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青い背表紙
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あの日から、朔さんは毎日ベンチに座るようになった。
午後の決まった時間。本殿の裏で、目を閉じて、じっとしている。私は少し離れた場所で掃除をしながら、時々そちらを見る。
ベンチに座り始めて、三日目。
「おい」
声をかけられた。振り向くと、朔さんがいた。
「今日はどうでしたか」
「少し見えた」
私は箒を止めた。
「見えた?」
「本が」
朔さんの光輪が、わずかに揺れている。
「青い背表紙の、厚い本。読んでた気がする」
「どんな本でしたか」
「わかんねえ。色だけ。でも、確かに見えた」
一颯さんが言っていた。銀髪の常連さんは、いつも難しそうなハードカバーを読んでいたと。
「タイトルは」
「見えなかった。掴もうとしたら消えた」
朔さんは自分の頭を押さえた。
「いつもそうだ。掴もうとすると消える」
「焦らなくていいと思います」
「わかってる」
朔さんはそっぽを向いた。
「わかってるけど、気持ち悪いんだよ。自分のことなのに」
私は何も言えなかった。朔さんは、自分を取り戻そうとしている。私にできるのは、待つことだけだ。
夕方、ちひろがやってきた。
「ひなたさん、本殿裏、最近よく掃除してますよね」
「え」
「落ち葉とか綺麗になってて」
ちひろは不思議そうな顔をしていた。
「あの辺り、雰囲気ありますよね。今度、映える写真撮れないかな」
「やめて」
「えー」
ちひろは不満そうに唇を尖らせた。
「雰囲気あるのに、もったいないですよ」
私は曖昧に笑った。雰囲気。そういう問題では、ない。
窓から境内が見えた。
朔さんが大銀杏の下にいる。昨日より、輪郭がはっきりしている。透け感が減って、まるで生きている人間のように見える瞬間がある。
光輪の色も、深みが増している。
参拝者が増えて、朔さんの力が強まっている。そして、朔さんは少しずつ、自分を思い出そうとしている。
全部、繋がっている。
夜、布団の中で考えた。
青い背表紙の本。
朔さんは、何を読んでいたのだろう。
誰にも邪魔されない場所で、一人で、厚い本を読む。
それが、朔さんにとっての逃げ場だったのかもしれない。
アイドルとして、8年間。ずっと見られ続けてきた。
でも、あのベンチでは、誰にも見られなかった。
だから、落ち着けた。
朔さんの「落ち着く」の正体が、少しだけ見えた気がした。
午後の決まった時間。本殿の裏で、目を閉じて、じっとしている。私は少し離れた場所で掃除をしながら、時々そちらを見る。
ベンチに座り始めて、三日目。
「おい」
声をかけられた。振り向くと、朔さんがいた。
「今日はどうでしたか」
「少し見えた」
私は箒を止めた。
「見えた?」
「本が」
朔さんの光輪が、わずかに揺れている。
「青い背表紙の、厚い本。読んでた気がする」
「どんな本でしたか」
「わかんねえ。色だけ。でも、確かに見えた」
一颯さんが言っていた。銀髪の常連さんは、いつも難しそうなハードカバーを読んでいたと。
「タイトルは」
「見えなかった。掴もうとしたら消えた」
朔さんは自分の頭を押さえた。
「いつもそうだ。掴もうとすると消える」
「焦らなくていいと思います」
「わかってる」
朔さんはそっぽを向いた。
「わかってるけど、気持ち悪いんだよ。自分のことなのに」
私は何も言えなかった。朔さんは、自分を取り戻そうとしている。私にできるのは、待つことだけだ。
夕方、ちひろがやってきた。
「ひなたさん、本殿裏、最近よく掃除してますよね」
「え」
「落ち葉とか綺麗になってて」
ちひろは不思議そうな顔をしていた。
「あの辺り、雰囲気ありますよね。今度、映える写真撮れないかな」
「やめて」
「えー」
ちひろは不満そうに唇を尖らせた。
「雰囲気あるのに、もったいないですよ」
私は曖昧に笑った。雰囲気。そういう問題では、ない。
窓から境内が見えた。
朔さんが大銀杏の下にいる。昨日より、輪郭がはっきりしている。透け感が減って、まるで生きている人間のように見える瞬間がある。
光輪の色も、深みが増している。
参拝者が増えて、朔さんの力が強まっている。そして、朔さんは少しずつ、自分を思い出そうとしている。
全部、繋がっている。
夜、布団の中で考えた。
青い背表紙の本。
朔さんは、何を読んでいたのだろう。
誰にも邪魔されない場所で、一人で、厚い本を読む。
それが、朔さんにとっての逃げ場だったのかもしれない。
アイドルとして、8年間。ずっと見られ続けてきた。
でも、あのベンチでは、誰にも見られなかった。
だから、落ち着けた。
朔さんの「落ち着く」の正体が、少しだけ見えた気がした。
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