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対面と疑惑は、記録されていた
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【帝国宮廷官報 号外 帝国歴四〇三年 冬 第二の月 5日】
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皇帝陛下・皇后殿下、婚礼式典まで残り3日
本日、フローレンス王国第二王子フェリックス殿下が帝都に到着されます。
歓迎式典は午後2時より、宮殿正門前広場にて執り行われます。
その後、皇帝陛下・皇后殿下との茶会が予定されております。
臣民の皆様には、通常どおり業務をお続けいただきますようお願い申し上げます。
帝国宮廷府
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 早朝】
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結婚式まで、あと3日。
今朝、財務大臣と最後の情報共有を行った。
「状況は」
「相変わらず最悪です」
彼の目の下の隈は、もはや芸術作品の域に達していた。
「永久氷晶は」
「完成しました。三百二十七個、全て」
「それは朗報ですな」
「ええ。問題は、今日来る男です」
財務大臣は、窓の外を見た。
「フェリックス王子」
「はい。フローレンス第二王子。兄を売り、継承権を手に入れた男」
「どのような人物でしょうか」
「分かりません。情報が少なすぎる」
私は、手元の書類を見た。
フェリックス王子に関する報告書だ。
しかし、そこに書かれているのは表面的なことばかり。
年齢、22歳。
学問を好み、武芸にも秀でる。
性格は穏和で、民に人気がある。
「完璧すぎますな」
「ええ。だから怖い」
財務大臣は、溜息をついた。
「皇后殿下は何と」
「『この方は話が通じる。だからこそ厄介』と」
「的確な分析ですな」
「ええ。バカな敵は与しやすい。賢い敵は手強い」
私は、胃薬を飲んだ。
在庫は、あと1日分。
今日、補充できなければ死ぬ。
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【映像ログ012-A 帝国宮殿 正門前広場 同日 午後2:00】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:全世界
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(映像開始)
正門前広場。
冬の陽光が、白い石畳を照らしている。
両脇には、帝国の旗が整然と並んでいた。
広場の中央に、馬車が到着する。
扉が開いた。
一人の青年が降りてくる。
金色の髪。
碧い瞳。
整った顔立ちに、穏やかな微笑み。
フェリックス。
フローレンス王国第二王子。
彼は、優雅に一礼した。
「本日は、お招きいただき光栄です」
声は、柔らかく、よく通った。
赤い絨毯の先には、ジークハルトとティアラが立っている。
ジークハルトは無表情。
ティアラは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ようこそ、フェリックス殿下」
ティアラの声が、広場に響いた。
「遠路はるばる、お越しいただき感謝いたします」
「いえいえ。兄の愚行を詫びる機会を与えていただき、こちらこそ感謝しております」
フェリックスは、再び頭を下げた。
「フローレンス王国を代表して、帝国の寛大さに心より御礼申し上げます」
完璧なスピーチだった。
一点の曇りもない。
ジークハルトが、口を開いた。
「長旅で疲れたであろう。まずは休め」
「お心遣いに感謝します、皇帝陛下」
フェリックスは、微笑んだ。
「しかし、せっかくですので。皇后殿下とお話しする機会をいただけませんでしょうか」
ジークハルトの眉が、かすかに動いた。
「皇后と?」
「はい。噂はかねがね伺っております。是非、直接お目にかかりたいと思っておりました」
沈黙が流れた。
ティアラが、口を開いた。
「まあ、光栄ですわ」
彼女は、柔らかな笑みを返した。
「では、茶会を用意させましょう。ゆっくりお話しいたしましょうね」
「ありがとうございます、皇后殿下」
フェリックスの目が、一瞬だけ光った。
(画面隅に小窓が現れる:外務大臣が「何か企んでいる」と囁いている)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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フェリックス王子には、隙がなかった。
見た目、立ち居振る舞い、言葉遣い。
どこにも欠点が見当たらない。
だからこそ、恐ろしい。
人間は、どこかに欠点があるものだ。
それがない、ということは。
欠点を見せないように、完璧に演じている、ということだ。
陛下は、茶会の提案に難色を示していた。
しかし、皇后殿下がそれを押し切った。
「陛下。この方と話す必要がありますわ」
「余がいる」
「もちろんですわ。でも、陛下がいらっしゃると、この方は本性を見せませんの」
「本性?」
「ええ。賢い方は、強い相手の前では牙を隠しますわ」
殿下は、微笑んだ。
「私は『弱い女』ですもの。きっと、何か仕掛けてきますわ」
「お前が弱いだと?」
「表向きは、そう見えるでしょう?」
陛下は、しばらく沈黙していた。
そして、渋々頷いた。
「分かった。ただし、余は隣にいる」
「もちろんですわ」
殿下は、陛下の手を握った。
「陛下がいてくださるから、私は強くいられますの」
陛下の耳が、かすかに赤くなった。
私は、見なかったことにした。
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【映像ログ012-B 帝国宮殿 庭園温室 同日 午後3:30】
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送信元:帝国記録局 第二班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
庭園の温室。
ガラス張りの天井から、柔らかな光が差し込んでいる。
室内には、色とりどりの花が咲き誇っていた。
中央のテーブルに、三人が座っている。
ティアラ、ジークハルト、そしてフェリックス。
「素晴らしい温室ですね」
フェリックスは、周囲を見回した。
「冬にこれほどの花を咲かせるとは。帝国の魔導技術は本物ですね」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
ティアラは、紅茶を注いだ。
「フローレンスにも、美しい庭園があると聞いておりますわ」
「ええ。しかし、帝国には敵いません」
フェリックスは、紅茶を受け取った。
「特に、皇后殿下の美しさには」
ジークハルトの目が、かすかに細くなった。
テーブルの上の紅茶が、わずかに凍り始める。
「何?」
「いえ、事実を申し上げただけです」
フェリックスは、穏やかに笑った。
ティアラが、さりげなくジークハルトの手に触れる。
紅茶の凍結が、止まった。
「噂以上でした。『悪女』と呼ばれるには、あまりに眩しい」
ティアラは、カップを置いた。
「『悪女』ですか」
「はい。フローレンスでは、そう呼ばれております」
「まあ。光栄ですわね」
彼女は、唇の端をわずかに持ち上げた。
「『悪女』というのは、自分の頭で考え、行動できる女への褒め言葉ですもの」
「ほう」
フェリックスの目が、興味深そうに光った。
「面白い解釈ですね」
「事実を申し上げただけですわ」
ティアラは、紅茶を啜った。
「殿下は、どのような噂をお聞きになったのかしら」
「兄を破滅させ、聖女を社会的に抹殺したと」
「あら」
ティアラは、首を傾げた。
「どちらも、ご自分で自滅なさったのではなくて?」
「そうかもしれませんね」
フェリックスは、カップを口に運んだ。
「しかし、自滅を『誘導』した方がいらっしゃるとしたら」
「いらっしゃるのかしら」
「さあ。僕には分かりません」
彼は、微笑んだ。
「ただ、もしそのような方がいらっしゃるなら、是非お会いしたいものです」
ティアラは、しばらく沈黙していた。
そして、小さく笑った。
「まあ。殿下は、お話が上手でいらっしゃいますわね」
「恐縮です」
「でも、残念ですわ」
彼女は、窓の外を見た。
「私は、ただの追放された令嬢ですもの。そのような大それたことは、できませんわ」
「そうですか」
「ええ。全ては、陛下のお力ですわ」
ティアラは、ジークハルトの手を取った。
「私は、陛下に守っていただいているだけ。何もできない、か弱い女ですの」
ジークハルトが、口を開いた。
「その通りだ。余がティアラを守っている。お前が知る必要はない」
フェリックスは、二人を見た。
「仲睦まじいですね」
「当然だ。余の妻だからな」
「羨ましい限りです」
彼は、紅茶を飲み干した。
「では、一つお聞きしてもよろしいですか」
「何だ」
「結婚式で配られるという『愛の防御具』について」
ジークハルトの目が、かすかに輝いた。
「ほう。知っているのか」
「噂で伺いました。招待客全員に配られるとか」
「ああ。余が作った」
ジークハルトは、胸を張った。
「ティアラのドレスが眩しすぎるのでな。着けないと失明する」
「失明」
「うむ。余の愛の結晶だ。直視に耐えられん」
フェリックスは、しばらく沈黙していた。
そして、くすくすと笑い始めた。
「なるほど。これは面白い」
「何がおかしい」
「いえ、失礼しました」
彼は、笑いを収めた。
「しかし、素晴らしいですね。愛する人のために、客全員に遮光具を配るとは」
「遮光具ではない。愛の防御具だ」
「ああ、そうでしたね。失礼しました」
フェリックスの目が、細くなった。
「楽しみにしております。結婚式」
(画面隅に小窓が現れる:侍女が「殿下、何を考えているのかしら」と囁いている)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【速報】フローレンスの新王子、イケメンだった【到着】
1:名無しの帝国民
来たぞ
フローレンスの第二王子
2:名無しの帝国民
どんな奴
3:名無しの帝国民
>>2
金髪碧眼のイケメン
4:名無しの帝国民
マジか
5:名無しの帝国民
アルベルトと似てる?
6:名無しの帝国民
>>5
全然違う
こっちの方が賢そう
7:名無しの帝国民
賢そうか
8:名無しの帝国民
目が怖い
9:名無しの帝国民
>>8
どういうこと
10:名無しの帝国民
笑ってるのに笑ってない目
わかるか
11:名無しの帝国民
政治家の目か
12:名無しの帝国民
それな
13:名無しの帝国民
皇后様との茶会どうだった
14:名無しの帝国民
>>13
探り合い
15:名無しの帝国民
詳しく
16:名無しの帝国民
「悪女」って言われて皇后様「褒め言葉ですわ」って返した
17:名無しの帝国民
強い
18:名無しの帝国民
さすが我らの皇后様
19:名無しの帝国民
王子、笑ってたけど目が笑ってなかった
20:名無しの帝国民
怖い
21:名無しの帝国民
てか茶会で紅茶が凍ったらしいぞ
22:名無しの帝国民
>>21
は?
23:名無しの帝国民
王子が皇后様を褒めたら陛下の目が細くなって
テーブルの上の紅茶が凍り始めた
24:名無しの帝国民
嫉妬かよ
25:名無しの帝国民
嫉妬だろ
26:名無しの帝国民
陛下かわいい
27:名無しの帝国民
かわいくねーよ殺気だろ
28:名無しの帝国民
で、どうなったの
29:名無しの帝国民
>>28
皇后様が陛下の手に触れたら凍結が止まった
30:名無しの帝国民
阿吽の呼吸
31:名無しの帝国民
夫婦すぎる
32:名無しの帝国民
もう結婚してるようなもんだろこれ
33:名無しの帝国民
王子、ビビってなかった?
34:名無しの帝国民
>>33
むしろ笑ってた
35:名無しの帝国民
肝が据わってるな
36:名無しの帝国民
やっぱり怖いわあの王子
37:名無しの帝国民
でも陛下の「愛の防御具」発言で普通に笑ってた
38:名無しの帝国民
そこは笑うわ
39:名無しの帝国民
愛の防御具www
40:名無しの帝国民
黒眼鏡のことだろ
41:名無しの帝国民
>>40
黒眼鏡って言うと怒られるらしい
42:名無しの帝国民
愛の防御具(笑)
43:名無しの帝国民
ネーミングセンスが独特
44:名無しの帝国民
陛下のセンスだからな
45:名無しの帝国民
許す
46:名無しの帝国民
結婚式楽しみ
47:名無しの帝国民
黒眼鏡して待機
48:名無しの帝国民
>>47
愛の防御具な
49:名無しの帝国民
ハイハイ愛の防御具
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【音声ログ012-C 帝国宮殿 廊下 同日 午後5:00】
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送信元:不明
音声品質:やや不鮮明
配信範囲:不明
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(音声開始)
足音。
複数の人間が、廊下を歩いている。
「殿下」
男の声。
側近のものらしい。
「何だ」
若い男の声。
フェリックスだ。
「至急のご報告が」
足音が止まる。
「何だ」
「アルベルト様の件です」
「ああ」
衣擦れの音。
「漏れたか」
「はい。一部の貴族の間で、噂になっております」
間。
「どの程度だ」
「『アルベルト元王太子が死亡した』という噂が、帝国の上層部に広がりつつあります」
「困ったな」
若い男の声は、しかし困っているようには聞こえなかった。
「まあいい。想定内だ」
「殿下?」
「公式発表を変えよう」
足音が再開する。
「『狩猟中の事故により死亡』ではなく、『帝国の慈悲により命は助かったが、恥じ入って隠遁した』とする」
「しかし、それでは」
「帝国の外聞を守ることになるだろう?」
若い男は、くすりと笑った。
「兄が生きていると思っている連中は『帝国に感謝すべきだ』と言う。死んだと知っている連中は『フローレンスは帝国に貸しを作った』と思う」
「殿下」
「どちらに転んでも、僕らの得になる。完璧な切り返しだろう?」
足音が遠ざかっていく。
「……面白い女だった」
若い男の声が、ふと静かになった。
「『悪女』か。褒め言葉、と言ったな」
「殿下」
「あの目は、本物だ。僕と同じ種類の人間だ」
間。
「敵に回すには惜しいが」
足音が止まる。
「敵になるなら、全力で潰す」
また、足音が始まる。
「そうでなければ、手を組むのも悪くない。あの女となら、面白いことができそうだ」
足音が、廊下の向こうに消えていく。
(音声終了)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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アルベルト死亡の情報が、漏れた。
私は、外務大臣から報告を受けた。
帝国の上層部の間で、噂になっているという。
問題は、フェリックス王子の対応だった。
彼は、公式発表を変えた。
「帝国の慈悲により命は助かったが、恥じ入って隠遁した」
これは、見事な切り返しだった。
帝国の立場を守りながら、自分たちの得にもなる。
死亡を隠す必要がなくなり、むしろ帝国に「恩を売った」形になる。
皇后殿下に報告すると、殿下は静かに頷いた。
「やはり、この方は油断できませんわね」
「殿下」
「自分の失態すら、外交カードに変える」
殿下は、窓の外を見た。
「アルベルト様とは、格が違いますわ」
「どうなさいますか」
「どうもしませんわ」
殿下は、微笑んだ。
「この方は、私を試していますの。敵か味方か、見極めようとしている」
「殿下は、どちらだと」
「さあ」
彼女は、首を傾げた。
「それは、この方次第ですわね」
私は、背筋が寒くなった。
二人の「怪物」が、帝国で対峙している。
どちらも、笑顔で相手の腹を探っている。
巻き込まれたくない。
心からそう思った。
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【映像ログ012-D 帝国宮殿 大広間 同日 夕方】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
大広間。
長いテーブルの周りに、各国の代表が座っている。
結婚式の最終確認会議だった。
正面には、ジークハルトとティアラ。
その隣に、フェリックスが座っている。
「では、当日の流れを確認します」
財務大臣が、書類を広げた。
「午前10時、招待客入場。正午、式典開始。午後2時、祝宴。午後6時、閉会」
「うむ」
ジークハルトが、頷いた。
「問題は」
「はい」
財務大臣は、咳払いをした。
「招待客の皆様には、こちらをお配りいたします」
彼は、木箱を開けた。
中には、眼鏡のようなものが並んでいた。
レンズは、深い青色をしている。
「これは」
ネルヴァス商業連合の代表が、眉を寄せた。
「陛下がお作りになった『愛の防御具』です」
財務大臣の声は、平坦だった。
「当日は、必ずご着用ください」
「愛の防御具?」
「皇后殿下のドレスが、直視できないほど眩しいのです」
会場に、困惑の空気が広がった。
「直視できない?」
「はい。失明の恐れがあります」
「失明?」
各国の代表が、顔を見合わせた。
ジークハルトが、口を開いた。
「着けない者は失明する。余は警告したぞ」
「陛下、それはいくら何でも」
「事実だ」
ジークハルトは、立ち上がった。
「余の愛は、直視に耐えられん。嫌なら帰れ」
各国の代表が、言葉を失った。
フェリックスが、木箱に手を伸ばした。
「面白いですね」
彼は、眼鏡を手に取った。
そして、かけてみる。
「なるほど」
彼は、くすりと笑った。
「これは良い。真実を見えなくする魔法みたいだ」
ティアラの目が、かすかに細くなった。
「どういう意味ですか、殿下」
「いえ」
フェリックスは、眼鏡を外した。
「ただの感想です。お気になさらず」
「そうですか」
ティアラは、涼やかに微笑んだ。
「では、殿下も当日はお着けになってくださいね」
「もちろんです」
フェリックスは、眼鏡をポケットにしまった。
「楽しみにしております。皇后殿下の、眩しいお姿を」
(画面隅に小窓が現れる:各国代表が「この眼鏡、どう見ても黒眼鏡だ」「言うな」と囁いている)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【悲報】各国首脳、黒眼鏡着用を義務付けられる【愛の防御具】
1:名無しの帝国民
結婚式の説明会があったらしい
2:名無しの帝国民
何があった
3:名無しの帝国民
>>2
全員黒眼鏡着用命令
4:名無しの帝国民
マジか
5:名無しの帝国民
「着けない者は失明する。嫌なら帰れ」って陛下が言った
6:名無しの帝国民
強い
7:名無しの帝国民
さすが陛下
8:名無しの帝国民
各国の王族が黒眼鏡かけて式に出るのか
9:名無しの帝国民
シュールすぎる
10:名無しの帝国民
前代未聞だろ
11:名無しの帝国民
帝国だからできる
12:名無しの帝国民
愛の力で何でも許される
13:名無しの帝国民
フェリックス王子はどうだった
14:名無しの帝国民
>>13
「真実を見えなくする魔法みたいだ」って言った
15:名無しの帝国民
意味深
16:名無しの帝国民
何か企んでる?
17:名無しの帝国民
>>16
絶対企んでる
18:名無しの帝国民
でも皇后様がいるから大丈夫
19:名無しの帝国民
それな
20:名無しの帝国民
最強夫婦を舐めるな
21:名無しの帝国民
結婚式まであと3日
22:名無しの帝国民
待ちきれない
23:名無しの帝国民
黒眼鏡磨いて待機
24:名無しの帝国民
>>23
愛の防御具な
25:名無しの帝国民
ハイハイ
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【映像ログ012-E 帝国宮殿 皇帝私室 同日 夜】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:暗い
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
皇帝私室。
暖炉の火が、部屋を温かく照らしている。
窓の外には、冬の星空が広がっていた。
ソファに、二人の姿があった。
ティアラが座り、ジークハルトがその隣に座っている。
二人の手は、繋がれていた。
「今日は、お疲れ様でした」
「うむ」
ジークハルトの声は、どこか疲れていた。
「あの男は、気に入らん」
「フェリックス殿下のことですか」
「ああ」
彼は、ティアラを見た。
「お前を、舐めている」
「そうかしら」
「ああ。『悪女』などと」
「褒め言葉ですわ」
ティアラは、くすりと笑った。
「でも、陛下」
「何だ」
「あの方は、私を舐めてはいませんわ」
彼女は、窓の外を見た。
「むしろ、警戒していますわね。同じ種類の人間だと、見抜いている」
「同じ種類?」
「ええ」
ティアラは、ジークハルトの手を握った。
「私は、『悪女』ですわ。あの方は、それを知っている」
「お前は悪女ではない」
「いいえ」
彼女は、彼を見上げた。
「陛下のためなら、何でもしますわ。それが、悪いことでも」
「ティアラ」
「でも」
彼女は、微笑んだ。
「陛下がいてくださるから、私は自分を見失わないでいられますの」
「余は、お前の全てを受け入れる」
「知っておりますわ」
ティアラは、彼の肩に頭を預けた。
「フェリックス殿下は、私を試していますわ」
「試す?」
「ええ。敵か味方か、見極めようとしている」
「どちらなんだ」
「さあ」
彼女は、目を閉じた。
「あの方が何を選ぶか。それを見届けますわ」
「余は、お前を守る」
「知っておりますわ」
ジークハルトは、彼女を抱き寄せた。
「結婚式まで、あと3日だ」
「ええ」
「楽しみだ」
「私もですわ」
二人は、しばらく黙っていた。
暖炉の火が、パチパチと音を立てている。
「ティアラ」
「何ですか」
「愛している」
「私もですわ」
彼女は、彼の腕の中で微笑んだ。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(映像終了)
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【極秘ログ──送信者不明】
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記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第二の月 5日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
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(音声のみ)
蝋燭を灯す音。
かすかな炎の揺らめき。
「フェリックス王子」
女の声。
低く、静かな呟き。
「『真実を見えなくする魔法』、ですか」
くすくすと笑う声。
「面白い方ですわね。私が『悪女は褒め言葉』と切り返したら、今度は陛下の『愛』を『真実を見えなくする魔法』と言い換えた」
羽ペンを取る音。
紙に向かう気配。
「挑発ですわね。『あなたの言葉遊びは見抜いている』という宣戦布告」
椅子に座る音。
「敵か味方か。手を組めるか、潰すべきか」
「同じですわね。私も、この方を試していますもの」
ペンが紙を走る音。
「アルベルト様の死を、外交カードに変えた。見事な切り返しでした」
間。
「でも」
女の声が、かすかに冷たくなった。
「それは、この方が『何か隠している』ということでもありますわ」
ペンを置く音。
「兄を売った男。継承権を手に入れた男。何のために、帝国に来たのか」
椅子から立ち上がる音。
「表向きは、婚礼の祝辞。でも、本当の目的は」
蝋燭を消す音。
「まだ、見えませんわね」
足音が、静かに移動する。
「でも、あと3日あれば」
くすくすと笑う声。
「きっと、見えてきますわ」
扉を開ける音。
別の部屋に入る気配。
「陛下」
女の声が、柔らかくなった。
「まだ起きていらしたのですか」
「起きた」
低い男の声。
眠そうだが、どこか穏やかな響き。
「お前の足音で目が覚めた」
「申し訳ありませんわ」
「謝るな。お前の足音なら、何度でも目を覚ます」
衣擦れの音。
布団に潜り込む気配。
「陛下」
「何だ」
「フェリックス殿下は、狼ですわ」
「狼か」
「ええ。でも」
女の声が、くすりと笑った。
「狼なら、首輪をつけて飼い慣らして差し上げますわ」
「お前なら、できるだろう」
「もちろんですわ」
間。
「結婚式まで、あと3日ですわね」
「ああ」
「楽しみですわ」
「余もだ」
静かな笑い声。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【次回予告】
結婚式まで、あと2日。
最終準備が進む中、フェリックスが動き始める。
「殿下、どちらへ」
「少し、散歩を」
「お供いたします」
「いや、一人で行く」
彼が向かった先は──帝国の裏通りだった。
「へえ。王子様が、こんな場所に」
「情報を買いたい」
「何の情報だ」
「皇后殿下について」
そして、ティアラもまた動く。
「ハインリヒ様」
「は、はい、殿下」
「フェリックス殿下の動向を、報告してくださいませ」
「で、殿下、それは」
「お願いしますわ」
二人の「狼」が、互いに牙を研ぐ。
ジークハルト「余は、お前を守る」
ティアラ「知っておりますわ。でも、今回は私が守りますの」
ジークハルト「何?」
ティアラ「陛下には、結婚式の準備に集中していただきたいですもの」
第13話「調査と対策は、記録されていた」
-----
【おまけ:帝国宮殿 廊下 同日 深夜】
-----
深夜の廊下。
月明かりが、窓から差し込んでいた。
一人の男が、歩いている。
フェリックス。
彼は、ポケットから眼鏡を取り出した。
ジークハルトが作った「愛の防御具」だ。
「ふむ」
彼は、眼鏡を月にかざした。
「確かに、良い品だ。魔力の込め方が巧みだ」
彼は、眼鏡を見つめた。
「しかし」
くすりと笑う。
「『愛の防御具』か。名付けの趣味は最悪だな」
彼は、眼鏡をポケットにしまった。
「氷の皇帝。皇后ティアラ」
彼は、窓の外を見た。
帝国の夜景が、広がっている。
「二人とも、噂以上だった」
彼は、微笑んだ。
「特に、皇后は」
その微笑みは、どこか楽しげだった。
「僕と同じ匂いがする。『悪人』の匂いだ」
彼は、歩き始めた。
「敵になるか、味方になるか」
足音が、廊下に響く。
「それは、まだ分からない」
彼は、自室の扉の前で立ち止まった。
「でも、一つだけ確かなことがある」
扉を開ける。
「この結婚式は」
彼は、振り返った。
月明かりに照らされた彼の目は、どこか冷たかった。
「きっと、面白くなる」
扉が、静かに閉じた。
-----
皇帝陛下・皇后殿下、婚礼式典まで残り3日
本日、フローレンス王国第二王子フェリックス殿下が帝都に到着されます。
歓迎式典は午後2時より、宮殿正門前広場にて執り行われます。
その後、皇帝陛下・皇后殿下との茶会が予定されております。
臣民の皆様には、通常どおり業務をお続けいただきますようお願い申し上げます。
帝国宮廷府
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 早朝】
-----
結婚式まで、あと3日。
今朝、財務大臣と最後の情報共有を行った。
「状況は」
「相変わらず最悪です」
彼の目の下の隈は、もはや芸術作品の域に達していた。
「永久氷晶は」
「完成しました。三百二十七個、全て」
「それは朗報ですな」
「ええ。問題は、今日来る男です」
財務大臣は、窓の外を見た。
「フェリックス王子」
「はい。フローレンス第二王子。兄を売り、継承権を手に入れた男」
「どのような人物でしょうか」
「分かりません。情報が少なすぎる」
私は、手元の書類を見た。
フェリックス王子に関する報告書だ。
しかし、そこに書かれているのは表面的なことばかり。
年齢、22歳。
学問を好み、武芸にも秀でる。
性格は穏和で、民に人気がある。
「完璧すぎますな」
「ええ。だから怖い」
財務大臣は、溜息をついた。
「皇后殿下は何と」
「『この方は話が通じる。だからこそ厄介』と」
「的確な分析ですな」
「ええ。バカな敵は与しやすい。賢い敵は手強い」
私は、胃薬を飲んだ。
在庫は、あと1日分。
今日、補充できなければ死ぬ。
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【映像ログ012-A 帝国宮殿 正門前広場 同日 午後2:00】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:全世界
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(映像開始)
正門前広場。
冬の陽光が、白い石畳を照らしている。
両脇には、帝国の旗が整然と並んでいた。
広場の中央に、馬車が到着する。
扉が開いた。
一人の青年が降りてくる。
金色の髪。
碧い瞳。
整った顔立ちに、穏やかな微笑み。
フェリックス。
フローレンス王国第二王子。
彼は、優雅に一礼した。
「本日は、お招きいただき光栄です」
声は、柔らかく、よく通った。
赤い絨毯の先には、ジークハルトとティアラが立っている。
ジークハルトは無表情。
ティアラは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ようこそ、フェリックス殿下」
ティアラの声が、広場に響いた。
「遠路はるばる、お越しいただき感謝いたします」
「いえいえ。兄の愚行を詫びる機会を与えていただき、こちらこそ感謝しております」
フェリックスは、再び頭を下げた。
「フローレンス王国を代表して、帝国の寛大さに心より御礼申し上げます」
完璧なスピーチだった。
一点の曇りもない。
ジークハルトが、口を開いた。
「長旅で疲れたであろう。まずは休め」
「お心遣いに感謝します、皇帝陛下」
フェリックスは、微笑んだ。
「しかし、せっかくですので。皇后殿下とお話しする機会をいただけませんでしょうか」
ジークハルトの眉が、かすかに動いた。
「皇后と?」
「はい。噂はかねがね伺っております。是非、直接お目にかかりたいと思っておりました」
沈黙が流れた。
ティアラが、口を開いた。
「まあ、光栄ですわ」
彼女は、柔らかな笑みを返した。
「では、茶会を用意させましょう。ゆっくりお話しいたしましょうね」
「ありがとうございます、皇后殿下」
フェリックスの目が、一瞬だけ光った。
(画面隅に小窓が現れる:外務大臣が「何か企んでいる」と囁いている)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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フェリックス王子には、隙がなかった。
見た目、立ち居振る舞い、言葉遣い。
どこにも欠点が見当たらない。
だからこそ、恐ろしい。
人間は、どこかに欠点があるものだ。
それがない、ということは。
欠点を見せないように、完璧に演じている、ということだ。
陛下は、茶会の提案に難色を示していた。
しかし、皇后殿下がそれを押し切った。
「陛下。この方と話す必要がありますわ」
「余がいる」
「もちろんですわ。でも、陛下がいらっしゃると、この方は本性を見せませんの」
「本性?」
「ええ。賢い方は、強い相手の前では牙を隠しますわ」
殿下は、微笑んだ。
「私は『弱い女』ですもの。きっと、何か仕掛けてきますわ」
「お前が弱いだと?」
「表向きは、そう見えるでしょう?」
陛下は、しばらく沈黙していた。
そして、渋々頷いた。
「分かった。ただし、余は隣にいる」
「もちろんですわ」
殿下は、陛下の手を握った。
「陛下がいてくださるから、私は強くいられますの」
陛下の耳が、かすかに赤くなった。
私は、見なかったことにした。
-----
【映像ログ012-B 帝国宮殿 庭園温室 同日 午後3:30】
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送信元:帝国記録局 第二班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
庭園の温室。
ガラス張りの天井から、柔らかな光が差し込んでいる。
室内には、色とりどりの花が咲き誇っていた。
中央のテーブルに、三人が座っている。
ティアラ、ジークハルト、そしてフェリックス。
「素晴らしい温室ですね」
フェリックスは、周囲を見回した。
「冬にこれほどの花を咲かせるとは。帝国の魔導技術は本物ですね」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
ティアラは、紅茶を注いだ。
「フローレンスにも、美しい庭園があると聞いておりますわ」
「ええ。しかし、帝国には敵いません」
フェリックスは、紅茶を受け取った。
「特に、皇后殿下の美しさには」
ジークハルトの目が、かすかに細くなった。
テーブルの上の紅茶が、わずかに凍り始める。
「何?」
「いえ、事実を申し上げただけです」
フェリックスは、穏やかに笑った。
ティアラが、さりげなくジークハルトの手に触れる。
紅茶の凍結が、止まった。
「噂以上でした。『悪女』と呼ばれるには、あまりに眩しい」
ティアラは、カップを置いた。
「『悪女』ですか」
「はい。フローレンスでは、そう呼ばれております」
「まあ。光栄ですわね」
彼女は、唇の端をわずかに持ち上げた。
「『悪女』というのは、自分の頭で考え、行動できる女への褒め言葉ですもの」
「ほう」
フェリックスの目が、興味深そうに光った。
「面白い解釈ですね」
「事実を申し上げただけですわ」
ティアラは、紅茶を啜った。
「殿下は、どのような噂をお聞きになったのかしら」
「兄を破滅させ、聖女を社会的に抹殺したと」
「あら」
ティアラは、首を傾げた。
「どちらも、ご自分で自滅なさったのではなくて?」
「そうかもしれませんね」
フェリックスは、カップを口に運んだ。
「しかし、自滅を『誘導』した方がいらっしゃるとしたら」
「いらっしゃるのかしら」
「さあ。僕には分かりません」
彼は、微笑んだ。
「ただ、もしそのような方がいらっしゃるなら、是非お会いしたいものです」
ティアラは、しばらく沈黙していた。
そして、小さく笑った。
「まあ。殿下は、お話が上手でいらっしゃいますわね」
「恐縮です」
「でも、残念ですわ」
彼女は、窓の外を見た。
「私は、ただの追放された令嬢ですもの。そのような大それたことは、できませんわ」
「そうですか」
「ええ。全ては、陛下のお力ですわ」
ティアラは、ジークハルトの手を取った。
「私は、陛下に守っていただいているだけ。何もできない、か弱い女ですの」
ジークハルトが、口を開いた。
「その通りだ。余がティアラを守っている。お前が知る必要はない」
フェリックスは、二人を見た。
「仲睦まじいですね」
「当然だ。余の妻だからな」
「羨ましい限りです」
彼は、紅茶を飲み干した。
「では、一つお聞きしてもよろしいですか」
「何だ」
「結婚式で配られるという『愛の防御具』について」
ジークハルトの目が、かすかに輝いた。
「ほう。知っているのか」
「噂で伺いました。招待客全員に配られるとか」
「ああ。余が作った」
ジークハルトは、胸を張った。
「ティアラのドレスが眩しすぎるのでな。着けないと失明する」
「失明」
「うむ。余の愛の結晶だ。直視に耐えられん」
フェリックスは、しばらく沈黙していた。
そして、くすくすと笑い始めた。
「なるほど。これは面白い」
「何がおかしい」
「いえ、失礼しました」
彼は、笑いを収めた。
「しかし、素晴らしいですね。愛する人のために、客全員に遮光具を配るとは」
「遮光具ではない。愛の防御具だ」
「ああ、そうでしたね。失礼しました」
フェリックスの目が、細くなった。
「楽しみにしております。結婚式」
(画面隅に小窓が現れる:侍女が「殿下、何を考えているのかしら」と囁いている)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【速報】フローレンスの新王子、イケメンだった【到着】
1:名無しの帝国民
来たぞ
フローレンスの第二王子
2:名無しの帝国民
どんな奴
3:名無しの帝国民
>>2
金髪碧眼のイケメン
4:名無しの帝国民
マジか
5:名無しの帝国民
アルベルトと似てる?
6:名無しの帝国民
>>5
全然違う
こっちの方が賢そう
7:名無しの帝国民
賢そうか
8:名無しの帝国民
目が怖い
9:名無しの帝国民
>>8
どういうこと
10:名無しの帝国民
笑ってるのに笑ってない目
わかるか
11:名無しの帝国民
政治家の目か
12:名無しの帝国民
それな
13:名無しの帝国民
皇后様との茶会どうだった
14:名無しの帝国民
>>13
探り合い
15:名無しの帝国民
詳しく
16:名無しの帝国民
「悪女」って言われて皇后様「褒め言葉ですわ」って返した
17:名無しの帝国民
強い
18:名無しの帝国民
さすが我らの皇后様
19:名無しの帝国民
王子、笑ってたけど目が笑ってなかった
20:名無しの帝国民
怖い
21:名無しの帝国民
てか茶会で紅茶が凍ったらしいぞ
22:名無しの帝国民
>>21
は?
23:名無しの帝国民
王子が皇后様を褒めたら陛下の目が細くなって
テーブルの上の紅茶が凍り始めた
24:名無しの帝国民
嫉妬かよ
25:名無しの帝国民
嫉妬だろ
26:名無しの帝国民
陛下かわいい
27:名無しの帝国民
かわいくねーよ殺気だろ
28:名無しの帝国民
で、どうなったの
29:名無しの帝国民
>>28
皇后様が陛下の手に触れたら凍結が止まった
30:名無しの帝国民
阿吽の呼吸
31:名無しの帝国民
夫婦すぎる
32:名無しの帝国民
もう結婚してるようなもんだろこれ
33:名無しの帝国民
王子、ビビってなかった?
34:名無しの帝国民
>>33
むしろ笑ってた
35:名無しの帝国民
肝が据わってるな
36:名無しの帝国民
やっぱり怖いわあの王子
37:名無しの帝国民
でも陛下の「愛の防御具」発言で普通に笑ってた
38:名無しの帝国民
そこは笑うわ
39:名無しの帝国民
愛の防御具www
40:名無しの帝国民
黒眼鏡のことだろ
41:名無しの帝国民
>>40
黒眼鏡って言うと怒られるらしい
42:名無しの帝国民
愛の防御具(笑)
43:名無しの帝国民
ネーミングセンスが独特
44:名無しの帝国民
陛下のセンスだからな
45:名無しの帝国民
許す
46:名無しの帝国民
結婚式楽しみ
47:名無しの帝国民
黒眼鏡して待機
48:名無しの帝国民
>>47
愛の防御具な
49:名無しの帝国民
ハイハイ愛の防御具
-----
【音声ログ012-C 帝国宮殿 廊下 同日 午後5:00】
-----
送信元:不明
音声品質:やや不鮮明
配信範囲:不明
-----
(音声開始)
足音。
複数の人間が、廊下を歩いている。
「殿下」
男の声。
側近のものらしい。
「何だ」
若い男の声。
フェリックスだ。
「至急のご報告が」
足音が止まる。
「何だ」
「アルベルト様の件です」
「ああ」
衣擦れの音。
「漏れたか」
「はい。一部の貴族の間で、噂になっております」
間。
「どの程度だ」
「『アルベルト元王太子が死亡した』という噂が、帝国の上層部に広がりつつあります」
「困ったな」
若い男の声は、しかし困っているようには聞こえなかった。
「まあいい。想定内だ」
「殿下?」
「公式発表を変えよう」
足音が再開する。
「『狩猟中の事故により死亡』ではなく、『帝国の慈悲により命は助かったが、恥じ入って隠遁した』とする」
「しかし、それでは」
「帝国の外聞を守ることになるだろう?」
若い男は、くすりと笑った。
「兄が生きていると思っている連中は『帝国に感謝すべきだ』と言う。死んだと知っている連中は『フローレンスは帝国に貸しを作った』と思う」
「殿下」
「どちらに転んでも、僕らの得になる。完璧な切り返しだろう?」
足音が遠ざかっていく。
「……面白い女だった」
若い男の声が、ふと静かになった。
「『悪女』か。褒め言葉、と言ったな」
「殿下」
「あの目は、本物だ。僕と同じ種類の人間だ」
間。
「敵に回すには惜しいが」
足音が止まる。
「敵になるなら、全力で潰す」
また、足音が始まる。
「そうでなければ、手を組むのも悪くない。あの女となら、面白いことができそうだ」
足音が、廊下の向こうに消えていく。
(音声終了)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
-----
アルベルト死亡の情報が、漏れた。
私は、外務大臣から報告を受けた。
帝国の上層部の間で、噂になっているという。
問題は、フェリックス王子の対応だった。
彼は、公式発表を変えた。
「帝国の慈悲により命は助かったが、恥じ入って隠遁した」
これは、見事な切り返しだった。
帝国の立場を守りながら、自分たちの得にもなる。
死亡を隠す必要がなくなり、むしろ帝国に「恩を売った」形になる。
皇后殿下に報告すると、殿下は静かに頷いた。
「やはり、この方は油断できませんわね」
「殿下」
「自分の失態すら、外交カードに変える」
殿下は、窓の外を見た。
「アルベルト様とは、格が違いますわ」
「どうなさいますか」
「どうもしませんわ」
殿下は、微笑んだ。
「この方は、私を試していますの。敵か味方か、見極めようとしている」
「殿下は、どちらだと」
「さあ」
彼女は、首を傾げた。
「それは、この方次第ですわね」
私は、背筋が寒くなった。
二人の「怪物」が、帝国で対峙している。
どちらも、笑顔で相手の腹を探っている。
巻き込まれたくない。
心からそう思った。
-----
【映像ログ012-D 帝国宮殿 大広間 同日 夕方】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
大広間。
長いテーブルの周りに、各国の代表が座っている。
結婚式の最終確認会議だった。
正面には、ジークハルトとティアラ。
その隣に、フェリックスが座っている。
「では、当日の流れを確認します」
財務大臣が、書類を広げた。
「午前10時、招待客入場。正午、式典開始。午後2時、祝宴。午後6時、閉会」
「うむ」
ジークハルトが、頷いた。
「問題は」
「はい」
財務大臣は、咳払いをした。
「招待客の皆様には、こちらをお配りいたします」
彼は、木箱を開けた。
中には、眼鏡のようなものが並んでいた。
レンズは、深い青色をしている。
「これは」
ネルヴァス商業連合の代表が、眉を寄せた。
「陛下がお作りになった『愛の防御具』です」
財務大臣の声は、平坦だった。
「当日は、必ずご着用ください」
「愛の防御具?」
「皇后殿下のドレスが、直視できないほど眩しいのです」
会場に、困惑の空気が広がった。
「直視できない?」
「はい。失明の恐れがあります」
「失明?」
各国の代表が、顔を見合わせた。
ジークハルトが、口を開いた。
「着けない者は失明する。余は警告したぞ」
「陛下、それはいくら何でも」
「事実だ」
ジークハルトは、立ち上がった。
「余の愛は、直視に耐えられん。嫌なら帰れ」
各国の代表が、言葉を失った。
フェリックスが、木箱に手を伸ばした。
「面白いですね」
彼は、眼鏡を手に取った。
そして、かけてみる。
「なるほど」
彼は、くすりと笑った。
「これは良い。真実を見えなくする魔法みたいだ」
ティアラの目が、かすかに細くなった。
「どういう意味ですか、殿下」
「いえ」
フェリックスは、眼鏡を外した。
「ただの感想です。お気になさらず」
「そうですか」
ティアラは、涼やかに微笑んだ。
「では、殿下も当日はお着けになってくださいね」
「もちろんです」
フェリックスは、眼鏡をポケットにしまった。
「楽しみにしております。皇后殿下の、眩しいお姿を」
(画面隅に小窓が現れる:各国代表が「この眼鏡、どう見ても黒眼鏡だ」「言うな」と囁いている)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【悲報】各国首脳、黒眼鏡着用を義務付けられる【愛の防御具】
1:名無しの帝国民
結婚式の説明会があったらしい
2:名無しの帝国民
何があった
3:名無しの帝国民
>>2
全員黒眼鏡着用命令
4:名無しの帝国民
マジか
5:名無しの帝国民
「着けない者は失明する。嫌なら帰れ」って陛下が言った
6:名無しの帝国民
強い
7:名無しの帝国民
さすが陛下
8:名無しの帝国民
各国の王族が黒眼鏡かけて式に出るのか
9:名無しの帝国民
シュールすぎる
10:名無しの帝国民
前代未聞だろ
11:名無しの帝国民
帝国だからできる
12:名無しの帝国民
愛の力で何でも許される
13:名無しの帝国民
フェリックス王子はどうだった
14:名無しの帝国民
>>13
「真実を見えなくする魔法みたいだ」って言った
15:名無しの帝国民
意味深
16:名無しの帝国民
何か企んでる?
17:名無しの帝国民
>>16
絶対企んでる
18:名無しの帝国民
でも皇后様がいるから大丈夫
19:名無しの帝国民
それな
20:名無しの帝国民
最強夫婦を舐めるな
21:名無しの帝国民
結婚式まであと3日
22:名無しの帝国民
待ちきれない
23:名無しの帝国民
黒眼鏡磨いて待機
24:名無しの帝国民
>>23
愛の防御具な
25:名無しの帝国民
ハイハイ
-----
【映像ログ012-E 帝国宮殿 皇帝私室 同日 夜】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:暗い
配信範囲:帝国内限定
-----
(映像開始)
皇帝私室。
暖炉の火が、部屋を温かく照らしている。
窓の外には、冬の星空が広がっていた。
ソファに、二人の姿があった。
ティアラが座り、ジークハルトがその隣に座っている。
二人の手は、繋がれていた。
「今日は、お疲れ様でした」
「うむ」
ジークハルトの声は、どこか疲れていた。
「あの男は、気に入らん」
「フェリックス殿下のことですか」
「ああ」
彼は、ティアラを見た。
「お前を、舐めている」
「そうかしら」
「ああ。『悪女』などと」
「褒め言葉ですわ」
ティアラは、くすりと笑った。
「でも、陛下」
「何だ」
「あの方は、私を舐めてはいませんわ」
彼女は、窓の外を見た。
「むしろ、警戒していますわね。同じ種類の人間だと、見抜いている」
「同じ種類?」
「ええ」
ティアラは、ジークハルトの手を握った。
「私は、『悪女』ですわ。あの方は、それを知っている」
「お前は悪女ではない」
「いいえ」
彼女は、彼を見上げた。
「陛下のためなら、何でもしますわ。それが、悪いことでも」
「ティアラ」
「でも」
彼女は、微笑んだ。
「陛下がいてくださるから、私は自分を見失わないでいられますの」
「余は、お前の全てを受け入れる」
「知っておりますわ」
ティアラは、彼の肩に頭を預けた。
「フェリックス殿下は、私を試していますわ」
「試す?」
「ええ。敵か味方か、見極めようとしている」
「どちらなんだ」
「さあ」
彼女は、目を閉じた。
「あの方が何を選ぶか。それを見届けますわ」
「余は、お前を守る」
「知っておりますわ」
ジークハルトは、彼女を抱き寄せた。
「結婚式まで、あと3日だ」
「ええ」
「楽しみだ」
「私もですわ」
二人は、しばらく黙っていた。
暖炉の火が、パチパチと音を立てている。
「ティアラ」
「何ですか」
「愛している」
「私もですわ」
彼女は、彼の腕の中で微笑んだ。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(映像終了)
-----
【極秘ログ──送信者不明】
-----
記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第二の月 5日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
-----
(音声のみ)
蝋燭を灯す音。
かすかな炎の揺らめき。
「フェリックス王子」
女の声。
低く、静かな呟き。
「『真実を見えなくする魔法』、ですか」
くすくすと笑う声。
「面白い方ですわね。私が『悪女は褒め言葉』と切り返したら、今度は陛下の『愛』を『真実を見えなくする魔法』と言い換えた」
羽ペンを取る音。
紙に向かう気配。
「挑発ですわね。『あなたの言葉遊びは見抜いている』という宣戦布告」
椅子に座る音。
「敵か味方か。手を組めるか、潰すべきか」
「同じですわね。私も、この方を試していますもの」
ペンが紙を走る音。
「アルベルト様の死を、外交カードに変えた。見事な切り返しでした」
間。
「でも」
女の声が、かすかに冷たくなった。
「それは、この方が『何か隠している』ということでもありますわ」
ペンを置く音。
「兄を売った男。継承権を手に入れた男。何のために、帝国に来たのか」
椅子から立ち上がる音。
「表向きは、婚礼の祝辞。でも、本当の目的は」
蝋燭を消す音。
「まだ、見えませんわね」
足音が、静かに移動する。
「でも、あと3日あれば」
くすくすと笑う声。
「きっと、見えてきますわ」
扉を開ける音。
別の部屋に入る気配。
「陛下」
女の声が、柔らかくなった。
「まだ起きていらしたのですか」
「起きた」
低い男の声。
眠そうだが、どこか穏やかな響き。
「お前の足音で目が覚めた」
「申し訳ありませんわ」
「謝るな。お前の足音なら、何度でも目を覚ます」
衣擦れの音。
布団に潜り込む気配。
「陛下」
「何だ」
「フェリックス殿下は、狼ですわ」
「狼か」
「ええ。でも」
女の声が、くすりと笑った。
「狼なら、首輪をつけて飼い慣らして差し上げますわ」
「お前なら、できるだろう」
「もちろんですわ」
間。
「結婚式まで、あと3日ですわね」
「ああ」
「楽しみですわ」
「余もだ」
静かな笑い声。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【次回予告】
結婚式まで、あと2日。
最終準備が進む中、フェリックスが動き始める。
「殿下、どちらへ」
「少し、散歩を」
「お供いたします」
「いや、一人で行く」
彼が向かった先は──帝国の裏通りだった。
「へえ。王子様が、こんな場所に」
「情報を買いたい」
「何の情報だ」
「皇后殿下について」
そして、ティアラもまた動く。
「ハインリヒ様」
「は、はい、殿下」
「フェリックス殿下の動向を、報告してくださいませ」
「で、殿下、それは」
「お願いしますわ」
二人の「狼」が、互いに牙を研ぐ。
ジークハルト「余は、お前を守る」
ティアラ「知っておりますわ。でも、今回は私が守りますの」
ジークハルト「何?」
ティアラ「陛下には、結婚式の準備に集中していただきたいですもの」
第13話「調査と対策は、記録されていた」
-----
【おまけ:帝国宮殿 廊下 同日 深夜】
-----
深夜の廊下。
月明かりが、窓から差し込んでいた。
一人の男が、歩いている。
フェリックス。
彼は、ポケットから眼鏡を取り出した。
ジークハルトが作った「愛の防御具」だ。
「ふむ」
彼は、眼鏡を月にかざした。
「確かに、良い品だ。魔力の込め方が巧みだ」
彼は、眼鏡を見つめた。
「しかし」
くすりと笑う。
「『愛の防御具』か。名付けの趣味は最悪だな」
彼は、眼鏡をポケットにしまった。
「氷の皇帝。皇后ティアラ」
彼は、窓の外を見た。
帝国の夜景が、広がっている。
「二人とも、噂以上だった」
彼は、微笑んだ。
「特に、皇后は」
その微笑みは、どこか楽しげだった。
「僕と同じ匂いがする。『悪人』の匂いだ」
彼は、歩き始めた。
「敵になるか、味方になるか」
足音が、廊下に響く。
「それは、まだ分からない」
彼は、自室の扉の前で立ち止まった。
「でも、一つだけ確かなことがある」
扉を開ける。
「この結婚式は」
彼は、振り返った。
月明かりに照らされた彼の目は、どこか冷たかった。
「きっと、面白くなる」
扉が、静かに閉じた。
13
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時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
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