【完結】皇帝との密会映像が、手違いで全世界に流出しました ~「拷問されている」と元婚約者が騒いでいますが、これただの溺愛です~

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救出作戦は、全世界に中継された

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【フローレンス王国 緊急軍事会議 議事録】

 帝国歴四〇三年 秋 第三の月 17日
 出席者:王太子アルベルト、近衛騎士団長ガルシア、聖女マリア

 議題:ティアラ嬢救出作戦について

-----

 アルベルト王太子より、以下の発言があった。

「あの映像は捏造だ。帝国の情報操作に決まっている」

 近衛騎士団長ガルシアが異議を唱えた。

「しかし殿下。映像の解析結果では、改変の痕跡は……」

「黙れ! あれは偽物だ!」

 王太子は机を叩いた。
 議事録担当官は、震える手で記録を続けた。

「ティアラは今も拷問を受けているに違いない。あの笑顔は、強制されたものだ」

 聖女マリアが、静かに口を開いた。

「殿下のお気持ち、よく分かりますわ」

 その声は、春のそよ風のように優しかった。

「ティアラ様は、きっと殿下のお迎えを待っているはずです」

「マリア……!」

「私、信じていますの。殿下こそが、ティアラ様の真の救い主だと」

 王太子の目に、光が宿った。

「そうだ。俺がティアラを救うのだ。氷の皇帝などに、俺の元婚約者を渡してたまるか!」

 かくして。
 「追放令嬢救出作戦」は、正式に発動された。

 ──なお、この議事録は後日、何者かによって流出することになる。

-----

【帝国歴史省 公式記録文書 第7825号】

 帝国歴四〇三年 秋 第三の月 20日。
 フローレンス王国より、正体不明の武装集団が帝国国境を侵犯した。

 彼らは「追放令嬢救出隊」を自称していた。

 以下は、その顛末の記録である。

 なお、この記録映像がなぜ全世界に配信されたのかは、現在も調査中である。

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【映像ログ002】
送信日時:帝国歴四〇三年 秋 第三の月 20日 深夜11時23分
撮影場所:ヴァルトシュタイン帝国 国境地帯
撮影者:不明(映像は複数の角度から合成されている)

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    (映像開始)

 夜闇の中、黒装束の男たちが森を駆けていた。
 その数、およそ五十名。
 先頭を走るのは、金髪の青年。

 ──フローレンス王国王太子、アルベルト。

「急げ! 帝国の警備が薄いうちに、城まで潜入するのだ!」

 彼の声は、夜の森に響き渡った。
 隠密作戦とは思えない声量である。

    (画面下部に魔導文字が浮かぶ:【緊急配信】フローレンス王国、帝国に侵入)

「殿下、もう少しお声を……」

「うるさい! 俺は王太子だぞ! 声を潜めるなど、俺の威厳に関わる!」

 騎士たちが顔を見合わせた。
 しかし、誰も反論できなかった。

「ティアラめ、待っていろ。俺が直々に救い出して、お前の過ちを許してやる」

 アルベルトは走りながら独り言を続けた。

「そうだ。お前は俺に謝罪するのだ。『殿下を捨てて申し訳ありませんでした』とな」

    (画面隅に小窓が現れる:帝国側の監視室──術者が頭を抱えている)

「殿下、前方に何か……」

「構わん! 突き進め!」

 その瞬間。
 森の中から、奇妙な音が響いた。

 ウィーン、ウィーン、ウィーン。

 規則正しい、魔導機関特有の駆動音。

「な、何だ……?」

 暗闇の中から、それは現れた。

 丸い。
 平たい。
 床を這うように滑らかに移動している。

 直径は約五十センチ。
 表面には帝国の紋章が刻まれている。

 そして、その上部には──小さな砲塔。

「……は?」

 アルベルトは、目の前の物体を凝視した。

「何だこれは。掃除用具か?」

 それは、まさに掃除用具に見えた。
 丸くて平たい、自動で動く掃除機のような形状。

 しかし。

 キィン。

 物体が、水晶の共鳴音を発した。

「侵入者検知。排除行動に移行します」

 淡々とした、女性の声。
 魔導人形特有の、感情のない声だった。

「は? 排除……?」

 次の瞬間。

 砲塔から、光が放たれた。

「ぎゃあああああ!!」

 アルベルトの隣にいた騎士が、吹き飛んだ。
 いや、正確には「弾き飛ばされた」。
 殺傷力はない。
 しかし、衝撃波の威力は凄まじかった。

「て、敵襲! 全員戦闘態勢──」

 ウィーン、ウィーン、ウィーン。

 森の至る所から、あの音が聞こえてきた。
 一台、二台、三台……。
 数え切れない。

「な、何だこれは……! こんなの聞いてないぞ!」

 アルベルトは叫んだ。
 しかし、丸い物体たちは容赦なく進んでくる。

    (画面下部に魔導文字:帝国自動防衛機構「清掃型ゴーレム」第三世代)

 騎士たちは剣を抜いた。
 しかし、ゴーレムは低すぎた。
 剣が届かない。

「くそっ、低い! 低すぎる!」

「踏み潰せ!」

 騎士の一人が、ゴーレムを踏もうとした。

 キィン。

「回避行動を実行します」

 ゴーレムは、信じられない速度で横に滑った。
 踏み外した騎士は、バランスを崩して転倒。

「接触検知。排除します」

 パァン。

 転倒した騎士は、衝撃波で十メートルほど吹き飛ばされた。

「ひいいいい!」

 恐怖が、救出隊を支配した。

 そして、誰よりも早く逃げ出したのは──

「こ、来るな! 俺は王太子だぞ!」

 アルベルトだった。
 彼は木によじ登り、必死で枝にしがみついている。

 ゴーレムたちは、木の周りをぐるぐると回っていた。

「木は登れんだろう! ざまあみろ!」

 アルベルトは、勝ち誇ったように叫んだ。

「樹上の対象を検知。振動機能を起動」

 ガタガタガタガタ。

 根元のゴーレムが震え始めた途端、木全体が揺れた。

「な、おい、待──」

 バキッ。

 枝が折れた。

「ぎゃああああ!」

 落下。衝撃波。泥まみれ。

    (画面下部に魔導文字:【速報】フローレンス王太子、樹上より転落)

-----

【同時刻 ヴァルトシュタイン帝国 皇帝私室】

-----

 暖炉の前で、ティアラは優雅に紅茶を飲んでいた。
 その隣には、書類を片手にしたジークハルトがいる。

「陛下」
「うむ」
「外が騒がしいようですわ」
「ああ。フローレンスの愚か者どもが来たらしい」

 ジークハルトは、書類から目を上げなかった。

「救出作戦、だそうだ」
「まあ」

 ティアラは、くすりと笑った。

「私を救出に? 誰から?」
「余から、らしい」
「あら」

 ティアラの翠色の瞳が、悪戯っぽく輝いた。

「では陛下。私を捕らえていてくださいまし」
「……捕らえる?」
「ええ。このまま、ずっと」

 ジークハルトの手が、止まった。
 彼はゆっくりとティアラを見た。

「……お前は、余の傍にいたいのか」
「当然ですわ」
「フローレンスに帰りたくはないのか」
「一ミリも」

 ティアラは、きっぱりと言い切った。

「あの国には、私の居場所はありませんでしたもの」

 その声には、わずかな影があった。
 しかし、すぐに消えた。

「それに」
「それに?」
「陛下のお傍が、一番居心地がよろしいですわ」

 沈黙。

 ジークハルトの頬が、かすかに赤くなった。
 しかし、彼は咳払いをして、書類に視線を戻した。

「……そうか」
「はい」
「ならば、余は永遠にお前を捕らえておく」
「まあ、恐ろしい」

 ティアラは、全く恐ろしくなさそうに微笑んだ。

「それで、あの愚か者たちは今どこに?」
「国境の森だ。清掃ゴーレムが対応している」
「清掃ゴーレム?」
「ああ。床を磨くついでに、侵入者も排除できる優れものだ」
「……ついで?」

 ティアラの眉が、ぴくりと動いた。

「侵入者排除は、ついでなのですか」
「うむ。主機能は清掃だ。城の床は常に清潔でなければならん」
「…………」

 ティアラは、しばらく沈黙した。
 そして、小さく笑い出した。

「ふふ……ふふふ」
「どうした」
「いえ、ただ……帝国の技術力に感服しておりますわ」

 彼女は紅茶を一口飲んだ。

「それで、映像配信はされているのですか」
「ああ。なぜか全世界に配信されているらしい」
「まあ、また誤送信ですの?」
「いや、今回は……誰かが意図的に配信しているようだ」

 ジークハルトの眉が、わずかに寄った。

「調査中だが、犯人は分からん」
「そうですか」

 ティアラは、窓の外を見た。
 その唇が、かすかに弧を描いていた。

「全世界に配信……ふふ、良い宣伝ですわね」
「また宣伝か」
「ええ。帝国の防衛力が世界中に知れ渡りますもの」

 ジークハルトは、ティアラを見つめた。

「……お前は、何を考えている」
「私ですか?」

 ティアラは、にっこりと微笑んだ。
 完璧に上品な、公爵令嬢の微笑み。

「何も考えておりませんわ。ただ、陛下のお傍で紅茶を楽しんでいるだけですの」
「……そうか」

 ジークハルトは、それ以上追及しなかった。
 彼は、ティアラの笑顔には弱いのだ。

-----

【映像ログ002 続き】

-----

 泥まみれのアルベルトが、叫んだ。

「くそおおおお! こうなったら、最終手段だ!」

 彼は、懐から何かを取り出した。
 黒い球体。
 禍々しい瘴気を放っている。

「これは、闘国から手に入れた『呪詛の球』だ! これを使えば──」

 アルベルトの声が、映像を通じて全世界に響き渡った。

「帝国の皇帝を、呪い殺せる!」

    (画面下部に魔導文字:【衝撃】フローレンス王太子、禁忌の呪詛を所持)

「殿下! それは禁止されている呪具です!」

 騎士の一人が叫んだ。

「黙れ! 勝つためには手段を選ばん!」
「しかし、国際条約で──」
「条約など知るか! 俺は王太子だぞ!」

 アルベルトは、球体を掲げた。

「今ここで、氷の皇帝に呪いをかけてやる! そして、ティアラを奪い返すのだ!」

 その瞬間。

 ブン。

 風を切る音。

 アルベルトの手から、球体が消えた。

「……は?」

 彼が見上げると、そこには──銀髪の男が立っていた。

「……っ!?」

 ヴァルトシュタイン帝国皇帝、ジークハルト。

 彼は、黒い球体を片手で握りつぶしていた。
 禍々しい瘴気が、霧散する。

「余を呪い殺す、だと」

 その声は、氷のように冷たかった。
 本物の「氷の皇帝」の声だった。

「ひ……っ」

 アルベルトは、後ずさった。
 全身が震えている。

「面白い冗談だ」

 ジークハルトは、アルベルトを見下ろした。
 その瞳には、一切の感情がなかった。

「だが、許可した覚えはない」
「ま、待て……! 話せば分かる……!」
「何を話す」
「俺は王太子だ! 俺を殺せば、国際問題に──」

「殺さん」

 ジークハルトの声が、さらに冷たくなった。

「殺すのは、もったいない」
「……え?」

 皇帝の口元が、かすかに歪んだ。
 それは、笑みだった。
 しかし、目は全く笑っていなかった。

「お前は、生きたまま晒し者になれ」
「な……!?」
「全世界が見ている。お前が禁忌の呪詛を使おうとした証拠は、永遠に残る」

 アルベルトの顔が、青ざめた。

「余を呪おうとした愚か者として、歴史に名を刻め」
「ま、待ってくれ……! 俺は、俺は……!」
「帰れ」

 ジークハルトは、アルベルトに背を向けた。

「二度と余の国に足を踏み入れるな。次は、殺す」

 その言葉は、夜の闇に響き渡った。
 そして、全世界の通信水晶に配信された。

-----

【映像ログ002 終盤】

-----

 アルベルトと騎士たちは、這々の体で逃げ出した。
 泥まみれで、傷だらけで、誇りを粉々にされて。

 ジークハルトは、彼らを見送りもしなかった。

 キィン。

 清掃ゴーレムが、彼の足元に近づいた。

「侵入者排除完了。通常清掃に移行します」
「うむ。ご苦労」

 皇帝が、掃除機を労っている。
 奇妙な光景だった。

 と、そのとき。

「陛下」

 闇の中から、声がした。
 ティアラだった。

「お前……なぜここに」
「見物に参りましたの」

 彼女は、優雅に微笑んでいた。
 まるで、庭園を散歩しているかのような余裕。

「危険だ。戻れ」
「もう終わりましたでしょう?」
「……ああ」
「それに」

 ティアラは、小首を傾げた。

「陛下の勇姿を見逃すなんて、もったいないですもの」

 ジークハルトの表情が、一瞬で変わった。
 氷が溶けるように、柔らかくなる。

「怪我はないか」
「私はずっと遠くから見ておりましたもの」
「そうか」

 彼は、ティアラの傍に歩み寄った。
 そして、その手を取った。

「……冷たいな」
「夜風ですわ」
「そうか」

 ジークハルトは、自分のマントを脱いだ。
 そして、ティアラの肩にかけた。

「風邪を引く」
「陛下こそ」
「余は大丈夫だ」
「……ありがとうございます」

 ティアラの頬が、ほんのりと赤くなった。

    (画面下部に魔導文字:【速報】氷の皇帝、やはり溶けている)

「帰ろう」
「はい」
「温かい飲み物を用意させる」
「まあ、嬉しい」

 二人は、手を繋いで歩き始めた。
 月明かりが、彼らを照らしている。

「陛下」
「うむ」
「今日の陛下、とても格好良かったですわ」
「……そうか」
「『次は殺す』のところなど、特に」
「あれは本気だ」
「存じております」

 ティアラは、くすくすと笑った。

「でも、私のために怒ってくださったのでしょう?」
「…………」

 ジークハルトは、答えなかった。
 しかし、その耳が赤くなっていた。

「違う」
「そうですか?」
「余は、ただ……帝国への侵入者を排除しただけだ」
「まあ」
「お前とは関係ない」
「そうですわね」

 ティアラの声は、明らかに信じていなかった。

「ともかく、帰ろう」
「はい、陛下」

 二人の姿が、闇に消えていく。
 映像は、そこで終わった。

    (映像終了)

-----

【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 深夜の掲示板】

-----

【速報】救出作戦、完全失敗

1:名無しの帝国民
 見た????

2:名無しの帝国民
 見た
 森生えすぎて世界樹越えた

3:名無しの帝国民
 王太子が木から落ちるの
 一生忘れられん

4:名無しの帝国民
 掃除機に負ける近衛騎士団

5:名無しの帝国民
 >>4
 しかも主機能は清掃らしい
 帝国の技術力やばくない?

6:名無しの帝国民
 てか、最後の呪詛の球
 あれ国際条約違反だろ

7:名無しの帝国民
 >>6
 フローレンス終わったな
 外交問題確定

8:名無しの帝国民
 「俺は王太子だぞ!」
 ↓
 木から落ちる
 ↓
 泥まみれで這いつくばる

9:名無しの帝国民
 >>8
 茶番かな?

10:名無しの帝国民
 茶番だな

11:名無しの帝国民
 てか、最後のシーン見た?
 陛下と令嬢の

12:名無しの帝国民
 見た
 尊すぎて昇天しかけた

13:名無しの帝国民
 マントかけるやつ
 あれずるくない?

14:名無しの帝国民
 >>13
 ずるい
 激しくずるい

15:名無しの帝国民
 「風邪を引く」
 陛下、そういうとこだぞ

16:名無しの帝国民
 令嬢が「格好良かった」って
 褒めてくれるの最高すぎる

17:名無しの帝国民
 相思相愛じゃん

18:名無しの帝国民
 でも陛下の照れ隠し
 「お前とは関係ない」じゃないんだよ

19:名無しの帝国民
 >>18
 めっちゃ関係あるのバレバレ

20:名無しの帝国民
 氷の皇帝(溶解済み)

21:名無しの帝国民
 てかさ
 今回も「なぜか全世界配信」されてたよな

22:名無しの帝国民
 >>21
 それな
 誰が配信したの?

23:名無しの帝国民
 分からん
 でも誰かが仕込んでるよな

24:名無しの帝国民
 >>23
 陰謀論乙

25:名無しの帝国民
 いや、でも気になる
 帝国の名声が上がって
 フローレンスの面目が潰れる
 誰が得するんだ

26:名無しの帝国民
 >>25
 令嬢が得してない?

27:名無しの帝国民
 >>26
 まさか……

28:名無しの帝国民
 いやいや
 令嬢がそんな策士なわけ

29:名無しの帝国民
 でも、それも含めて好き

30:名無しの帝国民
 分かる
 策士令嬢、最高

31:名無しの帝国民
 まあ、でも
 陛下が幸せそうで、よかったな

32:名無しの帝国民
 >>31
 俺たちの陛下が、こんなに笑うなんて

33:名無しの帝国民
 令嬢さん、ありがとう……

34:名無しの帝国民
 これは、令嬢推しになるわ

35:名無しの帝国民
 新たな崇拝者がここに誕生した

-----

【フローレンス王国 翌朝の新聞(号外)】

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【衝撃】王太子、禁忌の呪詛を使用未遂
──救出作戦は無残な失敗に終わる──

 昨夜、フローレンス王国のアルベルト王太子が主導した「追放令嬢救出作戦」は、完全な失敗に終わった。

 王太子率いる近衛騎士団は、ヴァルトシュタイン帝国の国境で迎撃を受け、壊滅的な敗北を喫した。

 特に問題視されているのは、王太子が「呪詛の球」と呼ばれる禁忌の呪具を所持・使用しようとした点である。これは国際条約で明確に禁止されている。

 帝国側は正式な抗議を表明しており、今後の外交関係に重大な影響を与える可能性がある。

 なお、王太子が木から転落し、泥まみれになる様子は全世界に配信された。

 (関連記事:3面「清掃ゴーレムとは何か──帝国の驚異的な技術力」)
 (関連記事:5面「氷の皇帝、実は溺愛家?──映像が示す真実」)

-----

【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ】

 ……今回は、私ではない。

 断じて、私ではない。
 誤送信したのは、私ではない。

 では、誰が配信したのか。

 調査したが、分からなかった。
 映像の出所は複数あり、どこかに仕込まれた小型の記録装置からのものらしい。

 誰が、いつ、仕込んだのか。

 ……分からない。

 ただ、一つだけ気になることがある。

 映像の中で、ティアラ嬢は「見物に参りましたの」と言っていた。
 あの状況で、見物?

 普通、怖くないか?
 戦闘が行われている場所に、見物に行くか?

 いや、待て。
 彼女は公爵令嬢だ。
 度胸があるのかもしれない。

 ……うん、きっとそうだ。
 深読みしすぎだ。

 そうに違いない。

    ──でも、なぜか背筋が寒い。

-----

【フローレンス王国 聖女マリアの私室】

-----

 マリアは、通信水晶の前で微笑んでいた。
 その微笑みは、春のそよ風のように優しい。

「まあ、殿下ったら。木に登ってしまわれて」

 彼女は、くすくすと笑った。

「でも、これで……」

 その声が、低くなった。
 微笑みは変わらない。しかし、目が笑っていなかった。

「アルベルト殿下の信頼は、さらに失墜しますわね」

 マリアは、窓辺に歩み寄った。

「愚かな王太子では、この国は守れない。民はそう思い始めるでしょう」

 彼女の指が、窓枠をなぞる。

「そうなれば……次の王位は、別の方に。例えば、聖女の助言を重んじる、もっと御しやすい方に」

 くすくすと、笑い声。

「あの呪詛の球を渡したのは正解でしたわ。まさか本当に使おうとするなんて」

 振り返ったマリアの顔には、聖女らしい穏やかな微笑みが戻っていた。

「さて。次は、どうやってあの帝国の令嬢を引きずり下ろしましょうか」

 その言葉は、誰にも聞かれることなく、闇に消えた。

 ──はずだった。

 部屋の隅。
 小さな記録装置の水晶が、静かに光を放っていた。

-----

【極秘ログ──送信者不明】

-----

記録日時:帝国歴四〇三年 秋 第三の月 21日 早朝4時12分
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]

-----

    (音声のみ)

 紙をめくる音。
 紅茶を啜る音。

「……予想通りでしたわね、アルベルト様」

 女の声。
 甘く、穏やかで、どこか楽しげな。

「禁忌の呪詛まで持ち出すとは。まあ、あれはマリアから渡されたものでしょうけれど」

 くすくすと、笑い声が響く。

「おかげで、フローレンスの外交的立場は地に落ちました。国際条約違反の証拠映像が、全世界に配信されましたものね」

 椅子が軋む音。

「そして、マリア様の私室にも、記録装置を仕込んでおきました」

 声が、少しだけ低くなる。

「彼女が何を企んでいるか、手に取るように分かりますわ。……ふふ、使えそうな映像が撮れましたこと」

 間。

「第三の月末には、帝国の収穫祭がありますわ。陛下と一緒に出席すれば、また良い映像が撮れるでしょう」

 笑い声。

「全ては、順調に進んでおりますわ」

 ノイズ。

 そして──

「あら、陛下。おはようございます」

 声が、一瞬で上品な令嬢のものに変わる。

「……こんな時間に、何をしていた」
「読書ですわ。眠れなくて」
「そうか。……無理はするな」
「ありがとうございます、陛下」

 足音が遠ざかる。

 そして、再び。

 ほんの小さな、囁き声。

「……ふふ。陛下は、何も知らなくていいのですわ」

    (ログ終了)
    (このファイルは自動消去されました)

-----

【次回予告】

帝国の収穫祭が近づく中、ティアラは「ある計画」を進めていた。
一方、フローレンス王国では、聖女マリアが反撃の準備を始める。

そして、帝国の食事があまりにも美味しすぎることが全世界に知れ渡り──
思わぬ「飯テロ」被害が拡大していく。

第3話「収穫祭と飯テロは、全世界に配信された」
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