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第8話「夜会の密約」
招待状が届いたのは、三日前だった。
第一王子エドウィン主催。
王都東区の孤児院への、慈善訪問。
金箔で装飾された、豪華な招待状。
私は、それを手に取った。
侍女が、不安そうに言う。
「お嬢様」
「第一王子殿下の慈善事業ですが」
「行かれるのですか?」
「ええ」
私は、即答した。
孤児院。
私が、秘密裏に通っている場所。
そこに、第一王子が来る。
面倒だ。
でも──
「招待状には、第二王子殿下とアルセイン公爵も」
「参加されると書いてあります」
侍女が、続ける。
心臓が、跳ねる。
推しが、来る。
ならば──
「良い機会です」
私は、招待状を机に置いた。
「行きましょう」
侍女は、何も言わなかった。
ただ、心配そうに私を見ている。
大丈夫。
全ては、計算通り。
推しに近づくために。
何でもする。
---
孤児院の前には、既に多くの馬車が到着していた。
貴族たちの声が、聞こえる。
第一王子派閥の面々。
豪華な服装。
きらびやかな装飾品。
慈善活動には、似つかわしくない。
私は、質素な白いドレスを選んでいた。
聖女らしく。
だが、表情は冷たく。
馬車を降りる。
周囲の視線が、集まる。
「聖女様が」
「珍しい」
「本当に来るとは」
囁きが、聞こえる。
私は、気にしない。
背筋を伸ばす。
孤児院の扉が、開いている。
中から、子供たちの声。
そして──
第一王子エドウィンの声が聞こえる。
「さあ、皆さん」
「この子供たちに、パンを配りましょう」
入口に入ると、広間は人で溢れていた。
貴族たち。
聖職者たち。
そして、中央に第一王子エドウィン。
金髪。
青い瞳。
笑顔で子供たちにパンを配っている。
その横には、リリアナ。
白いドレス。
優しい笑顔。
子供たちに囲まれている。
「リリアナお姉さん!」
「優しい!」
子供たちの歓声。
リリアナが、微笑む。
完璧な演技。
貴族たちが、拍手する。
「第一王子殿下は、なんとお優しい」
「リリアナ様も、素晴らしい」
称賛の声。
その時──
エドウィンが、私に気づいた。
笑顔が、わずかに強張る。
「聖女殿」
彼が、近づいてくる。
「来てくださったのですね」
その声には、棘がある。
私は、短く答える。
「招待されましたので」
冷たく。
明確に。
周囲が、静まる。
エドウィンの目が、冷たくなる。
「では、ご一緒に」
彼が、パンの籠を差し出す。
「子供たちに、配りましょう」
私は、その籠を見つめた。
そして──
「お断りします」
短く言う。
周囲が、息を呑む。
エドウィンの顔が、強張る。
「聖女殿」
低い声。
「子供たちのためですよ」
「それは存じています」
私は、まっすぐに彼を見る。
「ですが、第一王子派閥の政治的パフォーマンスに、聖女の権威を利用されるつもりはありません」
あえて、明言する。
周囲を見回す。
きらびやかな貴族たち。
高価な装飾品。
見世物のような慈善活動。
「子供たちのためではなく、ご自身の評判のための活動でしょう」
冷たく、言い放つ。
周囲が、凍りつく。
エドウィンの顔が、蒼白になる。
「何と……」
「失礼します」
私は、背を向ける。
貴族たちの間を、歩いて抜ける。
非難の視線。
怒りの声。
「なんという傲慢」
「聖女の資格なし」
胸が、痛む。
でも、振り返らない。
これが、私の役割。
孤児院の奥へ。
子供たちのいる部屋へ。
そこには──
第二王子ヴィクターと、アルセインがいた。
---
二人は、貴族たちから離れた場所にいた。
質素な部屋。
病気の子供たちが、横たわっている。
ヴィクターが、毛布をかけている。
アルセインが、水を運んでいる。
派手な慈善活動ではない。
本当の、奉仕活動。
私は、驚いた。
ヴィクターが、私に気づく。
「聖女殿」
彼が、微笑む。
「兄上の見世物には、うんざりでしょう?」
その言葉に、私は少し驚く。
彼も、分かっているのだ。
「はい」
私は、正直に答える。
ヴィクターが、頷く。
「こちらで、手伝って頂けますか」
「喜んで」
私は、部屋に入る。
アルセインが、振り返る。
銀色の瞳。
少し驚いた表情。
でも、すぐに冷静に戻る。
「聖女殿」
彼が、小さく言う。
私も、頷く。
「公爵」
短いやり取り。
だが、何かが通じ合う。
私は、病気の子供たちに近づく。
熱がある。
咳をしている。
栄養失調だ。
治療が必要。
だが──
ここには、貴族たちがいる。
聖女の力を使えば、注目される。
悩む。
その時──
アルセインが、小さく言った。
「後で」
私を見る。
「夜に、戻ってきてください」
その言葉に、心臓が跳ねる。
彼は、分かっているのだ。
私が、夜に戻ってくることを。
私が、本当の治療をすることを。
そして──
一緒に、やろうと言っている。
「……分かりました」
私は、小さく頷いた。
---
数時間後。
慈善活動は終わった。
貴族たちが、次々と帰っていく。
「素晴らしい活動でした」
「第一王子殿下に感謝を」
社交辞令。
空虚な言葉。
子供たちは、まだ病気のまま。
パンを数個もらっただけ。
根本的な解決には、なっていない。
私は、馬車に乗り込んだ。
館へ戻る。
だが──
夜に、また来る。
推しと、一緒に。
---
深夜。
月が、王都を照らしている。
私は、黒いマントを羽織った。
フードを深く被る。
館を、こっそりと出る。
裏口から。
誰にも見つからないように。
孤児院へ向かう。
暗い路地を歩く。
静かな夜。
孤児院の裏口に到着。
ノックする。
扉が、開く。
中から──
アルセインが現れた。
黒い服。
マントを羽織っている。
銀色の瞳が、私を見る。
「来てくださったのですね」
その声は、優しい。
私は、頷く。
「約束ですから」
二人、中に入る。
子供たちは、既に眠っている。
だが、病気の子供たちは、苦しそうに横たわっている。
「まず、この子から」
アルセインが、一人の少女を示す。
彼が、小さく言う。
「今日の拒否は、見事でした」
私は、驚いて彼を見る。
「見事?」
「ええ。第一王子派閥への明確な対立姿勢を示した」
アルセインが頷く。
「あなたの行動は、政治的に正しい」
「でも、子供たちは置き去りにできない」
私が答える。
「だから、こうして」
「私たちの流儀で」
アルセインが、微笑む。
「第二王子派閥の流儀で、ですね」
高熱だ。
咳が止まらない。
私は、少女に近づく。
手を当てる。
淡い光が、溢れる。
聖女の力。
ゆっくりと、熱が下がっていく。
咳が、止まる。
少女の顔が、穏やかになる。
眠りについた。
私は、次の子へ。
一人ずつ。
丁寧に。
アルセインが、横で見守っている。
水を用意してくれる。
毛布を整えてくれる。
完璧な、サポート。
二人の連携。
自然で。
心地よい。
時間が、ゆっくりと流れる。
静かな夜。
子供たちの寝息。
そして──
推しの存在。
幸せだ。
---
全ての子供を治療し終えた。
疲れた。
でも、心は満たされている。
アルセインと、孤児院の外に出る。
裏庭。
小さな井戸がある。
月明かりが、美しい。
二人、井戸の縁に座る。
沈黙。
だが、居心地が悪くない。
「……ありがとうございました」
私は、小さく言う。
「手伝ってくださって」
アルセインが、首を横に振る。
「礼には及びません」
「でも」
「私は……」
言葉を探す。
「昼間は、冷たく振る舞いました」
「エドウィン殿下にも、失礼を」
アルセインが、静かに言う。
「あなたは、間違っていません」
その言葉に、驚く。
「間違って……いない?」
「ええ」
アルセインが、私を見る。
銀色の瞳。
真剣な目。
「あの慈善活動は、見世物でした」
「貴族たちの自己満足」
「子供たちのためではない」
「あなたは、それを見抜いていた」
心臓が、温かくなる。
彼が、分かってくれている。
「でも」
私は、続ける。
「私の態度は、傲慢でした」
「いいえ」
アルセインが、首を横に振る。
「あなたは、本当の奉仕を知っている」
「こうして、夜に戻ってくる」
「誰にも知られず」
「称賛も求めず」
「ただ、子供たちのために」
彼の言葉が、胸に染みる。
涙が、浮かぶ。
でも、堪える。
「公爵」
私は、彼を見つめる。
「なぜ、そこまで」
「なぜ、私のことを」
言葉が、続かない。
アルセインが、少し考える。
そして──
「あなたは、もう謎ではありません」
静かに言う。
「昼は戦略。夜は本心」
「そして──」
彼が、月を見上げる。
「両方とも、あなたが選んだ道なのでしょう」
私を見る。
「私は、その全てを理解したい」
「なぜ、そこまで戦うのか」
「何を守ろうとしているのか」
心臓が、跳ねる。
顔が、熱くなる。
彼が、私を理解したいと。
「いつか」
私は、勇気を出して言う。
「全てを、お話しします」
「私が、なぜ悪女を演じているのか」
「なぜ、昼と夜で違うのか」
「全てを」
アルセインの目が、揺れる。
「それは……約束ですか?」
「はい」
私は、頷く。
「約束です」
アルセインが、微笑む。
優しい笑顔。
初めて見る、本当の笑顔。
「では、待っています」
彼が答えた。
私も、微笑む。
本当の笑顔。
冷たい仮面ではなく。
月明かりの中。
二人、手を繋ぐ。
自然に。
温かい。
優しい。
時が、止まればいいのに。
---
同じ夜。
孤児院の屋根の上。
黒い影が、動いた。
リリアナだった。
白いドレスは、既に脱いでいる。
代わりに、黒い外套。
優しい笑顔は、消えている。
冷たい表情。
鋭い目。
彼女は、下を見下ろしていた。
裏庭。
月明かりの中。
手を繋ぐ、二人の人影。
聖女と、公爵。
リリアナの目が、鋭く光る。
「また……」
小さく呟く。
「また、あの女が」
憎悪が、声に滲む。
彼女の手に、小さな水晶球。
魔道具。
その中に、二人の姿が映っている。
記録している。
証拠を。
「マーカス伯爵に、見せてあげましょう」
リリアナが、冷たく笑う。
「聖女が、夜な夜な公爵と密会している」
「これは、良いスキャンダルになる」
水晶球が、光る。
記録が、完了した。
リリアナは、屋根から飛び降りる。
音もなく。
まるで、影のように。
闇に、消えていく。
彼女の笑い声だけが、夜風に乗って消えた。
---
翌日。
マーカス伯爵の屋敷。
密室。
マーカスは、水晶球を見つめていた。
その中に映る、二人の姿。
手を繋ぐ、聖女と公爵。
マーカスの目が、鋭く光る。
「これは……」
彼が、リリアナを見る。
リリアナが、微笑む。
冷たい笑み。
「いかがですか?」
「素晴らしい証拠だ」
マーカスが、立ち上がる。
「聖女が、公爵と密通している」
「これを使えば」
彼の目が、邪悪に輝く。
「二人とも、陥れられる」
「ええ」
リリアナが頷く。
「でも、まだ早い」
「もっと、決定的な証拠を」
「もっと、確実な罠を」
マーカスが、考え込む。
そして──
「次の手を、考えよう」
彼の笑みが、不気味に広がる。
計画が、動き始める。
聖女を。
そして、公爵を。
完全に、葬り去るための。
---
私の部屋。
夜。
私は、机の前に座っていた。
日記を開く。
羽根ペンを取る。
『今日、推しと孤児院で協力した』
『一緒に、子供たちを治療した』
『完璧な連携だった』
『彼は、私の本当の姿を見てくれた』
『理解したいと、言ってくれた』
『嬉しかった』
『温かかった』
『手を繋いだ』
『初めて、推しと手を繋いだ』
『心臓が、ずっとドキドキしていた』
『でも──』
『リリアナの視線を感じた』
『気のせいかもしれない』
『でも、不安だ』
『彼女は、何かを企んでいる』
『警戒しないと』
羽根ペンを置く。
窓の外を見る。
月が、輝いている。
美しい夜。
でも、不安が残る。
リリアナ。
マーカス伯爵。
彼らは、諦めていない。
次の罠が、来る。
その時のために。
準備しないと。
でも──
今夜の温もりは、忘れない。
推しの手の温もり。
優しい言葉。
信頼。
それが、私を支えてくれる。
明日も、戦い続ける。
推しを守るために。
ベッドに入る。
目を閉じる。
今日も、一日が終わる。
また明日。
推しに近づくために。
第一王子エドウィン主催。
王都東区の孤児院への、慈善訪問。
金箔で装飾された、豪華な招待状。
私は、それを手に取った。
侍女が、不安そうに言う。
「お嬢様」
「第一王子殿下の慈善事業ですが」
「行かれるのですか?」
「ええ」
私は、即答した。
孤児院。
私が、秘密裏に通っている場所。
そこに、第一王子が来る。
面倒だ。
でも──
「招待状には、第二王子殿下とアルセイン公爵も」
「参加されると書いてあります」
侍女が、続ける。
心臓が、跳ねる。
推しが、来る。
ならば──
「良い機会です」
私は、招待状を机に置いた。
「行きましょう」
侍女は、何も言わなかった。
ただ、心配そうに私を見ている。
大丈夫。
全ては、計算通り。
推しに近づくために。
何でもする。
---
孤児院の前には、既に多くの馬車が到着していた。
貴族たちの声が、聞こえる。
第一王子派閥の面々。
豪華な服装。
きらびやかな装飾品。
慈善活動には、似つかわしくない。
私は、質素な白いドレスを選んでいた。
聖女らしく。
だが、表情は冷たく。
馬車を降りる。
周囲の視線が、集まる。
「聖女様が」
「珍しい」
「本当に来るとは」
囁きが、聞こえる。
私は、気にしない。
背筋を伸ばす。
孤児院の扉が、開いている。
中から、子供たちの声。
そして──
第一王子エドウィンの声が聞こえる。
「さあ、皆さん」
「この子供たちに、パンを配りましょう」
入口に入ると、広間は人で溢れていた。
貴族たち。
聖職者たち。
そして、中央に第一王子エドウィン。
金髪。
青い瞳。
笑顔で子供たちにパンを配っている。
その横には、リリアナ。
白いドレス。
優しい笑顔。
子供たちに囲まれている。
「リリアナお姉さん!」
「優しい!」
子供たちの歓声。
リリアナが、微笑む。
完璧な演技。
貴族たちが、拍手する。
「第一王子殿下は、なんとお優しい」
「リリアナ様も、素晴らしい」
称賛の声。
その時──
エドウィンが、私に気づいた。
笑顔が、わずかに強張る。
「聖女殿」
彼が、近づいてくる。
「来てくださったのですね」
その声には、棘がある。
私は、短く答える。
「招待されましたので」
冷たく。
明確に。
周囲が、静まる。
エドウィンの目が、冷たくなる。
「では、ご一緒に」
彼が、パンの籠を差し出す。
「子供たちに、配りましょう」
私は、その籠を見つめた。
そして──
「お断りします」
短く言う。
周囲が、息を呑む。
エドウィンの顔が、強張る。
「聖女殿」
低い声。
「子供たちのためですよ」
「それは存じています」
私は、まっすぐに彼を見る。
「ですが、第一王子派閥の政治的パフォーマンスに、聖女の権威を利用されるつもりはありません」
あえて、明言する。
周囲を見回す。
きらびやかな貴族たち。
高価な装飾品。
見世物のような慈善活動。
「子供たちのためではなく、ご自身の評判のための活動でしょう」
冷たく、言い放つ。
周囲が、凍りつく。
エドウィンの顔が、蒼白になる。
「何と……」
「失礼します」
私は、背を向ける。
貴族たちの間を、歩いて抜ける。
非難の視線。
怒りの声。
「なんという傲慢」
「聖女の資格なし」
胸が、痛む。
でも、振り返らない。
これが、私の役割。
孤児院の奥へ。
子供たちのいる部屋へ。
そこには──
第二王子ヴィクターと、アルセインがいた。
---
二人は、貴族たちから離れた場所にいた。
質素な部屋。
病気の子供たちが、横たわっている。
ヴィクターが、毛布をかけている。
アルセインが、水を運んでいる。
派手な慈善活動ではない。
本当の、奉仕活動。
私は、驚いた。
ヴィクターが、私に気づく。
「聖女殿」
彼が、微笑む。
「兄上の見世物には、うんざりでしょう?」
その言葉に、私は少し驚く。
彼も、分かっているのだ。
「はい」
私は、正直に答える。
ヴィクターが、頷く。
「こちらで、手伝って頂けますか」
「喜んで」
私は、部屋に入る。
アルセインが、振り返る。
銀色の瞳。
少し驚いた表情。
でも、すぐに冷静に戻る。
「聖女殿」
彼が、小さく言う。
私も、頷く。
「公爵」
短いやり取り。
だが、何かが通じ合う。
私は、病気の子供たちに近づく。
熱がある。
咳をしている。
栄養失調だ。
治療が必要。
だが──
ここには、貴族たちがいる。
聖女の力を使えば、注目される。
悩む。
その時──
アルセインが、小さく言った。
「後で」
私を見る。
「夜に、戻ってきてください」
その言葉に、心臓が跳ねる。
彼は、分かっているのだ。
私が、夜に戻ってくることを。
私が、本当の治療をすることを。
そして──
一緒に、やろうと言っている。
「……分かりました」
私は、小さく頷いた。
---
数時間後。
慈善活動は終わった。
貴族たちが、次々と帰っていく。
「素晴らしい活動でした」
「第一王子殿下に感謝を」
社交辞令。
空虚な言葉。
子供たちは、まだ病気のまま。
パンを数個もらっただけ。
根本的な解決には、なっていない。
私は、馬車に乗り込んだ。
館へ戻る。
だが──
夜に、また来る。
推しと、一緒に。
---
深夜。
月が、王都を照らしている。
私は、黒いマントを羽織った。
フードを深く被る。
館を、こっそりと出る。
裏口から。
誰にも見つからないように。
孤児院へ向かう。
暗い路地を歩く。
静かな夜。
孤児院の裏口に到着。
ノックする。
扉が、開く。
中から──
アルセインが現れた。
黒い服。
マントを羽織っている。
銀色の瞳が、私を見る。
「来てくださったのですね」
その声は、優しい。
私は、頷く。
「約束ですから」
二人、中に入る。
子供たちは、既に眠っている。
だが、病気の子供たちは、苦しそうに横たわっている。
「まず、この子から」
アルセインが、一人の少女を示す。
彼が、小さく言う。
「今日の拒否は、見事でした」
私は、驚いて彼を見る。
「見事?」
「ええ。第一王子派閥への明確な対立姿勢を示した」
アルセインが頷く。
「あなたの行動は、政治的に正しい」
「でも、子供たちは置き去りにできない」
私が答える。
「だから、こうして」
「私たちの流儀で」
アルセインが、微笑む。
「第二王子派閥の流儀で、ですね」
高熱だ。
咳が止まらない。
私は、少女に近づく。
手を当てる。
淡い光が、溢れる。
聖女の力。
ゆっくりと、熱が下がっていく。
咳が、止まる。
少女の顔が、穏やかになる。
眠りについた。
私は、次の子へ。
一人ずつ。
丁寧に。
アルセインが、横で見守っている。
水を用意してくれる。
毛布を整えてくれる。
完璧な、サポート。
二人の連携。
自然で。
心地よい。
時間が、ゆっくりと流れる。
静かな夜。
子供たちの寝息。
そして──
推しの存在。
幸せだ。
---
全ての子供を治療し終えた。
疲れた。
でも、心は満たされている。
アルセインと、孤児院の外に出る。
裏庭。
小さな井戸がある。
月明かりが、美しい。
二人、井戸の縁に座る。
沈黙。
だが、居心地が悪くない。
「……ありがとうございました」
私は、小さく言う。
「手伝ってくださって」
アルセインが、首を横に振る。
「礼には及びません」
「でも」
「私は……」
言葉を探す。
「昼間は、冷たく振る舞いました」
「エドウィン殿下にも、失礼を」
アルセインが、静かに言う。
「あなたは、間違っていません」
その言葉に、驚く。
「間違って……いない?」
「ええ」
アルセインが、私を見る。
銀色の瞳。
真剣な目。
「あの慈善活動は、見世物でした」
「貴族たちの自己満足」
「子供たちのためではない」
「あなたは、それを見抜いていた」
心臓が、温かくなる。
彼が、分かってくれている。
「でも」
私は、続ける。
「私の態度は、傲慢でした」
「いいえ」
アルセインが、首を横に振る。
「あなたは、本当の奉仕を知っている」
「こうして、夜に戻ってくる」
「誰にも知られず」
「称賛も求めず」
「ただ、子供たちのために」
彼の言葉が、胸に染みる。
涙が、浮かぶ。
でも、堪える。
「公爵」
私は、彼を見つめる。
「なぜ、そこまで」
「なぜ、私のことを」
言葉が、続かない。
アルセインが、少し考える。
そして──
「あなたは、もう謎ではありません」
静かに言う。
「昼は戦略。夜は本心」
「そして──」
彼が、月を見上げる。
「両方とも、あなたが選んだ道なのでしょう」
私を見る。
「私は、その全てを理解したい」
「なぜ、そこまで戦うのか」
「何を守ろうとしているのか」
心臓が、跳ねる。
顔が、熱くなる。
彼が、私を理解したいと。
「いつか」
私は、勇気を出して言う。
「全てを、お話しします」
「私が、なぜ悪女を演じているのか」
「なぜ、昼と夜で違うのか」
「全てを」
アルセインの目が、揺れる。
「それは……約束ですか?」
「はい」
私は、頷く。
「約束です」
アルセインが、微笑む。
優しい笑顔。
初めて見る、本当の笑顔。
「では、待っています」
彼が答えた。
私も、微笑む。
本当の笑顔。
冷たい仮面ではなく。
月明かりの中。
二人、手を繋ぐ。
自然に。
温かい。
優しい。
時が、止まればいいのに。
---
同じ夜。
孤児院の屋根の上。
黒い影が、動いた。
リリアナだった。
白いドレスは、既に脱いでいる。
代わりに、黒い外套。
優しい笑顔は、消えている。
冷たい表情。
鋭い目。
彼女は、下を見下ろしていた。
裏庭。
月明かりの中。
手を繋ぐ、二人の人影。
聖女と、公爵。
リリアナの目が、鋭く光る。
「また……」
小さく呟く。
「また、あの女が」
憎悪が、声に滲む。
彼女の手に、小さな水晶球。
魔道具。
その中に、二人の姿が映っている。
記録している。
証拠を。
「マーカス伯爵に、見せてあげましょう」
リリアナが、冷たく笑う。
「聖女が、夜な夜な公爵と密会している」
「これは、良いスキャンダルになる」
水晶球が、光る。
記録が、完了した。
リリアナは、屋根から飛び降りる。
音もなく。
まるで、影のように。
闇に、消えていく。
彼女の笑い声だけが、夜風に乗って消えた。
---
翌日。
マーカス伯爵の屋敷。
密室。
マーカスは、水晶球を見つめていた。
その中に映る、二人の姿。
手を繋ぐ、聖女と公爵。
マーカスの目が、鋭く光る。
「これは……」
彼が、リリアナを見る。
リリアナが、微笑む。
冷たい笑み。
「いかがですか?」
「素晴らしい証拠だ」
マーカスが、立ち上がる。
「聖女が、公爵と密通している」
「これを使えば」
彼の目が、邪悪に輝く。
「二人とも、陥れられる」
「ええ」
リリアナが頷く。
「でも、まだ早い」
「もっと、決定的な証拠を」
「もっと、確実な罠を」
マーカスが、考え込む。
そして──
「次の手を、考えよう」
彼の笑みが、不気味に広がる。
計画が、動き始める。
聖女を。
そして、公爵を。
完全に、葬り去るための。
---
私の部屋。
夜。
私は、机の前に座っていた。
日記を開く。
羽根ペンを取る。
『今日、推しと孤児院で協力した』
『一緒に、子供たちを治療した』
『完璧な連携だった』
『彼は、私の本当の姿を見てくれた』
『理解したいと、言ってくれた』
『嬉しかった』
『温かかった』
『手を繋いだ』
『初めて、推しと手を繋いだ』
『心臓が、ずっとドキドキしていた』
『でも──』
『リリアナの視線を感じた』
『気のせいかもしれない』
『でも、不安だ』
『彼女は、何かを企んでいる』
『警戒しないと』
羽根ペンを置く。
窓の外を見る。
月が、輝いている。
美しい夜。
でも、不安が残る。
リリアナ。
マーカス伯爵。
彼らは、諦めていない。
次の罠が、来る。
その時のために。
準備しないと。
でも──
今夜の温もりは、忘れない。
推しの手の温もり。
優しい言葉。
信頼。
それが、私を支えてくれる。
明日も、戦い続ける。
推しを守るために。
ベッドに入る。
目を閉じる。
今日も、一日が終わる。
また明日。
推しに近づくために。
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※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。
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