【完結】前世の推しのために悪女を演じます、聖女として転生しましたが

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第8話「夜会の密約」

 招待状が届いたのは、三日前だった。

 第一王子エドウィン主催。

 王都東区の孤児院への、慈善訪問。

 金箔で装飾された、豪華な招待状。

 私は、それを手に取った。

 侍女が、不安そうに言う。

「お嬢様」

「第一王子殿下の慈善事業ですが」

「行かれるのですか?」

「ええ」

 私は、即答した。

 孤児院。

 私が、秘密裏に通っている場所。

 そこに、第一王子が来る。

 面倒だ。

 でも──

「招待状には、第二王子殿下とアルセイン公爵も」

「参加されると書いてあります」

 侍女が、続ける。

 心臓が、跳ねる。

 推しが、来る。

 ならば──

「良い機会です」

 私は、招待状を机に置いた。

「行きましょう」

 侍女は、何も言わなかった。

 ただ、心配そうに私を見ている。

 大丈夫。

 全ては、計算通り。

 推しに近づくために。

 何でもする。

 ---

 孤児院の前には、既に多くの馬車が到着していた。

 貴族たちの声が、聞こえる。

 第一王子派閥の面々。

 豪華な服装。

 きらびやかな装飾品。

 慈善活動には、似つかわしくない。

 私は、質素な白いドレスを選んでいた。

 聖女らしく。

 だが、表情は冷たく。

 馬車を降りる。

 周囲の視線が、集まる。

「聖女様が」

「珍しい」

「本当に来るとは」

 囁きが、聞こえる。

 私は、気にしない。

 背筋を伸ばす。

 孤児院の扉が、開いている。

 中から、子供たちの声。

 そして──

 第一王子エドウィンの声が聞こえる。

「さあ、皆さん」

「この子供たちに、パンを配りましょう」

 入口に入ると、広間は人で溢れていた。

 貴族たち。

 聖職者たち。

 そして、中央に第一王子エドウィン。

 金髪。

 青い瞳。

 笑顔で子供たちにパンを配っている。

 その横には、リリアナ。

 白いドレス。

 優しい笑顔。

 子供たちに囲まれている。

「リリアナお姉さん!」

「優しい!」

 子供たちの歓声。

 リリアナが、微笑む。

 完璧な演技。

 貴族たちが、拍手する。

「第一王子殿下は、なんとお優しい」

「リリアナ様も、素晴らしい」

 称賛の声。

 その時──

 エドウィンが、私に気づいた。

 笑顔が、わずかに強張る。

「聖女殿」

 彼が、近づいてくる。

「来てくださったのですね」

 その声には、棘がある。

 私は、短く答える。

「招待されましたので」

 冷たく。

 明確に。

 周囲が、静まる。

 エドウィンの目が、冷たくなる。

「では、ご一緒に」

 彼が、パンの籠を差し出す。

「子供たちに、配りましょう」

 私は、その籠を見つめた。

 そして──

「お断りします」

 短く言う。

 周囲が、息を呑む。

 エドウィンの顔が、強張る。

「聖女殿」

 低い声。

「子供たちのためですよ」

「それは存じています」

 私は、まっすぐに彼を見る。

「ですが、第一王子派閥の政治的パフォーマンスに、聖女の権威を利用されるつもりはありません」

 あえて、明言する。

 周囲を見回す。

 きらびやかな貴族たち。

 高価な装飾品。

 見世物のような慈善活動。

「子供たちのためではなく、ご自身の評判のための活動でしょう」

 冷たく、言い放つ。

 周囲が、凍りつく。

 エドウィンの顔が、蒼白になる。

「何と……」

「失礼します」

 私は、背を向ける。

 貴族たちの間を、歩いて抜ける。

 非難の視線。

 怒りの声。

「なんという傲慢」

「聖女の資格なし」

 胸が、痛む。

 でも、振り返らない。

 これが、私の役割。

 孤児院の奥へ。

 子供たちのいる部屋へ。

 そこには──

 第二王子ヴィクターと、アルセインがいた。

 ---

 二人は、貴族たちから離れた場所にいた。

 質素な部屋。

 病気の子供たちが、横たわっている。

 ヴィクターが、毛布をかけている。

 アルセインが、水を運んでいる。

 派手な慈善活動ではない。

 本当の、奉仕活動。

 私は、驚いた。

 ヴィクターが、私に気づく。

「聖女殿」

 彼が、微笑む。

「兄上の見世物には、うんざりでしょう?」

 その言葉に、私は少し驚く。

 彼も、分かっているのだ。

「はい」

 私は、正直に答える。

 ヴィクターが、頷く。

「こちらで、手伝って頂けますか」

「喜んで」

 私は、部屋に入る。

 アルセインが、振り返る。

 銀色の瞳。

 少し驚いた表情。

 でも、すぐに冷静に戻る。

「聖女殿」

 彼が、小さく言う。

 私も、頷く。

「公爵」

 短いやり取り。

 だが、何かが通じ合う。

 私は、病気の子供たちに近づく。

 熱がある。

 咳をしている。

 栄養失調だ。

 治療が必要。

 だが──

 ここには、貴族たちがいる。

 聖女の力を使えば、注目される。

 悩む。

 その時──

 アルセインが、小さく言った。

「後で」

 私を見る。

「夜に、戻ってきてください」

 その言葉に、心臓が跳ねる。

 彼は、分かっているのだ。

 私が、夜に戻ってくることを。

 私が、本当の治療をすることを。

 そして──

 一緒に、やろうと言っている。

「……分かりました」

 私は、小さく頷いた。

 ---

 数時間後。

 慈善活動は終わった。

 貴族たちが、次々と帰っていく。

「素晴らしい活動でした」

「第一王子殿下に感謝を」

 社交辞令。

 空虚な言葉。

 子供たちは、まだ病気のまま。

 パンを数個もらっただけ。

 根本的な解決には、なっていない。

 私は、馬車に乗り込んだ。

 館へ戻る。

 だが──

 夜に、また来る。

 推しと、一緒に。

 ---

 深夜。

 月が、王都を照らしている。

 私は、黒いマントを羽織った。

 フードを深く被る。

 館を、こっそりと出る。

 裏口から。

 誰にも見つからないように。

 孤児院へ向かう。

 暗い路地を歩く。

 静かな夜。

 孤児院の裏口に到着。

 ノックする。

 扉が、開く。

 中から──

 アルセインが現れた。

 黒い服。

 マントを羽織っている。

 銀色の瞳が、私を見る。

「来てくださったのですね」

 その声は、優しい。

 私は、頷く。

「約束ですから」

 二人、中に入る。

 子供たちは、既に眠っている。

 だが、病気の子供たちは、苦しそうに横たわっている。

「まず、この子から」

 アルセインが、一人の少女を示す。

 彼が、小さく言う。

「今日の拒否は、見事でした」

 私は、驚いて彼を見る。

「見事?」

「ええ。第一王子派閥への明確な対立姿勢を示した」

 アルセインが頷く。

「あなたの行動は、政治的に正しい」

「でも、子供たちは置き去りにできない」

 私が答える。

「だから、こうして」

「私たちの流儀で」

 アルセインが、微笑む。

「第二王子派閥の流儀で、ですね」

 高熱だ。

 咳が止まらない。

 私は、少女に近づく。

 手を当てる。

 淡い光が、溢れる。

 聖女の力。

 ゆっくりと、熱が下がっていく。

 咳が、止まる。

 少女の顔が、穏やかになる。

 眠りについた。

 私は、次の子へ。

 一人ずつ。

 丁寧に。

 アルセインが、横で見守っている。

 水を用意してくれる。

 毛布を整えてくれる。

 完璧な、サポート。

 二人の連携。

 自然で。

 心地よい。

 時間が、ゆっくりと流れる。

 静かな夜。

 子供たちの寝息。

 そして──

 推しの存在。

 幸せだ。

 ---

 全ての子供を治療し終えた。

 疲れた。

 でも、心は満たされている。

 アルセインと、孤児院の外に出る。

 裏庭。

 小さな井戸がある。

 月明かりが、美しい。

 二人、井戸の縁に座る。

 沈黙。

 だが、居心地が悪くない。

「……ありがとうございました」

 私は、小さく言う。

「手伝ってくださって」

 アルセインが、首を横に振る。

「礼には及びません」

「でも」

「私は……」

 言葉を探す。

「昼間は、冷たく振る舞いました」

「エドウィン殿下にも、失礼を」

 アルセインが、静かに言う。

「あなたは、間違っていません」

 その言葉に、驚く。

「間違って……いない?」

「ええ」

 アルセインが、私を見る。

 銀色の瞳。

 真剣な目。

「あの慈善活動は、見世物でした」

「貴族たちの自己満足」

「子供たちのためではない」

「あなたは、それを見抜いていた」

 心臓が、温かくなる。

 彼が、分かってくれている。

「でも」

 私は、続ける。

「私の態度は、傲慢でした」

「いいえ」

 アルセインが、首を横に振る。

「あなたは、本当の奉仕を知っている」

「こうして、夜に戻ってくる」

「誰にも知られず」

「称賛も求めず」

「ただ、子供たちのために」

 彼の言葉が、胸に染みる。

 涙が、浮かぶ。

 でも、堪える。

「公爵」

 私は、彼を見つめる。

「なぜ、そこまで」

「なぜ、私のことを」

 言葉が、続かない。

 アルセインが、少し考える。

 そして──

「あなたは、もう謎ではありません」

 静かに言う。

「昼は戦略。夜は本心」

「そして──」

 彼が、月を見上げる。

「両方とも、あなたが選んだ道なのでしょう」

 私を見る。

「私は、その全てを理解したい」

「なぜ、そこまで戦うのか」

「何を守ろうとしているのか」

 心臓が、跳ねる。

 顔が、熱くなる。

 彼が、私を理解したいと。

「いつか」

 私は、勇気を出して言う。

「全てを、お話しします」

「私が、なぜ悪女を演じているのか」

「なぜ、昼と夜で違うのか」

「全てを」

 アルセインの目が、揺れる。

「それは……約束ですか?」

「はい」

 私は、頷く。

「約束です」

 アルセインが、微笑む。

 優しい笑顔。

 初めて見る、本当の笑顔。

「では、待っています」

 彼が答えた。

 私も、微笑む。

 本当の笑顔。

 冷たい仮面ではなく。

 月明かりの中。

 二人、手を繋ぐ。

 自然に。

 温かい。

 優しい。

 時が、止まればいいのに。

 ---

 同じ夜。

 孤児院の屋根の上。

 黒い影が、動いた。

 リリアナだった。

 白いドレスは、既に脱いでいる。

 代わりに、黒い外套。

 優しい笑顔は、消えている。

 冷たい表情。

 鋭い目。

 彼女は、下を見下ろしていた。

 裏庭。

 月明かりの中。

 手を繋ぐ、二人の人影。

 聖女と、公爵。

 リリアナの目が、鋭く光る。

「また……」

 小さく呟く。

「また、あの女が」

 憎悪が、声に滲む。

 彼女の手に、小さな水晶球。

 魔道具。

 その中に、二人の姿が映っている。

 記録している。

 証拠を。

「マーカス伯爵に、見せてあげましょう」

 リリアナが、冷たく笑う。

「聖女が、夜な夜な公爵と密会している」

「これは、良いスキャンダルになる」

 水晶球が、光る。

 記録が、完了した。

 リリアナは、屋根から飛び降りる。

 音もなく。

 まるで、影のように。

 闇に、消えていく。

 彼女の笑い声だけが、夜風に乗って消えた。

 ---

 翌日。

 マーカス伯爵の屋敷。

 密室。

 マーカスは、水晶球を見つめていた。

 その中に映る、二人の姿。

 手を繋ぐ、聖女と公爵。

 マーカスの目が、鋭く光る。

「これは……」

 彼が、リリアナを見る。

 リリアナが、微笑む。

 冷たい笑み。

「いかがですか?」

「素晴らしい証拠だ」

 マーカスが、立ち上がる。

「聖女が、公爵と密通している」

「これを使えば」

 彼の目が、邪悪に輝く。

「二人とも、陥れられる」

「ええ」

 リリアナが頷く。

「でも、まだ早い」

「もっと、決定的な証拠を」

「もっと、確実な罠を」

 マーカスが、考え込む。

 そして──

「次の手を、考えよう」

 彼の笑みが、不気味に広がる。

 計画が、動き始める。

 聖女を。

 そして、公爵を。

 完全に、葬り去るための。

 ---

 私の部屋。

 夜。

 私は、机の前に座っていた。

 日記を開く。

 羽根ペンを取る。

『今日、推しと孤児院で協力した』

『一緒に、子供たちを治療した』

『完璧な連携だった』

『彼は、私の本当の姿を見てくれた』

『理解したいと、言ってくれた』

『嬉しかった』

『温かかった』

『手を繋いだ』

『初めて、推しと手を繋いだ』

『心臓が、ずっとドキドキしていた』

『でも──』

『リリアナの視線を感じた』

『気のせいかもしれない』

『でも、不安だ』

『彼女は、何かを企んでいる』

『警戒しないと』

 羽根ペンを置く。

 窓の外を見る。

 月が、輝いている。

 美しい夜。

 でも、不安が残る。

 リリアナ。

 マーカス伯爵。

 彼らは、諦めていない。

 次の罠が、来る。

 その時のために。

 準備しないと。

 でも──

 今夜の温もりは、忘れない。

 推しの手の温もり。

 優しい言葉。

 信頼。

 それが、私を支えてくれる。

 明日も、戦い続ける。

 推しを守るために。

 ベッドに入る。

 目を閉じる。

 今日も、一日が終わる。

 また明日。

 推しに近づくために。

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