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準備と暴走は、記録されていた
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【帝国宮廷官報 号外 帝国歴四〇三年 冬 第一の月 22日】
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皇帝陛下・皇后殿下、婚礼準備を開始
皇帝ジークハルト陛下と皇后ティアラ殿下の婚礼式典に向け、本日より準備が開始されました。
式典は来月中旬を予定しております。
なお、各国首脳への招待状は本日より順次発送いたします。
臣民の皆様への詳細は、追って発表いたします。
帝国宮廷府
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 早朝】
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朝、目覚めて窓を開けた。
そして、絶句した。
宮殿の庭園が、白く輝いていた。
雪ではない。
氷だ。
いや、正確には──
氷の彫刻だ。
一体、二体ではない。
数えきれないほどの彫刻が、庭園を埋め尽くしていた。
その全てが、同じ人物を模している。
ティアラ様だ。
右手を振るティアラ様。
紅茶を飲むティアラ様。
本を読むティアラ様。
微笑むティアラ様。
少し困った顔のティアラ様。
そして──
寝起きのティアラ様。
髪が乱れ、目を擦り、少し不機嫌そうな顔。
どう見ても、朝起きたばかりの姿だった。
私は、目を擦った。
夢ではなかった。
すぐに庭園へ向かった。
そこで、財務大臣と出会った。
彼は、青い顔で彫刻を数えていた。
「何体あるのですか」
「五百二十三体」
「……」
「まだ増えている」
「増えている?」
「陛下が、今も作っておられる」
財務大臣は、庭園の奥を指差した。
そこには、陛下がいた。
早朝の冷たい空気の中、シャツ一枚で。
右手を振るたびに、新たな彫刻が生まれていく。
「……」
私と財務大臣は、無言で顔を見合わせた。
「胃薬、お持ちですか」
「昨夜、使い果たしました」
「私もです」
二人で深い溜息をついた。
同盟の始まりだった。
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【映像ログ010-A 帝国宮殿 庭園 同日 午前7:15】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
朝焼けに照らされた庭園。
氷の彫刻が、オレンジ色の光を受けて輝いている。
その数、既に六百を超えていた。
「陛下」
ティアラの声が響いた。
彼女は、厚手のコートを羽織って庭園に立っていた。
頬が、朝の冷気で薄く染まっている。
ジークハルトが振り返った。
「おお、起きたか」
「起きましたわ。というか、起きざるを得ませんでしたわ」
「なぜだ」
「窓の外が白く輝いていましたの。何事かと思えば……」
彼女は、周囲を見回した。
「これは、何ですの」
「結婚式の装飾だ」
「……装飾」
「うむ。お前の美しさを、永遠に残す」
ジークハルトは、満足げに頷いた。
「一千体作る予定だ」
「……」
ティアラの口が、数秒間開いたまま固まった。
「陛下」
「何だ」
「これは、全て……私、ですの?」
「当然だ。お前以外の何を彫る必要がある」
彼は、首を傾げた。
「世界で一番美しいのはお前だ。お前の姿を一千通り残す。これが、余の愛の証だ」
「……」
ティアラは、ゆっくりと深呼吸した。
「陛下。お気持ちは、とても嬉しいですわ」
「うむ」
「でも、一つだけ、お願いがありますの」
「何だ。何でも聞こう」
彼女は、庭園の奥を指差した。
「あれは、何ですの」
その先には、一体の彫刻があった。
髪が乱れ、目を擦り、少し不機嫌そうな顔。
寝起きのティアラ像。
「朝のお前だ」
「……」
「可愛いだろう。余の一番のお気に入りだ」
「陛下」
ティアラの声が、かすかに低くなった。
「あれを、溶かしていただけますか」
「なぜだ」
「恥ずかしいからですわ」
「恥ずかしい?」
ジークハルトは、眉を寄せた。
「なぜ恥ずかしいのだ。お前は朝も美しい」
「そういう問題ではありませんの」
「余には理解できん」
「陛下」
ティアラは、夫の手を取った。
「あれを溶かしてくださったら、今夜、膝枕をして差し上げますわ」
「……」
ジークハルトの表情が、一瞬で変わった。
彼は右手を振った。
寝起きのティアラ像が、音もなく水に戻った。
「消した」
「ありがとうございます」
「膝枕は約束だぞ」
「ええ、もちろん」
ティアラは、微笑んだ。
しかし、その目は笑っていなかった。
(画面隅に小窓が現れる:ハインリヒと財務大臣が、遠くから二人を見守っている。「殿下でなければ、止められませんな」「ええ。我々には無理だ」と囁き合う声が聞こえる)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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「寝起きの彫刻」事件は、殿下の交渉によって解決した。
しかし、残りの六百体は残った。
いや、その後も増え続け、最終的には八百体を超えた。
陛下曰く「一千体から減らした。倹約だ」とのこと。
倹約の意味を、辞書で確認したくなった。
しかし、問題はこれだけではなかった。
午前十時。
陛下は、衣装部屋へ向かった。
「星の光を織り込んだドレス」を作るために。
職人たちが困り果てていたのを、陛下は「貸せ」の一言で退けた。
そして、自ら針を手に取った。
皇帝が、針仕事を。
私は、目を疑った。
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【映像ログ010-B 帝国宮殿 衣装部屋 同日 午前10:23】
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送信元:帝国記録局 第二班
映像品質:極めて良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
衣装部屋。
大きな窓から、陽光が差し込んでいる。
部屋の中央には、仕立て台に掛けられた純白のドレス。
美しい仕立てだった。
しかし、職人たちの顔は暗い。
「申し訳ございません、陛下」
年配の仕立て職人が、頭を下げた。
「『星の光を織り込む』とのご指示ですが……方法がわかりません」
「星の光とは、具体的に何でしょうか」
「光り輝く素材、ということでしたら、銀糸や金糸、あるいは魔石の粉末を──」
「それでは足りん」
ジークハルトの声が、静かに響いた。
「余が言っているのは、本物の星の光だ」
「……本物、ですか」
「うむ」
彼は、ドレスの前に立った。
「貸せ」
「は?」
「針と糸を貸せ」
職人たちが、慌てて針と糸を差し出した。
ジークハルトは、それを受け取った。
そして、窓を開けた。
冬の冷たい空気が、部屋に流れ込む。
彼は、空を見上げた。
右手を、ゆっくりと持ち上げる。
空気が、変わった。
「……陛下?」
職人の声が震える。
窓の外で、何かが輝き始めた。
小さな、無数の光。
氷の微粒子が、陽光を受けて煌めいている。
ダイヤモンドダスト。
極寒の環境でのみ発生する、氷の結晶だ。
それが、真冬とはいえ帝都の空に現れた。
ジークハルトの魔力が、大気を凍らせたのだ。
「来い」
彼の声に応じて、ダイヤモンドダストが窓から流れ込んでくる。
無数の光の粒子が、彼の周りを舞う。
そして──
彼は、針を動かし始めた。
ダイヤモンドダストを、糸のように紡ぐ。
氷の結晶を、一粒一粒、ドレスに縫い付けていく。
その手際は、驚くほど繊細だった。
「……」
職人たちの口が、開いたまま固まった。
氷の微粒子が、魔力で固定され、溶けることなくドレスに定着していく。
縫い目の一つ一つが、小さな星のように輝いている。
ジークハルトの額に、汗が浮かんだ。
集中している。彼は、本気だった。
「陛下」
ティアラの声がした。
彼女が、衣装部屋に入ってきた。
「何をなさっていますの?」
「ドレスを作っている」
「ドレスを?」
「お前のために」
彼は、手を止めずに答えた。
「星の光を織り込んだドレスだ。職人には作れん。だから余が作る」
「……」
ティアラは、ドレスに近づいた。
純白の生地に、無数の光が散りばめられている。
まるで、夜空をそのまま布に閉じ込めたような美しさだった。
「綺麗ですわ」
「まだ途中だ」
ジークハルトは、針を動かし続けた。
「完成すれば、お前が歩くたびに光が揺れる。世界で一番美しい花嫁になる」
「陛下……」
ティアラの目が、少し潤んだ。
しかし、すぐに表情を引き締めた。
「陛下。素敵ですけれど、一つ質問がありますわ」
「何だ」
「このドレス、重くありませんこと?」
ジークハルトの手が、止まった。
「……」
「物理的に」
「……軽くする」
「どうやって」
「魔力で浮かせる」
「私がずっと魔力を使い続けるのですか」
「いや、余が」
「陛下が結婚式の間ずっと私のドレスを浮かせ続けるのですか」
沈黙が流れた。
「……検討する」
「お願いいたしますわ」
ティアラは、優しく微笑んだ。
「でも、とても嬉しいですわ。陛下が、私のために針仕事をしてくださるなんて」
「当然だ。お前のためなら何でもする」
「……ありがとうございます」
彼女は、彼の頬にそっと唇を寄せた。
ジークハルトの耳が、真っ赤になった。
(画面隅に小窓が現れる:職人たちが涙を流している。「あれだけの魔力を針仕事に……」「陛下の愛は、物理法則を超えておられる」と囁く声が聞こえる)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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陛下は、本当に「星の光を織り込んだドレス」を作り始めた。
ダイヤモンドダストを紡ぎ、魔力で固定し、一針一針縫い付けていく。
その集中力は凄まじく、昼食も取らずに作業を続けた。
しかし、殿下の指摘は的確だった。
「重くありませんこと?」
氷の結晶を大量に縫い付けたドレス。
確かに、物理的な重量は相当なものになるだろう。
陛下は「軽くする」と答えた。
どうやって軽くするのかは、まだ決まっていないようだ。
おそらく、また何か無茶なことを思いつくのだろう。
それより問題なのは、私と財務大臣の仕事だ。
結婚式の予算。
招待客リスト。
会場の設営。
警備の配置。
料理の手配。
山のような仕事が待っている。
しかし、陛下は彫刻を作り、ドレスを縫い、引き出物を手作りすることに夢中だ。
実務は、全て我々に丸投げされている。
財務大臣と私は、昼食を共にしながら作戦会議を開いた。
「まず、予算を確定させましょう」
「ええ。陛下の暴走を、どこまで許容できるか」
「彫刻は八百体。これ以上は庭園が埋まります」
「ドレスは一着。これは仕方ない」
「引き出物は、招待客の数だけ」
「問題は、招待客の数ですな」
「ええ。現時点で、三百名を超えています」
「三百……」
財務大臣は、頭を抱えた。
「永久氷晶を三百個。陛下が手作りなさるとして……」
「一個あたり何分かかりますか」
「わかりません。しかし、あの方の魔力なら……」
私たちは、顔を見合わせた。
「たぶん、できてしまいますね」
「ええ。それが恐ろしい」
二人で、深い溜息をついた。
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【映像ログ010-C 帝国宮殿 皇帝執務室 同日 午後2:00】
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送信元:帝国記録局 第二班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
皇帝執務室。
机の上には、書類の山。
しかし、それと同じくらいの高さで、別のものが積み上がっていた。
永久氷晶。
小さな氷の結晶が、机の上に整然と並んでいる。
その数、既に五十を超えていた。
ジークハルトは、机に向かっていた。
右手で書類に目を通し、左手で氷晶を生成している。
右手が書類に印を押す。
左手から、新たな氷晶が生まれる。
そのリズムは、一切乱れなかった。
まるで二本の剣を同時に操るような離れ業だった。
「陛下」
ハインリヒが、恐る恐る声をかけた。
「何だ」
「引き出物の氷晶ですが……」
「ああ、作っている」
「何個まで作るおつもりで」
「招待客の数だけ」
「現時点で三百名を超えておりますが」
「では三百個作る」
彼は、手を止めずに答えた。
「問題ない。余の魔力なら、一日で百個は作れる」
「……」
ハインリヒは、絶句した。
「ところで」
ジークハルトが、顔を上げた。
「これに何と彫るべきだと思う」
「彫る?」
「そうだ。一つ一つに文字を彫り込む」
彼は、手元の氷晶を見せた。
その表面には、繊細な文字が刻まれていた。
「Tiara & Sieghart」
二人の名前だ。
「どう思う」
「……大変お美しいと思いますが」
「だろう。余が彫った」
「陛下が彫られたのですか」
「当然だ。手作りと言っただろう」
ハインリヒの目が、机の上の氷晶に向いた。
五十個以上の氷晶。
その全てに、同じ文字が刻まれている。
「これを……全て……」
「うむ。全て余が彫る」
「三百個を」
「三百個を」
ジークハルトは、平然と答えた。
「妻への愛を込めて、一つ一つ手作りする。当然のことだ」
「……」
ハインリヒは、言葉を失った。
その時、扉が開いた。
ティアラが入ってきた。
「陛下、お茶をお持ちしましたわ」
「おお、ティアラか」
ジークハルトの表情が、一瞬で柔らかくなった。
「来てくれたか」
「ええ。お仕事に集中されているようでしたので、一息入れていただこうと」
彼女は、机の横にお茶を置いた。
そして、氷晶の山を見た。
「これは?」
「引き出物だ。三百個作る」
「まあ、もうこんなに」
ティアラは、一つを手に取った。
「『Tiara & Sieghart』……素敵ですわ」
「気に入ったか」
「ええ、とても」
彼女は、微笑んだ。
「でも、陛下。あまり無理をなさらないでくださいね」
「無理などしていない」
「そうですか?」
ティアラは、彼の顔を覗き込んだ。
「少し、お疲れのようですわ」
「……」
ジークハルトは、目を逸らした。
「平気だ」
「陛下」
「……少しだけ疲れた」
「正直でよろしいですわ」
彼女は、彼の髪をそっと撫でた。
「今夜は早めにお休みくださいませ。私が膝枕をして差し上げますわ」
「……約束か」
「ええ、約束ですわ」
ジークハルトの耳が、また赤くなった。
(画面隅に小窓が現れる:ハインリヒが部屋の隅で固まっている。「膝枕で釣れば何でも言うことを聞く……最強の交渉術だ」と呟いているのが見える)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【速報】宮殿の庭がティアラ様で埋まる【画像あり】
1:名無しの帝国民
見てきた
庭園が氷の彫刻だらけになってる
2:名無しの帝国民
>>1
まじ?
3:名無しの帝国民
何体くらいある
4:名無しの帝国民
>>3
八百体以上
5:名無しの帝国民
八百wwwww
6:名無しの帝国民
森が世界樹になってる
7:名無しの帝国民
全部ティアラ様なの?
8:名無しの帝国民
>>7
全部
色んなポーズのティアラ様
9:名無しの帝国民
色んなポーズって
10:名無しの帝国民
手を振るティアラ様
お茶を飲むティアラ様
本を読むティアラ様
微笑むティアラ様
とかがずらーっと
11:名無しの帝国民
陛下作ったの?
12:名無しの帝国民
>>11
陛下が全部手作り
13:名無しの帝国民
愛が重い(物理)
14:名無しの帝国民
氷だけに
15:名無しの帝国民
うまくない
16:名無しの帝国民
寝起きのティアラ様像があったって噂
17:名無しの帝国民
>>16
まじ?
18:名無しの帝国民
あったらしいけど溶かされた
19:名無しの帝国民
殿下が恥ずかしがったんだろうな
20:名無しの帝国民
かわいい
21:名無しの帝国民
陛下、寝起きの殿下も彫刻にしたんか
22:名無しの帝国民
>>21
「余の一番のお気に入り」だったらしい
23:名無しの帝国民
重い
愛が重い
24:名無しの帝国民
でも殿下もまんざらじゃなさそう
25:名無しの帝国民
>>24
恥ずかしいだけで嫌がってはいないだろうな
26:名無しの帝国民
ところで結婚式いつだ
27:名無しの帝国民
>>26
来月中旬らしい
28:名無しの帝国民
近い
29:名無しの帝国民
祝日になるかな
30:名無しの帝国民
>>29
なるだろ
31:名無しの帝国民
招待客は各国首脳らしい
32:名無しの帝国民
俺たちは見れないのか
33:名無しの帝国民
>>32
映像配信あるんじゃね
34:名無しの帝国民
>>33
あの「誤送信」で?
35:名無しの帝国民
今度は意図的配信だろ
36:名無しの帝国民
意図的誤送信とは
37:名無しの帝国民
哲学か?
38:名無しの帝国民
ドレスの噂聞いた?
39:名無しの帝国民
>>38
何それ
40:名無しの帝国民
陛下が殿下のドレスを手作りしてるらしい
41:名無しの帝国民
は?
42:名無しの帝国民
皇帝が針仕事?
43:名無しの帝国民
>>42
しかも「星の光を織り込む」とか
44:名無しの帝国民
何それ
45:名無しの帝国民
ダイヤモンドダストを縫い付けてるらしい
46:名無しの帝国民
物理法則どうなってんの
47:名無しの帝国民
陛下の愛は物理法則を超える
48:名無しの帝国民
名言出た
49:名無しの帝国民
引き出物も陛下手作りなんだろ
50:名無しの帝国民
>>49
永久氷晶に「Tiara & Sieghart」って彫ってるらしい
51:名無しの帝国民
三百個を?
52:名無しの帝国民
三百個を
53:名無しの帝国民
陛下の時給いくらだよ
54:名無しの帝国民
計算しちゃダメなやつ
55:名無しの帝国民
ハインリヒさんの胃が心配
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【映像ログ010-D 帝国宮殿 謁見の間(少人数) 同日 午後4:00】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
謁見の間。
通常の広大な空間ではなく、小会議室として使われる一角だった。
テーブルの周りには、ジークハルト、ティアラ、外務大臣、そしてハインリヒが座っていた。
テーブルの上には、一通の手紙が置かれていた。
「フローレンス王国からの返信です」
外務大臣が、手紙を広げた。
「招待状への回答が届きました」
「誰が来るのだ」
ジークハルトが、低く尋ねた。
「第二王子フェリックス殿下です」
「第二王子か」
「はい。アルベルト元王太子は、既に表舞台から排除されています。代わりに、第二王子が王位継承者となりました」
外務大臣は、手紙を読み上げた。
「『兄の不始末につきましては、深くお詫び申し上げます。帝国のご意向通り、彼は二度と表舞台に立つことはございません。結婚式には、私が参列し、両国の新たな関係を築きたいと存じます。フローレンス王国第二王子、フェリックス』」
沈黙が流れた。
「……」
ジークハルトの目が、わずかに細くなった。
「随分と整った文面だな」
「はい。非常に丁寧です」
「丁寧すぎる」
彼は、テーブルに指を置いた。
「アルベルトとは違う匂いがする」
ティアラが、静かに口を開いた。
「陛下の仰る通りですわ」
彼女は、手紙を手に取った。
「文字が整いすぎていますわ。一字一句、計算されている。感情が、全く見えませんの」
「どういうことだ」
外務大臣が、困惑した顔で尋ねた。
「普通、このような手紙には感情が滲み出るものですわ。謝罪なら恐縮が、友好なら期待が。でも、この手紙には何もありませんの」
「それは……」
「完璧に中立。完璧に冷静。完璧に計算されている」
ティアラは、手紙を置いた。
「アルベルト様は、愚かでした。感情に任せて行動し、自滅した。でも、この方は違いますわ」
「違う?」
「ええ」
彼女の目が、かすかに冷たくなった。
「話が通じる相手です。だからこそ、油断なりませんわ」
「……なるほど」
ジークハルトが、頷いた。
「つまり、厄介だということか」
「ええ。アルベルト様より、ずっと」
ティアラは、夫を見上げた。
「結婚式に来られるということは、直接お会いできるということですわ」
「ああ」
「その時に、この方の目を見たいですわ。何を考えているのか、確かめたい」
「お前の目で見るのか」
「ええ」
彼女は、微笑んだ。
「私の目は、嘘を見抜きますの」
ジークハルトは、彼女の手を取った。
「なら、余はお前の背後に立つ」
「ありがとうございます、陛下」
「お前が何を見ても、余がお前を守る」
「知っていますわ」
二人は、静かに見つめ合った。
(画面隅に小窓が現れる:外務大臣が「この二人、敵に回したくないな……」と呟いている)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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フローレンスの第二王子、フェリックス。
その名前は、今日初めて聞いた。
アルベルト元王太子については、情報が多かった。
愚かで、傲慢で、感情的。
敵としては、扱いやすい相手だった。
しかし、第二王子は違う。
手紙の文面だけで、殿下は「話が通じる相手」と判断した。
そして、それを「厄介」と評した。
話が通じる相手が厄介。
普通なら矛盾した言葉だ。
しかし、殿下の意図はわかる。
アルベルトは、挑発すれば自滅した。
感情を煽れば、勝手に墓穴を掘った。
しかし、冷静で計算高い相手には、その手は通じない。
こちらの手を読み、対策を立て、隙を突いてくる。
「バカな兄より賢い弟」。
掲示板で見た言葉を思い出した。
まさにその通りだった。
結婚式が、新たな戦いの始まりになる。
陛下と殿下は、それを覚悟している。
いや、むしろ楽しみにしているようにすら見えた。
「この方の目を見たい」と殿下は言った。
「何を考えているのか、確かめたい」と。
結婚式という祝いの場で、敵を観察する。
恐ろしい女性だ。
しかし、だからこそ、この帝国は安泰なのだろう。
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【映像ログ010-E 帝国宮殿 財務省 同日 午後5:30】
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送信元:帝国記録局 第四班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
財務省の執務室。
書類の山に埋もれた机で、財務大臣とハインリヒが向かい合っていた。
「予算の確認をしましょう」
財務大臣が、書類を広げた。
「会場設営費、警備費、料理費、これらは予算内です」
「問題は?」
「陛下の『手作り』項目です」
彼は、別の書類を取り出した。
「氷の彫刻八百体。材料費ゼロ。労働費ゼロ。陛下の魔力で全て賄われます」
「ええ」
「星の光のドレス一着。材料費ゼロ。労働費ゼロ。同上です」
「ええ」
「永久氷晶三百個。材料費ゼロ。労働費ゼロ。同上です」
「……」
ハインリヒは、頭を抱えた。
「全て陛下の魔力で賄われるのですね」
「ええ。つまり、予算は大幅に抑えられます」
「それは良いことでは?」
「一見そう見えます」
財務大臣は、深い溜息をついた。
「しかし、問題があります」
「何でしょう」
「陛下が過労で倒れたらどうするのです」
「……」
沈黙が流れた。
「氷の彫刻を八百体。星のドレスを一着。永久氷晶を三百個。全て手作り」
「ええ」
「しかも、通常の政務もこなしながら」
「ええ」
「これで倒れない方がおかしいでしょう」
ハインリヒは、顔を青くした。
「陛下が倒れたら、結婚式どころではありませんね」
「ええ。だから、我々がどうにかして陛下を休ませなければなりません」
「どうやって?」
財務大臣は、首を振った。
「わかりません。しかし、殿下なら……」
「殿下に頼むのですか」
「他に方法がありますか」
二人は、顔を見合わせた。
「……膝枕」
「……膝枕」
同時に、同じ言葉を呟いた。
「殿下の膝枕で、陛下は何でも言うことを聞きますね」
「ええ。あれは最強の交渉術です」
「我々には使えませんが」
「使えたら困ります」
二人で、乾いた笑いを漏らした。
(画面隅に小窓が現れる:二人の前に、空になった胃薬の瓶が三本並んでいる)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【朗報】フローレンス第二王子が結婚式に参列【情報】
1:名無しの帝国民
招待状の返信が来たらしい
2:名無しの帝国民
誰が来るの
3:名無しの帝国民
>>2
第二王子フェリックス
4:名無しの帝国民
第二王子って誰
5:名無しの帝国民
>>4
アルベルト(ゴミ)の弟
6:名無しの帝国民
ゴミの弟か
7:名無しの帝国民
兄を売った奴だろ
8:名無しの帝国民
>>7
そう
「ゴミ出し」した張本人
9:名無しの帝国民
怖いな
10:名無しの帝国民
賢いってことだろ
11:名無しの帝国民
バカな兄より賢い弟
12:名無しの帝国民
どっちが厄介かって話だな
13:名無しの帝国民
バカは自滅する
賢いのは自滅しない
14:名無しの帝国民
>>13
つまり厄介なのは弟
15:名無しの帝国民
でも殿下がいるから
16:名無しの帝国民
>>15
それな
17:名無しの帝国民
殿下 vs 第二王子
18:名無しの帝国民
どっちが上か見ものだな
19:名無しの帝国民
陛下は?
20:名無しの帝国民
>>19
陛下は殿下の味方だから実質二対一
21:名無しの帝国民
最強夫婦
22:名無しの帝国民
結婚式が外交戦になるな
23:名無しの帝国民
>>22
それな
24:名無しの帝国民
俺たちは見てるだけでいいよな
25:名無しの帝国民
>>24
見てるだけが一番
26:名無しの帝国民
胃が痛くなりそうなのはハインリヒさんだけでいい
27:名無しの帝国民
>>26
それな
28:名無しの帝国民
でも楽しみだな結婚式
29:名無しの帝国民
>>28
楽しみすぎる
30:名無しの帝国民
陛下と殿下の晴れ姿が見れる
31:名無しの帝国民
星のドレスって本当にできるのかな
32:名無しの帝国民
>>31
陛下が作ってるんだから出来るだろ
33:名無しの帝国民
物理法則は陛下の愛の前には無力
34:名無しの帝国民
名言が続くな今日
35:名無しの帝国民
帝国に生まれてよかった
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【映像ログ010-F 帝国宮殿 皇帝寝室 同日 深夜】
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送信元:不明
映像品質:暗い
配信範囲:不明
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(映像開始)
皇帝寝室。
月明かりだけが、窓から差し込んでいた。
大きなベッドの上で、二つの人影。
ティアラが、ソファに座っていた。
その膝の上に、ジークハルトの頭が載っている。
約束の膝枕だった。
「今日は、お疲れ様でした」
ティアラが、彼の髪を撫でた。
「……」
「陛下?」
返事がない。
彼女は、彼の顔を覗き込んだ。
ジークハルトは、目を閉じていた。
寝息が、静かに聞こえる。
「あら」
ティアラは、小さく笑った。
「お疲れでしたのね」
彼女は、彼の頬をそっと撫でた。
「氷の彫刻を八百体。星のドレスを一着。永久氷晶を五十個。全て私のために」
「……」
「重いですわ、陛下」
彼女の声が、柔らかくなった。
「でも、嬉しいですわ」
月明かりが、二人を照らしていた。
「陛下」
ティアラは、静かに囁いた。
「結婚式が楽しみですわね」
「……うむ」
ジークハルトが、寝言のように答えた。
「世界で……一番……美しい……」
「ふふ」
彼女は、彼の額に唇を寄せた。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
(映像終了)
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【極秘ログ──送信者不明】
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記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 22日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
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(音声のみ)
羽ペンが紙を走る音。
ゆっくりとした、規則的なリズム。
「フェリックス」
女の声。
低く、静かな呟き。
「第二王子。王位継承者。兄を売った男」
紙をめくる音。
「手紙の文面は完璧でした。一字一句、隙がない。感情が見えない」
ペンを置く音。
「アルベルト様は、愚かでした。だから、扱いやすかった」
くすくすと笑う声。
「でも、この方は違う。話が通じる。だからこそ、厄介ですわ」
椅子が軋む音。
立ち上がる気配。
「結婚式」
女の声が、少し楽しげになった。
「各国の首脳が集まる。第二王子も来る。全ての駒が、一つの盤上に揃いますわ」
窓を開ける音。
夜風が入り込む。
「この方の目を、直接見たい」
小さな笑い声。
「何を考えているのか。何を企んでいるのか。全て、この目で確かめますわ」
間。
「そして、もし敵意があるなら」
声が、かすかに冷たくなった。
「相応の『おもてなし』を」
窓を閉める音。
足音が、扉に向かう。
「さて」
女の声が、また穏やかになった。
「陛下が待っていらっしゃるわ。膝枕の続きを」
扉を開ける音。
足音が廊下を進む。
別の扉が開く音。
「……起きていらしたのですか、陛下」
「起きた」
低い男の声。
眠そうな、しかしどこか満足げな響き。
「膝枕の続きはどうした」
「今、参りますわ」
衣擦れの音。
布団に潜り込む気配。
「……陛下」
「何だ」
「フェリックス王子のこと、どう思われますか」
間。
「……厄介だな」
「やはり、そう思われますか」
「ああ。しかし」
男の声が、かすかに笑みを含んだ。
「お前がいるなら、何も恐れるものはない」
「陛下……」
「お前が見抜く。余が守る。それでいい」
「……ええ」
女の声が、柔らかくなった。
「その通りですわ」
衣擦れの音。
二人が寄り添う気配。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
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【次回予告】
結婚式まで、あと二週間。
各国から招待状への返信が届き始める。
商業連合の代表団、到着。
「商談」と「祝辞」の狭間で、彼らは何を企む?
一方、フローレンスでは──
第二王子フェリックスが、静かに微笑んでいた。
「さて、あの『悪女』はどんな顔をするだろうね」
そして、ついに完成する「星のドレス」。
その輝きは、世界を照らすほどだった。
ティアラ「まぶしすぎて、何も見えませんわ」
ジークハルト「それでいい。お前以外は見えなくていい」
ティアラ「そういう問題ではありませんの」
第11話「招待状と返信は、記録されていた」
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【おまけ:帝国宮殿 庭園 翌朝】
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朝日が、庭園を照らしていた。
八百体の氷の彫刻が、オレンジ色の光を受けて輝いている。
「壮観ですな」
宰相が、感嘆の声を漏らした。
「しかし、これを結婚式まで維持できるのですか」
「陛下の魔力が込められていますので、溶けることはありません」
「なるほど」
彼は、彫刻の一つに近づいた。
微笑むティアラ像。
その表情は、本物と見分けがつかないほど精巧だった。
「陛下の技術は、彫刻家を廃業に追い込みますな」
「笑い事ではありませんよ」
ハインリヒが、青い顔で答えた。
「この彫刻の維持費は予算に含まれていません」
「維持費?」
「陛下の魔力です。彫刻を維持するために、常に魔力を消費しています」
「……」
宰相の顔が、かすかに曇った。
「つまり、陛下は常に疲労している、ということですか」
「はい」
「それで、政務もこなし、ドレスを縫い、引き出物を作り……」
「はい」
「陛下は、いつ休んでいるのですか」
「殿下の膝の上で」
沈黙が流れた。
「……なるほど」
宰相は、深く頷いた。
「殿下は、帝国の宝ですな」
「ええ。文字通り」
二人は、朝日に輝く彫刻を見つめた。
「結婚式まで、あと二週間」
「長いようで短いですな」
「陛下の体力が持つことを祈りましょう」
「ええ。殿下の膝枕に」
遠くから、ティアラの声が聞こえた。
「陛下、朝食ですわ」
「今行く」
ジークハルトが、庭園から宮殿に向かって歩いていく。
その背中は、どこか軽やかだった。
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皇帝陛下・皇后殿下、婚礼準備を開始
皇帝ジークハルト陛下と皇后ティアラ殿下の婚礼式典に向け、本日より準備が開始されました。
式典は来月中旬を予定しております。
なお、各国首脳への招待状は本日より順次発送いたします。
臣民の皆様への詳細は、追って発表いたします。
帝国宮廷府
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 早朝】
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朝、目覚めて窓を開けた。
そして、絶句した。
宮殿の庭園が、白く輝いていた。
雪ではない。
氷だ。
いや、正確には──
氷の彫刻だ。
一体、二体ではない。
数えきれないほどの彫刻が、庭園を埋め尽くしていた。
その全てが、同じ人物を模している。
ティアラ様だ。
右手を振るティアラ様。
紅茶を飲むティアラ様。
本を読むティアラ様。
微笑むティアラ様。
少し困った顔のティアラ様。
そして──
寝起きのティアラ様。
髪が乱れ、目を擦り、少し不機嫌そうな顔。
どう見ても、朝起きたばかりの姿だった。
私は、目を擦った。
夢ではなかった。
すぐに庭園へ向かった。
そこで、財務大臣と出会った。
彼は、青い顔で彫刻を数えていた。
「何体あるのですか」
「五百二十三体」
「……」
「まだ増えている」
「増えている?」
「陛下が、今も作っておられる」
財務大臣は、庭園の奥を指差した。
そこには、陛下がいた。
早朝の冷たい空気の中、シャツ一枚で。
右手を振るたびに、新たな彫刻が生まれていく。
「……」
私と財務大臣は、無言で顔を見合わせた。
「胃薬、お持ちですか」
「昨夜、使い果たしました」
「私もです」
二人で深い溜息をついた。
同盟の始まりだった。
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【映像ログ010-A 帝国宮殿 庭園 同日 午前7:15】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
朝焼けに照らされた庭園。
氷の彫刻が、オレンジ色の光を受けて輝いている。
その数、既に六百を超えていた。
「陛下」
ティアラの声が響いた。
彼女は、厚手のコートを羽織って庭園に立っていた。
頬が、朝の冷気で薄く染まっている。
ジークハルトが振り返った。
「おお、起きたか」
「起きましたわ。というか、起きざるを得ませんでしたわ」
「なぜだ」
「窓の外が白く輝いていましたの。何事かと思えば……」
彼女は、周囲を見回した。
「これは、何ですの」
「結婚式の装飾だ」
「……装飾」
「うむ。お前の美しさを、永遠に残す」
ジークハルトは、満足げに頷いた。
「一千体作る予定だ」
「……」
ティアラの口が、数秒間開いたまま固まった。
「陛下」
「何だ」
「これは、全て……私、ですの?」
「当然だ。お前以外の何を彫る必要がある」
彼は、首を傾げた。
「世界で一番美しいのはお前だ。お前の姿を一千通り残す。これが、余の愛の証だ」
「……」
ティアラは、ゆっくりと深呼吸した。
「陛下。お気持ちは、とても嬉しいですわ」
「うむ」
「でも、一つだけ、お願いがありますの」
「何だ。何でも聞こう」
彼女は、庭園の奥を指差した。
「あれは、何ですの」
その先には、一体の彫刻があった。
髪が乱れ、目を擦り、少し不機嫌そうな顔。
寝起きのティアラ像。
「朝のお前だ」
「……」
「可愛いだろう。余の一番のお気に入りだ」
「陛下」
ティアラの声が、かすかに低くなった。
「あれを、溶かしていただけますか」
「なぜだ」
「恥ずかしいからですわ」
「恥ずかしい?」
ジークハルトは、眉を寄せた。
「なぜ恥ずかしいのだ。お前は朝も美しい」
「そういう問題ではありませんの」
「余には理解できん」
「陛下」
ティアラは、夫の手を取った。
「あれを溶かしてくださったら、今夜、膝枕をして差し上げますわ」
「……」
ジークハルトの表情が、一瞬で変わった。
彼は右手を振った。
寝起きのティアラ像が、音もなく水に戻った。
「消した」
「ありがとうございます」
「膝枕は約束だぞ」
「ええ、もちろん」
ティアラは、微笑んだ。
しかし、その目は笑っていなかった。
(画面隅に小窓が現れる:ハインリヒと財務大臣が、遠くから二人を見守っている。「殿下でなければ、止められませんな」「ええ。我々には無理だ」と囁き合う声が聞こえる)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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「寝起きの彫刻」事件は、殿下の交渉によって解決した。
しかし、残りの六百体は残った。
いや、その後も増え続け、最終的には八百体を超えた。
陛下曰く「一千体から減らした。倹約だ」とのこと。
倹約の意味を、辞書で確認したくなった。
しかし、問題はこれだけではなかった。
午前十時。
陛下は、衣装部屋へ向かった。
「星の光を織り込んだドレス」を作るために。
職人たちが困り果てていたのを、陛下は「貸せ」の一言で退けた。
そして、自ら針を手に取った。
皇帝が、針仕事を。
私は、目を疑った。
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【映像ログ010-B 帝国宮殿 衣装部屋 同日 午前10:23】
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送信元:帝国記録局 第二班
映像品質:極めて良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
衣装部屋。
大きな窓から、陽光が差し込んでいる。
部屋の中央には、仕立て台に掛けられた純白のドレス。
美しい仕立てだった。
しかし、職人たちの顔は暗い。
「申し訳ございません、陛下」
年配の仕立て職人が、頭を下げた。
「『星の光を織り込む』とのご指示ですが……方法がわかりません」
「星の光とは、具体的に何でしょうか」
「光り輝く素材、ということでしたら、銀糸や金糸、あるいは魔石の粉末を──」
「それでは足りん」
ジークハルトの声が、静かに響いた。
「余が言っているのは、本物の星の光だ」
「……本物、ですか」
「うむ」
彼は、ドレスの前に立った。
「貸せ」
「は?」
「針と糸を貸せ」
職人たちが、慌てて針と糸を差し出した。
ジークハルトは、それを受け取った。
そして、窓を開けた。
冬の冷たい空気が、部屋に流れ込む。
彼は、空を見上げた。
右手を、ゆっくりと持ち上げる。
空気が、変わった。
「……陛下?」
職人の声が震える。
窓の外で、何かが輝き始めた。
小さな、無数の光。
氷の微粒子が、陽光を受けて煌めいている。
ダイヤモンドダスト。
極寒の環境でのみ発生する、氷の結晶だ。
それが、真冬とはいえ帝都の空に現れた。
ジークハルトの魔力が、大気を凍らせたのだ。
「来い」
彼の声に応じて、ダイヤモンドダストが窓から流れ込んでくる。
無数の光の粒子が、彼の周りを舞う。
そして──
彼は、針を動かし始めた。
ダイヤモンドダストを、糸のように紡ぐ。
氷の結晶を、一粒一粒、ドレスに縫い付けていく。
その手際は、驚くほど繊細だった。
「……」
職人たちの口が、開いたまま固まった。
氷の微粒子が、魔力で固定され、溶けることなくドレスに定着していく。
縫い目の一つ一つが、小さな星のように輝いている。
ジークハルトの額に、汗が浮かんだ。
集中している。彼は、本気だった。
「陛下」
ティアラの声がした。
彼女が、衣装部屋に入ってきた。
「何をなさっていますの?」
「ドレスを作っている」
「ドレスを?」
「お前のために」
彼は、手を止めずに答えた。
「星の光を織り込んだドレスだ。職人には作れん。だから余が作る」
「……」
ティアラは、ドレスに近づいた。
純白の生地に、無数の光が散りばめられている。
まるで、夜空をそのまま布に閉じ込めたような美しさだった。
「綺麗ですわ」
「まだ途中だ」
ジークハルトは、針を動かし続けた。
「完成すれば、お前が歩くたびに光が揺れる。世界で一番美しい花嫁になる」
「陛下……」
ティアラの目が、少し潤んだ。
しかし、すぐに表情を引き締めた。
「陛下。素敵ですけれど、一つ質問がありますわ」
「何だ」
「このドレス、重くありませんこと?」
ジークハルトの手が、止まった。
「……」
「物理的に」
「……軽くする」
「どうやって」
「魔力で浮かせる」
「私がずっと魔力を使い続けるのですか」
「いや、余が」
「陛下が結婚式の間ずっと私のドレスを浮かせ続けるのですか」
沈黙が流れた。
「……検討する」
「お願いいたしますわ」
ティアラは、優しく微笑んだ。
「でも、とても嬉しいですわ。陛下が、私のために針仕事をしてくださるなんて」
「当然だ。お前のためなら何でもする」
「……ありがとうございます」
彼女は、彼の頬にそっと唇を寄せた。
ジークハルトの耳が、真っ赤になった。
(画面隅に小窓が現れる:職人たちが涙を流している。「あれだけの魔力を針仕事に……」「陛下の愛は、物理法則を超えておられる」と囁く声が聞こえる)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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陛下は、本当に「星の光を織り込んだドレス」を作り始めた。
ダイヤモンドダストを紡ぎ、魔力で固定し、一針一針縫い付けていく。
その集中力は凄まじく、昼食も取らずに作業を続けた。
しかし、殿下の指摘は的確だった。
「重くありませんこと?」
氷の結晶を大量に縫い付けたドレス。
確かに、物理的な重量は相当なものになるだろう。
陛下は「軽くする」と答えた。
どうやって軽くするのかは、まだ決まっていないようだ。
おそらく、また何か無茶なことを思いつくのだろう。
それより問題なのは、私と財務大臣の仕事だ。
結婚式の予算。
招待客リスト。
会場の設営。
警備の配置。
料理の手配。
山のような仕事が待っている。
しかし、陛下は彫刻を作り、ドレスを縫い、引き出物を手作りすることに夢中だ。
実務は、全て我々に丸投げされている。
財務大臣と私は、昼食を共にしながら作戦会議を開いた。
「まず、予算を確定させましょう」
「ええ。陛下の暴走を、どこまで許容できるか」
「彫刻は八百体。これ以上は庭園が埋まります」
「ドレスは一着。これは仕方ない」
「引き出物は、招待客の数だけ」
「問題は、招待客の数ですな」
「ええ。現時点で、三百名を超えています」
「三百……」
財務大臣は、頭を抱えた。
「永久氷晶を三百個。陛下が手作りなさるとして……」
「一個あたり何分かかりますか」
「わかりません。しかし、あの方の魔力なら……」
私たちは、顔を見合わせた。
「たぶん、できてしまいますね」
「ええ。それが恐ろしい」
二人で、深い溜息をついた。
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【映像ログ010-C 帝国宮殿 皇帝執務室 同日 午後2:00】
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送信元:帝国記録局 第二班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
皇帝執務室。
机の上には、書類の山。
しかし、それと同じくらいの高さで、別のものが積み上がっていた。
永久氷晶。
小さな氷の結晶が、机の上に整然と並んでいる。
その数、既に五十を超えていた。
ジークハルトは、机に向かっていた。
右手で書類に目を通し、左手で氷晶を生成している。
右手が書類に印を押す。
左手から、新たな氷晶が生まれる。
そのリズムは、一切乱れなかった。
まるで二本の剣を同時に操るような離れ業だった。
「陛下」
ハインリヒが、恐る恐る声をかけた。
「何だ」
「引き出物の氷晶ですが……」
「ああ、作っている」
「何個まで作るおつもりで」
「招待客の数だけ」
「現時点で三百名を超えておりますが」
「では三百個作る」
彼は、手を止めずに答えた。
「問題ない。余の魔力なら、一日で百個は作れる」
「……」
ハインリヒは、絶句した。
「ところで」
ジークハルトが、顔を上げた。
「これに何と彫るべきだと思う」
「彫る?」
「そうだ。一つ一つに文字を彫り込む」
彼は、手元の氷晶を見せた。
その表面には、繊細な文字が刻まれていた。
「Tiara & Sieghart」
二人の名前だ。
「どう思う」
「……大変お美しいと思いますが」
「だろう。余が彫った」
「陛下が彫られたのですか」
「当然だ。手作りと言っただろう」
ハインリヒの目が、机の上の氷晶に向いた。
五十個以上の氷晶。
その全てに、同じ文字が刻まれている。
「これを……全て……」
「うむ。全て余が彫る」
「三百個を」
「三百個を」
ジークハルトは、平然と答えた。
「妻への愛を込めて、一つ一つ手作りする。当然のことだ」
「……」
ハインリヒは、言葉を失った。
その時、扉が開いた。
ティアラが入ってきた。
「陛下、お茶をお持ちしましたわ」
「おお、ティアラか」
ジークハルトの表情が、一瞬で柔らかくなった。
「来てくれたか」
「ええ。お仕事に集中されているようでしたので、一息入れていただこうと」
彼女は、机の横にお茶を置いた。
そして、氷晶の山を見た。
「これは?」
「引き出物だ。三百個作る」
「まあ、もうこんなに」
ティアラは、一つを手に取った。
「『Tiara & Sieghart』……素敵ですわ」
「気に入ったか」
「ええ、とても」
彼女は、微笑んだ。
「でも、陛下。あまり無理をなさらないでくださいね」
「無理などしていない」
「そうですか?」
ティアラは、彼の顔を覗き込んだ。
「少し、お疲れのようですわ」
「……」
ジークハルトは、目を逸らした。
「平気だ」
「陛下」
「……少しだけ疲れた」
「正直でよろしいですわ」
彼女は、彼の髪をそっと撫でた。
「今夜は早めにお休みくださいませ。私が膝枕をして差し上げますわ」
「……約束か」
「ええ、約束ですわ」
ジークハルトの耳が、また赤くなった。
(画面隅に小窓が現れる:ハインリヒが部屋の隅で固まっている。「膝枕で釣れば何でも言うことを聞く……最強の交渉術だ」と呟いているのが見える)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【速報】宮殿の庭がティアラ様で埋まる【画像あり】
1:名無しの帝国民
見てきた
庭園が氷の彫刻だらけになってる
2:名無しの帝国民
>>1
まじ?
3:名無しの帝国民
何体くらいある
4:名無しの帝国民
>>3
八百体以上
5:名無しの帝国民
八百wwwww
6:名無しの帝国民
森が世界樹になってる
7:名無しの帝国民
全部ティアラ様なの?
8:名無しの帝国民
>>7
全部
色んなポーズのティアラ様
9:名無しの帝国民
色んなポーズって
10:名無しの帝国民
手を振るティアラ様
お茶を飲むティアラ様
本を読むティアラ様
微笑むティアラ様
とかがずらーっと
11:名無しの帝国民
陛下作ったの?
12:名無しの帝国民
>>11
陛下が全部手作り
13:名無しの帝国民
愛が重い(物理)
14:名無しの帝国民
氷だけに
15:名無しの帝国民
うまくない
16:名無しの帝国民
寝起きのティアラ様像があったって噂
17:名無しの帝国民
>>16
まじ?
18:名無しの帝国民
あったらしいけど溶かされた
19:名無しの帝国民
殿下が恥ずかしがったんだろうな
20:名無しの帝国民
かわいい
21:名無しの帝国民
陛下、寝起きの殿下も彫刻にしたんか
22:名無しの帝国民
>>21
「余の一番のお気に入り」だったらしい
23:名無しの帝国民
重い
愛が重い
24:名無しの帝国民
でも殿下もまんざらじゃなさそう
25:名無しの帝国民
>>24
恥ずかしいだけで嫌がってはいないだろうな
26:名無しの帝国民
ところで結婚式いつだ
27:名無しの帝国民
>>26
来月中旬らしい
28:名無しの帝国民
近い
29:名無しの帝国民
祝日になるかな
30:名無しの帝国民
>>29
なるだろ
31:名無しの帝国民
招待客は各国首脳らしい
32:名無しの帝国民
俺たちは見れないのか
33:名無しの帝国民
>>32
映像配信あるんじゃね
34:名無しの帝国民
>>33
あの「誤送信」で?
35:名無しの帝国民
今度は意図的配信だろ
36:名無しの帝国民
意図的誤送信とは
37:名無しの帝国民
哲学か?
38:名無しの帝国民
ドレスの噂聞いた?
39:名無しの帝国民
>>38
何それ
40:名無しの帝国民
陛下が殿下のドレスを手作りしてるらしい
41:名無しの帝国民
は?
42:名無しの帝国民
皇帝が針仕事?
43:名無しの帝国民
>>42
しかも「星の光を織り込む」とか
44:名無しの帝国民
何それ
45:名無しの帝国民
ダイヤモンドダストを縫い付けてるらしい
46:名無しの帝国民
物理法則どうなってんの
47:名無しの帝国民
陛下の愛は物理法則を超える
48:名無しの帝国民
名言出た
49:名無しの帝国民
引き出物も陛下手作りなんだろ
50:名無しの帝国民
>>49
永久氷晶に「Tiara & Sieghart」って彫ってるらしい
51:名無しの帝国民
三百個を?
52:名無しの帝国民
三百個を
53:名無しの帝国民
陛下の時給いくらだよ
54:名無しの帝国民
計算しちゃダメなやつ
55:名無しの帝国民
ハインリヒさんの胃が心配
-----
【映像ログ010-D 帝国宮殿 謁見の間(少人数) 同日 午後4:00】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
-----
(映像開始)
謁見の間。
通常の広大な空間ではなく、小会議室として使われる一角だった。
テーブルの周りには、ジークハルト、ティアラ、外務大臣、そしてハインリヒが座っていた。
テーブルの上には、一通の手紙が置かれていた。
「フローレンス王国からの返信です」
外務大臣が、手紙を広げた。
「招待状への回答が届きました」
「誰が来るのだ」
ジークハルトが、低く尋ねた。
「第二王子フェリックス殿下です」
「第二王子か」
「はい。アルベルト元王太子は、既に表舞台から排除されています。代わりに、第二王子が王位継承者となりました」
外務大臣は、手紙を読み上げた。
「『兄の不始末につきましては、深くお詫び申し上げます。帝国のご意向通り、彼は二度と表舞台に立つことはございません。結婚式には、私が参列し、両国の新たな関係を築きたいと存じます。フローレンス王国第二王子、フェリックス』」
沈黙が流れた。
「……」
ジークハルトの目が、わずかに細くなった。
「随分と整った文面だな」
「はい。非常に丁寧です」
「丁寧すぎる」
彼は、テーブルに指を置いた。
「アルベルトとは違う匂いがする」
ティアラが、静かに口を開いた。
「陛下の仰る通りですわ」
彼女は、手紙を手に取った。
「文字が整いすぎていますわ。一字一句、計算されている。感情が、全く見えませんの」
「どういうことだ」
外務大臣が、困惑した顔で尋ねた。
「普通、このような手紙には感情が滲み出るものですわ。謝罪なら恐縮が、友好なら期待が。でも、この手紙には何もありませんの」
「それは……」
「完璧に中立。完璧に冷静。完璧に計算されている」
ティアラは、手紙を置いた。
「アルベルト様は、愚かでした。感情に任せて行動し、自滅した。でも、この方は違いますわ」
「違う?」
「ええ」
彼女の目が、かすかに冷たくなった。
「話が通じる相手です。だからこそ、油断なりませんわ」
「……なるほど」
ジークハルトが、頷いた。
「つまり、厄介だということか」
「ええ。アルベルト様より、ずっと」
ティアラは、夫を見上げた。
「結婚式に来られるということは、直接お会いできるということですわ」
「ああ」
「その時に、この方の目を見たいですわ。何を考えているのか、確かめたい」
「お前の目で見るのか」
「ええ」
彼女は、微笑んだ。
「私の目は、嘘を見抜きますの」
ジークハルトは、彼女の手を取った。
「なら、余はお前の背後に立つ」
「ありがとうございます、陛下」
「お前が何を見ても、余がお前を守る」
「知っていますわ」
二人は、静かに見つめ合った。
(画面隅に小窓が現れる:外務大臣が「この二人、敵に回したくないな……」と呟いている)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
-----
フローレンスの第二王子、フェリックス。
その名前は、今日初めて聞いた。
アルベルト元王太子については、情報が多かった。
愚かで、傲慢で、感情的。
敵としては、扱いやすい相手だった。
しかし、第二王子は違う。
手紙の文面だけで、殿下は「話が通じる相手」と判断した。
そして、それを「厄介」と評した。
話が通じる相手が厄介。
普通なら矛盾した言葉だ。
しかし、殿下の意図はわかる。
アルベルトは、挑発すれば自滅した。
感情を煽れば、勝手に墓穴を掘った。
しかし、冷静で計算高い相手には、その手は通じない。
こちらの手を読み、対策を立て、隙を突いてくる。
「バカな兄より賢い弟」。
掲示板で見た言葉を思い出した。
まさにその通りだった。
結婚式が、新たな戦いの始まりになる。
陛下と殿下は、それを覚悟している。
いや、むしろ楽しみにしているようにすら見えた。
「この方の目を見たい」と殿下は言った。
「何を考えているのか、確かめたい」と。
結婚式という祝いの場で、敵を観察する。
恐ろしい女性だ。
しかし、だからこそ、この帝国は安泰なのだろう。
-----
【映像ログ010-E 帝国宮殿 財務省 同日 午後5:30】
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送信元:帝国記録局 第四班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
財務省の執務室。
書類の山に埋もれた机で、財務大臣とハインリヒが向かい合っていた。
「予算の確認をしましょう」
財務大臣が、書類を広げた。
「会場設営費、警備費、料理費、これらは予算内です」
「問題は?」
「陛下の『手作り』項目です」
彼は、別の書類を取り出した。
「氷の彫刻八百体。材料費ゼロ。労働費ゼロ。陛下の魔力で全て賄われます」
「ええ」
「星の光のドレス一着。材料費ゼロ。労働費ゼロ。同上です」
「ええ」
「永久氷晶三百個。材料費ゼロ。労働費ゼロ。同上です」
「……」
ハインリヒは、頭を抱えた。
「全て陛下の魔力で賄われるのですね」
「ええ。つまり、予算は大幅に抑えられます」
「それは良いことでは?」
「一見そう見えます」
財務大臣は、深い溜息をついた。
「しかし、問題があります」
「何でしょう」
「陛下が過労で倒れたらどうするのです」
「……」
沈黙が流れた。
「氷の彫刻を八百体。星のドレスを一着。永久氷晶を三百個。全て手作り」
「ええ」
「しかも、通常の政務もこなしながら」
「ええ」
「これで倒れない方がおかしいでしょう」
ハインリヒは、顔を青くした。
「陛下が倒れたら、結婚式どころではありませんね」
「ええ。だから、我々がどうにかして陛下を休ませなければなりません」
「どうやって?」
財務大臣は、首を振った。
「わかりません。しかし、殿下なら……」
「殿下に頼むのですか」
「他に方法がありますか」
二人は、顔を見合わせた。
「……膝枕」
「……膝枕」
同時に、同じ言葉を呟いた。
「殿下の膝枕で、陛下は何でも言うことを聞きますね」
「ええ。あれは最強の交渉術です」
「我々には使えませんが」
「使えたら困ります」
二人で、乾いた笑いを漏らした。
(画面隅に小窓が現れる:二人の前に、空になった胃薬の瓶が三本並んでいる)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【朗報】フローレンス第二王子が結婚式に参列【情報】
1:名無しの帝国民
招待状の返信が来たらしい
2:名無しの帝国民
誰が来るの
3:名無しの帝国民
>>2
第二王子フェリックス
4:名無しの帝国民
第二王子って誰
5:名無しの帝国民
>>4
アルベルト(ゴミ)の弟
6:名無しの帝国民
ゴミの弟か
7:名無しの帝国民
兄を売った奴だろ
8:名無しの帝国民
>>7
そう
「ゴミ出し」した張本人
9:名無しの帝国民
怖いな
10:名無しの帝国民
賢いってことだろ
11:名無しの帝国民
バカな兄より賢い弟
12:名無しの帝国民
どっちが厄介かって話だな
13:名無しの帝国民
バカは自滅する
賢いのは自滅しない
14:名無しの帝国民
>>13
つまり厄介なのは弟
15:名無しの帝国民
でも殿下がいるから
16:名無しの帝国民
>>15
それな
17:名無しの帝国民
殿下 vs 第二王子
18:名無しの帝国民
どっちが上か見ものだな
19:名無しの帝国民
陛下は?
20:名無しの帝国民
>>19
陛下は殿下の味方だから実質二対一
21:名無しの帝国民
最強夫婦
22:名無しの帝国民
結婚式が外交戦になるな
23:名無しの帝国民
>>22
それな
24:名無しの帝国民
俺たちは見てるだけでいいよな
25:名無しの帝国民
>>24
見てるだけが一番
26:名無しの帝国民
胃が痛くなりそうなのはハインリヒさんだけでいい
27:名無しの帝国民
>>26
それな
28:名無しの帝国民
でも楽しみだな結婚式
29:名無しの帝国民
>>28
楽しみすぎる
30:名無しの帝国民
陛下と殿下の晴れ姿が見れる
31:名無しの帝国民
星のドレスって本当にできるのかな
32:名無しの帝国民
>>31
陛下が作ってるんだから出来るだろ
33:名無しの帝国民
物理法則は陛下の愛の前には無力
34:名無しの帝国民
名言が続くな今日
35:名無しの帝国民
帝国に生まれてよかった
-----
【映像ログ010-F 帝国宮殿 皇帝寝室 同日 深夜】
-----
送信元:不明
映像品質:暗い
配信範囲:不明
-----
(映像開始)
皇帝寝室。
月明かりだけが、窓から差し込んでいた。
大きなベッドの上で、二つの人影。
ティアラが、ソファに座っていた。
その膝の上に、ジークハルトの頭が載っている。
約束の膝枕だった。
「今日は、お疲れ様でした」
ティアラが、彼の髪を撫でた。
「……」
「陛下?」
返事がない。
彼女は、彼の顔を覗き込んだ。
ジークハルトは、目を閉じていた。
寝息が、静かに聞こえる。
「あら」
ティアラは、小さく笑った。
「お疲れでしたのね」
彼女は、彼の頬をそっと撫でた。
「氷の彫刻を八百体。星のドレスを一着。永久氷晶を五十個。全て私のために」
「……」
「重いですわ、陛下」
彼女の声が、柔らかくなった。
「でも、嬉しいですわ」
月明かりが、二人を照らしていた。
「陛下」
ティアラは、静かに囁いた。
「結婚式が楽しみですわね」
「……うむ」
ジークハルトが、寝言のように答えた。
「世界で……一番……美しい……」
「ふふ」
彼女は、彼の額に唇を寄せた。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
(映像終了)
-----
【極秘ログ──送信者不明】
-----
記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 22日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
-----
(音声のみ)
羽ペンが紙を走る音。
ゆっくりとした、規則的なリズム。
「フェリックス」
女の声。
低く、静かな呟き。
「第二王子。王位継承者。兄を売った男」
紙をめくる音。
「手紙の文面は完璧でした。一字一句、隙がない。感情が見えない」
ペンを置く音。
「アルベルト様は、愚かでした。だから、扱いやすかった」
くすくすと笑う声。
「でも、この方は違う。話が通じる。だからこそ、厄介ですわ」
椅子が軋む音。
立ち上がる気配。
「結婚式」
女の声が、少し楽しげになった。
「各国の首脳が集まる。第二王子も来る。全ての駒が、一つの盤上に揃いますわ」
窓を開ける音。
夜風が入り込む。
「この方の目を、直接見たい」
小さな笑い声。
「何を考えているのか。何を企んでいるのか。全て、この目で確かめますわ」
間。
「そして、もし敵意があるなら」
声が、かすかに冷たくなった。
「相応の『おもてなし』を」
窓を閉める音。
足音が、扉に向かう。
「さて」
女の声が、また穏やかになった。
「陛下が待っていらっしゃるわ。膝枕の続きを」
扉を開ける音。
足音が廊下を進む。
別の扉が開く音。
「……起きていらしたのですか、陛下」
「起きた」
低い男の声。
眠そうな、しかしどこか満足げな響き。
「膝枕の続きはどうした」
「今、参りますわ」
衣擦れの音。
布団に潜り込む気配。
「……陛下」
「何だ」
「フェリックス王子のこと、どう思われますか」
間。
「……厄介だな」
「やはり、そう思われますか」
「ああ。しかし」
男の声が、かすかに笑みを含んだ。
「お前がいるなら、何も恐れるものはない」
「陛下……」
「お前が見抜く。余が守る。それでいい」
「……ええ」
女の声が、柔らかくなった。
「その通りですわ」
衣擦れの音。
二人が寄り添う気配。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【次回予告】
結婚式まで、あと二週間。
各国から招待状への返信が届き始める。
商業連合の代表団、到着。
「商談」と「祝辞」の狭間で、彼らは何を企む?
一方、フローレンスでは──
第二王子フェリックスが、静かに微笑んでいた。
「さて、あの『悪女』はどんな顔をするだろうね」
そして、ついに完成する「星のドレス」。
その輝きは、世界を照らすほどだった。
ティアラ「まぶしすぎて、何も見えませんわ」
ジークハルト「それでいい。お前以外は見えなくていい」
ティアラ「そういう問題ではありませんの」
第11話「招待状と返信は、記録されていた」
-----
【おまけ:帝国宮殿 庭園 翌朝】
-----
朝日が、庭園を照らしていた。
八百体の氷の彫刻が、オレンジ色の光を受けて輝いている。
「壮観ですな」
宰相が、感嘆の声を漏らした。
「しかし、これを結婚式まで維持できるのですか」
「陛下の魔力が込められていますので、溶けることはありません」
「なるほど」
彼は、彫刻の一つに近づいた。
微笑むティアラ像。
その表情は、本物と見分けがつかないほど精巧だった。
「陛下の技術は、彫刻家を廃業に追い込みますな」
「笑い事ではありませんよ」
ハインリヒが、青い顔で答えた。
「この彫刻の維持費は予算に含まれていません」
「維持費?」
「陛下の魔力です。彫刻を維持するために、常に魔力を消費しています」
「……」
宰相の顔が、かすかに曇った。
「つまり、陛下は常に疲労している、ということですか」
「はい」
「それで、政務もこなし、ドレスを縫い、引き出物を作り……」
「はい」
「陛下は、いつ休んでいるのですか」
「殿下の膝の上で」
沈黙が流れた。
「……なるほど」
宰相は、深く頷いた。
「殿下は、帝国の宝ですな」
「ええ。文字通り」
二人は、朝日に輝く彫刻を見つめた。
「結婚式まで、あと二週間」
「長いようで短いですな」
「陛下の体力が持つことを祈りましょう」
「ええ。殿下の膝枕に」
遠くから、ティアラの声が聞こえた。
「陛下、朝食ですわ」
「今行く」
ジークハルトが、庭園から宮殿に向かって歩いていく。
その背中は、どこか軽やかだった。
13
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