「俺と一緒に海を見ませんか?」

チャビューヘ

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第1話「深夜の呼び出し」

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 台風が去った深夜の街は、まるで戦場のような静寂に包まれていた。折れた街路樹の枝が道路に散乱し、信号機が不規則に点滅している。神崎蓮はワイパーで前方の視界を確保しながら、静かにタクシーのハンドルを握っていた。

「お疲れさまでした」

 無線から流れる同僚の声に、蓮は短く返事をした。

「お疲れ」

 いつものように最低限の言葉だけ。蓮は多くを語らない男だった。二十七年間、そうやって生きてきた。必要以上に人と関わらず、必要以上に感情を表に出さず。ただ黙々と夜の街を走り続ける。

 携帯電話が鳴った。配車アプリからの依頼だった。画面を見ると、住所は高級マンション街。時刻は午前二時を回っている。台風の夜に客を呼ぶなんて、よほどの用事があるのだろう。

 蓮は方向転換し、指定された場所へ向かった。

 マンションの前で待っていたのは、スーツ姿の若い男だった。茶色い髪が雨に濡れ、整った顔に疲労の色が濃い。彼は蓮のタクシーを見つけると、ふらつきながら近づいてきた。

 後部座席のドアが開く。

「すみません……お疲れさまです」

 男の声は掠れていた。アルコールの匂いが車内に漂う。蓮はルームミラー越しに相手を確認した。二十代半ば、痩せた体型、目が赤く腫れている。泣いていたのかもしれない。

「行き先は?」

 蓮の低い声に、男は少し震えた。

「あの……海に、連れて行ってもらえませんか」

「海?」

「どこでもいいんです。海が見えるところなら」

 男の声には切羽詰まったものがあった。蓮は少し考えてから、エンジンをかけた。

「分かりました」

 タクシーは夜の道を走り始めた。信号はほとんど点滅状態で、街は異様な静けさに包まれている。後部座席からは時折、小さなすすり泣きが聞こえてきた。

 蓮は何も言わなかった。こういう客は珍しくない。夜のタクシー運転手をしていると、人生の修羅場を抱えた人間に出会うことがある。多くを語らず、ただ目的地まで運ぶ。それが蓮の流儀だった。

 しかし今夜は違った。ルームミラーに映る男の横顔に、蓮は目を奪われていた。涙で頬が濡れているのに、その表情には諦めのような静けさがある。まるで何かを決意したような、そんな顔をしていた。

「すみません」

 男が急に口を開いた。

「名前、聞いてもいいですか」

 蓮は少し躊躇した。普通なら答えない。しかし、

「蓮です。神崎蓮」

「早川翔太です」

 翔太の声は少し落ち着いていた。

「神崎さん、ありがとうございます。こんな夜に」

「仕事ですから」

 蓮の返答は素っ気なかったが、翔太は小さく笑った。

「優しいんですね」

「そんなことは」

「いえ、優しいです」

 翔太の声には確信があった。

「だって、普通なら断りますよね。台風の夜に海まで行ってくれなんて」

 蓮は何も答えなかった。確かに翔太の言う通りだった。なぜ引き受けたのか、自分でもよく分からない。

 車は徐々に海岸沿いの道に入っていく。潮の匂いが強くなり、波の音が聞こえ始めた。台風の影響で、普段より激しい波音だった。

「もう少しで着きます」

 蓮が告げると、翔太は身を乗り出した。

「ありがとうございます。本当に」

 その時、翔太の手が蓮の肩に軽く触れた。一瞬の接触だったが、蓮の心臓が跳ねた。

「あ、すみません」

 翔太は慌てて手を引いた。しかし蓮は、その温もりを忘れることができなかった。

 海岸の駐車場にタクシーを停めると、翔太は財布を取り出した。

「いくらですか」

「三千円です」

 翔太は一万円札を差し出した。

「お釣りは」

「いりません」

 翔太はドアに手をかけたが、急に振り返った。

「神崎さん、もしよろしければ……少しだけ、一緒にいてもらえませんか」

 蓮は躊躇した。客との私的な関わりは避けるべきだ。しかし、翔太の目には絶望的な何かがあった。

「少しだけなら」

 蓮は車を降りた。

 台風が去った海は、まだ荒れていた。護岸堤防には流木や海藻が打ち上げられ、街灯の光が波しぶきを照らしている。月も出ていて、海面が銀色に光っていた。

 翔太は防波堤の縁に腰を下ろした。蓮もその隣に座る。二人の間には適度な距離があったが、潮風が二人の髪を同じ方向に揺らしていた。

「きれいですね」

 翔太が呟いた。

「荒れているのに、きれいです」

 蓮は黙って海を見つめていた。確かに美しかった。破壊の後に残された美しさ。

「神崎さん」

「はい」

「俺、最低な人間なんです」

 翔太の声は震えていた。

「今日、取り返しのつかないことをしました」

 蓮は翔太の方を向いた。月明かりに照らされた翔太の横顔は、まるで彫刻のように美しかった。

「人は皆、間違いを犯します」

 蓮の言葉に、翔太は驚いたような顔をした。

「神崎さん……」

「海は全てを洗い流してくれます」

 その時、翔太の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。しかしその口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。涙の中の笑み。それは蓮が今まで見たことのない、美しい表情だった。

「ありがとう」

 翔太は蓮の手を握った。冷たい手だった。蓮はその手を両手で包んだ。

「温かい」

 翔太が呟く。

「神崎さんの手、温かいです」

 蓮の胸に、今まで感じたことのない感情が湧き上がってきた。この男を守りたい。慰めてやりたい。そんな衝動だった。

 翔太は蓮の顔を見上げた。月光の下、二人の距離が縮まっていく。

「神崎さん……」

「蓮でいいです」

「蓮さん」

 翔太の唇が蓮の名前を呼ぶ音が、波音に混じって消えていく。

 蓮は翔太の頬に触れた。涙で濡れた肌は冷たかったが、その奥に熱を感じた。

「泣かなくていい」

 蓮の親指が翔太の涙を拭った。

「でも……」

「何があったかは分からない。でも、あなたは一人じゃない」

 翔太の目が見開かれた。

「蓮さん……」

 二人の唇が重なった。最初は軽く、確かめるように。翔太の唇は柔らかく、塩の味がした。涙の味だった。

 蓮は翔太を抱き寄せた。翔太の体は思っていたより華奢で、震えていた。

「寒いですか」

「いえ……怖いんです」

「何が?」

「この気持ちが」

 翔太は蓮の胸に顔を埋めた。

「初めてです。男の人に、こんな風に思うの」

 蓮の心臓が激しく鼓動した。自分も同じだった。女性との経験はあるが、男性に対してこんな感情を抱いたことはない。

「俺も……初めてです」

 蓮の告白に、翔太は顔を上げた。

「本当ですか」

「ええ」

 今度は翔太から唇を重ねてきた。さっきより深く、情熱的に。蓮は翔太の背中に手を回し、しっかりと抱きしめた。

 翔太の手が蓮のシャツの中に潜り込んでくる。冷たい指先が胸板に触れると、蓮は小さく身震いした。

「翔太……」

 名前を呼ばれて、翔太の動きが止まった。

「いいんですか?」

「ああ」

 翔太の手が蓮の体を撫で回す。最初はおそるおそるだったが、だんだん大胆になっていく。蓮のシャツのボタンを外し、素肌に直接触れてくる。

 蓮も翔太のシャツに手をかけた。スーツのジャケットを脱がせ、シャツのボタンを一つずつ外していく。月明かりに照らされた翔太の肌は白く、美しかった。

「きれい」

 蓮が呟くと、翔太は恥ずかしそうに体を縮めた。

「そんなことない……」

「きれいです」

 蓮は翔太の胸に唇を押し当てた。翔太が小さく声を上げる。蓮の舌が翔太の乳首を軽く舐めると、翔太の体がびくっと震えた。

「あ……」

 翔太の反応に、蓮の下半身に熱が集まってくる。翔太も同じらしく、スラックスの前が盛り上がってきていた。

「ここ、どうしましょうか」

 蓮が翔太の膨らみに手を置くと、翔太は息を呑んだ。

「お任せします……」

 蓮は翔太のベルトを外し、ジッパーを下ろした。下着の上からでも分かる硬さと熱さ。蓮の手のひらが翔太の勃起を包み込む。

「んっ……」

 翔太の甘い声が夜風に溶けていく。蓮は翔太の下着に手を入れ、直接その熱さに触れた。

 思っていたより大きく、硬い。先端から透明な液体が滲み出ている。蓮の指がその液体を伸ばすと、翔太は激しく身震いした。

「蓮さん……」

 翔太も蓮のズボンに手を伸ばした。お互いの手が相手の最も敏感な部分を愛撫し合う。波音と二人の荒い息遣いだけが夜を支配していた。

「気持ちいい……」

 翔太が蓮の耳元で囁く。その声だけで、蓮は達してしまいそうになった。

「翔太も……」

 蓮の手の動きが速くなる。翔太の腰が浮き上がり、蓮の肩に爪を立てた。

「だめ……もう……」

 翔太の声が裏返る。蓮も限界だった。

「一緒に……」

 二人は同じタイミングで絶頂に達した。翔太の精液が蓮の手を濡らし、蓮のものも翔太の手の中で脈打った。

 しばらく二人は抱き合ったまま、荒い息を整えていた。

「すみません」

 翔太が呟く。

「汚しちゃって」

「気にしないで」

 蓮は持っていたハンカチで二人の手を拭いた。

「翔太」

「はい」

「今夜はどこに?」

「え?」

「泊まるところ」

 翔太は困ったような顔をした。

「実は……家に帰りたくないんです」

「なら」

 蓮は立ち上がった。

「俺の家に来ませんか」

 翔太の目に希望の光が宿った。

「いいんですか?」

「ええ」

 二人は身だしなみを整えて車に戻った。エンジンをかけながら、蓮は思った。今夜から自分の人生は変わるのかもしれない。隣に座る翔太を見ると、彼もまた蓮を見つめていた。

「ありがとう、蓮さん」

「どういたしまして」

 タクシーは再び夜の街を走り始めた。台風が去って、空には星が見え始めていた。

----
あとがき

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