推しが神様になりまして

チャビューヘ

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連携と常連の記憶

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 カフェ「木漏れ日」は、平日の昼前で空いていた。

「いらっしゃい」

 一颯さんがカウンターから手を振った。

「今日はありがとうございます」

「こっちこそ。座って、コーヒー淹れるから」

 窓際の席に座った。一颯さんがコーヒーを持ってきて、向かいに座る。

「じゃあ、具体的な話しようか」

 一颯さんはノートを開いた。

「御朱印持ってきた人に、ドリンク50円引き。どうかな」

「いいと思います」

「期間は?」

「まず1ヶ月で様子見ませんか」

「だね。あと、うちにチラシ置かせてもらえると嬉しい」

「それは祖母に確認します」

「ポスターも作るつもりなんだ。神社の写真、使わせてもらえたら」

「ちひろちゃんの撮った写真がありますけど」

「いいね。見せてもらってもいい?」

 私はスマホを取り出して、SNSの画面を見せた。

「すごい。光の加減がいいな」

「朝6時に撮ったらしいです」

「本気だな。この子すごいよ」

 一颯さんは感心したように頷いた。

 話がひと段落したところで、一颯さんがコーヒーを一口飲んでから言った。

「そういえばさ」

「はい」

「この前話した常連さんのこと、もう少し思い出してさ」

 胸の奥がざわついた。

「半年くらい前から来なくなったんだけど、あの人、月に1回か2回、決まって来てたんだよね」

 半年前。朔さんが亡くなったのは、半年前だ。

「いつも同じ席で、難しそうなハードカバーを読んでた」

 一颯さんは窓の外を見た。

「俺が話しかけても、本から顔上げないこともあったけど。でも、コーヒーおかわりする時だけ、ちゃんと『ありがとう』って言ってくれるんだ」

 それは、朔さんに似ている。素っ気ないけど、礼儀は欠かさない。

「なんていうか、遠い感じの人だった。でも嫌な感じじゃなくて」

「遠い感じ」

「うん。ここにいるのに、どこか別の場所を見てるような」

 一颯さんは笑った。

「神社のこと、好きだったみたい。落ち着くって言ってた」

「落ち着く」

「うん。最後に来た日のこと、覚えてる」

「え」

「なんか、すごく穏やかな顔してたんだよね。安心してるような」

 呼吸を忘れた。

「で、帰り際に言ったんだ。『この店、いい店だな』って。そんなこと一度も言ったことなかったのに」

 一颯さんは笑った。

「嬉しかったなあ。常連さんに認めてもらえた気がして」

 私は何も言えなかった。

 朔さんは、最後にこの店に来ていた。安心した顔で。そして、いなくなった。

 帰り道、石段を登りながら考えた。

 朔さんに、この話をするべきだろうか。でも、朔さんは記憶がないと言っていた。思い出せないことを、無理に思い出させるのは酷ではないか。

 鳥居をくぐると、朔さんが待っていた。

「遅かったな」

「すみません」

「打ち合わせ、どうだった」

「決まりました。御朱印持ってきた人にドリンク割引です」

「ふうん」

「ポスターも作ることになりました」

「そうか」

 朔さんの視線が、ちらりと私を見た。

「何かあったか」

「え」

「顔色、変だぞ」

 隠せなかったか。

「別に、何もないです」

 朔さんは黙って私を見ている。光輪が、薄い灰色に揺れていた。何か感じ取っているのだろう。でも、追及してこない。

「ポスター、できたら見せろ」

「はい」

「俺が映ってないか、確認する」

「映らないですよ。見えないんですから」

「念のためだ」

 朔さんはそっぽを向いた。光輪が、少しだけ穏やかな白に戻っていく。

 夕方、社務所に戻ると、ちひろが興奮した顔で待っていた。

「ひなたさん、見てください」

 スマホを突き出してきた。

「フォロワー、200人超えました」

「え、もう?」

「御朱印の投稿がバズったんです。リポストが30件超えて」

 ちひろは画面をスクロールしながら続けた。

「『字が綺麗』『行ってみたい』ってコメントがすごいんですよ」

 確かに、コメントが並んでいる。朝霧町がどこか聞いている人もいた。

「場所、教えていいですか」

「いいよ」

「よっしゃ」

 ちひろは嬉しそうに出ていった。

 窓から境内が見えた。

 朔さんが大銀杏の下にいる。今日は、輪郭が少しはっきりしている気がする。いつもより透け感が減っている。

 フォロワーが増えたせいだろうか。参拝者も、少しずつ増えている。SNSで見たという人が、昨日も2組来ていた。

 一颯さんから聞いた話が、頭から離れない。

 銀髪の常連。難しそうな本を読んでいた人。神社が落ち着くと言っていた人。

 それが朔さんだったとしたら。

 私はまだ、それを伝えられないでいた。
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