議への出席を求めておられます」

「今日の午後、重要な──」

「お断りします」

 遮る。

 短く。

 明確に。

 貴族たちが、顔を見合わせる。

「しかし、聖女殿」

「殿下の御命令ですぞ」

「命令?」

 私は眉をひそめた。

 そして、さらに冷たく言い放つ。

「私の時間を無駄にしないでください」

 貴族たちが、絶句する。

 顔が赤くなる。

 怒りを堪えている。

「聖女殿、それは──」

「失礼します」

 背を向ける。

 足音を立てて歩き去る。

 後ろから、小さな声が聞こえる。

「何という傲慢な」

「聖女の資格なし」

 胸が痛む。

 でも、振り返らない。

 これが、私の役割。

 嫌われること。

 憎まれること。

 全ては、推しを守るため。

 ---

 廊下の角。

 柱の陰に、一人の男が立っていた。

 黒い軍服。

 銀色の瞳。

 アルセイン。

 彼は、全てを見ていた。

 聖女の冷酷な態度。

 貴族たちの怒り。

 全てを。

 腕を組む。

 眉間に皺を寄せる。

 考える。

 (相変わらず冷酷だ)

 昼間の彼女は、氷のよう。

 誰に対しても、容赦がない。

 でも──

 (あの夜、貧民街で)

 フードを被った人影。

 優しい声。

 治癒の光。

 あれは、確かに彼女だった。

 (一体、どちらが本当なのか)

 謎が深まるばかり。

 アルセインは決めた。

 今夜、確かめる。

 彼女を尾行する。

 真実を、この目で見る。

 ---

 夜が来た。

 月が、王都を照らしている。

 アルセインは、黒いマントを羽織った。

 剣を腰に下げる。

 窓から、聖女の館を見る。

 明かりが消えている。

 既に就寝?

 いや──

 裏口の扉が、わずかに開いた。

 人影が、こっそりと出てくる。

 フードを深く被っている。

 顔は見えない。

 だが、動きに覚えがある。

 聖女だ。

 アルセインは、すぐに動いた。

 屋敷を出る。

 影に紛れて進む。

 気配を殺す。

 足音を消す。

 聖女は、裏通りを歩いている。

 時々、振り返る。

 警戒している。

 かなり、用心深い。

 アルセインは距離を保つ。

 見失わないように。

 だが、気づかれないように。

 聖女が、貧民街の方向へ向かう。

 また、治癒活動か。

 いや──

 途中で方向を変えた。

 王都の東側。

 そこには──

 孤児院がある。

 聖女が、古い建物の前で止まる。

 扉をノックする。

 中から、声が聞こえる。

「誰?」

「私よ」

 優しい声。

 間違いない。

 彼女だ。

 扉が開く。

 聖女が中に入る。

 アルセインは、建物に近づく。

 窓から、中を覗く。

 薄暗い部屋。

 子供たちが、集まっている。

 六人ほど。

 みんな、痩せている。

 服は汚れている。

 孤児たちだ。

 聖女が、袋から食べ物を取り出す。

 パン。

 果物。

 チーズ。

 子供たちの目が、輝く。

「お姉さん!」

 笑顔で駆け寄る。

 聖女が、一人ひとりに配る。

 優しく微笑んでいる。

 その表情は──

 昼間とは別人だ。

 温かい。

 慈愛に満ちている。

 一人の女の子が、手を見せる。

 包帯が巻かれている。

「これ、痛いの」

「見せて」

 聖女が、包帯を解く。

 傷がある。

 かなり深い。

 彼女が手を当てる。

 淡い光が溢れる。

 聖女の力。

 傷が、みるみる治っていく。

 女の子の顔が、明るくなる。

「痛くない!」

「良かった」

 聖女が、女の子の頭を撫でる。

 アルセインは、息を呑んだ。

 胸に、何かが広がる。

 温かいもの。

 切ないもの。

 (彼女は──)

 (本当に優しい人なのか)

 (では、なぜ昼間は)

 その時──

 背後に気配を感じた。

 アルセインの身体が、反応する。

 振り返る。

 だが、誰もいない。

 暗闇だけ。

 いや──

 二つの気配。

 一つは、殺気。

 もう一つは──

 観察している者。

 まるで、自分も監視されているような。

 (誰だ)

 アルセインは、警戒を強める。

 暗殺者と、もう一人。

 この場には、三人いる。

 油断した。

 まだいる。

 殺気だ。

 アルセインは剣に手をかけた。

 その瞬間──

 聖女が窓辺に立った。

 外を見る。

 鋭い目。

「誰!」

 声が響く。

 アルセインは、咄嗟に物陰に隠れた。

 壁の影。

 息を殺す。

 聖女が、外を見回している。

 警戒している。

 かなり、鋭い。

 長い沈黙。

「……気のせい?」

 聖女が呟く。

 だが、まだ警戒を解いていない。

 子供たちに何か言って、すぐに孤児院を出る。

 アルセインは、壁に張り付いたまま。

 聖女が、暗闇に消える。

 足音が遠ざかる。

 気づかれた。

 完全ではないが。

 彼女の警戒心は、並外れている。

 ---

 アルセインは、諦めて引き返すことにした。

 裏通りを歩く。

 静かな夜。

 月明かりだけが、道を照らす。

 今夜の調査は、失敗だ。

 だが、分かったこともある。

 彼女は、確かに善行をしている。

 隠れて。

 誰にも知られず。

 なぜ?

 理由が、分からない。

 (尾行は、もうできない)

 彼女に気づかれた。

 次からは、もっと慎重に。

 いや──

 (もう、直接聞くべきかもしれない)

 彼女との距離は、確実に縮まっている。

 信頼関係を築いてから、全てを聞こう。

 そう決めた。

 その時──

 殺気が戻ってきた。

 さっきより、強い。

 複数。

 アルセインは剣を抜いた。

 暗闇から、黒い影が飛び出す。

 一人。

 二人。

 三人。

 四人。

 暗殺者だ。

 全身を黒装束で覆っている。

 顔は見えない。

 先頭の男が、低い声で言う。

「アルセイン・セイヴラン公爵」

「お前の首には高値がついている」

 アルセインは、構える。

「誰の差し金だ」

「知る必要はない」

 男が、剣を抜く。

 他の三人も、武器を構える。

 四対一。

 不利だ。

 だが──

 逃げるわけにはいかない。

 戦うしかない。

 最初の男が、襲いかかる。

 剣が閃く。

 アルセインは、避ける。

 回転。

 カウンター。

 男の腕を斬る。

 悲鳴。

 だが、すぐに他の三人が来る。

 同時に。

 剣が、四方から迫る。

 アルセインは、防ぐ。

 火花が散る。

 刃が交差する。

 力比べ。

 だが、多勢に無勢。

 じりじりと、押される。

 背中が、壁に当たる。

 追い詰められた。

 一人が、隙を突いて背後に回る。

 剣が、振り下ろされる。

 避けられない。

 その瞬間──

 眩い光が、闇を裂いた。

 聖女の光。

 暗殺者たちが、吹き飛ばされる。

 四人とも、地面に倒れる。

 光の中から、人影が現れる。

 フードを深く被った、小柄な人物。

 聖女だ。

「……大丈夫ですか?」

 優しい声。

 アルセインは、剣を構えたまま答える。

「あなたは……聖女殿」

 フードの下から、わずかに顔が見える。

 銀色の髪。

 蒼い瞳。

 間違いない。

 ノエリアだ。

 彼女が、小さく頷く。

「尾行するのはやめてください」

 声が、冷たくなる。

「次は見逃しません」

 アルセインは、剣を下ろした。

「なぜ助けた?」

 問う。

 聖女は、沈黙する。

 長い間。

 そして──

「……」

 答えない。

 アルセインは、一歩近づく。

「あなたは昼間、私を含めて全員に冷酷だ」

「なのになぜ?」

 聖女が、わずかに顔を背ける。

「……理由があります」

 小さな声。

「でも今は言えません」

 そう言って、去ろうとする。

 背を向ける。

 アルセインは、咄嗟にその手を掴んだ。

「待ってください」

 聖女の身体が、びくりと震える。

 振り返る。

 フードの下の瞳が、驚いている。

「放してください」

 冷たい声。

 だが、どこか震えている。

 アルセインは、離さない。

「あなたは何を隠しているんですか?」

 真剣に問う。

 聖女が、手を振り払う。

 力強く。

 アルセインの手が、離れる。

 聖女が、一歩後ろに下がる。

 フードの下から、声が聞こえる。

「いつか……」

 小さく。

 切なく。

「あなたなら分かる日が来るかもしれません」

「それまで、待ってください」

 そう言って、彼女は闇に消えた。

 瞬く間に。

 まるで、影のように。

 アルセインは、呆然と立ち尽くした。

 手のひらに、まだ彼女の温もりが残っている。

 冷たい夜風が、吹く。

 倒れた暗殺者たちが、うめき声を上げる。

 アルセインは、彼らを見下ろした。

 尋問すべきか。

 いや──

 今はそれより。

 彼女のことだ。

 (彼女は……昼と夜で別人のようだ)

 (冷酷な聖女と、命を救う者と)

 (一体、どちらが本当の彼女なのか)

 いや。

 もしかして──

 (両方とも、本当なのか?)

 分からない。

 謎が深まるばかり。

 でも、一つだけ確信した。

 彼女は、敵ではない。

 むしろ──

 何かを背負っている。

 大きな、何かを。

 それが、彼女を二つの顔に分けている。

 アルセインは、空を見上げた。

 月が、静かに輝いている。

 今夜のことは、誰にも言わない。

 彼女の秘密を、守る。

 なぜなら──

 自分でも、理由が分からない。

 ただ、そうしたいと思った。

 ---

 翌朝。

 王宮の廊下。

 朝日が、窓から差し込んでいる。

 アルセインは、書類を抱えて歩いていた。

 昨夜の暗殺者たちは、衛兵に引き渡した。

 だが、聖女のことは伏せた。

 自分が倒したことにした。

 その時──

 向こうから、人影が歩いてくる。

 銀色の髪。

 白い聖女の衣装。

 ノエリアだ。

 心臓が、わずかに速くなる。

 昨夜のことが、脳裏をよぎる。

 彼女の手の温もり。

 フードの下の瞳。

 優しい声。

 二人の距離が、縮まる。

 すれ違う。

 その瞬間──

「公爵」

 ノエリアの声が、響いた。

 冷たい。

 氷のような。

 アルセインは、立ち止まる。

 振り返る。

 ノエリアも、振り返っていた。

 だが、その表情は──

 昨夜とは別人。

 冷たい。

 傲慢な。

 悪女の仮面。

「何か御用ですか?」

 問う。

 まるで、昨夜のことなど無かったかのように。

 アルセインは、少し間を置いて答えた。

「……いいえ」

「では失礼します」

 ノエリアが、背を向ける。

 足音を立てて、去っていく。

 アルセインは、その後ろ姿を見つめた。

 ノエリアが、廊下の角を曲がる。

 その瞬間──

 一瞬だけ、振り返った。

 その表情は──

 冷たくない。

 複雑で。

 切なそうで。

 でも、すぐに視線を逸らして消えた。

 アルセインは、その一瞬を見逃さなかった。

 胸に、何かが残る。

 温かいもの。

 切ないもの。

 (彼女は……)

 (何を背負っているんだ)

 答えは、まだ出ない。

 でも──

 いつか、知りたい。

 彼女の本当の姿を。

 彼女の本当の想いを。

 アルセインは、窓の外を見た。

 青い空。

 白い雲。

 美しい朝。

 だが、心は晴れない。

 謎の聖女。

 二つの顔を持つ女性。

 彼女に、惹かれ始めている。

 自分でも、気づいている。

 でも──

 まだ、信用はできない。

 警戒も、必要だ。

 だが、敵ではない。

 それだけは、確かだ。

 アルセインは、歩き出した。

 今日も、仕事がある。

 軍師として。

 第二王子の側近として。

 でも、頭の片隅に──

 彼女の姿が、焼き付いている。

 フードの下の、切ない瞳が。

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