あいにく、配役は辞退いたしました

チャビューヘ

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 翌朝、窓の外は依然として猛烈な白銀の世界に閉ざされていた。
 
 本来なら静寂に包まれているはずの廊下に、朝早くから場違いな怒鳴り声が響き渡る。ヴェラは深く溜め息をつき、エナが仕立てた寝衣の上にガウンを羽織ると、騒音の主たちが集まる広間へと向かった。
 
「……ですから、ヴァレリアナ様! 私のキッチンにそんな得体の知れない魔導具を持ち込まないでくださいと言っているのです。パンは炎の揺らぎで焼き上げるもの。機械的に一定の熱を加えるなど、食材への冒涜ですわ!」
 
「アイラ様、貴女は古いのです。この『恒温循環魔導核』を使えば、発酵時間は三割短縮され、味のばらつきもゼロになります。効率こそが、ヴェラ様の時間を生み出す唯一の手段ではありませんか!」
 
 広間の中央で、料理人のアイラと研究者のヴァレリアナが、一斤のパンの試作を巡って火花を散らしていた。そしてその中央には、大きな薪の束を抱えたまま、困り果てた顔で立ち尽くすヴォルフラムの姿がある。
 
「あ、あの……お二人とも。薪なら私がいくらでも割ってきますから、そんなに怒らなくても……」
 
「ヴォルフラム様、貴方は黙っていて! その鍛え上げられた筋肉は、私が開発中の『自動薪割り機』の動力源としてのデータを取るために使う予定なのですから、勝手に消耗しないでください!」
 
 ヴァレリアナの言葉に、ヴォルフラムは頬を引きつらせて後ずさった。
 
 
 
「……朝から随分と賑やかですわね。わたくしの屋敷に、主役が三人増えたのかしら?」
 
 ヴェラの冷ややかな声が響いた瞬間、広間の空気が物理的に凍りついた。
 
 三人が一斉に振り返り、姿勢を正す。その時、ヴェラの背後から音もなくカノが現れた。彼は手慣れた動作でヴェラの肩に厚手の毛布をかけ、ヴォルフラムが抱えていた薪の束を、片手でひったくるようにして受け取った。
 
「……薪の管理は、管理人の仕事だ。騎士殿。客人が分を越えた真似をするのは、王都の礼法では奨励されているのか?」
 
 カノの低く、棘のある言葉に、ヴォルフラムが眉をひそめる。
 
「私はただ、ヴェラ様のために少しでも力になりたいと思っただけだ。……カノ殿、貴殿こそ、彼女との距離が近すぎるのではないか?」
 
「近すぎる? ふふっ……。ヴォルフラム様、面白いことをおっしゃるわね。カノはわたくしの『生活』そのものを支えているのです。貴方のような、たまに現れては劇的な救済を語るだけのゲストとは、存在の重みが違いますのよ」
 
 ヴェラはカノに視線を送り、彼の淹れたばかりのハーブティーを受け取った。
 立ち上る湯気が二人の間を優しく繋ぐ。ヴォルフラムがかつて知っていた「王子の愛を乞うヴェラ」は、もうどこにもいない。そこにいるのは、信頼する守護者だけを側に置く、孤独で高潔な支配者だった。
 
 
 
「アイラ、ヴァレリアナ。貴女たちの熱意は認めますが、わたくしが求めているのは静寂です。キッチンでの実験は許可制。そしてヴォルフラム様を実験体にするのも禁止です。……彼はあくまで、吹雪が止むまでの『預かりもの』なのですから」
 
「で、ですが、ヴェラ様……」
 
「あいにく、配役は辞退いたしました。屋敷の中で派閥争いをして、わたくしの機嫌を取り合って騒ぐ……そんな三流喜劇のような役回り、わたくしは誰にも与えた覚えはございませんわ」
 
 ヴェラは一口、ハーブティーを飲んだ。完璧な温度。カノは何も言わずとも、彼女がもっとも好む状態を完璧に把握している。
 
「これ以上騒ぐのなら、朝食は抜きですわ。……カノ、わたくしは温室で食べます。アイラ、十五分以内にいつものオムレツを。ヴァレリアナ、貴女は天球の調整に戻りなさい。ヴォルフラム様は……」
 
 ヴェラは一瞬だけ、騎士の瞳を見つめた。
 
「……隅の方で、大人しく吹雪が止むのを待っていてちょうだい。それが、今の貴方にできる唯一の『騎士道』ですわ」
 
 ヴェラは踵を返し、カノと共に温室へと歩き出した。
 
 背後で、ヴォルフラムが拳を握りしめ、自分とカノのあまりに大きな「日常という名の壁」に打ちひしがれる気配がした。
 
 王都の主役たちがどれほど劇的な絆を信じようとも、ヴェラの新しい生活の中では、静かに寄り添う体温と、一皿の完璧なオムレツの方が、何万倍も価値のある真実だったのである。
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