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第22章「三日後の訪問」
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三日後の午前。約束通り、馬車がフェルゼン領の領主館前に到着した。
エリナは玄関で出迎える準備をしていた。だが、降りてきたカイルを見て、思わず目を瞬かせた。
「カイル……その服装は?」
黒い上着に灰色のシャツ。
いつもの財務大臣の正装ではなく、まるで休日の貴族のような装いだった。カイルは視線を逸らし、咳払いをする。
「……視察に、正装は不要だ」
「でも」
「形式張った服装では、領民と話しづらい」
言い訳のように言葉を重ねるカイル。エリナは小さく頷いた。
「そうですね」
だが、内心では驚いていた。
あの夜、書斎で初めて見せた笑顔。
それから、彼の表情がどんどん柔らかくなっている。
オスカーとマリアも、少し離れた場所で顔を見合わせている。
視察は、農地から始まった。
だが今日のカイルは、いつもと違った。
書類を確認するわけでもなく、数字を尋ねるわけでもなく、ただ農地をゆっくりと歩いている。
「良い天気ですね、エリナ」
カイルが空を見上げた。
名前で呼ばれるたび、エリナの胸が温かくなる。
エリナも同じように空を見る。青い空に、白い雲が流れていた。
「ええ。播種した作物も、順調に育っています」
「そうか」
カイルは微笑んだ。
その表情に、エリナの心臓が少し早く打つ。
視察、というより、散歩だった。
畑の脇を歩いていると、子供たちが駆け寄ってきた。
「財務大臣様だ!」
「また来てくれたの?」
五、六人の子供たち。前回の訪問時にも見た顔だ。カイルは膝をついて、子供たちの目線に合わせた。
「ああ。また来たぞ」
「お仕事?」
「そうだ。みんなの村が元気かどうか、見に来た」
子供たちが嬉しそうに笑う。
一人の少女が、カイルの手を引いた。
「ねえねえ、こっちに新しい畑ができたの! 見て見て!」
カイルは立ち上がり、少女に引かれるまま歩き出す。
エリナもその後ろを歩きながら、カイルの背中を見つめていた。
子供たちに囲まれて笑うカイル。
冷徹と言われる財務大臣の、こんな一面。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
昼が近づいた頃、カイルが振り返った。
「エリナ」
「はい」
「昼食を、一緒に」
エリナは頷こうとして、ふと気づいた。
「領主館に戻りますか?」
「いや」
カイルは農地の向こうを指差した。
「あそこに、食堂があるだろう」
村の中心にある、小さな食堂。
領民たちが集まる、質素な場所だ。
「あそこで、いいか」
「……はい」
エリナは少し驚いたが、すぐに微笑んだ。
「喜んで」
村の食堂は、昼時で賑わっていた。
農作業を終えた男たちが、簡素な木のテーブルで食事をしている。
だが、エリナとカイルが入ってくると、一瞬で静かになった。
「領主様……?」
「財務大臣様も……?」
領民たちが驚きの目を向ける。
エリナは穏やかに微笑んだ。
「お邪魔します」
カイルも軽く頭を下げる。
食堂の主人が慌てて駆け寄ってきた。
「お、お嬢様、カイル様! どうぞこちらへ!」
案内された席は、窓際の二人掛けのテーブル。
エリナとカイルが並んで座ると、また食堂がざわめいた。
運ばれてきたのは、黒パンと野菜のスープ。
質素だが、温かい料理だった。
カイルはスプーンを手に取り、一口スープを飲んだ。
「美味い」
「この村の野菜は、新鮮ですから」
エリナも同じようにスープを飲む。
二人で並んで食事をする。
会話は途切れがちだったが、不思議と居心地が悪くなかった。
カイルが窓の外を見ながら言った。
「この村は、温かいな」
「ええ」
「領民たちの表情が、明るい」
「それは……」
エリナは言葉を探した。
「皆が、協力してくれたからです」
「君のおかげだ、エリナ」
カイルがエリナを見た。
その視線に、エリナの頬が少し熱くなる。
食堂の隅で、農夫たちがひそひそと話していた。
「領主様と財務大臣様、お似合いだな」
「ああ。二人とも、幸せそうだ」
「名前で呼び合っているぞ」
「もう恋人同士だろう」
その声が、エリナの耳に届いた。
エリナは思わずスープを口に運ぶ手を止める。カイルも、同じように動きを止めていた。
二人とも、頬が赤くなっている。
「……その、カイル」
「……ああ」
視線が合い、すぐに逸れた。
食堂の空気が、微かに甘くなる。
食事が終わり、二人は食堂の外に出た。
村の広場に、木陰のベンチがある。
カイルがそこに腰を下ろし、エリナも隣に座った。
しばらく、沈黙が続く。
カイルが口を開いた。
「エリナ」
「はい」
「これから、もっと頻繁に訪問したい」
エリナは驚いて、カイルを見た。
「もっと……ですか?」
「ああ」
カイルは視線を前に向けたまま答える。
「今は週に一度だが……週に二度、いや、三度でも」
そこで言葉を切り、カイルは小さく息を吐いた。
「必要な時は、いつでも来たい」
エリナの心臓が、早く打ち始めた。
「それは……視察、ですか」
「……いや」
カイルは正直に答えた。
「君に、会いたいからだ」
エリナは息を呑んだ。
本音。
彼の、本音。
「カイル……」
「嫌か」
「いえ」
エリナは首を横に振った。
「嬉しいです」
カイルの表情が、柔らかくなった。
「そうか」
カイルが帰る時間になった。
馬車の前で、エリナが見送る。
カイルは馬車に乗り込む前に、振り返った。
「では、また近いうちに」
「はい。お待ちしています、カイル」
エリナの言葉に、カイルは小さく微笑んだ。
馬車が動き出す。
エリナはその姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。
領主館に戻ると、マリアが待っていた。
「お嬢様」
「何かしら、マリア」
「週に二度、三度、ですって?」
マリアの目が輝いている。
エリナは頬を染めた。
「……ええ」
「これは……」
マリアは両手を組んだ。
「もう完全に、恋人ですね」
「マリア!」
エリナの声が上がる。だが、その顔は笑っていた。
マリアも楽しそうに笑った。
「お嬢様、幸せそうです」
「……そうね」
エリナは窓の外を見た。
カイルの馬車が、遠くに消えていく。
「幸せよ」
小さく呟いた。
エリナは玄関で出迎える準備をしていた。だが、降りてきたカイルを見て、思わず目を瞬かせた。
「カイル……その服装は?」
黒い上着に灰色のシャツ。
いつもの財務大臣の正装ではなく、まるで休日の貴族のような装いだった。カイルは視線を逸らし、咳払いをする。
「……視察に、正装は不要だ」
「でも」
「形式張った服装では、領民と話しづらい」
言い訳のように言葉を重ねるカイル。エリナは小さく頷いた。
「そうですね」
だが、内心では驚いていた。
あの夜、書斎で初めて見せた笑顔。
それから、彼の表情がどんどん柔らかくなっている。
オスカーとマリアも、少し離れた場所で顔を見合わせている。
視察は、農地から始まった。
だが今日のカイルは、いつもと違った。
書類を確認するわけでもなく、数字を尋ねるわけでもなく、ただ農地をゆっくりと歩いている。
「良い天気ですね、エリナ」
カイルが空を見上げた。
名前で呼ばれるたび、エリナの胸が温かくなる。
エリナも同じように空を見る。青い空に、白い雲が流れていた。
「ええ。播種した作物も、順調に育っています」
「そうか」
カイルは微笑んだ。
その表情に、エリナの心臓が少し早く打つ。
視察、というより、散歩だった。
畑の脇を歩いていると、子供たちが駆け寄ってきた。
「財務大臣様だ!」
「また来てくれたの?」
五、六人の子供たち。前回の訪問時にも見た顔だ。カイルは膝をついて、子供たちの目線に合わせた。
「ああ。また来たぞ」
「お仕事?」
「そうだ。みんなの村が元気かどうか、見に来た」
子供たちが嬉しそうに笑う。
一人の少女が、カイルの手を引いた。
「ねえねえ、こっちに新しい畑ができたの! 見て見て!」
カイルは立ち上がり、少女に引かれるまま歩き出す。
エリナもその後ろを歩きながら、カイルの背中を見つめていた。
子供たちに囲まれて笑うカイル。
冷徹と言われる財務大臣の、こんな一面。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
昼が近づいた頃、カイルが振り返った。
「エリナ」
「はい」
「昼食を、一緒に」
エリナは頷こうとして、ふと気づいた。
「領主館に戻りますか?」
「いや」
カイルは農地の向こうを指差した。
「あそこに、食堂があるだろう」
村の中心にある、小さな食堂。
領民たちが集まる、質素な場所だ。
「あそこで、いいか」
「……はい」
エリナは少し驚いたが、すぐに微笑んだ。
「喜んで」
村の食堂は、昼時で賑わっていた。
農作業を終えた男たちが、簡素な木のテーブルで食事をしている。
だが、エリナとカイルが入ってくると、一瞬で静かになった。
「領主様……?」
「財務大臣様も……?」
領民たちが驚きの目を向ける。
エリナは穏やかに微笑んだ。
「お邪魔します」
カイルも軽く頭を下げる。
食堂の主人が慌てて駆け寄ってきた。
「お、お嬢様、カイル様! どうぞこちらへ!」
案内された席は、窓際の二人掛けのテーブル。
エリナとカイルが並んで座ると、また食堂がざわめいた。
運ばれてきたのは、黒パンと野菜のスープ。
質素だが、温かい料理だった。
カイルはスプーンを手に取り、一口スープを飲んだ。
「美味い」
「この村の野菜は、新鮮ですから」
エリナも同じようにスープを飲む。
二人で並んで食事をする。
会話は途切れがちだったが、不思議と居心地が悪くなかった。
カイルが窓の外を見ながら言った。
「この村は、温かいな」
「ええ」
「領民たちの表情が、明るい」
「それは……」
エリナは言葉を探した。
「皆が、協力してくれたからです」
「君のおかげだ、エリナ」
カイルがエリナを見た。
その視線に、エリナの頬が少し熱くなる。
食堂の隅で、農夫たちがひそひそと話していた。
「領主様と財務大臣様、お似合いだな」
「ああ。二人とも、幸せそうだ」
「名前で呼び合っているぞ」
「もう恋人同士だろう」
その声が、エリナの耳に届いた。
エリナは思わずスープを口に運ぶ手を止める。カイルも、同じように動きを止めていた。
二人とも、頬が赤くなっている。
「……その、カイル」
「……ああ」
視線が合い、すぐに逸れた。
食堂の空気が、微かに甘くなる。
食事が終わり、二人は食堂の外に出た。
村の広場に、木陰のベンチがある。
カイルがそこに腰を下ろし、エリナも隣に座った。
しばらく、沈黙が続く。
カイルが口を開いた。
「エリナ」
「はい」
「これから、もっと頻繁に訪問したい」
エリナは驚いて、カイルを見た。
「もっと……ですか?」
「ああ」
カイルは視線を前に向けたまま答える。
「今は週に一度だが……週に二度、いや、三度でも」
そこで言葉を切り、カイルは小さく息を吐いた。
「必要な時は、いつでも来たい」
エリナの心臓が、早く打ち始めた。
「それは……視察、ですか」
「……いや」
カイルは正直に答えた。
「君に、会いたいからだ」
エリナは息を呑んだ。
本音。
彼の、本音。
「カイル……」
「嫌か」
「いえ」
エリナは首を横に振った。
「嬉しいです」
カイルの表情が、柔らかくなった。
「そうか」
カイルが帰る時間になった。
馬車の前で、エリナが見送る。
カイルは馬車に乗り込む前に、振り返った。
「では、また近いうちに」
「はい。お待ちしています、カイル」
エリナの言葉に、カイルは小さく微笑んだ。
馬車が動き出す。
エリナはその姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。
領主館に戻ると、マリアが待っていた。
「お嬢様」
「何かしら、マリア」
「週に二度、三度、ですって?」
マリアの目が輝いている。
エリナは頬を染めた。
「……ええ」
「これは……」
マリアは両手を組んだ。
「もう完全に、恋人ですね」
「マリア!」
エリナの声が上がる。だが、その顔は笑っていた。
マリアも楽しそうに笑った。
「お嬢様、幸せそうです」
「……そうね」
エリナは窓の外を見た。
カイルの馬車が、遠くに消えていく。
「幸せよ」
小さく呟いた。
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