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狩りの時間
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【速報】両陛下、古代遺跡に突入か
1:名無しの帝国民
両陛下が動いたぞ
2:名無しの帝国民
>>1
どこに向かってる
3:名無しの帝国民
闇国の最深部らしい
4:名無しの帝国民
古代遺跡があるって噂
5:名無しの帝国民
>>4
「影の評議会」の本拠地か
6:名無しの帝国民
元宰相が潜んでるとこだろ
7:名無しの帝国民
いよいよ決戦か
8:名無しの帝国民
皇后様が動いたら敵は終わる
9:名無しの帝国民
フローレンスが証明してる
10:名無しの帝国民
また証明されそう
11:名無しの帝国民
元宰相、逃げた方がいいのでは
12:名無しの帝国民
>>11
もう遅い
13:名無しの帝国民
狩りの時間だ
14:名無しの帝国民
両陛下の無事を祈る
15:名無しの帝国民
いや、敵の冥福を祈った方がいい
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 帝国歴四〇三年 冬 第二の月 17日 午前9:00】
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朝から、状況が動いた。
ルシア殿が「影の評議会」の本拠地を突き止めたのだ。
闇国の最深部。
古代遺跡の奥深くに、ギルバートは潜んでいるという。
「皇后殿下のおかげでございます」
ルシア殿は、そう言って頭を下げた。
殿下は、穏やかに微笑んでいた。
「あら。私は何もしておりませんわ」
嘘だ。
殿下が何もしないはずがない。
きっと、裏で何かを動かしたのだろう。
私は、詳しく聞かないことにした。
胃が、もたないからだ。
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【映像ログ021-A 闇国最深部 古代遺跡入口 同日 午後2:00】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:低下(周囲の闇が濃いため)
配信範囲:帝国内限定(要機密扱い)
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(映像開始)
古代遺跡。
太陽の光など、ここには届かない。
闇そのものが、生き物のように蠢いていた。
遺跡の入口には、黒い鎧の兵士たちが並んでいる。
「影の評議会」の護衛兵。
しかし、彼らの隊列は乱れていた。
あちこちで怒号が飛び交っている。
「裏切り者がいるぞ」
「誰だ、門を開けた奴は」
「見つけ次第、殺せ」
ティアラは、その様子を見つめていた。
口元に、かすかな笑みが浮かんでいる。
「道案内は不要ですわね」
「ああ」
ジークハルトが、頷いた。
「奴らが、勝手に道を開けてくれている」
「ルシアの手筈通りですわ」
ティアラは、ジークハルトの手を取った。
「参りましょう、陛下。獲物が待っておりますわ」
「行くぞ」
二人は、混乱する兵士たちの間を悠々と歩いていった。
誰も、彼らを止められなかった。
止めようとした者は、足元から凍りついていった。
(映像終了)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後2:30】
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遺跡内部の混乱について、後で聞いた話がある。
ルシア殿が、事前に「影の評議会」の幹部数名に接触していたらしい。
「ギルバートは闇国を滅ぼすつもりだ」
そう囁いたのだという。
嘘ではない。
永久氷晶でフローレンスを氷漬けにする計画は、闇国にとっても脅威だ。
自国が氷の墓場になる未来を、誰が望むだろうか。
幹部たちは、ギルバートに反旗を翻した。
内部から崩壊させる。
殿下の指示だったのだろう。
私は、何も聞かなかったことにした。
聞けば、胃に穴が開く。
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【悲報】影の評議会、内部崩壊中
16:名無しの帝国民
敵の陣地が混乱してる
17:名無しの帝国民
裏切り者がいるらしい
18:名無しの帝国民
>>17
誰だろうな
19:名無しの帝国民
皇后様の「お友達」だろ
20:名無しの帝国民
>>19
ルシアか
21:名無しの帝国民
あの人、完全に皇后様の手駒だよな
22:名無しの帝国民
壊されたからな
23:名無しの帝国民
内部から崩壊させるとか、えげつない
24:名無しの帝国民
>>23
それが皇后様クオリティ
25:名無しの帝国民
皇后様「道案内は不要ですわね」
26:名無しの帝国民
>>25
余裕すぎる
27:名無しの帝国民
陛下も普通に歩いてて草
28:名無しの帝国民
止めようとした兵士が凍ってた
29:名無しの帝国民
通常運転
30:名無しの帝国民
氷の皇帝、今日も絶好調
31:名無しの帝国民
元宰相、終わったな
32:名無しの帝国民
三回目
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【映像ログ021-B 古代遺跡最深部 同日 午後3:00】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて低下(光源がほぼない)
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)
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(映像開始)
遺跡の最深部。
巨大な祭壇が、闇の中に浮かび上がっていた。
魔導灯の光が、辛うじて周囲を照らしている。
しかし、その光さえも闇に飲み込まれそうだった。
祭壇の前に、一人の男が立っていた。
白磁の仮面。
焼け爛れた顔。
ギルバートだ。
「ようこそ、ティアラ」
男の声が、闇に響いた。
「よく、ここまで来たね」
「お招きいただきましたもの」
ティアラは、微笑んだ。
「ご丁寧に、暗殺者まで寄越していただいて」
「あれは、挨拶代わりだよ」
ギルバートの口元が、歪んだ。
「本当の力は、これからお見せする」
彼の体が、揺らいだ。
輪郭が崩れていく。
人の形が、影に溶けていった。
そして。
巨大な何かが、祭壇の後ろに現れた。
影の怪物。
人の形を模しているが、その大きさは祭壇の三倍はある。
無数の腕が、闇の中から伸びていた。
「ここは、影の力が最も強い場所だ」
怪物の口から、ギルバートの声が響いた。
「私の体は、もはや影そのもの。物理攻撃は効かない」
ジークハルトが、一歩前に出た。
「試してみるか」
彼の手から、氷の剣が生まれた。
それを、影の怪物に向かって振り下ろす。
しかし、刃は影をすり抜けた。
手応えがない。
「無駄だよ、氷の皇帝」
ギルバートが、笑った。
「影には、実体がない。君の氷も、ただ空を切るだけだ」
「ならば、これはどうだ」
ジークハルトが、両手を広げた。
ダイヤモンドダスト。
昨夜、暗殺者を倒した技だ。
しかし、今度は違った。
氷の粒子が、闇に飲み込まれていく。
光が届かない。
「無駄だと言っただろう」
ギルバートの声が、嘲笑を含んでいた。
「この遺跡の闇は、光を吸収する。君のダイヤモンドダストも、ここでは無力だ」
影の腕が、ジークハルトに向かって伸びた。
「さあ、死んでくれ。そして、永久氷晶の力を私に」
(映像終了)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【悲報】陛下の攻撃、通じない
33:名無しの帝国民
陛下の氷が効いてない
34:名無しの帝国民
>>33
マジか
35:名無しの帝国民
影には実体がないから物理攻撃が無効らしい
36:名無しの帝国民
ダイヤモンドダストも効かないのか
37:名無しの帝国民
遺跡の闇が光を吸収するって
38:名無しの帝国民
>>37
チートすぎる
39:名無しの帝国民
これ、勝てるのか
40:名無しの帝国民
皇后様が何か考えてるはず
41:名無しの帝国民
>>40
それを信じるしかない
42:名無しの帝国民
でも皇后様、動いてないぞ
43:名無しの帝国民
まだ何か待ってるのか
44:名無しの帝国民
策があるんだろ
45:名無しの帝国民
頼む、皇后様
46:名無しの帝国民
両陛下の無事を祈る
47:名無しの帝国民
胃が痛い
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【映像ログ021-C 古代遺跡最深部 同日 午後3:10】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて低下
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)
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(映像開始)
影の腕が、ジークハルトに迫る。
彼は、氷の壁を作って防いだ。
しかし、影は壁をすり抜けてくる。
実体がないのだから、当然だ。
「くっ」
ジークハルトが、後退した。
影の爪が、彼の腕をかすめる。
冷たい。
氷よりも、冷たい。
「諦めろ、氷の皇帝」
ギルバートの声が、勝ち誇っていた。
「光がなければ、影は消えない。君たちの敗北だね」
その時だった。
「そうですわね」
ティアラの声が、闇に響いた。
彼女は、ジークハルトの傍に立っていた。
その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
「光がなければ、影は消えない。それは常識ですわ」
「分かっているなら、諦めたまえ」
「でも」
ティアラが、ギルバートを見上げた。
その瞳が、静かに燃えていた。
「もう一つ、影を消す方法がありますの」
「何だと」
「光があるから、影は生まれる」
ティアラの声が、冷たくなった。
「ならば、光を完全に消せばいい」
「何を」
「闇そのものにしてしまえば、影は存在できませんわ」
ギルバートの動きが、止まった。
「馬鹿な。そんなことが」
「できますわ」
ティアラが、ジークハルトを見た。
「陛下。お願いいたしますわ」
ジークハルトは、頷いた。
「任せろ」
彼が、両手を広げた。
そして、深く息を吸った。
「凍れ」
空気が、震えた。
「光も、闇も、時間さえも」
ジークハルトの体から、凄まじい冷気が放たれた。
それは、今までの氷とは違った。
温度という概念そのものが、消えていく。
絶対零度。
全ての分子運動が停止する、究極の冷気。
光の粒子さえも、凍りついた。
祭壇が、凍った。
床が、凍った。
天井が、凍った。
空間そのものが、氷に閉ざされていく。
「な、何だこれは」
ギルバートの声が、震えた。
彼の影の体が、動かなくなっていく。
「影が、凍る。馬鹿な、影が凍るわけが」
「凍りますわ」
ティアラが、微笑んだ。
「光の粒子が停止すれば、光は存在しなくなる」
「だから、何だ」
「光がなければ、影も存在しませんわ」
ティアラの声が、静かに響いた。
「闇の中には、影は存在しない。それが真実ですの」
ギルバートの体が、凍りついていく。
影が、氷に変わっていく。
「嘘だ。私は不死だ。影は死なない。死ぬはずが」
彼の声が、途切れた。
しかし。
凍った影が、一瞬だけ揺らいだ。
ひび割れた氷の隙間から、黒い靄が漏れ出す。
復活しようとしている。
「陛下」
「分かっている」
ジークハルトが、さらに冷気を放った。
二度目の絶対零度。
容赦のない、究極の冷気。
「馬鹿、な。私は、不死の」
ギルバートの声が、完全に途絶えた。
今度こそ、影は完全に凍りついた。
「さようなら、ギルバート様」
ティアラは、彼を見下ろした。
「永遠に、氷の中でお眠りなさいませ」
凍りついた影が、砕けていく。
粉々に。
塵に。
何も残らなかった。
(映像終了)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【神回】影も凍る、比喩じゃなかった
48:名無しの帝国民
終わった
49:名無しの帝国民
元宰相が消えた
50:名無しの帝国民
>>49
どうやって
51:名無しの帝国民
陛下が絶対零度を出した
52:名無しの帝国民
>>51
絶対零度
53:名無しの帝国民
光の粒子まで凍らせたらしい
54:名無しの帝国民
魔術の理論を超えてる
55:名無しの帝国民
>>54
氷の皇帝だぞ
56:名無しの帝国民
皇后様「闇の中には影は存在しない」
57:名無しの帝国民
>>56
頭いい
58:名無しの帝国民
光がなければ影は消えないって言ってたのに
59:名無しの帝国民
光自体を消すという発想
60:名無しの帝国民
逆転の発想ってやつか
61:名無しの帝国民
元宰相、一回復活しかけたらしい
62:名無しの帝国民
>>61
マジか
63:名無しの帝国民
「私は不死だ」って足掻いてた
64:名無しの帝国民
陛下、二度目の絶対零度で止め刺した
65:名無しの帝国民
>>64
容赦ない
66:名無しの帝国民
当然だろ、妻を狙った奴だぞ
67:名無しの帝国民
皇后様「さようなら、永遠に氷の中でお眠りなさいませ」
68:名無しの帝国民
>>67
笑顔で言ってそう
69:名無しの帝国民
絶対笑顔
70:名無しの帝国民
元宰相、粉々になって消えた
71:名無しの帝国民
ご冥福をお祈りします(本当に)
72:名無しの帝国民
過去の亡霊は、過去に帰った
73:名無しの帝国民
皇后様が昨日言った通り
74:名無しの帝国民
有言実行
75:名無しの帝国民
両陛下、最強すぎる
76:名無しの帝国民
夫婦の連携が完璧
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後4:00】
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全てが、終わった。
ギルバートは、氷の塵となって消えた。
私は、その光景を見ていた。
陛下の絶対零度は、この世のものとは思えなかった。
空間そのものが凍りつく。
光の粒子さえも、停止する。
あれが、「氷の皇帝」の本当の力なのだろう。
一度は復活しかけた影を、二度目の絶対零度で完全に消し去った。
容赦がなかった。
当然だ。
殿下を傷つけようとした者に、慈悲などあるはずがない。
そして、殿下。
殿下は、最後まで微笑んでいた。
過去の仇を討った瞬間も、穏やかに笑っていた。
その姿は、美しく、そして恐ろしかった。
私は、改めて思った。
この二人を敵に回してはいけない、と。
胃薬を、飲んだ。
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【映像ログ021-D 古代遺跡外部 同日 午後5:00】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
遺跡の外。
二人は、瓦礫の上に立っていた。
遺跡全体が、巨大な氷塊に変わっている。
まるで、氷山のようだ。
「終わりましたわね」
ティアラが、深く息を吐いた。
「ああ」
ジークハルトが、頷いた。
「これで、過去は全て清算された」
「ええ」
ティアラは、空を見上げた。
闇国には、太陽がない。
しかし、今。
空に、不思議な光が揺らめいていた。
「陛下、あれは」
「絶対零度を放った影響だ」
ジークハルトが、答えた。
「余の魔力が大気中に残り、光を発している」
それは、帯状に揺らめいていた。
緑と紫と青が、混ざり合っている。
まるで、天の川のような美しさだった。
「極光ですわね」
ティアラは、微笑んだ。
「闇国で、極光を見られるなんて」
「偶然の産物だ」
「偶然でも、美しいものは美しいですわ」
ティアラが、ジークハルトの腕に手を添えた。
「陛下、ありがとうございました」
「礼を言われることではない」
「いいえ。陛下がいなければ、私一人では」
「お前がいなければ、余もあの策は思いつかなかった」
ジークハルトが、ティアラを見た。
「余たちは、二人で一つだ」
ティアラの頬が、わずかに赤くなった。
「陛下、そのような」
「事実だ」
ジークハルトが、ティアラの手を取った。
「お前と出会えて、余は幸せだ」
「私もですわ」
二人は、極光の下で手を繋いでいた。
闇の国に、光が灯った瞬間だった。
(映像終了)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【朗報】闇国に極光が出現
77:名無しの帝国民
闇国で極光が見えるらしい
78:名無しの帝国民
>>77
闇国に光なんかあるのか
79:名無しの帝国民
陛下の絶対零度の魔力が残って光ったらしい
80:名無しの帝国民
すごいな
81:名無しの帝国民
両陛下、極光の下でイチャイチャしてた
82:名無しの帝国民
>>81
戦闘後にそれかよ
83:名無しの帝国民
通常運転
84:名無しの帝国民
「二人で一つ」って言ってたらしい
85:名無しの帝国民
>>84
甘すぎる
86:名無しの帝国民
殺伐とした戦いの後にこれ
87:名無しの帝国民
ギャップが激しい
88:名無しの帝国民
それが両陛下クオリティ
89:名無しの帝国民
闇国にも新しい夜明けが来た感じ
90:名無しの帝国民
>>89
詩人か
91:名無しの帝国民
でも実際そんな感じ
92:名無しの帝国民
「影の評議会」が消えて、闇国も変わるかもな
93:名無しの帝国民
帝国との関係も良くなりそう
94:名無しの帝国民
全部皇后様のおかげ
95:名無しの帝国民
陛下もな
96:名無しの帝国民
最強の夫婦
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後6:00】
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遺跡の外で、極光を見た。
闇国で、光を見るとは思わなかった。
両陛下は、その光の下で手を繋いでいた。
戦いの後とは思えない、穏やかな光景だった。
私は、少し離れた場所から見守っていた。
彼らの邪魔をしてはいけないと思った。
「ハインリヒ」
殿下が、私を呼んだ。
「は、はい」
「お疲れ様でした」
殿下は、微笑んでいた。
その笑みには、戦いの時の冷たさはなかった。
「いえ、私は何も」
「記録してくださったでしょう」
「はい」
「それが、大切なのですわ」
殿下は、空を見上げた。
「この戦いを、後世に伝えてくださいませ」
「かしこまりました」
「ただし」
殿下の目が、私を見た。
「編集は、お任せしますわ」
私は、頷いた。
きっと、編集が必要な部分は山ほどあるだろう。
殿下の策略の数々、陛下の溺愛の数々。
全てを記録に残すわけにはいかない。
胃が、また痛くなった。
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【極秘ログ──送信者不明】
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記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第二の月 17日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
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(音声のみ)
地図を広げる音。
指でなぞる気配。
「……陛下、お疲れではありませんか」
女の声。
穏やかな響き。
「いや。お前こそ」
低い男の声。
「私は大丈夫ですわ」
「本当か」
「ええ。だって」
女が、小さく笑う気配。
「終わりましたもの」
沈黙。
「……ギルバートのことか」
「はい」
「奴は、お前を傷つけようとした」
「ええ。でも、もう」
女の声が、穏やかになった。
「過去は、過去に帰りましたわ」
「そうだな」
「陛下のおかげですわ」
「余だけの力ではない」
男の声が、柔らかくなった。
「お前の策がなければ、余は負けていたかもしれん」
「まさか。陛下が負けるはずがありませんわ」
「お前がいるからだ」
沈黙。
衣擦れの音。
「……陛下」
「何だ」
「私、泣いてもいいですか」
「いいに決まっている」
女が、小さく息を吐く気配。
「戦いの間は、平気だったのですわ」
「ああ」
「でも、終わったら、急に」
女の声が、震えた。
「ずっと、怖かったのですわ」
「何がだ」
「ギルバートが、また私の全てを奪うのではないかと」
女の声が、さらに震えた。
「フローレンスにいた頃、彼に全てを奪われました。名誉も、居場所も、未来も」
「ティアラ」
「だから、怖かった。また同じことが起きるのではないかと」
女が、息を吸う気配。
「でも、もう大丈夫ですわ」
「ああ」
「陛下がいてくださいますもの」
男が、女を抱き寄せる気配。
「もう、何も奪わせない」
「陛下」
「お前の全ては、余が守る」
女が、泣いている気配。
静かに、穏やかに。
「……ありがとうございます」
「礼を言うな」
「でも」
「余こそ、お前に感謝している」
男の声が、優しくなった。
「お前がいなければ、余は氷の中で孤独に生きていた」
「陛下」
「お前が、余を溶かしてくれた」
女が、笑う気配。
「陛下、それは。私、氷を溶かすような力はありませんわ」
「そうではない。お前の存在が、余の心を溶かしたのだ」
「……ずるいですわ」
「何がだ」
「そんなことを言われたら、もっと泣いてしまいますわ」
「泣いていい。今夜は、泣いていい」
沈黙。
寄り添う気配。
「……おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
しばらくの沈黙。
女が、ふと呟く気配。
「明日、帝国に帰りましょうね」
「ああ」
「そして、また穏やかな日々を過ごしましょう」
「そうだな」
「陛下の字の練習も、続けましょうね」
男が、笑う気配。
「忘れていなかったか」
「忘れるはずがありませんわ」
「分かった。毎日、練習する」
「約束ですわよ」
「ああ。約束だ」
女が、くすりと笑う気配。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【考察】氷の皇帝の絶対零度、本当に可能なのか
97:名無しの帝国民
絶対零度について考察するスレ
98:名無しの帝国民
光の粒子まで凍らせたらしいけど
99:名無しの帝国民
魔術の理論的にありえるのか
100:名無しの帝国民
>>99
魔法だぞ
101:名無しの帝国民
魔法なら何でもありか
102:名無しの帝国民
陛下の魔力が桁違いなんだろ
103:名無しの帝国民
永久氷晶の力もあるし
104:名無しの帝国民
それを皇后様が引き出した
105:名無しの帝国民
>>104
どういう意味だ
106:名無しの帝国民
陛下、皇后様といる時だけ本気出せるらしい
107:名無しの帝国民
>>106
ソースは
108:名無しの帝国民
ない
109:名無しの帝国民
でも納得できる
110:名無しの帝国民
愛の力ってやつか
111:名無しの帝国民
臭いセリフだけど、本当にそうかもな
112:名無しの帝国民
両陛下なら許される
113:名無しの帝国民
いつも通り
114:名無しの帝国民
次は何が起きるんだろうな
115:名無しの帝国民
とりあえず帰国だろ
116:名無しの帝国民
穏やかな日々が戻ってくる
117:名無しの帝国民
それを願う
118:名無しの帝国民
両陛下に幸あれ
-----
【次回予告】
戦いは、終わった。
過去の亡霊は、永遠に氷の下に眠った。
「殿下、帝都からの通信です」
「あら。どなたからかしら」
「フェリックス元王太子からです」
帝国に戻る二人を待っていたのは、新たな知らせ。
「フローレンス王国の正式な継承権が、消滅いたしました」
「つまり?」
「フローレンスは、完全に帝国の保護領になります」
そして、もう一つ。
「ヴェルナー伯爵の救出にも、成功いたしました」
「まあ。よかったですわ」
「殿下のご指示通りに」
全てが、終わる。
そして、新しい日々が始まる。
「陛下、私たちの物語は、まだ続きますわね」
「ああ。永遠に」
最終話「氷と蜜の大団円」
お楽しみに。
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【おまけ:帝国への帰路 翌日】
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馬車の中。
ティアラは、交換日記を開いていた。
昨夜、ジークハルトが書いたページを見つめる。
「陛下、これは何と書いてありますの」
「読めないか」
「はい」
ジークハルトが、隣に座った。
「これは、『愛している』だ」
「まあ」
ティアラの頬が、赤くなった。
「こちらは、『永遠に』だ」
「陛下」
「そして、こちらは」
ジークハルトが、ページをめくった。
「『お前の笑顔が、余の全てだ』」
ティアラは、言葉を失った。
「陛下、字は読めませんが」
「ああ」
「気持ちは、伝わりましたわ」
ジークハルトの口元が、緩んだ。
「よかった」
「でも、もう少し練習してくださいませ」
「分かっている」
「毎日100回、私の名前を書いてくださいね」
「1000回でもいい」
「では、1000回で」
二人は、顔を見合わせて笑った。
馬車は、帝国へ向かって走っていた。
窓の外には、闇国の風景が流れていく。
しかし、その闇の中にも、わずかに光が差し込んでいた。
昨日の極光の名残だろうか。
闇国にも、新しい時代が来ようとしていた。
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【速報】両陛下、古代遺跡に突入か
1:名無しの帝国民
両陛下が動いたぞ
2:名無しの帝国民
>>1
どこに向かってる
3:名無しの帝国民
闇国の最深部らしい
4:名無しの帝国民
古代遺跡があるって噂
5:名無しの帝国民
>>4
「影の評議会」の本拠地か
6:名無しの帝国民
元宰相が潜んでるとこだろ
7:名無しの帝国民
いよいよ決戦か
8:名無しの帝国民
皇后様が動いたら敵は終わる
9:名無しの帝国民
フローレンスが証明してる
10:名無しの帝国民
また証明されそう
11:名無しの帝国民
元宰相、逃げた方がいいのでは
12:名無しの帝国民
>>11
もう遅い
13:名無しの帝国民
狩りの時間だ
14:名無しの帝国民
両陛下の無事を祈る
15:名無しの帝国民
いや、敵の冥福を祈った方がいい
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 帝国歴四〇三年 冬 第二の月 17日 午前9:00】
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朝から、状況が動いた。
ルシア殿が「影の評議会」の本拠地を突き止めたのだ。
闇国の最深部。
古代遺跡の奥深くに、ギルバートは潜んでいるという。
「皇后殿下のおかげでございます」
ルシア殿は、そう言って頭を下げた。
殿下は、穏やかに微笑んでいた。
「あら。私は何もしておりませんわ」
嘘だ。
殿下が何もしないはずがない。
きっと、裏で何かを動かしたのだろう。
私は、詳しく聞かないことにした。
胃が、もたないからだ。
-----
【映像ログ021-A 闇国最深部 古代遺跡入口 同日 午後2:00】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:低下(周囲の闇が濃いため)
配信範囲:帝国内限定(要機密扱い)
-----
(映像開始)
古代遺跡。
太陽の光など、ここには届かない。
闇そのものが、生き物のように蠢いていた。
遺跡の入口には、黒い鎧の兵士たちが並んでいる。
「影の評議会」の護衛兵。
しかし、彼らの隊列は乱れていた。
あちこちで怒号が飛び交っている。
「裏切り者がいるぞ」
「誰だ、門を開けた奴は」
「見つけ次第、殺せ」
ティアラは、その様子を見つめていた。
口元に、かすかな笑みが浮かんでいる。
「道案内は不要ですわね」
「ああ」
ジークハルトが、頷いた。
「奴らが、勝手に道を開けてくれている」
「ルシアの手筈通りですわ」
ティアラは、ジークハルトの手を取った。
「参りましょう、陛下。獲物が待っておりますわ」
「行くぞ」
二人は、混乱する兵士たちの間を悠々と歩いていった。
誰も、彼らを止められなかった。
止めようとした者は、足元から凍りついていった。
(映像終了)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後2:30】
-----
遺跡内部の混乱について、後で聞いた話がある。
ルシア殿が、事前に「影の評議会」の幹部数名に接触していたらしい。
「ギルバートは闇国を滅ぼすつもりだ」
そう囁いたのだという。
嘘ではない。
永久氷晶でフローレンスを氷漬けにする計画は、闇国にとっても脅威だ。
自国が氷の墓場になる未来を、誰が望むだろうか。
幹部たちは、ギルバートに反旗を翻した。
内部から崩壊させる。
殿下の指示だったのだろう。
私は、何も聞かなかったことにした。
聞けば、胃に穴が開く。
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【悲報】影の評議会、内部崩壊中
16:名無しの帝国民
敵の陣地が混乱してる
17:名無しの帝国民
裏切り者がいるらしい
18:名無しの帝国民
>>17
誰だろうな
19:名無しの帝国民
皇后様の「お友達」だろ
20:名無しの帝国民
>>19
ルシアか
21:名無しの帝国民
あの人、完全に皇后様の手駒だよな
22:名無しの帝国民
壊されたからな
23:名無しの帝国民
内部から崩壊させるとか、えげつない
24:名無しの帝国民
>>23
それが皇后様クオリティ
25:名無しの帝国民
皇后様「道案内は不要ですわね」
26:名無しの帝国民
>>25
余裕すぎる
27:名無しの帝国民
陛下も普通に歩いてて草
28:名無しの帝国民
止めようとした兵士が凍ってた
29:名無しの帝国民
通常運転
30:名無しの帝国民
氷の皇帝、今日も絶好調
31:名無しの帝国民
元宰相、終わったな
32:名無しの帝国民
三回目
-----
【映像ログ021-B 古代遺跡最深部 同日 午後3:00】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて低下(光源がほぼない)
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)
-----
(映像開始)
遺跡の最深部。
巨大な祭壇が、闇の中に浮かび上がっていた。
魔導灯の光が、辛うじて周囲を照らしている。
しかし、その光さえも闇に飲み込まれそうだった。
祭壇の前に、一人の男が立っていた。
白磁の仮面。
焼け爛れた顔。
ギルバートだ。
「ようこそ、ティアラ」
男の声が、闇に響いた。
「よく、ここまで来たね」
「お招きいただきましたもの」
ティアラは、微笑んだ。
「ご丁寧に、暗殺者まで寄越していただいて」
「あれは、挨拶代わりだよ」
ギルバートの口元が、歪んだ。
「本当の力は、これからお見せする」
彼の体が、揺らいだ。
輪郭が崩れていく。
人の形が、影に溶けていった。
そして。
巨大な何かが、祭壇の後ろに現れた。
影の怪物。
人の形を模しているが、その大きさは祭壇の三倍はある。
無数の腕が、闇の中から伸びていた。
「ここは、影の力が最も強い場所だ」
怪物の口から、ギルバートの声が響いた。
「私の体は、もはや影そのもの。物理攻撃は効かない」
ジークハルトが、一歩前に出た。
「試してみるか」
彼の手から、氷の剣が生まれた。
それを、影の怪物に向かって振り下ろす。
しかし、刃は影をすり抜けた。
手応えがない。
「無駄だよ、氷の皇帝」
ギルバートが、笑った。
「影には、実体がない。君の氷も、ただ空を切るだけだ」
「ならば、これはどうだ」
ジークハルトが、両手を広げた。
ダイヤモンドダスト。
昨夜、暗殺者を倒した技だ。
しかし、今度は違った。
氷の粒子が、闇に飲み込まれていく。
光が届かない。
「無駄だと言っただろう」
ギルバートの声が、嘲笑を含んでいた。
「この遺跡の闇は、光を吸収する。君のダイヤモンドダストも、ここでは無力だ」
影の腕が、ジークハルトに向かって伸びた。
「さあ、死んでくれ。そして、永久氷晶の力を私に」
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【悲報】陛下の攻撃、通じない
33:名無しの帝国民
陛下の氷が効いてない
34:名無しの帝国民
>>33
マジか
35:名無しの帝国民
影には実体がないから物理攻撃が無効らしい
36:名無しの帝国民
ダイヤモンドダストも効かないのか
37:名無しの帝国民
遺跡の闇が光を吸収するって
38:名無しの帝国民
>>37
チートすぎる
39:名無しの帝国民
これ、勝てるのか
40:名無しの帝国民
皇后様が何か考えてるはず
41:名無しの帝国民
>>40
それを信じるしかない
42:名無しの帝国民
でも皇后様、動いてないぞ
43:名無しの帝国民
まだ何か待ってるのか
44:名無しの帝国民
策があるんだろ
45:名無しの帝国民
頼む、皇后様
46:名無しの帝国民
両陛下の無事を祈る
47:名無しの帝国民
胃が痛い
-----
【映像ログ021-C 古代遺跡最深部 同日 午後3:10】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて低下
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)
-----
(映像開始)
影の腕が、ジークハルトに迫る。
彼は、氷の壁を作って防いだ。
しかし、影は壁をすり抜けてくる。
実体がないのだから、当然だ。
「くっ」
ジークハルトが、後退した。
影の爪が、彼の腕をかすめる。
冷たい。
氷よりも、冷たい。
「諦めろ、氷の皇帝」
ギルバートの声が、勝ち誇っていた。
「光がなければ、影は消えない。君たちの敗北だね」
その時だった。
「そうですわね」
ティアラの声が、闇に響いた。
彼女は、ジークハルトの傍に立っていた。
その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
「光がなければ、影は消えない。それは常識ですわ」
「分かっているなら、諦めたまえ」
「でも」
ティアラが、ギルバートを見上げた。
その瞳が、静かに燃えていた。
「もう一つ、影を消す方法がありますの」
「何だと」
「光があるから、影は生まれる」
ティアラの声が、冷たくなった。
「ならば、光を完全に消せばいい」
「何を」
「闇そのものにしてしまえば、影は存在できませんわ」
ギルバートの動きが、止まった。
「馬鹿な。そんなことが」
「できますわ」
ティアラが、ジークハルトを見た。
「陛下。お願いいたしますわ」
ジークハルトは、頷いた。
「任せろ」
彼が、両手を広げた。
そして、深く息を吸った。
「凍れ」
空気が、震えた。
「光も、闇も、時間さえも」
ジークハルトの体から、凄まじい冷気が放たれた。
それは、今までの氷とは違った。
温度という概念そのものが、消えていく。
絶対零度。
全ての分子運動が停止する、究極の冷気。
光の粒子さえも、凍りついた。
祭壇が、凍った。
床が、凍った。
天井が、凍った。
空間そのものが、氷に閉ざされていく。
「な、何だこれは」
ギルバートの声が、震えた。
彼の影の体が、動かなくなっていく。
「影が、凍る。馬鹿な、影が凍るわけが」
「凍りますわ」
ティアラが、微笑んだ。
「光の粒子が停止すれば、光は存在しなくなる」
「だから、何だ」
「光がなければ、影も存在しませんわ」
ティアラの声が、静かに響いた。
「闇の中には、影は存在しない。それが真実ですの」
ギルバートの体が、凍りついていく。
影が、氷に変わっていく。
「嘘だ。私は不死だ。影は死なない。死ぬはずが」
彼の声が、途切れた。
しかし。
凍った影が、一瞬だけ揺らいだ。
ひび割れた氷の隙間から、黒い靄が漏れ出す。
復活しようとしている。
「陛下」
「分かっている」
ジークハルトが、さらに冷気を放った。
二度目の絶対零度。
容赦のない、究極の冷気。
「馬鹿、な。私は、不死の」
ギルバートの声が、完全に途絶えた。
今度こそ、影は完全に凍りついた。
「さようなら、ギルバート様」
ティアラは、彼を見下ろした。
「永遠に、氷の中でお眠りなさいませ」
凍りついた影が、砕けていく。
粉々に。
塵に。
何も残らなかった。
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【神回】影も凍る、比喩じゃなかった
48:名無しの帝国民
終わった
49:名無しの帝国民
元宰相が消えた
50:名無しの帝国民
>>49
どうやって
51:名無しの帝国民
陛下が絶対零度を出した
52:名無しの帝国民
>>51
絶対零度
53:名無しの帝国民
光の粒子まで凍らせたらしい
54:名無しの帝国民
魔術の理論を超えてる
55:名無しの帝国民
>>54
氷の皇帝だぞ
56:名無しの帝国民
皇后様「闇の中には影は存在しない」
57:名無しの帝国民
>>56
頭いい
58:名無しの帝国民
光がなければ影は消えないって言ってたのに
59:名無しの帝国民
光自体を消すという発想
60:名無しの帝国民
逆転の発想ってやつか
61:名無しの帝国民
元宰相、一回復活しかけたらしい
62:名無しの帝国民
>>61
マジか
63:名無しの帝国民
「私は不死だ」って足掻いてた
64:名無しの帝国民
陛下、二度目の絶対零度で止め刺した
65:名無しの帝国民
>>64
容赦ない
66:名無しの帝国民
当然だろ、妻を狙った奴だぞ
67:名無しの帝国民
皇后様「さようなら、永遠に氷の中でお眠りなさいませ」
68:名無しの帝国民
>>67
笑顔で言ってそう
69:名無しの帝国民
絶対笑顔
70:名無しの帝国民
元宰相、粉々になって消えた
71:名無しの帝国民
ご冥福をお祈りします(本当に)
72:名無しの帝国民
過去の亡霊は、過去に帰った
73:名無しの帝国民
皇后様が昨日言った通り
74:名無しの帝国民
有言実行
75:名無しの帝国民
両陛下、最強すぎる
76:名無しの帝国民
夫婦の連携が完璧
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後4:00】
-----
全てが、終わった。
ギルバートは、氷の塵となって消えた。
私は、その光景を見ていた。
陛下の絶対零度は、この世のものとは思えなかった。
空間そのものが凍りつく。
光の粒子さえも、停止する。
あれが、「氷の皇帝」の本当の力なのだろう。
一度は復活しかけた影を、二度目の絶対零度で完全に消し去った。
容赦がなかった。
当然だ。
殿下を傷つけようとした者に、慈悲などあるはずがない。
そして、殿下。
殿下は、最後まで微笑んでいた。
過去の仇を討った瞬間も、穏やかに笑っていた。
その姿は、美しく、そして恐ろしかった。
私は、改めて思った。
この二人を敵に回してはいけない、と。
胃薬を、飲んだ。
-----
【映像ログ021-D 古代遺跡外部 同日 午後5:00】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
-----
(映像開始)
遺跡の外。
二人は、瓦礫の上に立っていた。
遺跡全体が、巨大な氷塊に変わっている。
まるで、氷山のようだ。
「終わりましたわね」
ティアラが、深く息を吐いた。
「ああ」
ジークハルトが、頷いた。
「これで、過去は全て清算された」
「ええ」
ティアラは、空を見上げた。
闇国には、太陽がない。
しかし、今。
空に、不思議な光が揺らめいていた。
「陛下、あれは」
「絶対零度を放った影響だ」
ジークハルトが、答えた。
「余の魔力が大気中に残り、光を発している」
それは、帯状に揺らめいていた。
緑と紫と青が、混ざり合っている。
まるで、天の川のような美しさだった。
「極光ですわね」
ティアラは、微笑んだ。
「闇国で、極光を見られるなんて」
「偶然の産物だ」
「偶然でも、美しいものは美しいですわ」
ティアラが、ジークハルトの腕に手を添えた。
「陛下、ありがとうございました」
「礼を言われることではない」
「いいえ。陛下がいなければ、私一人では」
「お前がいなければ、余もあの策は思いつかなかった」
ジークハルトが、ティアラを見た。
「余たちは、二人で一つだ」
ティアラの頬が、わずかに赤くなった。
「陛下、そのような」
「事実だ」
ジークハルトが、ティアラの手を取った。
「お前と出会えて、余は幸せだ」
「私もですわ」
二人は、極光の下で手を繋いでいた。
闇の国に、光が灯った瞬間だった。
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【朗報】闇国に極光が出現
77:名無しの帝国民
闇国で極光が見えるらしい
78:名無しの帝国民
>>77
闇国に光なんかあるのか
79:名無しの帝国民
陛下の絶対零度の魔力が残って光ったらしい
80:名無しの帝国民
すごいな
81:名無しの帝国民
両陛下、極光の下でイチャイチャしてた
82:名無しの帝国民
>>81
戦闘後にそれかよ
83:名無しの帝国民
通常運転
84:名無しの帝国民
「二人で一つ」って言ってたらしい
85:名無しの帝国民
>>84
甘すぎる
86:名無しの帝国民
殺伐とした戦いの後にこれ
87:名無しの帝国民
ギャップが激しい
88:名無しの帝国民
それが両陛下クオリティ
89:名無しの帝国民
闇国にも新しい夜明けが来た感じ
90:名無しの帝国民
>>89
詩人か
91:名無しの帝国民
でも実際そんな感じ
92:名無しの帝国民
「影の評議会」が消えて、闇国も変わるかもな
93:名無しの帝国民
帝国との関係も良くなりそう
94:名無しの帝国民
全部皇后様のおかげ
95:名無しの帝国民
陛下もな
96:名無しの帝国民
最強の夫婦
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後6:00】
-----
遺跡の外で、極光を見た。
闇国で、光を見るとは思わなかった。
両陛下は、その光の下で手を繋いでいた。
戦いの後とは思えない、穏やかな光景だった。
私は、少し離れた場所から見守っていた。
彼らの邪魔をしてはいけないと思った。
「ハインリヒ」
殿下が、私を呼んだ。
「は、はい」
「お疲れ様でした」
殿下は、微笑んでいた。
その笑みには、戦いの時の冷たさはなかった。
「いえ、私は何も」
「記録してくださったでしょう」
「はい」
「それが、大切なのですわ」
殿下は、空を見上げた。
「この戦いを、後世に伝えてくださいませ」
「かしこまりました」
「ただし」
殿下の目が、私を見た。
「編集は、お任せしますわ」
私は、頷いた。
きっと、編集が必要な部分は山ほどあるだろう。
殿下の策略の数々、陛下の溺愛の数々。
全てを記録に残すわけにはいかない。
胃が、また痛くなった。
-----
【極秘ログ──送信者不明】
-----
記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第二の月 17日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
-----
(音声のみ)
地図を広げる音。
指でなぞる気配。
「……陛下、お疲れではありませんか」
女の声。
穏やかな響き。
「いや。お前こそ」
低い男の声。
「私は大丈夫ですわ」
「本当か」
「ええ。だって」
女が、小さく笑う気配。
「終わりましたもの」
沈黙。
「……ギルバートのことか」
「はい」
「奴は、お前を傷つけようとした」
「ええ。でも、もう」
女の声が、穏やかになった。
「過去は、過去に帰りましたわ」
「そうだな」
「陛下のおかげですわ」
「余だけの力ではない」
男の声が、柔らかくなった。
「お前の策がなければ、余は負けていたかもしれん」
「まさか。陛下が負けるはずがありませんわ」
「お前がいるからだ」
沈黙。
衣擦れの音。
「……陛下」
「何だ」
「私、泣いてもいいですか」
「いいに決まっている」
女が、小さく息を吐く気配。
「戦いの間は、平気だったのですわ」
「ああ」
「でも、終わったら、急に」
女の声が、震えた。
「ずっと、怖かったのですわ」
「何がだ」
「ギルバートが、また私の全てを奪うのではないかと」
女の声が、さらに震えた。
「フローレンスにいた頃、彼に全てを奪われました。名誉も、居場所も、未来も」
「ティアラ」
「だから、怖かった。また同じことが起きるのではないかと」
女が、息を吸う気配。
「でも、もう大丈夫ですわ」
「ああ」
「陛下がいてくださいますもの」
男が、女を抱き寄せる気配。
「もう、何も奪わせない」
「陛下」
「お前の全ては、余が守る」
女が、泣いている気配。
静かに、穏やかに。
「……ありがとうございます」
「礼を言うな」
「でも」
「余こそ、お前に感謝している」
男の声が、優しくなった。
「お前がいなければ、余は氷の中で孤独に生きていた」
「陛下」
「お前が、余を溶かしてくれた」
女が、笑う気配。
「陛下、それは。私、氷を溶かすような力はありませんわ」
「そうではない。お前の存在が、余の心を溶かしたのだ」
「……ずるいですわ」
「何がだ」
「そんなことを言われたら、もっと泣いてしまいますわ」
「泣いていい。今夜は、泣いていい」
沈黙。
寄り添う気配。
「……おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
しばらくの沈黙。
女が、ふと呟く気配。
「明日、帝国に帰りましょうね」
「ああ」
「そして、また穏やかな日々を過ごしましょう」
「そうだな」
「陛下の字の練習も、続けましょうね」
男が、笑う気配。
「忘れていなかったか」
「忘れるはずがありませんわ」
「分かった。毎日、練習する」
「約束ですわよ」
「ああ。約束だ」
女が、くすりと笑う気配。
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【考察】氷の皇帝の絶対零度、本当に可能なのか
97:名無しの帝国民
絶対零度について考察するスレ
98:名無しの帝国民
光の粒子まで凍らせたらしいけど
99:名無しの帝国民
魔術の理論的にありえるのか
100:名無しの帝国民
>>99
魔法だぞ
101:名無しの帝国民
魔法なら何でもありか
102:名無しの帝国民
陛下の魔力が桁違いなんだろ
103:名無しの帝国民
永久氷晶の力もあるし
104:名無しの帝国民
それを皇后様が引き出した
105:名無しの帝国民
>>104
どういう意味だ
106:名無しの帝国民
陛下、皇后様といる時だけ本気出せるらしい
107:名無しの帝国民
>>106
ソースは
108:名無しの帝国民
ない
109:名無しの帝国民
でも納得できる
110:名無しの帝国民
愛の力ってやつか
111:名無しの帝国民
臭いセリフだけど、本当にそうかもな
112:名無しの帝国民
両陛下なら許される
113:名無しの帝国民
いつも通り
114:名無しの帝国民
次は何が起きるんだろうな
115:名無しの帝国民
とりあえず帰国だろ
116:名無しの帝国民
穏やかな日々が戻ってくる
117:名無しの帝国民
それを願う
118:名無しの帝国民
両陛下に幸あれ
-----
【次回予告】
戦いは、終わった。
過去の亡霊は、永遠に氷の下に眠った。
「殿下、帝都からの通信です」
「あら。どなたからかしら」
「フェリックス元王太子からです」
帝国に戻る二人を待っていたのは、新たな知らせ。
「フローレンス王国の正式な継承権が、消滅いたしました」
「つまり?」
「フローレンスは、完全に帝国の保護領になります」
そして、もう一つ。
「ヴェルナー伯爵の救出にも、成功いたしました」
「まあ。よかったですわ」
「殿下のご指示通りに」
全てが、終わる。
そして、新しい日々が始まる。
「陛下、私たちの物語は、まだ続きますわね」
「ああ。永遠に」
最終話「氷と蜜の大団円」
お楽しみに。
-----
【おまけ:帝国への帰路 翌日】
-----
馬車の中。
ティアラは、交換日記を開いていた。
昨夜、ジークハルトが書いたページを見つめる。
「陛下、これは何と書いてありますの」
「読めないか」
「はい」
ジークハルトが、隣に座った。
「これは、『愛している』だ」
「まあ」
ティアラの頬が、赤くなった。
「こちらは、『永遠に』だ」
「陛下」
「そして、こちらは」
ジークハルトが、ページをめくった。
「『お前の笑顔が、余の全てだ』」
ティアラは、言葉を失った。
「陛下、字は読めませんが」
「ああ」
「気持ちは、伝わりましたわ」
ジークハルトの口元が、緩んだ。
「よかった」
「でも、もう少し練習してくださいませ」
「分かっている」
「毎日100回、私の名前を書いてくださいね」
「1000回でもいい」
「では、1000回で」
二人は、顔を見合わせて笑った。
馬車は、帝国へ向かって走っていた。
窓の外には、闇国の風景が流れていく。
しかし、その闇の中にも、わずかに光が差し込んでいた。
昨日の極光の名残だろうか。
闇国にも、新しい時代が来ようとしていた。
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