推しが神様になりまして

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神様にタグ付けはできない

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「ひなたさん、SNS!」

 社務所に入るなり、ちひろが声を上げた。

 朝から元気だ。

「おはよう、ちひろちゃん」

「おはようございます! で、SNS!」

「まだ返事してなかったね」

「考えてくれました?」

 考えた。

 昨夜、朔さんの態度が気になって眠れなかったから、ずっと考えていた。

「神社のアカウント、どういう運用を考えてるの?」

「やった、前向きですね!」

 ちひろが目を輝かせた。

「まずインスタです。この神社、めちゃくちゃ映えるんですよ。大銀杏とか、石段とか、手水舎とか」

「映える、か」

「あと御朱印! 今どき御朱印集めてる人多いじゃないですか。ハッシュタグで『長野神社巡り』とか『御朱印ガール』とか」

 ちひろの勢いが止まらない。

「投稿は誰がするの」

「私がやります! 写真撮るの得意なんで」

「内容は私がチェックしていい?」

「もちろん! え、それってOKってことですか?」

「一応、確認したい人がいるから」

「確認? さつきさんですか?」

「いや、その」

 言葉に詰まった。

 神様に確認を取りたい、とは言えない。

「とにかく、少し待って」

 境内に出ると、朔さんは大銀杏の下にいた。

 昨日と同じ場所。

 光輪は白。

 平静を装っているのだと、なんとなくわかった。

「朔さん」

「何だ」

 声は普通だ。

 でも、こちらを見ない。

「SNSの話なんですけど」

「ああ、あのうるさい奴が言ってたやつ」

「神社のアカウントを作ろうかと」

 朔さんがようやくこちらを向いた。

「お前が?」

「ちひろちゃんが投稿して、私がチェックする形で」

「ふうん」

 興味がなさそうに見えて、光輪が少し揺れた。

「SNSって、参拝者増えるのか」

「うまくいけば」

「参拝者が増えると、俺の力も強くなるんだよな」

「はい。逆に、変な投稿が増えると」

「姿が歪む」

 朔さんが眉をひそめた。

「それは勘弁してくれ」

「だから私が管理します。解釈違いの投稿は防ぎます」

「解釈違い」

「朔さんのイメージと違う内容が広まると危険なので」

 朔さんが少し笑った。

 珍しい。

「お前、ファン時代もそういうことやってたのか」

「検索避けとか、風評被害対策とか」

「怖え」

「推しを守るのは基本です」

「俺、推しから神様に昇格したんだったな」

「降格かもしれません」

「どっちだよ」

 光輪が淡い青に染まった。

 照れ隠しだ。

「まあ、お前が管理するなら、いいんじゃねえの」

「ありがとうございます」

「感謝されることじゃねえ」

 朔さんはそっぽを向いた。

 許可は出た。

 でも、もう一つ聞きたいことがあった。

「朔さん」

「まだ何かあるのか」

「昨日、カフェで聞いたんですけど」

 朔さんの肩が、わずかに強張った。

 気のせいだろうか。

「店長さんが、常連客の話をしてて」

「ふうん」

「銀髪の人が来てたって」

 光輪が揺れた。

 白から、薄い灰色へ。

「神社にもよく行くって言ってたらしいんです」

「それで?」

「朔さん、生前にここに来たこと、ありますか」

 沈黙。

 朔さんは答えなかった。

 代わりに、こめかみを押さえた。

「わからねえ」

「え?」

「記憶が曖昧だって言っただろ」

「でも、この神社が落ち着くって」

「言った。言ったけど、理由がわからねえんだよ」

 光輪が不規則に明滅している。

 見たことのないパターンだった。

「俺がここに来てたとしても、今の俺には関係ねえ」

「でも」

「いいだろ、その話は」

 声が少し荒くなった。

 これ以上は聞けない。

 朔さんが避けているのか、本当に思い出せないのか。

 私には判断がつかなかった。

「すみません」

「謝んな」

 朔さんは浮いたまま、大銀杏の幹に背を預けた。

「SNS、うまくやれよ」

「はい」

「変な投稿されたら、お前のせいだからな」

「わかってます」

 社務所に戻ると、ちひろが待ちかねた顔で立っていた。

「どうでした?」

「やっていいって」

「やった!」

 ちひろが飛び跳ねた。

「じゃあ早速アカウント作りましょう! 名前どうします? 『日向見神社公式』とか?」

「もう少し柔らかい名前がいいかも」

「じゃあ『ひなたみ神社』! ひらがなで!」

「それだと私の名前みたい」

「あ、確かに」

 ちひろが笑った。

 私もつられて笑った。

 朔さんのことが、頭から離れなかったけれど。

 夕方、境内を掃除していたら、スマホが震えた。

 一颯さんからだ。

『カフェの連携の件、また相談させてね』

 返信を打とうとして、手が止まった。

 朔さんの光輪が、視界の端で揺れている。

 今日一日、ずっとくすんだ色のままだった。

 銀髪の常連。

 カフェの店長。

 朔さんの記憶。

 何かが繋がりそうで、繋がらない。

 私はスマホをポケットにしまった。

「ひなたさーん、最初の投稿、これでどうですか!」

 ちひろの声が聞こえる。

 返信は、後でいい。
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