婚約破棄された悪役令嬢、商人ギルド長とビジネスパートナーになったら溺愛されて商業帝国を築きました

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第8話:広がる帝国、揺れる心

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「地方都市への進出を考えています」

 私は地図を広げた。

 王都から街道で繋がる三つの都市。北の港町ノルドハーフェン、東の商業都市オストメルク、南の温泉街ズュートバーデン。

「ただし、直営ではなく……」

「フランチャイズ方式か」

 レオンハルトが私の言葉を継いだ。

 ギルド本部の会議室。向かいの席で、彼が腕を組んでいる。

「そう。その……フランチャイズという言葉、知っているんですか?」

「いや、初めて聞いた」

 彼の目が、興味深そうに私を見る。

「君が今言おうとしていたことを、推測しただけだ」

「推測?」

「ああ。地方都市に直営店を出すには、管理が難しい。だから、現地の商人に権利を与えて、君のブランドで商売をさせる。そういうことだろう?」

 私は息を呑んだ。

「(……完全に理解してる)」

「そういう仕組みに、名前をつけたのか。フランチャイズ」

 レオンハルトが身を乗り出した。

「面白い。続けてくれ」



「現地の商人に、メゾン・ド・クラウゼンの名前を使う権利を売ります。その代わり、商品は全てこちらから仕入れてもらい、店の内装や接客方法も、うちの基準に従ってもらう」

 私は書類を彼に渡した。

「利益の三割を、ロイヤリティとして受け取ります」

「三割……」

 レオンハルトの指が、書類の数字をなぞる。

「リスクは相手が負い、こちらは安定した収入を得る。理にかなっているな」

「でも、問題もあります」

「品質管理か」

「はい。遠く離れた場所で、きちんとうちの基準を守ってくれるかどうか」

「それなら……」

 レオンハルトが別の紙に何か書き始めた。

「定期的な監査制度を作る。ギルドの人間を派遣して、各店舗を抜き打ちで検査する。基準を満たしていなければ、契約解除だ」

 彼の手が、さらさらと動いていく。

 契約書の雛形が、みるみる形になっていった。

「(……この人、本当に仕事が早い)」

 気づけば、私は彼の横顔を見つめていた。

 真剣な表情。

 集中している時の、静かな目。

 ペンを持つ手が、力強い。

「……どうした?」

 レオンハルトが顔を上げた。

 視線が合う。

「あ、いえ」

 慌てて目を逸らした。

 頬が、熱くなる。

「(何を考えてるの、私……)」



 一週間後、地方都市の商人たちが、王都に集まった。

 ギルドが仲介して、信頼できる商人を三人紹介してくれたのだ。

「初めまして。ノルドハーフェンで雑貨店を営んでいるハンスと申します」

 北の港町からやって来た、五十代の男性だ。

「オストメルクのグレタです」

 東の商業都市から来た、四十代の女性。

「ズュートバーデンのフリッツです。よろしくお願いします」

 南の温泉街から来た、三十代の男性。

 三人とも、緊張した面持ちで私を見ている。

「メゾン・ド・クラウゼンの商品を、ぜひ私たちの街でも」

 ハンスが言った。

「王都での評判は、地方にも届いています。うちの店でも扱わせていただければ……」

「ありがとうございます」

 私は契約書を配った。

「ただし、条件があります」

 三人が書類に目を通す。

 その表情が、次第に真剣になっていく。

「店の内装、商品の陳列、接客方法……全て、本店と同じ基準に従っていただきます」

「それは……かなり厳しいですね」

 グレタが眉をひそめた。

「はい。でも、それがブランドを守るために必要なんです」

 私は立ち上がった。

「メゾン・ド・クラウゼンの商品を買う人は、品質を信頼しています。その信頼を裏切るわけにはいきません」

 沈黙。

 三人が顔を見合わせる。

「……分かりました」

 ハンスが最初に頷いた。

「その条件で、契約させてください」

「私も」

「私もです」

 グレタとフリッツも続いた。

 胸の奥が、じんわりと温かくなった。

「ありがとうございます。一緒に、良い店を作りましょう」



 契約が終わった後、レオンハルトと二人で王都の街を歩いた。

「うまくいったな」

「ええ。でも、これからが本番です」

「ああ。実際に店が動き出してからが、勝負だ」

 夕暮れの街並みが、オレンジ色に染まっている。

 通りを行く人々が、私たちの横を通り過ぎていく。

「なあ、アリシア」

 レオンハルトが立ち止まった。

「君は、どこまで行きたい?」

「どこまで……?」

「王都だけか。それとも、国全体か。あるいは……」

 彼の目が、私を見た。

「大陸全体か」

 心臓が、大きく跳ねた。

「大陸全体なんて、そんな……」

「不可能じゃない」

 レオンハルトの声が、静かに響く。

「君には、その才能がある。俺が保証する」

 彼が一歩近づいた。

「一緒に、やらないか。大陸最大の商会を作る」

 その言葉に、全身が震えた。

 前世でも、ここまで大きな仕事をしたことはない。

「……怖くないんですか?」

「何が?」

「失敗することが」

 レオンハルトが首を傾げた。

「失敗しても、また始めればいい。商売とは、そういうものだ」

 彼の手が、私の肩に置かれた。

「それに、君がいれば負ける気がしない」

 顔が、熱くなった。

 心臓の音が、耳に響く。

「(……この人は、ずるい)」

 そんなこと、言われたら……

「分かりました」

 私は顔を上げた。

「やりましょう。大陸最大の商会を」

 レオンハルトの顔に、笑みが広がった。

「決まりだな」

 彼の手が、私の手を握った。

 温かい手だ。

 その温もりが、胸の奥まで染み込んでくる。



 その夜、王城では、エドワード王子が窓の外を見つめていた。

「殿下」

 侍従が報告書を持ってくる。

「メゾン・ド・クラウゼンの件です」

「……読め」

「はい。地方都市への進出を開始。新たな商売の仕組みを導入し、さらなる拡大が予想されます。また、商人ギルド長レオンハルト・フォン・エーデルシュタインとの協力関係が深まっており……」

 エドワードの手が、窓枠を掴んだ。

「レオンハルト……」

 あの天才商人か。

 若くして商人ギルドを率いる、類稀な才能の持ち主。

 そして、アリシア・クラウゼン。

 自分が婚約破棄した令嬢。

「(……俺は、何をしたんだ)」

 胸の奥が、痛んだ。

 リリアナの顔が浮かぶ。

 最近、彼女の本性が見えてきている。

 わがまま。虚言。浪費。

 アリシアには、そんなところはなかった。

 いつも冷静で、聡明で……

「殿下、お休みになられますか?」

「……ああ」

 エドワードは窓から離れた。

 でも、心の中には、後悔の影が濃く落ちていた。



 翌朝、社交界では、新たな噂が広がっていた。

「メゾン・ド・クラウゼンが、地方にも進出するそうよ」

「あのクラウゼン令嬢、商人ギルド長と組んでいるんですって」

「レオンハルト様と? まあ、あの方は素敵な殿方よね」

「二人、お似合いじゃない?」

 令嬢たちの囁きが、広間に響く。

 その中に、リリアナもいた。

 茶会の席で、じっと黙っている。

 周囲の会話が、耳に突き刺さる。

「(……アリシア・クラウゼン)」

 爪が、カップの縁を掴んだ。

「(なぜ、あの女ばかり……)」

 カップが、かすかに震えている。



 店に戻ると、父が待っていた。

「アリシア、これを」

 父が封筒を差し出す。

「何ですか?」

「準男爵の爵位授与の打診だ」

 私は封筒を開けた。

 王家からの正式な書状だった。

「経済への貢献を評価され、爵位を授けたいとのことだ」

 手が震える。

 爵位。

 婚約破棄された時、失いかけたものだ。

 でも、今は……

「(……商売で、ここまで来たんだ)」

 胸の奥が、熱くなった。

 レオンハルトの顔が、浮かんだ。

 彼に、この報告をしたい。

 そう思った瞬間、自分の気持ちに気づいた。

「(……私、この人に認められたいって、思ってる)」

 頬が、熱くなった。
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