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第11章「カイル初登場の予兆」
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財務省視察対応計画を書き始めて、三日が経った。
執務室の机は、資料で埋め尽くされていた。
私は、ペンを走らせ続けた。
前世の記憶が、次々と蘇る。
クライアント企業への提案書。
財務分析レポート。
事業計画書。
あの頃、徹夜で作り上げた資料たち。
その全てが、今この瞬間に役立つ。
「お嬢様」
オスカーが、紅茶を運んできた。
「少し休まれては?」
「大丈夫です」
私は資料から目を離さなかった。
「財務省が来るまで、完璧にしておきたいんです」
オスカーが、机の上の資料を見た。
彼の目が、わずかに見開かれた。
「これは……」
翌朝、広場で住民たちに告げた。
「近日中に、王都から視察が来ます」
ざわめきが起こった。
「王都?」
「まさか、税を取られるのか?」
「違います」
私は手を上げた。
「私たちの成功を、確認しに来るんです」
「成功……?」
グレンが、不思議そうに尋ねた。
「ええ。この半年で、フェルゼンは大きく変わりました」
私は資料を見せた。
「農地は倍増、雇用も倍増」
「収穫量は予想を上回っています」
「それを、王国が認めてくれるということです」
住民たちが、顔を見合わせた。
「では……悪い話じゃないのか?」
「もちろんです」
私は微笑んだ。
「むしろ、誇りに思ってください」
執務室に戻ると、オスカーが待っていた。
「お嬢様、これを」
彼が差し出したのは、一通の書状だった。
王国財務省の印章が、赤く輝いている。
私は、それを開いた。
視線が、文字を追う。
「フェルゼン辺境伯領の急速な経済成長を確認」
「実地調査を実施する」
「日時は、一週間後」
ここまでは、予想通りだった。
だが、次の一行で私は息を呑んだ。
「調査官は、財務大臣カイル・ヴェルナー」
財務大臣……自ら?
私は、書状を握りしめた。
「オスカー」
「はい」
「予定を変更します」
私は立ち上がった。
「一週間で、完璧な資料を仕上げます」
その日から、私は執務室に籠もった。
朝から晩まで、資料作成に没頭する。
前世の知識が、フル稼働する。
まず、財務諸表。
資産、負債、純資産を正確に記載。
次に、損益計算書。
収入、支出、純利益を明確に。
そして、キャッシュフロー計算書。
現金の流れを、視覚的に示す。
さらに、成長グラフ。
人口、農地、収穫量、雇用数。
全てを折れ線グラフで表現。
最後に、事業計画。
今後三年間の目標と戦略。
投資対効果の分析。
リスク管理の方法。
全てを、わかりやすく体系化する。
三日目の夜。
オスカーが、資料を受け取った。
彼は、それをゆっくりとめくった。
一枚、また一枚。
私は、彼の反応を待った。
やがて、彼は顔を上げた。
「お嬢様……これは」
彼の声が、震えていた。
「まるで、プロの経営者が作ったような……」
「前世で、こういう仕事をしていましたから」
私は微笑んだ。
ああ、また言ってしまった。
でも、オスカーは理解してくれる。
彼は、私のループを知っている。
「この資料なら、どんな調査官も納得するでしょう」
オスカーが、資料を大切そうに抱えた。
「王国でも、これほどの資料を作れる者は少ないはずです」
四日目。
グレンを呼んだ。
「視察の際、農地を案内してください」
「わかりました」
彼は頷いた。
「説明は、どこまで?」
「三圃式農業の原理」
私は手帳を見せた。
「収穫量の増加データ」
「そして、今後の拡大計画」
「全て、正直に伝えてください」
グレンが、真剣な表情で頷いた。
「お嬢様、一つ聞いてもいいですか?」
「何でしょう」
「なぜ、そこまで準備を?」
彼の疑問は、もっともだった。
「財務大臣が来るからです」
私は窓の外を見た。
「王国で最も権力を持つ者の一人」
「彼に認められれば、この領地の未来は開けます」
五日目。
マリアと、館の掃除を始めた。
「お嬢様まで、掃除を?」
「ええ。印象も大切ですから」
私は、窓を磨いた。
前世の営業時代を思い出す。
クライアントを迎える前の、あの緊張感。
オフィスを完璧に整える。
資料を何度も確認する。
プレゼンのリハーサルを繰り返す。
全ては、成功のため。
「お嬢様は、本当にすごいです」
マリアが、感心したように言った。
「こんなに準備する貴族様、見たことありません」
「成功には、準備が必要なんです」
私は微笑んだ。
「偶然の成功より、必然の成功の方が価値がありますから」
六日目の夜。
最終チェックを行った。
オスカー、グレン、マリアが同席する。
私は、資料を一枚ずつ説明した。
「まず、財務諸表で現状を示します」
「次に、成長グラフで変化を見せます」
「そして、事業計画で未来を語ります」
三人が、真剣に聞いている。
「質問されても、慌てないでください」
私は彼らを見た。
「正直に、ありのままを伝えれば大丈夫です」
オスカーが、頷いた。
「お嬢様、私たちは準備万端です」
グレンも頷いた。
「この半年の成果を、全て見せましょう」
マリアが、拳を握った。
「きっと、うまくいきます」
七日目。
視察の前日。
私は、執務室で最後の確認をしていた。
資料は完璧だ。
説明も、頭に入っている。
館も、隅々まで掃除した。
農地も、整備済みだ。
あとは、明日を待つだけ。
だが、胸の奥に不安があった。
カイル・ヴェルナー。
財務大臣。
前世で、彼のような人物と何度も対峙した。
冷徹な経営者。
感情を排した判断。
数字だけを見る、冷たい目。
私は、深呼吸した。
大丈夫。
前世の経験がある。
二回のループの教訓もある。
そして、この半年の実績がある。
何も恐れることはない。
夜、オスカーが報告に来た。
「お嬢様、村の準備も整いました」
「ありがとうございます」
私は、窓の外を見た。
月明かりに照らされた農地。
開墾中の南側区画。
全てが、私たちの努力の結晶だ。
「オスカー」
「はい」
「明日、財務大臣が何を言おうと」
私は振り返った。
「私たちの成果は、揺るぎません」
「その通りです」
彼は、深々と頭を下げた。
「お嬢様の下で働けることを、誇りに思います」
翌朝。
視察当日。
私は、早朝から準備を始めた。
髪を丁寧に結い上げる。
ドレスは、シンプルで上品なものを選ぶ。
前世の面接を思い出す。
第一印象が、全てを決める。
マリアが、鏡の前で私を見た。
「お嬢様、とてもお美しいです」
「ありがとう」
私は、自分の姿を確認した。
エメラルドグリーンの瞳。
プラチナブロンドの髪。
18歳の、アルトハイム公爵令嬢。
でも、中身は41歳の経営コンサルタント。
この矛盾が、私の武器だ。
正午。
門の前に、馬車が止まった。
黒い、重厚な馬車。
王国財務省の紋章が輝いている。
オスカーとグレンが、私の横に立った。
マリアが、後ろで息を呑んだ。
馬車の扉が、開いた。
一人の男性が、降りてきた。
黒髪。
短く刈り揃えられた髪。
引き締まった体格。
鋭い、銀灰色の瞳。
そして、氷のような表情。
カイル・ヴェルナー。
王国財務大臣。
28歳にして、この地位に上り詰めた天才。
彼が、私たちに近づいてくる。
私は、深く息を吸った。
前世の記憶が蘇る。
冷徹な経営者たちとの交渉。
緊張した会議室の空気。
数字で勝負する、あの感覚。
全てが、今この瞬間に役立つ。
「フェルゼン辺境伯、エリナ・フォン・アルトハイムです」
私は、優雅に一礼した。
「ようこそ、フェルゼン領へ」
カイルが、私を見た。
その瞳は、冷たかった。
感情が、読み取れない。
まるで、全てを値踏みするような視線。
「財務大臣、カイル・ヴェルナーだ」
低く、冷たい声。
抑揚のない、事務的な口調。
「視察を始めよう」
彼は、そう言うと館に向かった。
私は、彼の背中を見た。
ああ、これは……。
前世で何度も見た、あのタイプ。
感情を排し、数字だけを信じる人。
でも、大丈夫。
私には、完璧な資料がある。
揺るぎない実績がある。
そして、前世の経験がある。
私は、彼の後に続いた。
この視察が、全ての始まりになる。
それを、私は確信していた。
執務室の机は、資料で埋め尽くされていた。
私は、ペンを走らせ続けた。
前世の記憶が、次々と蘇る。
クライアント企業への提案書。
財務分析レポート。
事業計画書。
あの頃、徹夜で作り上げた資料たち。
その全てが、今この瞬間に役立つ。
「お嬢様」
オスカーが、紅茶を運んできた。
「少し休まれては?」
「大丈夫です」
私は資料から目を離さなかった。
「財務省が来るまで、完璧にしておきたいんです」
オスカーが、机の上の資料を見た。
彼の目が、わずかに見開かれた。
「これは……」
翌朝、広場で住民たちに告げた。
「近日中に、王都から視察が来ます」
ざわめきが起こった。
「王都?」
「まさか、税を取られるのか?」
「違います」
私は手を上げた。
「私たちの成功を、確認しに来るんです」
「成功……?」
グレンが、不思議そうに尋ねた。
「ええ。この半年で、フェルゼンは大きく変わりました」
私は資料を見せた。
「農地は倍増、雇用も倍増」
「収穫量は予想を上回っています」
「それを、王国が認めてくれるということです」
住民たちが、顔を見合わせた。
「では……悪い話じゃないのか?」
「もちろんです」
私は微笑んだ。
「むしろ、誇りに思ってください」
執務室に戻ると、オスカーが待っていた。
「お嬢様、これを」
彼が差し出したのは、一通の書状だった。
王国財務省の印章が、赤く輝いている。
私は、それを開いた。
視線が、文字を追う。
「フェルゼン辺境伯領の急速な経済成長を確認」
「実地調査を実施する」
「日時は、一週間後」
ここまでは、予想通りだった。
だが、次の一行で私は息を呑んだ。
「調査官は、財務大臣カイル・ヴェルナー」
財務大臣……自ら?
私は、書状を握りしめた。
「オスカー」
「はい」
「予定を変更します」
私は立ち上がった。
「一週間で、完璧な資料を仕上げます」
その日から、私は執務室に籠もった。
朝から晩まで、資料作成に没頭する。
前世の知識が、フル稼働する。
まず、財務諸表。
資産、負債、純資産を正確に記載。
次に、損益計算書。
収入、支出、純利益を明確に。
そして、キャッシュフロー計算書。
現金の流れを、視覚的に示す。
さらに、成長グラフ。
人口、農地、収穫量、雇用数。
全てを折れ線グラフで表現。
最後に、事業計画。
今後三年間の目標と戦略。
投資対効果の分析。
リスク管理の方法。
全てを、わかりやすく体系化する。
三日目の夜。
オスカーが、資料を受け取った。
彼は、それをゆっくりとめくった。
一枚、また一枚。
私は、彼の反応を待った。
やがて、彼は顔を上げた。
「お嬢様……これは」
彼の声が、震えていた。
「まるで、プロの経営者が作ったような……」
「前世で、こういう仕事をしていましたから」
私は微笑んだ。
ああ、また言ってしまった。
でも、オスカーは理解してくれる。
彼は、私のループを知っている。
「この資料なら、どんな調査官も納得するでしょう」
オスカーが、資料を大切そうに抱えた。
「王国でも、これほどの資料を作れる者は少ないはずです」
四日目。
グレンを呼んだ。
「視察の際、農地を案内してください」
「わかりました」
彼は頷いた。
「説明は、どこまで?」
「三圃式農業の原理」
私は手帳を見せた。
「収穫量の増加データ」
「そして、今後の拡大計画」
「全て、正直に伝えてください」
グレンが、真剣な表情で頷いた。
「お嬢様、一つ聞いてもいいですか?」
「何でしょう」
「なぜ、そこまで準備を?」
彼の疑問は、もっともだった。
「財務大臣が来るからです」
私は窓の外を見た。
「王国で最も権力を持つ者の一人」
「彼に認められれば、この領地の未来は開けます」
五日目。
マリアと、館の掃除を始めた。
「お嬢様まで、掃除を?」
「ええ。印象も大切ですから」
私は、窓を磨いた。
前世の営業時代を思い出す。
クライアントを迎える前の、あの緊張感。
オフィスを完璧に整える。
資料を何度も確認する。
プレゼンのリハーサルを繰り返す。
全ては、成功のため。
「お嬢様は、本当にすごいです」
マリアが、感心したように言った。
「こんなに準備する貴族様、見たことありません」
「成功には、準備が必要なんです」
私は微笑んだ。
「偶然の成功より、必然の成功の方が価値がありますから」
六日目の夜。
最終チェックを行った。
オスカー、グレン、マリアが同席する。
私は、資料を一枚ずつ説明した。
「まず、財務諸表で現状を示します」
「次に、成長グラフで変化を見せます」
「そして、事業計画で未来を語ります」
三人が、真剣に聞いている。
「質問されても、慌てないでください」
私は彼らを見た。
「正直に、ありのままを伝えれば大丈夫です」
オスカーが、頷いた。
「お嬢様、私たちは準備万端です」
グレンも頷いた。
「この半年の成果を、全て見せましょう」
マリアが、拳を握った。
「きっと、うまくいきます」
七日目。
視察の前日。
私は、執務室で最後の確認をしていた。
資料は完璧だ。
説明も、頭に入っている。
館も、隅々まで掃除した。
農地も、整備済みだ。
あとは、明日を待つだけ。
だが、胸の奥に不安があった。
カイル・ヴェルナー。
財務大臣。
前世で、彼のような人物と何度も対峙した。
冷徹な経営者。
感情を排した判断。
数字だけを見る、冷たい目。
私は、深呼吸した。
大丈夫。
前世の経験がある。
二回のループの教訓もある。
そして、この半年の実績がある。
何も恐れることはない。
夜、オスカーが報告に来た。
「お嬢様、村の準備も整いました」
「ありがとうございます」
私は、窓の外を見た。
月明かりに照らされた農地。
開墾中の南側区画。
全てが、私たちの努力の結晶だ。
「オスカー」
「はい」
「明日、財務大臣が何を言おうと」
私は振り返った。
「私たちの成果は、揺るぎません」
「その通りです」
彼は、深々と頭を下げた。
「お嬢様の下で働けることを、誇りに思います」
翌朝。
視察当日。
私は、早朝から準備を始めた。
髪を丁寧に結い上げる。
ドレスは、シンプルで上品なものを選ぶ。
前世の面接を思い出す。
第一印象が、全てを決める。
マリアが、鏡の前で私を見た。
「お嬢様、とてもお美しいです」
「ありがとう」
私は、自分の姿を確認した。
エメラルドグリーンの瞳。
プラチナブロンドの髪。
18歳の、アルトハイム公爵令嬢。
でも、中身は41歳の経営コンサルタント。
この矛盾が、私の武器だ。
正午。
門の前に、馬車が止まった。
黒い、重厚な馬車。
王国財務省の紋章が輝いている。
オスカーとグレンが、私の横に立った。
マリアが、後ろで息を呑んだ。
馬車の扉が、開いた。
一人の男性が、降りてきた。
黒髪。
短く刈り揃えられた髪。
引き締まった体格。
鋭い、銀灰色の瞳。
そして、氷のような表情。
カイル・ヴェルナー。
王国財務大臣。
28歳にして、この地位に上り詰めた天才。
彼が、私たちに近づいてくる。
私は、深く息を吸った。
前世の記憶が蘇る。
冷徹な経営者たちとの交渉。
緊張した会議室の空気。
数字で勝負する、あの感覚。
全てが、今この瞬間に役立つ。
「フェルゼン辺境伯、エリナ・フォン・アルトハイムです」
私は、優雅に一礼した。
「ようこそ、フェルゼン領へ」
カイルが、私を見た。
その瞳は、冷たかった。
感情が、読み取れない。
まるで、全てを値踏みするような視線。
「財務大臣、カイル・ヴェルナーだ」
低く、冷たい声。
抑揚のない、事務的な口調。
「視察を始めよう」
彼は、そう言うと館に向かった。
私は、彼の背中を見た。
ああ、これは……。
前世で何度も見た、あのタイプ。
感情を排し、数字だけを信じる人。
でも、大丈夫。
私には、完璧な資料がある。
揺るぎない実績がある。
そして、前世の経験がある。
私は、彼の後に続いた。
この視察が、全ての始まりになる。
それを、私は確信していた。
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