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第3章
第3章 第57話「王都への報告」
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王都アウレリア。
王宮の謁見の間に、急使が跪いていた。
彼は、バスティオンから三日三晩を駆け抜けてきた。
鎧は泥にまみれ、顔には疲労が刻まれている。
玉座には、国王ヴァレン三世が座っていた。
白髪混じりの髪と、鋭い目を持つ老人。
彼の両脇には、重臣たちが並んでいる。
宰相マルセル侯爵、軍務大臣、財務大臣、そして神官長――。
ヴァレンドリア王国の中枢が、そこに集まっていた。
「報告せよ」
国王の声が、重く響いた。
急使が、頭を下げたまま答えた。
「南東前線にて、帝国軍と交戦。我が軍、勝利いたしました」
謁見の間が、どよめいた。
「勝利、だと?」
「帝国の新兵器にもかかわらず?」
重臣たちが、驚きの声を上げた。
急使が、続けた。
「帝国軍は、記章機構と呼ばれる新兵器を持ち込みました。我が軍の紋章術を封じ、彼らの魔法を増幅させる装置です」
謁見の間が、緊張に包まれた。
「だが、我が軍は対抗いたしました」
急使の声が、少し誇らしげになった。
「戦術姫の導きにより、魔法なきまま帝国軍を撃退いたしました」
その言葉に、謁見の間が静まり返った。
「戦術姫……?」
国王が、眉をひそめた。
「導きの姫のことか」
「はい、陛下」
急使が答えた。
「姫様は、魔法が封じられた状況で、即座に対応策を示されました。『まず盾で防ぐ』『次に槍で攻める』『弓で援護する』――この手順が、兵士たちを統制し、勝利へ導きました」
急使は、懐から一枚の紙を取り出した。
「これが、姫様の戦術を記した手順書です。全軍に配布され、兵士たちはこれを頼りに戦っております」
侍従が、紙を受け取り、国王に渡した。
国王は、それを読んだ。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、国王が口を開いた。
「……見事だ」
その言葉に、謁見の間がざわついた。
「姫は、軍を導いたのか」
「魔法なしで、帝国の新兵器に勝ったと」
重臣たちが、顔を見合わせた。
-----
宰相マルセル侯爵が、前に出た。
「陛下、これは素晴らしい報告です」
彼の声が、謁見の間に響いた。
「導きの姫は、宮廷だけでなく、戦場でもその力を発揮されました」
彼は、手順書を見た。
「この『段取り』は、実に合理的です。誰でも理解でき、実行できる」
宰相は、国王を見た。
「姫様は、真に国の宝です」
その言葉に、何人かの重臣が頷いた。
「確かに」
「導きの姫が、今度は戦術姫か」
でも――。
その中で、一人だけ難しい顔をしている者がいた。
レイノルド子爵だった。
彼は、保守派の筆頭として知られる貴族。
国王が、彼を見た。
「レイノルド、何か意見は?」
レイノルド子爵は、しばらく黙っていたけれど、やがて口を開いた。
「……陛下、一つ懸念がございます」
その声は、慎重だった。
「申せ」
「姫が軍事に関与すること――それ自体が、危険ではないでしょうか」
その言葉に、謁見の間が静まった。
レイノルド子爵が続けた。
「姫は、王太子妃候補です。本来、宮廷にて王子殿下を支えるべき立場」
彼は、手順書を指差した。
「それが、戦場で兵を指揮している。これは、伝統に反します」
何人かの保守派の貴族が、頷いた。
「確かに……」
「女性が軍事に関与するなど……」
レイノルド子爵が、さらに言った。
「しかも、姫の力が強大になりすぎれば――」
彼は、少し間を置いた。
「軍が、姫に依存することになります。それは、国家として危険ではないでしょうか」
その言葉に、謁見の間がざわついた。
-----
宰相マルセル侯爵が、反論した。
「レイノルド卿、それは杞憂です」
彼の声が、強かった。
「姫様は、軍を指揮しているわけではありません。導いているのです」
宰相は、国王を見た。
「姫様の力は、士気を高め、兵士たちを統制する。それは、どの時代においても価値あることです」
彼は、手順書を掲げた。
「しかも、姫様の戦術は、誰でも実行できる形に整理されています。これは、軍の強化そのものです」
何人かの改革派の貴族が、拍手した。
「その通りだ」
「姫様の力を、国のために使うべきだ」
でも、レイノルド子爵は引かなかった。
「宰相、あなたは姫を過大評価しておられる」
彼の声が、冷たかった。
「姫の力が本物かどうか、まだわからないではないですか」
その言葉に、謁見の間が再び静まった。
「今回の勝利は、たまたまかもしれません」
レイノルド子爵が続けた。
「帝国が本気で来たとき、姫の力が通用するとは限らない」
彼は、国王を見た。
「陛下、姫を前線に置くことは、あまりにも危険です」
国王は、黙って二人の議論を聞いていた。
長い沈黙の後、彼は口を開いた。
「……姫を、王都へ呼び戻せ」
その言葉に、全員が国王を見た。
「直接、この目で確かめる」
国王が続けた。
「姫の力が本物かどうか、そして――」
彼は、手順書を見た。
「この『戦術姫』が、本当に国の宝足りうるかを」
宰相マルセル侯爵が、深く頭を下げた。
「御意」
レイノルド子爵も、渋々頭を下げた。
でも、その目には、不満が残っていた。
-----
謁見が終わり、重臣たちが退出していく。
廊下で、宰相マルセル侯爵と財務大臣が並んで歩いていた。
「宰相、レイノルド卿の反発が強いですね」
財務大臣が、小さな声で言った。
「ああ」
宰相は、険しい顔をしていた。
「彼は、変化を嫌う。姫様のような存在は、彼にとって脅威なのだ」
「しかし、姫様の功績は事実です」
「それでも、彼は認めないだろう」
宰相が、ため息をついた。
「姫様が王都へ戻られたら、保守派は必ず動く」
財務大臣が、心配そうに言った。
「姫様を、守らねばなりませんね」
「ああ」
宰相は、窓の外を見た。
遠くに、南東の方角が見える。
「姫様は、まだご自分の立場の危うさを理解しておられないかもしれない」
彼は、静かに呟いた。
「宮廷は、戦場よりも恐ろしい場所だ」
-----
一方、別の廊下では――。
レイノルド子爵が、数名の保守派貴族と話していた。
「宰相は、姫を過大評価している」
レイノルド子爵が、低い声で言った。
「導きの姫、戦術姫――どれも、まやかしだ」
マルキス伯爵が、頷いた。
「女が軍事に関与するなど、言語道断です」
「しかも、王太子殿下は、完全に姫に心酔しておられる」
別の貴族が、苦々しく言った。
「このままでは、姫が王宮を牛耳ることになる」
レイノルド子爵が、窓の外を見た。
「姫が王都へ戻ったら――」
彼は、冷たく微笑んだ。
「我々も、動かねばならない」
保守派の貴族たちが、顔を見合わせた。
「どうされるおつもりですか」
「姫の正体を、暴く」
レイノルド子爵が、静かに言った。
「あの力が、本物かどうかを」
彼は、振り返った。
「もし、まやかしだと証明できれば――姫の影響力は失われる」
保守派の貴族たちが、暗い笑みを浮かべた。
「なるほど」
「それは、名案です」
レイノルド子爵が、廊下を歩き始めた。
「姫を、歓迎の宴で迎える」
彼の声が、冷たく響いた。
「そして、そこで――試すのだ」
-----
その夜、宰相マルセル侯爵は、自室で娘のセラフィーヌと話していた。
「父上、レイノルド卿たちが動くつもりですね」
セラフィーヌが、心配そうに言った。
「ああ」
宰相は、窓の外を見ていた。
「彼らは、姫様を認めない」
「でも、姫様の功績は本物です」
「それでも、彼らは認めない」
宰相は、娘を見た。
「セラフィーヌ、姫様が戻られたら、お前が支えてやってくれ」
「もちろんです」
セラフィーヌが、力強く頷いた。
「姫様は、私の大切な友人ですから」
宰相は、優しく微笑んだ。
「頼むぞ」
二人は、窓の外を見た。
南東の空を――。
そこに、戦術姫がいる。
そして、数日後には――。
宮廷という、別の戦場へ戻ってくる。
月が、雲の間から顔を出した。
王都の塔が、月明かりに照らされた。
静かな夜だった。
でも、その静けさの下で――。
陰謀が、渦巻き始めていた。
王宮の謁見の間に、急使が跪いていた。
彼は、バスティオンから三日三晩を駆け抜けてきた。
鎧は泥にまみれ、顔には疲労が刻まれている。
玉座には、国王ヴァレン三世が座っていた。
白髪混じりの髪と、鋭い目を持つ老人。
彼の両脇には、重臣たちが並んでいる。
宰相マルセル侯爵、軍務大臣、財務大臣、そして神官長――。
ヴァレンドリア王国の中枢が、そこに集まっていた。
「報告せよ」
国王の声が、重く響いた。
急使が、頭を下げたまま答えた。
「南東前線にて、帝国軍と交戦。我が軍、勝利いたしました」
謁見の間が、どよめいた。
「勝利、だと?」
「帝国の新兵器にもかかわらず?」
重臣たちが、驚きの声を上げた。
急使が、続けた。
「帝国軍は、記章機構と呼ばれる新兵器を持ち込みました。我が軍の紋章術を封じ、彼らの魔法を増幅させる装置です」
謁見の間が、緊張に包まれた。
「だが、我が軍は対抗いたしました」
急使の声が、少し誇らしげになった。
「戦術姫の導きにより、魔法なきまま帝国軍を撃退いたしました」
その言葉に、謁見の間が静まり返った。
「戦術姫……?」
国王が、眉をひそめた。
「導きの姫のことか」
「はい、陛下」
急使が答えた。
「姫様は、魔法が封じられた状況で、即座に対応策を示されました。『まず盾で防ぐ』『次に槍で攻める』『弓で援護する』――この手順が、兵士たちを統制し、勝利へ導きました」
急使は、懐から一枚の紙を取り出した。
「これが、姫様の戦術を記した手順書です。全軍に配布され、兵士たちはこれを頼りに戦っております」
侍従が、紙を受け取り、国王に渡した。
国王は、それを読んだ。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、国王が口を開いた。
「……見事だ」
その言葉に、謁見の間がざわついた。
「姫は、軍を導いたのか」
「魔法なしで、帝国の新兵器に勝ったと」
重臣たちが、顔を見合わせた。
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宰相マルセル侯爵が、前に出た。
「陛下、これは素晴らしい報告です」
彼の声が、謁見の間に響いた。
「導きの姫は、宮廷だけでなく、戦場でもその力を発揮されました」
彼は、手順書を見た。
「この『段取り』は、実に合理的です。誰でも理解でき、実行できる」
宰相は、国王を見た。
「姫様は、真に国の宝です」
その言葉に、何人かの重臣が頷いた。
「確かに」
「導きの姫が、今度は戦術姫か」
でも――。
その中で、一人だけ難しい顔をしている者がいた。
レイノルド子爵だった。
彼は、保守派の筆頭として知られる貴族。
国王が、彼を見た。
「レイノルド、何か意見は?」
レイノルド子爵は、しばらく黙っていたけれど、やがて口を開いた。
「……陛下、一つ懸念がございます」
その声は、慎重だった。
「申せ」
「姫が軍事に関与すること――それ自体が、危険ではないでしょうか」
その言葉に、謁見の間が静まった。
レイノルド子爵が続けた。
「姫は、王太子妃候補です。本来、宮廷にて王子殿下を支えるべき立場」
彼は、手順書を指差した。
「それが、戦場で兵を指揮している。これは、伝統に反します」
何人かの保守派の貴族が、頷いた。
「確かに……」
「女性が軍事に関与するなど……」
レイノルド子爵が、さらに言った。
「しかも、姫の力が強大になりすぎれば――」
彼は、少し間を置いた。
「軍が、姫に依存することになります。それは、国家として危険ではないでしょうか」
その言葉に、謁見の間がざわついた。
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宰相マルセル侯爵が、反論した。
「レイノルド卿、それは杞憂です」
彼の声が、強かった。
「姫様は、軍を指揮しているわけではありません。導いているのです」
宰相は、国王を見た。
「姫様の力は、士気を高め、兵士たちを統制する。それは、どの時代においても価値あることです」
彼は、手順書を掲げた。
「しかも、姫様の戦術は、誰でも実行できる形に整理されています。これは、軍の強化そのものです」
何人かの改革派の貴族が、拍手した。
「その通りだ」
「姫様の力を、国のために使うべきだ」
でも、レイノルド子爵は引かなかった。
「宰相、あなたは姫を過大評価しておられる」
彼の声が、冷たかった。
「姫の力が本物かどうか、まだわからないではないですか」
その言葉に、謁見の間が再び静まった。
「今回の勝利は、たまたまかもしれません」
レイノルド子爵が続けた。
「帝国が本気で来たとき、姫の力が通用するとは限らない」
彼は、国王を見た。
「陛下、姫を前線に置くことは、あまりにも危険です」
国王は、黙って二人の議論を聞いていた。
長い沈黙の後、彼は口を開いた。
「……姫を、王都へ呼び戻せ」
その言葉に、全員が国王を見た。
「直接、この目で確かめる」
国王が続けた。
「姫の力が本物かどうか、そして――」
彼は、手順書を見た。
「この『戦術姫』が、本当に国の宝足りうるかを」
宰相マルセル侯爵が、深く頭を下げた。
「御意」
レイノルド子爵も、渋々頭を下げた。
でも、その目には、不満が残っていた。
-----
謁見が終わり、重臣たちが退出していく。
廊下で、宰相マルセル侯爵と財務大臣が並んで歩いていた。
「宰相、レイノルド卿の反発が強いですね」
財務大臣が、小さな声で言った。
「ああ」
宰相は、険しい顔をしていた。
「彼は、変化を嫌う。姫様のような存在は、彼にとって脅威なのだ」
「しかし、姫様の功績は事実です」
「それでも、彼は認めないだろう」
宰相が、ため息をついた。
「姫様が王都へ戻られたら、保守派は必ず動く」
財務大臣が、心配そうに言った。
「姫様を、守らねばなりませんね」
「ああ」
宰相は、窓の外を見た。
遠くに、南東の方角が見える。
「姫様は、まだご自分の立場の危うさを理解しておられないかもしれない」
彼は、静かに呟いた。
「宮廷は、戦場よりも恐ろしい場所だ」
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一方、別の廊下では――。
レイノルド子爵が、数名の保守派貴族と話していた。
「宰相は、姫を過大評価している」
レイノルド子爵が、低い声で言った。
「導きの姫、戦術姫――どれも、まやかしだ」
マルキス伯爵が、頷いた。
「女が軍事に関与するなど、言語道断です」
「しかも、王太子殿下は、完全に姫に心酔しておられる」
別の貴族が、苦々しく言った。
「このままでは、姫が王宮を牛耳ることになる」
レイノルド子爵が、窓の外を見た。
「姫が王都へ戻ったら――」
彼は、冷たく微笑んだ。
「我々も、動かねばならない」
保守派の貴族たちが、顔を見合わせた。
「どうされるおつもりですか」
「姫の正体を、暴く」
レイノルド子爵が、静かに言った。
「あの力が、本物かどうかを」
彼は、振り返った。
「もし、まやかしだと証明できれば――姫の影響力は失われる」
保守派の貴族たちが、暗い笑みを浮かべた。
「なるほど」
「それは、名案です」
レイノルド子爵が、廊下を歩き始めた。
「姫を、歓迎の宴で迎える」
彼の声が、冷たく響いた。
「そして、そこで――試すのだ」
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その夜、宰相マルセル侯爵は、自室で娘のセラフィーヌと話していた。
「父上、レイノルド卿たちが動くつもりですね」
セラフィーヌが、心配そうに言った。
「ああ」
宰相は、窓の外を見ていた。
「彼らは、姫様を認めない」
「でも、姫様の功績は本物です」
「それでも、彼らは認めない」
宰相は、娘を見た。
「セラフィーヌ、姫様が戻られたら、お前が支えてやってくれ」
「もちろんです」
セラフィーヌが、力強く頷いた。
「姫様は、私の大切な友人ですから」
宰相は、優しく微笑んだ。
「頼むぞ」
二人は、窓の外を見た。
南東の空を――。
そこに、戦術姫がいる。
そして、数日後には――。
宮廷という、別の戦場へ戻ってくる。
月が、雲の間から顔を出した。
王都の塔が、月明かりに照らされた。
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でも、その静けさの下で――。
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