【完結】皇帝との密会映像が、手違いで全世界に流出しました ~「拷問されている」と元婚約者が騒いでいますが、これただの溺愛です~

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その映像は、全世界に流出した

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【帝国歴史省 公式記録文書 第7824号】

 帝国歴四〇三年、秋。
 隣国フローレンス王国より、一人の令嬢が追放された。
 罪状は「王太子への不敬」「聖女への暴言」「国家反逆の意図」。
 処刑こそ免れたものの、彼女は国境を越え、我がヴァルトシュタイン帝国へと流れ着いた。

 彼女の名は、ティアラ。
 公爵家の一人娘にして、かつてはフローレンス王国の次期王妃候補。
 現在は──我が帝国、皇帝陛下の「庇護下」にある。

 以下の記録映像は、本来、帝国内の極秘資料として厳重に管理されるはずであった。
 しかし。
 ある日、一通の魔導通信が「誤送信」された。
 宛先は、全世界の通信水晶。

 これは、その記録である。

-----

【映像ログ001】
送信日時:帝国歴四〇三年 秋 第三の月 15日 深夜2時34分
撮影場所:ヴァルトシュタイン帝国 皇帝私室
撮影者:帝国記録官 ハインリヒ

-----

    (映像開始)

 暖炉の炎が、ゆらゆらと揺れている。
 画面の端には、高価そうな絨毯と、天蓋付きの寝台。
 これは──皇帝陛下の私室だ。

 そして、画面中央。

 ソファに座る銀髪の男がいた。
 切れ長の瞳は氷のように冷たく、端正な顔立ちには一切の感情がない。
 ヴァルトシュタイン帝国皇帝、ジークハルト。
 周辺国から「氷の皇帝」「血も涙もない暴君」と恐れられる男である。

 その膝の上に。
 蜂蜜色の髪をした令嬢が、すやすやと眠っていた。

「……ん」

 令嬢が小さく身じろぎをする。
 すると、皇帝の表情が──変わった。

「寒いか?」

 声が、甘い。
 あの「氷の皇帝」の声が、蜂蜜のように甘い。

 皇帝は傍らのブランケットを手に取り、令嬢の肩にそっとかけた。
 その動作の丁寧さときたら。
 まるで、世界で最も壊れやすいガラス細工を扱うかのようだ。

「……もう少し、こちらへ」

 皇帝は令嬢の頭を、そっと自分の膝の中央に移動させた。
 髪を撫でる。
 何度も、何度も。

 ──これが、「氷の皇帝」?

 画面の端で、記録官の手が震えているのが分かる。

    (ワイプ画面:記録官の表情──完全に固まっている)

 と、そのとき。

「……陛下」

 令嬢が薄く目を開けた。
 翠色の瞳が、皇帝を見上げる。

「起こしてしまったか。すまない」
「いいえ。……あら、ここ、陛下の膝の上ですわね」
「うむ」
「最初、書斎のソファでしたのに」
「運んだ」
「まあ」

 令嬢──ティアラは、くすりと笑った。

「陛下。私、自分で歩けますのよ?」
「知っている」
「では、なぜ?」
「運びたかった」

 真顔である。
 帝国最強の皇帝が、真顔で「運びたかった」と言っている。

「……そうですか」

 ティアラは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに目を細めた。

「陛下は、相変わらずですわね」
「うむ。お前が来てから、余は相変わらず最高に幸福だ」
「……っ」

 ティアラの頬が、ほんのり赤く染まった。
 彼女は慌てて顔を背ける。

「な、何を急に。からかっているのでしょう」
「事実を述べただけだ」
「事実だとしても、そう簡単に言わないでくださいまし」
「なぜ?」
「なぜって……」

 ティアラは言い淀んだ。
 視線があちこちに泳ぐ。

「……その。心臓に、悪いですから」
「心臓?」

 皇帝の眉がわずかに動いた。
 次の瞬間、彼は真剣な顔でティアラの額に手を当てた。

「体調が悪いのか? 医師を呼ぶか?」
「違います! そういう意味ではなく!」
「では、どういう意味だ」
「だ、だから……っ」

 ティアラは真っ赤な顔で起き上がり、皇帝の胸を軽く叩いた。

「陛下の言葉が、嬉しすぎて困るという意味です!」

 沈黙。

 皇帝の瞳が、ゆっくりと見開かれた。
 そして。

「……そうか」

 その声は、先ほどよりもさらに甘かった。
 いや、もはや甘いを通り越して、とろけそうだ。

「余の言葉が、嬉しいか」
「……はい」
「そうか」
「何度も確認しないでください」
「確認したい。もう一度言ってくれ」
「言いません」
「なぜ」
「陛下が調子に乗るからです」
「乗らない」
「今、もう乗っていますわ」

    (映像が少し揺れる──記録官が笑いを堪えている模様)

 皇帝は不満そうに眉を寄せた。
 しかし、その口元は微かに緩んでいる。

「……ティアラ」
「はい」
「余は、お前が幸せそうだと嬉しい」
「……」
「お前が笑うと、余も笑いたくなる」
「……陛下」
「お前がここにいてくれるだけで、余の世界は完璧だ」

 ティアラは両手で顔を覆った。
 耳まで真っ赤だ。

「……ずるい」
「何が?」
「そうやって、私をこんな気持ちにさせて……」
「どんな気持ちだ?」

 皇帝は、本当に分からないという顔をしている。
 天然なのか、計算なのか。
 おそらく、天然だ。

「……っ、もう! 陛下のばかっ!」

 ティアラは皇帝の胸に顔を埋めた。
 皇帝は満足そうに彼女の頭を撫でる。

「うむ。余はばかだ。お前のばかだ」
「そういう返しをするから、余計に困るんですっ」

    (映像終了)

-----

【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ】

 ……何を見せられているんだ、私は。

 いや、記録官として、皇帝陛下の日常を記録するのは職務だ。
 分かっている。分かっているのだが。

 隣国では「悲劇の悪女」として語られ、
 我が国では「皇帝に囚われた可哀想な令嬢」と同情されているティアラ嬢が、
 まさかこんな……こんな……。

 いや、待て。
 逆に、陛下だ。
 陛下こそ、何だあれは。

 「氷の皇帝」?
 「血も涙もない暴君」?

 嘘だ。
 全部嘘だ。
 あれはただの、重度の愛妻家だ。
 溺愛の権化だ。

 そして、問題がある。
 大問題がある。

 今、私の手元には「送信完了」の通知が届いている。
 送信先は……「全世界通信水晶(公開設定)」。

 は?

 待て待て待て。
 なぜだ。
 私は確かに「帝国内限定」を選択したはず……。

 ……あ。

 「全」と「帝」。
 魔導文字の形が似ている。
 押し間違えた。

 押し間違えた???

    ──終わった。
     私の人生は、今、終わった。

-----

【同時刻 世界各地の反応】

-----

【フローレンス王国 王城】

    ──バンッ!

「何だこれはァァァァァァ!!」

 フローレンス王国王太子、アルベルトは、通信水晶を床に叩きつけた。
 しかし、映像は止まらない。
 全世界同時配信である。消す手段はない。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!」
「殿下、落ち着いてください!」
「落ち着けるかァ!!」

 アルベルトは頭を抱えた。
 彼がティアラを追放したのは、つい先月のこと。
 理由は「聖女マリアこそが真の婚約者」と確信したからだ。

 だが、今、目の前の映像では。
 あの冷酷で有名な氷の皇帝が、ティアラを膝に乗せて撫でている。
 甘い言葉を囁いている。
 ティアラも、幸せそうに笑っている。

「拷問……されているはずだろう!?」

 アルベルトは叫んだ。
 そう、彼はそう聞いていたのだ。
 「氷の皇帝に囚われた令嬢は、毎日拷問を受けている」と。

「拷問どころか、ベタベタに甘やかされているではないか!!」
「お、落ち着いてください殿下……」
「うるさい! あいつは俺に捨てられて不幸になるはずだったんだ!!」

 その声は、城中に響き渡った。

 そして。
 その様子を、壁際でじっと見つめる影があった。

 聖女マリア。
 純白のドレスに身を包んだ、柔らかな微笑みを浮かべた少女。

 ──その瞳の奥が、ぎらりと光った。

「……ふふ」

 小さく、誰にも聞こえないほど小さく。
 彼女は笑った。

-----

【ネルヴァス商業連合 酒場にて】

「おい、見たか今の!」
「見た見た! 氷の皇帝が女にデレデレじゃねぇか!」
「しかもあれ、追放された悪役令嬢だろ? フローレンスの」
「悪役令嬢? いや、どう見ても愛されまくってんだけど」
「だよな! 俺もあんな風に甘やかされてぇ!」
「お前じゃ無理だろ」
「うるせぇ」

 ガヤガヤと笑い声が響く。
 酒場の片隅では、吟遊詩人がすでに新曲を書き始めていた。

 タイトルは『氷が溶けた夜』。
 三日後には大陸中で大流行することになる。

-----

【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 深夜の掲示板】

-----

【緊急】陛下の映像が流出してる件

1:名無しの帝国民
 は??????

2:名無しの帝国民
 なにこれ
 なにこれなにこれなにこれ

3:名無しの帝国民
 陛下がデレてる……

4:名無しの帝国民
 デレてるとかいうレベルじゃない
 完全に恋する乙女

5:名無しの帝国民
 乙女は言い過ぎ

6:名無しの帝国民
 >>5
 じゃあなんて言うんだよ

7:名無しの帝国民
 >>6
 ……恋する暴君?

8:名無しの帝国民
 変わんねぇよ

9:名無しの帝国民
 てか、あの令嬢さん可愛くない??

10:名無しの帝国民
 >>9
 わかる
 フローレンス何考えて追放したの?

11:名無しの帝国民
 聖女がどうとか言ってなかった?

12:名無しの帝国民
 聖女ねぇ……
 この映像見た後だと微妙な気持ちになるわ

13:名無しの帝国民
 つーか陛下
 「お前がここにいてくれるだけで余の世界は完璧」
 とか言ってんの
 いや森生える

14:名無しの帝国民
 >>13
 森どころか大森林

15:名無しの帝国民
 世界樹生えた

16:名無しの帝国民
 令嬢が「ばかっ」って言った時の陛下の顔
 あれ見た?

17:名無しの帝国民
 見た
 完全に嬉しそうだった

18:名無しの帝国民
 氷の皇帝とは

19:名無しの帝国民
 氷(融解済み)の皇帝

20:名無しの帝国民
 溶けすぎて蒸発してる

21:名無しの帝国民
 てか、これ全世界に配信されてんだろ?
 明日どうなんの?

22:名無しの帝国民
 さあ……

23:名無しの帝国民
 記録官、生きてるかな

24:名無しの帝国民
 やめろ
 笑えない

25:名無しの帝国民
 いや、でもこれ
 ある意味、最高の宣伝じゃね?

26:名無しの帝国民
 >>25
 どういう意味?

27:名無しの帝国民
 >>26
 考えてみろよ
 「冷酷な皇帝が、追放令嬢をこんなに大切にしてる」
 これ、帝国の名声が天まで届くだろ

28:名無しの帝国民
 た、確かに……

29:名無しの帝国民
 逆にフローレンスの面目は地に落ちたな

30:名無しの帝国民
 ざまぁ

31:名無しの帝国民
 ざまぁ

32:名無しの帝国民
 まあ、でも
 陛下がこの映像見たら、どうなるか……

33:名無しの帝国民
 記録官、女神の御許へ

34:名無しの帝国民
 安らかに眠れ

35:名無しの帝国民
 ……でも、なんか
 陛下が幸せそうで、よかったな

36:名無しの帝国民
 >>35
 わかる
 なんか、ほっこりした

37:名無しの帝国民
 俺たちの陛下が、こんなに笑うなんて

38:名無しの帝国民
 令嬢さん、ありがとう……

39:名無しの帝国民
 これは、令嬢推しになるわ

40:名無しの帝国民
 新たな崇拝者がここに誕生した

-----

【翌朝 ヴァルトシュタイン帝国 皇帝執務室】

-----

「──で」

 皇帝ジークハルトの声が、執務室に響いた。
 低く、冷たく、地の底から響くような声。

 記録官ハインリヒは、床に額をこすりつけていた。
 人生で最も長い土下座である。

「貴様は、余の私室の映像を」
「は、はい」
「全世界に」
「……はい」
「配信した、と」
「申し訳ございませんっっっ!!」

 ハインリヒの声が裏返った。
 完全に泣いている。

「弁明の余地もございません! どのような罰でもお受けいたします! 処刑でも追放でも何でも!」
「…………」

 沈黙。
 長い、長い沈黙。

 ハインリヒは死を覚悟した。
 いや、死よりも恐ろしいことが待っているかもしれない。
 なにせ相手は「氷の皇帝」。
 どんな残酷な刑罰が待っているか──

「ティアラ」

 皇帝が、隣の椅子に座る令嬢に声をかけた。

「はい、陛下」
「お前は、どう思う」

 ティアラは、優雅にティーカップを置いた。
 昨夜の映像の当事者であるにもかかわらず、彼女は涼しい顔をしている。

「そうですわね……」

 彼女は小首をかしげた。
 翠色の瞳が、かすかに笑っている。

「あら、良い宣伝になったのではなくて?」
「……宣伝?」
「ええ」

 ティアラは微笑んだ。
 それは、公爵令嬢にふさわしい、完璧に上品な微笑み。
 しかし、その目の奥には──何か、底知れないものがあった。

「陛下が私を大切にしてくださることが、世界中に知れ渡りましたわ」
「うむ」
「つまり、私に手を出そうとする不届き者は、陛下を敵に回すということ」
「……なるほど」
「フローレンスの愚か者たちも、少しは考えるでしょう」

 ティアラは窓の外を見た。
 朝日が、彼女の蜂蜜色の髪を輝かせている。

「それに」
「それに?」
「……私も、嬉しかったですから」
「何が」
「陛下のお言葉が、世界中に届いたこと」

 その声は、わずかに震えていた。

「私は、悪役令嬢と呼ばれてきました。国を追われ、罵られ、石を投げられました」

 ティアラの指先が、わずかに震える。
 しかし、彼女はすぐにそれを隠した。

「でも、陛下は。陛下だけは、私を大切にしてくださる。それが、世界中に証明されたんです」

 沈黙。

 皇帝の瞳が、静かに揺れた。

「……ティアラ」
「はい」
「余は、お前のためなら世界を敵に回せる」
「存じております」
「だが、その必要はない」
「え?」

 皇帝は立ち上がった。
 そして、窓際に立つティアラの傍に歩み寄る。

「余が、世界を味方につける」
「……陛下」
「お前を傷つけた者には、相応の報いを与える。お前を愛する者には、相応の恩恵を与える」

 皇帝の手が、ティアラの頬に触れた。

「お前は、余の隣で笑っていればいい」

 ティアラの目に、涙が浮かんだ。
 しかし、彼女はすぐにそれを拭い、笑った。

「……陛下は、本当にずるいですわね」
「うむ。お前のためなら、いくらでもずるくなる」

    (記録官、この光景を記録しながら号泣中)

-----

 こうして。
 「氷の皇帝の誤送信」事件は、世界中を駆け巡った。

 ある者は笑い、ある者は涙し、ある者は怒り狂った。
 しかし、誰もが一つのことを理解した。

 ──あの「氷の皇帝」は、一人の令嬢を、狂おしいほどに愛している。

 そして。
 これは、ほんの始まりに過ぎなかった。

-----

【極秘ログ──送信者不明】

-----

記録日時:帝国歴四〇三年 秋 第三の月 15日 深夜3時00分
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]

-----

    (音声のみ)

「……ふふ」

 女の声。
 甘く、穏やかで、どこか楽しげな声。

「全世界配信、成功ですわね」

 くすくすと、笑い声が響く。

「まさか、本当に『全』と『帝』を押し間違えてくださるとは。記録官殿は、とても優秀ですわ」

 声が、少しだけ低くなる。

「さて。次は、どの映像を『流出』させましょうか」

 ノイズ。
 そして──

「あら、陛下。どうかなさいまして?」

 声が、一瞬で上品な令嬢のものに変わる。

「……いや、今、誰かと話していなかったか?」
「まあ、陛下ったら。私、独り言を言う癖がありますの。お恥ずかしい」
「そうか。……可愛いな」
「もう、陛下ったら」

 甘いやり取りが続く。
 しかし。

 映像の端、ほんの一瞬だけ。
 令嬢の唇が、意味深に弧を描いた。

    (ログ終了)
    (このファイルは自動消去されました)

-----

【次回予告】

「追放令嬢救出作戦」と銘打たれた、元婚約者による奇襲計画が発動。
しかし、帝国の「自動防衛システム」が、予想外の方法で彼らを迎え撃つ。

その様子は──もちろん、全世界に生中継された。

第2話「救出作戦は、全世界に中継された」
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