【完結】前世の推しのために悪女を演じます、聖女として転生しましたが

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第10話「信頼の芽生え」

 静寂。

 図書館の、静寂。

 古い本の匂い。

 私は、書架の間を歩いていた。

 探している。

 証拠を。

 マーカス伯爵の陰謀の証拠を。

 彼の罠は、失敗した。

 でも、諦めていない。

 次の手を打ってくる。

 その前に。

 彼の弱点を見つけなければ。

 手に取るのは、古い系譜の本。

 貴族の家系図。

 派閥の歴史。

 ページをめくる。

 マーカス伯爵の家系。

 代々、第一王子派閥。

 権力に固執してきた一族。

 でも──

 何か、隠されている気がする。

 もっと深い理由が。

 さらに調べる必要がある。

 書架の奥へ。

 より古い記録が、そこにある。

 足音が、響く。

 石造りの床。

 高い天井。

 窓から差し込む、午後の光。

 美しい図書館。

 王宮で一番、好きな場所。

 ここなら、落ち着いて考えられる。

 次の書架に手を伸ばす。

 その時──

「調べ物ですか」

 低い声が、背後から聞こえた。

 驚いて振り返る。

 そこには──

 アルセイン。

 黒い服。

 銀色の瞳。

 彼は、既にそこに立っていた。

 驚いた様子はない。

 むしろ──

 予想していたかのように。

 (彼は、私がここに来ることを?)

 彼も、本を手にしている。

 目が合う。

 心臓が、跳ねる。

「……」

 沈黙。

 どうしよう。

 話しかけるべきか。

 それとも──

「聖女殿」

 アルセインが、先に声をかけてきた。

「こんにちは」

「公爵」

 私も、小さく答える。

 アルセインが、近づいてくる。

 彼の手には、何冊かの本。

「調べ物ですか?」

 彼が、問う。

「はい」

 私は、正直に答える。

「マーカス伯爵のことを」

 アルセインの目が、鋭くなる。

「……奇遇ですね」

「え?」

「私もです」

 彼が、本を見せる。

 警備記録。

 宝物庫の警備記録。

「宝物庫の記録に」

 アルセインが、説明する。

「不審な点がある」

「不審な点?」

「警備の交代時間」

 彼が、ページを開く。

「事件当日」

「通常と違う時間に交代している」

 私も、本を覗き込む。

 確かに。

 記録が、改ざんされている。

「これは……」

「誰かが、意図的に」

 アルセインが、頷く。

「警備の隙を作った」

「そして、侵入した」

 私は、自分の本を見せる。

 マーカス伯爵の家系図。

「伯爵の家系を調べていました」

「何か弱点があるはずです」

 アルセインが、本を受け取る。

 ページをめくる。

 その目が、鋭く動く。

 情報を、瞬時に処理している。

 さすが、軍師。

「……面白い」

 彼が、小さく呟く。

「何か?」

「伯爵の祖父」

 アルセインが、指で示す。

「王位継承権を持っていた」

「本当ですか?」

 私も、覗き込む。

 顔が、近い。

 推しの顔が。

 心臓がドキドキする。

 でも、集中しないと。

 記録を読む。

 確かに。

 マーカス伯爵の祖父は、王族の血を引いていた。

 だが、継承権を剥奪されている。

「なぜ剥奪を?」

「反逆罪です」

 アルセインが答える。

「王位簒奪を企てた」

「だから……」

 私は、理解した。

「その恨みが、今のマーカスに」

「おそらく」

 アルセインが頷く。

 二人、しばらく本を読む。

 沈黙。

 だが、居心地は悪くない。

 むしろ、落ち着く。

 彼と一緒なら。

 アルセインが、本を閉じた。

「聖女殿」

「はい」

「情報を交換しますか?」

 彼が、提案する。

 私は、驚いた。

 彼が、協力を申し出るなんて。

「……私と?」

「ええ」

 アルセインが、真剣な目で見る。

「あなたの推理力を認めています」

 心臓が、速くなる。

 推しが、私を認めてくれている。

 嬉しい。

 温かい。

「喜んで」

 私は、微笑んだ。

 ---

 二人で、図書館の奥へ移動する。

 人気のない場所。

 長いテーブルに、本を広げる。

 アルセインが、座る。

 私も、隣に座る。

 距離が、近い。

 肩が、触れそうなほど。

 緊張する。

 でも、集中しないと。

「まず、警備記録から」

 アルセインが、説明を始める。

「事件当日、午前三時」

「通常なら、ベテラン衛兵が担当」

「だが、新人に変更されている」

「誰の指示で?」

 私が問う。

「それが分からない」

 アルセインが、眉をひそめる。

「記録が曖昧です」

「意図的に、ぼかしている」

 私は、自分の資料を見せる。

 マーカス伯爵の配下のリスト。

「この中に、警備隊の人間が」

 指で示す。

 アルセインが、目を細める。

「……この名前」

「知っていますか?」

「警備隊長の副官です」

 アルセインが答える。

「マーカスの配下だったとは」

「つまり」

 私は、推理する。

「伯爵が、副官を使って」

「警備を操作した」

「可能性が高い」

 アルセインが頷く。

 二人の推理が、合致する。

 心地よい。

 知的な共鳴。

 推しと、同じ結論に辿り着く。

 アルセインが、別の書類を取り出す。

「もう一つ、気になることが」

「何ですか?」

「禁書庫の記録です」

 私は、息を呑んだ。

 禁書庫。

 王家の秘密が、眠る場所。

 立ち入り禁止の。

「禁書庫に?」

「ええ」

 アルセインが、資料を見せる。

「先月、誰かが侵入した形跡がある」

「だが、記録されていない」

「つまり、秘密裏に」

「おそらく」

 アルセインが、私を見る。

「マーカス伯爵、もしくはその配下が」

「何かを探していた」

 私は、考える。

 禁書庫。

 そこに、何があるのか。

 王家の秘密。

 王位継承の記録。

 もしかして──

「公爵」

 私は、小さく言う。

「禁書庫に、行きましょう」

 アルセインの目が、見開かれる。

「禁書庫は立ち入り禁止です」

「でも、真実を知るには」

 私は、真剣に見つめる。

「マーカス伯爵の次の手を阻止するには、彼の動機を完全に理解する必要があります」

「王位継承の秘密が、そこにあるはずです」

 アルセインが、眉をひそめる。

「……危険ですが」

 彼が、私を見る。

「第二王子派閥のためにも、必要な情報です」

「そして──」

 彼が、小さく微笑む。

「あなたと一緒なら、何とかなる気がします」

 心臓が、跳ねた。

 顔が、熱くなる。

 推しが、私を信頼してくれている。

 嬉しい。

 温かい。

「では、計画を」

 私は、興奮を抑えて言う。

 アルセインが、頷く。

 二人で、侵入計画を練り始める。

 地図を広げる。

 禁書庫の位置。

 警備の巡回ルート。

 時間帯。

 全てを、確認する。

「警備の巡回は三十分ごと」

 アルセインが、指で示す。

「この隙に、侵入します」

「鍵は?」

「私の聖女の光で開けられます」

 私が答える。

 アルセインが、わずかに驚く。

「聖女の力は、鍵も開けられるのですか」

「はい」

 私は、頷く。

「聖なる力は、障壁を解除できます」

「便利ですね」

 アルセインが、小さく微笑む。

 その笑顔。

 珍しい。

 優しい。

 心が、温かくなる。

 二人で、さらに計画を詰める。

 顔を近づけて、地図を見る。

 肩が、触れる。

 温もりが、伝わる。

 ドキドキする。

 集中できない。

 でも、嬉しい。

 推しと、こんなに近くで。

 アルセインも、少し緊張しているようだ。

 時々、視線を逸らす。

 頬が、わずかに赤い。

 可愛い。

 いや、かっこいい。

 推し、最高。

「では」

 アルセインが、地図を畳む。

「明日の深夜に」

「約束ですよ」

 私が、微笑む。

 アルセインも、小さく頷く。

「約束です」

 その瞬間──

 扉が開く音。

 二人、振り返る。

 誰かが、図書館に入ってきた。

 貴族だ。

 第一王子派閥の。

 私は、咄嗟に立ち上がる。

 表情を変える。

 冷たく。

 悪女の仮面を被る。

「では失礼します、公爵」

 冷たい口調。

 アルセインが、一瞬驚く。

 だが、すぐに理解した。

 演技だと。

 彼も、冷静な表情に戻る。

「ええ」

 短く答える。

 私は、本を抱えて立ち去る。

 貴族とすれ違う。

 彼が、私を睨む。

 私は、気にしない。

 図書館を出る。

 廊下に出ると、深呼吸。

 緊張が、解ける。

 さっきまでの、温かい時間。

 推しとの、知的な会話。

 心地よい。

 楽しい。

 もっと、一緒にいたい。

 でも、まだ無理だ。

 公の場では、冷たく振る舞わないと。

 推しを守るために。

 私は、館へ戻る道を歩き始めた。

 ---

 図書館に残ったアルセイン。

 彼は、窓辺に立っていた。

 外を見る。

 聖女の姿が、遠ざかっていく。

 銀色の髪が、風に揺れる。

 美しい。

 そして──

 謎だ。

 図書館では、あんなに自然に笑っていた。

 知的で。

 温かくて。

 でも、貴族が来た途端に。

 冷たい仮面を被った。

 瞬時に。

 完璧に。

 (なぜ、そこまで)

 アルセインは、考える。

 (彼女は、何を隠しているのか)

 だが、一つだけ確かなことがある。

 彼女は、敵ではない。

 むしろ──

 信頼できる。

 一緒に推理する時間。

 知的な共鳴。

 心地よかった。

 また、会いたい。

 そう思った。

 アルセインは、本を手に取る。

 図書館を出る。

 明日の深夜。

 彼女と、また会う。

 禁書庫で。

 真実を、探すために。

 そして──

 彼女のことも、もっと知るために。

 ---

 その夜。

 私の部屋。

 日記を開く。

 羽根ペンを取る。

『今日、推しと図書館で会った』

『一緒に推理をした』

『知的な会話が、とても楽しかった』

『彼は、私の推理力を認めてくれた』

『嬉しかった』

『明日、禁書庫へ一緒に行く』

『約束した』

『ドキドキする』

『推しと、二人きりで』

『でも、真実を知るためだ』

『マーカス伯爵の秘密を』

『そして──』

『推しを守るために』

 羽根ペンを置く。

 窓の外を見る。

 月が、輝いている。

 明日。

 大切な日。

 推しと、また一歩近づける。

 楽しみだ。

 緊張する。

 でも──

 頑張る。

 推しのために。

 私は、ベッドに入った。

 目を閉じる。

 推しの顔が、浮かぶ。

 銀色の瞳。

 優しい笑顔。

 心が、温かくなる。

 明日が、楽しみだ。


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【作者コメント】

この作品をお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見などございましたら、お気軽にお寄せください。
今後ともよろしくお願いいたします。

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