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第2章
第2章 第26話「夜会の影」
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王都への帰路、二日目の夕暮れ時だった。
グレイウッドの森を抜けて、最後の宿場町に到着した。『銀の鈴亭』という、街道沿いでは名の知れた宿だ。
「今夜はゆっくり休めますね」
マルタが安堵の息をついた。確かに、セイブライドでの緊張続きで皆疲れている。
宿の大広間では、地元の商人や旅人たちが集まって夕食を取っていた。私たちは二階の個室を用意されたが、王子が提案した。
「下で食事をしないか。民の声を聞くのも大切だ」
護衛の騎士たちは渋い顔をしたが、結局、大広間の隅の席に着いた。
煮込み料理とパン、そして地元産という葡萄酒が運ばれてきた。
「美味しい」
素朴だが、心のこもった味だった。
隣のテーブルから話し声が聞こえてきた。
「聞いたか? 帝国が国境に兵を集めているらしい」
「不穏だな。また戦争か?」
「いや、今度の標的は導きの姫らしいぞ」
思わず手が止まった。王子がそっと私の手を握る。
「根拠のない噂だ」
でも、セイブライドでの一件を考えれば、あながち噂だけとも言えない。
その時、宿の扉が開いて、新しい客が入ってきた。
旅装の男が三人。商人風だが、歩き方が違う。軍人特有の、重心の安定した歩き方だ。
王子も気づいたようで、さりげなく剣の柄に手を添えた。
「チェックポイントを確認しましょう」
つい口に出してしまった。
瞬間、ガヴェイン卿が立ち上がり、騎士たちが配置についた。まるで私の言葉が指示だったかのように。
新しい客たちが、一瞬動きを止めた。
そして、何事もなかったかのようにカウンターへ向かい、宿を取った。
でも、違和感は消えない。
夕食を終えて部屋に戻ると、王子が私の部屋を訪ねてきた。
「今夜は交代で見張りを立てる」
「大げさでは?」
「君の勘は当たることが多い」
王子の言葉通り、その夜、何かが起きた。
深夜、物音で目が覚めた。
扉の向こうで、金属のぶつかる音がする。
「曲者だ!」
騎士の叫び声。
慌てて起き上がると、扉が開いて王子が飛び込んできた。
「大丈夫か!」
「はい」
「階下で戦闘になっている。ここを動くな」
王子は剣を抜いて、再び廊下に出て行った。
一人残されて、不安に震えていると、窓の外に人影が見えた。
壁を登ってくる者がいる。
逃げようとしたが、もう遅い。窓が割れ、黒装束の男が侵入してきた。
「導きの姫か」
低い声。カースヴァルト訛りがある。
「帝国の皇帝陛下が、お前に興味を持っている」
男が一歩近づく。手には短剣。
その時、頭に浮かんだのは、なぜかゲームの画面だった。
敵が近づいてきた時の回避コマンド——
「バックステップで回避!」
叫ぶと同時に、本能的に後ろに飛んだ。
男の短剣が空を切る。
そして、不思議なことが起きた。
腕輪の鈴が激しく鳴り、部屋の隅にあった小さな案内石が眩い光を放った。
男がひるんだ隙に、扉が蹴破られた。
「姫!」
王子が飛び込んできて、男と対峙した。
剣戟が始まる。狭い部屋での戦いは、王子に不利だ。
何か、できることはないか——
「右上からの攻撃に注意!」
思わず叫んだ。
王子が反射的に右上を防御すると、まさにそこに男の剣が振り下ろされた。
「今だ、カウンター!」
王子の剣が、男の脇腹を捉えた。
男が膝をつく。そこへ騎士たちが駆けつけ、取り押さえた。
戦いが終わった。
王子が私を抱きしめた。震えが止まらない。
「もう大丈夫だ」
優しい声だが、王子も震えているのが分かった。
捕らえた男の尋問が始まった。
最初は黙秘していたが、ローランド将軍の執拗な追及に、ついに口を開いた。
「帝国は、導きの姫の力を欲している」
「力?」
「戦場で的確な指示を出し、兵を導く力。それを軍事利用したいのだ」
まさか、私のゲーム知識がそんな風に解釈されているとは。
「他にも仲間がいるな?」
将軍の問いに、男は嗤った。
「王都にも、宮廷にも、我らの同志はいる」
背筋が凍った。
王都に、宮廷に、スパイがいる?
「誰だ!」
王子が詰め寄ったが、男はそれ以上何も語らなかった。
翌朝、重い雰囲気の中で王都への旅を再開した。
護衛は倍に増やされ、私の馬車には王子も同乗することになった。
「怖かっただろう」
王子の言葉に、正直に頷いた。
「でも、王子様がいてくれて」
「君の指示のおかげで勝てた」
王子が真剣な顔で言った。
「あの『右上からの攻撃』という予測、どうして分かった?」
ゲームの経験から、と言えるはずもない。
「なんとなく、です」
「君の『なんとなく』は、いつも的確だ」
王子が私の手を取った。
「これからも、その勘を信じて欲しい」
王都の門が見えてきた。
市民たちが出迎えてくれている。
「お帰りなさい!」
「無事で良かった!」
子供たちが花を投げてくれる。
でも、この平和な光景の中に、帝国の間者が潜んでいるかもしれない。
誰を信じればいいのか。
疑心暗鬼が、心を蝕み始めていた。
グレイウッドの森を抜けて、最後の宿場町に到着した。『銀の鈴亭』という、街道沿いでは名の知れた宿だ。
「今夜はゆっくり休めますね」
マルタが安堵の息をついた。確かに、セイブライドでの緊張続きで皆疲れている。
宿の大広間では、地元の商人や旅人たちが集まって夕食を取っていた。私たちは二階の個室を用意されたが、王子が提案した。
「下で食事をしないか。民の声を聞くのも大切だ」
護衛の騎士たちは渋い顔をしたが、結局、大広間の隅の席に着いた。
煮込み料理とパン、そして地元産という葡萄酒が運ばれてきた。
「美味しい」
素朴だが、心のこもった味だった。
隣のテーブルから話し声が聞こえてきた。
「聞いたか? 帝国が国境に兵を集めているらしい」
「不穏だな。また戦争か?」
「いや、今度の標的は導きの姫らしいぞ」
思わず手が止まった。王子がそっと私の手を握る。
「根拠のない噂だ」
でも、セイブライドでの一件を考えれば、あながち噂だけとも言えない。
その時、宿の扉が開いて、新しい客が入ってきた。
旅装の男が三人。商人風だが、歩き方が違う。軍人特有の、重心の安定した歩き方だ。
王子も気づいたようで、さりげなく剣の柄に手を添えた。
「チェックポイントを確認しましょう」
つい口に出してしまった。
瞬間、ガヴェイン卿が立ち上がり、騎士たちが配置についた。まるで私の言葉が指示だったかのように。
新しい客たちが、一瞬動きを止めた。
そして、何事もなかったかのようにカウンターへ向かい、宿を取った。
でも、違和感は消えない。
夕食を終えて部屋に戻ると、王子が私の部屋を訪ねてきた。
「今夜は交代で見張りを立てる」
「大げさでは?」
「君の勘は当たることが多い」
王子の言葉通り、その夜、何かが起きた。
深夜、物音で目が覚めた。
扉の向こうで、金属のぶつかる音がする。
「曲者だ!」
騎士の叫び声。
慌てて起き上がると、扉が開いて王子が飛び込んできた。
「大丈夫か!」
「はい」
「階下で戦闘になっている。ここを動くな」
王子は剣を抜いて、再び廊下に出て行った。
一人残されて、不安に震えていると、窓の外に人影が見えた。
壁を登ってくる者がいる。
逃げようとしたが、もう遅い。窓が割れ、黒装束の男が侵入してきた。
「導きの姫か」
低い声。カースヴァルト訛りがある。
「帝国の皇帝陛下が、お前に興味を持っている」
男が一歩近づく。手には短剣。
その時、頭に浮かんだのは、なぜかゲームの画面だった。
敵が近づいてきた時の回避コマンド——
「バックステップで回避!」
叫ぶと同時に、本能的に後ろに飛んだ。
男の短剣が空を切る。
そして、不思議なことが起きた。
腕輪の鈴が激しく鳴り、部屋の隅にあった小さな案内石が眩い光を放った。
男がひるんだ隙に、扉が蹴破られた。
「姫!」
王子が飛び込んできて、男と対峙した。
剣戟が始まる。狭い部屋での戦いは、王子に不利だ。
何か、できることはないか——
「右上からの攻撃に注意!」
思わず叫んだ。
王子が反射的に右上を防御すると、まさにそこに男の剣が振り下ろされた。
「今だ、カウンター!」
王子の剣が、男の脇腹を捉えた。
男が膝をつく。そこへ騎士たちが駆けつけ、取り押さえた。
戦いが終わった。
王子が私を抱きしめた。震えが止まらない。
「もう大丈夫だ」
優しい声だが、王子も震えているのが分かった。
捕らえた男の尋問が始まった。
最初は黙秘していたが、ローランド将軍の執拗な追及に、ついに口を開いた。
「帝国は、導きの姫の力を欲している」
「力?」
「戦場で的確な指示を出し、兵を導く力。それを軍事利用したいのだ」
まさか、私のゲーム知識がそんな風に解釈されているとは。
「他にも仲間がいるな?」
将軍の問いに、男は嗤った。
「王都にも、宮廷にも、我らの同志はいる」
背筋が凍った。
王都に、宮廷に、スパイがいる?
「誰だ!」
王子が詰め寄ったが、男はそれ以上何も語らなかった。
翌朝、重い雰囲気の中で王都への旅を再開した。
護衛は倍に増やされ、私の馬車には王子も同乗することになった。
「怖かっただろう」
王子の言葉に、正直に頷いた。
「でも、王子様がいてくれて」
「君の指示のおかげで勝てた」
王子が真剣な顔で言った。
「あの『右上からの攻撃』という予測、どうして分かった?」
ゲームの経験から、と言えるはずもない。
「なんとなく、です」
「君の『なんとなく』は、いつも的確だ」
王子が私の手を取った。
「これからも、その勘を信じて欲しい」
王都の門が見えてきた。
市民たちが出迎えてくれている。
「お帰りなさい!」
「無事で良かった!」
子供たちが花を投げてくれる。
でも、この平和な光景の中に、帝国の間者が潜んでいるかもしれない。
誰を信じればいいのか。
疑心暗鬼が、心を蝕み始めていた。
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