職業ガチャで外れ職引いたけど、ダンジョン主に拾われて成り上がります

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【第19章】帰還後の波紋

エピソード.88

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 前線基地から戻って、三日が経った。

 転移者たちの表情は、まだ暗いままだった。

 橋本は部屋に引きこもり、ほとんど食事も取らない。

 仲間が心配して訪ねても、扉を開けない。

 ただ、中から小さなすすり泣きが聞こえるだけだった。

-----

 その夜。

 深夜二時。

 転移者居住区の一室に、数名の影が集まった。

 橋本、そして定住派の三名。

 合計四名。

 部屋の明かりは消されている。

 月明かりだけが、窓から差し込んでいた。

 一人が口を開いた。

「もう限界だ……」

 震える声。

「俺は、魔王軍を裏切る」

 もう一人が頷く。

「私も……このまま侵略に加担するなんて、無理」

 橋本は膝を抱えて、床を見つめていた。

「でも……」

 彼女の声が小さい。

「人間側に行っても、受け入れてもらえるの?」

 一人が答える。

「わからない……でも、ここにいるよりはマシだ」

 もう一人が言う。

「私たち、魔王軍で働いてた。それだけで、裏切り者だって言われるかもしれない」

「でも」

 最初に話した者が続ける。

「家族を攻めるよりは、いい」

 静寂が落ちる。

 橋本が顔を上げた。

「蒼井くん……は、どうするの?」

 一人が首を振る。

「わからない。でも、あいつは幹部だ」

 もう一人が付け加える。

「きっと、止めようとする」

 橋本が呟く。

「蒼井くんは……私たちのことを心配してくれてる……」

「だからこそ、言えない」

 一人が答える。

「あいつは優しすぎる。俺たちのために、自分を犠牲にする」

 橋本は何も言えなかった。

 その通りだと、わかっていた。

-----

 一人が小さな地図を広げた。

「これを見てくれ」

 月明かりで、地図がぼんやりと見える。

「魔王軍本部から、辺境の森まで。ここを抜ければ……」

 指が地図をなぞる。

「人間国家の前哨基地まで、三日だ」

 もう一人が尋ねる。

「監視は?」

「避けられる」

 地図を広げた者が答える。

「このルートなら、魔王軍の巡回には引っかからない」

「本当に?」

 橋本が不安そうに聞く。

「わからない」

 正直な答え。

「でも、他に方法がない」

 一人が付け加える。

「人間国家の前哨基地で、保護を求める」

「受け入れてくれるかな……」

 橋本の声が震える。

「魔王軍から逃げてきたって言えば」

 一人が答える。

「わからない……でも、試すしかない」

 もう一人が地図を見つめる。

「食料は三日分、持てるだけ持っていこう」

「武器は?」

「最小限。魔法で自衛する」

 橋本が膝を抱え直した。

「怖い……」

 彼女の目に涙が浮かぶ。

「本当に……大丈夫なの?」

 誰も答えられない。

 大丈夫だと、言い切れない。

 でも、ここに残ることもできない。

 一人が橋本の肩に手を置いた。

「一緒だから」

 優しい声。

「私たち、一緒に行こう」

 橋本が頷いた。

 涙を拭う。

「わかった……行く」

 四人は手を重ねた。

「三日後、深夜に決行する」

-----

 三日後。

 深夜一時。

 転移者居住区は静まり返っていた。

 橋本は部屋で荷物をまとめていた。

 着替え、少しの食料、水筒。

 それだけだ。

 他に持っていけるものはない。

 彼女は机の上に、一枚の紙を置いた。

 そこには、短い文章が書かれている。

『蒼井くんへ

 ごめんなさい。

 私たち、人間側に行きます。

 蒼井くんは、私たちのことを心配してくれた。

 でも、もう無理なんです。

 家族を攻めることなんて、できない。

 ありがとう。

 元気で。

 橋本』

 橋本はその紙を見つめた。

 涙が滲む。

 でも、決めたんだ。

 彼女は部屋を出た。

-----

 廊下で、他の三名が待っていた。

 全員、小さな荷物を持っている。

「準備はいい?」

 一人が囁く。

 橋本が頷く。

「見張りは?」

「今、確認してくる」

 もう一人が角を曲がり、すぐに戻ってくる。

「一人いる。眠らせる」

 彼女が杖を構える。

 小さく呪文を唱える。

 見張りの兵士が、ゆっくりと地面に倒れ込む。

 いびきが聞こえる。

「急ごう」

 四人は静かに走り出した。

 廊下を抜け、階段を降りる。

 足音を殺して、裏口へ向かう。

 扉の前で、一瞬立ち止まる。

 橋本が振り返った。

 魔王軍本部の廊下。

 ここで、何ヶ月も過ごした。

 蒼井くんと、美咲さんと、田中くんと、中村くんと。

 みんなと。

 でも、もう戻れない。

「橋本」

 仲間が手を差し伸べる。

「行こう」

 橋本が手を握る。

「うん……」

 扉が開く。

 外の空気が、冷たい。

 星空が広がっている。

 四人は闇に紛れて、本部を離れた。

-----

 森の入り口。

 橋本が立ち止まり、振り返った。

 遠くに、魔王軍本部の灯りが見える。

 あそこに、蒼井くんがいる。

 美咲さんも。

 田中くんも。

 橋本の目から、涙が溢れた。

「さよなら……蒼井くん……」

 小さな声で呟く。

「みんな……元気で……」

「橋本、行こう」

 仲間が彼女の手を引く。

「うん……」

 橋本は本部に背を向けた。

 四人は森の中へ消えていく。

 足音が、だんだん遠ざかっていく。

 そして、静寂が戻る。

 星空の下、四人の姿は闇に溶けていった。

-----

 同じ頃。

 魔王軍本部、セレスティアの執務室。

 彼女は窓から、森の方角を見ていた。

「また、逃げる者が出たか……」

 冷たい呟き。

 副官が報告する。

「はい。転移者四名が、居住区から姿を消しました」

「追跡部隊は?」

「既に出発しています」

 セレスティアの目が細くなる。

「生きては帰すな」

「了解しました」

 副官が去っていく。

 セレスティアは窓の外を見続けた。

「蒼井拓海……」

 彼女が呟く。

「お前、何を企んでいる?」

 疑念が、心に芽生えていた。

 転移者の脱走。

 そのタイミング。

 まるで、何かを知っていたかのような。

「監視を強化しろ」

 セレスティアは部下に命じた。

「蒼井拓海の動向を、全て報告させろ」

-----

 橋本たちは、夜通し歩き続けた。

 森の中は暗く、道は険しい。

 木の根に躓き、転びそうになる。

 それでも、立ち止まれない。

 夜が明ける前に、できるだけ遠くへ。

 一人が呟く。

「本当に……辿り着けるのかな……」

 橋本が答える。

「辿り着くよ……必ず……」

 でも、その声には確信がなかった。

 空が、少しずつ白み始めている。

 四人は、ただ前へ進み続けた。
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