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帰還と提案は、記録されていた
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【帝国宮廷官報 号外 帝国歴四〇三年 冬 第一の月 21日】
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皇帝陛下・皇后殿下、本日帰還
皇帝ジークハルト陛下と皇后ティアラ殿下は、静養先より本日正午に帰還されます。
ご帰還に際し、中央大通りにてパレードが執り行われます。
臣民の皆様におかれましては、沿道にてお迎えいただきますようお願い申し上げます。
なお、フローレンス王国より謝罪使節団が到着しております。
詳細は追って発表いたします。
帝国宮廷府
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午前】
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ようやく、帝都に戻れる。
闇国での四日間。
いや、体感では四十日だった。
カジノでの工作。
スパイの懐柔。
暗殺者の襲撃。
そして、聖女の断罪。
私の胃は、もう限界だった。
殿下からいただいた帝国製の胃薬も、残りわずか。
しかし、帰還すれば平穏が戻る。
記録官として、淡々と日常を記録する日々が戻る。
そう信じていた。
馬車が帝都の門をくぐった瞬間。
沿道を埋め尽くす群衆の歓声が、耳を劈いた。
「陛下万歳!」
「皇后様万歳!」
「結婚式はいつだ!」
結婚式。
そうだった。
陛下様と殿下は、婚約しているのだ。
そして、まだ正式な結婚式を挙げていない。
群衆の熱狂を見て、私は悟った。
物理的な死の危機は去った。
これからは、過労による死の危機が始まる。
胃薬の瓶を握りしめた。
空だった。
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【映像ログ009-A 帝都中央大通り 同日 正午12:15】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
帝都の中央大通り。
白い石畳が、冬の日差しを受けて輝いている。
両側には、帝国旗を振る群衆が詰めかけていた。
その数、数万。
馬車がゆっくりと進んでいく。
純白の馬が四頭、金の装飾を施された車体を引いている。
窓から、銀髪の男が顔を見せた。
ジークハルト。
氷の皇帝。
しかし今日、その表情には穏やかさがあった。
「おおおおお!」
群衆が沸き立つ。
その隣には、蜂蜜色の髪の女性。
翠色の瞳が、柔らかく微笑んでいた。
ティアラ。
元・悪役令嬢。
今は、帝国の皇后。
「皇后様!」
「ティアラ様!」
「お美しい!」
彼女は、群衆に向かって小さく手を振った。
その仕草一つで、歓声が三倍になる。
「結婚式はいつですか!」
群衆の中から、声が飛んだ。
ティアラが、夫を見上げた。
ジークハルトは、眉を上げた。
「……聞こえたか」
「ええ、聞こえましたわ」
「うむ」
彼は、窓から身を乗り出した。
群衆が、息を呑む。
「近日中に発表する」
低い声が、大通りに響いた。
「おおおおお!」
歓声が爆発した。
帝国旗が、無数に振られる。
ジークハルトは、満足げに頷いた。
「陛下」
ティアラが、小声で囁いた。
「近日中とは、いつのことですの?」
「知らん。お前が決めろ」
「まあ」
彼女は、くすくすと笑った。
「では、今夜相談いたしましょう」
「うむ。楽しみにしている」
馬車は、ゆっくりと宮殿へ向かっていった。
(画面隅に小窓が現れる:沿道の群衆が「近日中」という言葉に熱狂している。「一週間以内か?」「いや、三日だ!」「今日中に決まってるだろ!」という声が飛び交う)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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パレードは、無事に終わった。
「無事に」というのは、暗殺者も刺客も現れなかったという意味だ。
闇国から戻ったばかりの私には、それだけで奇跡に思えた。
しかし、群衆の熱狂は別の意味で恐ろしかった。
「結婚式はいつだ」
この問いが、沿道のあちこちから飛んでいた。
陛下は「近日中」と答えた。
近日中。
つまり、具体的な日程は決まっていない。
皇帝の結婚式。
それは、一国の威信をかけた大事業だ。
会場の手配。
招待客の選定。
警備の配置。
式次第の作成。
衣装の準備。
料理の手配。
通常なら、半年から一年はかかる。
しかし、陛下は「近日中」と言った。
誰がその準備をするのか。
考えたくなかった。
しかし、予感はあった。
私の胃は、もう一度悲鳴を上げた。
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【映像ログ009-B 帝国宮殿 謁見の間 同日 午後2:00】
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送信元:帝国記録局 第二班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
謁見の間。
天井は高く、白い柱が林立している。
床は磨かれた大理石。壁には歴代皇帝の肖像画。
玉座には、ジークハルトが座っていた。
その隣には、ティアラ。
二人の前に、五人の男たちが跪いていた。
フローレンス王国の謝罪使節団。
先頭の男が、額を床に擦りつけていた。
「ヴァルトシュタイン帝国皇帝陛下、並びに皇后殿下。フローレンス王国を代表し、深く、深くお詫び申し上げます」
声が震えていた。
「我が国の王太子アルベルトが、皇后殿下に対し行った非道な行為。そして、聖女マリアが帝国に対し行った卑劣な攻撃。全ては、我が国の恥であります」
彼は、顔を上げた。
中年の男だった。髪には白いものが混じっている。
「本日は、謝罪の証として、二つのものをお持ちいたしました」
彼の手が、巻物を差し出した。
「一つ目。フローレンス王国第一王子アルベルトの、王位継承権放棄書であります」
沈黙が、謁見の間を満たした。
「アルベルト王太子は、既にその地位を剥奪されております。彼はもはや、王族ではありません」
ジークハルトの眉が、かすかに動いた。
「そして、二つ目」
使節の声が、さらに低くなった。
「彼の身柄を、帝国にお引き渡しいたします」
(場面転換)
謁見の間の奥から、兵士に囲まれた男が連行されてきた。
金髪。
しかし、かつての輝きはなかった。
目の下には隈が刻まれ、頬はこけている。
両手には、銀の枷。
アルベルト。
かつてのフローレンス王太子。
ティアラの元婚約者。
そして、彼女を追放した張本人。
「……」
彼は、玉座を見上げた。
その目には、もはや傲慢さはなかった。
恐怖と、絶望と、そしてかすかな怒りだけが残っていた。
「陛下」
使節が、再び頭を下げた。
「この男の処遇は、帝国にお任せいたします。煮るなり焼くなり、お好きになさってください」
沈黙。
ジークハルトは、アルベルトを見下ろした。
氷のような視線。
感情のない、冷たい目。
そして──
「いらん」
一言だった。
使節たちの顔が、凍りついた。
「……は?」
「聞こえなかったか。いらん、と言った」
ジークハルトは、玉座に深く座り直した。
「そんなゴミを帝国に持ち込むな。処分は貴様らで勝手にやれ」
アルベルトの顔が、蒼白になった。
「ま……待て!」
彼は、一歩前に出ようとした。
しかし、兵士に押さえつけられる。
「俺を見ろ、皇帝! 俺は、フローレンスの王太子だぞ!」
「だった、の間違いだろう」
ジークハルトの声は、冷淡だった。
「継承権を剥奪された。王族ですらない。ただの罪人だ」
「ティアラ!」
アルベルトが、叫んだ。
「お前からも何か言え! 俺たちは婚約者だったんだぞ!」
ティアラは、穏やかに微笑んだ。
「あら、覚えていらしたのですね」
彼女は、首を傾げた。
「私を毒殺犯に仕立て上げ、処刑しようとしたこと。もうお忘れかと思いましたわ」
「あ、あれは……マリアが……」
「責任転嫁ですの?」
ティアラの声が、かすかに冷たくなった。
「見苦しいですわね。昔から、そういうところがおありでしたわ」
彼女は、夫を見上げた。
「陛下のご判断に、私も同意いたします。この方の身柄は、お引き取りくださいませ」
「ま……待ってくれ……」
アルベルトの声が、震えた。
「フローレンスに戻されたら……俺は……」
「それは、我々の知ったことではありませんわ」
ティアラは、にっこりと笑った。
「さようなら、アルベルト様。どうぞお元気で」
使節団の長が、深々と頭を下げた。
「……承知いたしました。では、この男は我が国で処分いたします」
彼は、アルベルトを一瞥した。
その目には、何の感情も浮かんでいなかった。
「連れて行け」
兵士たちが、アルベルトを引きずっていく。
「待て……待ってくれ……俺を見捨てるのか……」
彼の声は、謁見の間の外へ消えていった。
(画面下部に魔導文字が浮かぶ:【フローレンス王国・元王太子アルベルト──身柄引き渡し拒否】)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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「いらん」
陛下は、そう言った。
アルベルト元王太子の身柄を、「ゴミ」扱いで突っ返したのだ。
政治的に見れば、これは合理的な判断だった。
アルベルトを帝国が引き取れば、フローレンスとの関係はさらに複雑になる。
彼を処刑すれば、「帝国が元王族を殺した」という口実を与えることになる。
彼を生かしておけば、帝国内で反乱の火種になりかねない。
だから、「お前らで処分しろ」と突っ返した。
しかし、それだけではないだろう。
陛下は、殿下を傷つけた男に、一切の価値を認めなかったのだ。
「ゴミ」と。
あれほど傲慢だった王太子が、その一言で片付けられた。
彼の運命は、もはや帝国の知るところではない。
フローレンスに戻されたアルベルトを、何が待っているか。
第二王子派に処刑されるか。
辺境に追放されるか。
あるいは、「事故」で死ぬか。
いずれにせよ、彼の人生は終わった。
しかし、私が気になったのは別のことだ。
使節団の長。
あの男の目には、何の感情もなかった。
実の兄を「煮るなり焼くなり」と差し出し、拒否されても動揺しない。
あの男は、最初からこうなることを予想していたのではないか。
「引き取りを拒否させる」ことで、帝国に責任を負わせずにアルベルトを処分する。
そういう計算があったのではないか。
第二王子派。
彼らは、アルベルトとは違う。
バカではない。
背筋が、寒くなった。
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【速報】元王太子、ゴミ扱いで帰国【ざまぁ】
1:名無しの帝国民
アルベルト、身柄引き渡し拒否されたってよ
2:名無しの帝国民
>>1
は?
3:名無しの帝国民
ソースは
4:名無しの帝国民
>>3
宮殿からの公式発表
「帝国はフローレンスの内政問題に関与しない」だとさ
5:名無しの帝国民
内政問題wwwww
6:名無しの帝国民
森生える
7:名無しの帝国民
陛下なんて言ったの
8:名無しの帝国民
>>7
「いらん」
「そんなゴミを帝国に持ち込むな」
9:名無しの帝国民
ゴミwwwww
10:名無しの帝国民
元王太子がゴミ認定で森が世界樹越えた
11:名無しの帝国民
これが「いい気味だ」ってやつか
12:名無しの帝国民
>>11
いい気味どころじゃないだろ
存在ごと否定されてる
13:名無しの帝国民
ティアラ様も何て言ったの
14:名無しの帝国民
>>13
「さようなら、アルベルト様。どうぞお元気で」
15:名無しの帝国民
お元気でwwwww
16:名無しの帝国民
煽り性能高すぎて森生える
17:名無しの帝国民
絶対お元気でいられないやつ
18:名無しの帝国民
フローレンスに戻されたらどうなるの
19:名無しの帝国民
>>18
処刑か追放か「事故死」
20:名無しの帝国民
第二王子派、実の兄を売ったんだろ
21:名無しの帝国民
>>20
売ったというか、ゴミ出ししたというか
22:名無しの帝国民
草
23:名無しの帝国民
でも考えてみろ
帝国が引き取ったら「帝国がフローレンス王族を処刑」になる
拒否したから「フローレンスの内政問題」で済む
24:名無しの帝国民
>>23
陛下、頭良すぎ
25:名無しの帝国民
いや、殿下の入れ知恵だろ
26:名無しの帝国民
>>25
それな
27:名無しの帝国民
でも第二王子派もそこまで計算してたのでは
28:名無しの帝国民
>>27
怖すぎ
29:名無しの帝国民
バカな兄より賢い弟の方が厄介説
30:名無しの帝国民
>>29
これ
31:名無しの帝国民
まあ今はどうでもいい
32:名無しの帝国民
>>31
なんで
33:名無しの帝国民
結婚式の話しようぜ
34:名無しの帝国民
>>33
それな!
35:名無しの帝国民
陛下「近日中に発表」って言ってたよな
36:名無しの帝国民
近日中っていつだよ
37:名無しの帝国民
今日中
38:名無しの帝国民
>>37
せっかち乙
39:名無しの帝国民
一週間以内説
40:名無しの帝国民
来月説
41:名無しの帝国民
結婚式自体は半年後くらいだろ普通
42:名無しの帝国民
>>41
陛下が半年も待てるわけないだろ
43:名無しの帝国民
森生える
44:名無しの帝国民
「余は待てん。明日やる」
45:名無しの帝国民
>>44
ありそうで怖い
46:名無しの帝国民
引き出物は永久氷晶か?
47:名無しの帝国民
>>46
城三つ分の価値のやつを国民に配るのか
48:名無しの帝国民
国家予算吹っ飛ぶな
49:名無しの帝国民
陛下なら本気でやりそう
50:名無しの帝国民
ハインリヒさんの胃が心配
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【映像ログ009-C 帝国宮殿 皇帝私室 同日 午後5:23】
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送信元:不明
映像品質:やや不安定
配信範囲:不明
(映像開始)
皇帝私室。
夕暮れの光が、窓から差し込んでいた。
暖炉には、穏やかな炎が燃えている。
ソファには、ジークハルトが座っていた。
その隣に、ティアラが寄り添っている。
テーブルには、紅茶とクッキー。
穏やかな午後の風景だった。
「疲れたか」
ジークハルトが、ティアラの髪を撫でた。
「少し」
彼女は、目を閉じた。
「馬車での移動と、パレードと、謁見と……忙しい一日でしたわね」
「うむ。よく頑張った」
彼の手が、彼女の肩に回る。
「今夜は、ゆっくり休め」
「ありがとうございます、陛下」
ティアラは、微笑んだ。
しかし、その目には、少し真剣な光があった。
「陛下」
「何だ」
「パレードで、群衆が言っていましたわね」
彼女は、夫を見上げた。
「結婚式は、いつですか、と」
「ああ」
ジークハルトは、頷いた。
「余も気になっていた」
「そろそろ、決めませんか」
ティアラの声が、柔らかく響いた。
「正式な結婚式を」
ジークハルトの目が、輝いた。
「本当か」
「ええ」
彼女は、くすくすと笑った。
「婚約してから、もう二週間近く経ちますもの。そろそろ、全世界に見せつけて差し上げませんか?」
「見せつける、か」
ジークハルトの口元が、緩んだ。
「いい響きだ」
「でしょう?」
ティアラは、紅茶を一口飲んだ。
「私たちの結婚式を、全世界が見届ける。フローレンスも、闇国も、商業連合も。全ての国が、私たちの愛を目撃するのですわ」
「うむ」
ジークハルトの目に、危険な輝きが宿り始めた。
「それなら、盛大にやらねばな」
「ええ、もちろん」
「会場は……そうだ、新しい大聖堂を建てよう」
ティアラの手が、紅茶のカップを持ったまま止まった。
「……え?」
「氷で作る。永久氷晶を使えば、溶けない。余の魔力なら、一週間で完成する」
「陛下、それは……」
「招待客は、全人類だ」
ジークハルトは、立ち上がった。
「大陸中の民を招待する。いや、大陸だけでは足りん。海の向こうにも使者を送ろう」
「陛下……」
「引き出物は、永久氷晶の小物だな。全員に配る。百万個くらいあれば足りるか」
「陛下」
ティアラの声が、少し強くなった。
「予算が」
「予算?」
ジークハルトは、首を傾げた。
「国庫を使い果たしても構わん。余の妻の結婚式だぞ。何を惜しむ必要がある」
「いえ、あの……」
ティアラは、額に手を当てた。
「国が傾きますわ」
「傾いたら、また立て直せばいい」
「そういう問題ではありませんの」
彼女は、深く息を吸った。
「陛下のお気持ちは、とても嬉しいですわ。でも、もう少し……その……現実的な規模にしませんか」
「現実的?」
ジークハルトの顔が、不満げになった。
「余の愛を表現するのに、現実的では足りん」
「でも」
「氷の大聖堂。全人類招待。永久氷晶百万個。これでも、まだ足りないくらいだ」
「陛下」
ティアラは、夫の手を取った。
「私が欲しいのは、氷の大聖堂ではありませんわ」
彼女は、穏やかに微笑んだ。
「陛下と、二人で誓いを交わすこと。それだけですわ」
「……」
ジークハルトの表情が、少し柔らかくなった。
「本当に、それだけでいいのか」
「ええ」
「でも、余は……」
彼は、少し困ったような顔をした。
「お前に、最高のものを与えたい」
「陛下」
ティアラは、彼の頬に手を添えた。
「陛下がいてくださること。それが、私にとっての最高ですわ」
ジークハルトの耳が、赤くなった。
「……ずるいぞ、そういうことを言うのは」
「ふふ」
ティアラは、くすくすと笑った。
「でも、陛下」
彼女の目が、少し真剣になった。
「盛大な結婚式には、別の意味がありますわ」
「別の意味?」
「各国の首脳を招待するということは、外交の場になるということですわ」
ティアラは、紅茶を置いた。
「私たちの威光を示し、同盟を固め、敵を牽制する。結婚式は、そういう機会にもなりますの」
「……なるほど」
ジークハルトは、頷いた。
「政治か」
「ええ」
ティアラは、微笑んだ。
「ですから、盛大にやりましょう。ただし、国が傾かない程度に」
「……分かった」
ジークハルトは、少し残念そうだった。
「では、氷の大聖堂は諦める」
「ありがとうございます」
「でも、引き出物は永久氷晶にする」
「……百万個は」
「招待客の数だけでいい」
「……それなら」
ティアラは、ほっと息をついた。
「承りますわ」
(画面隅に小窓が現れる:部屋の隅で、ハインリヒが青い顔でメモを取っている。「氷の大聖堂……永久氷晶百万個……国が傾く……」と呟いているのが見える)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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死ぬかと思った。
「氷の大聖堂を建てる」
「全人類を招待する」
「永久氷晶を百万個配る」
陛下の口から、その言葉が出た時。
私は、本気で意識が遠のいた。
国家予算。
三年分? いや、十年分かもしれない。
しかし、殿下が止めてくれた。
「国が傾きますわ」
その一言で、陛下は大人しくなった。
いや、完全に大人しくなったわけではない。
引き出物の永久氷晶は維持された。
招待客の数だけ。
つまり、数百個から数千個。
それでも、城が何個か買える額だ。
しかし、それ以上に気になったのは、殿下の言葉だった。
「各国の首脳を招待する。外交の場になる」
結婚式を、外交のカードとして使う。
私たちの威光を示し、同盟を固め、敵を牽制する。
殿下は、そう言った。
つまり、結婚式は単なる祝い事ではない。
戦争なのだ。
招待客のリストは、味方のリスト。
招待しない者のリストは、敵のリスト。
私の胃は、また痛くなった。
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【映像ログ009-D 帝国宮殿 大会議室 同日 午後8:00】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
大会議室。
長いテーブルの周りに、重臣たちが座っていた。
宰相、財務大臣、外務大臣、宮廷長官。
そして、上座には──
「結婚準備委員会を発足する」
ジークハルトが、宣言した。
重臣たちの顔が、引きつった。
「委員長は、余が務める」
「陛下が、ですか」
宰相が、恐る恐る尋ねた。
「うむ。余の結婚式だ。余が指揮を執る」
「しかし、陛下には国政が……」
「どうでもいい」
ジークハルトは、手を振った。
「結婚式の方が大事だ」
「……」
重臣たちは、絶句した。
ティアラが、静かに口を開いた。
「皆様。私から補足させていただきますわ」
彼女は、穏やかに微笑んだ。
「結婚式には、各国の首脳を招待いたします。つまり、これは外交の場でもあります」
「なるほど……」
外務大臣が、頷いた。
「帝国の威光を示す機会、ということですな」
「ええ、その通りですわ」
ティアラは、書類を配った。
「こちらが、招待客リストの素案です。ご確認くださいませ」
重臣たちが、書類に目を落とした。
「ふむ……商業連合は招待。闇国は……招待しない、ですか」
「ええ」
ティアラの目が、かすかに冷たくなった。
「闇国とは、友好関係にありますが……まだ信用しきれませんので」
「なるほど」
「フローレンス王国は……招待、ですか」
財務大臣が、驚いたように言った。
「敵国を招待するのですか」
「第二王子派を、ですわ」
ティアラは、にっこりと笑った。
「アルベルトを処分した後、彼らがどう動くか。直接確かめたいのです」
「……なるほど」
重臣たちは、顔を見合わせた。
結婚式が、外交戦の舞台になる。
そのことを、彼らはようやく理解したようだった。
「予算については」
ティアラが、続けた。
「国家予算の範囲内で、最大限盛大に。これを基本方針といたします」
「国家予算の範囲内……」
財務大臣が、ほっと息をついた。
「それなら、何とか」
「ただし」
ジークハルトが、口を開いた。
「引き出物は、永久氷晶だ」
「……は」
財務大臣の顔が、また青くなった。
「招待客の数だけでいい。余が作る」
「陛下が、お作りになる……?」
「うむ。余の魔力なら、造作もない」
ジークハルトは、平然と言った。
「妻への愛を込めて、一つ一つ手作りする」
「……」
重臣たちは、絶句した。
皇帝が、引き出物を手作りする。
前代未聞だった。
「では、予算は大幅に削減できますな」
宰相が、苦笑した。
「永久氷晶の材料費は、陛下の魔力で賄われるわけですから」
「うむ」
ジークハルトは、満足げに頷いた。
「経費削減だ。余は倹約家だからな」
「……」
誰も、何も言わなかった。
(画面隅に小窓が現れる:ハインリヒが机の下で胃を押さえている)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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結婚準備委員会が発足した。
委員長:皇帝陛下。
副委員長:皇后殿下。
この時点で、私の胃は悲鳴を上げていた。
しかし、殿下の手腕は見事だった。
陛下の「氷の大聖堂」「全人類招待」「永久氷晶百万個」という暴走を、見事に軌道修正した。
「国家予算の範囲内で」
「招待客は各国首脳と重要人物に限定」
「引き出物の永久氷晶は陛下が手作り」
これなら、国は傾かない。
たぶん。
しかし、気になることがあった。
殿下が配った「招待客リストの素案」。
闇国は、招待しない。
フローレンスは、招待する。
つまり、これは「敵味方のリスト」なのだ。
招待される者は、帝国の味方。
招待されない者は、帝国の敵。
結婚式という祝いの場で、敵味方を選別する。
殿下は、そういう人だった。
美しく微笑みながら、全てを計算している。
恐ろしい。
しかし、だからこそ、この帝国は安泰なのだろう。
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【朗報】結婚式、正式決定【速報】
1:名無しの帝国民
結婚準備委員会が発足したらしい
2:名無しの帝国民
>>1
きたああああ
3:名無しの帝国民
委員長は誰
4:名無しの帝国民
>>3
陛下
5:名無しの帝国民
陛下が委員長wwwww
6:名無しの帝国民
森生える
7:名無しの帝国民
そりゃ本人だもんな
8:名無しの帝国民
いつやるの
9:名無しの帝国民
>>8
まだ発表されてない
来月説が有力
10:名無しの帝国民
来月か
準備間に合うのか
11:名無しの帝国民
>>10
陛下がやるから間に合う
12:名無しの帝国民
力技すぎて森生える
13:名無しの帝国民
引き出物は永久氷晶らしい
14:名無しの帝国民
>>13
は?
城買える奴じゃん
15:名無しの帝国民
陛下が手作りするって
16:名無しの帝国民
>>15
は???
17:名無しの帝国民
皇帝が引き出物手作り
18:名無しの帝国民
歴史に残るな
19:名無しの帝国民
愛が重い
20:名無しの帝国民
>>19
愛が重いんじゃない
愛が強いんだ
21:名無しの帝国民
名言出た
22:名無しの帝国民
招待客リストはあるの
23:名無しの帝国民
>>22
まだ非公開
でも各国首脳が来るらしい
24:名無しの帝国民
商業連合は来るだろ
25:名無しの帝国民
闇国は?
26:名無しの帝国民
>>25
来ないんじゃね
マリア匿ってたし
27:名無しの帝国民
フローレンスは?
28:名無しの帝国民
>>27
来るらしい
第二王子派が
29:名無しの帝国民
第二王子派って兄を売ったやつか
30:名無しの帝国民
>>29
そう
怖いよな
31:名無しの帝国民
でも敵を招待するって、すごいな
32:名無しの帝国民
>>31
殿下の作戦だろ
33:名無しの帝国民
敵を目の前に連れてきて、威圧するってことか
34:名無しの帝国民
>>33
こわ
35:名無しの帝国民
結婚式が外交戦になるな
36:名無しの帝国民
>>35
それな
37:名無しの帝国民
でも俺たちは祝うだけでいいよな
38:名無しの帝国民
>>37
そうそう
難しいことは殿下に任せて
39:名無しの帝国民
陛下万歳
40:名無しの帝国民
ティアラ様万歳
41:名無しの帝国民
結婚式楽しみすぎる
42:名無しの帝国民
祝日になるかな
43:名無しの帝国民
>>42
なるだろ
「皇帝婚礼記念日」とか
44:名無しの帝国民
最高かよ
45:名無しの帝国民
帝国に生まれてよかった
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【映像ログ009-E 帝国宮殿 皇帝寝室 同日 深夜】
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送信元:不明
映像品質:暗い
配信範囲:不明
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(映像開始)
皇帝寝室。
月明かりが、窓から差し込んでいた。
大きなベッドには、二つの人影。
ジークハルトと、ティアラ。
二人は、手を繋いで横たわっていた。
「今日も、長い一日だったな」
ジークハルトが、囁いた。
「ええ」
ティアラは、目を閉じたまま答えた。
「でも、充実した一日でしたわ」
「うむ」
彼は、彼女の手を握りしめた。
「アルベルトの件。よかったのか」
「何がですの?」
「引き取りを拒否して」
ティアラは、ゆっくりと目を開けた。
「ええ」
彼女の声は、穏やかだった。
「あの方の処分は、フローレンスに任せるのが一番ですわ。私たちの手を汚す必要はありません」
「そうか」
「それに」
彼女は、少し笑った。
「あの方を見ても、もう何も感じませんでしたわ」
「何も?」
「ええ」
ティアラは、天井を見上げた。
「かつては、婚約者でした。でも、今はただの他人。いいえ、ゴミですわね」
「……余が言ったことを、そのまま使うな」
「だって、陛下がおっしゃったのですもの」
彼女は、くすくすと笑った。
「でも、本当にそう思いましたわ。あの方は、もう私の人生には関係ない。ただのゴミですわ」
「……」
ジークハルトは、彼女を抱き寄せた。
「お前は、余のものだ」
「はい」
「余だけを見ていればいい」
「ええ、分かっていますわ」
ティアラは、彼の胸に顔を埋めた。
「陛下だけを見ています。陛下だけを愛しています」
「……うむ」
ジークハルトの声が、かすかに震えた。
「余も、お前だけを愛している」
「知っていますわ」
彼女は、微笑んだ。
「だから、結婚式を楽しみにしていますの」
「ああ」
彼は、彼女の髪を撫でた。
「全世界に、見せつけてやる。余とお前の愛を」
「ふふ。楽しみですわね」
月明かりが、二人を優しく照らしていた。
(映像終了)
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【極秘ログ──送信者不明】
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記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 21日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
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(音声のみ)
羽ペンが紙を走る音。
規則的なリズム。
「……」
女の声。
独り言のような呟き。
「招待客リスト」
紙をめくる音。
「商業連合……招待。信用できる相手ですわ」
ペンが動く音。
「闇国……招待しない。まだ早いですわね」
間。
「フローレンス……第二王子派を招待。あの男たちの目を、直接見たいですもの」
紙を置く音。
「アルベルト様は、どうなるかしら」
くすくすと笑う声。
「処刑? 追放? それとも、事故死? どれでも構いませんわ。私には関係のないことですもの」
椅子が軋む音。
立ち上がる気配。
「さて」
女の声が、少し低くなった。
「結婚式。各国の首脳が集まる、最高の舞台」
窓を開ける音。
夜風が入り込む。
「これ以上の『狩り場』は、ありませんわね」
小さな笑い声。
「誰が味方で、誰が敵か。誰が信用できて、誰ができないか。全て、この目で確かめますわ」
間。
「そして、敵には……」
窓を閉める音。
「相応の『おもてなし』を」
足音が遠ざかる。
「さあ、準備を始めましょう」
羽ペンを置く音。
椅子を引く音。
「……もう、こんな時間」
小さな欠伸。
「陛下が、待っていらっしゃるわ」
扉を開ける音。
足音が、廊下を進んでいく。
そして、別の扉が開く音。
「お待たせいたしました、陛下」
「遅い」
低い男の声。
しかし、怒りではなく、拗ねたような響きがあった。
「申し訳ありません。少し、仕事を」
「仕事より余を優先しろ」
衣擦れの音。
布団に潜り込む気配。
「……おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
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【次回予告】
結婚式の準備が始まる帝国。
しかし、ジークハルトの「愛の暴走」は止まらない。
「氷の彫刻を千体作る」
「祝砲は百発では足りん」
「余の妻のドレスは、星の光を織り込んだものでなければならん」
ティアラ、頭を抱える。
ハインリヒ、胃薬を大量発注。
一方、フローレンスからの使者が再び到着。
第二王子派は、何を企んでいるのか。
そして、招待状を受け取った各国の反応は?
第10話「準備と暴走は、記録されていた」
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【おまけ:帝国宮殿 財務省 翌朝】
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「予算案が届きました」
財務大臣は、青い顔で書類を見た。
「会場設営費……これは妥当」
「警備費……これも妥当」
「料理費……少し多いが、許容範囲」
「衣装費……まあ、仕方ない」
「永久氷晶の製作費……ゼロ?」
彼は、首を傾げた。
「なぜゼロなのだ」
「陛下が、手作りなさるそうです」
「……ああ、そうだった」
財務大臣は、頷いた。
「では、予算は抑えられるな」
「しかし、問題があります」
「何だ」
「陛下が、追加の項目を提案されています」
「追加?」
彼は、書類の最後のページを見た。
「氷の彫刻……一千体?」
「はい」
「祝砲……五百発?」
「はい」
「花火……三時間連続?」
「はい」
「星の光を織り込んだドレス……って、何だこれは」
「不明です」
「不明って……」
財務大臣は、頭を抱えた。
「皇后殿下は、何とおっしゃっている」
「『国が傾かない程度に』と」
「……」
彼は、深く息を吸った。
「つまり、私が陛下を止めろということか」
「そのようです」
「……胃が痛い」
財務大臣は、引き出しから胃薬を取り出した。
まだ、準備は始まったばかりだった。
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皇帝陛下・皇后殿下、本日帰還
皇帝ジークハルト陛下と皇后ティアラ殿下は、静養先より本日正午に帰還されます。
ご帰還に際し、中央大通りにてパレードが執り行われます。
臣民の皆様におかれましては、沿道にてお迎えいただきますようお願い申し上げます。
なお、フローレンス王国より謝罪使節団が到着しております。
詳細は追って発表いたします。
帝国宮廷府
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午前】
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ようやく、帝都に戻れる。
闇国での四日間。
いや、体感では四十日だった。
カジノでの工作。
スパイの懐柔。
暗殺者の襲撃。
そして、聖女の断罪。
私の胃は、もう限界だった。
殿下からいただいた帝国製の胃薬も、残りわずか。
しかし、帰還すれば平穏が戻る。
記録官として、淡々と日常を記録する日々が戻る。
そう信じていた。
馬車が帝都の門をくぐった瞬間。
沿道を埋め尽くす群衆の歓声が、耳を劈いた。
「陛下万歳!」
「皇后様万歳!」
「結婚式はいつだ!」
結婚式。
そうだった。
陛下様と殿下は、婚約しているのだ。
そして、まだ正式な結婚式を挙げていない。
群衆の熱狂を見て、私は悟った。
物理的な死の危機は去った。
これからは、過労による死の危機が始まる。
胃薬の瓶を握りしめた。
空だった。
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【映像ログ009-A 帝都中央大通り 同日 正午12:15】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
帝都の中央大通り。
白い石畳が、冬の日差しを受けて輝いている。
両側には、帝国旗を振る群衆が詰めかけていた。
その数、数万。
馬車がゆっくりと進んでいく。
純白の馬が四頭、金の装飾を施された車体を引いている。
窓から、銀髪の男が顔を見せた。
ジークハルト。
氷の皇帝。
しかし今日、その表情には穏やかさがあった。
「おおおおお!」
群衆が沸き立つ。
その隣には、蜂蜜色の髪の女性。
翠色の瞳が、柔らかく微笑んでいた。
ティアラ。
元・悪役令嬢。
今は、帝国の皇后。
「皇后様!」
「ティアラ様!」
「お美しい!」
彼女は、群衆に向かって小さく手を振った。
その仕草一つで、歓声が三倍になる。
「結婚式はいつですか!」
群衆の中から、声が飛んだ。
ティアラが、夫を見上げた。
ジークハルトは、眉を上げた。
「……聞こえたか」
「ええ、聞こえましたわ」
「うむ」
彼は、窓から身を乗り出した。
群衆が、息を呑む。
「近日中に発表する」
低い声が、大通りに響いた。
「おおおおお!」
歓声が爆発した。
帝国旗が、無数に振られる。
ジークハルトは、満足げに頷いた。
「陛下」
ティアラが、小声で囁いた。
「近日中とは、いつのことですの?」
「知らん。お前が決めろ」
「まあ」
彼女は、くすくすと笑った。
「では、今夜相談いたしましょう」
「うむ。楽しみにしている」
馬車は、ゆっくりと宮殿へ向かっていった。
(画面隅に小窓が現れる:沿道の群衆が「近日中」という言葉に熱狂している。「一週間以内か?」「いや、三日だ!」「今日中に決まってるだろ!」という声が飛び交う)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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パレードは、無事に終わった。
「無事に」というのは、暗殺者も刺客も現れなかったという意味だ。
闇国から戻ったばかりの私には、それだけで奇跡に思えた。
しかし、群衆の熱狂は別の意味で恐ろしかった。
「結婚式はいつだ」
この問いが、沿道のあちこちから飛んでいた。
陛下は「近日中」と答えた。
近日中。
つまり、具体的な日程は決まっていない。
皇帝の結婚式。
それは、一国の威信をかけた大事業だ。
会場の手配。
招待客の選定。
警備の配置。
式次第の作成。
衣装の準備。
料理の手配。
通常なら、半年から一年はかかる。
しかし、陛下は「近日中」と言った。
誰がその準備をするのか。
考えたくなかった。
しかし、予感はあった。
私の胃は、もう一度悲鳴を上げた。
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【映像ログ009-B 帝国宮殿 謁見の間 同日 午後2:00】
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送信元:帝国記録局 第二班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
謁見の間。
天井は高く、白い柱が林立している。
床は磨かれた大理石。壁には歴代皇帝の肖像画。
玉座には、ジークハルトが座っていた。
その隣には、ティアラ。
二人の前に、五人の男たちが跪いていた。
フローレンス王国の謝罪使節団。
先頭の男が、額を床に擦りつけていた。
「ヴァルトシュタイン帝国皇帝陛下、並びに皇后殿下。フローレンス王国を代表し、深く、深くお詫び申し上げます」
声が震えていた。
「我が国の王太子アルベルトが、皇后殿下に対し行った非道な行為。そして、聖女マリアが帝国に対し行った卑劣な攻撃。全ては、我が国の恥であります」
彼は、顔を上げた。
中年の男だった。髪には白いものが混じっている。
「本日は、謝罪の証として、二つのものをお持ちいたしました」
彼の手が、巻物を差し出した。
「一つ目。フローレンス王国第一王子アルベルトの、王位継承権放棄書であります」
沈黙が、謁見の間を満たした。
「アルベルト王太子は、既にその地位を剥奪されております。彼はもはや、王族ではありません」
ジークハルトの眉が、かすかに動いた。
「そして、二つ目」
使節の声が、さらに低くなった。
「彼の身柄を、帝国にお引き渡しいたします」
(場面転換)
謁見の間の奥から、兵士に囲まれた男が連行されてきた。
金髪。
しかし、かつての輝きはなかった。
目の下には隈が刻まれ、頬はこけている。
両手には、銀の枷。
アルベルト。
かつてのフローレンス王太子。
ティアラの元婚約者。
そして、彼女を追放した張本人。
「……」
彼は、玉座を見上げた。
その目には、もはや傲慢さはなかった。
恐怖と、絶望と、そしてかすかな怒りだけが残っていた。
「陛下」
使節が、再び頭を下げた。
「この男の処遇は、帝国にお任せいたします。煮るなり焼くなり、お好きになさってください」
沈黙。
ジークハルトは、アルベルトを見下ろした。
氷のような視線。
感情のない、冷たい目。
そして──
「いらん」
一言だった。
使節たちの顔が、凍りついた。
「……は?」
「聞こえなかったか。いらん、と言った」
ジークハルトは、玉座に深く座り直した。
「そんなゴミを帝国に持ち込むな。処分は貴様らで勝手にやれ」
アルベルトの顔が、蒼白になった。
「ま……待て!」
彼は、一歩前に出ようとした。
しかし、兵士に押さえつけられる。
「俺を見ろ、皇帝! 俺は、フローレンスの王太子だぞ!」
「だった、の間違いだろう」
ジークハルトの声は、冷淡だった。
「継承権を剥奪された。王族ですらない。ただの罪人だ」
「ティアラ!」
アルベルトが、叫んだ。
「お前からも何か言え! 俺たちは婚約者だったんだぞ!」
ティアラは、穏やかに微笑んだ。
「あら、覚えていらしたのですね」
彼女は、首を傾げた。
「私を毒殺犯に仕立て上げ、処刑しようとしたこと。もうお忘れかと思いましたわ」
「あ、あれは……マリアが……」
「責任転嫁ですの?」
ティアラの声が、かすかに冷たくなった。
「見苦しいですわね。昔から、そういうところがおありでしたわ」
彼女は、夫を見上げた。
「陛下のご判断に、私も同意いたします。この方の身柄は、お引き取りくださいませ」
「ま……待ってくれ……」
アルベルトの声が、震えた。
「フローレンスに戻されたら……俺は……」
「それは、我々の知ったことではありませんわ」
ティアラは、にっこりと笑った。
「さようなら、アルベルト様。どうぞお元気で」
使節団の長が、深々と頭を下げた。
「……承知いたしました。では、この男は我が国で処分いたします」
彼は、アルベルトを一瞥した。
その目には、何の感情も浮かんでいなかった。
「連れて行け」
兵士たちが、アルベルトを引きずっていく。
「待て……待ってくれ……俺を見捨てるのか……」
彼の声は、謁見の間の外へ消えていった。
(画面下部に魔導文字が浮かぶ:【フローレンス王国・元王太子アルベルト──身柄引き渡し拒否】)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
-----
「いらん」
陛下は、そう言った。
アルベルト元王太子の身柄を、「ゴミ」扱いで突っ返したのだ。
政治的に見れば、これは合理的な判断だった。
アルベルトを帝国が引き取れば、フローレンスとの関係はさらに複雑になる。
彼を処刑すれば、「帝国が元王族を殺した」という口実を与えることになる。
彼を生かしておけば、帝国内で反乱の火種になりかねない。
だから、「お前らで処分しろ」と突っ返した。
しかし、それだけではないだろう。
陛下は、殿下を傷つけた男に、一切の価値を認めなかったのだ。
「ゴミ」と。
あれほど傲慢だった王太子が、その一言で片付けられた。
彼の運命は、もはや帝国の知るところではない。
フローレンスに戻されたアルベルトを、何が待っているか。
第二王子派に処刑されるか。
辺境に追放されるか。
あるいは、「事故」で死ぬか。
いずれにせよ、彼の人生は終わった。
しかし、私が気になったのは別のことだ。
使節団の長。
あの男の目には、何の感情もなかった。
実の兄を「煮るなり焼くなり」と差し出し、拒否されても動揺しない。
あの男は、最初からこうなることを予想していたのではないか。
「引き取りを拒否させる」ことで、帝国に責任を負わせずにアルベルトを処分する。
そういう計算があったのではないか。
第二王子派。
彼らは、アルベルトとは違う。
バカではない。
背筋が、寒くなった。
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【速報】元王太子、ゴミ扱いで帰国【ざまぁ】
1:名無しの帝国民
アルベルト、身柄引き渡し拒否されたってよ
2:名無しの帝国民
>>1
は?
3:名無しの帝国民
ソースは
4:名無しの帝国民
>>3
宮殿からの公式発表
「帝国はフローレンスの内政問題に関与しない」だとさ
5:名無しの帝国民
内政問題wwwww
6:名無しの帝国民
森生える
7:名無しの帝国民
陛下なんて言ったの
8:名無しの帝国民
>>7
「いらん」
「そんなゴミを帝国に持ち込むな」
9:名無しの帝国民
ゴミwwwww
10:名無しの帝国民
元王太子がゴミ認定で森が世界樹越えた
11:名無しの帝国民
これが「いい気味だ」ってやつか
12:名無しの帝国民
>>11
いい気味どころじゃないだろ
存在ごと否定されてる
13:名無しの帝国民
ティアラ様も何て言ったの
14:名無しの帝国民
>>13
「さようなら、アルベルト様。どうぞお元気で」
15:名無しの帝国民
お元気でwwwww
16:名無しの帝国民
煽り性能高すぎて森生える
17:名無しの帝国民
絶対お元気でいられないやつ
18:名無しの帝国民
フローレンスに戻されたらどうなるの
19:名無しの帝国民
>>18
処刑か追放か「事故死」
20:名無しの帝国民
第二王子派、実の兄を売ったんだろ
21:名無しの帝国民
>>20
売ったというか、ゴミ出ししたというか
22:名無しの帝国民
草
23:名無しの帝国民
でも考えてみろ
帝国が引き取ったら「帝国がフローレンス王族を処刑」になる
拒否したから「フローレンスの内政問題」で済む
24:名無しの帝国民
>>23
陛下、頭良すぎ
25:名無しの帝国民
いや、殿下の入れ知恵だろ
26:名無しの帝国民
>>25
それな
27:名無しの帝国民
でも第二王子派もそこまで計算してたのでは
28:名無しの帝国民
>>27
怖すぎ
29:名無しの帝国民
バカな兄より賢い弟の方が厄介説
30:名無しの帝国民
>>29
これ
31:名無しの帝国民
まあ今はどうでもいい
32:名無しの帝国民
>>31
なんで
33:名無しの帝国民
結婚式の話しようぜ
34:名無しの帝国民
>>33
それな!
35:名無しの帝国民
陛下「近日中に発表」って言ってたよな
36:名無しの帝国民
近日中っていつだよ
37:名無しの帝国民
今日中
38:名無しの帝国民
>>37
せっかち乙
39:名無しの帝国民
一週間以内説
40:名無しの帝国民
来月説
41:名無しの帝国民
結婚式自体は半年後くらいだろ普通
42:名無しの帝国民
>>41
陛下が半年も待てるわけないだろ
43:名無しの帝国民
森生える
44:名無しの帝国民
「余は待てん。明日やる」
45:名無しの帝国民
>>44
ありそうで怖い
46:名無しの帝国民
引き出物は永久氷晶か?
47:名無しの帝国民
>>46
城三つ分の価値のやつを国民に配るのか
48:名無しの帝国民
国家予算吹っ飛ぶな
49:名無しの帝国民
陛下なら本気でやりそう
50:名無しの帝国民
ハインリヒさんの胃が心配
-----
【映像ログ009-C 帝国宮殿 皇帝私室 同日 午後5:23】
-----
送信元:不明
映像品質:やや不安定
配信範囲:不明
(映像開始)
皇帝私室。
夕暮れの光が、窓から差し込んでいた。
暖炉には、穏やかな炎が燃えている。
ソファには、ジークハルトが座っていた。
その隣に、ティアラが寄り添っている。
テーブルには、紅茶とクッキー。
穏やかな午後の風景だった。
「疲れたか」
ジークハルトが、ティアラの髪を撫でた。
「少し」
彼女は、目を閉じた。
「馬車での移動と、パレードと、謁見と……忙しい一日でしたわね」
「うむ。よく頑張った」
彼の手が、彼女の肩に回る。
「今夜は、ゆっくり休め」
「ありがとうございます、陛下」
ティアラは、微笑んだ。
しかし、その目には、少し真剣な光があった。
「陛下」
「何だ」
「パレードで、群衆が言っていましたわね」
彼女は、夫を見上げた。
「結婚式は、いつですか、と」
「ああ」
ジークハルトは、頷いた。
「余も気になっていた」
「そろそろ、決めませんか」
ティアラの声が、柔らかく響いた。
「正式な結婚式を」
ジークハルトの目が、輝いた。
「本当か」
「ええ」
彼女は、くすくすと笑った。
「婚約してから、もう二週間近く経ちますもの。そろそろ、全世界に見せつけて差し上げませんか?」
「見せつける、か」
ジークハルトの口元が、緩んだ。
「いい響きだ」
「でしょう?」
ティアラは、紅茶を一口飲んだ。
「私たちの結婚式を、全世界が見届ける。フローレンスも、闇国も、商業連合も。全ての国が、私たちの愛を目撃するのですわ」
「うむ」
ジークハルトの目に、危険な輝きが宿り始めた。
「それなら、盛大にやらねばな」
「ええ、もちろん」
「会場は……そうだ、新しい大聖堂を建てよう」
ティアラの手が、紅茶のカップを持ったまま止まった。
「……え?」
「氷で作る。永久氷晶を使えば、溶けない。余の魔力なら、一週間で完成する」
「陛下、それは……」
「招待客は、全人類だ」
ジークハルトは、立ち上がった。
「大陸中の民を招待する。いや、大陸だけでは足りん。海の向こうにも使者を送ろう」
「陛下……」
「引き出物は、永久氷晶の小物だな。全員に配る。百万個くらいあれば足りるか」
「陛下」
ティアラの声が、少し強くなった。
「予算が」
「予算?」
ジークハルトは、首を傾げた。
「国庫を使い果たしても構わん。余の妻の結婚式だぞ。何を惜しむ必要がある」
「いえ、あの……」
ティアラは、額に手を当てた。
「国が傾きますわ」
「傾いたら、また立て直せばいい」
「そういう問題ではありませんの」
彼女は、深く息を吸った。
「陛下のお気持ちは、とても嬉しいですわ。でも、もう少し……その……現実的な規模にしませんか」
「現実的?」
ジークハルトの顔が、不満げになった。
「余の愛を表現するのに、現実的では足りん」
「でも」
「氷の大聖堂。全人類招待。永久氷晶百万個。これでも、まだ足りないくらいだ」
「陛下」
ティアラは、夫の手を取った。
「私が欲しいのは、氷の大聖堂ではありませんわ」
彼女は、穏やかに微笑んだ。
「陛下と、二人で誓いを交わすこと。それだけですわ」
「……」
ジークハルトの表情が、少し柔らかくなった。
「本当に、それだけでいいのか」
「ええ」
「でも、余は……」
彼は、少し困ったような顔をした。
「お前に、最高のものを与えたい」
「陛下」
ティアラは、彼の頬に手を添えた。
「陛下がいてくださること。それが、私にとっての最高ですわ」
ジークハルトの耳が、赤くなった。
「……ずるいぞ、そういうことを言うのは」
「ふふ」
ティアラは、くすくすと笑った。
「でも、陛下」
彼女の目が、少し真剣になった。
「盛大な結婚式には、別の意味がありますわ」
「別の意味?」
「各国の首脳を招待するということは、外交の場になるということですわ」
ティアラは、紅茶を置いた。
「私たちの威光を示し、同盟を固め、敵を牽制する。結婚式は、そういう機会にもなりますの」
「……なるほど」
ジークハルトは、頷いた。
「政治か」
「ええ」
ティアラは、微笑んだ。
「ですから、盛大にやりましょう。ただし、国が傾かない程度に」
「……分かった」
ジークハルトは、少し残念そうだった。
「では、氷の大聖堂は諦める」
「ありがとうございます」
「でも、引き出物は永久氷晶にする」
「……百万個は」
「招待客の数だけでいい」
「……それなら」
ティアラは、ほっと息をついた。
「承りますわ」
(画面隅に小窓が現れる:部屋の隅で、ハインリヒが青い顔でメモを取っている。「氷の大聖堂……永久氷晶百万個……国が傾く……」と呟いているのが見える)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
-----
死ぬかと思った。
「氷の大聖堂を建てる」
「全人類を招待する」
「永久氷晶を百万個配る」
陛下の口から、その言葉が出た時。
私は、本気で意識が遠のいた。
国家予算。
三年分? いや、十年分かもしれない。
しかし、殿下が止めてくれた。
「国が傾きますわ」
その一言で、陛下は大人しくなった。
いや、完全に大人しくなったわけではない。
引き出物の永久氷晶は維持された。
招待客の数だけ。
つまり、数百個から数千個。
それでも、城が何個か買える額だ。
しかし、それ以上に気になったのは、殿下の言葉だった。
「各国の首脳を招待する。外交の場になる」
結婚式を、外交のカードとして使う。
私たちの威光を示し、同盟を固め、敵を牽制する。
殿下は、そう言った。
つまり、結婚式は単なる祝い事ではない。
戦争なのだ。
招待客のリストは、味方のリスト。
招待しない者のリストは、敵のリスト。
私の胃は、また痛くなった。
-----
【映像ログ009-D 帝国宮殿 大会議室 同日 午後8:00】
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送信元:帝国記録局 第三班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
-----
(映像開始)
大会議室。
長いテーブルの周りに、重臣たちが座っていた。
宰相、財務大臣、外務大臣、宮廷長官。
そして、上座には──
「結婚準備委員会を発足する」
ジークハルトが、宣言した。
重臣たちの顔が、引きつった。
「委員長は、余が務める」
「陛下が、ですか」
宰相が、恐る恐る尋ねた。
「うむ。余の結婚式だ。余が指揮を執る」
「しかし、陛下には国政が……」
「どうでもいい」
ジークハルトは、手を振った。
「結婚式の方が大事だ」
「……」
重臣たちは、絶句した。
ティアラが、静かに口を開いた。
「皆様。私から補足させていただきますわ」
彼女は、穏やかに微笑んだ。
「結婚式には、各国の首脳を招待いたします。つまり、これは外交の場でもあります」
「なるほど……」
外務大臣が、頷いた。
「帝国の威光を示す機会、ということですな」
「ええ、その通りですわ」
ティアラは、書類を配った。
「こちらが、招待客リストの素案です。ご確認くださいませ」
重臣たちが、書類に目を落とした。
「ふむ……商業連合は招待。闇国は……招待しない、ですか」
「ええ」
ティアラの目が、かすかに冷たくなった。
「闇国とは、友好関係にありますが……まだ信用しきれませんので」
「なるほど」
「フローレンス王国は……招待、ですか」
財務大臣が、驚いたように言った。
「敵国を招待するのですか」
「第二王子派を、ですわ」
ティアラは、にっこりと笑った。
「アルベルトを処分した後、彼らがどう動くか。直接確かめたいのです」
「……なるほど」
重臣たちは、顔を見合わせた。
結婚式が、外交戦の舞台になる。
そのことを、彼らはようやく理解したようだった。
「予算については」
ティアラが、続けた。
「国家予算の範囲内で、最大限盛大に。これを基本方針といたします」
「国家予算の範囲内……」
財務大臣が、ほっと息をついた。
「それなら、何とか」
「ただし」
ジークハルトが、口を開いた。
「引き出物は、永久氷晶だ」
「……は」
財務大臣の顔が、また青くなった。
「招待客の数だけでいい。余が作る」
「陛下が、お作りになる……?」
「うむ。余の魔力なら、造作もない」
ジークハルトは、平然と言った。
「妻への愛を込めて、一つ一つ手作りする」
「……」
重臣たちは、絶句した。
皇帝が、引き出物を手作りする。
前代未聞だった。
「では、予算は大幅に削減できますな」
宰相が、苦笑した。
「永久氷晶の材料費は、陛下の魔力で賄われるわけですから」
「うむ」
ジークハルトは、満足げに頷いた。
「経費削減だ。余は倹約家だからな」
「……」
誰も、何も言わなかった。
(画面隅に小窓が現れる:ハインリヒが机の下で胃を押さえている)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
-----
結婚準備委員会が発足した。
委員長:皇帝陛下。
副委員長:皇后殿下。
この時点で、私の胃は悲鳴を上げていた。
しかし、殿下の手腕は見事だった。
陛下の「氷の大聖堂」「全人類招待」「永久氷晶百万個」という暴走を、見事に軌道修正した。
「国家予算の範囲内で」
「招待客は各国首脳と重要人物に限定」
「引き出物の永久氷晶は陛下が手作り」
これなら、国は傾かない。
たぶん。
しかし、気になることがあった。
殿下が配った「招待客リストの素案」。
闇国は、招待しない。
フローレンスは、招待する。
つまり、これは「敵味方のリスト」なのだ。
招待される者は、帝国の味方。
招待されない者は、帝国の敵。
結婚式という祝いの場で、敵味方を選別する。
殿下は、そういう人だった。
美しく微笑みながら、全てを計算している。
恐ろしい。
しかし、だからこそ、この帝国は安泰なのだろう。
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【朗報】結婚式、正式決定【速報】
1:名無しの帝国民
結婚準備委員会が発足したらしい
2:名無しの帝国民
>>1
きたああああ
3:名無しの帝国民
委員長は誰
4:名無しの帝国民
>>3
陛下
5:名無しの帝国民
陛下が委員長wwwww
6:名無しの帝国民
森生える
7:名無しの帝国民
そりゃ本人だもんな
8:名無しの帝国民
いつやるの
9:名無しの帝国民
>>8
まだ発表されてない
来月説が有力
10:名無しの帝国民
来月か
準備間に合うのか
11:名無しの帝国民
>>10
陛下がやるから間に合う
12:名無しの帝国民
力技すぎて森生える
13:名無しの帝国民
引き出物は永久氷晶らしい
14:名無しの帝国民
>>13
は?
城買える奴じゃん
15:名無しの帝国民
陛下が手作りするって
16:名無しの帝国民
>>15
は???
17:名無しの帝国民
皇帝が引き出物手作り
18:名無しの帝国民
歴史に残るな
19:名無しの帝国民
愛が重い
20:名無しの帝国民
>>19
愛が重いんじゃない
愛が強いんだ
21:名無しの帝国民
名言出た
22:名無しの帝国民
招待客リストはあるの
23:名無しの帝国民
>>22
まだ非公開
でも各国首脳が来るらしい
24:名無しの帝国民
商業連合は来るだろ
25:名無しの帝国民
闇国は?
26:名無しの帝国民
>>25
来ないんじゃね
マリア匿ってたし
27:名無しの帝国民
フローレンスは?
28:名無しの帝国民
>>27
来るらしい
第二王子派が
29:名無しの帝国民
第二王子派って兄を売ったやつか
30:名無しの帝国民
>>29
そう
怖いよな
31:名無しの帝国民
でも敵を招待するって、すごいな
32:名無しの帝国民
>>31
殿下の作戦だろ
33:名無しの帝国民
敵を目の前に連れてきて、威圧するってことか
34:名無しの帝国民
>>33
こわ
35:名無しの帝国民
結婚式が外交戦になるな
36:名無しの帝国民
>>35
それな
37:名無しの帝国民
でも俺たちは祝うだけでいいよな
38:名無しの帝国民
>>37
そうそう
難しいことは殿下に任せて
39:名無しの帝国民
陛下万歳
40:名無しの帝国民
ティアラ様万歳
41:名無しの帝国民
結婚式楽しみすぎる
42:名無しの帝国民
祝日になるかな
43:名無しの帝国民
>>42
なるだろ
「皇帝婚礼記念日」とか
44:名無しの帝国民
最高かよ
45:名無しの帝国民
帝国に生まれてよかった
-----
【映像ログ009-E 帝国宮殿 皇帝寝室 同日 深夜】
-----
送信元:不明
映像品質:暗い
配信範囲:不明
-----
(映像開始)
皇帝寝室。
月明かりが、窓から差し込んでいた。
大きなベッドには、二つの人影。
ジークハルトと、ティアラ。
二人は、手を繋いで横たわっていた。
「今日も、長い一日だったな」
ジークハルトが、囁いた。
「ええ」
ティアラは、目を閉じたまま答えた。
「でも、充実した一日でしたわ」
「うむ」
彼は、彼女の手を握りしめた。
「アルベルトの件。よかったのか」
「何がですの?」
「引き取りを拒否して」
ティアラは、ゆっくりと目を開けた。
「ええ」
彼女の声は、穏やかだった。
「あの方の処分は、フローレンスに任せるのが一番ですわ。私たちの手を汚す必要はありません」
「そうか」
「それに」
彼女は、少し笑った。
「あの方を見ても、もう何も感じませんでしたわ」
「何も?」
「ええ」
ティアラは、天井を見上げた。
「かつては、婚約者でした。でも、今はただの他人。いいえ、ゴミですわね」
「……余が言ったことを、そのまま使うな」
「だって、陛下がおっしゃったのですもの」
彼女は、くすくすと笑った。
「でも、本当にそう思いましたわ。あの方は、もう私の人生には関係ない。ただのゴミですわ」
「……」
ジークハルトは、彼女を抱き寄せた。
「お前は、余のものだ」
「はい」
「余だけを見ていればいい」
「ええ、分かっていますわ」
ティアラは、彼の胸に顔を埋めた。
「陛下だけを見ています。陛下だけを愛しています」
「……うむ」
ジークハルトの声が、かすかに震えた。
「余も、お前だけを愛している」
「知っていますわ」
彼女は、微笑んだ。
「だから、結婚式を楽しみにしていますの」
「ああ」
彼は、彼女の髪を撫でた。
「全世界に、見せつけてやる。余とお前の愛を」
「ふふ。楽しみですわね」
月明かりが、二人を優しく照らしていた。
(映像終了)
-----
【極秘ログ──送信者不明】
-----
記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 21日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
-----
(音声のみ)
羽ペンが紙を走る音。
規則的なリズム。
「……」
女の声。
独り言のような呟き。
「招待客リスト」
紙をめくる音。
「商業連合……招待。信用できる相手ですわ」
ペンが動く音。
「闇国……招待しない。まだ早いですわね」
間。
「フローレンス……第二王子派を招待。あの男たちの目を、直接見たいですもの」
紙を置く音。
「アルベルト様は、どうなるかしら」
くすくすと笑う声。
「処刑? 追放? それとも、事故死? どれでも構いませんわ。私には関係のないことですもの」
椅子が軋む音。
立ち上がる気配。
「さて」
女の声が、少し低くなった。
「結婚式。各国の首脳が集まる、最高の舞台」
窓を開ける音。
夜風が入り込む。
「これ以上の『狩り場』は、ありませんわね」
小さな笑い声。
「誰が味方で、誰が敵か。誰が信用できて、誰ができないか。全て、この目で確かめますわ」
間。
「そして、敵には……」
窓を閉める音。
「相応の『おもてなし』を」
足音が遠ざかる。
「さあ、準備を始めましょう」
羽ペンを置く音。
椅子を引く音。
「……もう、こんな時間」
小さな欠伸。
「陛下が、待っていらっしゃるわ」
扉を開ける音。
足音が、廊下を進んでいく。
そして、別の扉が開く音。
「お待たせいたしました、陛下」
「遅い」
低い男の声。
しかし、怒りではなく、拗ねたような響きがあった。
「申し訳ありません。少し、仕事を」
「仕事より余を優先しろ」
衣擦れの音。
布団に潜り込む気配。
「……おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【次回予告】
結婚式の準備が始まる帝国。
しかし、ジークハルトの「愛の暴走」は止まらない。
「氷の彫刻を千体作る」
「祝砲は百発では足りん」
「余の妻のドレスは、星の光を織り込んだものでなければならん」
ティアラ、頭を抱える。
ハインリヒ、胃薬を大量発注。
一方、フローレンスからの使者が再び到着。
第二王子派は、何を企んでいるのか。
そして、招待状を受け取った各国の反応は?
第10話「準備と暴走は、記録されていた」
-----
【おまけ:帝国宮殿 財務省 翌朝】
-----
「予算案が届きました」
財務大臣は、青い顔で書類を見た。
「会場設営費……これは妥当」
「警備費……これも妥当」
「料理費……少し多いが、許容範囲」
「衣装費……まあ、仕方ない」
「永久氷晶の製作費……ゼロ?」
彼は、首を傾げた。
「なぜゼロなのだ」
「陛下が、手作りなさるそうです」
「……ああ、そうだった」
財務大臣は、頷いた。
「では、予算は抑えられるな」
「しかし、問題があります」
「何だ」
「陛下が、追加の項目を提案されています」
「追加?」
彼は、書類の最後のページを見た。
「氷の彫刻……一千体?」
「はい」
「祝砲……五百発?」
「はい」
「花火……三時間連続?」
「はい」
「星の光を織り込んだドレス……って、何だこれは」
「不明です」
「不明って……」
財務大臣は、頭を抱えた。
「皇后殿下は、何とおっしゃっている」
「『国が傾かない程度に』と」
「……」
彼は、深く息を吸った。
「つまり、私が陛下を止めろということか」
「そのようです」
「……胃が痛い」
財務大臣は、引き出しから胃薬を取り出した。
まだ、準備は始まったばかりだった。
15
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