婚約破棄された悪役令嬢、商人ギルド長とビジネスパートナーになったら溺愛されて商業帝国を築きました

チャビューヘ

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第10話:爵位と評価、変わりゆく立場

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「アリシア・クラウゼン」

 玉座の間に、国王の声が響いた。

 私は膝をついて、頭を下げている。

 冷たい大理石の床が、膝に当たる。

 周囲には、多くの貴族たちが並んでいた。

 視線が、背中に突き刺さる。

「そなたの商業への貢献を讃え、ここに準男爵の爵位を授ける」

 国王が剣を掲げた。

 光が、刀身に反射して輝く。

 剣が、私の右肩に触れる。左肩に触れる。

「立て、準男爵アリシア・フォン・クラウゼン」

 私はゆっくりと立ち上がった。

 国王が微笑んでいる。

「そなたの店は、王都に活気をもたらした。今後も、国の繁栄に尽力してほしい」

「ありがとうございます。この身に余る栄誉、必ずや国のために尽くします」

 深く頭を下げる。

 拍手が起こった。

 貴族たちの手が、次々と重なっていく。

 でも、その中に混じる囁きも聞こえた。

「商売で爵位とは……」

「時代も変わったものね」

「でも、確かに彼女の店は素晴らしいわ」



 式が終わり、控室に戻った。

 父が待っていた。

「アリシア……」

 父の目が、潤んでいる。

「本当に、本当によく頑張った」

「父上」

 父が私を抱きしめた。

「お前は、クラウゼン家を救っただけじゃない。新しい地位まで手に入れた」

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 三ヶ月前、婚約破棄されて全てを失ったと思った。

 でも、今は……

「これからも、頑張ります」

「ああ。お前なら、どこまでも行ける」

 父が私の肩を離した。

 その目に、誇りが満ちている。



 その夜、王城の大広間で祝賀会が開かれた。

 新たに爵位を授与された者たちを祝う、社交界だ。

 私はドレスに着替えて、会場に向かった。

 深い青のドレス。胸元に、メゾン・ド・クラウゼンのロゴを小さく刺繍してある。

 広間に入ると、視線が一斉に集まった。

「あれが、クラウゼン令嬢……」

「本当に若いのね」

「でも、堂々としているわ」

 囁きが、耳に届く。

 私は背筋を伸ばして、歩いた。

「アリシア様」

 声がして、振り返る。

 レイシェル子爵夫人が、笑顔で近づいてきた。

「おめでとうございます。準男爵への叙爵、素晴らしいわ」

「ありがとうございます」

「あなたの香水、今でも愛用しているのよ。友人たちにも勧めているわ」

 彼女の後ろに、何人かの貴族女性が立っている。

 皆、興味深そうに私を見ていた。

「メゾン・ド・クラウゼンの商品を持っていることが、今や社交界のステータスなのよ」

 レイシェル夫人が小声で言った。

「あなたの店で買ったものを見せびらかすのが、流行っているの」

「それは……光栄です」

 胸の奥が、ざわついた。

 ステータスシンボル。

 前世で目指していた、ブランドの完成形だ。

「それに、レオンハルト様との関係も、皆注目しているわ」

 レイシェル夫人の目が、意味ありげに輝いた。

「関係って……」

「だって、あの方が特定の誰かと組むなんて、初めてでしょう?」

 他の令嬢たちも頷く。

「レオンハルト様、素敵よね」

「でも近寄りがたい雰囲気があって……」

「アリシア様とは、とても仲が良いみたいだけど」

 顔が、熱くなった。

「あ、あの、それは……ビジネスパートナーとして……」

「まあ、そうなの?」

 令嬢たちが、残念そうな顔をした。



 広間の奥で、エドワード王子が立っていた。

 リリアナが隣にいる。

 彼の視線が、こちらを向いた。

 目が合う。

 エドワードの表情が、複雑に歪んだ。

 後悔。驚き。そして、何か別の感情。

 私は視線を逸らした。

 もう、あの人のことは関係ない。

「アリシア」

 低い声がして、振り返った。

 レオンハルトが立っている。

 黒いフォーマルスーツに身を包んでいた。いつもより、さらに背が高く見える。

「レオンハルト……」

「おめでとう。準男爵」

 彼が小さく笑った。

「君にふさわしい称号だ」

「ありがとうございます」

 彼が手を差し出す。

「踊らないか?」

 心臓が、大きく跳ねた。

「え……」

「祝賀会だ。踊るのが普通だろう」

 彼の目が、私を見つめている。

 周囲の視線が、私たちに集中しているのが分かった。

「……はい」

 私は彼の手を取った。



 音楽が流れる。

 レオンハルトの腕が、私の腰に回る。

 ダンスが始まった。

 彼のリードは、確かだ。迷いがない。

 私の体が、自然と動いていく。

「緊張しているな」

「そんなこと……」

「嘘をつくな。手が震えている」

 レオンハルトの指が、私の手を優しく握った。

「大丈夫だ。俺がついている」

 その言葉に、胸の奥が温かくなった。

 音楽に合わせて、体が回る。

 広間の景色が、流れていく。

 でも、彼の顔だけが、はっきりと見える。

「アリシア」

「はい」

「君は、本当にすごい」

 彼の声が、いつもより優しい。

「三ヶ月前、婚約破棄されて何もかも失ったはずなのに。今では、準男爵だ」

「……あなたの助けがあったからです」

「いや」

 レオンハルトが首を振った。

「君自身の力だ。俺は、少し手を貸しただけだ」

 彼の目が、私を見つめる。

 その瞳に、何かが映っている。

 尊敬。信頼。そして……

「(……何? この感覚)」

 心臓が、早く打つ。

 息が、少し苦しい。

「君と組めて、本当に良かった」

 彼の腕に、少し力が込められた。

 体が、彼に近づく。

 距離が、縮まる。

 彼の匂いが、鼻をくすぐった。

 音楽が終わった。

 私たちは、ゆっくりと離れる。

 でも、手はまだ繋がっている。

「ありがとうございました」

「……ああ」

 レオンハルトの耳が、少し赤い。

 彼も、何かを感じている。

 そう思った瞬間、胸がざわついた。



 広間の端で、リリアナがグラスを握りしめていた。

 アリシアとレオンハルトが踊る姿を、じっと見つめている。

「(……なぜ、あの女ばかり)」

 爪が、グラスの縁を掴んだ。

 エドワードも、二人を見ている。

 その目に、後悔が滲んでいた。

「殿下」

 リリアナが声をかけても、彼は反応しない。

「殿下!」

「……ああ、すまない」

 エドワードが我に返った。

「何か、言ったか?」

「いえ……」

 リリアナの手が、震えている。

 彼の心が、自分から離れていく。

 それが、分かってしまう。

「(全て、アリシア・クラウゼンのせいだ)」

 グラスの中のワインが、わずかに揺れた。



 祝賀会が終わり、私は馬車で帰路についた。

 窓の外を見る。

 王城が、遠ざかっていく。

 今日、準男爵になった。

 三ヶ月前には考えられなかった、地位だ。

 でも、心の中には、別のことがある。

 レオンハルトと踊った時の感覚。

 彼の腕の温もり。

 優しい声。

 近づいた時の、心臓の音。

「(……私、どうしちゃったんだろう)」

 頬に手を当てる。

 まだ、熱い。

 これは、何?

 尊敬とは違う。

 信頼とも違う。

 もっと、別の……

「(……まさか)」

 自分の気持ちに、気づきかけている。

 でも、認めたくない。

 彼は、ビジネスパートナーだ。

 それ以上の関係になれば、仕事に支障が出る。

「(冷静にならなきゃ)」

 窓を開けた。

 夜風が、顔に当たる。

 でも、胸の奥の温かさは、消えてくれなかった。



 同じ頃、レオンハルトも馬車の中にいた。

 彼は窓の外を見つめながら、考えていた。

 アリシアと踊った時の感覚。

 彼女の手の柔らかさ。

 少し震えていた指。

 近づいた時の、香り。

「(……まずい)」

 彼は目を閉じた。

 これは、仕事に支障をきたす。

 冷静な判断ができなくなる。

 でも、心は止まらない。

 彼女のことを考えると、胸が温かくなる。

 彼女と話すのが、楽しい。

 彼女の成功が、嬉しい。

 これは……

「(……恋、なのか?)」

 自分の気持ちに、初めて名前をつけた。

 でも、それを認めたくない。

 まだ、認められない。

 馬車が、揺れる。

 レオンハルトは深く息を吐いた。

「(……困ったな)」

 彼の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

 困っているはずなのに。

 なぜか、嬉しい。

 その矛盾に、彼自身も気づいていた。
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