【完結】前世の推しのために悪女を演じます、聖女として転生しましたが

チャビューヘ

文字の大きさ
11 / 20

第11話「仮面の綻び」

 第11話「仮面の綻び」

 月が、王都を冷たく照らしていた。

 私は黒いマントに身を包む。

 フードを深く被る。

 顔を隠すため。

 誰にも気づかれないように。

 禁書庫の調査は、延期になった。

 アルセインから連絡があった。

「急な軍務で動けません」

 短い伝言だった。

 残念だけれど、仕方がない。

 代わりに今夜は、いつもの場所へ。

 孤児院。

 私が密かに通い続けている場所。

 袋を抱える。

 パン。果物。チーズ。毛布。

 侍女には内緒で用意した。

 館の裏口から、こっそりと出る。

 静かな夜。

 足音を殺して歩く。

 裏通りを抜ける。

 人目を避けて。

 孤児院は、王都の東側にある。

 古い建物。

 壁は剥がれている。

 窓はひび割れている。

 でも、子供たちの笑顔がある。

 扉をノックする。

「誰?」

 中から声が聞こえる。

「私よ」

 優しく答える。

 扉が開く。

 子供たちが、笑顔で駆け寄ってくる。

「お姉さん!」

「来てくれた!」

 小さな手が、私のマントを掴む。

 温かい。

 心が、満たされる。

「今日も、いっぱい持ってきたわ」

 袋を開ける。

 パンを取り出す。

 子供たちの目が、輝く。

「わあ!」

「ありがとう、お姉さん!」

 一人ひとりに配る。

 みんな、嬉しそうに食べる。

 その笑顔を見るだけで、疲れが吹き飛ぶ。

 一人の男の子が、手を見せる。

「これ、痛いの」

 擦り傷だ。

 赤く腫れている。

「見せて」

 手を取る。

 優しく、傷に触れる。

 淡い光が溢れる。

 聖女の力。

 頭を撫でる。

 他の子供たちも、集まってくる。

「僕も!」

「私も見て!」

 一人ずつ、丁寧に診る。

 小さな怪我。風邪の症状。

 全て、治していく。

 光が、部屋を照らす。

 温かい光。

 子供たちの笑顔。

 これが、私の本当の姿。

 悪女の仮面を脱いだ、本当の私。

 ---

 屋根の上。

 一つの影が、動いた。

 黒い服。

 月明かりに照らされた、銀色の瞳。

 アルセイン。

 彼は、全てを見ていた。

 孤児院の窓から漏れる光。

 子供たちの笑い声。

 そして──

 フードを取った、聖女の優しい顔。

 温かい笑顔。

 子供たちを抱きしめる姿。

 治癒の光。

 全てを。

 彼は息を呑んだ。

 あれが、昼間の冷酷な聖女?

 第一王子を拒否した、傲慢な女性?

 いや。

 違う。

 あれが、本当の彼女だ。

 優しくて。

 慈悲深くて。

 誰よりも、人を思いやる心を持っている。

 では、なぜ。

 なぜ、昼間は冷たく振る舞うのか。

 理由が、分からない。

 だが──

 確信した。

 彼女は、敵ではない。

 むしろ──

 胸に、温かいものが広がる。

 今まで感じたことのない、感情。

 これは──

 アルセインは、自分の心臓に手を当てた。

 速く打っている。

 彼女を見るだけで、こんなにも。

 これが、恋なのか。

 彼は、今まで恋をしたことがなかった。

 軍務に明け暮れる日々。

 孤独な戦略家としての人生。

 だが──

 今、確かに感じている。

 彼女に惹かれていると。

 窓辺に立つ聖女の姿。

 月明かりに照らされた、銀色の髪。

 美しい。

 そして──

 謎だ。

 彼女の秘密を、知りたい。

 なぜ、二つの顔を持つのか。

 なぜ、孤立を選ぶのか。

 全てを。

 ---

 孤児院を出ると、夜風が冷たかった。

 私はフードを被り直す。

 帰らないと。

 朝になる前に。

 裏通りを歩く。

 静かな夜。

 その時──

 気配を感じた。

 振り返る。

 誰かが、いる。

 暗闇に、人影。

 黒いローブを纏った人物。

 フードで顔を隠している。

 心臓が、速くなる。

 誰?

 人影が、動き出す。

 別の方向へ。

 私は、咄嗟に後を追った。

 足音を殺す。

 距離を保つ。

 人影は、王都の西側へ向かう。

 廃墟が多い場所。

 危険な地区。

 なぜ、こんな場所に。

 古い建物の前で、人影が止まる。

 扉をノックする。

 中から、別の人影が現れる。

 もっと大柄な男性。

 マントを羽織っている。

 二人、何か話している。

 声は聞こえない。

 だが──

 最初の人影が、フードを取った。

 月明かりが、顔を照らす。

 私は、息を呑んだ。

 リリアナ。

 優しい平民の少女。

 原作のヒロイン。

 なぜ、こんな場所に。

 そして、あの冷たい表情。

 昼間の優しい顔とは、別人だ。

 もう一人の男性も、フードを取る。

 マーカス伯爵。

 第一王子派閥の重鎮。

 二人が、密会している。

 リリアナが、何かを手渡す。

 小さな袋。

 マーカスが、受け取る。

 満足そうに頷く。

 そして──

 リリアナの顔が、邪悪に歪む。

 笑っている。

 冷たく。

 恐ろしく。

 あれが、リリアナ?

 心臓が、凍りつく。

 彼女は──

 何かを企んでいる。

 確実に。

 二人が別れる。

 マーカスが、去っていく。

 リリアナも、反対方向へ。

 私は、壁に身を隠す。

 息を殺す。

 リリアナが、目の前を通り過ぎる。

 その表情は──

 まだ、冷たいままだ。

 彼女が去る。

 私は、深呼吸した。

 震える手を見る。

 リリアナ。

 彼女の正体を、探らないと。

 危険だ。

 確実に、何か企んでいる。

 急いで、館に戻る。

 この情報を、誰かに伝えないと。

 でも、誰に?

 信用できるのは──

 アルセイン。

 彼しかいない。

 ---

 翌日。

 王宮の図書館。

 私は、約束の時間に到着した。

 書架の間。

 静かな空間。

 アルセインが、既に待っていた。

 黒い服。

 銀色の瞳が、私を見る。

 心臓が、跳ねる。

 推しと、二人きり。

「公爵」

 声をかける。

 アルセインが、振り向く。

「聖女殿」

 彼が、近づいてくる。

 距離が、近い。

 顔が、熱くなる。

 落ち着け、私。

「昨夜のことですが」

 私は、小さく言う。

「リリアナと、マーカス伯爵が」

「密会していました」

 アルセインの目が、鋭くなる。

「密会?」

「はい。王都西側の廃墟で」

「何か、渡していました」

 アルセインが、腕を組む。

 考え込む表情。

「リリアナが、マーカスと」

 彼が呟く。

「つまり──」

「第一王子派閥と、繋がっている」

 私が答える。

 アルセインが、私を見る。

 長い沈黙。

 そして──

「聖女殿」

 彼の声が、少し柔らかくなる。

「なぜ、そこまで」

「なぜ、秘密にするのですか?」

 真剣な目で、問う。

「あなたは昼間、冷酷に振る舞う」

「でも、夜は──」

 私の心臓が、止まる。

 彼は、知っている。

 私の二つの顔を。

「……見ていたのですか」

 小さく問う。

 アルセインが、頷く。

「孤児院で」

「あなたの本当の姿を見ました」

 顔が、熱い。

 恥ずかしい。

 推しに、秘密を知られた。

「なぜ、隠すのです?」

 アルセインが、一歩近づく。

「あなたの優しさを」

「善行を」

「全てを」

 私は、答えられない。

 理由を言えば、全てがバレる。

 悪女を演じている理由。

 彼を救いたい理由。

 全て。

「いつか」

 私は、勇気を出して言う。

「全てを、お話しします」

「でも、今は」

「まだ、言えません」

 アルセインの目が、揺れる。

 困惑している。

 理解できない。

 でも──

「分かりました」

 彼が、小さく答える。

「待ちます」

「あなたが、話してくれる日を」

 心臓が、温かくなる。

 彼は、待ってくれる。

 信じてくれる。

 嬉しい。

「ありがとうございます」

 私は、微笑んだ。

 本当の笑顔。

 冷たい仮面ではなく。

 アルセインの目が、わずかに見開かれる。

 その頬が、少し赤い。

 可愛い。

 推し、最高。

「では」

 アルセインが、咳払いをする。

「リリアナの件」

「調査を続けましょう」

「はい」

 二人、本を広げる。

 並んで座る。

 肩が、触れそうなほど近い。

 ドキドキする。

 でも、幸せだ。

 推しと、一緒に。

 秘密を共有して。

 戦っている。

 ---

 その夜。

 マーカス伯爵の屋敷。

 密室で、彼は一人座っていた。

 机の上には、リリアナから受け取った袋。

 中身を確認する。

 黒い粉末。

 魔法の触媒。

 禁じられた、闇の魔術の材料。

 マーカスの口元が、歪む。

「これで、準備は整った」

 彼が呟く。

「聖女を」

「あの傲慢な女を」

「必ず、陥れる」

 机の上には、計画書。

「聖女失墜計画」

 詳細な手順が、書かれている。

 罠。

 陰謀。

 全てが、動き始めている。

 マーカスが、立ち上がる。

 窓の外を見る。

 王宮が、見える。

 あそこに、敵がいる。

 聖女。

 そして、あの軍師。

 二人とも。

 必ず、葬り去る。

 マーカスの笑みが、月明かりに浮かぶ。

 不気味な笑み。

 静かな夜。

 王都は、眠っている。

 でも、闇は動いている。

 陰謀が、確実に進行していた。

あなたにおすすめの小説

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

聖女の力に目覚めた私の、八年越しのただいま

藤 ゆみ子
恋愛
ある日、聖女の力に目覚めたローズは、勇者パーティーの一員として魔王討伐に行くことが決まる。 婚約者のエリオットからお守りにとペンダントを貰い、待っているからと言われるが、出発の前日に婚約を破棄するという書簡が届く。 エリオットへの想いに蓋をして魔王討伐へ行くが、ペンダントには秘密があった。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~

スカッと文庫
ファンタジー
聖女アリシアは、百年に一度の大氾濫から国を守るため、禁忌の魔力全解放を行い、単身で数万の魔物を殲滅した。その代償として、彼女の美しい金髪は真っ白な「白雪色」に染まり、魔力は一時的に枯渇してしまう。 しかし、その功績はすべて現場にいなかった「偽聖女セシリア」に奪われ、アリシアは「結界を一部損壊させた戦犯」「魔力を失った役立たず」として、婚約者の王太子ギルバートから国外追放を言い渡される。 「失敗したゴミに、この国の空気は吸わせない」 泥の中に捨てられたアリシア。しかし、彼女を拾ったのは、敵対国として恐れられていた帝国の「武徳皇帝」ラグナールだった。彼はアリシアの白髪が「高純度の神聖魔力による変質」であることを瞬時に見抜き、彼女を帝国の宝として迎える。 数ヶ月後。アリシアが帝国の守護聖女として輝きを取り戻した頃、王国では「一度きりの奇跡」だったセシリアの魔力が尽き、本当の滅亡が始まっていた。 「今さら結界が解けたと泣きつかれても、もう私の魔力は一滴も残っていません」

聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます

あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。 腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。 お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。 うんうんと頭を悩ませた結果、 この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。 聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。 だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。 早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ――――――――――――――――――――――――― ※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。 ※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。 ※基本21時更新(50話完結)

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。