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第21章「カイルの部下たち」
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王都の財務省庁舎。積み上げられた書類の山の向こうで、カイルはペンを走らせていた。
「閣下」
扉が軽くノックされ、副官のハインリヒ・シュタインが入室する。四十代半ば、堅実な人柄で知られる男だ。彼の手には、また新しい報告書の束があった。
「またフェルゼンへ行かれるのですか」
ハインリヒの声には、微かな疑問が混じっていた。カイルは視線を上げずに答える。
「ああ。重要案件だ」
「しかし、先週も一昨日も……」
「問題があるのか」
低い声。ハインリヒは慌てて首を横に振った。
「いえ、そのようなことは」
だが、執務室の隅で別の書類を整理していた若手官僚たちが、互いに顔を見合わせているのを、カイルは見逃さなかった。
ハインリヒが退室した後、カイルは再びペンを取る。
視察報告書。フェルゼン辺境伯領の経済改革に関する公式文書だ。
だが、書きながら、自分でも気づいていた。
この報告書の内容の半分以上が、領地そのものではなく、領主個人について書かれている。
「エリナ・フォン・アルトハイムの経営手腕は卓越している」
「同領主の知識の深さは、王立会計院の教授陣をも凌駕する」
「同領主の人柄は誠実であり、領民からの信頼は絶対的だ」
カイルはペンを置いた。
これは視察報告書ではない。
何かが違う。
その夜。執務室には、もうカイル一人しか残っていなかった。
ランプの灯りだけが、机上の書類を照らしている。
窓の外は暗く、王都の夜気が冷たく流れ込んでいた。
カイルは椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
なぜだ。
なぜ、彼女のことばかり考える。
フェルゼンへ行く馬車の中で。執務中に。夜、一人になった時に。
エリナ・フォン・アルトハイムの顔が浮かぶ。
プラチナブロンドの髪。エメラルドグリーンの瞳。冷静な表情の下に見える、温かな心。
彼女が微笑む瞬間を思い出すだけで、胸が高鳴る。
カイルは自分の胸に手を当てた。
心臓が、早く打っている。
「仕事だ」
カイルは小さく呟いた。
「財務大臣として、優秀な領主を評価しているだけだ」
そう自分に言い聞かせる。
王国の利益のため。経済政策の推進のため。
エリナ・フォン・アルトハイムは、重要な人材だ。
だから頻繁に訪問する。
だから彼女の報告を待ち遠しく思う。
だから、彼女の笑顔を見ると安心する。
仕事だから。
だが。
心臓は、そんな理屈を受け入れてくれない。
カイルは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
夜空に星が瞬いている。
フェルゼン領で、エリナも同じ星を見ているだろうか。
そう思った瞬間、またしても胸が熱くなった。
「これは……」
カイルは窓枠に手をついた。
「まさか……」
翌朝。カイルは早めに執務室に来ていた。
机の上には、三日後のフェルゼン訪問のための準備書類が並んでいる。
だが、カイルの手は書類ではなく、別のものに伸びていた。
クローゼット。
普段は財務大臣の正装しか入っていない、あのクローゼットを開ける。
黒い上着。灰色のシャツ。
カイルは一着一着を取り出し、鏡の前で合わせてみた。
どれが、一番良く見えるだろうか。
そこまで考えて、カイルは動きを止めた。
何をしている、私は。
「閣下」
ハインリヒの声に、カイルは慌ててシャツを戻した。
「何だ」
「朝の報告ですが」
ハインリヒは書類を差し出しながら、微かに笑みを浮かべた。
「閣下、最近お洒落ですね」
カイルの動きが止まった。
「……何を言っている」
「いえ」
ハインリヒは肩をすくめた。
「以前は服装に無頓着でしたが、最近は身なりに気を使われているように見えまして」
「……黙れ」
低い声。だが、カイルの頬がわずかに赤くなっているのを、ハインリヒは見逃さなかった。
三日後の早朝。カイルは馬車に乗り込んだ。
フェルゼンへ向かう道。もう何度目だろうか。
だが、今回は胸の高鳴りが違う。
カイルは自分の服装を確認した。
黒い上着に、灰色のシャツ。
財務大臣の正装ではなく、普段着だ。
だが、一番気に入っている服を選んだ。
まるで、誰かに会うために。
カイルは窓の外を見た。
フェルゼン領がもうすぐ見えてくる。
彼女に会える。
その事実だけで、心が軽くなった。
「財務大臣として、視察するだけだ」
カイルは小さく呟いた。
だが、その言葉を信じているのは、もう自分自身でさえなかった。
「閣下」
扉が軽くノックされ、副官のハインリヒ・シュタインが入室する。四十代半ば、堅実な人柄で知られる男だ。彼の手には、また新しい報告書の束があった。
「またフェルゼンへ行かれるのですか」
ハインリヒの声には、微かな疑問が混じっていた。カイルは視線を上げずに答える。
「ああ。重要案件だ」
「しかし、先週も一昨日も……」
「問題があるのか」
低い声。ハインリヒは慌てて首を横に振った。
「いえ、そのようなことは」
だが、執務室の隅で別の書類を整理していた若手官僚たちが、互いに顔を見合わせているのを、カイルは見逃さなかった。
ハインリヒが退室した後、カイルは再びペンを取る。
視察報告書。フェルゼン辺境伯領の経済改革に関する公式文書だ。
だが、書きながら、自分でも気づいていた。
この報告書の内容の半分以上が、領地そのものではなく、領主個人について書かれている。
「エリナ・フォン・アルトハイムの経営手腕は卓越している」
「同領主の知識の深さは、王立会計院の教授陣をも凌駕する」
「同領主の人柄は誠実であり、領民からの信頼は絶対的だ」
カイルはペンを置いた。
これは視察報告書ではない。
何かが違う。
その夜。執務室には、もうカイル一人しか残っていなかった。
ランプの灯りだけが、机上の書類を照らしている。
窓の外は暗く、王都の夜気が冷たく流れ込んでいた。
カイルは椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
なぜだ。
なぜ、彼女のことばかり考える。
フェルゼンへ行く馬車の中で。執務中に。夜、一人になった時に。
エリナ・フォン・アルトハイムの顔が浮かぶ。
プラチナブロンドの髪。エメラルドグリーンの瞳。冷静な表情の下に見える、温かな心。
彼女が微笑む瞬間を思い出すだけで、胸が高鳴る。
カイルは自分の胸に手を当てた。
心臓が、早く打っている。
「仕事だ」
カイルは小さく呟いた。
「財務大臣として、優秀な領主を評価しているだけだ」
そう自分に言い聞かせる。
王国の利益のため。経済政策の推進のため。
エリナ・フォン・アルトハイムは、重要な人材だ。
だから頻繁に訪問する。
だから彼女の報告を待ち遠しく思う。
だから、彼女の笑顔を見ると安心する。
仕事だから。
だが。
心臓は、そんな理屈を受け入れてくれない。
カイルは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
夜空に星が瞬いている。
フェルゼン領で、エリナも同じ星を見ているだろうか。
そう思った瞬間、またしても胸が熱くなった。
「これは……」
カイルは窓枠に手をついた。
「まさか……」
翌朝。カイルは早めに執務室に来ていた。
机の上には、三日後のフェルゼン訪問のための準備書類が並んでいる。
だが、カイルの手は書類ではなく、別のものに伸びていた。
クローゼット。
普段は財務大臣の正装しか入っていない、あのクローゼットを開ける。
黒い上着。灰色のシャツ。
カイルは一着一着を取り出し、鏡の前で合わせてみた。
どれが、一番良く見えるだろうか。
そこまで考えて、カイルは動きを止めた。
何をしている、私は。
「閣下」
ハインリヒの声に、カイルは慌ててシャツを戻した。
「何だ」
「朝の報告ですが」
ハインリヒは書類を差し出しながら、微かに笑みを浮かべた。
「閣下、最近お洒落ですね」
カイルの動きが止まった。
「……何を言っている」
「いえ」
ハインリヒは肩をすくめた。
「以前は服装に無頓着でしたが、最近は身なりに気を使われているように見えまして」
「……黙れ」
低い声。だが、カイルの頬がわずかに赤くなっているのを、ハインリヒは見逃さなかった。
三日後の早朝。カイルは馬車に乗り込んだ。
フェルゼンへ向かう道。もう何度目だろうか。
だが、今回は胸の高鳴りが違う。
カイルは自分の服装を確認した。
黒い上着に、灰色のシャツ。
財務大臣の正装ではなく、普段着だ。
だが、一番気に入っている服を選んだ。
まるで、誰かに会うために。
カイルは窓の外を見た。
フェルゼン領がもうすぐ見えてくる。
彼女に会える。
その事実だけで、心が軽くなった。
「財務大臣として、視察するだけだ」
カイルは小さく呟いた。
だが、その言葉を信じているのは、もう自分自身でさえなかった。
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