推しが神様になりまして

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いいねは神様に届かない

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「できました!」

 ちひろがスマホを突き出してきた。

 画面には、朝日を浴びた大銀杏の写真。

 確かに綺麗だ。

「これが最初の投稿案です」

「見せて」

 私はスマホを受け取った。

 背後に気配を感じる。

 朔さんだ。

 浮いたまま、私の肩越しに画面を覗き込んでいる。

「キャプションは何て書くの」

「えっと、『朝霧町の隠れパワースポット、日向見神社。樹齢800年の大銀杏が見守る、縁結びの聖地』みたいな感じで」

 朔さんの光輪が揺れた。

 何か言いたそうだ。

「ちょっと待って」

「え、ダメでした?」

「縁結びって、そういう御利益あったっけ」

「えー、でも神社って大体縁結びじゃないですか」

 朔さんが小さく舌打ちした。

 ちひろには聞こえない。

「日向見大神は『縁を視る神』だから、結ぶかどうかは別かも」

「そうなんですか? じゃあ何がいいですかね」

「『縁を見通す』とか」

「おお、なんかそっちの方がミステリアスでいいかも!」

 ちひろが目を輝かせた。

 朔さんが小さく頷く。

 よかった、これでいいらしい。

「写真はこれでいい?」

「はい! 朝6時に来て撮りました!」

「早いね」

「光の加減が違うんですよ、朝と昼で」

 ちひろの熱意はすごい。

 朔さんが呟いた。

「こいつ、案外わかってんな」

 聞こえてたら喜ぶだろうに。

 初投稿は無事に完了した。

 ちひろは「反応楽しみですね!」と言いながら帰っていった。

 境内に静けさが戻る。

「朔さん」

「何だ」

「さっき、ありがとうございました」

「何が」

「キャプションの件」

「別に。解釈違いになったら困るのは俺だし」

 朔さんはそっぽを向いた。

 光輪は白。

 落ち着いているようだ。

 私はスマホを取り出した。

「あの、一颯さんへの返信なんですけど」

 朔さんの肩が、わずかに強張った。

「連携の件、進めていいですか」

「好きにしろ」

「内容、確認してもらえますか」

「なんで俺に」

「朔さんも関係者なので」

 朔さんは浮いたまま、こちらを見た。

「関係者って何だよ」

「この神社の、その」

「神様だろ」

「はい」

「神様は経営に口出さねえよ」

「でも」

 私は引き下がらなかった。

「朔さんが嫌なら、やめます」

 沈黙。

 朔さんの光輪が、薄い青に変わった。

「別に嫌じゃねえ」

「本当ですか」

「うるせえな。やるならやれよ」

「じゃあ、返信しますね」

「ああ」

 私は返信を打ち始めた。

 御朱印とカフェの割引連携、まずは試験的に。

 送信ボタンを押す直前、朔さんが言った。

「あいつの店」

「はい?」

「毎回行く必要ねえからな」

 声が小さい。

「打ち合わせは必要かもしれません」

「電話でいいだろ」

「顔見て話した方が」

「お前、顔見て話すの苦手だろ」

 図星だった。

「苦手です。でも仕事なので」

「仕事ね」

 朔さんの光輪が、くすんだ色に揺れた。

 また、あの色だ。

 何か言いたいのだろうか。

 でも、聞けなかった。

 夕方、SNSに反応が出始めた。

「朔さん、いいねが17件です」

「いいね」

「反応のことです」

「知ってる。俺だってSNSくらいやってた」

 そうだった。

 朔さんは現役時代、公式アカウントを持っていた。

 投稿は事務所が管理していたけれど、たまに本人が書いたと思しきものがあった。

 素っ気ない文章。

 でも、ファンはそれを読み解くのが好きだった。

「17か」

「少ないですか?」

「初日ならそんなもんじゃね」

「朔さんのアカウント、フォロワー何人でしたっけ」

「50万」

「桁が違いますね」

「比べんな」

 朔さんが呆れた顔をした。

 でも、光輪が少しだけ明るい。

「コメントも来てます。『素敵な神社ですね』って」

「ふうん」

「『行ってみたい』って人もいます」

「来たら参拝しろよ」

「します、たぶん」

 朔さんは大銀杏を見上げた。

「参拝者が増えたら、俺の力も強くなるんだよな」

「はい」

「じゃあ、もっと増やせ」

「頑張ります」

「頑張るのはあのうるさい奴だろ」

「ちひろちゃんです」

「名前覚えてる」

 朔さんの光輪が、ほんの少し赤くなった。

 一瞬だった。

 すぐに白に戻る。

 スマホが震えた。

 一颯さんからだ。

『ありがとう! 来週、時間ある時に詳しく話そう』

 返信を打とうとしたら、朔さんが浮いて離れていった。

「俺は本殿にいる」

「え、はい」

「返事、急がなくていいからな」

 背中が見える。

 光輪は白。

 でも、どこか寂しそうに見えた。

 私は返信を打つ手を止めた。

 急がなくていい。

 朔さんがそう言うなら、そうする。
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