あいにく、配役は辞退いたしました

チャビューヘ

文字の大きさ
25 / 35

25

しおりを挟む
 温室から放り出されたはずのヴォルフラムが、再び屋敷の重い扉を叩いたのは、太陽が完全に没し、世界が猛烈な白銀の嵐に飲み込まれた頃だった。
 
 「……ヴェラ様、申し訳ございません。この視界では、村までの道さえ判別できず……っ」
 
 玄関ホールに崩れ落ちたヴォルフラムは、甲冑の隙間にまで雪を詰まらせ、唇を紫に変えて震えていた。
 
 ヴェラは、階段の上からその無様な姿を冷ややかに見下ろした。
 
 一度目の人生。
 王子の不貞を訴え、逆に反逆の罪を着せられて牢獄に繋がれたヴェラに、唯一、差し入れのパンと温かい毛布を届けてくれたのが、騎士だったヴォルフラムだった。処刑台に向かう彼女に、彼は声を殺して「申し訳ありません」と泣いてくれた。
 
 彼だけは、わたくしを悪役としてではなく、一人の女として見ていてくれた。
 
 「……カノ、彼を客間に。ゾラ、ヴァレリアナに頼んで、彼が凍傷にならないよう魔導式の暖房を最大にさせなさい」
 
 「……よろしいのですか、ヴェラ様。王都の騎士を招き入れれば、また厄介な種を蒔くことになりますが」
 
 カノがヴォルフラムの襟首を掴み上げながら、射抜くような視線をヴェラに向けた。
 
 「遭難者を放置して死なせては、寝覚めが悪いですもの。わたくし、安眠は何物にも代えがたい贅沢だと思っておりますから。……それに、ヴォルフラム様」
 
 ヴェラはゆっくりと階段を降り、震える騎士の目の前で止まった。
 
 「宿代は高くつきますわよ。王都の物語をここに持ち込まないこと。それが条件ですわ」
 
 
 
 一時間後、食堂にはアイラが急ぎ用意した、根菜たっぷりのポトフが並んでいた。
 
 ヴォルフラムは、カノに貸し出された無骨な毛織物を羽織り、場違いな騎士の矜持を保とうと背筋を伸ばして座っていた。だが、その隣ではカノが、ヴェラのスープに黒胡椒を振るという、あまりに親密で自然な「日常の動作」を披露している。
 
 「……ヴェラ様、このカブは今朝、私が裏山で掘り出してきたものです。一番甘い芯の部分を多めに入れておきました」
 
 「ありがとう、カノ。貴方の選ぶ野菜に間違いはないわね」
 
 ヴェラが微笑み、匙を口に運ぶ。
 その光景を見たヴォルフラムの手が、微かに震えた。
 
 「……ヴェラ様。その男との距離感は、公爵令嬢として、あまりに不用心ではありませんか。王都では、貴女の気高さを称える声が……」
 
 「ヴォルフラム様」
 
 ヴェラは、ぴしゃりと言葉を遮った。
 
 「気高さ? ふふっ、そんなものは、あの冷たい石壁の牢獄には届きませんでしたわ。……貴方が一度だけ届けてくださったあの温かいスープ。わたくし、その恩義だけは忘れておりませんの。ですから、今夜はこうして食事を提供しております。ですが、それ以上は踏み込まないで」
 
 ヴォルフラムは、目を見開いた。彼女が「牢獄」という言葉を口にしたことに、説明のつかない衝撃を受けたようだ。
 
 「あいにく、配役は辞退いたしました。貴方が守ろうとしているのは『かつての公爵令嬢』であって、今の『北方の農婦』であるわたくしではありませんわ」
 
 
 
 沈黙が流れる中、カノが静かに口を開いた。
 
「騎士殿。この地では、肩書きは何の役にも立たない。彼女に必要なのは、空虚な称賛ではなく、明日を生きるための薪と、胃を満たす糧だ。……それを与えられるのは、王都の剣ではなく、私の斧だということを忘れないでいただきたい」
 
 カノの声には、管理人の一線を越えた、明確な独占欲が滲んでいた。
 ヴォルフラムは歯噛みし、ヴェラの横顔を見つめる。
 
 「……私は、諦めませんよ。貴女を本当の場所へお連れするまで」
 
 「本当の場所? ふふっ……それは、この屋敷のベッドの中ですわ。わたくし、もう眠たいのです」
 
 ヴェラは立ち上がり、背を向けた。
 
 かつての恩人と、今の守護者。
 二人の男が放つ熱い視線が背中に刺さるのを感じながらも、ヴェラはただ、窓の外で荒れ狂う吹雪の音を子守唄にして、深い眠りにつくことだけを考えていた。
 
 劇的な恋の鞘当てなど、今の彼女には、冷めたスープを温め直す手間よりも退屈なことでしかなかった。

----


リリースから2日連続で大量更新。
25話までお読みいただき、本当にありがとうございます。

ここまで物語を追い続けてくださったこと自体が、作者にとって何よりの励みです。山あり谷ありの展開が続きましたが、ここまで読んでいただけたことに、心から感謝しています。

おかげさまで本作はHOTランキング入りを果たすことができました。これは間違いなく、読んでくださった皆様一人ひとりのお力です。本当にありがとうございます。

いいねやお気に入り登録も、日々の執筆の大きな原動力になっています。もし「続きを読んでもいいかな」と感じていただけたら、そっと押していただけると嬉しいです。

また、感想送って頂いてる皆様本当に嬉しいお言葉ありがとうございます。
あらすじ欄にも記載してますが、感想の公開を現在行なっていません。ですが一通一通目を通しています。ありがとうございます。

この先も物語は続いていきます。
また次話でお会いできたら幸いです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

妹は私の婚約者と駆け落ちしました

今川幸乃
恋愛
貧乏貴族ブレンダ男爵家の姉妹、カトリナとジェニーにはラインハルトとレオルという婚約者がいた。 姉カトリナの婚約者ラインハルトはイケメンで女性に優しく、レオルは醜く陰気な性格と評判だった。 そんな姉の婚約者をうらやんだジェニーはラインハルトと駆け落ちすることを選んでしまう。 が、レオルは陰気で不器用ではあるが真面目で有能な人物であった。 彼との協力によりブレンダ男爵家は次第に繁栄していく。 一方ラインハルトと結ばれたことを喜ぶジェニーだったが、彼は好みの女性には節操なく手を出す軽薄な男であることが分かっていくのだった。

処理中です...