転生したら美少女なのに中身はRPGチュートリアルおじさんで、しかも政略結婚の花嫁だった

チャビューヘ

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第4章

第4章 第61話「学者の診断」

 翌朝、王宮の謁見の間に、見慣れない一団が到着した。

 学都ノヴェスからの調査団だ。

 先頭を歩くのは、白髪の老人。背は低いが、背筋はぴんと伸びている。深い青のローブを纏い、首から銀の鎖で吊るした小さな案内石の欠片を下げていた。

「エドリアン学士です」

 宰相マルセル侯爵が紹介した。

「案内石研究の第一人者であり、王立学院の名誉教授でもあります」

 エドリアン学士は、深々と一礼した。

「お初にお目にかかります。陛下、王子殿下、そして戦術姫殿下」

 彼の声は、穏やかだが、どこか冷たい。

 感情を排した、学者の声だ。

 国王ヴァレン三世が頷いた。

「よく来てくれた、学士。早速だが、案内石の異常について報告を願いたい」

「かしこまりました」

 エドリアン学士は、従者に合図した。従者が大きな巻物を広げる。

 それは、ヴァレンドリア王国の地図だった。

 王都アウレリアを中心に、各地に小さな印がついている。案内石の設置場所だ。

「我々は、過去三週間にわたり、王国内の主要な案内石を調査いたしました」

 学士が地図を指さす。

「結果、王都を中心とした半径百キロメートル圏内において、案内石の輝度が平均三十パーセント低下していることが判明しました」

 ざわめきが広がる。

 レイノルド子爵が立ち上がった。

「三十パーセントとは、尋常ではない」

「その通りです」

 エドリアン学士は冷静に答えた。

「特に顕著なのが、バスティオン要塞です。こちらは完全に光を失っております」

 彼は地図の南東部を指さした。

「興味深いことに、バスティオンの案内石が光を失ったのは、戦術姫殿下が当地を離れた直後とのことです」

 視線が、私に集まる。

 私は椅子に座ったまま、動けなかった。

 エドリアン学士は続ける。

「また、王都の案内石も、ここ数日で急激に輝度が低下しています。過去の記録と比較しても、これほど短期間での変化は前例がありません」

 マルキス伯爵が口を開いた。

「つまり、姫の存在が、案内石を消耗させていると?」

「断定はできません」

 エドリアン学士は首を横に振った。

「しかし、相関関係は否定できない。戦術姫殿下の行動範囲と、案内石の異常発生地域が、見事に一致しているのです」

 地図を見る。

 確かに、私が訪れた場所——王都、バスティオン、リセンヌ同盟の港——の周辺で、印が濃くなっている。

 宰相が立ち上がった。

「学士、案内石の輝度低下の原因は特定できたのか?」

「いくつかの仮説があります」

 エドリアン学士は、首から下げていた案内石の欠片を手に取った。

「案内石は、古代の遺物です。その機構については、未だ多くが謎に包まれています。ただ、一つ確実なのは、案内石が『力』に反応するということです」

「力?」

「ええ。言葉、行為、意思。それらが紡ぐ『導きの力』に、案内石は共鳴します」

 彼は私を見た。

「戦術姫殿下の『神託』は、極めて強力な導きの力です。それが、案内石を過剰に刺激している可能性があります」

 レイノルド子爵が畳みかけた。

「つまり、姫の『神託』は、案内石を消耗させている。そして、案内石が失われれば、王国の守護も失われる」

「極論ですが、その解釈も間違いとは言えません」

 エドリアン学士の言葉が、重く響く。

 私は、何も言えなかった。

-----

 調査団は、その日のうちに王宮内の案内石を精密に調べ始めた。

 大聖堂の案内石の前に、測定器具が並べられる。

 私は、少し離れた場所から、その様子を見ていた。

「姫様」

 振り返ると、アウレリウスが立っていた。

「大丈夫か?」

「……分からない」

 私は案内石を見た。

 測定器具に囲まれた石柱は、まるで病人のようだ。

「もし、本当に私のせいだったら……」

「まだ何も決まっていない」

 彼は私の肩に手を置いた。

「エドリアン学士は公平な人物だ。事実を明らかにしてくれる」

「でも、事実が、私が悪いって結果だったら?」

 彼は沈黙した。

 また、あの沈黙だ。

 言葉では信じると言いながら、答えに詰まる沈黙。

 私は、それ以上何も言えなかった。

-----

 夕方、調査団の測定が一段落した。

 エドリアン学士が、枢密院の議場に呼ばれた。

 私も、同席を命じられた。

 議場には、主要な貴族たちが集まっている。宰相、レイノルド子爵、マルキス伯爵、そしてローランド将軍。

 エドリアン学士は、測定結果をまとめた書類を広げた。

「王宮内の案内石の現状を報告いたします」

 彼は、淡々と数値を読み上げる。

「輝度は、標準値の四十二パーセント。反応速度は、標準値の三十八パーセント。共鳴周波数に、明確な乱れが見られます」

 レイノルド子爵が前のめりになった。

「つまり、王宮の案内石も、弱っているということか」

「その通りです。そして、最も憂慮すべきは——」

 エドリアン学士は、案内石の図面を示した。

 図面には、石の内部構造が描かれている。

 そして、中心部に、赤い線が走っている。

「内部に、亀裂が生じています。これは、過剰な負荷によるものと推測されます」

 ざわめきが起こる。

 宰相が尋ねた。

「亀裂が広がれば、どうなる?」

「最悪の場合、案内石は機能を完全に停止します。そして、修復は不可能です」

 エドリアン学士の言葉が、重く響く。

「案内石は、古代の技術で作られています。現代の我々には、再現できません」

 つまり、壊れたら終わり。

 マルキス伯爵が立ち上がった。

「では、どうすれば良いのだ?案内石を守る方法は?」

「案内石への負荷を減らすことです」

 エドリアン学士は、私を見た。

「具体的には、戦術姫殿下の『神託』の使用を、控えていただく必要があります」

 静寂が落ちる。

 私は、椅子に座ったまま、動けなかった。

 レイノルド子爵が、ここぞとばかりに言った。

「学士の診断は明確だ。姫の『神託』が、案内石を傷つけている。ならば、姫には『神託』を控えていただくしかない」

 宰相が反論する。

「しかし、姫の『神託』は、バスティオンでの勝利に不可欠だった。今後も、帝国との戦いにおいて——」

「案内石を失えば、王国の守護そのものが失われる!」

 レイノルド子爵の声が響く。

「一つの戦いと、王国全体の安全。どちらが重要かは明白だ!」

 議論が紛糾する。

 私は、ただ座っているしかなかった。

 そして、心の中で、ある考えが浮かんだ。

 私の段取りで、何とかなる。

 いつも、そうだった。

 市場の混乱も、外交の膠着も、戦場の危機も、全部、段取りで解決してきた。

 だから、これも、きっと何とかなる。

 案内石の問題も、私が上手く立ち回れば、解決できるはずだ。

 そう、思いたかった。

-----

 議場を出ると、セラフィーヌが待っていた。

「姫様……」

 彼女は、何も言えない様子だった。

 私は、無理に笑顔を作った。

「大丈夫。何とかなるよ」

「でも……」

「私、今まで色々と乗り越えてきたから。これも、きっと大丈夫」

 セラフィーヌは、悲しそうな顔をした。

 でも、何も言わなかった。

 私は、廊下を歩いた。

 足音だけが、虚しく響く。

 腕の鈴が、微かに震えた。

 四つの鈴。

 守られている証。

 でも、今は、重い。

 部屋に戻ると、窓を開けた。

 夜風が、冷たい。

 遠くで、大聖堂の案内石が、赤く光っている。

 昨夜よりも、強く。

 まるで、警告のように。

 でも、私は、まだ信じていた。

 何とかなる。

 私の段取りで、全部、何とかなる。

 そう、信じたかった。

-----

 その夜、夢を見た。

 案内石の前に立っている。

 石が、赤く脈打っている。

 そして、亀裂が広がっていく。

 音を立てて、石が砕ける。

 私は、叫ぼうとした。

 でも、声が出ない。

 そして、砕けた石の奥から、何かが這い出してくる。

 黒い、影のような何か。

 それが、私に向かってくる。

 ——目が覚めた。

 汗でシーツが濡れている。

 窓の外は、まだ暗い。

 でも、遠くで、案内石の赤い光が、強く明滅していた。

 まるで、心臓の鼓動のように。

 私は、毛布を被った。

 でも、赤い光は、瞼の裏に焼き付いて、消えなかった。
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