15 / 22
結婚式と逆転は、記録されていた
しおりを挟む
【帝国宮廷官報 帝国歴四〇三年 冬 第二の月 8日】
-----
本日、皇帝陛下・皇后殿下の結婚式典を執り行います。
各国代表の皆様におかれましては、入場時より「愛の防御具」の着用を義務とさせていただきます。
これは推奨ではなく、義務です。
昨日のリハーサルにおいて、陛下の足元から半径3メートルに霜が発生する現象が確認されました。
本日の式典では、より強い魔力反応が予測されます。
ご理解とご協力をお願いいたします。
なお、式典中に発生した凍結、失明、心臓発作等につきましては、帝国は一切の責任を負いかねます。
帝国宮廷府
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午前10:00】
-----
ついに、この日が来た。
帝国歴四〇三年、冬、第二の月、8日。
皇帝陛下と皇后殿下の、結婚式。
私は、大広間の片隅で記録を取っていた。
会場には、各国の要人が整列している。
全員が、黒眼鏡を着用していた。
ネルヴァス商業連合の代表、マルクス。
闇国の使節団。
周辺諸国の大使たち。
一人残らず、黒眼鏡。
昨日の前夜祭よりも、さらに異様な光景だった。
なぜなら、全員が正装なのだ。
豪華なドレス。
煌びやかな勲章。
そして、黒眼鏡。
まるで、裏社会の幹部会議のようだった。
しかし、誰も気にしていない。
全員が、真剣な表情で祭壇を見つめている。
歴史的瞬間を見届けるために。
そして、正気を保つために。
「殿下のご入場です」
司会の声が響いた。
大広間の扉が、ゆっくりと開く。
その瞬間。
息を呑む音が、会場を包んだ。
-----
【映像ログ015-A 帝国宮殿 大広間 同日 午前10:30】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好(光量過多のため一部補正)
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
大広間の入り口。
光が、溢れ出していた。
ダイヤモンドダストを織り込んだドレス。
朝日を受けて、無数の星が瞬いている。
ティアラが、一歩を踏み出した。
その瞬間、会場全体がざわめいた。
「美しい」
誰かが、呟いた。
「なんという」
別の誰かが、言葉を失った。
蜂蜜色の髪が、光の中で揺れている。
翠色の瞳が、真っ直ぐに前を見つめている。
彼女の唇が、弧を描いていた。
穏やかに。
優雅に。
完璧に。
花嫁の道を歩くたびに、ドレスが光を放つ。
まるで、星空を纏った女神のようだった。
そして、祭壇には。
ジークハルトが、立っていた。
彼の目が、ティアラだけを見つめている。
その足元には。
霜が、広がっていた。
「陛下」
隣に立つ神官が、小声で囁いた。
「祭壇が、凍っております」
「知っている」
ジークハルトの声は、低かった。
「止められぬ」
一歩、ティアラが近づくたびに。
霜が、厚くなっていく。
パキン。
パキン。
パキン。
氷の結晶が、階段を這い上がる。
しかし、ティアラは止まらなかった。
凍った床を、優雅に踏みしめて。
一歩、また一歩。
彼女のドレスの裾が、氷の上を滑る。
星屑と氷の結晶が、混ざり合う。
まるで、冬の夜空を歩いているかのようだった。
「ティアラ」
ジークハルトが、手を差し伸べた。
「お前が来た」
「ええ」
彼女は、その手を取った。
「参りましたわ、私の陛下」
二人の手が、重なった瞬間。
会場の温度が、さらに下がった。
招待客たちの吐く息が、白く染まる。
しかし、誰も寒さを感じていなかった。
心だけが、熱くなっていたからだ。
(画面隅に小窓が現れる:記録官が「眩しい」と呟いている)
-----
【映像ログ015-B 大広間 式典進行中 同日 午前11:00】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
祭壇。
神官が、厳かに式次第を読み上げている。
「皇帝ジークハルト・フォン・ヴァルトシュタイン陛下」
「うむ」
「ティアラ殿下を、生涯の伴侶として迎え入れることを誓いますか」
ジークハルトが、深く息を吸った。
彼の目が、ティアラを見つめる。
「誓う」
その声は、低く、深く、揺るぎなかった。
「余は、この女性を生涯愛し、守り、幸せにすることを誓う」
会場が、静まり返った。
「たとえ世界が敵に回ろうとも」
ジークハルトの声が、響く。
「余は、この女性の味方であり続ける」
足元の霜が、さらに広がった。
「それが、余の誓いだ」
神官が、頷いた。
「では、ティアラ殿下」
「はい」
「皇帝陛下を、生涯の伴侶として受け入れることを誓いますか」
ティアラが、静かに目を細めた。
「誓いますわ」
その声は、澄んでいた。
「私は、この方を生涯愛し、支え、共に歩むことを誓います」
彼女は、ジークハルトの手を握り締めた。
「たとえ、何が起きても」
「私は、この方の隣にいます」
会場から、すすり泣く声が聞こえた。
黒眼鏡の奥で、涙を流している者がいた。
「では、指輪の交換を」
神官が、指輪を差し出した。
ジークハルトが、それを受け取る。
その手が、わずかに震えていた。
「陛下」
ティアラが、小声で囁いた。
「深呼吸ですわ」
「……うむ」
ジークハルトは、目を閉じた。
深く息を吸い、吐き出す。
そして、ゆっくりと。
彼女の薬指に、指輪を嵌めた。
銀色の環が、彼女の指に収まる。
次は、ティアラの番だった。
彼女は、指輪を受け取り。
彼の手を、そっと持ち上げた。
「陛下」
「何だ」
「この指輪は、私の心ですわ」
彼女の瞳が、優しく光った。
「どうか、受け取ってくださいませ」
指輪が、彼の指に嵌まった。
その瞬間。
会場の扉が、勢いよく開いた。
(映像が揺れる)
-----
【映像ログ015-C 大広間 混乱 同日 午前11:15】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:不安定(急な動きあり)
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
「お、お願いです!」
女の声が、会場に響いた。
「私の話を、聞いてください!」
招待客たちが、一斉に振り返る。
扉の前に、一人の女性が立っていた。
ボロボロのドレス。
乱れた髪。
涙に濡れた頬。
彼女は、よろめきながら前に進んだ。
「お願いです……!」
警備兵が、彼女を止めようとする。
しかし、彼女は叫んだ。
「皇后殿下! 私は、アルベルト王子に捨てられた女です!」
会場が、ざわめいた。
「何だと」
「アルベルトの元婚約者候補か」
「なぜ、この場に」
招待客たちが、囁き合う。
その中で。
フェリックスが、静かに微笑んでいた。
計算通りの展開。
彼女が皇后に何を言おうとも、ティアラは窮地に立たされる。
冷たくあしらえば、「冷酷な悪女」。
受け入れれば、式の進行は台無し。
どちらを選んでも、フェリックスの勝利だった。
「殿下」
女性が、祭壇に向かって歩いてきた。
「お願いです……私を、許してください……!」
彼女は、ティアラの前で膝をついた。
「私は、何も悪いことをしていないのに……アルベルト様に捨てられて……身を持ち崩して……」
涙が、彼女の頬を伝う。
「貴女だけが、幸せになるなんて……許せない……許せないの……!」
会場が、息を飲んだ。
フェリックスは、じっとティアラを見つめていた。
さあ、どうする。
この哀れな女性を、どう扱う。
しかし。
ティアラは、動かなかった。
いや。
動いた。
彼女は、祭壇を降りた。
凍った階段を、優雅に歩いて。
女性の前に、立った。
「よく来てくださいました」
ティアラは、女性を抱きしめた。
「え……」
女性が、目を見開いた。
「貴女は、私の大切な客人ですわ」
ティアラの声は、穏やかだった。
「よく、ここまで来てくださいました」
会場が、静まり返った。
「殿下……?」
「貴女は、何も悪くありませんわ」
ティアラは、女性の肩を抱いた。
「アルベルトに人生を狂わされた、哀れな被害者。私と同じですわ」
「私と……同じ……?」
「ええ」
ティアラの表情が、柔らかくなった。
「私も、彼に人生を壊されそうになりました。貴女の気持ちは、痛いほど分かりますわ」
女性の目から、新たな涙が溢れた。
「でも……私は、貴女を傷つけようとして……」
「傷ついてなどおりませんわ」
ティアラは、首を横に振った。
「むしろ、感謝しております」
「感謝……?」
「ええ」
ティアラは、フェリックスの方を向いた。
そして、満面の笑みを浮かべた。
「フェリックス殿下」
名前を呼ばれ、フェリックスの表情がわずかに変わった。
「ありがとうございます」
「……何のことでしょうか」
「この方を、保護してくださっていたのでしょう?」
ティアラの目が、優しく輝いた。
「兄上の罪を償うために。この哀れな方を救い出すために。あえてこの場に連れてきてくださった」
会場が、ざわめいた。
「ご自分の評判を落とす覚悟で、彼女を救おうとなさった」
ティアラは、深々と頭を下げた。
「なんと、慈悲深い方でしょう」
フェリックスの目が、見開かれた。
「……は?」
彼の計算が、音を立てて崩れていく。
「殿下、お待ちになって」
「フェリックス殿下は、アルベルトとは違いますわ」
ティアラは、招待客たちに向き直った。
「兄の犯した罪を、弟が償おうとしている。なんと立派な心がけでしょう」
「おお」
招待客の一人が、感嘆の声を上げた。
「確かに」
別の誰かが、頷いた。
「アルベルト王子とは、大違いだ」
「さすがは、新しい王位継承者」
「フローレンスの未来は明るいな」
称賛の声が、フェリックスに向けられた。
彼は、呆然と立ち尽くしていた。
ティアラの視線が、彼を捉える。
その目の奥に、何かが光っていた。
勝利の光。
そして、もう一つ。
慈悲の光。
「フェリックス殿下」
ティアラは、静かに言った。
「この方の借金は、いくらですか」
「……三千金貨です」
フェリックスは、乾いた声で答えた。
「それほどですか」
ティアラは、祭壇の上のジークハルトを見上げた。
「陛下」
「うむ」
ジークハルトが、一歩前に出た。
彼の声が、会場に響いた。
「この女性は、帝国の賓客である」
威厳に満ちた声だった。
「その負債は、余が引き受ける」
会場が、どよめいた。
「おおおお!」
「なんという寛大さ!」
「これぞ、帝国の威光!」
拍手が、鳴り響いた。
女性は、信じられないという顔でティアラを見上げた。
「殿下……本当に……?」
「ええ」
ティアラは、彼女の手を握った。
「貴女は、もう誰の駒でもありませんわ」
女性の目から、涙が溢れた。
今度は、悲しみの涙ではなかった。
「ありがとう……ございます……!」
彼女は、ティアラの足元にひれ伏した。
「皇后様……! なんと……なんとお優しい……!」
「顔を上げてくださいませ」
ティアラは、彼女を立たせた。
「これからは、帝国で新しい人生を始めましょう。貴女には、その資格がありますわ」
女性は、何度も頷いた。
涙を拭いながら、何度も、何度も。
(映像が安定する)
-----
【映像ログ015-D 大広間 式典再開 同日 午前11:30】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
祭壇。
式典が、再開されていた。
女性は、ハインリヒに付き添われて席に案内された。
彼女の顔には、まだ涙の跡が残っていた。
しかし、その目には希望が宿っていた。
「フェリックス殿下」
ティアラが、彼の方を見た。
「この場にお越しいただき、ありがとうございました」
フェリックスは、しばらく沈黙していた。
そして。
彼は、静かに笑った。
「……完敗だ」
その声は、どこか晴れやかだった。
「貴女の慈悲には、敵いません」
彼は、祭壇の前に進み出た。
そして、片膝をついた。
「皇帝陛下、皇后殿下」
会場が、静まり返った。
「フローレンス王国第二王子、フェリックスとして申し上げます」
彼の声は、はっきりとしていた。
「これまでの非礼を、心よりお詫び申し上げます」
ざわめきが、広がった。
「私は、貴女方を試そうとしました。その浅はかさを、恥じております」
フェリックスは、頭を下げた。
「しかし、今日、私は理解しました」
「何を理解したのですか」
ティアラが、穏やかに尋ねた。
「貴女は、敵を倒すのではなく、救うのですね」
フェリックスは、顔を上げた。
「私の策を、そのまま『善意』に変えてしまった。私を、『悪役』ではなく『協力者』にしてしまった」
彼は、苦笑した。
「……参りました」
そして、静かに頭を振った。
「見事です。これほど鮮やかな逆転は、初めて見ました」
「あら」
ティアラは、首を傾げた。
「私は、ただ結婚式を最高のものにしたかっただけですわ」
「ええ、分かっております」
フェリックスは、立ち上がった。
「だからこそ、私は正式に提案いたします」
彼は、ジークハルトに向き直った。
「フローレンス王国と、ヴァルトシュタイン帝国の同盟を」
会場が、どよめいた。
「兄の失態により、両国の関係は悪化しました。それを修復するのは、私の責務です」
「同盟、か」
ジークハルトが、低く言った。
「余は、お前を信用できるのか」
「正直に申し上げます」
フェリックスは、真っ直ぐに皇帝を見た。
「私は、今日まで貴方の妻を試し続けていました。その愚かさを、恥じております」
会場が、息を呑んだ。
「しかし、私は負けました。完膚なきまでに」
彼は、わずかに笑った。
「そして、悟りました。彼女を敵に回すより、味方につけた方が賢明だと」
「それは、損得勘定か」
「もちろんです」
フェリックスは、頷いた。
「私は、感情で動く人間ではありません。利益を重視します」
しかし、と彼は続けた。
「今日、私は一つだけ感情で動きました」
「何だ」
「彼女の『本気』を見たかったのです」
フェリックスの目が、ティアラを見た。
「そして、見届けました。私の策を、どう潰すか。その瞬間を」
彼は、深く息を吐いた。
「満足です。悔いはありません」
沈黙が、会場を包んだ。
ジークハルトが、口を開いた。
「フェリックス」
「はい」
「お前は、正直な男だな」
「そう、でしょうか」
「敵としては厄介だが、味方としては心強い」
ジークハルトは、ティアラを見た。
「どう思う」
「私は」
ティアラは、穏やかに頷いた。
「フェリックス殿下を、信用いたしますわ」
「なぜだ」
「だって」
彼女は、フェリックスに向き直った。
「彼は、正々堂々と負けを認めましたもの。そういう方は、信頼に値しますわ」
フェリックスの目が、わずかに見開かれた。
「……感謝します」
「いいえ」
ティアラは、手を差し出した。
「これからは、良き隣人として。よろしくお願いいたしますわ、フェリックス殿下」
フェリックスは、その手を取った。
「こちらこそ」
彼は、静かに頭を下げた。
「末永く、お幸せに」
その言葉は、心からのものだった。
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【神回】結婚式、神演出の連続で伝説へ
1:名無しの帝国民
今日の式典見たか
2:名無しの帝国民
見た
3:名無しの帝国民
やばかった
4:名無しの帝国民
何がやばかったって全部やばかった
5:名無しの帝国民
まず皇后様のドレス
6:名無しの帝国民
星空を纏ってた
7:名無しの帝国民
眩しすぎて黒眼鏡しててもギリギリだった
8:名無しの帝国民
あれダイヤモンドダストだろ
9:名無しの帝国民
凍らせた宝石を織り込んでるらしい
10:名無しの帝国民
陛下の魔力で
11:名無しの帝国民
愛が服になってて草
12:名無しの帝国民
物理的に愛を纏ってる
13:名無しの帝国民
陛下、緊張で祭壇凍らせてたな
14:名無しの帝国民
>>13
見た
15:名無しの帝国民
一歩歩くごとにパキパキいってた
16:名無しの帝国民
皇后様があの凍った床を優雅に歩いてたのすごい
17:名無しの帝国民
滑らないのかな
18:名無しの帝国民
>>17
魔法の靴らしい
19:名無しの帝国民
準備万端かよ
20:名無しの帝国民
陛下の緊張は計算済み
-----
【フェリックス王子、ただの善人だった件】
21:名無しの帝国民
フェリックスの評価爆上がりしてるんだが
22:名無しの帝国民
>>21
何があった
23:名無しの帝国民
アルベルトの元婚約者候補を保護してたらしい
24:名無しの帝国民
マジ?
25:名無しの帝国民
式典に連れてきて、皇后様に救ってもらう算段だったって
26:名無しの帝国民
兄の罪を弟が償おうとしてたのか
27:名無しの帝国民
アルベルトとは大違いだな
28:名無しの帝国民
アルベルトはクズ
29:名無しの帝国民
フェリックスはいい奴
30:名無しの帝国民
同じ血とは思えない
31:名無しの帝国民
皇后様がフェリックスに感謝してたのが印象的だった
32:名無しの帝国民
「なんと慈悲深い方でしょう」って
33:名無しの帝国民
あれ聞いて俺も泣いた
34:名無しの帝国民
フェリックス、最後は同盟申し出てたな
35:名無しの帝国民
帝国と友好関係築くって
36:名無しの帝国民
これでフローレンスも安泰だな
37:名無しの帝国民
アルベルトが消えて良かった
38:名無しの帝国民
>>37
「隠遁」な
39:名無しの帝国民
はいはい隠遁隠遁
40:名無しの帝国民
詳しくは聞かない
-----
【陛下、誓いのキスまだ?】
41:名無しの帝国民
誓いのキスはまだなのか
42:名無しの帝国民
ハプニングで中断してたからな
43:名無しの帝国民
これから再開するらしい
44:名無しの帝国民
黒眼鏡の準備は万全か
45:名無しの帝国民
もちろん
46:名無しの帝国民
予備も持ってきた
47:名無しの帝国民
失明覚悟
48:名無しの帝国民
でも見届けたい
49:名無しの帝国民
歴史的瞬間だからな
50:名無しの帝国民
愛の爆発を目撃する
-----
【映像ログ015-E 大広間 誓いのくちづけ 同日 正午】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:過剰光量により一部白飛び
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
祭壇。
神官が、厳かに宣言した。
「皇帝陛下、皇后殿下」
二人は、向かい合っていた。
「ここに、永遠の契りを交わされました」
ジークハルトの手が、ティアラの頬に触れた。
「では、誓いのくちづけを」
会場が、息を止めた。
「ティアラ」
「はい」
「お前は、余のものだ」
「ええ」
ティアラの目が、温かく輝いた。
「私は、貴方のものですわ」
「そして、余は」
ジークハルトの声が、低くなった。
「お前のものだ」
彼女の目が、わずかに潤んだ。
「……陛下」
「永遠に」
ジークハルトは、彼女の顔を両手で包んだ。
「余は、お前だけを愛する」
そして。
彼は、彼女の唇に口づけた。
その瞬間。
光が、弾けた。
祭壇を覆っていた霜が、一斉に輝き始める。
氷の結晶が、光を反射して。
虹色の光が、会場全体を包み込んだ。
ダイヤモンドダストが、舞い上がる。
ティアラのドレスと、祭壇の霜が、共鳴していた。
まるで、星空の中で二人がキスをしているようだった。
「うわあああ!」
招待客の一人が、叫んだ。
「眩しい!」
「黒眼鏡が!」
「追加の黒眼鏡を!」
混乱が、広がった。
しかし、誰も目を逸らさなかった。
あまりにも美しかったからだ。
二人のくちづけは、長く、深く続いた。
永遠を誓うかのように。
やがて。
二人が、唇を離した。
光が、ゆっくりと収まっていく。
しかし、会場には虹色の残光が漂っていた。
ダイヤモンドダストが、祝福のように降り注いでいた。
「皇帝陛下、皇后殿下」
神官が、震える声で宣言した。
「ここに、婚姻の成立を宣言いたします」
拍手が、鳴り響いた。
歓声が、上がった。
そして、鐘が。
帝都中の鐘が、一斉に鳴り始めた。
「おめでとうございます!」
「皇帝陛下万歳!」
「皇后殿下万歳!」
声が、重なり合う。
ジークハルトは、ティアラの手を取った。
「行くぞ」
「はい」
「余の妻よ」
ティアラは、彼に寄り添った。
「私の陛下」
二人は、花嫁の道を歩き始めた。
今度は、来た道を逆に。
新しい人生へ向かって。
(映像終了)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後2:00】
-----
式典が、終わった。
私は、控え室で一息ついていた。
胃が、痛い。
しかし、それは悪い痛みではなかった。
全てが、うまくいった。
フェリックス殿下の策は、完全に裏目に出た。
いや、裏目というより。
殿下自身が認めていた。
「完敗」だと。
しかし、不思議なことに。
彼は、満足そうだった。
負けることを、楽しんでいるようにさえ見えた。
私には、理解できない。
しかし、結果は良かった。
フローレンスとの同盟。
アルベルトの被害者の救済。
そして、何より。
陛下と殿下の、幸せそうな顔。
それだけで、十分だ。
「ハインリヒ様」
声をかけられ、振り返った。
フェリックス殿下が、立っていた。
「殿下」
「少し、話してもよろしいですか」
「もちろんです」
私は、椅子を勧めた。
フェリックス殿下は、ゆっくりと腰を下ろした。
「今日は、大変でしたね」
「ええ、まあ」
「特に、貴方は」
殿下は、わずかに笑った。
「私の策に、振り回されたでしょう」
「……殿下」
「謝罪します」
彼は、頭を下げた。
「貴方にも、迷惑をかけました」
「いえ」
私は、首を横に振った。
「結果的に、良い方向に収まりました」
「そうですね」
殿下は、窓の外を見た。
「私は、彼女に救われました」
「救われた、ですか」
「ええ」
彼の目が、遠くを見つめていた。
「兄の尻拭いをするだけの道化になるところを、英雄にしてくれた」
「殿下」
「正直に言います」
フェリックス殿下は、私に向き直った。
「私は、彼女を試していました。彼女の弱みを握り、交渉材料にしようとしていた」
「……存じております」
「ええ、分かっています。貴方は、彼女の共犯者だ」
私は、言葉を失った。
「でも、大丈夫です」
殿下は、肩の力を抜いて笑った。
「私は、もう彼女の敵ではありません」
「本当に、ですか」
「ええ」
彼は、立ち上がった。
「今日から、私は彼女の味方です」
その言葉には、偽りがなかった。
私には、分かった。
「殿下」
「はい」
「……末永く、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
フェリックス殿下は、部屋を出ていった。
私は、しばらくその背中を見つめていた。
不思議な男だ。
敵として現れ、味方として去っていった。
しかし、一つだけ確かなことがある。
殿下もまた、彼女に魅了されたのだ。
あの、恐ろしくて美しい女性に。
-----
【映像ログ015-F 大広間 披露宴 同日 午後3:00】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
大広間。
披露宴が、始まっていた。
テーブルには、豪華な料理が並んでいる。
そして、会場の中央には。
5メートルのウェディングケーキが、鎮座していた。
「どうやって運んだんだ、あれ」
マルクスが、呆然と呟いた。
「壁を透過させました」
財務大臣が、疲れた声で答えた。
「陛下の魔力で」
「壁を透過?」
「はい。氷の結晶構造を応用して、物質の境界を曖昧にする技術です」
「……帝国は、恐ろしいところだな」
マルクスは、ケーキを見上げた。
「あのケーキ、まだ凍ってないか?」
「凍っております」
「食べられるのか?」
「食品用の永久凍結です。口に入れると溶けます」
「……そうか」
マルクスは、黒眼鏡を直した。
「まあ、いい。美味ければ」
会場の中央で、ジークハルトとティアラがケーキを切っていた。
二人の手が、一緒にナイフを握っている。
「陛下」
「何だ」
「ケーキが、凍りすぎていますわ」
「余が凍らせたのではない」
「分かっておりますわ」
ティアラは、くすりと笑った。
「でも、ナイフが入りませんわ」
「……少し待て」
ジークハルトが、手を翳した。
ケーキの表面の氷が、わずかに溶けた。
「今だ」
二人は、一緒にナイフを入れた。
サクリと、音がした。
招待客から、拍手が起きた。
「見事だ!」
「さすが、陛下!」
「自分で凍らせて自分で溶かすのか」
「効率的だな」
ケーキが、切り分けられていく。
最初の一切れは、新婚夫婦へ。
「ティアラ」
「はい」
「口を開けろ」
「え?」
「あーんだ」
会場が、ざわめいた。
「陛下!?」
「人前でそれは!」
「でも見たい!」
ティアラは、頬を染めながら口を開けた。
「あ、あーん」
ジークハルトが、ケーキを口に運んだ。
彼女が、それを受け取る。
「美味しいですわ」
「そうか」
「陛下も、どうぞ」
今度は、ティアラがフォークを持った。
「あーん」
ジークハルトが、黙って口を開けた。
ケーキが、彼の口に入る。
彼は、ゆっくりと咀嚼した。
「……甘いな」
「ケーキですもの」
「違う」
ジークハルトは、彼女を見つめた。
「お前が、甘い」
会場が、悲鳴を上げた。
「駄目だ!」
「黒眼鏡が!」
「追加の黒眼鏡を!」
「もうない!」
「誰か! 誰か黒眼鏡を!」
混乱が、広がった。
しかし、誰も本気で困ってはいなかった。
全員が、幸せそうに笑っていたからだ。
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【速報】陛下「お前が甘い」で会場壊滅
51:名無しの帝国民
もう無理
52:名無しの帝国民
死んだ
53:名無しの帝国民
黒眼鏡が足りない
54:名無しの帝国民
帝国の黒眼鏡生産追いつかない説
55:名無しの帝国民
ケーキ入刀で「あーん」は反則
56:名無しの帝国民
あれ全世界配信だったんだぞ
57:名無しの帝国民
各国の要人が黒眼鏡で「あーん」見てるの想像したら草
58:名無しの帝国民
闇国の使節団も見てたんだろ
59:名無しの帝国民
>>58
闇国が明るくなってしまう
60:名無しの帝国民
それはまずい
61:名無しの帝国民
「お前が甘い」で何人失明したんだ
62:名無しの帝国民
数え切れない
63:名無しの帝国民
帝国の医療費増大
64:名無しの帝国民
でも経済は潤う
65:名無しの帝国民
黒眼鏡特需
66:名無しの帝国民
製造業者大喜び
67:名無しの帝国民
結論:陛下の愛は経済を回す
68:名無しの帝国民
これが帝国の強さか
69:名無しの帝国民
愛で国が豊かになる
70:名無しの帝国民
最強夫婦だな
-----
【元婚約者候補の女性、帝国で新生活へ】
71:名無しの帝国民
あの女性どうなったんだ
72:名無しの帝国民
帝国が借金全部払ったらしい
73:名無しの帝国民
三千金貨だっけ
74:名無しの帝国民
陛下にとっては端金
75:名無しの帝国民
帝国で仕事も紹介されるって
76:名無しの帝国民
良かったな
77:名無しの帝国民
アルベルトに人生壊されかけたのに
78:名無しの帝国民
皇后様に救われた
79:名無しの帝国民
これが本当の慈悲だよな
80:名無しの帝国民
フェリックス王子が連れてきたんだっけ
81:名無しの帝国民
>>80
らしい
82:名無しの帝国民
兄の罪を償おうとしてたのか
83:名無しの帝国民
良い奴じゃん
84:名無しの帝国民
アルベルトとは大違い
85:名無しの帝国民
フローレンスの未来は明るい
86:名無しの帝国民
同盟も結んだしな
87:名無しの帝国民
帝国とフローレンスが仲良くなるなんて
88:名無しの帝国民
皇后様のおかげだな
89:名無しの帝国民
世界平和をもたらす女
90:名無しの帝国民
最強
-----
【極秘ログ──送信者不明】
-----
記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第二の月 8日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
-----
(音声のみ)
グラスを置く音。
琥珀色の液体が揺れる気配。
「終わりましたわね」
女の声。
満足げな響き。
「フェリックス殿下は、完全に私たちの味方になりました」
椅子が軋む音。
窓辺に移動する気配。
「彼を『悪役』にするのは簡単でしたわ。でも、それでは意味がありませんの」
窓を開ける音。
夜風が入り込む気配。
「敵を倒しても、また新しい敵が現れる。それでは、きりがありませんもの」
息をつく音。
「だから、敵を味方に変えるのですわ」
女の声が、冷たくなった。
「フェリックス殿下は、もう私に逆らえない。私に『善人』の烙印を押されてしまいましたから」
くすりと笑う気配。
「彼が私を裏切れば、世界中が彼を非難する。『皇后様を裏切った恩知らず』として」
グラスを傾ける音。
「これで、フローレンスは完全に手中ですわ」
窓を閉める音。
別の部屋に入る気配。
「陛下」
女の声が、柔らかくなった。
「まだ起きていらっしゃいましたか」
「待っておった」
低い男の声。
「今日は、大変だったな」
「いいえ」
布団に潜り込む気配。
「とても、楽しい一日でしたわ」
「そうか」
抱き寄せる気配。
「ティアラ」
「はい」
「今日から、お前は余の妻だ」
「ええ」
「公式に」
「ええ」
「世界中が、認めた」
男の声が、震えていた。
「余は、幸せだ」
女の息が、詰まる気配。
「陛下」
「お前がいてくれて、本当に良かった」
沈黙。
衣擦れの音。
抱きしめる気配。
「私も、ですわ」
女の声が、揺れていた。
「私も、幸せです」
静かな笑い声。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【次回予告】
結婚式が終わり、新婚生活が始まる。
「陛下、そろそろ仕事に戻りませんと」
「嫌だ」
「国政が」
「お前がいないと仕事にならぬ」
ハインリヒ「陛下が執務室に来ません」
財務大臣「皇后様と離れたくないそうです」
ハインリヒ「国は」
財務大臣「動いております。皇后様が」
一方、救われた元婚約者候補の女性は、帝都で新しい人生を歩み始める。
「皇后様に、恩返しがしたいのです」
「では、私たちの仲間になりませんか?」
そして、フローレンス王国からの使者が到着する。
「フェリックス殿下より、お手紙です」
「あら、何かしら」
同盟の正式な締結に向けた、新たな動きが始まる。
第16話「新婚生活と恩返しは、記録されていた」
-----
【おまけ:帝国宮殿 衣装部屋 同日 深夜】
-----
深夜の衣装部屋。
星のドレスが、月明かりの中で輝いていた。
その前に、二つの影があった。
侍女のエルザと、新人侍女だ。
「……無事に終わりましたね」
エルザが、呟いた。
「はい」
新人侍女が、頷いた。
「このドレス、保管はどうするんですか」
「永久凍結庫へ」
「永久凍結」
「はい。ダイヤモンドダストが溶けないように」
新人侍女は、ドレスを見上げた。
「……陛下の愛を、凍結保存するんですね」
「そうとも言えますね」
エルザは、わずかに笑った。
「でも、溶けませんよ」
「なぜですか」
「陛下の愛は、永遠に凍結されたままですから」
新人侍女は、首を傾げた。
「永遠に凍結?」
「ええ。皇后様への愛は、決して溶けないのです」
「……なるほど」
新人侍女は、ドレスを見つめた。
「だから、ダイヤモンドダストも溶けないんですね」
「その通り」
エルザは、ドレスに手を伸ばした。
「さあ、丁寧に運びましょう」
「はい」
二人は、ドレスを持ち上げた。
月明かりの中で、星屑が静かに瞬いていた。
-----
本日、皇帝陛下・皇后殿下の結婚式典を執り行います。
各国代表の皆様におかれましては、入場時より「愛の防御具」の着用を義務とさせていただきます。
これは推奨ではなく、義務です。
昨日のリハーサルにおいて、陛下の足元から半径3メートルに霜が発生する現象が確認されました。
本日の式典では、より強い魔力反応が予測されます。
ご理解とご協力をお願いいたします。
なお、式典中に発生した凍結、失明、心臓発作等につきましては、帝国は一切の責任を負いかねます。
帝国宮廷府
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午前10:00】
-----
ついに、この日が来た。
帝国歴四〇三年、冬、第二の月、8日。
皇帝陛下と皇后殿下の、結婚式。
私は、大広間の片隅で記録を取っていた。
会場には、各国の要人が整列している。
全員が、黒眼鏡を着用していた。
ネルヴァス商業連合の代表、マルクス。
闇国の使節団。
周辺諸国の大使たち。
一人残らず、黒眼鏡。
昨日の前夜祭よりも、さらに異様な光景だった。
なぜなら、全員が正装なのだ。
豪華なドレス。
煌びやかな勲章。
そして、黒眼鏡。
まるで、裏社会の幹部会議のようだった。
しかし、誰も気にしていない。
全員が、真剣な表情で祭壇を見つめている。
歴史的瞬間を見届けるために。
そして、正気を保つために。
「殿下のご入場です」
司会の声が響いた。
大広間の扉が、ゆっくりと開く。
その瞬間。
息を呑む音が、会場を包んだ。
-----
【映像ログ015-A 帝国宮殿 大広間 同日 午前10:30】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好(光量過多のため一部補正)
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
大広間の入り口。
光が、溢れ出していた。
ダイヤモンドダストを織り込んだドレス。
朝日を受けて、無数の星が瞬いている。
ティアラが、一歩を踏み出した。
その瞬間、会場全体がざわめいた。
「美しい」
誰かが、呟いた。
「なんという」
別の誰かが、言葉を失った。
蜂蜜色の髪が、光の中で揺れている。
翠色の瞳が、真っ直ぐに前を見つめている。
彼女の唇が、弧を描いていた。
穏やかに。
優雅に。
完璧に。
花嫁の道を歩くたびに、ドレスが光を放つ。
まるで、星空を纏った女神のようだった。
そして、祭壇には。
ジークハルトが、立っていた。
彼の目が、ティアラだけを見つめている。
その足元には。
霜が、広がっていた。
「陛下」
隣に立つ神官が、小声で囁いた。
「祭壇が、凍っております」
「知っている」
ジークハルトの声は、低かった。
「止められぬ」
一歩、ティアラが近づくたびに。
霜が、厚くなっていく。
パキン。
パキン。
パキン。
氷の結晶が、階段を這い上がる。
しかし、ティアラは止まらなかった。
凍った床を、優雅に踏みしめて。
一歩、また一歩。
彼女のドレスの裾が、氷の上を滑る。
星屑と氷の結晶が、混ざり合う。
まるで、冬の夜空を歩いているかのようだった。
「ティアラ」
ジークハルトが、手を差し伸べた。
「お前が来た」
「ええ」
彼女は、その手を取った。
「参りましたわ、私の陛下」
二人の手が、重なった瞬間。
会場の温度が、さらに下がった。
招待客たちの吐く息が、白く染まる。
しかし、誰も寒さを感じていなかった。
心だけが、熱くなっていたからだ。
(画面隅に小窓が現れる:記録官が「眩しい」と呟いている)
-----
【映像ログ015-B 大広間 式典進行中 同日 午前11:00】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
祭壇。
神官が、厳かに式次第を読み上げている。
「皇帝ジークハルト・フォン・ヴァルトシュタイン陛下」
「うむ」
「ティアラ殿下を、生涯の伴侶として迎え入れることを誓いますか」
ジークハルトが、深く息を吸った。
彼の目が、ティアラを見つめる。
「誓う」
その声は、低く、深く、揺るぎなかった。
「余は、この女性を生涯愛し、守り、幸せにすることを誓う」
会場が、静まり返った。
「たとえ世界が敵に回ろうとも」
ジークハルトの声が、響く。
「余は、この女性の味方であり続ける」
足元の霜が、さらに広がった。
「それが、余の誓いだ」
神官が、頷いた。
「では、ティアラ殿下」
「はい」
「皇帝陛下を、生涯の伴侶として受け入れることを誓いますか」
ティアラが、静かに目を細めた。
「誓いますわ」
その声は、澄んでいた。
「私は、この方を生涯愛し、支え、共に歩むことを誓います」
彼女は、ジークハルトの手を握り締めた。
「たとえ、何が起きても」
「私は、この方の隣にいます」
会場から、すすり泣く声が聞こえた。
黒眼鏡の奥で、涙を流している者がいた。
「では、指輪の交換を」
神官が、指輪を差し出した。
ジークハルトが、それを受け取る。
その手が、わずかに震えていた。
「陛下」
ティアラが、小声で囁いた。
「深呼吸ですわ」
「……うむ」
ジークハルトは、目を閉じた。
深く息を吸い、吐き出す。
そして、ゆっくりと。
彼女の薬指に、指輪を嵌めた。
銀色の環が、彼女の指に収まる。
次は、ティアラの番だった。
彼女は、指輪を受け取り。
彼の手を、そっと持ち上げた。
「陛下」
「何だ」
「この指輪は、私の心ですわ」
彼女の瞳が、優しく光った。
「どうか、受け取ってくださいませ」
指輪が、彼の指に嵌まった。
その瞬間。
会場の扉が、勢いよく開いた。
(映像が揺れる)
-----
【映像ログ015-C 大広間 混乱 同日 午前11:15】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:不安定(急な動きあり)
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
「お、お願いです!」
女の声が、会場に響いた。
「私の話を、聞いてください!」
招待客たちが、一斉に振り返る。
扉の前に、一人の女性が立っていた。
ボロボロのドレス。
乱れた髪。
涙に濡れた頬。
彼女は、よろめきながら前に進んだ。
「お願いです……!」
警備兵が、彼女を止めようとする。
しかし、彼女は叫んだ。
「皇后殿下! 私は、アルベルト王子に捨てられた女です!」
会場が、ざわめいた。
「何だと」
「アルベルトの元婚約者候補か」
「なぜ、この場に」
招待客たちが、囁き合う。
その中で。
フェリックスが、静かに微笑んでいた。
計算通りの展開。
彼女が皇后に何を言おうとも、ティアラは窮地に立たされる。
冷たくあしらえば、「冷酷な悪女」。
受け入れれば、式の進行は台無し。
どちらを選んでも、フェリックスの勝利だった。
「殿下」
女性が、祭壇に向かって歩いてきた。
「お願いです……私を、許してください……!」
彼女は、ティアラの前で膝をついた。
「私は、何も悪いことをしていないのに……アルベルト様に捨てられて……身を持ち崩して……」
涙が、彼女の頬を伝う。
「貴女だけが、幸せになるなんて……許せない……許せないの……!」
会場が、息を飲んだ。
フェリックスは、じっとティアラを見つめていた。
さあ、どうする。
この哀れな女性を、どう扱う。
しかし。
ティアラは、動かなかった。
いや。
動いた。
彼女は、祭壇を降りた。
凍った階段を、優雅に歩いて。
女性の前に、立った。
「よく来てくださいました」
ティアラは、女性を抱きしめた。
「え……」
女性が、目を見開いた。
「貴女は、私の大切な客人ですわ」
ティアラの声は、穏やかだった。
「よく、ここまで来てくださいました」
会場が、静まり返った。
「殿下……?」
「貴女は、何も悪くありませんわ」
ティアラは、女性の肩を抱いた。
「アルベルトに人生を狂わされた、哀れな被害者。私と同じですわ」
「私と……同じ……?」
「ええ」
ティアラの表情が、柔らかくなった。
「私も、彼に人生を壊されそうになりました。貴女の気持ちは、痛いほど分かりますわ」
女性の目から、新たな涙が溢れた。
「でも……私は、貴女を傷つけようとして……」
「傷ついてなどおりませんわ」
ティアラは、首を横に振った。
「むしろ、感謝しております」
「感謝……?」
「ええ」
ティアラは、フェリックスの方を向いた。
そして、満面の笑みを浮かべた。
「フェリックス殿下」
名前を呼ばれ、フェリックスの表情がわずかに変わった。
「ありがとうございます」
「……何のことでしょうか」
「この方を、保護してくださっていたのでしょう?」
ティアラの目が、優しく輝いた。
「兄上の罪を償うために。この哀れな方を救い出すために。あえてこの場に連れてきてくださった」
会場が、ざわめいた。
「ご自分の評判を落とす覚悟で、彼女を救おうとなさった」
ティアラは、深々と頭を下げた。
「なんと、慈悲深い方でしょう」
フェリックスの目が、見開かれた。
「……は?」
彼の計算が、音を立てて崩れていく。
「殿下、お待ちになって」
「フェリックス殿下は、アルベルトとは違いますわ」
ティアラは、招待客たちに向き直った。
「兄の犯した罪を、弟が償おうとしている。なんと立派な心がけでしょう」
「おお」
招待客の一人が、感嘆の声を上げた。
「確かに」
別の誰かが、頷いた。
「アルベルト王子とは、大違いだ」
「さすがは、新しい王位継承者」
「フローレンスの未来は明るいな」
称賛の声が、フェリックスに向けられた。
彼は、呆然と立ち尽くしていた。
ティアラの視線が、彼を捉える。
その目の奥に、何かが光っていた。
勝利の光。
そして、もう一つ。
慈悲の光。
「フェリックス殿下」
ティアラは、静かに言った。
「この方の借金は、いくらですか」
「……三千金貨です」
フェリックスは、乾いた声で答えた。
「それほどですか」
ティアラは、祭壇の上のジークハルトを見上げた。
「陛下」
「うむ」
ジークハルトが、一歩前に出た。
彼の声が、会場に響いた。
「この女性は、帝国の賓客である」
威厳に満ちた声だった。
「その負債は、余が引き受ける」
会場が、どよめいた。
「おおおお!」
「なんという寛大さ!」
「これぞ、帝国の威光!」
拍手が、鳴り響いた。
女性は、信じられないという顔でティアラを見上げた。
「殿下……本当に……?」
「ええ」
ティアラは、彼女の手を握った。
「貴女は、もう誰の駒でもありませんわ」
女性の目から、涙が溢れた。
今度は、悲しみの涙ではなかった。
「ありがとう……ございます……!」
彼女は、ティアラの足元にひれ伏した。
「皇后様……! なんと……なんとお優しい……!」
「顔を上げてくださいませ」
ティアラは、彼女を立たせた。
「これからは、帝国で新しい人生を始めましょう。貴女には、その資格がありますわ」
女性は、何度も頷いた。
涙を拭いながら、何度も、何度も。
(映像が安定する)
-----
【映像ログ015-D 大広間 式典再開 同日 午前11:30】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
祭壇。
式典が、再開されていた。
女性は、ハインリヒに付き添われて席に案内された。
彼女の顔には、まだ涙の跡が残っていた。
しかし、その目には希望が宿っていた。
「フェリックス殿下」
ティアラが、彼の方を見た。
「この場にお越しいただき、ありがとうございました」
フェリックスは、しばらく沈黙していた。
そして。
彼は、静かに笑った。
「……完敗だ」
その声は、どこか晴れやかだった。
「貴女の慈悲には、敵いません」
彼は、祭壇の前に進み出た。
そして、片膝をついた。
「皇帝陛下、皇后殿下」
会場が、静まり返った。
「フローレンス王国第二王子、フェリックスとして申し上げます」
彼の声は、はっきりとしていた。
「これまでの非礼を、心よりお詫び申し上げます」
ざわめきが、広がった。
「私は、貴女方を試そうとしました。その浅はかさを、恥じております」
フェリックスは、頭を下げた。
「しかし、今日、私は理解しました」
「何を理解したのですか」
ティアラが、穏やかに尋ねた。
「貴女は、敵を倒すのではなく、救うのですね」
フェリックスは、顔を上げた。
「私の策を、そのまま『善意』に変えてしまった。私を、『悪役』ではなく『協力者』にしてしまった」
彼は、苦笑した。
「……参りました」
そして、静かに頭を振った。
「見事です。これほど鮮やかな逆転は、初めて見ました」
「あら」
ティアラは、首を傾げた。
「私は、ただ結婚式を最高のものにしたかっただけですわ」
「ええ、分かっております」
フェリックスは、立ち上がった。
「だからこそ、私は正式に提案いたします」
彼は、ジークハルトに向き直った。
「フローレンス王国と、ヴァルトシュタイン帝国の同盟を」
会場が、どよめいた。
「兄の失態により、両国の関係は悪化しました。それを修復するのは、私の責務です」
「同盟、か」
ジークハルトが、低く言った。
「余は、お前を信用できるのか」
「正直に申し上げます」
フェリックスは、真っ直ぐに皇帝を見た。
「私は、今日まで貴方の妻を試し続けていました。その愚かさを、恥じております」
会場が、息を呑んだ。
「しかし、私は負けました。完膚なきまでに」
彼は、わずかに笑った。
「そして、悟りました。彼女を敵に回すより、味方につけた方が賢明だと」
「それは、損得勘定か」
「もちろんです」
フェリックスは、頷いた。
「私は、感情で動く人間ではありません。利益を重視します」
しかし、と彼は続けた。
「今日、私は一つだけ感情で動きました」
「何だ」
「彼女の『本気』を見たかったのです」
フェリックスの目が、ティアラを見た。
「そして、見届けました。私の策を、どう潰すか。その瞬間を」
彼は、深く息を吐いた。
「満足です。悔いはありません」
沈黙が、会場を包んだ。
ジークハルトが、口を開いた。
「フェリックス」
「はい」
「お前は、正直な男だな」
「そう、でしょうか」
「敵としては厄介だが、味方としては心強い」
ジークハルトは、ティアラを見た。
「どう思う」
「私は」
ティアラは、穏やかに頷いた。
「フェリックス殿下を、信用いたしますわ」
「なぜだ」
「だって」
彼女は、フェリックスに向き直った。
「彼は、正々堂々と負けを認めましたもの。そういう方は、信頼に値しますわ」
フェリックスの目が、わずかに見開かれた。
「……感謝します」
「いいえ」
ティアラは、手を差し出した。
「これからは、良き隣人として。よろしくお願いいたしますわ、フェリックス殿下」
フェリックスは、その手を取った。
「こちらこそ」
彼は、静かに頭を下げた。
「末永く、お幸せに」
その言葉は、心からのものだった。
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【神回】結婚式、神演出の連続で伝説へ
1:名無しの帝国民
今日の式典見たか
2:名無しの帝国民
見た
3:名無しの帝国民
やばかった
4:名無しの帝国民
何がやばかったって全部やばかった
5:名無しの帝国民
まず皇后様のドレス
6:名無しの帝国民
星空を纏ってた
7:名無しの帝国民
眩しすぎて黒眼鏡しててもギリギリだった
8:名無しの帝国民
あれダイヤモンドダストだろ
9:名無しの帝国民
凍らせた宝石を織り込んでるらしい
10:名無しの帝国民
陛下の魔力で
11:名無しの帝国民
愛が服になってて草
12:名無しの帝国民
物理的に愛を纏ってる
13:名無しの帝国民
陛下、緊張で祭壇凍らせてたな
14:名無しの帝国民
>>13
見た
15:名無しの帝国民
一歩歩くごとにパキパキいってた
16:名無しの帝国民
皇后様があの凍った床を優雅に歩いてたのすごい
17:名無しの帝国民
滑らないのかな
18:名無しの帝国民
>>17
魔法の靴らしい
19:名無しの帝国民
準備万端かよ
20:名無しの帝国民
陛下の緊張は計算済み
-----
【フェリックス王子、ただの善人だった件】
21:名無しの帝国民
フェリックスの評価爆上がりしてるんだが
22:名無しの帝国民
>>21
何があった
23:名無しの帝国民
アルベルトの元婚約者候補を保護してたらしい
24:名無しの帝国民
マジ?
25:名無しの帝国民
式典に連れてきて、皇后様に救ってもらう算段だったって
26:名無しの帝国民
兄の罪を弟が償おうとしてたのか
27:名無しの帝国民
アルベルトとは大違いだな
28:名無しの帝国民
アルベルトはクズ
29:名無しの帝国民
フェリックスはいい奴
30:名無しの帝国民
同じ血とは思えない
31:名無しの帝国民
皇后様がフェリックスに感謝してたのが印象的だった
32:名無しの帝国民
「なんと慈悲深い方でしょう」って
33:名無しの帝国民
あれ聞いて俺も泣いた
34:名無しの帝国民
フェリックス、最後は同盟申し出てたな
35:名無しの帝国民
帝国と友好関係築くって
36:名無しの帝国民
これでフローレンスも安泰だな
37:名無しの帝国民
アルベルトが消えて良かった
38:名無しの帝国民
>>37
「隠遁」な
39:名無しの帝国民
はいはい隠遁隠遁
40:名無しの帝国民
詳しくは聞かない
-----
【陛下、誓いのキスまだ?】
41:名無しの帝国民
誓いのキスはまだなのか
42:名無しの帝国民
ハプニングで中断してたからな
43:名無しの帝国民
これから再開するらしい
44:名無しの帝国民
黒眼鏡の準備は万全か
45:名無しの帝国民
もちろん
46:名無しの帝国民
予備も持ってきた
47:名無しの帝国民
失明覚悟
48:名無しの帝国民
でも見届けたい
49:名無しの帝国民
歴史的瞬間だからな
50:名無しの帝国民
愛の爆発を目撃する
-----
【映像ログ015-E 大広間 誓いのくちづけ 同日 正午】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:過剰光量により一部白飛び
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
祭壇。
神官が、厳かに宣言した。
「皇帝陛下、皇后殿下」
二人は、向かい合っていた。
「ここに、永遠の契りを交わされました」
ジークハルトの手が、ティアラの頬に触れた。
「では、誓いのくちづけを」
会場が、息を止めた。
「ティアラ」
「はい」
「お前は、余のものだ」
「ええ」
ティアラの目が、温かく輝いた。
「私は、貴方のものですわ」
「そして、余は」
ジークハルトの声が、低くなった。
「お前のものだ」
彼女の目が、わずかに潤んだ。
「……陛下」
「永遠に」
ジークハルトは、彼女の顔を両手で包んだ。
「余は、お前だけを愛する」
そして。
彼は、彼女の唇に口づけた。
その瞬間。
光が、弾けた。
祭壇を覆っていた霜が、一斉に輝き始める。
氷の結晶が、光を反射して。
虹色の光が、会場全体を包み込んだ。
ダイヤモンドダストが、舞い上がる。
ティアラのドレスと、祭壇の霜が、共鳴していた。
まるで、星空の中で二人がキスをしているようだった。
「うわあああ!」
招待客の一人が、叫んだ。
「眩しい!」
「黒眼鏡が!」
「追加の黒眼鏡を!」
混乱が、広がった。
しかし、誰も目を逸らさなかった。
あまりにも美しかったからだ。
二人のくちづけは、長く、深く続いた。
永遠を誓うかのように。
やがて。
二人が、唇を離した。
光が、ゆっくりと収まっていく。
しかし、会場には虹色の残光が漂っていた。
ダイヤモンドダストが、祝福のように降り注いでいた。
「皇帝陛下、皇后殿下」
神官が、震える声で宣言した。
「ここに、婚姻の成立を宣言いたします」
拍手が、鳴り響いた。
歓声が、上がった。
そして、鐘が。
帝都中の鐘が、一斉に鳴り始めた。
「おめでとうございます!」
「皇帝陛下万歳!」
「皇后殿下万歳!」
声が、重なり合う。
ジークハルトは、ティアラの手を取った。
「行くぞ」
「はい」
「余の妻よ」
ティアラは、彼に寄り添った。
「私の陛下」
二人は、花嫁の道を歩き始めた。
今度は、来た道を逆に。
新しい人生へ向かって。
(映像終了)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後2:00】
-----
式典が、終わった。
私は、控え室で一息ついていた。
胃が、痛い。
しかし、それは悪い痛みではなかった。
全てが、うまくいった。
フェリックス殿下の策は、完全に裏目に出た。
いや、裏目というより。
殿下自身が認めていた。
「完敗」だと。
しかし、不思議なことに。
彼は、満足そうだった。
負けることを、楽しんでいるようにさえ見えた。
私には、理解できない。
しかし、結果は良かった。
フローレンスとの同盟。
アルベルトの被害者の救済。
そして、何より。
陛下と殿下の、幸せそうな顔。
それだけで、十分だ。
「ハインリヒ様」
声をかけられ、振り返った。
フェリックス殿下が、立っていた。
「殿下」
「少し、話してもよろしいですか」
「もちろんです」
私は、椅子を勧めた。
フェリックス殿下は、ゆっくりと腰を下ろした。
「今日は、大変でしたね」
「ええ、まあ」
「特に、貴方は」
殿下は、わずかに笑った。
「私の策に、振り回されたでしょう」
「……殿下」
「謝罪します」
彼は、頭を下げた。
「貴方にも、迷惑をかけました」
「いえ」
私は、首を横に振った。
「結果的に、良い方向に収まりました」
「そうですね」
殿下は、窓の外を見た。
「私は、彼女に救われました」
「救われた、ですか」
「ええ」
彼の目が、遠くを見つめていた。
「兄の尻拭いをするだけの道化になるところを、英雄にしてくれた」
「殿下」
「正直に言います」
フェリックス殿下は、私に向き直った。
「私は、彼女を試していました。彼女の弱みを握り、交渉材料にしようとしていた」
「……存じております」
「ええ、分かっています。貴方は、彼女の共犯者だ」
私は、言葉を失った。
「でも、大丈夫です」
殿下は、肩の力を抜いて笑った。
「私は、もう彼女の敵ではありません」
「本当に、ですか」
「ええ」
彼は、立ち上がった。
「今日から、私は彼女の味方です」
その言葉には、偽りがなかった。
私には、分かった。
「殿下」
「はい」
「……末永く、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
フェリックス殿下は、部屋を出ていった。
私は、しばらくその背中を見つめていた。
不思議な男だ。
敵として現れ、味方として去っていった。
しかし、一つだけ確かなことがある。
殿下もまた、彼女に魅了されたのだ。
あの、恐ろしくて美しい女性に。
-----
【映像ログ015-F 大広間 披露宴 同日 午後3:00】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
大広間。
披露宴が、始まっていた。
テーブルには、豪華な料理が並んでいる。
そして、会場の中央には。
5メートルのウェディングケーキが、鎮座していた。
「どうやって運んだんだ、あれ」
マルクスが、呆然と呟いた。
「壁を透過させました」
財務大臣が、疲れた声で答えた。
「陛下の魔力で」
「壁を透過?」
「はい。氷の結晶構造を応用して、物質の境界を曖昧にする技術です」
「……帝国は、恐ろしいところだな」
マルクスは、ケーキを見上げた。
「あのケーキ、まだ凍ってないか?」
「凍っております」
「食べられるのか?」
「食品用の永久凍結です。口に入れると溶けます」
「……そうか」
マルクスは、黒眼鏡を直した。
「まあ、いい。美味ければ」
会場の中央で、ジークハルトとティアラがケーキを切っていた。
二人の手が、一緒にナイフを握っている。
「陛下」
「何だ」
「ケーキが、凍りすぎていますわ」
「余が凍らせたのではない」
「分かっておりますわ」
ティアラは、くすりと笑った。
「でも、ナイフが入りませんわ」
「……少し待て」
ジークハルトが、手を翳した。
ケーキの表面の氷が、わずかに溶けた。
「今だ」
二人は、一緒にナイフを入れた。
サクリと、音がした。
招待客から、拍手が起きた。
「見事だ!」
「さすが、陛下!」
「自分で凍らせて自分で溶かすのか」
「効率的だな」
ケーキが、切り分けられていく。
最初の一切れは、新婚夫婦へ。
「ティアラ」
「はい」
「口を開けろ」
「え?」
「あーんだ」
会場が、ざわめいた。
「陛下!?」
「人前でそれは!」
「でも見たい!」
ティアラは、頬を染めながら口を開けた。
「あ、あーん」
ジークハルトが、ケーキを口に運んだ。
彼女が、それを受け取る。
「美味しいですわ」
「そうか」
「陛下も、どうぞ」
今度は、ティアラがフォークを持った。
「あーん」
ジークハルトが、黙って口を開けた。
ケーキが、彼の口に入る。
彼は、ゆっくりと咀嚼した。
「……甘いな」
「ケーキですもの」
「違う」
ジークハルトは、彼女を見つめた。
「お前が、甘い」
会場が、悲鳴を上げた。
「駄目だ!」
「黒眼鏡が!」
「追加の黒眼鏡を!」
「もうない!」
「誰か! 誰か黒眼鏡を!」
混乱が、広がった。
しかし、誰も本気で困ってはいなかった。
全員が、幸せそうに笑っていたからだ。
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【速報】陛下「お前が甘い」で会場壊滅
51:名無しの帝国民
もう無理
52:名無しの帝国民
死んだ
53:名無しの帝国民
黒眼鏡が足りない
54:名無しの帝国民
帝国の黒眼鏡生産追いつかない説
55:名無しの帝国民
ケーキ入刀で「あーん」は反則
56:名無しの帝国民
あれ全世界配信だったんだぞ
57:名無しの帝国民
各国の要人が黒眼鏡で「あーん」見てるの想像したら草
58:名無しの帝国民
闇国の使節団も見てたんだろ
59:名無しの帝国民
>>58
闇国が明るくなってしまう
60:名無しの帝国民
それはまずい
61:名無しの帝国民
「お前が甘い」で何人失明したんだ
62:名無しの帝国民
数え切れない
63:名無しの帝国民
帝国の医療費増大
64:名無しの帝国民
でも経済は潤う
65:名無しの帝国民
黒眼鏡特需
66:名無しの帝国民
製造業者大喜び
67:名無しの帝国民
結論:陛下の愛は経済を回す
68:名無しの帝国民
これが帝国の強さか
69:名無しの帝国民
愛で国が豊かになる
70:名無しの帝国民
最強夫婦だな
-----
【元婚約者候補の女性、帝国で新生活へ】
71:名無しの帝国民
あの女性どうなったんだ
72:名無しの帝国民
帝国が借金全部払ったらしい
73:名無しの帝国民
三千金貨だっけ
74:名無しの帝国民
陛下にとっては端金
75:名無しの帝国民
帝国で仕事も紹介されるって
76:名無しの帝国民
良かったな
77:名無しの帝国民
アルベルトに人生壊されかけたのに
78:名無しの帝国民
皇后様に救われた
79:名無しの帝国民
これが本当の慈悲だよな
80:名無しの帝国民
フェリックス王子が連れてきたんだっけ
81:名無しの帝国民
>>80
らしい
82:名無しの帝国民
兄の罪を償おうとしてたのか
83:名無しの帝国民
良い奴じゃん
84:名無しの帝国民
アルベルトとは大違い
85:名無しの帝国民
フローレンスの未来は明るい
86:名無しの帝国民
同盟も結んだしな
87:名無しの帝国民
帝国とフローレンスが仲良くなるなんて
88:名無しの帝国民
皇后様のおかげだな
89:名無しの帝国民
世界平和をもたらす女
90:名無しの帝国民
最強
-----
【極秘ログ──送信者不明】
-----
記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第二の月 8日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
-----
(音声のみ)
グラスを置く音。
琥珀色の液体が揺れる気配。
「終わりましたわね」
女の声。
満足げな響き。
「フェリックス殿下は、完全に私たちの味方になりました」
椅子が軋む音。
窓辺に移動する気配。
「彼を『悪役』にするのは簡単でしたわ。でも、それでは意味がありませんの」
窓を開ける音。
夜風が入り込む気配。
「敵を倒しても、また新しい敵が現れる。それでは、きりがありませんもの」
息をつく音。
「だから、敵を味方に変えるのですわ」
女の声が、冷たくなった。
「フェリックス殿下は、もう私に逆らえない。私に『善人』の烙印を押されてしまいましたから」
くすりと笑う気配。
「彼が私を裏切れば、世界中が彼を非難する。『皇后様を裏切った恩知らず』として」
グラスを傾ける音。
「これで、フローレンスは完全に手中ですわ」
窓を閉める音。
別の部屋に入る気配。
「陛下」
女の声が、柔らかくなった。
「まだ起きていらっしゃいましたか」
「待っておった」
低い男の声。
「今日は、大変だったな」
「いいえ」
布団に潜り込む気配。
「とても、楽しい一日でしたわ」
「そうか」
抱き寄せる気配。
「ティアラ」
「はい」
「今日から、お前は余の妻だ」
「ええ」
「公式に」
「ええ」
「世界中が、認めた」
男の声が、震えていた。
「余は、幸せだ」
女の息が、詰まる気配。
「陛下」
「お前がいてくれて、本当に良かった」
沈黙。
衣擦れの音。
抱きしめる気配。
「私も、ですわ」
女の声が、揺れていた。
「私も、幸せです」
静かな笑い声。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【次回予告】
結婚式が終わり、新婚生活が始まる。
「陛下、そろそろ仕事に戻りませんと」
「嫌だ」
「国政が」
「お前がいないと仕事にならぬ」
ハインリヒ「陛下が執務室に来ません」
財務大臣「皇后様と離れたくないそうです」
ハインリヒ「国は」
財務大臣「動いております。皇后様が」
一方、救われた元婚約者候補の女性は、帝都で新しい人生を歩み始める。
「皇后様に、恩返しがしたいのです」
「では、私たちの仲間になりませんか?」
そして、フローレンス王国からの使者が到着する。
「フェリックス殿下より、お手紙です」
「あら、何かしら」
同盟の正式な締結に向けた、新たな動きが始まる。
第16話「新婚生活と恩返しは、記録されていた」
-----
【おまけ:帝国宮殿 衣装部屋 同日 深夜】
-----
深夜の衣装部屋。
星のドレスが、月明かりの中で輝いていた。
その前に、二つの影があった。
侍女のエルザと、新人侍女だ。
「……無事に終わりましたね」
エルザが、呟いた。
「はい」
新人侍女が、頷いた。
「このドレス、保管はどうするんですか」
「永久凍結庫へ」
「永久凍結」
「はい。ダイヤモンドダストが溶けないように」
新人侍女は、ドレスを見上げた。
「……陛下の愛を、凍結保存するんですね」
「そうとも言えますね」
エルザは、わずかに笑った。
「でも、溶けませんよ」
「なぜですか」
「陛下の愛は、永遠に凍結されたままですから」
新人侍女は、首を傾げた。
「永遠に凍結?」
「ええ。皇后様への愛は、決して溶けないのです」
「……なるほど」
新人侍女は、ドレスを見つめた。
「だから、ダイヤモンドダストも溶けないんですね」
「その通り」
エルザは、ドレスに手を伸ばした。
「さあ、丁寧に運びましょう」
「はい」
二人は、ドレスを持ち上げた。
月明かりの中で、星屑が静かに瞬いていた。
13
あなたにおすすめの小説
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
王太子に求婚された公爵令嬢は、嫉妬した義姉の手先に襲われ顔を焼かれる
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
『目には目を歯には歯を』
プランケット公爵家の令嬢ユルシュルは王太子から求婚された。公爵だった父を亡くし、王妹だった母がゴーエル男爵を配偶者に迎えて女公爵になった事で、プランケット公爵家の家中はとても混乱していた。家中を纏め公爵家を守るためには、自分の恋心を抑え込んで王太子の求婚を受けるしかなかった。だが求婚された王宮での舞踏会から公爵邸に戻ろうとしたユルシュル、徒党を組んで襲うモノ達が現れた。
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる