皇帝との密会映像が、手違いで全世界に流出しました ~「拷問されている」と元婚約者が騒いでいますが、これただの溺愛です~

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偽装映像と暴露合戦は、全世界に配信された

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【フローレンス王国 聖女マリアの私室 深夜】

-----

 蝋燭の炎が、揺れていた。

 マリアは机の上に広げられた水晶板を見つめていた。
 その表面には、禍々しい紋様が刻まれている。

「これが……『偽装映像』の術式」

 彼女の唇が、弧を描いた。

 水晶板に手をかざすと、淡い光が立ち上る。
 光の中に、二つの人影が浮かび上がった。

 銀髪の男。
 蜂蜜色の髪の女。

 しかし、その顔は──どこか歪んでいた。

「闇国の技術も、たいしたことありませんわね」

 マリアは眉をひそめた。
 顔の造形が、本物と微妙に異なる。
 髪の色も、ほんの少しだけ違う。

「まあ……愚民たちには、これで十分でしょう」

 彼女は指を動かした。
 水晶板の中で、偽りの皇帝が動き始める。

「さあ──帝国の『真実』を、全世界にお見せしますわ」

 マリアの笑い声が、暗い部屋に響いた。

 ──しかし。

 彼女は気づいていなかった。
 部屋の隅で、小さな水晶が静かに光を放っていることを。

-----

【緊急速報 全世界通信水晶網 強制割り込み配信】

送信日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 3日 正午12時00分
送信元:不明(発信地特定不能)
配信範囲:全世界

-----

    (映像開始)

 画面に、見慣れた城の一室が映し出された。

 豪華な調度品。
 高い天井。
 窓から差し込む光。

 そこに立っているのは──

「俺様に逆らうとは、いい度胸だな」

 銀髪の男が、冷たく言い放った。
 その声は、氷のように冷たい──はずだが、どこか芝居がかっていた。

「あなた様……お許しくださいませ……!」

 蜂蜜色の髪の女が、床に膝をついていた。
 その目には、涙が浮かんでいる。
 しかし、髪の色が妙に明るい。普通の金髪に近かった。

「いやぁ……! どうか、見捨てないでくださいませ……!」

 女は両手を組み、懇願した。
 しかし、男は一瞥もくれない。

「俺様の帝国に、お前のような女は必要ない」

 男が背を向けた。

「衛兵、この女を地下牢に連れていけ」

 鎧の音が響く。
 女が引きずられていく。

「いやぁぁぁ!! 陛下ぁぁぁ!!」

    (画面下部に魔導文字が浮かぶ:【衝撃】氷の皇帝、追放令嬢を虐待か)

-----

【同時刻 ヴァルトシュタイン帝国 皇帝執務室】

-----

「陛下!!」

 ハインリヒが、息を切らせて執務室に飛び込んできた。

「大変です! 全世界に、捏造映像が……!」

 彼の顔は、蒼白だった。
 手には、小型の通信水晶が握られている。

 その画面では、偽りの皇帝が令嬢を罵倒していた。

「陛下、これは明らかに偽物です! 今すぐ対策を──」

「うるさい」

 ジークハルトの声が、部屋に響いた。

 彼は執務机に座ったまま、書類に目を通していた。
 その隣には、ティアラが優雅に紅茶を飲んでいる。

「……陛下?」

 ハインリヒは目を丸くした。

「あの、この映像を見てください! 陛下がティアラ様を虐待して──」
「くだらん」

 ジークハルトは、ちらりと画面を見た。
 そして、すぐに視線を書類に戻す。

「余が、ティアラを虐待?」
「はい! いえ、もちろん偽物ですが──」
「では、騒ぐ必要はないな」

 ジークハルトは、書類に署名した。

「しかし陛下、全世界に配信されているのです! このままでは帝国の名誉が──」
「余がティアラを虐待すると思うか」

 ハインリヒは、言葉に詰まった。

 この皇帝は、ティアラに串焼きを「あーん」していた男だ。
 スープを冷まそうとして凍らせた男だ。
 彼女の手を握って帰った男だ。

「……思いません」
「だろう。国民も同じだ」

 ジークハルトの声には、揺るぎない確信があった。

「余を見てきた者なら、あれが偽物だと分かる」
「そ、それはそうですが……」

 ハインリヒは、なおも狼狽えていた。

 しかし、隣のティアラは──

「あら」

 彼女は、画面を覗き込んだ。
 その唇に、かすかな笑みが浮かぶ。

「お芝居が下手ですわね」

 紅茶を一口。

「陛下の声真似、全然似ていませんわ」
「……そうなのか」

 ジークハルトが、少しだけ興味を示した。

「ええ。陛下はあんな風に怒鳴りませんもの」
「余は怒鳴らんな」
「静かに凍らせますわよね」
「うむ」

 二人の会話は、まるで雑談のようだった。

「あ、あの……」

 ハインリヒは、頭を抱えた。

「お二人とも、もう少し危機感を……」
「ハインリヒ」

 ティアラが、彼を見上げた。
 その目は、澄んだ翠色。

「ご心配なく。『真実』は、すぐに明らかになりますわ」
「え?」
「放置しても良いのですが……せっかくですもの」

 彼女は、窓の外を見た。
 青い空が広がっている。

「お返しをして差し上げましょう」
「……お返し?」

 ハインリヒの背筋に、冷たいものが走った。

 ティアラは、にっこりと微笑んだ。

「ええ。倍にして、お返しを」

-----

【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

-----

【緊急】陛下虐待映像について 検証スレ 第1板

1:名無しの帝国民
 なんか変な映像流れてきたぞ

2:名無しの帝国民
 見た
 陛下がティアラ様を虐待してるやつだろ

3:名無しの帝国民
 >>2
 いや、あれ偽物じゃね?

4:名無しの帝国民
 >>3
 だよな
 違和感しかない

5:名無しの帝国民
 まず口調がおかしい
 「俺様」って言ってたぞ

6:名無しの帝国民
 >>5
 本物の陛下は「余」だろ

7:名無しの帝国民
 しかも怒鳴り散らしてた
 陛下はあんな怒鳴らない

8:名無しの帝国民
 >>7
 静かに凍らせるタイプだからな

9:名無しの帝国民
 ティアラ様が「いやぁぁ!」って泣いてたけど
 あの人、串焼き食べながらゴーレム戦見てた人だぞ

10:名無しの帝国民
 >>9
 それな
 「陛下の勇姿を見たかったのです」って言ってた

11:名無しの帝国民
 動じるわけがない

12:名無しの帝国民
 てか、清掃ゴーレムどこ行った

13:名無しの帝国民
 >>12
 それ!
 どこにでもいるのに一体も映ってない

14:名無しの帝国民
 背景の庭園、花咲いてたけど
 今、冬だよな?

15:名無しの帝国民
 >>14
 季節ガバガバで森生える

16:名無しの帝国民
 一番やばいの
 画面端に黒い腕が見切れてたこと

17:名無しの帝国民
 >>16
 見た見た
 記録係かよ

18:名無しの帝国民
 途中で「カット」って声聞こえなかった?

19:名無しの帝国民
 >>18
 聞こえた
 もう森どころじゃない

20:名無しの帝国民
 帝国の紋章も間違ってたぞ

21:名無しの帝国民
 >>20
 鷲の翼、左右逆だった

22:名無しの帝国民
 作った奴、帝国来たことないだろ

23:名無しの帝国民
 結論:偽物確定

24:名無しの帝国民
 誰が作ったんだよこんな粗悪品

25:名無しの帝国民
 どうせフローレンスだろ

26:名無しの帝国民
 >>25
 聖女様(笑)の仕業かな

27:名無しの帝国民
 証拠はないけど確信ある

28:名無しの帝国民
 てか、収穫祭の映像見た後だと
 違和感しかないよな

29:名無しの帝国民
 >>28
 あの「あーん」してた陛下が虐待?
 ありえん

30:名無しの帝国民
 スープ凍らせてしょんぼりしてた陛下だぞ

-----

【ネルヴァス商業連合 某酒場】

-----

 酒場の中は、騒然としていた。

 壁際の大型通信水晶には、例の映像が繰り返し流れている。
 客たちは、グラスを片手に画面を見つめていた。

「おい……あの皇帝、やっぱり暴君だったのか?」
「いや、待て。なんか変じゃないか」

 年配の商人が、眉をひそめた。

「収穫祭の映像を覚えてるか?」
「ああ。串焼きを食べさせ合ってたやつだろ」
「その陛下が、あんな風に怒鳴るか?」

 商人は首を傾げた。

「静かに『冷めろ』って言ったらスープが凍った人だぞ」
「確かに……」
「俺には、あの映像の方が本物に見える」

 別の客が、グラスを煽った。

「てか、顔が違くないか?」
「言われてみれば……」
「令嬢の髪も、もっと綺麗な色だった気がする」
「ああ、蜂蜜色だろ。あの映像のは普通の金髪だ」

 客たちの間に、疑念が広がっていく。

「これ、偽物じゃないか?」
「誰が作ったんだ」
「フローレンスに決まってる」

 酒場に、ざわめきが広がった。

-----

【偽装映像 配信開始から15分後】

-----

 世界中の通信水晶で、同じ議論が巻き起こっていた。

 帝国の民は、最初から偽物だと確信していた。
 他国の民も、収穫祭の映像を見た者は違和感を抱いていた。

 そして──

    (画面に乱れ)

 突如として、映像が途切れた。

「……?」

 世界中の視聴者が、首を傾げる。

 次の瞬間。

    (新たな映像が割り込み)

 画面が、切り替わった。

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【緊急割り込み配信】

送信日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 3日 正午12時17分
送信元:不明
配信範囲:全世界

-----

    (映像開始)
    (画面下部に魔導文字:この映像は昨晩深夜に記録されたものである)

 画面に映ったのは──

 豪華な私室だった。
 しかし、帝国の城ではない。
 見覚えのない紋章が、壁に飾られている。

「……?」

 世界中の視聴者が、困惑した。

 そこに、一人の女性が映り込んだ。

 純白のドレス。
 柔らかな微笑み。
 清らかな──

「あら、今日も私、最高に可愛いですわね」

 女性は、鏡の前でポーズを取っていた。

 両手を頬に当て、うっとりと自分を見つめている。
 その表情は、恍惚としていた。

「ふふ……ふふふ……」

 彼女は、くるりと回った。
 ドレスの裾が、ふわりと広がる。

「聖女マリア様は、今日も美しい……」

 画面の端に、文字が浮かぶ。

    (画面下部に魔導文字:フローレンス王国 聖女マリアの私室)

「……え」

 世界中で、同じ声が漏れた。

-----

【映像ログ004 続き】

-----

 マリアは、鏡の前で独り言を続けていた。

「さて、今日の予定は……」

 彼女は机に向かった。
 そこには、例の水晶板が置かれている。

「偽装映像の配信、うまくいきましたかしら」

 彼女は水晶板を操作した。
 画面に、偽りの皇帝と令嬢が映る。

「ふふ……なかなかの出来ですわ」

 マリアの唇が、歪んだ笑みを描いた。

「闇国から買ったこの術式、少し顔が変ですけれど……」

 彼女は肩をすくめた。

「まあ、愚民たちは騙せるでしょう」

 その言葉に、世界中の「愚民」たちが目を丸くした。

「あの氷の皇帝を悪役に仕立て上げれば……」

 マリアは窓の外を見た。
 その目には、野心の光が宿っている。

「フローレンスの民衆は、帝国を憎むようになる」

 彼女は、ゆっくりと歩き始めた。

「そして、帝国への亡命を止めることができますわ」

 机の上の書類を手に取る。

「私の計画どおりに」

    (画面下部に魔導文字:【速報】偽装映像の黒幕、自白中)

-----

【同時刻 ネルヴァス商業連合 某酒場】

-----

「……おい」
「見てる」
「聖女様、自分でバラしてるぞ」
「女神の御許へ……」

 酒場は、静まり返っていた。

 全員が、通信水晶を凝視している。
 グラスを持つ手が、震えていた。

「つまり、さっきの映像は……」
「偽物確定」
「しかも、聖女が作った」
「これは……」

 客たちの目が、輝いた。

「最高の茶番だ」

-----

【映像ログ004 核心部分】

-----

 マリアは、書類を広げていた。

「アルベルト殿下は、もう用済みですわ」

 彼女の声は、冷たかった。

「あの愚かな王太子のおかげで、計画が狂いましたもの」

 書類を机に叩きつける。

「救出作戦の失敗、外交問題、賠償金……」

 彼女は深いため息をついた。

「全て、あの方の暴走のせいですわ」

 窓の外を見る。
 月明かりが、彼女の顔を照らしていた。

「次は、もっと御しやすい王が必要です」

 彼女の目が、鋭く光った。

「アルベルト殿下が失脚すれば……第二王子を傀儡にできますわ」

 マリアは、机の引き出しを開けた。
 中から、一冊の帳簿を取り出す。

「この裏帳簿があれば、何人もの貴族を脅せる」

 帳簿を開く。
 そこには、びっしりと名前と金額が書かれていた。

「彼らの弱みは、全て握っていますもの」

    (画面下部に魔導文字:【衝撃】聖女、貴族を脅迫か)

 マリアは、帳簿を閉じた。

「そして、あのティアラ……」

 彼女の声が、低くなった。

「あの女が帝国で幸せになるなんて、許せませんわ」

 拳が、震えていた。

「私より目立つ女は、消さなければ」

 マリアは鏡に向かって歩いた。

「でも、焦る必要はありませんわ」

 彼女は、鏡の中の自分を見つめた。
 そして──

 顔に手をやった。

「この聖女の仮面を被っている限り、誰も私を疑わない」

 彼女の指が、頬に触れた。

 ペリ。

 何かが、剥がれる音。

 マリアの顔から、薄い膜のようなものが剥がれていく。
 それは──魔術的な変装だった。

「ああ……窮屈ですわ、この顔」

 彼女は、素顔を晒した。

 柔らかな微笑みは消えていた。
 代わりに、冷酷な表情が浮かんでいる。
 目は細く、唇は薄く引き結ばれていた。

「こっちが本当の私」

 マリアは、鏡に向かって笑った。
 それは、聖女の笑顔ではなかった。

 獣のような、歪んだ笑み。

「ふふ……ふふふふふ……」

 笑い声が、部屋に響く。

    (画面下部に魔導文字:【緊急】聖女の素顔、流出)
    (画面隅に小窓:フローレンス王国 民衆の悲鳴が聞こえる)

-----

【同時刻 フローレンス王国 王都広場】

-----

 広場には、大型の通信水晶が設置されていた。
 普段は王宮からの布告を映すものだ。

 今、そこには──

「消して!! 消しなさい!!」

 聖女マリアの素顔が、映し出されていた。

 広場に集まった民衆は、言葉を失っていた。
 あの清らかな聖女が、こんな顔を──

「嘘だ……」
「聖女様が……」
「あれが、本当の顔……?」

 ざわめきが広がる。

「偽装映像を作っていたのは……」
「聖女様だったのか……」
「俺たちを『愚民』呼ばわりして……」

 怒りの声が、上がり始めた。

「ふざけるな!!」
「騙されていたのか!!」
「聖女の仮面を被っていただと!?」

 民衆の怒号が、広場を満たしていく。

-----

【フローレンス王国 聖女マリアの私室】

-----

「きゃあああああ!!」

 マリアは、悲鳴を上げていた。

 目の前の通信水晶には、自分の姿が映っている。
 鏡の前で独り言を言う自分。
 素顔を晒す自分。
 全てが、全世界に配信されていた。

「消して!! 消しなさい!!」

 彼女は通信水晶を掴んだ。
 壁に叩きつける。

 ガシャン!

 水晶が砕け散った。
 しかし、配信は止まらない。

「なぜ……なぜ、こんなことに……!!」

 マリアは膝をついた。
 彼女の計画は、完全に崩壊していた。

 その時。

 部屋の隅が、淡く光った。

「……っ!」

 マリアの目が、そこに向いた。

 小さな水晶が、棚の影に隠れていた。
 それは静かに光を放ち──記録を続けていた。

「これ……いつから……」

 彼女の声が、震えた。

「誰が……こんなものを……」

 答えは、なかった。

 しかし、マリアの頭に一人の女の顔が浮かんだ。

 蜂蜜色の髪。
 翠色の瞳。
 穏やかな微笑み。

「まさか……ティアラ……?」

 彼女の顔が、蒼白になった。

「あの女が……最初から……」

 マリアは、床に座り込んだ。

「私は……最初から、踊らされていた……?」

 その問いに、答える者はいなかった。

-----

【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

-----

【女神の裁き回】聖女暴露スレ 第1板

1:名無しの帝国民
 スレ立て

2:名無しの帝国民
 早すぎ

3:名無しの帝国民
 いや立てるだろ
 さっきの見たか

4:名無しの帝国民
 見た
 聖女(笑)が全部バラしてた

5:名無しの帝国民
 自分で「愚民は騙せる」って言ってたな

6:名無しの帝国民
 俺たち愚民だったのか

7:名無しの帝国民
 いや、騙されなかったから愚民じゃない

8:名無しの帝国民
 >>7
 天才か

9:名無しの帝国民
 偽装映像のクオリティ低すぎて
 最初から偽物って分かってた

10:名無しの帝国民
 「俺様」って言ってた時点でな

11:名無しの帝国民
 清掃ゴーレムいなかったし

12:名無しの帝国民
 てか、あの素顔
 本当に同一人物?

13:名無しの帝国民
 >>12
 変装の魔術剥がしてたぞ

14:名無しの帝国民
 聖女の仮面(物理)

15:名無しの帝国民
 森生える

16:名無しの帝国民
 「私より目立つ女は消す」って言ってた

17:名無しの帝国民
 >>16
 性格悪すぎ

18:名無しの帝国民
 アルベルト殿下も用済み扱いされてたな

19:名無しの帝国民
 >>18
 あの王太子、利用されてただけかよ

20:名無しの帝国民
 木から落ちた上に利用されてた

21:名無しの帝国民
 かわいそう
 ……かわいそうか?

22:名無しの帝国民
 >>21
 自業自得だろ

23:名無しの帝国民
 てか、誰が撮ったんだあの映像

24:名無しの帝国民
 >>23
 小さい記録水晶が部屋に仕込まれてたらしい

25:名無しの帝国民
 誰がそんなことを

26:名無しの帝国民
 >>25
 ……ティアラ様?

27:名無しの帝国民
 >>26
 まさか

28:名無しの帝国民
 いや、でもあの人
 収穫祭の時も余裕だったよな

29:名無しの帝国民
 紅茶飲みながらゴーレム戦見てた人だぞ

30:名無しの帝国民
 底知れない……

31:名無しの帝国民
 まあ、俺たちの味方だからいいか

32:名無しの帝国民
 >>31
 それな

33:名無しの帝国民
 帝国民として誇らしい

34:名無しの帝国民
 フローレンスの民、今どんな気持ち?

35:名無しの帝国民
 >>34
 広場で暴動起きてるらしいぞ

36:名無しの帝国民
 聖女に騙されてたってバレたからな

37:名無しの帝国民
 自業自得……でもないか

38:名無しの帝国民
 民衆は被害者だろ

39:名無しの帝国民
 また亡命希望者増えそう

40:名無しの帝国民
 歓迎するぞ

-----

【ヴァルトシュタイン帝国 皇帝私室】

-----

 窓から夕日が差し込んでいた。

 ジークハルトは、窓際に立っていた。
 その隣には、ティアラがいる。

「終わりましたわね」

 ティアラは、紅茶を一口飲んだ。

「ああ」
「マリア様は、ご自分で全てをお話しになりました」
「そうだな」

 ジークハルトの目には、冷たい光が宿っていた。

「あの女……余のティアラを陥れようとした」

 彼の周囲の空気が、冷え始めた。
 窓のガラスに、霜が降り始める。

「陛下」

 ティアラが、彼の手に触れた。

 彼女の手は、温かかった。

「もう十分ですわ」
「……」
「彼女は、自滅しましたもの」

 ティアラは、穏やかに微笑んだ。

「これ以上は、必要ありません」

 ジークハルトの表情が、少しだけ緩んだ。
 周囲の冷気も、和らいでいく。

「……分かった」
「ありがとうございます、陛下」

 ティアラは、窓の外を見た。
 夕日が、街を橙色に染めている。

「美しい夕焼けですわね」
「ああ」
「陛下と見られて、嬉しいですわ」
「……そうか」

 ジークハルトの耳が、かすかに赤くなった。

「余も……悪くない」
「まあ」

 ティアラは、くすくすと笑った。

「陛下、素直になられましたわね」
「黙れ」
「ふふ」

 二人は、夕日を見つめていた。

 その手は、いつの間にか──

 繋がれていた。

-----

【フローレンス王国 翌朝の新聞(号外)】

-----

【衝撃】聖女マリアの正体、全世界に暴露
──偽装映像の黒幕、自ら語る──

 昨日正午、全世界の通信水晶に衝撃的な映像が流れた。

 フローレンス王国の聖女マリアが、自室で独り言を語る映像である。

 映像の中でマリアは、以下のことを認めた。

 一、帝国を貶める「偽装映像」を闇国から購入したこと。
 二、アルベルト王太子を「用済み」と見なしていること。
 三、複数の貴族の弱みを握り、脅迫していること。
 四、「聖女の仮面」を被っていたこと(変装魔術を使用)。

 この映像を受け、王都では大規模な暴動が発生。
 民衆は王宮前に集まり、「聖女の処罰」を要求している。

 なお、王宮は「調査中」としかコメントしていない。

 (関連記事:2面「マリアの素顔──変装魔術の詳細」)
 (関連記事:3面「誰が記録装置を仕込んだのか──謎は深まる」)
 (関連記事:5面「帝国への亡命希望者、さらに増加」)

-----

【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ】

-----

 ……やはり、だ。

 今回の「暴露配信」。
 あれは、誰がやった?

 帝国の公式配信設備は、一切動いていなかった。
 つまり、別のルートで配信されたということだ。

 そして、マリアの私室に仕込まれていた記録装置。
 あれは、いつ設置された?

 考えられるのは──

 二度目の流出の後だ。

 ティアラ嬢は、極秘ログで言っていた。
 「マリアの部屋にも記録装置を仕込んだ」と。

 ……聞いていたのか、あのログを?
 いや、私は聞いていない。
 だが、消去されたログの中に、そんな内容があったのではないか。

 仮にそうだとすると──

 今回の暴露配信は、彼女が仕組んだことになる。

 偽装映像が流れることを、事前に知っていた。
 だからこそ、「お返し」の準備ができていた。

 「放置しても良いのですが」──彼女は言った。
 つまり、放置しても民衆が偽物だと気づくと分かっていた。
 それでも「お返し」をしたのは──

 より大きなダメージを与えるため?
 それとも──

 ……考えすぎか。

 いや、もう「考えすぎ」では済まない。

 一度目の流出は、私の誤送信。
 二度目の流出は、出所不明の映像。
 三度目は、出力過多による越境配信。
 そして今回は、完璧なタイミングでの暴露配信。

 全てが、帝国に有利に働いている。
 全てが、彼女の計画通りに見える。

 ティアラ嬢は、いつも穏やかに微笑んでいる。
 「陛下のお傍が一番」と言っていた。

 しかし──

 その笑顔の裏で、何を考えているのか。
 私には、分からない。

    ──背筋が寒い。
    ──三度目だ。
    ──今度こそ、確信に近い。

-----

【極秘ログ──送信者不明】

-----

記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 3日 深夜11時59分
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]

-----

    (音声のみ)

 カリカリ。
 羽ペンが紙を走る音。

「……ふう」

 女の声。
 穏やかで、どこか満足げな。

「マリア様、さようなら」

 ペンを置く音。

「あなたの計画は、全て筒抜けでしたのよ」

 紙をめくる音。

「偽装映像を作ることも、配信する日時も……」

 くすくすと、笑い声。

「だから、カウンターの準備ができましたの」

 椅子が軋む音。

「さて、次は──」

 間。

「闇国ですわね」

 声が、少しだけ低くなった。

「偽装映像の技術を売った国。マリア様に禁忌の呪詛を渡した国」

 羽ペンを取る音。

「彼らにも、お礼をして差し上げなければ」

 カリカリ。
 ペンが紙を走り始める。

「帝国に仇なす者には、報いを」

 書き続ける音。

「それが──私の役目ですもの」

 カリカリ、カリカリ。

 不意に、ペンが止まった。

「……陛下は、何もご存じなくていいのです」

 声が、柔らかくなった。

「陛下は、お優しい方ですから」

 ため息。

「だから、汚れ仕事は私が」

 カリカリ。
 再び、ペンが動き始める。

「全ては、陛下のため」

 間。

「……それだけですわ」

 ノイズ。

 そして──

「あら、陛下」

 声が、一瞬で上品な令嬢のものに変わる。

「こんな時間に、いかがなさいましたの?」
「……また、起きていたのか」
「少し、お手紙を書いておりまして」
「無理をするな」
「ありがとうございます、陛下」

 足音が近づく。

「……余と一緒に寝ろ」
「えっ」
「隣にいれば、夜更かしも止められるだろう」
「そ、それは……陛下、あの……」
「何だ」
「私、そういうつもりでは……」
「何のことだ」

 沈黙。

 そして、小さな笑い声。

「……ふふ。陛下は、いつも直球ですわね」
「褒めているのか」
「ええ。とても」

 衣擦れの音。

「では、お言葉に甘えて」
「……ああ」

 足音が遠ざかる。

 そして──

 ほんの小さな、呟き。

「……あの方の隣は、温かいですわね」

    (ログ終了)
    (このファイルは自動消去されました)

-----

【次回予告】

聖女マリアの失墜により、フローレンス王国は大混乱に陥った。
しかし、闇国の影がまだ蠢いている。

一方、ハインリヒはついに確信に近づいた。
全ての映像流出の裏に、一人の女がいることを。

そして、ティアラの「次の標的」が明らかになる。

第5話「国家崩壊と求婚は、全世界に配信された」

-----

【おまけ:フローレンス王国 某村の声】

-----

「ねえ、聖女様って……」
「ああ。全部嘘だったらしいぞ」
「じゃあ、俺たちを救ってくれるって言ってたのも……」
「嘘だな」
「……なあ」
「ん?」
「帝国に行かないか」
「……行くか」
「あっちには、本物の幸せがありそうだ」
「串焼きもあるしな」
「スープも凍らせてもらえるかもしれない」
「それはいらん」
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