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招待状と返信は、記録されていた
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【帝国宮廷官報 号外 帝国歴四〇三年 冬 第一の月 28日】
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皇帝陛下・皇后殿下、婚礼式典まで残り10日
皇帝ジークハルト陛下と皇后ティアラ殿下の婚礼式典は、来月8日に執り行われます。
本日、以下の招待客が帝都に到着予定です。
・ネルヴァス商業連合 代表団(マルスク代表ほか五名)
なお、フローレンス王国第二王子フェリックス殿下は、来月5日に到着予定です。
臣民の皆様への式典映像配信については、追って発表いたします。
帝国宮廷府
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 早朝】
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結婚式まで、あと10日。
私と財務大臣の「胃痛同盟」は、毎朝の情報共有から始まる。
今朝も、執務室で顔を合わせた。
「状況は」
「最悪です」
財務大臣の目の下には、濃い隈があった。
「招待客リストが確定しました。総勢三百二十七名」
「永久氷晶は」
「昨日時点で二百八十個。残り四十七個」
「間に合いますか」
「陛下の魔力なら、間に合います」
「問題は」
「陛下の体力です」
彼は、書類を広げた。
「氷の彫刻八百体の維持。星のドレスの仕上げ。永久氷晶の量産。通常政務。全てを同時進行しています」
「殿下は」
「膝枕で何とか休ませていますが、限界があります」
私は、窓の外を見た。
庭園の氷の彫刻が、朝日を受けて輝いている。
「今日の予定は」
「午前、星のドレス最終調整。午後、商業連合の代表団との会見」
「商業連合か」
「ええ。祝辞と称して、何か企んでいるようです」
「殿下なら、どうにかなるでしょう」
「それが唯一の救いですな」
二人で、深い溜息をついた。
胃薬の在庫は、あと三日分。
補充を急がねば。
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【映像ログ011-A 帝国宮殿 衣装部屋 同日 午前9:15】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
衣装部屋。
大きな窓から、朝の陽光が差し込んでいる。
部屋の中央には、仕立て台に掛けられた純白のドレス。
いや、純白ではなかった。
輝いていた。
ダイヤモンドダストが、ドレス全体に縫い付けられている。
その一粒一粒が、陽光を受けて煌めいている。
まるで、星空をそのまま布に閉じ込めたような美しさだった。
「完成だ」
ジークハルトの声が、静かに響いた。
彼は、ドレスの前に立っていた。
その目には、深い満足感が浮かんでいる。
「陛下」
ティアラが、衣装部屋に入ってきた。
そして、足を止めた。
「まあ」
彼女の目が、大きく見開かれた。
「これは」
「星のドレスだ。お前のために作った」
ジークハルトは、彼女の手を取った。
「試着してみろ」
「ええ、是非」
ティアラは、ドレスに近づいた。
その瞬間。
陽光が、ドレスに直接当たった。
「っ」
ティアラが、目を細めた。
いや、目を細めたどころではなかった。
反射的に、顔を背けた。
「眩しい」
「何?」
「眩しいですわ、陛下」
彼女は、片手で目を覆った。
「直視できませんの」
ジークハルトは、ドレスを見た。
確かに、陽光を受けたダイヤモンドダストが、強烈な光を放っている。
「問題ないだろう」
「問題ありますわ」
「なぜだ」
「招待客が失明しますわ」
沈黙が流れた。
「失明?」
「ええ。この輝きを三百人が直視したら、全員が目を傷めます」
「ならば、見なければいい」
「結婚式で花嫁を見ないのですか」
「余だけが見ればいい」
「陛下」
ティアラは、溜息をついた。
「素敵なお言葉ですけれど、現実的ではありませんわ」
その時、扉が開いた。
職人の親方が、顔を出した。
「陛下、ドレスの最終確認を」
そして、彼は固まった。
「目がっ」
「大丈夫ですか」
「眩しっ、直視できませんっ」
親方は、両手で目を覆いながら後ずさった。
「何ですかあのドレスは! 兵器ですか!?」
「余の愛だ」
「愛が眩しすぎます!」
ティアラは、もう一度溜息をついた。
「陛下。光量を調整していただけますか」
「調整?」
「ええ。今の十分の一くらいに」
「十分の一?」
ジークハルトの眉が、わずかに寄った。
「それでは、お前の美しさが十分に引き立たない」
「引き立ちすぎて誰も見られないよりはましですわ」
「しかし」
「陛下」
ティアラは、彼の手を握った。
「私を見るのは、陛下だけで十分ですわ。他の方々には、『美しいドレス』として認識していただければ結構。本当の輝きは、陛下だけが知っていてくださればいいのです」
「お前だけが」
「ええ。陛下だけが」
ジークハルトの耳が、かすかに赤くなった。
「わかった」
彼は、ドレスに手をかざした。
魔力が流れ、ダイヤモンドダストの輝きが抑えられていく。
十分の一。
いや、五分の一程度で止まった。
「これが限界だ」
「十分の一とお願いしましたわ」
「五分の一が限界だ。これ以上抑えると、余の愛が伝わらん」
「愛は輝度ではありませんわ」
「輝度だ」
「違いますわ」
二人は、見つめ合った。
結局、「四分の一」で妥協することになった。
(画面隅に小窓が現れる:職人たちが「四分の一でもまだ眩しい」「遮光眼鏡を配布しよう」と囁いている)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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「星のドレス」が完成した。
しかし、問題があった。
眩しすぎるのだ。
ダイヤモンドダストの量が多すぎて、直視すると目を傷める。
職人の親方が「兵器ですか」と叫んだのは、誇張ではなかった。
陛下は「余の愛だ」と胸を張っていたが、愛が攻撃力を持ってはいけない。
結局、魔力で光量を四分の一に抑えることで決着した。
それでもまだ眩しいが、失明するほどではない。
念のため、招待客全員に「魔力遮光眼鏡」を配布することになった。
追加予算が発生したが、財務大臣は「失明者を出すよりまし」と諦めていた。
午後からは、商業連合の代表団との会見だ。
彼らの目的は明白だった。
「永久氷晶の技術」を狙っている。
祝辞に名を借りた、技術泥棒だ。
しかし、殿下がいる。
彼女なら、どうにかしてくれるだろう。
私は、そう信じることにした。
信じる以外に、できることがないからだ。
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【映像ログ011-B 帝国宮殿 謁見の間 同日 午後2:00】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
謁見の間。
広大な空間に、冬の陽光が差し込んでいる。
玉座には、ジークハルトとティアラが並んで座っていた。
正面には、六人の男たちが並んでいる。
商業連合の代表団だ。
先頭に立つのは、恰幅のいい中年の男。
金の鎖を首に下げ、指には宝石の指輪が光っている。
マルクス。
商業連合随一の大商人にして、今回の代表団の長だった。
「このたびは、ご婚礼の祝辞を申し上げに参りました」
マルクスは、深々と頭を下げた。
「帝国と商業連合の友好関係が、これからも末永く続きますよう、心よりお祈り申し上げます」
「うむ。遠路ご苦労であった」
ジークハルトの声は、平坦だった。
「して、祝辞だけではあるまい」
「はい?」
マルクスの目が、一瞬だけ泳いだ。
「何か用があって来たのだろう。言ってみろ」
「いえ、その、まずは祝辞を」
「祝辞は聞いた。本題を言え」
沈黙が流れた。
マルクスは、ゆっくりと顔を上げた。
「さすがは氷の皇帝陛下。お見通しでございますな」
「くだらん駆け引きは嫌いだ」
「では、率直に申し上げます」
彼は、一歩前に出た。
「永久氷晶の技術について、商業連合と共同開発のご提案をさせていただきたく」
「共同開発?」
「はい。帝国の魔導技術と、連合の流通網を組み合わせれば、大陸全土に永久氷晶を普及させることができます。その利益を、両者で分かち合う。素晴らしい提案だと思いませんか」
マルクスの目が、ぎらりと光った。
「永久氷晶は、結婚式の引き出物として世界中に知れ渡ります。その後の需要は、計り知れません。今こそ、手を組むべき時なのです」
ジークハルトは、無言だった。
その隣で、ティアラが口を開いた。
「マルクス殿」
「はい、皇后殿下」
「素晴らしいご提案ですわね」
彼女は、にっこりと微笑んだ。
「では、具体的な条件をお聞かせくださいませ」
「はい。まず、技術供与の形で」
「技術供与?」
「ええ。帝国が持つ永久氷晶の製造技術を、連合に開示していただき」
「なるほど」
ティアラは、頷いた。
「つまり、技術を差し上げる、ということですわね」
「差し上げるというか、共有というか」
「共有の対価は?」
「連合の流通網を使った販売利益の、三割を帝国に」
ティアラの目が、かすかに細くなった。
「三割」
「はい。破格の条件だと自負しております」
「そうですわね。破格ですわ」
彼女は、立ち上がった。
「では、私からも提案させていただきますわ」
マルクスの表情が、かすかに緊張した。
「技術使用料として、連合の年間国庫収入の五十年分をいただきますわ」
「は?」
マルクスの顔が、固まった。
「五十年分、ですか」
「ええ。永久氷晶は、陛下の魔力でしか作れませんの。つまり、世界で唯一の技術ですわ。その価値を考えれば、五十年分でも安いくらいですわね」
「しかし、それでは」
「お支払いいただけないのでしたら、お引き取りくださいませ」
ティアラは、穏やかに笑った。
「帝国は、別に困りませんの。永久氷晶は陛下の愛の証。商売のために作っているわけではありませんわ」
「いや、しかし」
「それとも」
彼女の声が、かすかに低くなった。
「『祝辞』に見せかけて技術泥棒をしに来た、とお認めになりますか?」
マルクスの顔が、青くなった。
「そ、そのようなことは」
「そうですわよね。商業連合ともあろう方々が、そのような下品なことをなさるはずがありませんわ」
彼女は、玉座に戻った。
「では、改めて。純粋な祝辞として、何かお持ちになりましたか?」
マルクスは、汗を拭いながら頷いた。
「は、はい。こちらに、連合からの祝いの品を」
彼は、部下に目配せした。
大きな木箱が運ばれてくる。
「連合最高級の葡萄酒と、南方の香辛料でございます」
「まあ、素敵ですわ」
ティアラは、ほほえみを浮かべた。
「陛下、いただきましょう」
「うむ」
ジークハルトは、短く頷いた。
「祝辞、確かに受け取った。帰っていいぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
マルクスは、深々と頭を下げた。
その額には、冷や汗が光っていた。
(画面隅に小窓が現れる:外務大臣が「さすが殿下」と呟いている)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【悲報】皇后様のドレス、直視不可【兵器】
1:名無しの帝国民
完成したらしい
星のドレス
2:名無しの帝国民
見た?
3:名無しの帝国民
>>2
見れない
眩しすぎて
4:名無しの帝国民
眩しすぎて?
5:名無しの帝国民
ダイヤモンドダストの量が多すぎて直視すると目を傷めるらしい
6:名無しの帝国民
兵器かな?
7:名無しの帝国民
愛の兵器
8:名無しの帝国民
職人が「兵器ですか」って叫んだって
9:名無しの帝国民
陛下「余の愛だ」
10:名無しの帝国民
愛が眩しすぎる
11:名無しの帝国民
物理的に
12:名無しの帝国民
結局どうなったの
13:名無しの帝国民
>>12
光量を四分の一に抑えた
14:名無しの帝国民
それでもまだ眩しいだろ
15:名無しの帝国民
黒眼鏡配布されるらしい
16:名無しの帝国民
黒眼鏡必須の結婚式www
17:名無しの帝国民
前代未聞
18:名無しの帝国民
陛下の愛は前代未聞
19:名無しの帝国民
それな
20:名無しの帝国民
商業連合が来たんだろ
21:名無しの帝国民
>>20
永久氷晶の技術狙いで来たらしい
22:名無しの帝国民
技術泥棒か
23:名無しの帝国民
で、どうなった
24:名無しの帝国民
>>23
皇后様に撃退された
25:名無しの帝国民
さすが
26:名無しの帝国民
「技術使用料として国庫収入五十年分」って言ったらしい
27:名無しの帝国民
五十年www
28:名無しの帝国民
吹っかけすぎ
29:名無しの帝国民
でもそれくらいの価値あるだろ永久氷晶
30:名無しの帝国民
>>29
確かに
31:名無しの帝国民
結局葡萄酒と香辛料だけ置いて帰ったらしい
32:名無しの帝国民
カモられに来たのか
33:名無しの帝国民
祝辞(笑)
34:名無しの帝国民
皇后様怖い
35:名無しの帝国民
怖いけど頼もしい
36:名無しの帝国民
最強夫婦
37:名無しの帝国民
陛下が武力で皇后様が知力
38:名無しの帝国民
>>37
バランス良すぎ
39:名無しの帝国民
フローレンスの第二王子はいつ来るの
40:名無しの帝国民
>>39
来月5日らしい
41:名無しの帝国民
結婚式三日前か
42:名無しの帝国民
ギリギリだな
43:名無しの帝国民
何か企んでそう
44:名無しの帝国民
>>43
絶対企んでる
45:名無しの帝国民
でも皇后様がいるから大丈夫だろ
46:名無しの帝国民
それな
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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商業連合は、撃退された。
殿下の「五十年分」発言を聞いた時、私は思わず笑いそうになった。
あまりにも法外な吹っかけだ。
しかし、それが狙いだった。
「払えない金額を提示することで、相手に『諦める』選択肢を与える」
殿下は、後でそう説明した。
「無理だと思わせれば、彼らは『仕方ない』と引き下がれる。面子を潰さずに追い返す方法ですわ」
恐ろしい女性だ。
しかし、それだけではなかった。
「でも、彼らが持ってきた葡萄酒と香辛料は本物ですわ」
殿下は、木箱を開けながら微笑んだ。
「商業連合との関係は悪くしたくありませんの。祝いの品を受け取ることで、友好関係は維持できますわ」
アメとムチ。
いや、ムチとアメか。
まず吹っかけて追い詰め、最後に逃げ道を与える。
相手は「助かった」と思い、感謝すらするだろう。
外交術の教科書に載せたいくらいだった。
しかし、問題は他にもあった。
招待状の返信が、続々と届いている。
その中に、奇妙なものがあった。
闇国からの「贈り物」だ。
招待状は送っていない。
しかし、大量の品物が届いた。
「お祝いの品」と称して。
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【映像ログ011-C 帝国宮殿 謁見の間(小会議室) 同日 午後4:30】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
小会議室。
テーブルの上には、山のような品物が積まれていた。
宝石、絹織物、香木、珍しい鉱石。
どれも高価なものばかりだった。
「これが全部、闇国から?」
ジークハルトが、眉を寄せた。
「はい、陛下」
外務大臣が、頷いた。
「ヴェルナー伯爵からの手紙が添えられていました」
「読め」
「はい」
外務大臣は、手紙を広げた。
「『氷の皇帝陛下ならびに皇后殿下の御婚礼を、心よりお祝い申し上げます。闇国は、帝国との友好関係を何より大切に思っております。つきましては、僭越ながら御祝いの品をお送りいたします。また、もし可能であれば、式典への参列をお許しいただければ、これに勝る喜びはございません。闇国貴族 ヴェルナー』」
沈黙が流れた。
「招待していないのに、参列を願い出てきたか」
ジークハルトの声は、冷たかった。
「図々しいな」
「いかがいたしましょうか」
外務大臣が、恐る恐る尋ねた。
その時、ティアラが口を開いた。
「お断りしましょう」
「皇后殿下」
「闇国は、マリアに偽装映像の技術を提供しました。その罪は、贈り物では消えませんわ」
彼女は、テーブルの上の品物を見た。
「これらは受け取ります。しかし、参列はお断り。それが、今の帝国の立場ですわ」
「しかし、関係が悪化するのでは」
「悪化しませんわ」
ティアラは、微笑んだ。
「贈り物を受け取ったのですから。『感謝はしている、しかし許してはいない』。それが伝わればよいのです」
「なるほど」
外務大臣は、頷いた。
「返書はいかがいたしましょうか」
「私が書きますわ」
ティアラは、羽ペンを手に取った。
「『御祝いの品、確かに受け取りました。帝国と闇国の友好関係を願うお気持ち、深く感謝いたします。しかしながら、今回の式典は規模の都合上、招待客を限定させていただいております。何卒ご理解くださいませ。皇后ティアラ』」
外務大臣の目が、丸くなった。
「これは」
「丁寧にお断りしているだけですわ」
ティアラは、静かに微笑んだ。
「規模の都合。嘘ではありませんわね。三百二十七名は、確かに大規模ですもの」
「いや、しかし」
「ヴェルナー伯爵は理解しますわ。『今は許されていない』ということを」
彼女は、手紙に署名した。
「でも、扉は閉ざしていませんの。いつか、本当の友好関係が築ける日が来るかもしれない。その可能性は残しておきましょう」
ジークハルトが、彼女の手を取った。
「お前に任せる」
「ありがとうございます、陛下」
二人は、静かに見つめ合った。
(画面隅に小窓が現れる:外務大臣が「外交の教科書を書き直すべきだ」と呟いている)
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【フローレンス王国外務記録 極秘文書 同日】
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発信元:フローレンス王国 王宮
宛先:国境警備隊 第七哨戒所
分類:最高機密
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第二王子フェリックス殿下の馬車が、本日午後、王都を出発した。
帝国への到着予定は、来月5日。
婚礼式典への参列が目的である。
なお、アルベルト元王太子の処遇については、以下の通り決定した。
「狩猟中の事故により死亡」
葬儀は行わない。
墓は設けない。
公式発表は、フェリックス殿下の帰国後に行う。
以上、厳に秘匿されたし。
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【音声ログ011-D フローレンス王国 馬車内 同日 午後】
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送信元:不明
音声品質:やや不鮮明
配信範囲:不明
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(音声開始)
馬車の揺れる音。
蹄の音が、規則的に響いている。
「殿下」
男の声。
側近のものらしい。
「何だ」
若い男の声。
穏やかだが、どこか冷たい響きがある。
「アルベルト様の件、処理が完了したとの報告が」
間。
「そうか」
若い男の声に、感情はなかった。
「墓は」
「ご指示通り、設けておりません」
「よい。無駄だからな」
衣擦れの音。
窓を開ける気配。
「殿下、お体に障ります」
「構わない。少し、風に当たりたいだけだ」
風の音が入り込む。
「それにしても」
若い男が、くすりと笑った。
「帝国の『悪女』か」
「皇后ティアラ殿下のことでしょうか」
「ああ。兄を破滅させ、聖女を社会的に抹殺した女だ」
また、笑い声。
「面白いな。どんな顔をしているのだろう」
「殿下」
「いや、顔は知っている。映像で見た。美しい女だ」
間。
「僕が知りたいのは、その目だ」
若い男の声が、かすかに熱を帯びた。
「あの女の目は、何を見ている? 何を考えている? どこまで計算している?」
「殿下」
「楽しみだな」
窓を閉める音。
「帝国に着いたら、まず彼女に会おう。『悪女』対『悪女を作った国の王子』。どちらが上か、試してみたい」
「殿下、それは」
「冗談だよ」
若い男は、軽く笑った。
「僕は、友好的に振る舞うさ。兄の不始末を詫び、両国の新たな関係を築く。それが、僕の役目だ」
間。
「でも」
声が、かすかに低くなった。
「あの女が、何か仕掛けてきたら」
また、笑い声。
今度は、どこか楽しげだった。
「その時は、相応の『お返し』をしよう」
間。
「……ああ、でも」
若い男の声が、ふと穏やかになった。
「できれば、あの女とは仲良くしたいな。敵に回すには、惜しい」
馬車の揺れる音だけが、続いた。
(音声終了)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【速報】闇国からの贈り物、参列はお断り【外交】
1:名無しの帝国民
闇国が招待してくれって言ってきたらしい
2:名無しの帝国民
招待状送ってないのに?
3:名無しの帝国民
>>2
図々しすぎ
4:名無しの帝国民
で、どうなったの
5:名無しの帝国民
>>4
お断りされた
6:名無しの帝国民
当然
7:名無しの帝国民
マリアに技術提供した国だからな
8:名無しの帝国民
でも贈り物は受け取ったらしい
9:名無しの帝国民
>>8
賢い
10:名無しの帝国民
品物はもらう、参列は断る
11:名無しの帝国民
「感謝はしてる、許してはいない」ってことか
12:名無しの帝国民
皇后様の外交術すごい
13:名無しの帝国民
敵を作らず、でも許さない
14:名無しの帝国民
バランス感覚が天才
15:名無しの帝国民
フローレンスの第二王子はどうなの
16:名無しの帝国民
>>15
来月5日に到着予定
17:名無しの帝国民
あと一週間か
18:名無しの帝国民
何企んでるんだろうな
19:名無しの帝国民
>>18
絶対何かある
20:名無しの帝国民
アルベルトの弟だぞ
21:名無しの帝国民
弟っていうか、兄を売った奴
22:名無しの帝国民
>>21
それな
23:名無しの帝国民
ゴミ出し担当
24:名無しの帝国民
冷酷そう
25:名無しの帝国民
でも皇后様の方が上だろ
26:名無しの帝国民
>>25
わからん
27:名無しの帝国民
バカな兄より賢い弟
28:名無しの帝国民
皇后様 vs 第二王子
29:名無しの帝国民
見ものだな
30:名無しの帝国民
俺らは見てるだけでいい
31:名無しの帝国民
ハインリヒさんの胃が心配
32:名無しの帝国民
>>31
毎回言われてて本当
33:名無しの帝国民
胃薬株買っとけ
34:名無しの帝国民
結婚式楽しみだな
35:名無しの帝国民
>>34
楽しみすぎる
36:名無しの帝国民
黒眼鏡して待機する
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【映像ログ011-E 帝国宮殿 皇帝私室 同日 夜】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:暗い
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
皇帝私室。
暖炉の火が、部屋を温かく照らしている。
窓の外には、冬の星空が広がっていた。
ソファに、二人の姿があった。
ティアラが座り、その膝の上にジークハルトの頭が載っている。
彼女は、彼の髪をゆっくりと撫でていた。
「今日は、お疲れ様でした」
「うむ」
ジークハルトの声は、少し眠そうだった。
「商業連合も、闇国も、お前が全て片付けた」
「陛下のおかげですわ。陛下がいらっしゃるから、私は強気に出られますの」
「余は何もしていない」
「いらっしゃるだけで十分ですわ」
ティアラは、微笑んだ。
「陛下が後ろにいる。それだけで、誰も私に手を出せませんもの」
「当然だ。お前に手を出す者は、余が凍らせる」
「ふふ。頼もしいですわ」
彼女は、彼の額に手を当てた。
「少し、熱がありますわね」
「気のせいだ」
「無理をなさっていませんか」
「していない」
「陛下」
ティアラの声が、少し厳しくなった。
「ドレスの仕上げ、永久氷晶の量産、氷の彫刻の維持。全てを同時に行っていますわね」
「大したことではない」
「大したことですわ」
彼女は、彼の頬をそっと撫でた。
「陛下。私は、世界で一番美しいドレスが欲しいわけではありませんの」
「何?」
「私が欲しいのは、陛下ですわ」
ジークハルトの目が、少し大きくなった。
「結婚式の日に、陛下が元気でいてくださること。それが、何より大切ですの」
「ティアラ」
「ドレスが少し地味でも、引き出物が少なくても、構いませんわ。でも、陛下が倒れたら、私は」
彼女の声が、かすかに震えた。
「私は、悲しいですわ」
沈黙が流れた。
ジークハルトは、ゆっくりと起き上がった。
そして、彼女の顔を見つめた。
「すまなかった」
「陛下?」
「余は、お前を喜ばせたかった。世界で一番美しい花嫁にしたかった」
「陛下」
「しかし、お前を悲しませては本末転倒だ」
彼は、彼女の手を取った。
「明日から、少しペースを落とす」
「本当ですか」
「ああ。永久氷晶は、三百個でなくてもいい。二百個でも、百個でもいい」
「陛下」
「お前が笑っていてくれるなら、それでいい」
ティアラの目が、潤んだ。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは余の方だ」
ジークハルトは、彼女を抱きしめた。
「お前がいるから、余は生きていける」
「陛下」
「愛している、ティアラ」
「私も、愛していますわ」
二人の影が、暖炉の火に照らされていた。
(映像終了)
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【極秘ログ──送信者不明】
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記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 28日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
-----
(音声のみ)
椅子が軋む音。
窓を開ける気配。
「フェリックス王子」
女の声。
低く、静かな呟き。
「兄を『処理』した男。冷酷で、計算高い」
窓を閉める音。
足音が、部屋を横切る。
「アルベルト様は、愚かでした。だから、扱いやすかった」
くすくすと笑う声。
「でも、この方は違いますわ。話が通じる。だからこそ、厄介」
紙をめくる音。
「手紙の文面は完璧でした。感情が見えない。隙がない」
間。
「でも」
女の声が、かすかに冷たくなった。
「隙がないということは、『隙を作らないようにしている』ということ」
羽ペンを取る音。
「何かを隠している。何かを企んでいる。それは確実ですわ」
ペンが紙を走る音。
「来月5日。この方が帝都に来る」
間。
「その時、この目で確かめますわ」
ペンを置く音。
「何を考えているのか。何を狙っているのか。全て」
椅子から立ち上がる音。
「そして、もし敵意があるなら」
足音が、扉に向かう。
「相応の『おもてなし』を」
扉を開ける音。
別の部屋に入る気配。
「陛下」
女の声が、柔らかくなった。
「まだ起きていらしたのですか」
「起きた」
低い男の声。
眠そうだが、どこか満足げな響き。
「お前の足音で目が覚めた」
「申し訳ありませんわ」
「謝るな。お前の気配で目が覚めるのは、悪い気分ではない」
衣擦れの音。
布団に潜り込む気配。
「陛下」
「何だ」
「結婚式まで、あと10日ですわね」
「うむ」
「楽しみですわ」
「余もだ」
間。
「お前と、正式に夫婦になれる」
「ええ」
「世界中に、お前が余の妻だと示せる」
「ふふ。陛下ったら」
笑い声。
幸せそうな、穏やかな声。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
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【次回予告】
結婚式まで、あと3日。
フローレンス第二王子フェリックスが、帝都に到着する。
「初めまして、皇后殿下。お噂はかねがね」
「まあ、光栄ですわ。どのような噂かしら」
「『悪女』だと」
「あら。それは、褒め言葉として受け取っておきますわね」
そして、最終確認が始まる。
会場、警備、招待客、全てが整う中──
一つだけ、不穏な報告が。
「殿下、フローレンスから密使が」
「何だ」
「アルベルト元王太子の死亡が、漏れました」
フェリックス「困ったな。予定より早い」
ティアラ「この方、何かを隠していますわね」
ジークハルト「お前が見抜く。余が守る。それでいい」
ティアラ「ええ。いつも通りに」
第12話「対面と疑惑は、記録されていた」
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【おまけ:帝国宮殿 衣装部屋 翌朝】
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朝日が、衣装部屋を照らしていた。
仕立て台に掛けられた「星のドレス」が、柔らかく輝いている。
光量を四分の一に抑えたとはいえ、それでも美しかった。
「壮観ですな」
職人の親方が、感嘆の声を漏らした。
「しかし、本当に四分の一で大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ」
ジークハルトの声がした。
彼は、窓際に立っていた。
その手には、小さな眼鏡のようなものがある。
「陛下、それは」
「魔力遮光眼鏡だ。招待客全員に配る」
「ああ、遮光眼鏡ですか」
「遮光眼鏡とは言うな。余が作った『愛の防御具』だ」
「愛の防御具」
親方の口が、引きつった。
「陛下。その、ネーミングは」
「何か問題があるか」
「いえ、何も」
その時、ティアラが部屋に入ってきた。
「陛下、何をなさっていますの」
「愛の防御具を作っている」
「愛の防御具?」
彼女は、眼鏡を見た。
「これは」
「お前のドレスが眩しすぎるから、招待客に配る」
「まあ」
ティアラは、眼鏡を手に取った。
かけてみる。
「見えますわね」
「当然だ。余が作った」
「デザインは、もう少し改良の余地がありますわね」
「何?」
「フレームが太すぎますわ。女性には似合いませんの」
ジークハルトの眉が、わずかに寄った。
「では、三百二十七個、全て作り直す」
「いえ、そこまでは」
「作り直す」
「陛下」
ティアラは、溜息をついた。
「無理をなさらないでくださいと、昨夜お約束しましたわよね」
「これは無理ではない。愛だ」
「愛でも無理は無理ですわ」
二人は、見つめ合った。
「では、フレームは職人に任せる」
「それがよろしいですわ」
「しかし、レンズは余が作る」
「陛下」
「譲れん」
ティアラは、もう一度溜息をついた。
「分かりましたわ。レンズだけ」
「うむ」
ジークハルトは、満足げに頷いた。
(親方の心の声:「愛の防御具」は帝国の公式記録に残るのだろうか)
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皇帝陛下・皇后殿下、婚礼式典まで残り10日
皇帝ジークハルト陛下と皇后ティアラ殿下の婚礼式典は、来月8日に執り行われます。
本日、以下の招待客が帝都に到着予定です。
・ネルヴァス商業連合 代表団(マルスク代表ほか五名)
なお、フローレンス王国第二王子フェリックス殿下は、来月5日に到着予定です。
臣民の皆様への式典映像配信については、追って発表いたします。
帝国宮廷府
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 早朝】
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結婚式まで、あと10日。
私と財務大臣の「胃痛同盟」は、毎朝の情報共有から始まる。
今朝も、執務室で顔を合わせた。
「状況は」
「最悪です」
財務大臣の目の下には、濃い隈があった。
「招待客リストが確定しました。総勢三百二十七名」
「永久氷晶は」
「昨日時点で二百八十個。残り四十七個」
「間に合いますか」
「陛下の魔力なら、間に合います」
「問題は」
「陛下の体力です」
彼は、書類を広げた。
「氷の彫刻八百体の維持。星のドレスの仕上げ。永久氷晶の量産。通常政務。全てを同時進行しています」
「殿下は」
「膝枕で何とか休ませていますが、限界があります」
私は、窓の外を見た。
庭園の氷の彫刻が、朝日を受けて輝いている。
「今日の予定は」
「午前、星のドレス最終調整。午後、商業連合の代表団との会見」
「商業連合か」
「ええ。祝辞と称して、何か企んでいるようです」
「殿下なら、どうにかなるでしょう」
「それが唯一の救いですな」
二人で、深い溜息をついた。
胃薬の在庫は、あと三日分。
補充を急がねば。
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【映像ログ011-A 帝国宮殿 衣装部屋 同日 午前9:15】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
衣装部屋。
大きな窓から、朝の陽光が差し込んでいる。
部屋の中央には、仕立て台に掛けられた純白のドレス。
いや、純白ではなかった。
輝いていた。
ダイヤモンドダストが、ドレス全体に縫い付けられている。
その一粒一粒が、陽光を受けて煌めいている。
まるで、星空をそのまま布に閉じ込めたような美しさだった。
「完成だ」
ジークハルトの声が、静かに響いた。
彼は、ドレスの前に立っていた。
その目には、深い満足感が浮かんでいる。
「陛下」
ティアラが、衣装部屋に入ってきた。
そして、足を止めた。
「まあ」
彼女の目が、大きく見開かれた。
「これは」
「星のドレスだ。お前のために作った」
ジークハルトは、彼女の手を取った。
「試着してみろ」
「ええ、是非」
ティアラは、ドレスに近づいた。
その瞬間。
陽光が、ドレスに直接当たった。
「っ」
ティアラが、目を細めた。
いや、目を細めたどころではなかった。
反射的に、顔を背けた。
「眩しい」
「何?」
「眩しいですわ、陛下」
彼女は、片手で目を覆った。
「直視できませんの」
ジークハルトは、ドレスを見た。
確かに、陽光を受けたダイヤモンドダストが、強烈な光を放っている。
「問題ないだろう」
「問題ありますわ」
「なぜだ」
「招待客が失明しますわ」
沈黙が流れた。
「失明?」
「ええ。この輝きを三百人が直視したら、全員が目を傷めます」
「ならば、見なければいい」
「結婚式で花嫁を見ないのですか」
「余だけが見ればいい」
「陛下」
ティアラは、溜息をついた。
「素敵なお言葉ですけれど、現実的ではありませんわ」
その時、扉が開いた。
職人の親方が、顔を出した。
「陛下、ドレスの最終確認を」
そして、彼は固まった。
「目がっ」
「大丈夫ですか」
「眩しっ、直視できませんっ」
親方は、両手で目を覆いながら後ずさった。
「何ですかあのドレスは! 兵器ですか!?」
「余の愛だ」
「愛が眩しすぎます!」
ティアラは、もう一度溜息をついた。
「陛下。光量を調整していただけますか」
「調整?」
「ええ。今の十分の一くらいに」
「十分の一?」
ジークハルトの眉が、わずかに寄った。
「それでは、お前の美しさが十分に引き立たない」
「引き立ちすぎて誰も見られないよりはましですわ」
「しかし」
「陛下」
ティアラは、彼の手を握った。
「私を見るのは、陛下だけで十分ですわ。他の方々には、『美しいドレス』として認識していただければ結構。本当の輝きは、陛下だけが知っていてくださればいいのです」
「お前だけが」
「ええ。陛下だけが」
ジークハルトの耳が、かすかに赤くなった。
「わかった」
彼は、ドレスに手をかざした。
魔力が流れ、ダイヤモンドダストの輝きが抑えられていく。
十分の一。
いや、五分の一程度で止まった。
「これが限界だ」
「十分の一とお願いしましたわ」
「五分の一が限界だ。これ以上抑えると、余の愛が伝わらん」
「愛は輝度ではありませんわ」
「輝度だ」
「違いますわ」
二人は、見つめ合った。
結局、「四分の一」で妥協することになった。
(画面隅に小窓が現れる:職人たちが「四分の一でもまだ眩しい」「遮光眼鏡を配布しよう」と囁いている)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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「星のドレス」が完成した。
しかし、問題があった。
眩しすぎるのだ。
ダイヤモンドダストの量が多すぎて、直視すると目を傷める。
職人の親方が「兵器ですか」と叫んだのは、誇張ではなかった。
陛下は「余の愛だ」と胸を張っていたが、愛が攻撃力を持ってはいけない。
結局、魔力で光量を四分の一に抑えることで決着した。
それでもまだ眩しいが、失明するほどではない。
念のため、招待客全員に「魔力遮光眼鏡」を配布することになった。
追加予算が発生したが、財務大臣は「失明者を出すよりまし」と諦めていた。
午後からは、商業連合の代表団との会見だ。
彼らの目的は明白だった。
「永久氷晶の技術」を狙っている。
祝辞に名を借りた、技術泥棒だ。
しかし、殿下がいる。
彼女なら、どうにかしてくれるだろう。
私は、そう信じることにした。
信じる以外に、できることがないからだ。
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【映像ログ011-B 帝国宮殿 謁見の間 同日 午後2:00】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
謁見の間。
広大な空間に、冬の陽光が差し込んでいる。
玉座には、ジークハルトとティアラが並んで座っていた。
正面には、六人の男たちが並んでいる。
商業連合の代表団だ。
先頭に立つのは、恰幅のいい中年の男。
金の鎖を首に下げ、指には宝石の指輪が光っている。
マルクス。
商業連合随一の大商人にして、今回の代表団の長だった。
「このたびは、ご婚礼の祝辞を申し上げに参りました」
マルクスは、深々と頭を下げた。
「帝国と商業連合の友好関係が、これからも末永く続きますよう、心よりお祈り申し上げます」
「うむ。遠路ご苦労であった」
ジークハルトの声は、平坦だった。
「して、祝辞だけではあるまい」
「はい?」
マルクスの目が、一瞬だけ泳いだ。
「何か用があって来たのだろう。言ってみろ」
「いえ、その、まずは祝辞を」
「祝辞は聞いた。本題を言え」
沈黙が流れた。
マルクスは、ゆっくりと顔を上げた。
「さすがは氷の皇帝陛下。お見通しでございますな」
「くだらん駆け引きは嫌いだ」
「では、率直に申し上げます」
彼は、一歩前に出た。
「永久氷晶の技術について、商業連合と共同開発のご提案をさせていただきたく」
「共同開発?」
「はい。帝国の魔導技術と、連合の流通網を組み合わせれば、大陸全土に永久氷晶を普及させることができます。その利益を、両者で分かち合う。素晴らしい提案だと思いませんか」
マルクスの目が、ぎらりと光った。
「永久氷晶は、結婚式の引き出物として世界中に知れ渡ります。その後の需要は、計り知れません。今こそ、手を組むべき時なのです」
ジークハルトは、無言だった。
その隣で、ティアラが口を開いた。
「マルクス殿」
「はい、皇后殿下」
「素晴らしいご提案ですわね」
彼女は、にっこりと微笑んだ。
「では、具体的な条件をお聞かせくださいませ」
「はい。まず、技術供与の形で」
「技術供与?」
「ええ。帝国が持つ永久氷晶の製造技術を、連合に開示していただき」
「なるほど」
ティアラは、頷いた。
「つまり、技術を差し上げる、ということですわね」
「差し上げるというか、共有というか」
「共有の対価は?」
「連合の流通網を使った販売利益の、三割を帝国に」
ティアラの目が、かすかに細くなった。
「三割」
「はい。破格の条件だと自負しております」
「そうですわね。破格ですわ」
彼女は、立ち上がった。
「では、私からも提案させていただきますわ」
マルクスの表情が、かすかに緊張した。
「技術使用料として、連合の年間国庫収入の五十年分をいただきますわ」
「は?」
マルクスの顔が、固まった。
「五十年分、ですか」
「ええ。永久氷晶は、陛下の魔力でしか作れませんの。つまり、世界で唯一の技術ですわ。その価値を考えれば、五十年分でも安いくらいですわね」
「しかし、それでは」
「お支払いいただけないのでしたら、お引き取りくださいませ」
ティアラは、穏やかに笑った。
「帝国は、別に困りませんの。永久氷晶は陛下の愛の証。商売のために作っているわけではありませんわ」
「いや、しかし」
「それとも」
彼女の声が、かすかに低くなった。
「『祝辞』に見せかけて技術泥棒をしに来た、とお認めになりますか?」
マルクスの顔が、青くなった。
「そ、そのようなことは」
「そうですわよね。商業連合ともあろう方々が、そのような下品なことをなさるはずがありませんわ」
彼女は、玉座に戻った。
「では、改めて。純粋な祝辞として、何かお持ちになりましたか?」
マルクスは、汗を拭いながら頷いた。
「は、はい。こちらに、連合からの祝いの品を」
彼は、部下に目配せした。
大きな木箱が運ばれてくる。
「連合最高級の葡萄酒と、南方の香辛料でございます」
「まあ、素敵ですわ」
ティアラは、ほほえみを浮かべた。
「陛下、いただきましょう」
「うむ」
ジークハルトは、短く頷いた。
「祝辞、確かに受け取った。帰っていいぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
マルクスは、深々と頭を下げた。
その額には、冷や汗が光っていた。
(画面隅に小窓が現れる:外務大臣が「さすが殿下」と呟いている)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【悲報】皇后様のドレス、直視不可【兵器】
1:名無しの帝国民
完成したらしい
星のドレス
2:名無しの帝国民
見た?
3:名無しの帝国民
>>2
見れない
眩しすぎて
4:名無しの帝国民
眩しすぎて?
5:名無しの帝国民
ダイヤモンドダストの量が多すぎて直視すると目を傷めるらしい
6:名無しの帝国民
兵器かな?
7:名無しの帝国民
愛の兵器
8:名無しの帝国民
職人が「兵器ですか」って叫んだって
9:名無しの帝国民
陛下「余の愛だ」
10:名無しの帝国民
愛が眩しすぎる
11:名無しの帝国民
物理的に
12:名無しの帝国民
結局どうなったの
13:名無しの帝国民
>>12
光量を四分の一に抑えた
14:名無しの帝国民
それでもまだ眩しいだろ
15:名無しの帝国民
黒眼鏡配布されるらしい
16:名無しの帝国民
黒眼鏡必須の結婚式www
17:名無しの帝国民
前代未聞
18:名無しの帝国民
陛下の愛は前代未聞
19:名無しの帝国民
それな
20:名無しの帝国民
商業連合が来たんだろ
21:名無しの帝国民
>>20
永久氷晶の技術狙いで来たらしい
22:名無しの帝国民
技術泥棒か
23:名無しの帝国民
で、どうなった
24:名無しの帝国民
>>23
皇后様に撃退された
25:名無しの帝国民
さすが
26:名無しの帝国民
「技術使用料として国庫収入五十年分」って言ったらしい
27:名無しの帝国民
五十年www
28:名無しの帝国民
吹っかけすぎ
29:名無しの帝国民
でもそれくらいの価値あるだろ永久氷晶
30:名無しの帝国民
>>29
確かに
31:名無しの帝国民
結局葡萄酒と香辛料だけ置いて帰ったらしい
32:名無しの帝国民
カモられに来たのか
33:名無しの帝国民
祝辞(笑)
34:名無しの帝国民
皇后様怖い
35:名無しの帝国民
怖いけど頼もしい
36:名無しの帝国民
最強夫婦
37:名無しの帝国民
陛下が武力で皇后様が知力
38:名無しの帝国民
>>37
バランス良すぎ
39:名無しの帝国民
フローレンスの第二王子はいつ来るの
40:名無しの帝国民
>>39
来月5日らしい
41:名無しの帝国民
結婚式三日前か
42:名無しの帝国民
ギリギリだな
43:名無しの帝国民
何か企んでそう
44:名無しの帝国民
>>43
絶対企んでる
45:名無しの帝国民
でも皇后様がいるから大丈夫だろ
46:名無しの帝国民
それな
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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商業連合は、撃退された。
殿下の「五十年分」発言を聞いた時、私は思わず笑いそうになった。
あまりにも法外な吹っかけだ。
しかし、それが狙いだった。
「払えない金額を提示することで、相手に『諦める』選択肢を与える」
殿下は、後でそう説明した。
「無理だと思わせれば、彼らは『仕方ない』と引き下がれる。面子を潰さずに追い返す方法ですわ」
恐ろしい女性だ。
しかし、それだけではなかった。
「でも、彼らが持ってきた葡萄酒と香辛料は本物ですわ」
殿下は、木箱を開けながら微笑んだ。
「商業連合との関係は悪くしたくありませんの。祝いの品を受け取ることで、友好関係は維持できますわ」
アメとムチ。
いや、ムチとアメか。
まず吹っかけて追い詰め、最後に逃げ道を与える。
相手は「助かった」と思い、感謝すらするだろう。
外交術の教科書に載せたいくらいだった。
しかし、問題は他にもあった。
招待状の返信が、続々と届いている。
その中に、奇妙なものがあった。
闇国からの「贈り物」だ。
招待状は送っていない。
しかし、大量の品物が届いた。
「お祝いの品」と称して。
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【映像ログ011-C 帝国宮殿 謁見の間(小会議室) 同日 午後4:30】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
小会議室。
テーブルの上には、山のような品物が積まれていた。
宝石、絹織物、香木、珍しい鉱石。
どれも高価なものばかりだった。
「これが全部、闇国から?」
ジークハルトが、眉を寄せた。
「はい、陛下」
外務大臣が、頷いた。
「ヴェルナー伯爵からの手紙が添えられていました」
「読め」
「はい」
外務大臣は、手紙を広げた。
「『氷の皇帝陛下ならびに皇后殿下の御婚礼を、心よりお祝い申し上げます。闇国は、帝国との友好関係を何より大切に思っております。つきましては、僭越ながら御祝いの品をお送りいたします。また、もし可能であれば、式典への参列をお許しいただければ、これに勝る喜びはございません。闇国貴族 ヴェルナー』」
沈黙が流れた。
「招待していないのに、参列を願い出てきたか」
ジークハルトの声は、冷たかった。
「図々しいな」
「いかがいたしましょうか」
外務大臣が、恐る恐る尋ねた。
その時、ティアラが口を開いた。
「お断りしましょう」
「皇后殿下」
「闇国は、マリアに偽装映像の技術を提供しました。その罪は、贈り物では消えませんわ」
彼女は、テーブルの上の品物を見た。
「これらは受け取ります。しかし、参列はお断り。それが、今の帝国の立場ですわ」
「しかし、関係が悪化するのでは」
「悪化しませんわ」
ティアラは、微笑んだ。
「贈り物を受け取ったのですから。『感謝はしている、しかし許してはいない』。それが伝わればよいのです」
「なるほど」
外務大臣は、頷いた。
「返書はいかがいたしましょうか」
「私が書きますわ」
ティアラは、羽ペンを手に取った。
「『御祝いの品、確かに受け取りました。帝国と闇国の友好関係を願うお気持ち、深く感謝いたします。しかしながら、今回の式典は規模の都合上、招待客を限定させていただいております。何卒ご理解くださいませ。皇后ティアラ』」
外務大臣の目が、丸くなった。
「これは」
「丁寧にお断りしているだけですわ」
ティアラは、静かに微笑んだ。
「規模の都合。嘘ではありませんわね。三百二十七名は、確かに大規模ですもの」
「いや、しかし」
「ヴェルナー伯爵は理解しますわ。『今は許されていない』ということを」
彼女は、手紙に署名した。
「でも、扉は閉ざしていませんの。いつか、本当の友好関係が築ける日が来るかもしれない。その可能性は残しておきましょう」
ジークハルトが、彼女の手を取った。
「お前に任せる」
「ありがとうございます、陛下」
二人は、静かに見つめ合った。
(画面隅に小窓が現れる:外務大臣が「外交の教科書を書き直すべきだ」と呟いている)
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【フローレンス王国外務記録 極秘文書 同日】
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発信元:フローレンス王国 王宮
宛先:国境警備隊 第七哨戒所
分類:最高機密
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第二王子フェリックス殿下の馬車が、本日午後、王都を出発した。
帝国への到着予定は、来月5日。
婚礼式典への参列が目的である。
なお、アルベルト元王太子の処遇については、以下の通り決定した。
「狩猟中の事故により死亡」
葬儀は行わない。
墓は設けない。
公式発表は、フェリックス殿下の帰国後に行う。
以上、厳に秘匿されたし。
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【音声ログ011-D フローレンス王国 馬車内 同日 午後】
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送信元:不明
音声品質:やや不鮮明
配信範囲:不明
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(音声開始)
馬車の揺れる音。
蹄の音が、規則的に響いている。
「殿下」
男の声。
側近のものらしい。
「何だ」
若い男の声。
穏やかだが、どこか冷たい響きがある。
「アルベルト様の件、処理が完了したとの報告が」
間。
「そうか」
若い男の声に、感情はなかった。
「墓は」
「ご指示通り、設けておりません」
「よい。無駄だからな」
衣擦れの音。
窓を開ける気配。
「殿下、お体に障ります」
「構わない。少し、風に当たりたいだけだ」
風の音が入り込む。
「それにしても」
若い男が、くすりと笑った。
「帝国の『悪女』か」
「皇后ティアラ殿下のことでしょうか」
「ああ。兄を破滅させ、聖女を社会的に抹殺した女だ」
また、笑い声。
「面白いな。どんな顔をしているのだろう」
「殿下」
「いや、顔は知っている。映像で見た。美しい女だ」
間。
「僕が知りたいのは、その目だ」
若い男の声が、かすかに熱を帯びた。
「あの女の目は、何を見ている? 何を考えている? どこまで計算している?」
「殿下」
「楽しみだな」
窓を閉める音。
「帝国に着いたら、まず彼女に会おう。『悪女』対『悪女を作った国の王子』。どちらが上か、試してみたい」
「殿下、それは」
「冗談だよ」
若い男は、軽く笑った。
「僕は、友好的に振る舞うさ。兄の不始末を詫び、両国の新たな関係を築く。それが、僕の役目だ」
間。
「でも」
声が、かすかに低くなった。
「あの女が、何か仕掛けてきたら」
また、笑い声。
今度は、どこか楽しげだった。
「その時は、相応の『お返し』をしよう」
間。
「……ああ、でも」
若い男の声が、ふと穏やかになった。
「できれば、あの女とは仲良くしたいな。敵に回すには、惜しい」
馬車の揺れる音だけが、続いた。
(音声終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【速報】闇国からの贈り物、参列はお断り【外交】
1:名無しの帝国民
闇国が招待してくれって言ってきたらしい
2:名無しの帝国民
招待状送ってないのに?
3:名無しの帝国民
>>2
図々しすぎ
4:名無しの帝国民
で、どうなったの
5:名無しの帝国民
>>4
お断りされた
6:名無しの帝国民
当然
7:名無しの帝国民
マリアに技術提供した国だからな
8:名無しの帝国民
でも贈り物は受け取ったらしい
9:名無しの帝国民
>>8
賢い
10:名無しの帝国民
品物はもらう、参列は断る
11:名無しの帝国民
「感謝はしてる、許してはいない」ってことか
12:名無しの帝国民
皇后様の外交術すごい
13:名無しの帝国民
敵を作らず、でも許さない
14:名無しの帝国民
バランス感覚が天才
15:名無しの帝国民
フローレンスの第二王子はどうなの
16:名無しの帝国民
>>15
来月5日に到着予定
17:名無しの帝国民
あと一週間か
18:名無しの帝国民
何企んでるんだろうな
19:名無しの帝国民
>>18
絶対何かある
20:名無しの帝国民
アルベルトの弟だぞ
21:名無しの帝国民
弟っていうか、兄を売った奴
22:名無しの帝国民
>>21
それな
23:名無しの帝国民
ゴミ出し担当
24:名無しの帝国民
冷酷そう
25:名無しの帝国民
でも皇后様の方が上だろ
26:名無しの帝国民
>>25
わからん
27:名無しの帝国民
バカな兄より賢い弟
28:名無しの帝国民
皇后様 vs 第二王子
29:名無しの帝国民
見ものだな
30:名無しの帝国民
俺らは見てるだけでいい
31:名無しの帝国民
ハインリヒさんの胃が心配
32:名無しの帝国民
>>31
毎回言われてて本当
33:名無しの帝国民
胃薬株買っとけ
34:名無しの帝国民
結婚式楽しみだな
35:名無しの帝国民
>>34
楽しみすぎる
36:名無しの帝国民
黒眼鏡して待機する
-----
【映像ログ011-E 帝国宮殿 皇帝私室 同日 夜】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:暗い
配信範囲:帝国内限定
-----
(映像開始)
皇帝私室。
暖炉の火が、部屋を温かく照らしている。
窓の外には、冬の星空が広がっていた。
ソファに、二人の姿があった。
ティアラが座り、その膝の上にジークハルトの頭が載っている。
彼女は、彼の髪をゆっくりと撫でていた。
「今日は、お疲れ様でした」
「うむ」
ジークハルトの声は、少し眠そうだった。
「商業連合も、闇国も、お前が全て片付けた」
「陛下のおかげですわ。陛下がいらっしゃるから、私は強気に出られますの」
「余は何もしていない」
「いらっしゃるだけで十分ですわ」
ティアラは、微笑んだ。
「陛下が後ろにいる。それだけで、誰も私に手を出せませんもの」
「当然だ。お前に手を出す者は、余が凍らせる」
「ふふ。頼もしいですわ」
彼女は、彼の額に手を当てた。
「少し、熱がありますわね」
「気のせいだ」
「無理をなさっていませんか」
「していない」
「陛下」
ティアラの声が、少し厳しくなった。
「ドレスの仕上げ、永久氷晶の量産、氷の彫刻の維持。全てを同時に行っていますわね」
「大したことではない」
「大したことですわ」
彼女は、彼の頬をそっと撫でた。
「陛下。私は、世界で一番美しいドレスが欲しいわけではありませんの」
「何?」
「私が欲しいのは、陛下ですわ」
ジークハルトの目が、少し大きくなった。
「結婚式の日に、陛下が元気でいてくださること。それが、何より大切ですの」
「ティアラ」
「ドレスが少し地味でも、引き出物が少なくても、構いませんわ。でも、陛下が倒れたら、私は」
彼女の声が、かすかに震えた。
「私は、悲しいですわ」
沈黙が流れた。
ジークハルトは、ゆっくりと起き上がった。
そして、彼女の顔を見つめた。
「すまなかった」
「陛下?」
「余は、お前を喜ばせたかった。世界で一番美しい花嫁にしたかった」
「陛下」
「しかし、お前を悲しませては本末転倒だ」
彼は、彼女の手を取った。
「明日から、少しペースを落とす」
「本当ですか」
「ああ。永久氷晶は、三百個でなくてもいい。二百個でも、百個でもいい」
「陛下」
「お前が笑っていてくれるなら、それでいい」
ティアラの目が、潤んだ。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは余の方だ」
ジークハルトは、彼女を抱きしめた。
「お前がいるから、余は生きていける」
「陛下」
「愛している、ティアラ」
「私も、愛していますわ」
二人の影が、暖炉の火に照らされていた。
(映像終了)
-----
【極秘ログ──送信者不明】
-----
記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 28日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
-----
(音声のみ)
椅子が軋む音。
窓を開ける気配。
「フェリックス王子」
女の声。
低く、静かな呟き。
「兄を『処理』した男。冷酷で、計算高い」
窓を閉める音。
足音が、部屋を横切る。
「アルベルト様は、愚かでした。だから、扱いやすかった」
くすくすと笑う声。
「でも、この方は違いますわ。話が通じる。だからこそ、厄介」
紙をめくる音。
「手紙の文面は完璧でした。感情が見えない。隙がない」
間。
「でも」
女の声が、かすかに冷たくなった。
「隙がないということは、『隙を作らないようにしている』ということ」
羽ペンを取る音。
「何かを隠している。何かを企んでいる。それは確実ですわ」
ペンが紙を走る音。
「来月5日。この方が帝都に来る」
間。
「その時、この目で確かめますわ」
ペンを置く音。
「何を考えているのか。何を狙っているのか。全て」
椅子から立ち上がる音。
「そして、もし敵意があるなら」
足音が、扉に向かう。
「相応の『おもてなし』を」
扉を開ける音。
別の部屋に入る気配。
「陛下」
女の声が、柔らかくなった。
「まだ起きていらしたのですか」
「起きた」
低い男の声。
眠そうだが、どこか満足げな響き。
「お前の足音で目が覚めた」
「申し訳ありませんわ」
「謝るな。お前の気配で目が覚めるのは、悪い気分ではない」
衣擦れの音。
布団に潜り込む気配。
「陛下」
「何だ」
「結婚式まで、あと10日ですわね」
「うむ」
「楽しみですわ」
「余もだ」
間。
「お前と、正式に夫婦になれる」
「ええ」
「世界中に、お前が余の妻だと示せる」
「ふふ。陛下ったら」
笑い声。
幸せそうな、穏やかな声。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【次回予告】
結婚式まで、あと3日。
フローレンス第二王子フェリックスが、帝都に到着する。
「初めまして、皇后殿下。お噂はかねがね」
「まあ、光栄ですわ。どのような噂かしら」
「『悪女』だと」
「あら。それは、褒め言葉として受け取っておきますわね」
そして、最終確認が始まる。
会場、警備、招待客、全てが整う中──
一つだけ、不穏な報告が。
「殿下、フローレンスから密使が」
「何だ」
「アルベルト元王太子の死亡が、漏れました」
フェリックス「困ったな。予定より早い」
ティアラ「この方、何かを隠していますわね」
ジークハルト「お前が見抜く。余が守る。それでいい」
ティアラ「ええ。いつも通りに」
第12話「対面と疑惑は、記録されていた」
-----
【おまけ:帝国宮殿 衣装部屋 翌朝】
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朝日が、衣装部屋を照らしていた。
仕立て台に掛けられた「星のドレス」が、柔らかく輝いている。
光量を四分の一に抑えたとはいえ、それでも美しかった。
「壮観ですな」
職人の親方が、感嘆の声を漏らした。
「しかし、本当に四分の一で大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ」
ジークハルトの声がした。
彼は、窓際に立っていた。
その手には、小さな眼鏡のようなものがある。
「陛下、それは」
「魔力遮光眼鏡だ。招待客全員に配る」
「ああ、遮光眼鏡ですか」
「遮光眼鏡とは言うな。余が作った『愛の防御具』だ」
「愛の防御具」
親方の口が、引きつった。
「陛下。その、ネーミングは」
「何か問題があるか」
「いえ、何も」
その時、ティアラが部屋に入ってきた。
「陛下、何をなさっていますの」
「愛の防御具を作っている」
「愛の防御具?」
彼女は、眼鏡を見た。
「これは」
「お前のドレスが眩しすぎるから、招待客に配る」
「まあ」
ティアラは、眼鏡を手に取った。
かけてみる。
「見えますわね」
「当然だ。余が作った」
「デザインは、もう少し改良の余地がありますわね」
「何?」
「フレームが太すぎますわ。女性には似合いませんの」
ジークハルトの眉が、わずかに寄った。
「では、三百二十七個、全て作り直す」
「いえ、そこまでは」
「作り直す」
「陛下」
ティアラは、溜息をついた。
「無理をなさらないでくださいと、昨夜お約束しましたわよね」
「これは無理ではない。愛だ」
「愛でも無理は無理ですわ」
二人は、見つめ合った。
「では、フレームは職人に任せる」
「それがよろしいですわ」
「しかし、レンズは余が作る」
「陛下」
「譲れん」
ティアラは、もう一度溜息をついた。
「分かりましたわ。レンズだけ」
「うむ」
ジークハルトは、満足げに頷いた。
(親方の心の声:「愛の防御具」は帝国の公式記録に残るのだろうか)
13
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