婚約破棄された悪役令嬢、商人ギルド長とビジネスパートナーになったら溺愛されて商業帝国を築きました

チャビューヘ

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第6話:商人ギルド長、冷徹な眼差しの先

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 商人ギルド本部は、王都の商業地区の中心にあった。

 石造りの重厚な建物。入口には、剣と天秤を組み合わせた紋章が掲げられている。

「(……緊張する)」

 扉の前で、私は深く息を吸った。

 手が少し震えている。握りしめると、汗で湿っていた。

 中に入ると、受付の女性が待っていた。

「アリシア・クラウゼン様ですね。お待ちしておりました」

 彼女に案内されて、階段を上る。

 二階の奥、一番大きな扉の前で止まった。

「こちらです」

 ノックの音。中から、低い声が返ってくる。

「入れ」

 扉が開く。



 部屋の奥、大きな机の前に、男性が座っていた。

 黒い髪を後ろで一つに束ねている。切れ長の目が、こちらを見た。

 年齢は二十代後半だろうか。白いシャツの上に、濃紺のベストを着ている。

 机の上には書類が整然と並び、羽ペンが一本、インク壺の横に置かれていた。

「アリシア・クラウゼン嬢か」

 男性が立ち上がる。

 背が高い。私より頭一つ分以上ある。

「商人ギルド長、レオンハルト・フォン・エーデルシュタインだ。座ってくれ」

 彼が椅子を示した。

 私は勧められた椅子に座る。背筋を伸ばす。

 レオンハルトが向かいの椅子に座り直した。

 視線が、私を捉える。

 値踏みするような目だ。でも、侮蔑や嘲りはない。ただ、観察している。

「まず、礼を言わせてくれ」

「礼、ですか?」

「ああ。君の店のおかげで、王都の商業が活気づいている。ギルドとしても喜ばしいことだ」

 彼の声は落ち着いている。抑揚が少ない。

「ありがとうございます」

「だが、それだけで呼んだわけではない」

 レオンハルトが机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。

「これを見てくれ」

 私は紙を受け取る。

 そこには、様々な数字が並んでいた。売上、仕入れ値、利益率、客単価……

「(……私の店のデータ?)」

「驚いたか?」

 レオンハルトの目が、私の反応を見ている。

「ギルドには、王都の全ての商店の情報が集まる。君の店は、ここ二ヶ月で売上が二十倍になった」

「調べていたんですね」

「当然だ。これだけ急成長する店があれば、理由を知りたくなる」

 彼が身を乗り出した。

「教えてくれ。どうやってこれを成し遂げた?」



 私は少し考えた。

 何を話すべきか。どこまで明かすべきか。

「(……でも、隠しても仕方ない)」

「ブランディングです」

「ブランディング?」

 レオンハルトの眉が、わずかに動いた。

「はい。商品そのものだけでなく、店の雰囲気、包装、接客、全てを統一して、特別な価値を作り出しました」

「具体的には?」

「ロゴを作りました。それを全ての商品に使い、お客様に覚えてもらう。包装紙も統一し、『メゾン・ド・クラウゼンの商品』だと一目で分かるようにしました」

 レオンハルトが頷く。指が、机の縁を軽く叩いた。

「それから、会員制度も導入しました」

「会員制度?」

「お客様の情報を記録し、次回から割引を提供する。そうすることで、リピーターを増やしました」

「なるほど……」

 彼の目が鋭くなった。

「それに、限定商品も作りました。『今週だけ』『数量限定』と伝えることで、購買意欲を刺激したんです」

「面白い」

 レオンハルトが背もたれに身を預けた。

「君は、どこでそういう知識を学んだ?」

「独学です」

 嘘ではない。前世の記憶は、ある意味独学だ。

「独学で、ここまで……」

 彼の視線が、私を見つめている。

 長い沈黙。

 その間、彼は何かを考えているようだった。指が机の上で、規則的に動いている。

「アリシア・クラウゼン」

「はい」

「君は、本当に十八歳か?」

 突然の質問に、私は戸惑った。

「……はい」

「にしては、商売の本質を理解している」

 レオンハルトが立ち上がった。

 窓に向かって歩き、王都の街並みを見下ろす。

「多くの商人は、商品を売ることしか考えない。だが君は違う。客の心を動かすことを考えている」

 彼が振り返った。

「それが、本当の商才だ」



 胸の奥が、ざわついた。

 褒められているのか、試されているのか、分からない。

「君に、提案がある」

 レオンハルトが私の前に戻ってきた。

「ギルドの支援を受けないか」

「支援……?」

「ああ。資金、人材、流通網。君が必要とするもの全てを提供する」

 私の心臓が、早く打ち始めた。

「それは……なぜですか?」

「君の商才が、惜しいからだ」

 レオンハルトの目が、私を見つめる。

「今の店だけでは、その才能を活かしきれない。もっと大きな舞台で、もっと多くの客に、君の商品を届けるべきだ」

「でも、見返りは?」

「当然、利益の一部をもらう。それと……」

 彼が一歩近づいた。

「君のやり方を、もっと見せてもらいたい」

 その声に、初めて感情が混じった。

 興味。好奇心。そして、期待。

「面白い商売を見るのが、好きでね」



 私は立ち上がった。

 レオンハルトと、視線が同じ高さになる。

「条件があります」

「言ってみろ」

「私の店の経営方針には、口を出さないこと。それから、利益の配分は、後日きちんと契約書で取り決めること」

 レオンハルトの目が、わずかに見開かれた。

 そして、彼の口角が上がった。

 初めて見る、彼の笑みだった。

「いいだろう。その条件、飲もう」

 彼が手を差し出す。

「契約成立だ、アリシア・クラウゼン」

 私はその手を握った。

 硬い手だった。ペンだこがある。

「これから、よろしくお願いします、レオンハルト……様」

「様はいらない。レオンハルトでいい。君とは、対等な商売仲間として付き合いたい」

 彼の手が、私の手を強く握った。

「楽しみだ。君の商売、もっと見せてもらおう」



 ギルド本部を出た時、足取りが軽かった。

 商人ギルドの支援。

 資金も人材も手に入る。

 これで、もっと大きく展開できる。

「(……でも)」

 レオンハルトの顔が、頭に浮かんだ。

 あの鋭い視線。

 値踏みするような目。

 でも、最後に見せた笑みは……

「(……何を考えてるの、私)」

 頭を振る。

 彼はビジネスパートナーだ。それだけだ。

 馬車に乗り込む。

 窓の外を見ると、ギルド本部の建物が見えた。

 二階の窓に、人影が立っている。

 レオンハルトだ。

 彼がこちらを見ている。

 私は視線を逸らした。

 馬車が動き出す。

 胸の奥に、妙な感覚が残っている。

 緊張とは違う。

 期待とも違う。

 何か、新しい世界が開かれたような……

「(……これから、どうなるのかしら)」

 馬車が、店の方へと向かっていく。
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