【完結】皇帝との密会映像が、手違いで全世界に流出しました ~「拷問されている」と元婚約者が騒いでいますが、これただの溺愛です~

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氷と蜜の大団円は、永遠に記録され続ける

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【帝国歴史省 公式記録文書 第7846号】

 帝国歴四〇三年 冬 第二の月 18日。
 ヴァルトシュタイン帝国皇帝ジークハルト陛下と、皇后ティアラ殿下が闇国より帰還された。

 両陛下は、闇国を支配していた秘密結社「影の評議会」を壊滅させ、首謀者ギルバートを討伐された。

 この偉業により、両国間の友好関係は新たな段階へと進んだ。

 以下は、帰還に伴う一連の記録である。

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【映像ログ022-A 帝都中央大通り 同日 正午12時00分】

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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて良好
配信範囲:全世界(公式配信)

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    (映像開始)

 帝都の空は、晴れ渡っていた。

 冬の陽光が、石畳を照らしている。

 中央大通りには、数えきれないほどの民衆が詰めかけていた。

「両陛下、万歳!」

「帝国に栄光あれ!」

「皇后様、お帰りなさい!」

 歓声が、空に響く。

 そして。

 白い馬車が、ゆっくりと進んできた。

 窓から顔を出しているのは、二人の姿。

 銀髪の皇帝と、蜂蜜色の髪の皇后。

「ご覧くださいませ、陛下」

 ティアラが、微笑んだ。

「皆様、お元気そうですわ」

「ああ」

 ジークハルトが、頷いた。

 彼の表情は、相変わらず無表情に見える。

 しかし、その目は穏やかだった。

「無事に帰れてよかった」

「ええ」

 ティアラが、窓の外に手を振った。

 民衆の歓声が、さらに大きくなる。

「皇后様ーっ!」

「こっち向いてー!」

「お美しいー!」

 ティアラは、一人一人に微笑みを向けた。

 その隣で、ジークハルトが小さく息を吐いた。

「お前は人気者だな」

「陛下だって人気者ですわ」

「余は怖がられているだけだ」

「いいえ」

 ティアラが、ジークハルトの腕に手を添えた。

「皆様、陛下のことを尊敬していますわ」

「そうか」

「ええ。氷のような強さと、蜜のような優しさ」

「蜜のような優しさ」

 ジークハルトが、眉をひそめた。

「余にそんなものがあるか」

「ありますわ」

 ティアラは、彼の耳元に囁いた。

「私だけが知っている、陛下の甘さ」

 ジークハルトの耳が、わずかに赤くなった。

    (馬車の窓越しに、皇帝の耳が赤くなっているのが映る)

 民衆のどよめきが、広がった。

「おい、今の見たか」

「陛下の耳が」

「赤くなってる」

「皇后様、何を囁いた」

「気になる」

 馬車は、ゆっくりと王城へ向かっていった。

    (映像終了)

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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

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【祝】両陛下帰還! 帝国万歳!

1:名無しの帝国民
 お帰りなさい両陛下

2:名無しの帝国民
 パレード見てきた

3:名無しの帝国民
 すごい人出だった

4:名無しの帝国民
 皇后様、今日も綺麗だった

5:名無しの帝国民
 陛下、今日も無表情だった

6:名無しの帝国民
 >>5
 いつものこと

7:名無しの帝国民
 でも耳が赤くなってた

8:名無しの帝国民
 >>7
 見た見た

9:名無しの帝国民
 皇后様が何か囁いたらしい

10:名無しの帝国民
 何を言ったんだ

11:名無しの帝国民
 気になりすぎる

12:名無しの帝国民
 「私だけが知っている陛下の甘さ」って聞こえた

13:名無しの帝国民
 >>12
 読唇術師か

14:名無しの帝国民
 >>13
 望遠鏡で見てた

15:名無しの帝国民
 熱心すぎる

16:名無しの帝国民
 でも情報ありがたい

17:名無しの帝国民
 陛下の甘さを独占する皇后様

18:名無しの帝国民
 >>17
 羨ましい

19:名無しの帝国民
 羨ましいか?

20:名無しの帝国民
 羨ましい(断言)

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【映像ログ022-B 王城 謁見の間 同日 午後2時00分】

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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:良好
配信範囲:帝国内限定

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    (映像開始)

 謁見の間。

 玉座には、二人の姿があった。

 ジークハルトが中央に座り、ティアラがその隣に控えている。

 二人の前には、数名の人物が跪いていた。

「報告いたします」

 ルシアが、頭を下げた。

「闇国の事後処理が完了いたしました」

「うむ」

 ジークハルトが、頷いた。

「『影の評議会』の残党は」

「降伏いたしました。ギルバート亡き後、組織は完全に瓦解しております」

「そうか」

「また」

 ルシアが、続けた。

「ヴェルナー伯爵の救出にも成功いたしました」

 ティアラの目が、わずかに細くなった。

「まあ。よかったですわ」

「伯爵は、闇国の新たな代表として帝国との友好を誓っておられます」

「ルシア」

 ティアラが、微笑んだ。

「よくやってくださいましたわね」

「殿下のご指示通りに」

 ルシアは、深く頭を下げた。

「私は、殿下のお友達ですから」

 謁見の間に、かすかな笑い声が漏れた。

「お友達、か」

 ジークハルトが、呟いた。

「便利な言葉だな」

「便利なお友達ですわ」

 ティアラは、にっこりと笑った。

 その瞬間。

 謁見の間の扉が開いた。

「緊急通信が入っております」

 記録官のハインリヒが、駆け込んできた。

「フローレンスより、フェリックス殿下からの通信です」

「通せ」

 ジークハルトが、命じた。

 謁見の間の中央に、通信水晶が設置された。

 光が揺らめき、映像が浮かび上がる。

 金髪の青年が、映し出されていた。

「両陛下、ご帰還おめでとうございます」

 フェリックスは、穏やかに微笑んでいた。

「フェリックス殿下」

 ティアラが、目を細めた。

「お久しぶりですわね」

「ええ。報告がございます」

 フェリックスの声が、少しだけ固くなった。

「フローレンス王国は、王政を廃止いたしました」

 謁見の間に、どよめきが走った。

「王政を」

「廃止」

「そのような」

「静かに」

 ジークハルトの一言で、謁見の間が静まり返った。

「続けろ」

「はい」

 フェリックスが、頷いた。

「アルベルト元王太子の失態、自称聖女マリアの陰謀、そしてギルバートの反逆」

 彼は、淡々と語った。

「王家の信頼は地に落ちました」

「それで」

「民衆と議会の総意により、王家は廃されました」

 フェリックスの目が、少しだけ寂しそうに揺れた。

「私も、王族の地位を失いました」

「では、フローレンスは」

「帝国の保護領となることを選びました」

 フェリックスが、深く頭を下げた。

「私は、その初代総督として就任いたします」

 沈黙が、謁見の間を包んだ。

 ティアラは、静かにフェリックスを見つめていた。

「フェリックス殿下」

「はい」

「いいえ、今は総督閣下、でしたわね」

 ティアラは、微笑んだ。

「なかなか、やりますわね」

「お褒めいただき光栄です」

 フェリックスが、かすかに笑った。

「私は、ティアラ様に勝てませんでしたから」

「勝ち負けではありませんわ」

「ええ。分かっております」

 フェリックスの目が、穏やかになった。

「フローレンスの民を守ること。それが、私の役目です」

「それでこそですわ」

 ティアラは、満足そうに頷いた。

「帝国は、フローレンスとの友好を歓迎いたしますわ」

「ありがとうございます」

 通信が、終了した。

 謁見の間に、再びどよめきが広がった。

    (映像終了)

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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

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【速報】フローレンス、帝国の保護領になるってよ

21:名無しの帝国民
 フローレンスが王政廃止した

22:名無しの帝国民
 >>21
 マジか

23:名無しの帝国民
 帝国の保護領になるらしい

24:名無しの帝国民
 フェリックス元王子が総督に就任

25:名無しの帝国民
 >>24
 あの人、頭いいからな

26:名無しの帝国民
 結婚式で暴れた人だろ

27:名無しの帝国民
 >>26
 あれは皇后様との頭脳戦だった

28:名無しの帝国民
 皇后様に負けたけど、潔かった

29:名無しの帝国民
 王家を守るより、民を守ることを選んだ

30:名無しの帝国民
 >>29
 偉い

31:名無しの帝国民
 皇后様を追放した国が、今や皇后様の足元に

32:名無しの帝国民
 >>31
 ざまぁ

33:名無しの帝国民
 いや、ざまぁって言っていいのか

34:名無しの帝国民
 フローレンスの民に罪はない

35:名無しの帝国民
 >>34
 それはそう

36:名無しの帝国民
 悪いのは王家と聖女だけ

37:名無しの帝国民
 皇后様もそう思ってそう

38:名無しの帝国民
 だから保護領として受け入れた

39:名無しの帝国民
 皇后様、優しい

40:名無しの帝国民
 優しいというか、賢い

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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 午後3:30】

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 謁見が終わった。

 フローレンス王国が、帝国の保護領となった。

 一年前のことを思い出す。

 殿下は、追放された悪役令嬢として帝国に流れ着いた。

 濡れ衣を着せられ、全てを奪われた女性だった。

 しかし、今。

 彼女を追い出した国は、彼女の足元に跪いている。

 これを「ざまぁ」と呼ぶのだろう。

 民衆は、きっとそう思っているはずだ。

 しかし、殿下の表情には、勝ち誇った様子はなかった。

 むしろ、穏やかだった。

 復讐を果たした満足感ではなく、過去に決着をつけた安堵。

 そういうものが、彼女の目に浮かんでいた。

 私は、少しだけ安心した。

 殿下は、復讐の鬼ではない。

 彼女は、陛下と共に未来を歩む女性だ。

 ……胃薬を、飲んだ。

 念のためだ。

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【映像ログ022-C 皇帝私室 同日 午後8時00分】

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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:極めて良好
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)

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    (映像開始)

 皇帝私室。

 暖炉の炎が、ゆらゆらと揺れている。

 ソファには、二人の姿があった。

 ジークハルトと、ティアラ。

 彼らの間には、紅茶のカップが置かれている。

「ようやく、落ち着きましたわね」

 ティアラが、紅茶を啜った。

「ああ」

 ジークハルトが、頷いた。

「敵はいなくなった」

「ええ」

 ティアラは、窓の外を見た。

 夜空には、星が瞬いている。

「ティアラ」

「何でしょう」

「聞きそびれていたことがある」

 ジークハルトの声が、静かに響いた。

 ティアラは、紅茶のカップを置いた。

「何ですの」

「最初の誤送信」

 彼の目が、真っ直ぐにティアラを見つめた。

「あれは、本当に事故だったのか」

 沈黙が、部屋を包んだ。

 暖炉の炎が、パチパチと音を立てる。

 ティアラの目が、わずかに見開かれた。

 そして、くすりと笑った。

「さあ。どうかしら」

「どうかしら、とは」

「壊れた通信機を、ちょっと修理しただけですわ」

「その結果、何が起きたかは、存じませんわね」

「嘘だな」

「まあ。失礼ですわね」

 ティアラが、わざとらしく眉をひそめた。

「でも、結果オーライですわ」

「結果オーライ」

「ええ」

 彼女は、ジークハルトの手を取った。

「あの誤送信のおかげで、陛下と結ばれましたもの」

 ジークハルトは、黙ってティアラを見つめていた。

 そして。

「策士め」

 その声には、呆れと愛情が混じっていた。

「だが、愛している」

 ティアラの頬が、ほんのり赤くなった。

「陛下、急にそのようなことを」

「事実だ」

「事実だとしても」

「何度でも言う」

 ジークハルトが、ティアラの手を握り締めた。

「愛している。ティアラ」

「……陛下」

 ティアラは、視線を逸らした。

 しかし、その口元には笑みが浮かんでいる。

「私もですわ」

「うむ」

「私も、陛下を愛しております」

 二人は、暖炉の前で手を繋いでいた。

    (映像終了)

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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

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【神回】誤送信から始まった恋、ついに完結

41:名無しの帝国民
 最初の誤送信の話になった

42:名無しの帝国民
 陛下が聞いた

43:名無しの帝国民
 「あれは、本当に事故だったのか」

44:名無しの帝国民
 >>43
 ついに核心に

45:名無しの帝国民
 皇后様の返答は

46:名無しの帝国民
 「さあ。どうかしら」

47:名無しの帝国民
 >>46
 答えになってないw

48:名無しの帝国民
 「結果オーライですわ」だと

49:名無しの帝国民
 認めてるようなもんだろ

50:名無しの帝国民
 >>49
 それな

51:名無しの帝国民
 陛下「策士め」

52:名無しの帝国民
 >>51
 褒めてる

53:名無しの帝国民
 「だが、愛している」

54:名無しの帝国民
 >>53
 甘すぎる

55:名無しの帝国民
 砂糖吐きそう

56:名無しの帝国民
 俺たちはこのやり取りを一年間見てきた

57:名無しの帝国民
 >>56
 長かったような、短かったような

58:名無しの帝国民
 最初の膝枕映像が懐かしい

59:名無しの帝国民
 あれも皇后様が仕組んだのか

60:名無しの帝国民
 >>59
 多分

61:名無しの帝国民
 全部計算だったのか

62:名無しの帝国民
 計算だとしても、本物の愛だ

63:名無しの帝国民
 >>62
 詩人か

64:名無しの帝国民
 でも真実

65:名無しの帝国民
 誤送信から始まった恋が、本物になった

66:名無しの帝国民
 エモい

67:名無しの帝国民
 胃薬生活もこれで終わりか

68:名無しの帝国民
 >>67
 寂しい

69:名無しの帝国民
 いや、まだ続くだろ

70:名無しの帝国民
 >>69
 それはそう

-----

【極秘ログ 帝国歴四〇三年 冬 第二の月 18日 深夜】

-----

    (紅茶を注ぐ音)

    (笑い声が聞こえる)

-----

「陛下、もう一杯いかがですか」

「ああ、頼む」

    (紅茶を注ぐ音)

「今日は、長い一日でしたわね」

「ああ」

「でも、良い一日でしたわ」

「そうだな」

    (沈黙)

「陛下」

「何だ」

「敵がいなくなりましたわ」

「ああ」

「国は安泰ですわ」

「うむ」

「退屈になりそうですわね」

    (小さな笑い声)

「退屈など、しない」

「まあ。なぜですの」

「お前がいるからだ」

    (沈黙)

「陛下、ずるいですわ」

「何がだ」

「そういうことを、さらりと仰るところが」

「事実を述べただけだ」

「ですから、それがずるいのですわ」

    (衣擦れの音)

「ティアラ」

「何ですか」

「明日は何をする」

「そうですわね」

    (少しの間)

「日記を書きますわ」

「日記」

「ええ。陛下との交換日記、1000回の約束ですもの」

「そうだったな」

「今日のことも、書きますわ」

「何を書くのだ」

「秘密ですわ」

    (小さな笑い声)

「では、余も書こう」

「何を書かれますの」

「それも秘密だ」

「まあ。お互い様ですわね」

    (紅茶のカップを置く音)

「陛下」

「何だ」

「私、幸せですわ」

    (沈黙)

「余もだ」

「本当に」

「ああ。お前と出会えて、余は世界で一番幸せな男だ」

    (息を呑む音)

「陛下、本当にずるいですわ」

「何度でも言う」

「もう、いいですから」

「愛している」

「……私もですわ」

    (沈黙)

    (暖炉の火が爆ぜる音)

「おやすみなさいませ、私の陛下」

「おやすみ、余の妻」

    (記録終了)

-----

【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日 深夜】

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 全ての記録を整理し終えた。

 追放令嬢が、皇后になった。

 氷の皇帝が、蜜のように甘くなった。

 敵は全て倒れ、国は平和になった。

 これ以上、何を望むというのだろう。

 私は、この一年間の記録を振り返った。

 最初の誤送信から始まった物語。

 膝枕の映像。

 収穫祭のデート。

 偽装映像事件。

 全世界公開のプロポーズ。

 闇国での潜入捜査。

 結婚式と各国との攻防。

 闇国での決戦。

 そして、大団円。

 全ては、あの誤送信から始まった。

 本当に「誤」送信だったのか。

 今となっては、分からない。

 殿下は「結果オーライ」と仰った。

 それで、いいのだろう。

 真実がどうであれ、二人は幸せだ。

 それが、全てだ。

 私は、胃薬を棚に戻した。

 明日からは、少しは楽になるだろうか。

 ……いや、あの二人のことだ。

 きっと、また何かを仕出かすに違いない。

 胃薬は、手の届く場所に置いておこう。

 念のためだ。

-----

【映像ログ022-D 皇帝寝室 同日 深夜11時30分】

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送信元:帝国記録局 第一班
映像品質:低光量
配信範囲:帝国内限定(最重要機密)

-----

    (映像開始)

 天蓋付きの寝台。

 月明かりが、窓から差し込んでいる。

 二人は、並んで横になっていた。

「陛下」

 ティアラの声が、静かに響いた。

「何だ」

「最初に出会った日のことを、覚えていますか」

「フローレンスの舞踏会か」

「ええ」

「忘れるわけがない」

 ジークハルトが、天井を見上げた。

「お前は、バルコニーで一人だった」

「陛下も、退屈そうでしたわね」

「ああ」

「それで、声をかけましたの」

「『退屈そうですわね。私もですの』」

 ジークハルトが、懐かしそうに呟いた。

「あの言葉で、余の人生は変わった」

「大袈裟ですわ」

「事実だ」

 彼が、ティアラの手を取った。

「お前がいなければ、余は氷のままだった」

「陛下」

「感謝している」

 ティアラは、少しの間黙っていた。

 そして。

「私こそ、感謝しておりますわ」

「何に」

「あの夜、陛下が声をかけてくださったこと」

 彼女の声が、かすかに震えた。

「陛下がいなければ、私は」

「言うな」

 ジークハルトが、ティアラの手を握り締めた。

「過去のことだ」

「ええ。過去のことですわね」

 ティアラは、微笑んだ。

「今は、幸せですもの」

「うむ」

「これからも、ずっと」

「ずっと、だ」

 二人は、手を繋いだまま、天井を見上げていた。

 月明かりが、二人の姿を照らしている。

「陛下」

「何だ」

「おやすみなさいませ」

「おやすみ」

 ジークハルトが、少し間を置いた。

「余の、妻」

 ティアラの頬に、幸せそうな笑みが浮かんだ。

「はい。私の、陛下」

    (画面が暗転)

    【通信終了】

-----

【エピローグ 帝国歴史省 極秘復元アーカイブ ファイルNo.XXX】

-----

 数百年後。

 帝国歴史省の若い職員が、古い記録を整理していた。

「先輩、これ見てください」

「何だ」

「『氷の皇帝の誤送信事件』っていう記録があるんですけど」

 先輩職員が、画面を覗き込んだ。

「ああ、有名な話だな」

「有名なんですか」

「歴史の授業で習わなかったか」

 先輩は、椅子に座り直した。

「数百年前、帝国には『氷の皇帝』と呼ばれる君主がいた」

「はい」

「冷酷非情で、誰もが恐れた」

「はい」

「だが、一人の女性が現れて、彼を変えた」

 先輩の目が、遠くを見た。

「追放された悪役令嬢。彼女は皇后となり、皇帝と共に帝国を繁栄させた」

「それが、この記録ですか」

「ああ」

 先輩が、画面を指さした。

「二人は後に『賢帝』と『聖后』と呼ばれるようになった」

「聖后」

「民を慈しみ、国を守り、夫を愛した女性」

 若い職員は、画面の映像を見つめた。

 そこには、手を繋いで眠る二人の姿があった。

「……幸せそうですね」

「ああ」

 先輩が、微笑んだ。

「彼らの記録を見ていると、そう思うだろう」

「誤送信って、本当に事故だったんですか」

「さあな」

 先輩が、肩をすくめた。

「真実は、彼女だけが知っている」

 若い職員は、画面を見つめた。

 蜂蜜色の髪の女性が、微笑んでいる。

 その笑みは、数百年の時を超えても、変わらぬ輝きを放っていた。

-----

【最終映像 皇帝私室 日時不明】

-----

送信元:不明
映像品質:劣化
配信範囲:帝国歴史省 極秘アーカイブのみ

-----

    (映像開始)

 陽だまりの中。

 二人の老人が、ソファに座っていた。

 銀髪の男性と、蜂蜜色の髪の女性。

 髪には白いものが混じり、顔には皺が刻まれている。

 しかし、二人は手を繋いでいた。

「陛下」

 女性が、穏やかに微笑んだ。

「何だ」

「今日も、いい天気ですわね」

「ああ」

「紅茶を、もう一杯いかがですか」

「頼む」

 女性が、紅茶を注いだ。

 その動作は、ゆっくりだが、丁寧だった。

「陛下」

「何だ」

「愛していますわ」

 男性が、少しだけ微笑んだ。

 それは、氷を溶かすような、温かな笑みだった。

「ああ、知っている」

 二人は、陽だまりの中で紅茶を啜った。

 窓の外では、鳥が鳴いている。

 平和な、いつもと変わらない午後。

    (映像終了)

-----

    【記録完了】

    帝国歴史省 極秘復元アーカイブ

    『氷の皇帝の誤送信』

    全22件の記録を収録

    閲覧終了

-----

【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

-----

【完結】氷の皇帝と蜂蜜令嬢の物語

71:名無しの帝国民
 終わった

72:名無しの帝国民
 本当に終わった

73:名無しの帝国民
 最後の映像、泣いた

74:名無しの帝国民
 年老いても手を繋いでる

75:名無しの帝国民
 「愛していますわ」「ああ、知っている」

76:名無しの帝国民
 >>75
 エモすぎる

77:名無しの帝国民
 一年間、この二人を見てきた

78:名無しの帝国民
 >>77
 長かったような、短かったような

79:名無しの帝国民
 最初の誤送信から、ここまで来た

80:名無しの帝国民
 誤送信、本当に事故だったのか

81:名無しの帝国民
 >>80
 多分違う

82:名無しの帝国民
 皇后様の策略だった説

83:名無しの帝国民
 >>82
 でも本物の愛になった

84:名無しの帝国民
 それが全て

85:名無しの帝国民
 胃薬、もう必要ないかな

86:名無しの帝国民
 >>85
 油断するな

87:名無しの帝国民
 >>86
 確かに

88:名無しの帝国民
 両陛下のことだ、また何かやらかす

89:名無しの帝国民
 >>88
 それはそう

90:名無しの帝国民
 でも、今日は祝おう

91:名無しの帝国民
 大団円だ

92:名無しの帝国民
 帝国万歳

93:名無しの帝国民
 両陛下万歳

94:名無しの帝国民
 氷と蜜の物語に

95:名無しの帝国民
 永遠の祝福を

-----

【帝国記録官 ハインリヒの最後のメモ】

-----

 この記録を、後世に残す。

 私は、ハインリヒ・フォン・ヴェーバー。

 ヴァルトシュタイン帝国の記録官として、両陛下にお仕えした。

 彼らの物語を、全て記録した。

 誤送信から始まった恋。

 氷の皇帝と、蜂蜜色の髪の令嬢。

 策略と愛情。

 冷たさと温かさ。

 全てが混ざり合い、一つの物語となった。

 これを読む者へ。

 真実がどうであれ、彼らは幸せだった。

 それだけは、確かだ。

 私の胃は、最後まで痛かった。

 しかし、悪くない人生だった。

              帝国記録官 ハインリヒ・フォン・ヴェーバー 記

-----

【おまけ 翌朝の光景】

-----

 朝日が、寝室に差し込んでいた。

 ティアラが、最初に目を覚ました。

「……んっ」

 隣には、ジークハルトが眠っている。

 銀髪が、枕に散らばっていた。

「陛下」

 ティアラは、彼の頬に触れた。

「起きてくださいませ」

「……うむ」

 ジークハルトが、薄く目を開けた。

「おはよう」

「おはようございます」

 ティアラは、微笑んだ。

「今日は、何をいたしましょうか」

「日記を書く」

「ええ」

「それから」

 ジークハルトが、ティアラを引き寄せた。

「もう少し、こうしていたい」

「陛下、朝ですわ」

「構わない」

「会議がありますわ」

「中止だ」

「そんな」

 ティアラは、呆れたように笑った。

「陛下は、相変わらずですわね」

「お前が来てから、ずっとこうだ」

「私のせいですの」

「お前のおかげだ」

 ジークハルトが、ティアラの額にキスをした。

「愛している」

「……何度言えば気が済むのですか」

「何度でも言う」

「もう」

 ティアラは、赤くなった顔を彼の胸に埋めた。

「私も、愛していますわ」

「知っている」

「知っているなら、いちいち言わせないでくださいまし」

「言わせたいのだ」

「……陛下のいじわる」

 二人は、朝日の中で抱き合っていた。

 平和な、いつもと変わらない朝。

 彼らの物語は、これからも続いていく。

 氷と蜜の日々は、永遠に。

    【おまけ 終わり】
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