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珈琲と嫉妬は似た色をしている
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「買い出し、行ってきます」
朔さんに声をかけると、大銀杏の下から返事があった。
「おう」
「何か欲しいものあります?」
「触れねえから意味ねえだろ」
「見るだけでも」
「コンビニスイーツの新作、あったら教えろ」
意外だ。
朔さん、甘いもの好きだったんだ。
「了解です」
鳥居をくぐって、石段を下りる。
振り返ると、朔さんが鳥居のところで立ち止まっていた。
出られない境界線。
その表情が少しだけ寂しそうで、私は慌てて手を振った。
「すぐ戻ります」
「別に待ってねえし」
光輪が青い。
待ってる。絶対待ってる。
朝霧町の商店街「霧通り」は、相変わらず寂れていた。
シャッターが下りた店が半分以上。
子供の頃はもっと賑やかだった気がする。
八百屋で野菜を買い、コンビニでスイーツの棚を確認した。
プリン、シュークリーム、ティラミス。
写真を撮っておこう。朔さんに見せるために。
歩いていると、見慣れない店があった。
古民家を改装したカフェ。
看板には「木漏れ日」と書いてある。
私がいない間にできたんだ。
少し休憩しよう。
扉を開けると、珈琲の香りが漂ってきた。
「いらっしゃい」
カウンターの中から、穏やかな声がした。
茶髪の垂れ目。
柔らかい笑顔。
エプロン姿の男性が、グラスを拭いていた。
「一人?」
「はい」
「好きなとこ座って」
窓際の席に座った。
メニューを見る。
珈琲、紅茶、軽食。
値段は良心的だ。
「決まった?」
「ブレンドで」
「了解」
男性がコーヒーを淹れ始めた。
手際がいい。
コーヒーを淹れる手が綺麗だった。指が長くて、動きに無駄がない。
淹れ方を見ているだけで、この人がプロだとわかる。
「はい、どうぞ」
目の前に置かれたコーヒーは、綺麗なクレマが浮いていた。
「ありがとうございます」
一口飲む。
おいしい。
東京のカフェより、ずっと丁寧に淹れてある。
「んー、神社の人?」
「え」
「巫女さんの袴、裾から見えてる」
しまった。
着替えずに来てしまった。
「はい。日向見神社の」
「ああ、さつきさんとこ。お孫さん?」
「そうです」
「俺、柊一颯。このカフェのオーナー」
一颯さんは人懐っこく笑った。
「3年前に東京から戻ってきて、去年この店始めたんだ」
「Uターンなんですね」
「そ。東京は肌に合わなくてさ」
同じだ、と思った。
私も東京では何者にもなれなかった。
「えっと、鈴原ひなたです」
「ひなたちゃんね。よろしく」
ちゃん付けだ。
馴れ馴れしい。
でも、嫌な感じはしない。
「神社、最近どう? 参拝客とか」
「まあまあ、です」
「そっか。うちと連携できたらいいなって前から思っててさ」
「連携?」
「御朱印もらった人にコーヒー割引とか。神社帰りに寄ってもらえたら嬉しいじゃん」
一颯さんは楽しそうに話し続けた。
「さつきさんには前に話したんだけど、孫に聞いてって言われて」
「祖母、何も言ってなかった」
「まあ、無理しなくていいよ。気が向いたら考えてくれれば」
押し付けがましくない。
でも、興味は本物みたいだ。
「少し、考えさせてください」
「うん。ゆっくりでいいから」
「そういえばさ」
一颯さんが、ふと思い出したように言った。
「うちに前から来てた常連さんでさ。銀髪の、感じのいい人がいたんだよね」
心臓が跳ねた。
「え」
「最近見ないんだけど、元気かなって。ひなたちゃん知らない? 神社にもよく行くって言ってたから」
「いえ、知らない、です」
声が震えなかっただろうか。
「そっか。まあ、いいんだけど」
一颯さんは特に気にした様子もなく、カウンターに戻っていった。
カフェを出るとき、一颯さんが声をかけてきた。
「また来てね。次はケーキ出すから」
「はい」
警戒心は薄れていた。
むしろ、また来てもいいかもしれない。
でも、なぜか少しだけ複雑な気持ちになった。
銀髪の常連客。
それが朔さんだったとしたら。
神社に戻ると、朔さんが鳥居のところにいた。
やっぱり待ってた。
「遅え」
「1時間くらいですよ」
「1時間半」
計ってたんだ。
「すみません。カフェに寄ってました」
「カフェ?」
朔さんの光輪が揺れた。
「木漏れ日って店です。最近できたみたいで」
「ふーん」
「店長さん、感じいい人でした」
「ふーん」
返事が素っ気ない。
光輪は青。
何か気に入らないことがあるらしい。
「神社と連携したいって言ってました。御朱印もらったらコーヒー割引とか」
「それは神社の判断だろ」
「そうですね」
「俺に報告することじゃねえ」
「はい」
なんだろう、この空気。
急に冷たくなった。
「コンビニスイーツ、見てきました」
話題を変える。
スマホを見せると、朔さんは少しだけ表情を緩めた。
「新作、プリンか」
「はい。期間限定って書いてありました」
「食いてえ」
「触れないって言ったの朔さんですよね」
「言った。言ったけど」
光輪が赤くなる。
やっぱり甘いもの好きなんだ。
「私が食べて、感想言いましょうか」
「いい」
「遠慮しないでください」
「遠慮じゃねえ」
朔さんはそっぽを向いた。
「お前の口から俺の食いたいもの食ってるの見たくねえだけだ」
どう反応すればいいのかわからない。
「なあ」
「はい」
「そのカフェの店長」
「一颯さんですか」
「名前呼びなんだ」
「え?」
「いや、なんでもない」
朔さんは大銀杏の方へ浮いていった。
背中が見える。
「町のこと、もっと教えろ。カフェ以外のことを」
光輪が、複雑な色に揺れていた。
青でも赤でも白でもない。
くすんでいて、濁っている。
見たことのない色だった。
自分でも理解できない感情。
それが何を意味するのか、私にはまだわからなかった。
でも、一颯さんが言っていた銀髪の常連客のことが、頭から離れなかった。
朔さんに声をかけると、大銀杏の下から返事があった。
「おう」
「何か欲しいものあります?」
「触れねえから意味ねえだろ」
「見るだけでも」
「コンビニスイーツの新作、あったら教えろ」
意外だ。
朔さん、甘いもの好きだったんだ。
「了解です」
鳥居をくぐって、石段を下りる。
振り返ると、朔さんが鳥居のところで立ち止まっていた。
出られない境界線。
その表情が少しだけ寂しそうで、私は慌てて手を振った。
「すぐ戻ります」
「別に待ってねえし」
光輪が青い。
待ってる。絶対待ってる。
朝霧町の商店街「霧通り」は、相変わらず寂れていた。
シャッターが下りた店が半分以上。
子供の頃はもっと賑やかだった気がする。
八百屋で野菜を買い、コンビニでスイーツの棚を確認した。
プリン、シュークリーム、ティラミス。
写真を撮っておこう。朔さんに見せるために。
歩いていると、見慣れない店があった。
古民家を改装したカフェ。
看板には「木漏れ日」と書いてある。
私がいない間にできたんだ。
少し休憩しよう。
扉を開けると、珈琲の香りが漂ってきた。
「いらっしゃい」
カウンターの中から、穏やかな声がした。
茶髪の垂れ目。
柔らかい笑顔。
エプロン姿の男性が、グラスを拭いていた。
「一人?」
「はい」
「好きなとこ座って」
窓際の席に座った。
メニューを見る。
珈琲、紅茶、軽食。
値段は良心的だ。
「決まった?」
「ブレンドで」
「了解」
男性がコーヒーを淹れ始めた。
手際がいい。
コーヒーを淹れる手が綺麗だった。指が長くて、動きに無駄がない。
淹れ方を見ているだけで、この人がプロだとわかる。
「はい、どうぞ」
目の前に置かれたコーヒーは、綺麗なクレマが浮いていた。
「ありがとうございます」
一口飲む。
おいしい。
東京のカフェより、ずっと丁寧に淹れてある。
「んー、神社の人?」
「え」
「巫女さんの袴、裾から見えてる」
しまった。
着替えずに来てしまった。
「はい。日向見神社の」
「ああ、さつきさんとこ。お孫さん?」
「そうです」
「俺、柊一颯。このカフェのオーナー」
一颯さんは人懐っこく笑った。
「3年前に東京から戻ってきて、去年この店始めたんだ」
「Uターンなんですね」
「そ。東京は肌に合わなくてさ」
同じだ、と思った。
私も東京では何者にもなれなかった。
「えっと、鈴原ひなたです」
「ひなたちゃんね。よろしく」
ちゃん付けだ。
馴れ馴れしい。
でも、嫌な感じはしない。
「神社、最近どう? 参拝客とか」
「まあまあ、です」
「そっか。うちと連携できたらいいなって前から思っててさ」
「連携?」
「御朱印もらった人にコーヒー割引とか。神社帰りに寄ってもらえたら嬉しいじゃん」
一颯さんは楽しそうに話し続けた。
「さつきさんには前に話したんだけど、孫に聞いてって言われて」
「祖母、何も言ってなかった」
「まあ、無理しなくていいよ。気が向いたら考えてくれれば」
押し付けがましくない。
でも、興味は本物みたいだ。
「少し、考えさせてください」
「うん。ゆっくりでいいから」
「そういえばさ」
一颯さんが、ふと思い出したように言った。
「うちに前から来てた常連さんでさ。銀髪の、感じのいい人がいたんだよね」
心臓が跳ねた。
「え」
「最近見ないんだけど、元気かなって。ひなたちゃん知らない? 神社にもよく行くって言ってたから」
「いえ、知らない、です」
声が震えなかっただろうか。
「そっか。まあ、いいんだけど」
一颯さんは特に気にした様子もなく、カウンターに戻っていった。
カフェを出るとき、一颯さんが声をかけてきた。
「また来てね。次はケーキ出すから」
「はい」
警戒心は薄れていた。
むしろ、また来てもいいかもしれない。
でも、なぜか少しだけ複雑な気持ちになった。
銀髪の常連客。
それが朔さんだったとしたら。
神社に戻ると、朔さんが鳥居のところにいた。
やっぱり待ってた。
「遅え」
「1時間くらいですよ」
「1時間半」
計ってたんだ。
「すみません。カフェに寄ってました」
「カフェ?」
朔さんの光輪が揺れた。
「木漏れ日って店です。最近できたみたいで」
「ふーん」
「店長さん、感じいい人でした」
「ふーん」
返事が素っ気ない。
光輪は青。
何か気に入らないことがあるらしい。
「神社と連携したいって言ってました。御朱印もらったらコーヒー割引とか」
「それは神社の判断だろ」
「そうですね」
「俺に報告することじゃねえ」
「はい」
なんだろう、この空気。
急に冷たくなった。
「コンビニスイーツ、見てきました」
話題を変える。
スマホを見せると、朔さんは少しだけ表情を緩めた。
「新作、プリンか」
「はい。期間限定って書いてありました」
「食いてえ」
「触れないって言ったの朔さんですよね」
「言った。言ったけど」
光輪が赤くなる。
やっぱり甘いもの好きなんだ。
「私が食べて、感想言いましょうか」
「いい」
「遠慮しないでください」
「遠慮じゃねえ」
朔さんはそっぽを向いた。
「お前の口から俺の食いたいもの食ってるの見たくねえだけだ」
どう反応すればいいのかわからない。
「なあ」
「はい」
「そのカフェの店長」
「一颯さんですか」
「名前呼びなんだ」
「え?」
「いや、なんでもない」
朔さんは大銀杏の方へ浮いていった。
背中が見える。
「町のこと、もっと教えろ。カフェ以外のことを」
光輪が、複雑な色に揺れていた。
青でも赤でも白でもない。
くすんでいて、濁っている。
見たことのない色だった。
自分でも理解できない感情。
それが何を意味するのか、私にはまだわからなかった。
でも、一颯さんが言っていた銀髪の常連客のことが、頭から離れなかった。
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