【完結】皇帝との密会映像が、手違いで全世界に流出しました ~「拷問されている」と元婚約者が騒いでいますが、これただの溺愛です~

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収穫祭と飯テロは、全世界に配信された

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【フローレンス王国 日刊新聞 朝刊】

 帝国歴四〇三年 秋 第三の月 28日

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【緊急】今年度の収穫量、過去二十年で最低を記録
──パンの価格は三割上昇、市民生活を直撃──

 農務省の発表によると、今年度のフローレンス王国における穀物収穫量は、過去二十年で最低の水準となった。

 主な原因は、夏季の異常乾燥と、害虫の大量発生である。

 これを受け、王都のパンの価格は三割以上上昇。市民からは悲鳴が上がっている。

 さらに、先日の「追放令嬢救出作戦」の失敗による賠償金問題も、国庫を圧迫している模様だ。

 王宮は「増税は避けられない」との見通しを示しており、今後の動向が注目される。

 (関連記事:2面「王太子の威信、地に落ちる──国民の声」)
 (関連記事:4面「隣国帝国は建国以来の豊作か」)

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【ヴァルトシュタイン帝国 歴史省 公式記録文書 第7831号】

 帝国歴四〇三年 秋 第三の月 28日

 本年度の収穫量は、建国以来の最高記録を更新した。

 これを祝し、第三の月末日に「帝国収穫祭」が開催される。

 規模は例年の三倍。
 帝都メインストリートには、二百を超える屋台が立ち並ぶ予定である。

 なお、祭りの様子は帝国全土に配信される。
 配信設備の出力は、通常の五倍に設定されている。

 ──記録官の注記:出力を五倍にした理由は不明。誰の指示かも不明。

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【映像ログ003】
送信日時:帝国歴四〇三年 秋 第三の月 30日 正午12時00分
撮影場所:ヴァルトシュタイン帝国 帝都メインストリート
撮影者:帝国配信局(公式)
配信範囲:帝国全土……のはずが、なぜか国境を越えて全世界に到達

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    (映像開始)

 画面いっぱいに、賑わう街並みが映し出された。

 色とりどりの旗が風になびいている。
 子供たちが笑いながら駆け回っている。
 どこからか、陽気な楽団の音楽が聞こえてくる。

 そして──香ばしい匂い。

 画面を通じてすら、それは伝わってきた。

    (画面下部に魔導文字が浮かぶ:【生中継】帝国収穫祭 開幕)

「本日は帝国収穫祭にお越しいただき、誠にありがとうございます」

 配信担当官の声が響く。

「今年は建国以来の豊作を記念し、特別な料理の数々をご用意いたしました」

 カメラがゆっくりと移動する。
 最初に映ったのは、巨大な竈だった。

「まずはこちら。『黄金麦の焼きたてパン』でございます」

 竈の中から、パンが取り出される。
 表面は黄金色に輝いていた。
 湯気が、もうもうと立ち上る。

 パキッ。

 職人がパンを割った瞬間、画面越しにすら音が響いた。
 断面からは、ふわふわの白い生地が覗いている。

「焼きたてを、そのままお召し上がりください」

    (画面下部に魔導文字:現在の気温18度 パン内部温度推定65度)

 カメラが次の屋台へ移動する。

「続いてはこちら。『火竜の串焼き』でございます」

 巨大な肉塊が、炭火の上で焼かれていた。
 赤々と燃える炭。
 したたり落ちる肉汁。
 炎が、ジュワァと音を立てて跳ね上がる。

「火竜の腿肉を、秘伝のタレで丸一日漬け込みました」

 職人が串を返す。
 表面には、美しい焦げ目がついていた。

「お好みで、岩塩か香草ソースをどうぞ」

    (画面隅に小窓が現れる:フローレンス王国 とある酒場──客たちが画面を凝視している)

 カメラはさらに進む。

「こちらは『極上の果実酒』。今年収穫したばかりの葡萄を使用しております」

 透明なグラスに、紅色の液体が注がれる。
 カラン、と氷が鳴った。

「一杯いかがですか?」

 配信担当官の声が、やけに楽しげだった。

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【同時刻 帝都メインストリート とある路地】

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 人混みから少し離れた路地。
 そこに、二つの人影があった。

「陛下。素晴らしい祭りですわね」
「うむ」

 ティアラとジークハルト。
 二人は、変装もせずに歩いていた。

「お忍びではないのですか?」
「不要だ」
「まあ。護衛の方々は?」
「清掃ゴーレムがいる」

 ジークハルトの視線が、地面に向いた。
 そこには、例の丸い物体が控えていた。

 キィン。

「警護モード、稼働中です」
「……清掃ゴーレムが護衛」

 ティアラの眉が、かすかに動いた。

「帝国の技術力には、毎度驚かされますわ」
「便利だろう」
「ええ、便利……ですわね」

 彼女は、小さくため息をついた。
 しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。

「さて、陛下。何を召し上がります?」
「お前の食べたいものでいい」
「私ですか?」

 ティアラは、屋台の並ぶ通りを見渡した。

「では……あれを」

 彼女が指さしたのは、串焼きの屋台だった。
 火竜の肉が、香ばしい匂いを漂わせている。

「あれか」
「はい。美味しそうですもの」

 ジークハルトは無言で歩き出した。
 屋台の前に立つと、店主が慌てて頭を下げる。

「へ、陛下! これはなんという……!」
「二本」
「は、はい! 只今!」

 店主の手が、震えていた。
 しかし、串焼きを渡す手つきは見事だった。

「どうぞ、陛下! 最高の一本をお選びいたしました!」
「うむ」

 ジークハルトは串を受け取った。
 そして、それをティアラに差し出す。

「ほら」
「ありがとうございます、陛下」

 ティアラは串を受け取り、一口齧った。

 シャク。

 肉汁が、じゅわりと溢れ出す。

「……っ」

 彼女の目が、大きく見開かれた。

「おいしい……!」
「そうか」

 ジークハルトの表情が、わずかに緩んだ。

「よかった」
「陛下も召し上がってくださいまし」
「ああ」

 二人は並んで、串焼きを食べ始めた。

    (画面下部に魔導文字:【速報】氷の皇帝、令嬢と串焼きデート)

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【映像ログ003 続き】

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 公式配信のカメラが、二人を捉えていた。
 いつの間にか、画角が変わっている。

「おや、あちらは……!」

 配信担当官の声が、高くなった。

「皇帝陛下と、噂の追放令嬢でございます!」

 画面が、二人にズームする。
 串焼きを食べながら歩く姿が、全世界に配信されていた。

 と、そのとき。

 ティアラが、小さく眉をひそめた。

「どうした」

 ジークハルトが、すぐに気づいた。

「いえ……少し、大きすぎて」
「大きい?」
「この串焼き、私の口には……」

 ティアラは困ったように微笑んだ。
 確かに、串焼きは成人男性向けの大きさだった。
 彼女の小さな口では、一口で齧るのは難しい。

「……そうか」

 ジークハルトは少し考えた。
 そして──

 彼女の串焼きを取り上げた。

「陛下?」

 ティアラが首を傾げる。

 ジークハルトは無言で、肉を一口大にちぎった。
 自分の指で、丁寧に。

「……あ」

 ティアラの声が、小さく漏れた。

「ほら。これなら食べられるだろう」

 ジークハルトは、ちぎった肉をティアラの口元に運んだ。

「……っ」

 ティアラの頬が、朱に染まった。

「陛下、それは……」
「何だ」
「人前で、その……」
「何がだ」
「あーん、は……」

 彼女の声が、かすれた。

「何のことだ」

 ジークハルトは首を傾げた。
 本気で分かっていない顔だった。

「食べやすいように切っただけだが」
「で、ですが……」
「冷めるぞ」

 その言葉に、ティアラは観念したように口を開いた。

 パクッ。

 ジークハルトの指から、肉を受け取る。

「……おいしい、ですわ」
「そうか」

 ジークハルトの表情が、満足げに緩んだ。
 そして、何の躊躇いもなく──

 肉汁で濡れた自分の指を、口に運んだ。

「っ!?」

 ティアラの目が、見開かれた。
 今度は、顔全体が真っ赤になっている。

「陛下、今……」
「うむ。美味いな、この肉」
「そ、そういうことでは……!」

 ティアラは両手で顔を覆った。
 その隙間から、赤い耳が覗いている。

    (画面下部に魔導文字:【緊急速報】間接キス発生)
    (画面隅に小窓:帝国掲示板の書き込み速度が限界突破)

「どうした。顔が赤いぞ」
「き、気のせいですわ」
「熱があるのか?」

 ジークハルトの手が、ティアラの額に伸びた。

「熱は……ないようだが」
「だ、大丈夫ですから……!」

 ティアラは、慌てて一歩後ずさった。
 しかし、ジークハルトは納得していない顔だった。

「無理をするな。具合が悪いなら──」
「違います! ただ、その……陛下が、あまりにも……」
「余が?」
「……いえ、何でもありませんわ」

 ティアラは深呼吸した。
 なんとか平静を取り戻そうとしている。

「次の屋台に参りましょう」
「ああ」

 二人は歩き始めた。

 その後ろを、清掃ゴーレムがついていく。
 落ちた串を、静かに回収しながら。

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【映像ログ003 中盤】

-----

 二人が次に立ち寄ったのは、スープの屋台だった。

「熱々の野菜スープでございます!」

 店主が、湯気の立つ椀を差し出した。
 中には、色とりどりの野菜が浮かんでいる。

「これも美味しそうですわね」
「ああ」

 ジークハルトが椀を受け取った。
 そして、それをティアラに渡そうとして──

「待て」
「陛下?」
「熱い」

 彼は、椀を手元に引き戻した。

「火傷する」
「でも、冷めるまで待てば──」

 ジークハルトは、椀に向かって息を吹きかけた。

 フーッ……フーッ……

「陛下……?」

 ティアラの声が、かすれた。
 氷の皇帝が、スープを冷ましている。
 彼女のために。

「……まだ熱いか」

 ジークハルトは眉をひそめた。

「冷めろ」

 彼の声には、命令の響きがあった。

「……冷めろ」

 瞬間。

 椀の中身が、凍りついた。

「…………」
「…………」

 沈黙。

 スープは、完全に氷になっていた。
 中の野菜も、凍りついている。

「……陛下」
「……すまん」
「冷やしすぎですわ」
「分かっている」

 ジークハルトの耳が、かすかに赤くなった。
 視線が、気まずそうに逸らされる。

「余の魔力は、繊細な調整に向いていない」
「存じております」
「だから──」
「もう一杯いただきましょう」

 ティアラは、くすくすと笑った。

「今度は、私が冷まします」
「……そうか」

 ジークハルトの声が、小さくなった。
 どこか、しょんぼりしている。

 彼の手が、凍ったスープの椀を持ったまま、所在なさげに揺れていた。

    (画面下部に魔導文字:【悲報】氷の皇帝、スープを凍らせる)

「店主さん、もう一杯いただけますか?」
「も、もちろんでございます!」

 店主が、新しい椀を差し出した。
 今度は、ティアラが受け取る。

 フーッ……フーッ……

 彼女が優しく息を吹きかけると、スープの湯気が揺れた。

「これで大丈夫ですわ」

 ティアラは、スプーンにスープを掬った。
 そして、それをジークハルトの口元に運ぶ。

「どうぞ、陛下」
「……余が先か」
「はい。さきほど、陛下に食べさせていただきましたもの」

 彼女の笑顔には、悪戯っぽい光があった。

「お返しですわ」
「…………」

 ジークハルトは、しばらく黙っていた。
 その耳は、さっきよりも赤くなっている。

 しかし、彼は結局──

 パクッ。

 スプーンを受け入れた。

「……うまい」
「よかったですわ」

 ティアラの笑顔が、輝いた。

    (画面下部に魔導文字:【大速報】令嬢から皇帝へ「あーん」)
    (画面隅に小窓:複数の国で通信水晶が過負荷状態に)

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【同時刻 ネルヴァス商業連合 某酒場】

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 酒場の中は、異様な熱気に包まれていた。

 壁際に設置された大型通信水晶には、帝国の収穫祭が映し出されている。
 客たちは、食事も忘れて画面に釘付けだった。

「おい……あの串焼き、見たか」
「見た。肉汁が滴ってた」
「俺たちの晩飯、これだぞ」

 男が、目の前の皿を指さした。
 そこには、薄いパンと、干し肉が一切れ。

「……悲しくなってきた」
「泣くな。泣いたら負けだ」
「でも見ろ、あのスープ。野菜がゴロゴロ入ってる」
「うちのスープなんて、具が見えないぞ」

 別の客が、グラスを煽った。

「てか、あの皇帝と令嬢、何やってんだ」
「串焼きを食べさせ合ってた」
「しかもあれ、口づけのようなものだろう」
「呪われろ、あいつら」

 酒場に、切ない空気が漂った。

「なあ、俺……あの国に移住したい」
「お前もか」
「お前もかよ」

 客たちの目に、羨望の光が宿っていた。

-----

【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

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【祭】収穫祭実況スレ 第47板

1:名無しの帝国民
 スレ立て早すぎ問題

2:名無しの帝国民
 いや立てるだろ
 さっきの「あーん」見たか

3:名無しの帝国民
 見た
 心臓止まるかと思った

4:名無しの帝国民
 串焼き食べさせてたやつな
 しかも素手で

5:名無しの帝国民
 >>4
 その後、自分の指舐めてたぞ

6:名無しの帝国民
 >>5
 間接キスじゃん

7:名無しの帝国民
 じゃんじゃないが

8:名無しの帝国民
 陛下、無自覚なの最高すぎる

9:名無しの帝国民
 令嬢の顔が真っ赤になってた

10:名無しの帝国民
 分かる
 俺も真っ赤になった

11:名無しの帝国民
 お前の顔色はどうでもいい

12:名無しの帝国民
 【悲報】スープ凍る

13:名無しの帝国民
 >>12
 見てた
 森生えた

14:名無しの帝国民
 「冷めろ」で凍らせる皇帝

15:名無しの帝国民
 氷の皇帝(物理)

16:名無しの帝国民
 でも令嬢が笑って許してたな

17:名無しの帝国民
 >>16
 そしてお返しの「あーん」

18:名無しの帝国民
 相思相愛すぎる

19:名無しの帝国民
 この国に生まれてよかった

20:名無しの帝国民
 てか、他国にも配信されてるらしいぞ

21:名無しの帝国民
 >>20
 マジ?

22:名無しの帝国民
 マジ
 出力が強すぎて国境越えたらしい

23:名無しの帝国民
 草
 いや、森生える

24:名無しの帝国民
 フローレンスの民、今どんな気持ち?

25:名無しの帝国民
 >>24
 飢えてるところにこれ見せられてるの
 拷問では?

26:名無しの帝国民
 飯テロってレベルじゃねぇ

27:名無しの帝国民
 飯テロ(国家規模)

28:名無しの帝国民
 帝国の新しい兵器か?

29:名無しの帝国民
 食欲で民意を削ぐ

30:名無しの帝国民
 戦わずして勝つやつ

31:名無しの帝国民
 >>14
 凍った椀を持ったままの陛下
 しょんぼりしてて泣いた

32:名無しの帝国民
 >>31
 令嬢が笑って許すの
 もう夫婦

33:名無しの帝国民
 実質プロポーズ案件

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【フローレンス王国 某村 深夜】

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 村の中央広場に、古い通信水晶が設置されていた。
 普段は王宮からの布告を映すだけのものだ。

 しかし今夜、そこには別のものが映っていた。

 帝国の、収穫祭。

 十数人の村人が、広場に集まっていた。
 誰も、言葉を発しない。

「あの……パン……」

 痩せた女が、画面を見つめていた。
 その目には、涙が浮かんでいる。

「ふわふわしてる……白い……」

 彼女の手には、黒パンが握られていた。
 硬く、乾いた、石のようなパン。

「なんで……なんであっちは……」

 隣で、子供が泣いていた。

「お腹すいた……お肉食べたい……」
「ごめんね……ごめんね……」

 女は子供を抱きしめた。
 画面の中では、皇帝と令嬢が幸せそうにスープを飲んでいる。

「……あの国に、行きたい」

 女の呟きは、夜の闇に消えた。

 しかし、同じ言葉は、フローレンス中で囁かれていた。

-----

【映像ログ003 終盤】

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 祭りも終盤に差し掛かった頃。

 ティアラとジークハルトは、広場の隅にあるベンチに座っていた。
 二人の前には、デザートの皿が並んでいる。

「蜂蜜のかかった焼き林檎ですわ」
「うむ」
「チーズケーキもありますわね」
「ああ」
「陛下、どちらがお好みですか?」
「お前が食べたい方でいい」

 ジークハルトの返事は、いつも同じだった。

「では、両方いただきます」
「そうしろ」

 ティアラは、焼き林檎を一口食べた。
 蜂蜜の甘さが、口の中に広がる。

「……幸せですわ」
「そうか」
「陛下のおかげです」
「余は何もしていない」
「そんなことありませんわ」

 ティアラは、ジークハルトを見上げた。
 夕日が、彼の銀髪を橙色に染めている。

「陛下が、私を迎えてくださったから」
「…………」
「私は今、とても幸せですの」

 ジークハルトの表情が、一瞬だけ揺れた。
 しかし、すぐに元に戻る。

「……風が冷たくなってきた」
「そうですわね」
「帰るぞ」
「はい」

 二人は立ち上がった。

 と、そのとき。

 キィン。

 清掃ゴーレムが、二人の足元に現れた。

「残飯を検知。回収します」
「ああ、よろしく頼む」

 ジークハルトが、自然に答えた。

「ゴーレムにお礼を言う陛下」
「礼儀だ」
「……ふふ」

 ティアラは、くすくすと笑った。

「陛下は、優しい方ですわね」
「そんなことはない」
「そうでしょうか?」
「余は、お前以外にはどうでもいい」

 その言葉に、ティアラの目が丸くなった。

「陛下……」
「何だ」
「今の、告白に聞こえましたわ」
「…………」

 ジークハルトの耳が、また赤くなった。

「違う」
「そうですか?」
「余は、ただ事実を述べただけだ」
「事実ですか」
「ああ。お前のこと以外は、本当にどうでもいい」

 沈黙。

 ティアラの頬も、ほんのりと赤くなっていた。

「……陛下」
「何だ」
「私も、陛下のお傍が一番ですわ」

 ジークハルトは、何も言わなかった。
 しかし、その手が──

 ティアラの手を、そっと握った。

「……帰るぞ」
「はい」

 二人は、手を繋いで歩き始めた。

 夕日が、二人の影を長く伸ばしている。
 その後ろを、清掃ゴーレムが静かについていく。

    (画面下部に魔導文字:【終】帝国収穫祭 無事閉幕)
    (配信終了まで残り30秒)

 と。

 画面の端に、何かが映り込んだ。

 ほんの一瞬。
 黒いローブの人影。
 フードの奥に、光る何か。

 それは、二人を見つめていた。
 その目には──

    (映像終了)
    (なお、最後の人影について、配信局は「ノイズである」と発表した)

-----

【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 深夜の掲示板】

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【女神の祝福回】収穫祭まとめスレ

1:名無しの帝国民
 今日の祭り、最高だった

2:名無しの帝国民
 陛下と令嬢が手繋いでたな

3:名無しの帝国民
 尊い
 聖女級の輝き

4:名無しの帝国民
 もはや夫婦じゃん

5:名無しの帝国民
 正式に婚姻してほしい

6:名無しの帝国民
 切実

7:名無しの帝国民
 てか、他国の反応やばいらしいぞ

8:名無しの帝国民
 どうやばいの?

9:名無しの帝国民
 フローレンスで「帝国への移住希望」が殺到してるらしい

10:名無しの帝国民
 >>9
 マジか

11:名無しの帝国民
 飯テロの威力すごいな

12:名無しの帝国民
 戦争するより効率いい

13:名無しの帝国民
 腹が減っては戦はできぬ

14:名無しの帝国民
 深い

15:名無しの帝国民
 でも最後、変なの映ってなかった?

16:名無しの帝国民
 >>15
 黒いローブのやつ?

17:名無しの帝国民
 なんか不気味だった
 フードの中、光ってなかった?

18:名無しの帝国民
 ノイズって発表されてたけど

19:名無しの帝国民
 ノイズにしては人型すぎない?

20:名無しの帝国民
 考えすぎだろ

21:名無しの帝国民
 まあ、気にしすぎか

22:名無しの帝国民
 それより飯テロの話しようぜ

23:名無しの帝国民
 あの串焼き、明日買いに行く

24:名無しの帝国民
 俺も

25:名無しの帝国民
 俺も俺も

-----

【フローレンス王国 聖女マリアの私室】

-----

 マリアは、通信水晶の前で唇を噛んでいた。

 画面には、幸せそうな皇帝と令嬢の姿が映っている。
 その映像は、何度も何度も繰り返されていた。

「……まさか、こうなるとは」

 彼女の声は、低く冷たかった。

「帝国の豊かさが、全世界に知れ渡った」

 窓の外を見る。
 月明かりに照らされた街は、暗く沈んでいた。

「民衆は、帝国に憧れ始めている」

 彼女の計画は、狂い始めていた。

 本来なら、飢えた民衆の怒りを「帝国への憎悪」に向けるはずだった。
 あの国が我々を苦しめている、と。
 あの皇帝が悪いのだ、と。

 しかし──

「映像を見た民衆は、帝国を恨むどころか……羨んでいる」

 マリアの拳が、震えた。

「あの令嬢……ティアラ……」

 彼女の目が、鋭く光った。

「まさか、これも計算のうち……?」

 いや、と首を振る。

「考えすぎだわ。あれはただの追放令嬢。私の敵ではない」

 しかし、その声には確信がなかった。

「……次は、もっと直接的な手を打つ必要がある」

 マリアは、机の引き出しを開けた。
 中には、一通の手紙があった。

 差出人は──「闘国」。

「帝国を貶める映像を作れる、と言っていたわね」

 彼女の唇が、歪んだ笑みを描いた。

「『偽装映像』……試してみる価値はありそうですわ」

 マリアは手紙を広げた。
 その内容は、闇の中に消えていく。

 ──しかし。

 部屋の隅。
 小さな水晶が、静かに光を放っていた。

 彼女は、気づいていない。
 全ての言葉が、記録されていることに。

-----

【極秘ログ──送信者不明】

-----

記録日時:帝国歴四〇三年 秋 第三の月 30日 深夜11時47分
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]

-----

    (音声のみ)

 シャク。
 林檎をかじる音。

「……おいしゅうございましたわ、今日のお祭り」

 女の声。
 穏やかで、どこか楽しげな。

「陛下の『あーん』は、予想外でしたけれど」

 くすくすと、笑い声が響く。

「おかげで、配信の視聴率は過去最高だそうですわ」

 紙をめくる音。

「フローレンスでは、帝国への移住希望者が急増。国境警備隊は対応に追われている……ふふ」

 間。

「お腹が空くと、人は怒りっぽくなりますもの。でも、美味しいものを見せられると……羨ましくなるのですわ」

 椅子が軋む音。

「怒りは、簡単に消える。でも、羨望は──心に残り続ける」

 声が、少しだけ低くなる。

「フローレンスの民衆は、やがて自分たちの王家を見限るでしょう。なぜ我々はこんなに貧しいのか、と」

 シャク。
 また林檎をかじる音。

「そして、マリア様。あなたの企みも、全て記録済みですわ」

 くすくすと、笑い声。

「『偽装映像』ですか……どうぞ、お試しになって。その時こそ、あなたの全てを暴露して差し上げますわ」

 ノイズ。

 そして──

「あら、陛下」

 声が、一瞬で上品な令嬢のものに変わる。

「こんな時間に、いかがなさいましたの?」
「……眠れなくてな」
「まあ。では、温かいお茶でもお淹れいたしますわ」
「すまん」
「いいえ。陛下のためですもの」

 足音が遠ざかる。

 そして、再び。

 ほんの小さな、囁き声。

「……ふふ。全ては、順調ですわ」

    (ログ終了)
    (このファイルは自動消去されました)

-----

【フローレンス王国 翌朝の新聞(号外)】

-----

【衝撃】帝国への亡命希望者、一夜で千人を突破
──国境警備隊、対応に苦慮──

 帝国収穫祭の映像が全世界に配信された翌日、フローレンス王国では前代未聞の事態が発生している。

 帝国への亡命を希望する国民が、一夜にして千人を突破したのだ。

 国境警備隊は対応に追われているが、希望者の数は増える一方である。

 ある亡命希望者は、こう語った。

「あの串焼きを見たら、我慢できなくなった」

 また別の者は、こう述べた。

「あの国では、皇帝陛下が令嬢に『あーん』をしていた。うちの王太子は木から落ちていた。どちらに住みたいかは明白だ」

 王宮は「軽挙妄動を慎むように」との声明を発表したが、民衆の心は既に帝国に向いているようだ。

 (関連記事:3面「飯テロの衝撃──なぜ映像は国境を越えたのか」)
 (関連記事:5面「氷の皇帝と追放令嬢、手を繋いで歩く──羨望の声続出」)

-----

【次回予告】

亡命希望者の増加に焦るフローレンス王宮。
聖女マリアは「偽装映像」という禁じ手に手を染めようとしていた。

一方、帝国では──
ティアラが「ある計画」の次の段階に移ろうとしている。

そして、ハインリヒは気づき始めていた。
全ての映像流出の裏に、何者かの意図があることに。

第4話「偽装映像と暴露合戦は、全世界に配信された」

-----

【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ】

 ……おかしい。

 今日の配信、出力を五倍にしたのは誰だ。
 記録には残っていない。
 誰の指示かも、分からない。

 しかし、結果的に──
 帝国の豊かさが全世界に知れ渡り、
 フローレンスから亡命希望者が殺到している。

 これは、偶然か?

 ……いや。

 偶然が、こうも都合よく続くものか。

 一度目の流出では、私の誤送信。
 二度目の流出では、出所不明の映像。
 そして今回は、出力過多による越境配信。

 全てが、帝国に有利に働いている。
 まるで、誰かが糸を引いているかのように。

 令嬢は、祭りの間ずっと笑っていた。
 あの穏やかな笑顔の裏で、何を考えているのだろう。

 ……考えすぎか。

 うん、考えすぎだ。
 彼女はただの追放令嬢だ。
 こんな大規模な情報操作ができるはずがない。

    ──でも、なぜか背筋が寒い。
    ──二度目だ。この感覚は。
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