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同担拒否と異担歓迎
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「はじめまして! 白井ちひろです!」
茶髪ポニーテールの女の子が、満面の笑みで頭を下げた。
元気がいい。
眩しいくらいに。
「鈴原ひなたです。よろしく」
「ひなたさんですね! 今日からバイトでお世話になります!」
声が大きい。
境内に響き渡っている。
私の後ろで、朔さんが小さく呟いた。
「うるさい奴だな」
反応したいけどできない。
社務所に案内しながら、簡単に説明した。
「基本的な仕事は、参拝客の対応と御守りの販売。あと境内の掃除」
「はい、了解です!」
「週に何日入れる?」
「火曜と金曜と土曜で考えてます。大学の授業がない日で」
「わかった。じゃあ、今日は見学ってことで」
「ありがとうございます!」
ちひろは目をキラキラさせながら社務所を見回した。
「わあ、御守りいっぱいありますね。可愛い」
「うちは種類だけは多いから」
「この神社、どんな御利益があるんですか?」
「縁結び、が一応メインかな」
「縁結び! いいですね!」
朔さんが私の横に浮いてきた。
「縁結びって、俺関係あんの」
ない。
日向見大神様の御利益だ。
でも答えられない。
「あの、ひなたさん」
「ん?」
「ひなたさんって、何歳ですか?」
「25」
「じゃあ2つ上ですね! 私23です!」
「そう」
「出身はここですか?」
「うん。東京で働いてたけど、最近戻ってきた」
「へえー! 東京! 私も卒業したら東京行きたいんですよねー」
ちひろは椅子に座りながら、楽しそうに話し続けた。
「東京って何が楽しかったですか?」
「仕事してただけだから、あんまり」
「え、遊んだりしなかったんですか?」
「ライブとか、行ってたかな」
しまった。
余計なことを言った。
「ライブ! 何系ですか? バンド? アイドル?」
「アイドル」
「えー! 私もアイドル好きです! 誰推しですか?」
心臓が跳ねた。
朔さんがこっちを見ている。
光輪が青く点滅している。
「色々」
「私、PRISMが好きだったんですよー」
息が止まった。
「ユウキくん推しで! もう解散しちゃったけど」
PRISM。
朔さんがいたグループ。
ユウキは朔さんの後輩で、明るいキャラ担当だった。
「知ってます? PRISM」
「名前くらいは」
「ですよねー、メジャーじゃなかったし。でも良いグループだったんですよ」
ちひろは懐かしそうに笑った。
「特にセンターの氷室朔くん。あの人のパフォーマンス、本当にすごくて」
朔さんの光輪が揺れた。
「クールで塩対応って言われてたけど、ダンスは本物だったんですよね」
「そうなんだ」
「引退して、そのあと亡くなっちゃって。ショックでした」
ちひろの声が少しだけ沈んだ。
「お葬式、行けなかったんですよね。大学の試験と被っちゃって」
「そう」
「ひなたさんは行きました?」
質問の意味がわからなかった。
「え?」
「朔くんのお葬式」
「なんで私が」
「だって」
ちひろが私をまっすぐ見た。
「ひなたさん、絶対朔くん推しでしたよね?」
時間が止まった。
「なんで」
「さっき『アイドル』って言った時、目が泳いでたから」
この子、空気読まないくせに観察力だけは鋭い。
「あと、PRISMって言った瞬間に息止まってた」
「……」
「違います?」
朔さんがこっちを見ている。
光輪は白。
感情が読めない。
嘘をつくべきか。
でも、ここで否定したら、余計に怪しまれる。
「うん」
私は観念した。
「朔くん推しだった」
「やっぱり!」
ちひろが嬉しそうに手を叩いた。
「同担じゃなくてよかったー! 私ユウキくん推しだから!」
「そこ?」
「だって同担拒否とかあるじゃないですか。でも異担なら仲良くできますよね!」
なんだこの子。
空気読まないにも程がある。
「お葬式、行けたんですね。よかった」
「うん」
「私、行けなかったの今でも後悔してて。せめて手を合わせたかったなって」
ちひろの目が、少しだけ潤んでいた。
「だから、ひなたさんが行けたって聞いて、なんかホッとしました」
ああ、この子も喪失を抱えている。
私と同じで、ただ不器用なだけだ。
「ありがとう」
「え、何がですか?」
「いや、なんでもない」
朔さんが、ぽつりと呟いた。
「ファン、いたんだな」
当たり前だ。
あなたを好きだった人間は、たくさんいた。
私だけじゃない。
でも、それを伝える術がない。
「あ、そうだ」
ちひろが急に立ち上がった。
「この神社、SNSやってます?」
「え、いや」
「インスタとかTwitterとか。やった方がいいですよ絶対!」
「なんで」
「だって、こんな素敵な神社なのにもったいないじゃないですか!」
ちひろはスマホを取り出した。
「私、観光学部なんです。卒論で地方の神社観光について書こうと思ってて」
「そうなんだ」
「だからSNSでの発信とか、すごく興味あるんですよね。やりましょうよ!」
朔さんの光輪が青くなった。
「おい、俺のことネットに晒す気か」
晒さない。
晒せるわけがない。
「考えとく」
「絶対やりましょう! 映える写真、私撮りますから!」
この子、止まらないタイプだ。
その日の夕方、ちひろが帰った後。
私は社務所で頭を抱えていた。
「疲れた」
「お前、よく隠し通したな」
「隠し通せてないです。バレてます」
「俺のことじゃなくて、ファンだったことだろ。それはバレても問題ねえだろ」
問題だ。
ファンだったことがバレたら、朔さんの話題が増える。
増えたら、ボロが出る確率も上がる。
「SNS、やらせた方がいいんじゃないか」
「え」
「あの子、勝手にやりそうだし。だったら管理下に置いた方がマシだろ」
朔さんにしては珍しく、まともな意見だ。
「俺が映らないように、お前が監視しろ」
「見えないのに映るんですか」
「知らねえよ。念写とかあるかもしれねえだろ」
ないと思う。
多分。
「なあ、ひなた」
「はい」
「あの子、俺のファンだったんだな」
「ユウキくん推しですけどね」
「それでも、PRISMを好きだったってことだろ」
朔さんは鳥居の方を見ていた。
「俺、あいつらのこと、どれだけ知ってたんだろうな」
その声は、どこか遠くを見ているようだった。
「顔も名前も覚えてない。でも、あいつらは覚えてるんだ。俺のこと」
光輪が、ゆっくりと白から暖かみを帯びた色に変わっていく。
「なんか、変な気分だ」
「どんな気分ですか」
「死んでも覚えててくれる奴がいるんだなって」
見たことのない色だった。
赤でも青でも金でもない。
柔らかくて、少しだけ切ない、夕焼けのような色。
茶髪ポニーテールの女の子が、満面の笑みで頭を下げた。
元気がいい。
眩しいくらいに。
「鈴原ひなたです。よろしく」
「ひなたさんですね! 今日からバイトでお世話になります!」
声が大きい。
境内に響き渡っている。
私の後ろで、朔さんが小さく呟いた。
「うるさい奴だな」
反応したいけどできない。
社務所に案内しながら、簡単に説明した。
「基本的な仕事は、参拝客の対応と御守りの販売。あと境内の掃除」
「はい、了解です!」
「週に何日入れる?」
「火曜と金曜と土曜で考えてます。大学の授業がない日で」
「わかった。じゃあ、今日は見学ってことで」
「ありがとうございます!」
ちひろは目をキラキラさせながら社務所を見回した。
「わあ、御守りいっぱいありますね。可愛い」
「うちは種類だけは多いから」
「この神社、どんな御利益があるんですか?」
「縁結び、が一応メインかな」
「縁結び! いいですね!」
朔さんが私の横に浮いてきた。
「縁結びって、俺関係あんの」
ない。
日向見大神様の御利益だ。
でも答えられない。
「あの、ひなたさん」
「ん?」
「ひなたさんって、何歳ですか?」
「25」
「じゃあ2つ上ですね! 私23です!」
「そう」
「出身はここですか?」
「うん。東京で働いてたけど、最近戻ってきた」
「へえー! 東京! 私も卒業したら東京行きたいんですよねー」
ちひろは椅子に座りながら、楽しそうに話し続けた。
「東京って何が楽しかったですか?」
「仕事してただけだから、あんまり」
「え、遊んだりしなかったんですか?」
「ライブとか、行ってたかな」
しまった。
余計なことを言った。
「ライブ! 何系ですか? バンド? アイドル?」
「アイドル」
「えー! 私もアイドル好きです! 誰推しですか?」
心臓が跳ねた。
朔さんがこっちを見ている。
光輪が青く点滅している。
「色々」
「私、PRISMが好きだったんですよー」
息が止まった。
「ユウキくん推しで! もう解散しちゃったけど」
PRISM。
朔さんがいたグループ。
ユウキは朔さんの後輩で、明るいキャラ担当だった。
「知ってます? PRISM」
「名前くらいは」
「ですよねー、メジャーじゃなかったし。でも良いグループだったんですよ」
ちひろは懐かしそうに笑った。
「特にセンターの氷室朔くん。あの人のパフォーマンス、本当にすごくて」
朔さんの光輪が揺れた。
「クールで塩対応って言われてたけど、ダンスは本物だったんですよね」
「そうなんだ」
「引退して、そのあと亡くなっちゃって。ショックでした」
ちひろの声が少しだけ沈んだ。
「お葬式、行けなかったんですよね。大学の試験と被っちゃって」
「そう」
「ひなたさんは行きました?」
質問の意味がわからなかった。
「え?」
「朔くんのお葬式」
「なんで私が」
「だって」
ちひろが私をまっすぐ見た。
「ひなたさん、絶対朔くん推しでしたよね?」
時間が止まった。
「なんで」
「さっき『アイドル』って言った時、目が泳いでたから」
この子、空気読まないくせに観察力だけは鋭い。
「あと、PRISMって言った瞬間に息止まってた」
「……」
「違います?」
朔さんがこっちを見ている。
光輪は白。
感情が読めない。
嘘をつくべきか。
でも、ここで否定したら、余計に怪しまれる。
「うん」
私は観念した。
「朔くん推しだった」
「やっぱり!」
ちひろが嬉しそうに手を叩いた。
「同担じゃなくてよかったー! 私ユウキくん推しだから!」
「そこ?」
「だって同担拒否とかあるじゃないですか。でも異担なら仲良くできますよね!」
なんだこの子。
空気読まないにも程がある。
「お葬式、行けたんですね。よかった」
「うん」
「私、行けなかったの今でも後悔してて。せめて手を合わせたかったなって」
ちひろの目が、少しだけ潤んでいた。
「だから、ひなたさんが行けたって聞いて、なんかホッとしました」
ああ、この子も喪失を抱えている。
私と同じで、ただ不器用なだけだ。
「ありがとう」
「え、何がですか?」
「いや、なんでもない」
朔さんが、ぽつりと呟いた。
「ファン、いたんだな」
当たり前だ。
あなたを好きだった人間は、たくさんいた。
私だけじゃない。
でも、それを伝える術がない。
「あ、そうだ」
ちひろが急に立ち上がった。
「この神社、SNSやってます?」
「え、いや」
「インスタとかTwitterとか。やった方がいいですよ絶対!」
「なんで」
「だって、こんな素敵な神社なのにもったいないじゃないですか!」
ちひろはスマホを取り出した。
「私、観光学部なんです。卒論で地方の神社観光について書こうと思ってて」
「そうなんだ」
「だからSNSでの発信とか、すごく興味あるんですよね。やりましょうよ!」
朔さんの光輪が青くなった。
「おい、俺のことネットに晒す気か」
晒さない。
晒せるわけがない。
「考えとく」
「絶対やりましょう! 映える写真、私撮りますから!」
この子、止まらないタイプだ。
その日の夕方、ちひろが帰った後。
私は社務所で頭を抱えていた。
「疲れた」
「お前、よく隠し通したな」
「隠し通せてないです。バレてます」
「俺のことじゃなくて、ファンだったことだろ。それはバレても問題ねえだろ」
問題だ。
ファンだったことがバレたら、朔さんの話題が増える。
増えたら、ボロが出る確率も上がる。
「SNS、やらせた方がいいんじゃないか」
「え」
「あの子、勝手にやりそうだし。だったら管理下に置いた方がマシだろ」
朔さんにしては珍しく、まともな意見だ。
「俺が映らないように、お前が監視しろ」
「見えないのに映るんですか」
「知らねえよ。念写とかあるかもしれねえだろ」
ないと思う。
多分。
「なあ、ひなた」
「はい」
「あの子、俺のファンだったんだな」
「ユウキくん推しですけどね」
「それでも、PRISMを好きだったってことだろ」
朔さんは鳥居の方を見ていた。
「俺、あいつらのこと、どれだけ知ってたんだろうな」
その声は、どこか遠くを見ているようだった。
「顔も名前も覚えてない。でも、あいつらは覚えてるんだ。俺のこと」
光輪が、ゆっくりと白から暖かみを帯びた色に変わっていく。
「なんか、変な気分だ」
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