【完結】皇帝との密会映像が、手違いで全世界に流出しました ~「拷問されている」と元婚約者が騒いでいますが、これただの溺愛です~

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前夜祭と密談は、記録されていた

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【帝国宮廷官報 帝国歴四〇三年 冬 第二の月 7日】

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皇帝陛下・皇后殿下、婚礼式典まで残り1日

 本日は最終リハーサル、および前夜祭が執り行われます。

 各国代表の皆様におかれましては、前夜祭より「愛の防御具」の着用をお願いいたします。

 これは明日の式典に向けた予行演習であり、陛下の威光に慣れていただくための措置です。

 なお、リハーサル中に発生した凍結現象は、全て設備の問題です。

    帝国宮廷府

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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 早朝】

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 結婚式まで、あと1日。

 リハーサルが始まった。

 私は、祭壇の傍らで記録を取っていた。

 神官が、式次第を読み上げる。

「では、陛下。祭壇へお進みください」

 ジークハルト陛下が、一歩を踏み出した。

 その瞬間。

 パキン、と小さな音がした。

 足元に、霜が広がっていた。

「陛下」

 神官の声が、わずかに震えた。

「足元が」

「問題ない」

 陛下は、もう一歩を踏み出した。

 パキン。
 パキン。
 パキン。

 陛下の足跡を追うように、白い結晶が階段を這い上がっていく。
 まるで、陛下の心臓の鼓動を刻むかのように。

「陛下!」

 財務大臣が、悲鳴を上げた。

「祭壇がスケートリンクになっております!」

「余は緊張などしておらぬ」

 陛下の声は、いつも通り冷静だった。

 しかし、足元の氷は嘘をつかない。

 一歩ごとに、霜が厚くなっていく。

「あなた」

 皇后殿下の声が、響いた。

 陛下が、振り返る。

「深呼吸ですわ」

 殿下は、穏やかに微笑んでいた。

「敵を凍らせる時と、同じ顔をしていますわよ」

「……そうか」

 陛下は、目を閉じた。

 深く、息を吸う。
 ゆっくりと、吐き出す。

 足元の霜が、少しずつ溶けていった。

「ティアラ」

「はい」

「お前が隣にいれば、大丈夫だ」

 殿下は、静かに頷いた。

「いつでも、お傍におりますわ」

 リハーサルは、その後も続いた。

 陛下は、誓いの言葉の練習で三回噛んだ。
 指輪を落としそうになった。
 誓いの口づけの角度を、十七回やり直した。

 世界最強の皇帝が、結婚式には勝てないらしい。

 私は、胃薬を飲んだ。

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【映像ログ014-A 帝国宮殿 大広間 同日 午後7:00】

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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好(ただし画面が暗い)
配信範囲:帝国内限定

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    (映像開始)

 大広間。

 前夜祭の会場だ。

 シャンデリアが煌めき、楽団が優雅な音楽を奏でている。

 しかし、何かがおかしい。

 招待客の全員が、黒い眼鏡をかけていた。

 ネルヴァス商業連合の代表、マルクス。
 闇国の使節団。
 周辺諸国の大使たち。

 一人残らず、黒眼鏡だ。

「……異様だ」

 ハインリヒの声が、小さく漏れた。

「ここは、どこの裏組織ですか」

 しかし、誰も気にしていなかった。

 全員が、大真面目に談笑している。

「いい取引ができそうですな」

 マルクスが、黒眼鏡越しに笑った。

「明日の式典が、楽しみでなりません」

「こちらこそ」

 闇国の使節が、グラスを掲げた。

「歴史的瞬間に立ち会えることを、光栄に思います」

 完全に、怪しい組織の会合だった。

 しかし、全員が「愛の防御具」を着用しているのには、理由がある。

 明日への予行演習だ。

 そして、陛下の「愛の威光」に、少しでも慣れておくため。

 正気を保つための、予防措置である。

「殿下」

 マルクスが、皇后殿下に近づいた。

「素晴らしい前夜祭ですな」

「ありがとうございます」

 殿下は、柔らかく笑った。

 彼女だけが、黒眼鏡をかけていなかった。
 当然だ。
 彼女は、「愛の威光」の発生源なのだから。

「明日は、さらに素晴らしい日になりますわ」

「期待しております」

 マルクスは、深々と頭を下げた。

 その時。

 会場の入り口に、一人の男が現れた。

 金色の髪。
 碧い瞳。
 整った顔立ち。

 フェリックス。

 彼だけが、黒眼鏡をかけていなかった。

 そして、素顔のまま、真っ直ぐに殿下へ向かってきた。

    (画面隅に小窓が現れる:記録官が「嫌な予感がする」と囁いている)

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【映像ログ014-B 大広間 会場の片隅 同日 午後7:30】

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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定

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    (映像開始)

 会場の片隅。

 皇后殿下とフェリックスが、向かい合っていた。

「殿下」

 フェリックスは、穏やかに微笑んだ。

「明日の式典に、特別なゲストをお呼びしました」

 殿下の表情は、変わらなかった。

「招待客リストには、ない方ですわね」

「ええ」

 フェリックスは、グラスを傾けた。

「アルベルト兄上の……元・婚約者候補だった女性です」

 間が生まれた。

「彼女は、兄に捨てられました」

 フェリックスの声は、どこか憂いを帯びていた。

「身を持ち崩し、帝都の片隅で惨めに暮らしていた。私が、偶然見つけて保護したのです」

「それは、ご立派なことですわ」

「彼女は、明日の式典を見届けたいと願っています」

 フェリックスは、殿下を見た。

「悪役令嬢と呼ばれた貴女が、どれほど幸せになったか。自分の目で確かめたいと」

「なるほど」

 殿下は、紅茶を一口飲んだ。

「それで、私に何を望まれますの?」

「彼女に、席を用意していただきたい」

 フェリックスの口元が、わずかに緩んだ。

「式典の最中に、彼女を紹介させてください。アルベルト兄上の犠牲者として。そして、貴女の慈悲を乞わせてください」

 沈黙が、二人の間に落ちた。

「もし、貴女が彼女を冷たくあしらえば」

 フェリックスの目が、わずかに細くなった。

「各国の代表は、貴女の『冷酷さ』を目撃することになる。かつての悪役令嬢は、やはり悪女だったと」

「ええ」

「しかし、もし受け入れれば」

「式の進行が崩れますわね」

 殿下は、淡々と言った。

「どちらを選んでも、私が損をする」

「そういうことです」

 フェリックスは、グラスを置いた。

「さて、どうなさいますか?」

 殿下は、しばらく沈黙していた。

 そして。

 くすりと、笑った。

「楽しい方ですわね、フェリックス殿下」

「は?」

「その女性、ぜひお連れくださいませ」

 フェリックスの目が、かすかに見開かれた。

「……よろしいのですか?」

「もちろんですわ」

 殿下は、唇の端を持ち上げた。

「彼女には、最高の席をご用意いたしますわ」

「しかし、式の進行が」

「問題ありませんわ」

 殿下は、グラスを傾けた。

「むしろ、感謝いたしますわ。素敵なサプライズになりそうですもの」

 フェリックスは、言葉を失った。

 その表情に、初めて戸惑いが浮かんだ。

「……何を、考えていらっしゃるのですか」

「さあ」

 殿下は、首を傾げた。

「明日のお楽しみ、ですわ」

 彼女は、優雅に立ち上がった。

「では、陛下のもとへ戻りますわね。素敵な夜を」

 殿下は、去っていった。

 フェリックスは、その背中を見つめていた。

 そして、低く笑った。

「面白い」

    (映像終了)

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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

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【画像あり】前夜祭の様子が完全にマフィアの会合な件

1:名無しの帝国民
 前夜祭の映像見たか

2:名無しの帝国民
 見た

3:名無しの帝国民
 全員黒眼鏡で草

4:名無しの帝国民
 怖すぎる

5:名無しの帝国民
 裏社会の集まりかよ

6:名無しの帝国民
 >>5
 各国の要人だぞ

7:名無しの帝国民
 要人(黒眼鏡)

8:名無しの帝国民
 シュールすぎる

9:名無しの帝国民
 でもあれがないと失明するからな

10:名無しの帝国民
 陛下の愛が眩しすぎて

11:名無しの帝国民
 物理的に眩しい

12:名無しの帝国民
 皇后様だけ素顔だった

13:名無しの帝国民
 >>12
 そりゃそうだ

14:名無しの帝国民
 愛の発生源だからな

15:名無しの帝国民
 なるほど

16:名無しの帝国民
 フェリックス王子も素顔だったぞ

17:名無しの帝国民
 >>16
 マジ?

18:名無しの帝国民
 見たわ

19:名無しの帝国民
 何考えてんだあいつ

20:名無しの帝国民
 失明覚悟か?

21:名無しの帝国民
 それとも何か仕掛けてくる気か

22:名無しの帝国民
 >>21
 絶対後者だろ

23:名無しの帝国民
 皇后様と話してたらしい

24:名無しの帝国民
 何話したんだ

25:名無しの帝国民
 >>24
 分からん

26:名無しの帝国民
 でも皇后様、笑ってたって

27:名無しの帝国民
 笑ってた?

28:名無しの帝国民
 余裕の笑みってやつか

29:名無しの帝国民
 怖い

30:名無しの帝国民
 でも好き

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【陛下、リハーサルで祭壇をスケートリンクにする】

31:名無しの帝国民
 リハーサル見た奴いる?

32:名無しの帝国民
 いる

33:名無しの帝国民
 どうだった

34:名無しの帝国民
 >>33
 陛下が緊張しすぎて氷出しまくってた

35:名無しの帝国民
 草

36:名無しの帝国民
 世界最強の皇帝が?

37:名無しの帝国民
 緊張してんのかよ

38:名無しの帝国民
 可愛いな

39:名無しの帝国民
 一歩歩くたびに霜が広がってたって

40:名無しの帝国民
 雪の精霊かよ

41:名無しの帝国民
 誓いの言葉も三回噛んだらしい

42:名無しの帝国民
 マジかよ

43:名無しの帝国民
 指輪も落としそうになったって

44:名無しの帝国民
 陛下ーーーーーー

45:名無しの帝国民
 皇后様が「深呼吸ですわ」って言ったら落ち着いたらしい

46:名無しの帝国民
 尊い

47:名無しの帝国民
 明日大丈夫なのか

48:名無しの帝国民
 >>47
 皇后様がいれば大丈夫だろ

49:名無しの帝国民
 それな

50:名無しの帝国民
 最強夫婦だからな

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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】

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 前夜祭の後、私は殿下に呼び出された。

「ハインリヒ様」

 殿下は、いつもの穏やかな笑顔だった。

「少し、お手伝いをお願いしたいのですが」

「何なりと」

「フェリックス殿下が、明日の式典に『ゲスト』をお連れになるそうですの」

 私は、眉をひそめた。

「ゲスト、ですか」

「ええ。アルベルトの元・婚約者候補だった女性ですわ」

 殿下は、窓の外を見た。

「彼女を使って、式の進行を乱そうとしているのでしょう」

「殿下、それは」

「大丈夫ですわ」

 殿下は、振り返った。

「むしろ、チャンスですもの」

「チャンス、ですか」

「ええ」

 殿下は、小さな笑みを浮かべた。

「彼女は、きっと借金か何かで縛られているのでしょう。フェリックス殿下に逆らえない状況に置かれている」

「では」

「解放して差し上げますわ」

 殿下の目が、冷たく輝いた。

「フェリックス殿下が用意した『被害者』を、私たちの味方に変えるのです」

 私は、息を飲んだ。

「どのように」

「明日、式典の最中に彼女が現れたら」

 殿下は、指を一本立てた。

「私が、彼女を抱きしめます」

「は?」

「そして、こう言いますの。『よく来てくださいました。貴女は私の大切な客人ですわ』と」

 私は、言葉を失った。

「彼女が何を言おうとしても、私が先に『歓迎』してしまえば、フェリックス殿下の筋書きは崩れますわ」

「しかし、殿下」

「それだけではありませんの」

 殿下は、二本目の指を立てた。

「彼女の借金を、帝国が肩代わりします」

「借金を?」

「ええ。その場で、陛下に宣言していただきますの。『この女性は、帝国の賓客である。その負債は、余が引き受ける』と」

 私の頭が、追いつかなかった。

「そうすれば、彼女はフェリックス殿下の駒ではなくなりますわ」

 殿下は、微笑んだ。

「むしろ、帝国に恩義を感じる存在になる。そして、アルベルトの悪行を証言する『味方』に変わるのです」

「殿下」

「敵が用意した武器を、そのまま奪い取る。それが、一番効率的ですわ」

 私は、震えを覚えた。

 この方は、本当に恐ろしい。

 しかし、同時に。

 美しかった。

「ハインリヒ様」

「はい」

「陛下には、まだ内緒にしておいてくださいませ」

「なぜでしょうか」

「陛下が知れば、今夜中にフェリックス殿下を凍らせてしまいますもの」

 殿下は、困ったように笑った。

「明日の式典が、台無になりますわ」

 私は、深く頷いた。

「……承知いたしました」

「ありがとうございます」

 殿下は、立ち上がった。

「では、私は陛下のもとへ戻りますわね」

「殿下」

「はい?」

「……明日は、きっと素晴らしい日になります」

 殿下の目が、ふっと和らいだ。

「ええ。そうなるように、いたしますわ」

-----

【音声ログ014-C 帝国宮殿 客室棟 同日 午後9:00】

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送信元:不明
音声品質:良好
配信範囲:極秘

-----

    (音声開始)

 扉が閉まる音。
 結界が張られる気配。

「殿下、お戻りですか」

 側近の声。

「ああ」

 フェリックスの声には、複雑な響きがあった。

「前夜祭は、いかがでしたか」

「興味深かった」

 足音が、窓際へ移動する。

「彼女は、僕の提案を受け入れた」

「それは、良かったです」

「いや」

 窓を開ける音。
 冷たい夜風が入り込む気配。

「良くない」

「殿下?」

「あの女は、笑っていた」

 フェリックスの声が、低くなった。

「僕の提案を聞いて、むしろ喜んでいた。『素敵なサプライズになりそう』と」

「それは」

「つまり、僕の策は既に読まれている」

 間が生まれた。

「彼女は、僕が用意した駒を、そのまま奪い取るつもりだ」

「どのようにでしょうか」

「分からない。だが、分かっていることが一つある」

 窓を閉める音。

「僕は、彼女に勝てない」

 側近が、息を飲む気配。

「殿下」

「いや、違うな」

 フェリックスの声に、笑いが混じった。

「勝てないのではない。勝つ気がないのかもしれない」

「殿下、何を」

「僕は、何のためにこんなことをしているんだろう」

 足音が、部屋を横切る。

「最初は、帝国との交渉材料を得るためだった。彼女の弱みを握り、有利な条件を引き出す」

「はい」

「しかし、今は違う」

 椅子に座る音。

「彼女と戦うこと自体が、楽しくなってしまった」

「殿下」

「おかしな話だ。僕は、負けると分かっている戦いを、わざわざ仕掛けている」

 低い笑い声。

「まるで、蛾が火に向かうようだな」

「殿下、危険です」

「分かっている」

 グラスを置く音。

「だから、明日で終わりにする」

「終わり、ですか」

「ああ。明日の策が失敗したら、僕は潔く負けを認める」

「しかし」

「そして、彼女に正式に謝罪する」

 側近が、驚く気配。

「殿下、それは」

「フローレンスの王位継承者として、帝国皇后に謝罪する。これまでの非礼を詫び、友好関係を築くことを誓う」

「国王陛下は」

「兄を支持していたのは、父上の取り巻きだ。彼らは、既に力を失っている」

 フェリックスの声が、冷静になった。

「フローレンスには、帝国との対立を続ける余力がない。賢い選択をするなら、今だ」

「殿下」

「僕は、最後に一つだけ試したいことがある」

「何でしょうか」

「彼女の『本気』を見たい」

 グラスを傾ける音。

「僕の策を、彼女がどう潰すか。その瞬間を、この目で見届けたい」

「殿下」

「それで満足だ。負けても、悔いはない」

 窓を開ける音。

「さて、明日に備えて休むか」

「おやすみなさいませ、殿下」

「ああ。おやすみ」

    (音声終了)

-----

【映像ログ014-D 帝国宮殿 皇帝寝室 同日 午後11:00】

-----

送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:暗い
配信範囲:極秘

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    (映像開始)

 皇帝寝室。

 暖炉の火が、揺らめいている。

 大きな寝台に、二つの影があった。

「本来なら、別々に過ごすべきなのでしょうね」

 ティアラの声が、響いた。

「結婚式の前夜は」

「知らぬ」

 ジークハルトの声は、素っ気なかった。

「余は、お前と離れたくない」

「陛下」

「明日は、世界中が余たちを見る」

 彼の腕が、ティアラを抱き寄せた。

「だから、今夜くらいは二人きりでいたい」

「……はい」

 ティアラは、彼の胸に顔を埋めた。

「陛下」

「何だ」

「緊張なさっていますか」

「……少し」

 ジークハルトの声が、珍しく正直だった。

「誓いの言葉を、噛まないか心配だ」

「リハーサルでは、三回噛みましたわね」

「うるさい」

 ティアラが、くすくすと笑った。

「大丈夫ですわ」

「なぜ分かる」

「私がいますもの」

 彼女は、彼を見上げた。

「私の顔だけを見ていてください。そうすれば、きっと大丈夫」

「……そうか」

 ジークハルトは、彼女の髪を撫でた。

「ティアラ」

「はい」

「明日、何か起きるのか」

 ティアラの身体が、わずかに硬くなった。

「なぜ、そう思われますの」

「お前が、ハインリヒと話していたからだ」

「見ていらしたのですか」

「余の目は、お前しか見ておらぬ」

 ジークハルトは、彼女の頬に触れた。

「何か隠しているな」

「……はい」

「教えてくれぬか」

「陛下が知れば、フェリックスを凍らせてしまいますわ」

「当然だ」

「ですから、内緒ですの」

 ティアラは、穏やかに目を細めた。

「でも、一つだけお約束いたしますわ」

「何を」

「明日、何が起きても、私たちは幸せになります」

 彼女は、彼の手を握った。

「フェリックス殿下が何を仕掛けてきても、私が対処いたしますわ。陛下は、私を信じてくださいませ」

「……信じている」

 ジークハルトは、深く息を吐いた。

「お前のことなら、何でも信じる」

「ありがとうございます」

「しかし」

 彼の目が、鋭くなった。

「もし、お前が傷つけられそうになったら」

「はい」

「余は、何があっても守る」

 彼女は、静かに頷いた。

「分かっておりますわ」

「共に戦うのだろう?」

「ええ」

 ティアラは、彼の胸に顔を戻した。

「共に戦い、共に勝ちましょう」

 暖炉の火が、パチリと音を立てた。

「おやすみなさいませ、私の陛下」

「ああ。おやすみ、余の妻」

 窓の外では、雪が降り始めていた。

 ダイヤモンドダストのように、細かく、美しく。

 まるで、明日を祝福するかのように。

    (映像終了)

-----

【極秘ログ──送信者不明】

-----

記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第二の月 7日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]

-----

    (音声のみ)

 香を焚く音。
 甘い煙が、立ち上る気配。

「明日ですわね」

 女の声。
 夜に溶けるような呟き。

「ついに、この日が来ました」

 衣擦れの音。
 窓辺に立つ気配。

「フェリックス殿下の策は、もう見えています」

 小さな笑い声。

「『被害者』を連れてきて、私の冷酷さを暴こうとしている。でも」

 香が、パチリと弾ける音。

「私は、その『被害者』を救い出しますわ」

 足音が、ゆっくりと移動する。

「アルベルトに捨てられた女性。借金で縛られ、フェリックス殿下の駒にされた哀れな方」

 窓を開ける音。
 冷たい夜風と共に、雪の匂いが入り込む気配。

「彼女を解放し、私の味方にする。フェリックス殿下の武器を、そのまま奪い取りますわ」

 息をつく音。

「そして、世界中の人々に見せてあげますの」

 女の声が、冷たくなった。

「私が、どれほど『慈悲深い』皇后か」

 喉の奥で笑いを漏らす気配。

「フェリックス殿下。明日は、楽しみましょうね」

 窓を閉める音。

「私の舞台に、ようこそ」

 別の部屋に入る気配。

「陛下」

 女の声が、柔らかくなった。

「まだ起きていらっしゃいましたか」

「待っておった」

 低い男の声。
 穏やかな響き。

「お前がいないと、眠れぬ」

「まあ」

 布団に潜り込む気配。

「陛下、明日は大事な日ですわよ。早くお休みにならないと」

「分かっている」

 衣擦れの音。
 抱き寄せる気配。

「しかし、まだ言っておくことがある」

「何ですか」

「明日、世界中がお前を見る」

 男の声が、低くなった。

「しかし、余だけがお前を抱きしめられる」

「陛下」

「それが、余の誇りだ」

 女の唇が、弧を描く気配。

「私も、同じですわ」

「うむ」

「明日は、最高の日になります」

「ああ」

 静かな笑い声。

「おやすみなさいませ、私の陛下」

「ああ。おやすみ、余の妻」

    (ログ終了)
    (このファイルは自動消去されました)

-----

【次回予告】

ついに、運命の結婚式。

「皇帝陛下、皇后殿下。ご入場です」

世界中が見守る中、二人は祭壇へと歩み出す。

しかし、式の最中に「招かれざる客」が現れる。

「お、お願いです……! 私の話を聞いてください……!」

泣き崩れる女性。
困惑する招待客たち。
そして、勝利を確信するフェリックスの微笑み。

だが。

「ようこそ、いらっしゃいませ」

ティアラは、その女性を抱きしめた。

「貴女は、私の大切な客人ですわ」

フェリックス「……何を」
ジークハルト「この女性の負債は、余が引き受ける」
招待客たち「おおおお!」

フェリックスの策が、完全に裏目に出る。

ティアラ「敵の武器は、奪うものですわ」
フェリックス「……完敗だ」
ジークハルト「余の妻を侮ったな」

そして、誓いのくちづけ。

第15話「結婚式と逆転は、記録されていた」

-----

【おまけ:帝国宮殿 大厨房 同日 深夜】

-----

 深夜の大厨房。

 5メートルのケーキが、月明かりの中で鎮座していた。

 その前に、二つの影があった。

 財務大臣と、料理長だ。

「……明日、これを運ぶのですね」

 財務大臣が、呟いた。

「はい」

 料理長が、頷いた。

「壁を透過させて」

「はい」

「陛下の魔力で」

「はい」

 二人は、ケーキを見上げた。

「……成功すると思いますか」

「分かりません」

「ですよね」

 財務大臣は、溜息をついた。

「しかし、一つだけ確かなことがあります」

「何ですか」

「このケーキが無事に会場に届いたら」

 財務大臣は、懐から瓶を取り出した。

「私は、この胃薬を飲み干します」

「それは、お祝いですか」

「安堵です」

 料理長は、ゆっくりと頷いた。

「私もいただけますか」

「もちろん」

 二人は、ケーキを見上げた。

「……明日が、無事に終わりますように」

「ええ」

 ケーキは、沈黙を守っていた。

 当然だ。
 まだ凍っているのだから。
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