【完結】皇帝との密会映像が、手違いで全世界に流出しました ~「拷問されている」と元婚約者が騒いでいますが、これただの溺愛です~

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国家崩壊と求婚は、全世界に配信された

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【フローレンス新聞 号外 帝国歴四〇三年 冬 第一の月 7日】

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【緊急】王都、炎上
──民衆蜂起、三日目へ突入──

 聖女マリアの正体暴露から四日。
 王都は未だ、混乱の渦中にある。

 民衆は王宮前広場を占拠。
 「聖女を処罰せよ」「王家に責任を取らせろ」の怒号が、昼夜を問わず響いている。

 各地で火の手が上がり、商店の略奪も発生。
 近衛騎士団は鎮圧に追われているが、人員不足は明らかだ。

 一方、王宮からの公式発表は未だない。
 アルベルト王太子は姿を見せず、国王陛下も沈黙を守っている。

 関係者によれば、王太子は自室に籠もり、誰にも会おうとしないという。

 なお、亡命希望者は一夜で三千人を突破した。
 国境の検問所は機能を停止しており、事実上の開放状態となっている。

 (関連記事:2面「聖女マリア、行方不明に」)
 (関連記事:3面「第二王子派、動く──王位継承問題、再燃か」)
 (関連記事:5面「帝国、沈黙の意味──軍事介入はあるのか」)

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【フローレンス王国 王宮 王太子の私室 同日】

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 部屋は暗かった。

 カーテンが引かれ、蝋燭の火すら灯されていない。
 かすかに差し込む光だけが、室内を照らしていた。

 アルベルトは、床に座り込んでいた。

 金色の髪は乱れ、目の下には深い隈。
 かつての威厳は、どこにも見当たらなかった。

「……なぜだ」

 彼は、壁に向かって呟いた。

「なぜ、こうなった」

 手元には、折れた剣。
 先日、怒りに任せて柱に叩きつけたものだ。

「俺は……王太子だぞ」

 声が、かすれていた。

「この国の未来を背負う者だぞ……」

 扉を叩く音が響いた。

「殿下! 殿下!」

 側近の声だ。
 しかし、アルベルトは答えなかった。

「殿下、民衆が王宮の門を破ろうとしています! ご指示を!」

「……知らん」

 アルベルトは、顔を上げなかった。

「殿下!?」
「俺に何ができる。……マリアに騙され、帝国に恥を晒し、民に見放された俺に」

 扉の向こうで、側近が言葉を失う気配がした。

「……殿下」
「出ていけ。俺は……もう、何もしたくない」

 足音が、遠ざかっていく。

 アルベルトは、再び壁を見つめた。
 その目には、何も映っていなかった。

 ──ただ一つの顔を除いて。

 蜂蜜色の髪。
 翠色の瞳。
 かつて自分が捨てた女。

「ティアラ……」

 彼の唇が、その名を呟いた。

「お前は……今、何を思っている……」

 答える者は、いなかった。

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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

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【速報】フローレンス炎上中 実況スレ 第3板

1:名無しの帝国民
 三日目突入

2:名無しの帝国民
 まだ燃えてるのか

3:名無しの帝国民
 王宮の門、そろそろ破られそうらしい

4:名無しの帝国民
 近衛騎士団何やってんの

5:名無しの帝国民
 >>4
 人手足りないんだと
 そりゃそうだ、半分くらい亡命してるし

6:名無しの帝国民
 騎士も亡命してて森生える

7:名無しの帝国民
 王太子は?

8:名無しの帝国民
 >>7
 部屋から出てこないらしい

9:名無しの帝国民
 引きこもり王太子で世界樹越えた

10:名無しの帝国民
 てか聖女どこ行った

11:名無しの帝国民
 >>10
 行方不明
 逃げたんじゃね

12:名無しの帝国民
 素顔バレてるのにどこに逃げるんだよ

13:名無しの帝国民
 闇国じゃないか
 あいつら偽装映像売ってたし

14:名無しの帝国民
 類友

15:名無しの帝国民
 帝国は何かするの?

16:名無しの帝国民
 >>15
 陛下、今日緊急会見するらしい

17:名無しの帝国民
 マジ?

18:名無しの帝国民
 全世界配信だって

19:名無しの帝国民
 何の発表だろ

20:名無しの帝国民
 フローレンスへの宣戦布告?

21:名無しの帝国民
 >>20
 今さら戦争する必要なくね
 勝手に崩壊してるし

22:名無しの帝国民
 それもそうか

23:名無しの帝国民
 じゃあ何だろ

24:名無しの帝国民
 見てれば分かるだろ

25:名無しの帝国民
 正午からか
 待機するわ

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【ヴァルトシュタイン帝国 皇帝私室 同日 朝】

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 朝日が、部屋を照らしていた。

 大きな寝台の上。
 銀髪の男と、蜂蜜色の髪の女が、隣り合って眠っていた。

 ──いや、一人は既に目を覚ましていた。

 ティアラは、静かに目を開けた。
 隣で眠るジークハルトの横顔を、そっと見つめる。

 ……こうして見ると、本当に綺麗な顔ですわね。

 彼女の唇に、かすかな笑みが浮かんだ。

 氷の皇帝。
 血も涙もない暴君。
 そう呼ばれるこの人が、今は穏やかな寝顔を見せている。

 ……まるで子供のよう。

 ティアラは、そっと手を伸ばした。
 銀色の髪に、指先が触れる。

 その瞬間。

「……起きていたのか」

 低い声が響いた。

「あっ」

 ティアラの指が、止まった。

 ジークハルトが、目を開けていた。
 切れ長の瞳が、彼女を見つめている。

「お、おはようございます、陛下」
「おはよう」
「その……起こしてしまいましたか」
「いや」

 ジークハルトは、ゆっくりと身を起こした。

「お前の気配で目が覚めた」
「まあ」
「……悪い意味ではない」

 彼の耳が、かすかに赤くなった。

「お前が傍にいると、よく眠れる」
「……っ」

 ティアラの頬にも、朱が差した。

「陛下、朝から直球すぎますわ」
「事実を述べただけだ」
「それが直球だと申し上げているのです」
「よく分からん」

 ジークハルトは首を傾げた。
 本当に分かっていないらしい。

 ティアラは、小さくため息をついた。
 そして──くすりと笑った。

「相変わらずですわね、陛下」
「何がだ」
「いいえ、何でもありませんわ」

 彼女は寝台から降りた。
 窓辺に歩み寄り、カーテンを開ける。

 朝日が、部屋に溢れた。

「……今日、全世界に向けて会見を行うと聞きましたが」
「ああ」

 ジークハルトも、寝台から降りた。

「フローレンスの情勢について、帝国の立場を表明する」
「なるほど」
「……と、側近どもは思っているようだがな」

 彼の声に、かすかな笑みが混じった。

「陛下?」
「ティアラ」

 ジークハルトが、彼女の傍に立った。
 朝日の中、二人の影が重なる。

「今日の会見に、同席してくれ」
「……私がですか?」
「ああ」

 彼の手が、彼女の手に触れた。

「大事な話がある」
「……何の話ですの?」

 ティアラは、首を傾げた。

 ジークハルトは答えなかった。
 ただ、彼女の手を握り締めた。

 その手は──少しだけ、震えていた。

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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ】

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 正午の会見まで、あと二時間。

 陛下から「全世界配信の準備をせよ」と命じられた。
 内容については、何も聞かされていない。

 側近たちは、フローレンスへの方針発表だと考えている。
 宣戦布告か、あるいは不介入の宣言か。

 しかし、私には別の予感がある。

 今朝、陛下の私室から出てきたティアラ嬢を見た。
 彼女は、いつもより少しだけ──頬を染めていた。

 そして、陛下は。
 あの氷の皇帝が、鏡の前で何度も髪を整えていた。

 ……まさか、とは思う。
 しかし、あの二人のことだ。

 国際情勢そっちのけで、とんでもないことをしでかす可能性は──

 ──ある。

 大いに、ある。

 女神よ、どうか私の胃を守りたまえ。

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【緊急速報 全世界通信水晶網 公式配信】

送信日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 7日 正午12時00分
送信元:ヴァルトシュタイン帝国 王城 大謁見の間
配信範囲:全世界

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    (映像開始)

 画面に映し出されたのは、壮麗な大広間だった。

 高い天井。
 煌めくシャンデリア。
 紅と金の絨毯が、玉座まで続いている。

 その玉座の前に、一人の男が立っていた。

 銀髪。
 切れ長の瞳。
 純白の正装を纏った姿は、まさに氷の皇帝の名にふさわしい。

「帝国臣民、並びに全世界の諸君」

 ジークハルトの声が、広間に響いた。

「今日、余は重大な発表を行う」

 世界中の視聴者が、固唾を呑んだ。

 フローレンスの民は、震えていた。
 これは宣戦布告か。軍事介入の宣言か。

 帝国の民は、期待に胸を膨らませていた。
 陛下が何を発表するのか。

 ネルヴァス商業連合の商人たちは、酒場で賭けを始めていた。
 「戦争」に三対一、「不介入」に二対一──

「隣国フローレンスの情勢について」

 ジークハルトは、手元の紙に目を落とした。

「聖女を自称する女の陰謀が発覚し、王国は混乱の渦中にある」

 彼は淡々と読み上げた。

「民衆は蜂起し、王宮は包囲されている。亡命者は数千人に達した」

 紙をめくる。

「この事態に対し、帝国としての見解を述べる」

 全世界が、息を止めた。

 ジークハルトは、顔を上げた。

「──どうでもいい」

 ……え?

 世界中で、同じ反応が起きた。

「隣国が燃えようが、王が倒れようが、余の知ったことではない」

 ジークハルトは、手元の紙を握り締めた。

 次の瞬間。

 バキッ。

 紙が、凍りついた。
 そして、粉々に砕け散った。

「つまらん原稿だ」

 彼は、破片を払い落とした。

「側近どもが用意したが、余が言いたいのはこんなことではない」

 広間に、ざわめきが広がった。

 その時──

 画面の端から、一人の女性が歩み出た。

 蜂蜜色の髪。
 翠色の瞳。
 純白のドレスを纏った姿は、まるで女神のようだった。

「……ティアラ」

 ジークハルトの声が、かすかに震えた。

 彼は、彼女の傍に歩み寄った。

「余が今日、全世界に伝えたいことは一つだけだ」

 彼の目は、ティアラだけを見ていた。
 カメラも、側近も、全世界の視聴者も──彼の視界には入っていなかった。

「余は、この世界で最も価値あるものを手に入れた」

 彼は、静かに語り始めた。

「領土でも、富でも、軍事力でもない」

 一歩、彼女に近づく。

「──ティアラだ」

 大広間が、静まり返った。

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【同時刻 ネルヴァス商業連合 某酒場】

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「おい」
「見てる」
「戦争の話じゃないぞ、これ」
「……何が始まるんだ?」

 客たちは、通信水晶を凝視していた。

 画面の中で、氷の皇帝が追放令嬢を見つめている。
 その目は、まるで──

「恋する若者の目だ」
「嘘だろ」
「氷の皇帝が……」

 賭けをしていた商人たちが、顔を見合わせた。

「……これ、何に賭けてた?」
「戦争か不介入か」
「それ以外の選択肢は」
「なかった」
「じゃあ全員負けか」
「いや、誰も勝ってないからノーゲームだろ」

 酒場のあちこちで、似たような会話が交わされていた。

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【映像ログ005 続き】

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「一年前、余はお前と出会った」

 ジークハルトは、語り続けた。

「フローレンスの舞踏会。お前は壁際で、つまらなそうに立っていた」
「……覚えていらっしゃるのですか」

 ティアラの声が、かすかに震えた。

「忘れるわけがない」

 ジークハルトの目が、柔らかくなった。

「余に声をかける者は多かった。だが、お前だけが違った」
「……」
「お前は余を見て、こう言った」

 彼は、わずかに口元を緩めた。

「『陛下、退屈そうですわね。私もですの』」

 ティアラの頬に、朱が差した。

「あ、あれは……その場の勢いで……」
「余は驚いた」

 ジークハルトは、一歩近づいた。

「氷の皇帝と呼ばれる余に、あんな風に話しかける者はいなかった」
「……」
「あの瞬間、余の心は──」

 彼は、言葉を探すように沈黙した。

「──溶け始めていた」

 大広間が、再び静まり返った。

 ティアラは、目を丸くしていた。
 その目に、うっすらと涙が浮かんでいる。

「陛下……」
「余の心は氷だった」

 ジークハルトは、右手を差し出した。

 その掌に、淡い光が集まり始めた。
 冷気が渦を巻き、形を成していく。

 やがて現れたのは──

 指輪だった。

 透明な氷で出来た、美しい指輪。
 しかし、ただの氷ではない。

 その輝きは、ダイヤモンドよりも美しかった。
 永遠に溶けることのない、永久氷晶。

「余の全てを込めた」

 ジークハルトは、指輪を掲げた。

「この氷は、決して溶けない。余の愛のように」

 彼は、片膝をついた。

 氷の皇帝が、追放令嬢の前に跪いている。
 全世界が、その光景を見つめていた。

「ティアラ」

 彼の声は、震えていた。

「余の皇后になってくれ」

 間。

「……一生、余の膝の上で暮らしてくれ」

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【同時刻 フローレンス王国 王都広場】

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 広場は、静まり返っていた。

 つい先ほどまで、民衆は怒号を上げていた。
 王宮の門を破ろうとしていた。

 しかし、今──

 全員が、広場に設置された大型通信水晶を見つめていた。

「……膝の上で暮らせ?」
「何を言ってるんだ、あの皇帝」
「いや、それより……」

 一人の女性が、呟いた。

「羨ましい……」

 その声に、周囲の女性たちが頷いた。

「分かる」
「あんな風に愛されたい」
「あの指輪、永久氷晶じゃない?」
「永遠に溶けないやつ……」
「ロマンチックすぎる……」

 暴動の熱気は、どこかへ消えていた。
 代わりに、別の感情が広がっていく。

「……なあ」
「ん?」
「俺たち、何で怒ってたんだっけ」
「聖女に騙されたから、だろ」
「そうか……」

 男は、通信水晶を見つめた。

「でも、あっちの方が良さそうだな」
「ああ」
「愛されてるし、平和だし」
「飯も美味いし」
「……亡命するか」
「だな」

 広場のあちこちで、似たような会話が交わされていた。

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【映像ログ005 クライマックス】

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 ティアラは、目の前の光景を見つめていた。

 氷の皇帝が、跪いている。
 世界で最も強大な男が、自分の前に膝をついている。

 手には、永久氷晶の指輪。
 溶けることのない、永遠の愛の象徴。

 ──嘘みたい。

 彼女の心臓が、激しく鳴っていた。

 これまで、彼女は常に冷静だった。
 全ての流出を操り、敵を社会的に抹殺し、帝国の名声を高めてきた。

 しかし、今──

 頬が熱い。
 視界が滲む。
 言葉が、出てこない。

「……ティアラ?」

 ジークハルトの声が、かすかに不安げになった。

「返事を、聞かせてくれ」

 彼の手が、わずかに震えている。
 氷の皇帝が、怯えている。

 その姿を見て──

 ティアラは、ようやく口を開いた。

「……膝の上で暮らすのは」

 彼女の声は、かすかに震えていた。

「お断りですわ」

 ジークハルトの表情が、一瞬凍りついた。

 世界中の視聴者が、息を呑んだ。

 しかし、ティアラは続けた。

「歩けなくなりますもの」

 彼女の唇に、笑みが浮かんだ。

「でも──」

 彼女は、左手を差し出した。

「陛下のお隣なら」

 その声は、もう震えていなかった。

「一生、歩んでいけますわ」

 ジークハルトの目が、見開かれた。

 次の瞬間──

 彼は立ち上がり、ティアラの手を取った。
 永久氷晶の指輪が、彼女の薬指に滑り込む。

 その手を、そのまま引き寄せた。

「陛下? ちょっ……」

 ティアラの言葉は、途中で途切れた。

 ジークハルトが、彼女を抱きしめていた。
 全世界の前で、氷の皇帝が追放令嬢を──

「……ありがとう」

 彼の声は、誰にも聞こえないほど小さかった。

「余の、最愛の人」

 ティアラの目から、涙がこぼれた。

    (画面下部に魔導文字:【速報】氷の皇帝、追放令嬢に求婚──全世界生中継)
    (画面隅に小窓:フローレンス王都広場──民衆、呆然と見入る)

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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

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【女神の祝福】陛下求婚スレ 第1板

1:名無しの帝国民
 おめでとおおおおおおおおお!!!!

2:名無しの帝国民
 スレ立て早すぎて森生える

3:名無しの帝国民
 いや立てるだろ!!

4:名無しの帝国民
 陛下あああああ!!

5:名無しの帝国民
 ティアラ様ああああああ!!

6:名無しの帝国民
 「一生膝の上で暮らせ」で森生える

7:名無しの帝国民
 >>6
 陛下らしいわ

8:名無しの帝国民
 でもティアラ様の返しが完璧すぎた

9:名無しの帝国民
 「歩けなくなりますもの」
 「お隣なら一生歩んでいけます」

10:名無しの帝国民
 >>9
 聖女級の輝き

11:名無しの帝国民
 涙出てきた

12:名無しの帝国民
 俺もだ

13:名無しの帝国民
 永久氷晶の指輪……

14:名無しの帝国民
 >>13
 「余の愛のように溶けない」って

15:名無しの帝国民
 陛下、たまにポエマーになるよな

16:名無しの帝国民
 >>15
 愛の力だろ

17:名無しの帝国民
 てか、陛下の魔力すごくね

18:名無しの帝国民
 >>17
 永久氷晶をその場で作るとか
 普通は工房で何日もかかるぞ

19:名無しの帝国民
 愛の力(物理)

20:名無しの帝国民
 世界樹越えた

21:名無しの帝国民
 フローレンスの崩壊見てたはずなのに

22:名無しの帝国民
 >>21
 結婚式見てた

23:名無しの帝国民
 それな

24:名無しの帝国民
 陛下「どうでもいい」は名言

25:名無しの帝国民
 >>24
 隣国燃えてるのに森生えるわ

26:名無しの帝国民
 「それより余の妻を見ろ」の気概

27:名無しの帝国民
 実際、見たいからな

28:名無しの帝国民
 分かる

29:名無しの帝国民
 これでティアラ様が正式に皇后になるのか

30:名無しの帝国民
 帝国の母

31:名無しの帝国民
 最高かよ

32:名無しの帝国民
 おめでとうございます!!

33:名無しの帝国民
 末永くお幸せに!!

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【同時刻 フローレンス王国 王宮 王太子の私室】

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 アルベルトは、通信水晶を見つめていた。

 画面の中で、氷の皇帝が追放令嬢を抱きしめている。
 永久氷晶の指輪が、彼女の指で輝いている。

「……嘘だ」

 彼の声は、かすれていた。

「嘘だ……ティアラが……あんな奴と……」

 彼は、通信水晶を掴んだ。

「違う……あいつは俺の婚約者だった……俺のものだったはずだ……!」

 水晶を、床に叩きつけようとした。

 その時──

 扉が、蹴り破られた。

「王太子殿下!」

 鎧姿の騎士たちが、なだれ込んできた。

「な、何だ!?」
「ご同行願います」

 騎士たちの目は、冷たかった。

「何を……俺は王太子だぞ!」
「存じております」

 先頭の騎士が、一歩前に出た。
 その紋章は、近衛騎士団のものではなかった。

 第二王子派──

「民衆の怒りを鎮めるため、聖女事件の責任者を処罰する必要があります」
「責任者……? 俺は騙されていただけだ!」
「それを決めるのは、殿下ではありません」

 騎士たちが、アルベルトを取り囲んだ。

「あなたは聖女と共謀し、国際問題を引き起こした」
「違う! 俺は知らなかった!」
「証拠は十分にあります」

 騎士の声は、容赦なかった。

「救出作戦の発動命令、禁忌の呪詛の使用未遂──」
「あれはマリアが!」
「全て、あなたの名で行われました」

 アルベルトの顔が、蒼白になった。

「殿下。国民の怒りを鎮めるには、誰かが責任を取らねばなりません」

 騎士は、静かに言った。

「そして、聖女は逃亡しました」
「……つまり」
「残ったのは、あなただけです」

 アルベルトの膝から、力が抜けた。

 床に崩れ落ちる彼を、騎士たちが両脇から抱え上げた。

「お待ちください……お待ちください!」

 彼は叫んだ。

「俺は……俺は王太子だぞ! この国の未来を……!」
「未来?」

 騎士の声には、かすかな嘲りが混じっていた。

「殿下が壊したのですよ。この国の未来を」

 アルベルトは、引きずられていった。

 彼の悲鳴が、廊下に響いていた。

「ティアラァァァ!! お前のせいだ!! お前が俺を裏切ったから──!!」

 しかし、その声は──

 誰にも届かなかった。

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【ネルヴァス商業連合 某酒場】

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「見たか、今の」
「ああ。王太子、連行されてた」
「いい気味だ」
「呪われろ、あの馬鹿」

 客たちは、グラスを掲げた。

「帝国皇帝と追放令嬢の婚約に」
「乾杯!」

 杯が、高々と掲げられた。

「しかし、これでフローレンスはどうなるんだ」
「第二王子が継ぐんじゃないか」
「あいつはまともなのか?」
「知らん。でも、あの兄よりはマシだろ」

 商人たちは、肩をすくめた。

「まあ、俺たちには関係ないさ」
「そうだな」
「商売が続けばいい」
「それより、帝国との交易を増やした方がいいかもな」
「ああ、皇后になるティアラ様は商才があるって話だし」

 酒場は、祝福と商売の話で賑わっていた。

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【ヴァルトシュタイン帝国 皇帝私室 深夜】

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 月明かりが、部屋を青白く照らしていた。

 大きな寝台の上。
 ティアラは、壁に背を預けて座っていた。

 左手の薬指には、永久氷晶の指輪。
 月光を受けて、静かに輝いている。

 その隣で、ジークハルトが眠っていた。
 穏やかな寝息が、規則正しく聞こえる。

「……まだ信じられませんわ」

 ティアラは、指輪を見つめた。

 今日、全世界の前でプロポーズされた。
 永久氷晶の指輪を贈られた。
 氷の皇帝の、皇后になった。

 ──夢のような一日。

 彼女は、隣で眠る男の顔を見つめた。

 銀色の髪が、月光に照らされている。
 寝顔は、今朝と同じように穏やかだった。

 ……この方を、守りたい。

 ティアラの目に、静かな決意が宿った。

 この幸せを、何があっても守り抜く。
 そのためなら──

「……私は、何でもしますわ」

 彼女の唇が、かすかに動いた。

「陛下の敵は、全て排除する。陛下に知られることなく、静かに」

 月明かりの中、彼女の翠色の瞳が光った。

「それが──皇后の務めですもの」

 ジークハルトの寝息が、静かに響く。

 ティアラは、そっと彼の髪を撫でた。

「おやすみなさいませ、陛下」

 そして、彼女は寝台に横たわった。

 彼の温もりを感じながら、目を閉じる。

「……私の、大切な人」

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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ】

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 無事に終わった。

 いや、「無事」という表現は正しくない。
 国際情勢の発表が、公開プロポーズに変わったのだ。
 側近たちは卒倒しかけていた。

 しかし、結果的には──

 帝国の名声は、さらに高まった。
 「愛を優先する皇帝」という新しいイメージが、世界中に広まった。
 民衆は熱狂し、亡命希望者はさらに増えた。

 フローレンスでは、王太子が拘束された。
 第二王子派が実権を握り、聖女事件の幕引きを図っているらしい。

 全てが、帝国に有利に動いている。

 ……相変わらずだ。

 私は、ティアラ嬢を見つめた。
 彼女は、陛下の隣で微笑んでいた。

 左手には、永久氷晶の指輪。
 帝国皇后の証。

 彼女が、本当に全てを仕組んでいるのだとしたら──

 今日の求婚すら、計算のうちだったのではないか。
 陛下の愛を利用して、皇后の座に就いたのではないか。

 ──いや、違う。

 あの時、彼女の目には本当の涙があった。
 あれは演技ではなかった。

 彼女は、陛下を本当に愛している。
 それは、間違いない。

 しかし──

 愛していることと、策略を巡らせることは、両立する。

 彼女は、陛下のために全てを操っている。
 陛下に知られることなく、敵を排除し、帝国を繁栄させている。

 「汚れ仕事は私が」──彼女はそう言っていた。

 それは、愛ゆえの行動だ。
 しかし同時に、恐ろしくもある。

 彼女が敵に回ったら、どうなるか。
 考えたくもない。

 ……まあ、帝国記録官の私には、何もできることはない。
 ただ記録するのみだ。

 この歴史を。
 この愛を。
 この──恐怖を。

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【極秘ログ──送信者不明】

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記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 7日 深夜11時59分
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]

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    (音声のみ)

 コツッ。
 チェスの駒を置く音。

「……チェックメイトですわ、フローレンス」

 女の声。
 穏やかで、どこか冷たい。

「王太子は拘束され、聖女は逃亡。王家は混乱し、国民は帝国へ流れる」

 駒を動かす音。

「計画通り……いえ、予想以上の成果ですわね」

 椅子が軋む音。
 紙を広げる音。

「さて、次は──」

 ペンを取る音。

「闇国」

 声が、低くなった。

「偽装映像の技術を売り、禁忌の呪詛を流した国」

 ペンが紙を走る音。

「陛下を危険に晒した罪……国ごと償っていただきますわ」

 カリカリ、カリカリ。
 ペンが止まった。

「皇后として、私がやるべきことは明確ですわ」

 紙を畳む音。

「陛下を守ること。帝国を守ること。そして──」

 間。

「陛下の敵を、一人残らず排除すること」

 椅子を引く音。

「マリアは闇国に逃げたはず。……丁度いいですわね」

 足音。
 寝室に向かう音。

「一石二鳥。いえ、一石三鳥かしら」

 くすくすと、笑い声。

「闇国を潰し、マリアを始末し、帝国の安全を確保する」

 扉を開ける音。

「陛下には……そうですわね、『視察旅行』とでも申し上げましょうか」

 足音が止まる。
 衣擦れの音。
 寝台に入る気配。

「……」

 沈黙。

 そして──

 ほんの小さな、呟き。

「……おやすみなさいませ、私の陛下」

 穏やかな声だった。
 しかし、その直前まで国を潰す算段をしていた女と、同一人物とは思えない。

    (ログ終了)
    (このファイルは自動消去されました)

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【次回予告】

皇后となったティアラは、新たな敵──闇国へと目を向ける。
偽装映像の技術、禁忌の呪詛、そして逃亡した聖女マリア。
全ての糸は、闇国へと繋がっていた。

一方、ジークハルトは「視察旅行」に連れ出される。
妻と二人きりの旅──彼はまだ、その真の目的を知らない。

そして、ハインリヒは決断を迫られる。
全てを知りながら、沈黙を守るか。それとも──

第6話「新婚旅行と潜入工作は、記録されていた」

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【おまけ:ヴァルトシュタイン帝国 城下町 某茶屋】

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「ねえねえ、聞いた?」
「陛下とティアラ様が婚約したって話?」
「それも凄いけど、プロポーズの言葉!」
「『一生膝の上で暮らせ』でしょ?」
「うん! どう思う?」
「正直……羨ましい」
「分かる」
「私もあんな風に言われたい」
「でもさ、膝の上で一生は無理じゃない?」
「足痺れそう」
「お互いにね」
「でもティアラ様の返しが良かったよね」
「『歩けなくなる』『お隣なら歩んでいける』」
「完璧すぎ……」
「私もあんな返しできるようになりたい」
「無理でしょ」
「……だよね」
「まあ、幸せならいいか」
「うん、幸せなら」
「帝国万歳」
「陛下万歳」
「ティアラ様万歳」
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