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氷と蜜の大団円は、永遠に記録され続ける
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【帝国歴史省 公式記録文書 第7846号】
帝国歴四〇三年 冬 第二の月 18日。
ヴァルトシュタイン帝国皇帝ジークハルト陛下と、皇后ティアラ殿下が闇国より帰還された。
両陛下は、闇国を支配していた秘密結社「影の評議会」を壊滅させ、首謀者ギルバートを討伐された。
この偉業により、両国間の友好関係は新たな段階へと進んだ。
以下は、帰還に伴う一連の記録である。
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【映像ログ022-A 帝都中央大通り 同日 正午12時00分】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて良好
配信範囲:全世界(公式配信)
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(映像開始)
帝都の空は、晴れ渡っていた。
冬の陽光が、石畳を照らしている。
中央大通りには、数えきれないほどの民衆が詰めかけていた。
「両陛下、万歳!」
「帝国に栄光あれ!」
「皇后様、お帰りなさい!」
歓声が、空に響く。
そして。
白い馬車が、ゆっくりと進んできた。
窓から顔を出しているのは、二人の姿。
銀髪の皇帝と、蜂蜜色の髪の皇后。
「ご覧くださいませ、陛下」
ティアラが、微笑んだ。
「皆様、お元気そうですわ」
「ああ」
ジークハルトが、頷いた。
彼の表情は、相変わらず無表情に見える。
しかし、その目は穏やかだった。
「無事に帰れてよかった」
「ええ」
ティアラが、窓の外に手を振った。
民衆の歓声が、さらに大きくなる。
「皇后様ーっ!」
「こっち向いてー!」
「お美しいー!」
ティアラは、一人一人に微笑みを向けた。
その隣で、ジークハルトが小さく息を吐いた。
「お前は人気者だな」
「陛下だって人気者ですわ」
「余は怖がられているだけだ」
「いいえ」
ティアラが、ジークハルトの腕に手を添えた。
「皆様、陛下のことを尊敬していますわ」
「そうか」
「ええ。氷のような強さと、蜜のような優しさ」
「蜜のような優しさ」
ジークハルトが、眉をひそめた。
「余にそんなものがあるか」
「ありますわ」
ティアラは、彼の耳元に囁いた。
「私だけが知っている、陛下の甘さ」
ジークハルトの耳が、わずかに赤くなった。
(馬車の窓越しに、皇帝の耳が赤くなっているのが映る)
民衆のどよめきが、広がった。
「おい、今の見たか」
「陛下の耳が」
「赤くなってる」
「皇后様、何を囁いた」
「気になる」
馬車は、ゆっくりと王城へ向かっていった。
(映像終了)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【祝】両陛下帰還! 帝国万歳!
1:名無しの帝国民
お帰りなさい両陛下
2:名無しの帝国民
パレード見てきた
3:名無しの帝国民
すごい人出だった
4:名無しの帝国民
皇后様、今日も綺麗だった
5:名無しの帝国民
陛下、今日も無表情だった
6:名無しの帝国民
>>5
いつものこと
7:名無しの帝国民
でも耳が赤くなってた
8:名無しの帝国民
>>7
見た見た
9:名無しの帝国民
皇后様が何か囁いたらしい
10:名無しの帝国民
何を言ったんだ
11:名無しの帝国民
気になりすぎる
12:名無しの帝国民
「私だけが知っている陛下の甘さ」って聞こえた
13:名無しの帝国民
>>12
読唇術師か
14:名無しの帝国民
>>13
望遠鏡で見てた
15:名無しの帝国民
熱心すぎる
16:名無しの帝国民
でも情報ありがたい
17:名無しの帝国民
陛下の甘さを独占する皇后様
18:名無しの帝国民
>>17
羨ましい
19:名無しの帝国民
羨ましいか?
20:名無しの帝国民
羨ましい(断言)
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【映像ログ022-B 王城 謁見の間 同日 午後2時00分】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
謁見の間。
玉座には、二人の姿があった。
ジークハルトが中央に座り、ティアラがその隣に控えている。
二人の前には、数名の人物が跪いていた。
「報告いたします」
ルシアが、頭を下げた。
「闇国の事後処理が完了いたしました」
「うむ」
ジークハルトが、頷いた。
「『影の評議会』の残党は」
「降伏いたしました。ギルバート亡き後、組織は完全に瓦解しております」
「そうか」
「また」
ルシアが、続けた。
「ヴェルナー伯爵の救出にも成功いたしました」
ティアラの目が、わずかに細くなった。
「まあ。よかったですわ」
「伯爵は、闇国の新たな代表として帝国との友好を誓っておられます」
「ルシア」
ティアラが、微笑んだ。
「よくやってくださいましたわね」
「殿下のご指示通りに」
ルシアは、深く頭を下げた。
「私は、殿下のお友達ですから」
謁見の間に、かすかな笑い声が漏れた。
「お友達、か」
ジークハルトが、呟いた。
「便利な言葉だな」
「便利なお友達ですわ」
ティアラは、にっこりと笑った。
その瞬間。
謁見の間の扉が開いた。
「緊急通信が入っております」
記録官のハインリヒが、駆け込んできた。
「フローレンスより、フェリックス殿下からの通信です」
「通せ」
ジークハルトが、命じた。
謁見の間の中央に、通信水晶が設置された。
光が揺らめき、映像が浮かび上がる。
金髪の青年が、映し出されていた。
「両陛下、ご帰還おめでとうございます」
フェリックスは、穏やかに微笑んでいた。
「フェリックス殿下」
ティアラが、目を細めた。
「お久しぶりですわね」
「ええ。報告がございます」
フェリックスの声が、少しだけ固くなった。
「フローレンス王国は、王政を廃止いたしました」
謁見の間に、どよめきが走った。
「王政を」
「廃止」
「そのような」
「静かに」
ジークハルトの一言で、謁見の間が静まり返った。
「続けろ」
「はい」
フェリックスが、頷いた。
「アルベルト元王太子の失態、自称聖女マリアの陰謀、そしてギルバートの反逆」
彼は、淡々と語った。
「王家の信頼は地に落ちました」
「それで」
「民衆と議会の総意により、王家は廃されました」
フェリックスの目が、少しだけ寂しそうに揺れた。
「私も、王族の地位を失いました」
「では、フローレンスは」
「帝国の保護領となることを選びました」
フェリックスが、深く頭を下げた。
「私は、その初代総督として就任いたします」
沈黙が、謁見の間を包んだ。
ティアラは、静かにフェリックスを見つめていた。
「フェリックス殿下」
「はい」
「いいえ、今は総督閣下、でしたわね」
ティアラは、微笑んだ。
「なかなか、やりますわね」
「お褒めいただき光栄です」
フェリックスが、かすかに笑った。
「私は、ティアラ様に勝てませんでしたから」
「勝ち負けではありませんわ」
「ええ。分かっております」
フェリックスの目が、穏やかになった。
「フローレンスの民を守ること。それが、私の役目です」
「それでこそですわ」
ティアラは、満足そうに頷いた。
「帝国は、フローレンスとの友好を歓迎いたしますわ」
「ありがとうございます」
通信が、終了した。
謁見の間に、再びどよめきが広がった。
(映像終了)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【速報】フローレンス、帝国の保護領になるってよ
21:名無しの帝国民
フローレンスが王政廃止した
22:名無しの帝国民
>>21
マジか
23:名無しの帝国民
帝国の保護領になるらしい
24:名無しの帝国民
フェリックス元王子が総督に就任
25:名無しの帝国民
>>24
あの人、頭いいからな
26:名無しの帝国民
結婚式で暴れた人だろ
27:名無しの帝国民
>>26
あれは皇后様との頭脳戦だった
28:名無しの帝国民
皇后様に負けたけど、潔かった
29:名無しの帝国民
王家を守るより、民を守ることを選んだ
30:名無しの帝国民
>>29
偉い
31:名無しの帝国民
皇后様を追放した国が、今や皇后様の足元に
32:名無しの帝国民
>>31
ざまぁ
33:名無しの帝国民
いや、ざまぁって言っていいのか
34:名無しの帝国民
フローレンスの民に罪はない
35:名無しの帝国民
>>34
それはそう
36:名無しの帝国民
悪いのは王家と聖女だけ
37:名無しの帝国民
皇后様もそう思ってそう
38:名無しの帝国民
だから保護領として受け入れた
39:名無しの帝国民
皇后様、優しい
40:名無しの帝国民
優しいというか、賢い
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後3:30】
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謁見が終わった。
フローレンス王国が、帝国の保護領となった。
一年前のことを思い出す。
殿下は、追放された悪役令嬢として帝国に流れ着いた。
濡れ衣を着せられ、全てを奪われた女性だった。
しかし、今。
彼女を追い出した国は、彼女の足元に跪いている。
これを「ざまぁ」と呼ぶのだろう。
民衆は、きっとそう思っているはずだ。
しかし、殿下の表情には、勝ち誇った様子はなかった。
むしろ、穏やかだった。
復讐を果たした満足感ではなく、過去に決着をつけた安堵。
そういうものが、彼女の目に浮かんでいた。
私は、少しだけ安心した。
殿下は、復讐の鬼ではない。
彼女は、陛下と共に未来を歩む女性だ。
……胃薬を、飲んだ。
念のためだ。
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【映像ログ022-C 皇帝私室 同日 午後8時00分】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて良好
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)
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(映像開始)
皇帝私室。
暖炉の炎が、ゆらゆらと揺れている。
ソファには、二人の姿があった。
ジークハルトと、ティアラ。
彼らの間には、紅茶のカップが置かれている。
「ようやく、落ち着きましたわね」
ティアラが、紅茶を啜った。
「ああ」
ジークハルトが、頷いた。
「敵はいなくなった」
「ええ」
ティアラは、窓の外を見た。
夜空には、星が瞬いている。
「ティアラ」
「何でしょう」
「聞きそびれていたことがある」
ジークハルトの声が、静かに響いた。
ティアラは、紅茶のカップを置いた。
「何ですの」
「最初の誤送信」
彼の目が、真っ直ぐにティアラを見つめた。
「あれは、本当に事故だったのか」
沈黙が、部屋を包んだ。
暖炉の炎が、パチパチと音を立てる。
ティアラの目が、わずかに見開かれた。
そして、くすりと笑った。
「さあ。どうかしら」
「どうかしら、とは」
「壊れた通信機を、ちょっと修理しただけですわ」
「その結果、何が起きたかは、存じませんわね」
「嘘だな」
「まあ。失礼ですわね」
ティアラが、わざとらしく眉をひそめた。
「でも、結果オーライですわ」
「結果オーライ」
「ええ」
彼女は、ジークハルトの手を取った。
「あの誤送信のおかげで、陛下と結ばれましたもの」
ジークハルトは、黙ってティアラを見つめていた。
そして。
「策士め」
その声には、呆れと愛情が混じっていた。
「だが、愛している」
ティアラの頬が、ほんのり赤くなった。
「陛下、急にそのようなことを」
「事実だ」
「事実だとしても」
「何度でも言う」
ジークハルトが、ティアラの手を握り締めた。
「愛している。ティアラ」
「……陛下」
ティアラは、視線を逸らした。
しかし、その口元には笑みが浮かんでいる。
「私もですわ」
「うむ」
「私も、陛下を愛しております」
二人は、暖炉の前で手を繋いでいた。
(映像終了)
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【神回】誤送信から始まった恋、ついに完結
41:名無しの帝国民
最初の誤送信の話になった
42:名無しの帝国民
陛下が聞いた
43:名無しの帝国民
「あれは、本当に事故だったのか」
44:名無しの帝国民
>>43
ついに核心に
45:名無しの帝国民
皇后様の返答は
46:名無しの帝国民
「さあ。どうかしら」
47:名無しの帝国民
>>46
答えになってないw
48:名無しの帝国民
「結果オーライですわ」だと
49:名無しの帝国民
認めてるようなもんだろ
50:名無しの帝国民
>>49
それな
51:名無しの帝国民
陛下「策士め」
52:名無しの帝国民
>>51
褒めてる
53:名無しの帝国民
「だが、愛している」
54:名無しの帝国民
>>53
甘すぎる
55:名無しの帝国民
砂糖吐きそう
56:名無しの帝国民
俺たちはこのやり取りを一年間見てきた
57:名無しの帝国民
>>56
長かったような、短かったような
58:名無しの帝国民
最初の膝枕映像が懐かしい
59:名無しの帝国民
あれも皇后様が仕組んだのか
60:名無しの帝国民
>>59
多分
61:名無しの帝国民
全部計算だったのか
62:名無しの帝国民
計算だとしても、本物の愛だ
63:名無しの帝国民
>>62
詩人か
64:名無しの帝国民
でも真実
65:名無しの帝国民
誤送信から始まった恋が、本物になった
66:名無しの帝国民
エモい
67:名無しの帝国民
胃薬生活もこれで終わりか
68:名無しの帝国民
>>67
寂しい
69:名無しの帝国民
いや、まだ続くだろ
70:名無しの帝国民
>>69
それはそう
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【極秘ログ 帝国歴四〇三年 冬 第二の月 18日 深夜】
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(紅茶を注ぐ音)
(笑い声が聞こえる)
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「陛下、もう一杯いかがですか」
「ああ、頼む」
(紅茶を注ぐ音)
「今日は、長い一日でしたわね」
「ああ」
「でも、良い一日でしたわ」
「そうだな」
(沈黙)
「陛下」
「何だ」
「敵がいなくなりましたわ」
「ああ」
「国は安泰ですわ」
「うむ」
「退屈になりそうですわね」
(小さな笑い声)
「退屈など、しない」
「まあ。なぜですの」
「お前がいるからだ」
(沈黙)
「陛下、ずるいですわ」
「何がだ」
「そういうことを、さらりと仰るところが」
「事実を述べただけだ」
「ですから、それがずるいのですわ」
(衣擦れの音)
「ティアラ」
「何ですか」
「明日は何をする」
「そうですわね」
(少しの間)
「日記を書きますわ」
「日記」
「ええ。陛下との交換日記、1000回の約束ですもの」
「そうだったな」
「今日のことも、書きますわ」
「何を書くのだ」
「秘密ですわ」
(小さな笑い声)
「では、余も書こう」
「何を書かれますの」
「それも秘密だ」
「まあ。お互い様ですわね」
(紅茶のカップを置く音)
「陛下」
「何だ」
「私、幸せですわ」
(沈黙)
「余もだ」
「本当に」
「ああ。お前と出会えて、余は世界で一番幸せな男だ」
(息を呑む音)
「陛下、本当にずるいですわ」
「何度でも言う」
「もう、いいですから」
「愛している」
「……私もですわ」
(沈黙)
(暖炉の火が爆ぜる音)
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「おやすみ、余の妻」
(記録終了)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 深夜】
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全ての記録を整理し終えた。
追放令嬢が、皇后になった。
氷の皇帝が、蜜のように甘くなった。
敵は全て倒れ、国は平和になった。
これ以上、何を望むというのだろう。
私は、この一年間の記録を振り返った。
最初の誤送信から始まった物語。
膝枕の映像。
収穫祭のデート。
偽装映像事件。
全世界公開のプロポーズ。
闇国での潜入捜査。
結婚式と各国との攻防。
闇国での決戦。
そして、大団円。
全ては、あの誤送信から始まった。
本当に「誤」送信だったのか。
今となっては、分からない。
殿下は「結果オーライ」と仰った。
それで、いいのだろう。
真実がどうであれ、二人は幸せだ。
それが、全てだ。
私は、胃薬を棚に戻した。
明日からは、少しは楽になるだろうか。
……いや、あの二人のことだ。
きっと、また何かを仕出かすに違いない。
胃薬は、手の届く場所に置いておこう。
念のためだ。
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【映像ログ022-D 皇帝寝室 同日 深夜11時30分】
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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:低光量
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)
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(映像開始)
天蓋付きの寝台。
月明かりが、窓から差し込んでいる。
二人は、並んで横になっていた。
「陛下」
ティアラの声が、静かに響いた。
「何だ」
「最初に出会った日のことを、覚えていますか」
「フローレンスの舞踏会か」
「ええ」
「忘れるわけがない」
ジークハルトが、天井を見上げた。
「お前は、バルコニーで一人だった」
「陛下も、退屈そうでしたわね」
「ああ」
「それで、声をかけましたの」
「『退屈そうですわね。私もですの』」
ジークハルトが、懐かしそうに呟いた。
「あの言葉で、余の人生は変わった」
「大袈裟ですわ」
「事実だ」
彼が、ティアラの手を取った。
「お前がいなければ、余は氷のままだった」
「陛下」
「感謝している」
ティアラは、少しの間黙っていた。
そして。
「私こそ、感謝しておりますわ」
「何に」
「あの夜、陛下が声をかけてくださったこと」
彼女の声が、かすかに震えた。
「陛下がいなければ、私は」
「言うな」
ジークハルトが、ティアラの手を握り締めた。
「過去のことだ」
「ええ。過去のことですわね」
ティアラは、微笑んだ。
「今は、幸せですもの」
「うむ」
「これからも、ずっと」
「ずっと、だ」
二人は、手を繋いだまま、天井を見上げていた。
月明かりが、二人の姿を照らしている。
「陛下」
「何だ」
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
ジークハルトが、少し間を置いた。
「余の、妻」
ティアラの頬に、幸せそうな笑みが浮かんだ。
「はい。私の、陛下」
(画面が暗転)
【通信終了】
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【エピローグ 帝国歴史省 極秘復元アーカイブ ファイルNo.XXX】
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数百年後。
帝国歴史省の若い職員が、古い記録を整理していた。
「先輩、これ見てください」
「何だ」
「『氷の皇帝の誤送信事件』っていう記録があるんですけど」
先輩職員が、画面を覗き込んだ。
「ああ、有名な話だな」
「有名なんですか」
「歴史の授業で習わなかったか」
先輩は、椅子に座り直した。
「数百年前、帝国には『氷の皇帝』と呼ばれる君主がいた」
「はい」
「冷酷非情で、誰もが恐れた」
「はい」
「だが、一人の女性が現れて、彼を変えた」
先輩の目が、遠くを見た。
「追放された悪役令嬢。彼女は皇后となり、皇帝と共に帝国を繁栄させた」
「それが、この記録ですか」
「ああ」
先輩が、画面を指さした。
「二人は後に『賢帝』と『聖后』と呼ばれるようになった」
「聖后」
「民を慈しみ、国を守り、夫を愛した女性」
若い職員は、画面の映像を見つめた。
そこには、手を繋いで眠る二人の姿があった。
「……幸せそうですね」
「ああ」
先輩が、微笑んだ。
「彼らの記録を見ていると、そう思うだろう」
「誤送信って、本当に事故だったんですか」
「さあな」
先輩が、肩をすくめた。
「真実は、彼女だけが知っている」
若い職員は、画面を見つめた。
蜂蜜色の髪の女性が、微笑んでいる。
その笑みは、数百年の時を超えても、変わらぬ輝きを放っていた。
-----
【最終映像 皇帝私室 日時不明】
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送信元:不明
映像品質:劣化
配信範囲:帝国歴史省 極秘アーカイブのみ
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(映像開始)
陽だまりの中。
二人の老人が、ソファに座っていた。
銀髪の男性と、蜂蜜色の髪の女性。
髪には白いものが混じり、顔には皺が刻まれている。
しかし、二人は手を繋いでいた。
「陛下」
女性が、穏やかに微笑んだ。
「何だ」
「今日も、いい天気ですわね」
「ああ」
「紅茶を、もう一杯いかがですか」
「頼む」
女性が、紅茶を注いだ。
その動作は、ゆっくりだが、丁寧だった。
「陛下」
「何だ」
「愛していますわ」
男性が、少しだけ微笑んだ。
それは、氷を溶かすような、温かな笑みだった。
「ああ、知っている」
二人は、陽だまりの中で紅茶を啜った。
窓の外では、鳥が鳴いている。
平和な、いつもと変わらない午後。
(映像終了)
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【記録完了】
帝国歴史省 極秘復元アーカイブ
『氷の皇帝の誤送信』
全22件の記録を収録
閲覧終了
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【完結】氷の皇帝と蜂蜜令嬢の物語
71:名無しの帝国民
終わった
72:名無しの帝国民
本当に終わった
73:名無しの帝国民
最後の映像、泣いた
74:名無しの帝国民
年老いても手を繋いでる
75:名無しの帝国民
「愛していますわ」「ああ、知っている」
76:名無しの帝国民
>>75
エモすぎる
77:名無しの帝国民
一年間、この二人を見てきた
78:名無しの帝国民
>>77
長かったような、短かったような
79:名無しの帝国民
最初の誤送信から、ここまで来た
80:名無しの帝国民
誤送信、本当に事故だったのか
81:名無しの帝国民
>>80
多分違う
82:名無しの帝国民
皇后様の策略だった説
83:名無しの帝国民
>>82
でも本物の愛になった
84:名無しの帝国民
それが全て
85:名無しの帝国民
胃薬、もう必要ないかな
86:名無しの帝国民
>>85
油断するな
87:名無しの帝国民
>>86
確かに
88:名無しの帝国民
両陛下のことだ、また何かやらかす
89:名無しの帝国民
>>88
それはそう
90:名無しの帝国民
でも、今日は祝おう
91:名無しの帝国民
大団円だ
92:名無しの帝国民
帝国万歳
93:名無しの帝国民
両陛下万歳
94:名無しの帝国民
氷と蜜の物語に
95:名無しの帝国民
永遠の祝福を
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【帝国記録官 ハインリヒの最後のメモ】
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この記録を、後世に残す。
私は、ハインリヒ・フォン・ヴェーバー。
ヴァルトシュタイン帝国の記録官として、両陛下にお仕えした。
彼らの物語を、全て記録した。
誤送信から始まった恋。
氷の皇帝と、蜂蜜色の髪の令嬢。
策略と愛情。
冷たさと温かさ。
全てが混ざり合い、一つの物語となった。
これを読む者へ。
真実がどうであれ、彼らは幸せだった。
それだけは、確かだ。
私の胃は、最後まで痛かった。
しかし、悪くない人生だった。
帝国記録官 ハインリヒ・フォン・ヴェーバー 記
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【おまけ 翌朝の光景】
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朝日が、寝室に差し込んでいた。
ティアラが、最初に目を覚ました。
「……んっ」
隣には、ジークハルトが眠っている。
銀髪が、枕に散らばっていた。
「陛下」
ティアラは、彼の頬に触れた。
「起きてくださいませ」
「……うむ」
ジークハルトが、薄く目を開けた。
「おはよう」
「おはようございます」
ティアラは、微笑んだ。
「今日は、何をいたしましょうか」
「日記を書く」
「ええ」
「それから」
ジークハルトが、ティアラを引き寄せた。
「もう少し、こうしていたい」
「陛下、朝ですわ」
「構わない」
「会議がありますわ」
「中止だ」
「そんな」
ティアラは、呆れたように笑った。
「陛下は、相変わらずですわね」
「お前が来てから、ずっとこうだ」
「私のせいですの」
「お前のおかげだ」
ジークハルトが、ティアラの額にキスをした。
「愛している」
「……何度言えば気が済むのですか」
「何度でも言う」
「もう」
ティアラは、赤くなった顔を彼の胸に埋めた。
「私も、愛していますわ」
「知っている」
「知っているなら、いちいち言わせないでくださいまし」
「言わせたいのだ」
「……陛下のいじわる」
二人は、朝日の中で抱き合っていた。
平和な、いつもと変わらない朝。
彼らの物語は、これからも続いていく。
氷と蜜の日々は、永遠に。
【おまけ 終わり】
帝国歴四〇三年 冬 第二の月 18日。
ヴァルトシュタイン帝国皇帝ジークハルト陛下と、皇后ティアラ殿下が闇国より帰還された。
両陛下は、闇国を支配していた秘密結社「影の評議会」を壊滅させ、首謀者ギルバートを討伐された。
この偉業により、両国間の友好関係は新たな段階へと進んだ。
以下は、帰還に伴う一連の記録である。
-----
【映像ログ022-A 帝都中央大通り 同日 正午12時00分】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて良好
配信範囲:全世界(公式配信)
-----
(映像開始)
帝都の空は、晴れ渡っていた。
冬の陽光が、石畳を照らしている。
中央大通りには、数えきれないほどの民衆が詰めかけていた。
「両陛下、万歳!」
「帝国に栄光あれ!」
「皇后様、お帰りなさい!」
歓声が、空に響く。
そして。
白い馬車が、ゆっくりと進んできた。
窓から顔を出しているのは、二人の姿。
銀髪の皇帝と、蜂蜜色の髪の皇后。
「ご覧くださいませ、陛下」
ティアラが、微笑んだ。
「皆様、お元気そうですわ」
「ああ」
ジークハルトが、頷いた。
彼の表情は、相変わらず無表情に見える。
しかし、その目は穏やかだった。
「無事に帰れてよかった」
「ええ」
ティアラが、窓の外に手を振った。
民衆の歓声が、さらに大きくなる。
「皇后様ーっ!」
「こっち向いてー!」
「お美しいー!」
ティアラは、一人一人に微笑みを向けた。
その隣で、ジークハルトが小さく息を吐いた。
「お前は人気者だな」
「陛下だって人気者ですわ」
「余は怖がられているだけだ」
「いいえ」
ティアラが、ジークハルトの腕に手を添えた。
「皆様、陛下のことを尊敬していますわ」
「そうか」
「ええ。氷のような強さと、蜜のような優しさ」
「蜜のような優しさ」
ジークハルトが、眉をひそめた。
「余にそんなものがあるか」
「ありますわ」
ティアラは、彼の耳元に囁いた。
「私だけが知っている、陛下の甘さ」
ジークハルトの耳が、わずかに赤くなった。
(馬車の窓越しに、皇帝の耳が赤くなっているのが映る)
民衆のどよめきが、広がった。
「おい、今の見たか」
「陛下の耳が」
「赤くなってる」
「皇后様、何を囁いた」
「気になる」
馬車は、ゆっくりと王城へ向かっていった。
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【祝】両陛下帰還! 帝国万歳!
1:名無しの帝国民
お帰りなさい両陛下
2:名無しの帝国民
パレード見てきた
3:名無しの帝国民
すごい人出だった
4:名無しの帝国民
皇后様、今日も綺麗だった
5:名無しの帝国民
陛下、今日も無表情だった
6:名無しの帝国民
>>5
いつものこと
7:名無しの帝国民
でも耳が赤くなってた
8:名無しの帝国民
>>7
見た見た
9:名無しの帝国民
皇后様が何か囁いたらしい
10:名無しの帝国民
何を言ったんだ
11:名無しの帝国民
気になりすぎる
12:名無しの帝国民
「私だけが知っている陛下の甘さ」って聞こえた
13:名無しの帝国民
>>12
読唇術師か
14:名無しの帝国民
>>13
望遠鏡で見てた
15:名無しの帝国民
熱心すぎる
16:名無しの帝国民
でも情報ありがたい
17:名無しの帝国民
陛下の甘さを独占する皇后様
18:名無しの帝国民
>>17
羨ましい
19:名無しの帝国民
羨ましいか?
20:名無しの帝国民
羨ましい(断言)
-----
【映像ログ022-B 王城 謁見の間 同日 午後2時00分】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定
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(映像開始)
謁見の間。
玉座には、二人の姿があった。
ジークハルトが中央に座り、ティアラがその隣に控えている。
二人の前には、数名の人物が跪いていた。
「報告いたします」
ルシアが、頭を下げた。
「闇国の事後処理が完了いたしました」
「うむ」
ジークハルトが、頷いた。
「『影の評議会』の残党は」
「降伏いたしました。ギルバート亡き後、組織は完全に瓦解しております」
「そうか」
「また」
ルシアが、続けた。
「ヴェルナー伯爵の救出にも成功いたしました」
ティアラの目が、わずかに細くなった。
「まあ。よかったですわ」
「伯爵は、闇国の新たな代表として帝国との友好を誓っておられます」
「ルシア」
ティアラが、微笑んだ。
「よくやってくださいましたわね」
「殿下のご指示通りに」
ルシアは、深く頭を下げた。
「私は、殿下のお友達ですから」
謁見の間に、かすかな笑い声が漏れた。
「お友達、か」
ジークハルトが、呟いた。
「便利な言葉だな」
「便利なお友達ですわ」
ティアラは、にっこりと笑った。
その瞬間。
謁見の間の扉が開いた。
「緊急通信が入っております」
記録官のハインリヒが、駆け込んできた。
「フローレンスより、フェリックス殿下からの通信です」
「通せ」
ジークハルトが、命じた。
謁見の間の中央に、通信水晶が設置された。
光が揺らめき、映像が浮かび上がる。
金髪の青年が、映し出されていた。
「両陛下、ご帰還おめでとうございます」
フェリックスは、穏やかに微笑んでいた。
「フェリックス殿下」
ティアラが、目を細めた。
「お久しぶりですわね」
「ええ。報告がございます」
フェリックスの声が、少しだけ固くなった。
「フローレンス王国は、王政を廃止いたしました」
謁見の間に、どよめきが走った。
「王政を」
「廃止」
「そのような」
「静かに」
ジークハルトの一言で、謁見の間が静まり返った。
「続けろ」
「はい」
フェリックスが、頷いた。
「アルベルト元王太子の失態、自称聖女マリアの陰謀、そしてギルバートの反逆」
彼は、淡々と語った。
「王家の信頼は地に落ちました」
「それで」
「民衆と議会の総意により、王家は廃されました」
フェリックスの目が、少しだけ寂しそうに揺れた。
「私も、王族の地位を失いました」
「では、フローレンスは」
「帝国の保護領となることを選びました」
フェリックスが、深く頭を下げた。
「私は、その初代総督として就任いたします」
沈黙が、謁見の間を包んだ。
ティアラは、静かにフェリックスを見つめていた。
「フェリックス殿下」
「はい」
「いいえ、今は総督閣下、でしたわね」
ティアラは、微笑んだ。
「なかなか、やりますわね」
「お褒めいただき光栄です」
フェリックスが、かすかに笑った。
「私は、ティアラ様に勝てませんでしたから」
「勝ち負けではありませんわ」
「ええ。分かっております」
フェリックスの目が、穏やかになった。
「フローレンスの民を守ること。それが、私の役目です」
「それでこそですわ」
ティアラは、満足そうに頷いた。
「帝国は、フローレンスとの友好を歓迎いたしますわ」
「ありがとうございます」
通信が、終了した。
謁見の間に、再びどよめきが広がった。
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【速報】フローレンス、帝国の保護領になるってよ
21:名無しの帝国民
フローレンスが王政廃止した
22:名無しの帝国民
>>21
マジか
23:名無しの帝国民
帝国の保護領になるらしい
24:名無しの帝国民
フェリックス元王子が総督に就任
25:名無しの帝国民
>>24
あの人、頭いいからな
26:名無しの帝国民
結婚式で暴れた人だろ
27:名無しの帝国民
>>26
あれは皇后様との頭脳戦だった
28:名無しの帝国民
皇后様に負けたけど、潔かった
29:名無しの帝国民
王家を守るより、民を守ることを選んだ
30:名無しの帝国民
>>29
偉い
31:名無しの帝国民
皇后様を追放した国が、今や皇后様の足元に
32:名無しの帝国民
>>31
ざまぁ
33:名無しの帝国民
いや、ざまぁって言っていいのか
34:名無しの帝国民
フローレンスの民に罪はない
35:名無しの帝国民
>>34
それはそう
36:名無しの帝国民
悪いのは王家と聖女だけ
37:名無しの帝国民
皇后様もそう思ってそう
38:名無しの帝国民
だから保護領として受け入れた
39:名無しの帝国民
皇后様、優しい
40:名無しの帝国民
優しいというか、賢い
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後3:30】
-----
謁見が終わった。
フローレンス王国が、帝国の保護領となった。
一年前のことを思い出す。
殿下は、追放された悪役令嬢として帝国に流れ着いた。
濡れ衣を着せられ、全てを奪われた女性だった。
しかし、今。
彼女を追い出した国は、彼女の足元に跪いている。
これを「ざまぁ」と呼ぶのだろう。
民衆は、きっとそう思っているはずだ。
しかし、殿下の表情には、勝ち誇った様子はなかった。
むしろ、穏やかだった。
復讐を果たした満足感ではなく、過去に決着をつけた安堵。
そういうものが、彼女の目に浮かんでいた。
私は、少しだけ安心した。
殿下は、復讐の鬼ではない。
彼女は、陛下と共に未来を歩む女性だ。
……胃薬を、飲んだ。
念のためだ。
-----
【映像ログ022-C 皇帝私室 同日 午後8時00分】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて良好
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)
-----
(映像開始)
皇帝私室。
暖炉の炎が、ゆらゆらと揺れている。
ソファには、二人の姿があった。
ジークハルトと、ティアラ。
彼らの間には、紅茶のカップが置かれている。
「ようやく、落ち着きましたわね」
ティアラが、紅茶を啜った。
「ああ」
ジークハルトが、頷いた。
「敵はいなくなった」
「ええ」
ティアラは、窓の外を見た。
夜空には、星が瞬いている。
「ティアラ」
「何でしょう」
「聞きそびれていたことがある」
ジークハルトの声が、静かに響いた。
ティアラは、紅茶のカップを置いた。
「何ですの」
「最初の誤送信」
彼の目が、真っ直ぐにティアラを見つめた。
「あれは、本当に事故だったのか」
沈黙が、部屋を包んだ。
暖炉の炎が、パチパチと音を立てる。
ティアラの目が、わずかに見開かれた。
そして、くすりと笑った。
「さあ。どうかしら」
「どうかしら、とは」
「壊れた通信機を、ちょっと修理しただけですわ」
「その結果、何が起きたかは、存じませんわね」
「嘘だな」
「まあ。失礼ですわね」
ティアラが、わざとらしく眉をひそめた。
「でも、結果オーライですわ」
「結果オーライ」
「ええ」
彼女は、ジークハルトの手を取った。
「あの誤送信のおかげで、陛下と結ばれましたもの」
ジークハルトは、黙ってティアラを見つめていた。
そして。
「策士め」
その声には、呆れと愛情が混じっていた。
「だが、愛している」
ティアラの頬が、ほんのり赤くなった。
「陛下、急にそのようなことを」
「事実だ」
「事実だとしても」
「何度でも言う」
ジークハルトが、ティアラの手を握り締めた。
「愛している。ティアラ」
「……陛下」
ティアラは、視線を逸らした。
しかし、その口元には笑みが浮かんでいる。
「私もですわ」
「うむ」
「私も、陛下を愛しております」
二人は、暖炉の前で手を繋いでいた。
(映像終了)
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【神回】誤送信から始まった恋、ついに完結
41:名無しの帝国民
最初の誤送信の話になった
42:名無しの帝国民
陛下が聞いた
43:名無しの帝国民
「あれは、本当に事故だったのか」
44:名無しの帝国民
>>43
ついに核心に
45:名無しの帝国民
皇后様の返答は
46:名無しの帝国民
「さあ。どうかしら」
47:名無しの帝国民
>>46
答えになってないw
48:名無しの帝国民
「結果オーライですわ」だと
49:名無しの帝国民
認めてるようなもんだろ
50:名無しの帝国民
>>49
それな
51:名無しの帝国民
陛下「策士め」
52:名無しの帝国民
>>51
褒めてる
53:名無しの帝国民
「だが、愛している」
54:名無しの帝国民
>>53
甘すぎる
55:名無しの帝国民
砂糖吐きそう
56:名無しの帝国民
俺たちはこのやり取りを一年間見てきた
57:名無しの帝国民
>>56
長かったような、短かったような
58:名無しの帝国民
最初の膝枕映像が懐かしい
59:名無しの帝国民
あれも皇后様が仕組んだのか
60:名無しの帝国民
>>59
多分
61:名無しの帝国民
全部計算だったのか
62:名無しの帝国民
計算だとしても、本物の愛だ
63:名無しの帝国民
>>62
詩人か
64:名無しの帝国民
でも真実
65:名無しの帝国民
誤送信から始まった恋が、本物になった
66:名無しの帝国民
エモい
67:名無しの帝国民
胃薬生活もこれで終わりか
68:名無しの帝国民
>>67
寂しい
69:名無しの帝国民
いや、まだ続くだろ
70:名無しの帝国民
>>69
それはそう
-----
【極秘ログ 帝国歴四〇三年 冬 第二の月 18日 深夜】
-----
(紅茶を注ぐ音)
(笑い声が聞こえる)
-----
「陛下、もう一杯いかがですか」
「ああ、頼む」
(紅茶を注ぐ音)
「今日は、長い一日でしたわね」
「ああ」
「でも、良い一日でしたわ」
「そうだな」
(沈黙)
「陛下」
「何だ」
「敵がいなくなりましたわ」
「ああ」
「国は安泰ですわ」
「うむ」
「退屈になりそうですわね」
(小さな笑い声)
「退屈など、しない」
「まあ。なぜですの」
「お前がいるからだ」
(沈黙)
「陛下、ずるいですわ」
「何がだ」
「そういうことを、さらりと仰るところが」
「事実を述べただけだ」
「ですから、それがずるいのですわ」
(衣擦れの音)
「ティアラ」
「何ですか」
「明日は何をする」
「そうですわね」
(少しの間)
「日記を書きますわ」
「日記」
「ええ。陛下との交換日記、1000回の約束ですもの」
「そうだったな」
「今日のことも、書きますわ」
「何を書くのだ」
「秘密ですわ」
(小さな笑い声)
「では、余も書こう」
「何を書かれますの」
「それも秘密だ」
「まあ。お互い様ですわね」
(紅茶のカップを置く音)
「陛下」
「何だ」
「私、幸せですわ」
(沈黙)
「余もだ」
「本当に」
「ああ。お前と出会えて、余は世界で一番幸せな男だ」
(息を呑む音)
「陛下、本当にずるいですわ」
「何度でも言う」
「もう、いいですから」
「愛している」
「……私もですわ」
(沈黙)
(暖炉の火が爆ぜる音)
「おやすみなさいませ、私の陛下」
「おやすみ、余の妻」
(記録終了)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 深夜】
-----
全ての記録を整理し終えた。
追放令嬢が、皇后になった。
氷の皇帝が、蜜のように甘くなった。
敵は全て倒れ、国は平和になった。
これ以上、何を望むというのだろう。
私は、この一年間の記録を振り返った。
最初の誤送信から始まった物語。
膝枕の映像。
収穫祭のデート。
偽装映像事件。
全世界公開のプロポーズ。
闇国での潜入捜査。
結婚式と各国との攻防。
闇国での決戦。
そして、大団円。
全ては、あの誤送信から始まった。
本当に「誤」送信だったのか。
今となっては、分からない。
殿下は「結果オーライ」と仰った。
それで、いいのだろう。
真実がどうであれ、二人は幸せだ。
それが、全てだ。
私は、胃薬を棚に戻した。
明日からは、少しは楽になるだろうか。
……いや、あの二人のことだ。
きっと、また何かを仕出かすに違いない。
胃薬は、手の届く場所に置いておこう。
念のためだ。
-----
【映像ログ022-D 皇帝寝室 同日 深夜11時30分】
-----
送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:低光量
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)
-----
(映像開始)
天蓋付きの寝台。
月明かりが、窓から差し込んでいる。
二人は、並んで横になっていた。
「陛下」
ティアラの声が、静かに響いた。
「何だ」
「最初に出会った日のことを、覚えていますか」
「フローレンスの舞踏会か」
「ええ」
「忘れるわけがない」
ジークハルトが、天井を見上げた。
「お前は、バルコニーで一人だった」
「陛下も、退屈そうでしたわね」
「ああ」
「それで、声をかけましたの」
「『退屈そうですわね。私もですの』」
ジークハルトが、懐かしそうに呟いた。
「あの言葉で、余の人生は変わった」
「大袈裟ですわ」
「事実だ」
彼が、ティアラの手を取った。
「お前がいなければ、余は氷のままだった」
「陛下」
「感謝している」
ティアラは、少しの間黙っていた。
そして。
「私こそ、感謝しておりますわ」
「何に」
「あの夜、陛下が声をかけてくださったこと」
彼女の声が、かすかに震えた。
「陛下がいなければ、私は」
「言うな」
ジークハルトが、ティアラの手を握り締めた。
「過去のことだ」
「ええ。過去のことですわね」
ティアラは、微笑んだ。
「今は、幸せですもの」
「うむ」
「これからも、ずっと」
「ずっと、だ」
二人は、手を繋いだまま、天井を見上げていた。
月明かりが、二人の姿を照らしている。
「陛下」
「何だ」
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
ジークハルトが、少し間を置いた。
「余の、妻」
ティアラの頬に、幸せそうな笑みが浮かんだ。
「はい。私の、陛下」
(画面が暗転)
【通信終了】
-----
【エピローグ 帝国歴史省 極秘復元アーカイブ ファイルNo.XXX】
-----
数百年後。
帝国歴史省の若い職員が、古い記録を整理していた。
「先輩、これ見てください」
「何だ」
「『氷の皇帝の誤送信事件』っていう記録があるんですけど」
先輩職員が、画面を覗き込んだ。
「ああ、有名な話だな」
「有名なんですか」
「歴史の授業で習わなかったか」
先輩は、椅子に座り直した。
「数百年前、帝国には『氷の皇帝』と呼ばれる君主がいた」
「はい」
「冷酷非情で、誰もが恐れた」
「はい」
「だが、一人の女性が現れて、彼を変えた」
先輩の目が、遠くを見た。
「追放された悪役令嬢。彼女は皇后となり、皇帝と共に帝国を繁栄させた」
「それが、この記録ですか」
「ああ」
先輩が、画面を指さした。
「二人は後に『賢帝』と『聖后』と呼ばれるようになった」
「聖后」
「民を慈しみ、国を守り、夫を愛した女性」
若い職員は、画面の映像を見つめた。
そこには、手を繋いで眠る二人の姿があった。
「……幸せそうですね」
「ああ」
先輩が、微笑んだ。
「彼らの記録を見ていると、そう思うだろう」
「誤送信って、本当に事故だったんですか」
「さあな」
先輩が、肩をすくめた。
「真実は、彼女だけが知っている」
若い職員は、画面を見つめた。
蜂蜜色の髪の女性が、微笑んでいる。
その笑みは、数百年の時を超えても、変わらぬ輝きを放っていた。
-----
【最終映像 皇帝私室 日時不明】
-----
送信元:不明
映像品質:劣化
配信範囲:帝国歴史省 極秘アーカイブのみ
-----
(映像開始)
陽だまりの中。
二人の老人が、ソファに座っていた。
銀髪の男性と、蜂蜜色の髪の女性。
髪には白いものが混じり、顔には皺が刻まれている。
しかし、二人は手を繋いでいた。
「陛下」
女性が、穏やかに微笑んだ。
「何だ」
「今日も、いい天気ですわね」
「ああ」
「紅茶を、もう一杯いかがですか」
「頼む」
女性が、紅茶を注いだ。
その動作は、ゆっくりだが、丁寧だった。
「陛下」
「何だ」
「愛していますわ」
男性が、少しだけ微笑んだ。
それは、氷を溶かすような、温かな笑みだった。
「ああ、知っている」
二人は、陽だまりの中で紅茶を啜った。
窓の外では、鳥が鳴いている。
平和な、いつもと変わらない午後。
(映像終了)
-----
【記録完了】
帝国歴史省 極秘復元アーカイブ
『氷の皇帝の誤送信』
全22件の記録を収録
閲覧終了
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【完結】氷の皇帝と蜂蜜令嬢の物語
71:名無しの帝国民
終わった
72:名無しの帝国民
本当に終わった
73:名無しの帝国民
最後の映像、泣いた
74:名無しの帝国民
年老いても手を繋いでる
75:名無しの帝国民
「愛していますわ」「ああ、知っている」
76:名無しの帝国民
>>75
エモすぎる
77:名無しの帝国民
一年間、この二人を見てきた
78:名無しの帝国民
>>77
長かったような、短かったような
79:名無しの帝国民
最初の誤送信から、ここまで来た
80:名無しの帝国民
誤送信、本当に事故だったのか
81:名無しの帝国民
>>80
多分違う
82:名無しの帝国民
皇后様の策略だった説
83:名無しの帝国民
>>82
でも本物の愛になった
84:名無しの帝国民
それが全て
85:名無しの帝国民
胃薬、もう必要ないかな
86:名無しの帝国民
>>85
油断するな
87:名無しの帝国民
>>86
確かに
88:名無しの帝国民
両陛下のことだ、また何かやらかす
89:名無しの帝国民
>>88
それはそう
90:名無しの帝国民
でも、今日は祝おう
91:名無しの帝国民
大団円だ
92:名無しの帝国民
帝国万歳
93:名無しの帝国民
両陛下万歳
94:名無しの帝国民
氷と蜜の物語に
95:名無しの帝国民
永遠の祝福を
-----
【帝国記録官 ハインリヒの最後のメモ】
-----
この記録を、後世に残す。
私は、ハインリヒ・フォン・ヴェーバー。
ヴァルトシュタイン帝国の記録官として、両陛下にお仕えした。
彼らの物語を、全て記録した。
誤送信から始まった恋。
氷の皇帝と、蜂蜜色の髪の令嬢。
策略と愛情。
冷たさと温かさ。
全てが混ざり合い、一つの物語となった。
これを読む者へ。
真実がどうであれ、彼らは幸せだった。
それだけは、確かだ。
私の胃は、最後まで痛かった。
しかし、悪くない人生だった。
帝国記録官 ハインリヒ・フォン・ヴェーバー 記
-----
【おまけ 翌朝の光景】
-----
朝日が、寝室に差し込んでいた。
ティアラが、最初に目を覚ました。
「……んっ」
隣には、ジークハルトが眠っている。
銀髪が、枕に散らばっていた。
「陛下」
ティアラは、彼の頬に触れた。
「起きてくださいませ」
「……うむ」
ジークハルトが、薄く目を開けた。
「おはよう」
「おはようございます」
ティアラは、微笑んだ。
「今日は、何をいたしましょうか」
「日記を書く」
「ええ」
「それから」
ジークハルトが、ティアラを引き寄せた。
「もう少し、こうしていたい」
「陛下、朝ですわ」
「構わない」
「会議がありますわ」
「中止だ」
「そんな」
ティアラは、呆れたように笑った。
「陛下は、相変わらずですわね」
「お前が来てから、ずっとこうだ」
「私のせいですの」
「お前のおかげだ」
ジークハルトが、ティアラの額にキスをした。
「愛している」
「……何度言えば気が済むのですか」
「何度でも言う」
「もう」
ティアラは、赤くなった顔を彼の胸に埋めた。
「私も、愛していますわ」
「知っている」
「知っているなら、いちいち言わせないでくださいまし」
「言わせたいのだ」
「……陛下のいじわる」
二人は、朝日の中で抱き合っていた。
平和な、いつもと変わらない朝。
彼らの物語は、これからも続いていく。
氷と蜜の日々は、永遠に。
【おまけ 終わり】
44
この作品は感想を受け付けておりません。
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